○林(坦)
政府委員 今お話のございましたように、シコルスキーのヘリコプターは歴史も比較的古く、かつ優秀なものというふうにわれわれも了解いたしております。このヘリコプターは、アメリカのユナイテッド・エアクラフト・コーポレーションのシコルスキー・ディビジョンというので完成いたしました。製造番号はSS五万五千五百七号というものでございます。これを分解して輸入いたしまして、新三菱重工の名古屋航空機製作所で組み立てて、入手いたしましたのは
昭和二十八年の八月十三日でございます。この航空機は先般函館に配属いたしましてから非常によく活動いたしております。幾多人命の救助その他に活躍をした航空機でございます。私どもといたしましても非常に貴重なかつ非常に役に立つ航空機でございました。たまたまこのときは訓練のために飛行をいたしたのでございます。乗っておりました上平機長は、このヘリコプターにすでに三百六十二時間以上の経験を持っております。その他のヘリコプター、また戦争中の経験などを入れますと、飛行時間は三千七百時間以上になる非常なベテランでございました。副操縦士になっております谷口一正氏は、やはりすでにS55の型につきまして免状を持った航空士でございまして、飛行経歴も大体五百五十時間といったような人でございました。そのほかにもう一人は、
整備士の三宅幹男というのが乗っております。これは
整備の面の担当者として乗っておったわけでございます。今御
指摘のございましたように、それとほかに全日空の針ケ谷憲一という運航部のヘリコプター運航課長をしております人を同乗さしておったわけでございます。今この針ケ谷氏を乗せた問題についての御
指摘がございました。私どもといたしましては、部外者の同乗につきましては厳格な取り扱いを行なっておりまして、
昭和三十二年にその取り扱いの要領をきめまして、一件々々警救部長が承認いたしまして乗せるようにいたしております。この承認するにあたりましては、当庁の
業務目的に支障のないこと、また時間的に物的にと申しますか、
経済的に特に負担とならないこと、そのためには特別な飛行を行なうというようなことはしないようにしておりますが、この場合に当庁といたしましては、これらの基準によりまして、全日空の方から実は三十五年の二月一日付の文書によりまして申し入れがございまして、二月十日付でこの旨を許可して通知したわけでございます。これは全日空が近くシコルスキー55型ヘリコプターを入手することになっておりまして、そのために何とかその同型のシコルスキー55型の性能等について実地の見学をしたいという申し入れがあったわけでございます。
海上保安庁は、
昭和二十八年からシコルスキー55型につきましてはその運航をしておりまして、日本におきましてはこの
使用経歴が最も長く、また航空法に基づきましてこの型の飛行機を進航し、
使用している唯一の
使用者でもございます。運航上の諸経験も
海上保安庁が一番深いというわけで、従ってこの
海上保安庁に実地見学の依頼がきたわけでございます。
海上保安庁といたしましては、ほかにS55を用いておる機関がございませんし、これは航空の発達のためにもやむを得ないものであると
考えまして、
業務に支障を生じない範囲でこれに協力するという意味で、同乗を許したわけでございます。
それから、なおお尋ねのございました殉職者遺族に対する問題でございますが、これは大体国家公務員につきましては国家公務員災害補償法による遺族補償、これが千日分。それから葬祭補償、これは六十日分というものが、遺族に支給されることになっております。また、国家公務員共済
組合法による給付といたしまして、公務上の遺族
年令、これは俸給年額の四〇%でございますが、これが支給されることになっております、そういうことによりまして国家公務員たる遺族に対しましては補償があるわけでございます。また全日空の針ケ谷氏につきましては、この問題については本人の保険もございますし、
会社といたしましても別途これに対する
措置をとるということでございますが、なおわれわれの方とも話し合って、いろいろ打ち合わせをこれからしなければならぬかと思っております。もちろん公務員の場合には、金額としましても決して多くはないのでございますが、一人々々の遺族が今後やっていく上におきましては私どもできるだけの相談に乗りまして、今後の対策を立て得るようにできるだけの
努力をするつもりでございます。