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豊瀬禎一君 第二班の
調査報告をいたします。
剱木委員と私、それから
調査室から
滝調査員並びに
文化財関係につきまして
滝本記念物課長が同行いたしまして、十一月十六日より十九日まで福岡県に
調査に行ったのであります。
調査対象は、炭鉱不況に伴う
児童生徒の欠食、欠席、
給食その他各方面にわたる
教育状況の把握、並びに福岡城見の保存
状況を見ることでありました。
まず、炭鉱不況に伴う
教育状況の問題についてでありますが、本問題は、昨年来の炭界未曽有の不況下にあって、わが国の出炭高の五割を占める福岡県におきまして、炭鉱賢い上げによる離職者、企業整備のための人員整理あるいは休山、廃山、閉山等の続出による離職者をかかえ、これが今後もさらに増加の見込みであり、また他面こうした山々におきましては、賃金の遅払い、不払い等の
会社が続出の
状況でありまして、炭鉱
地域の
児童、
生徒がどのような
状況にあり、どのような問題を
教育面に投げかけているかを
調査したものであります。もちろん、皆さん御承知の
通り、また本国会におきましても問題になっております
通り、この問題の根本的な解決は、
教育問題以前の産業、労働、あるいは厚生方面の根本対策の解決に待つことは当然でありますが、一日たりともゆるがせにできない
教育面、特に子弟の義務
教育に与えている
影響は重大であり、この立場に立ちまして
調査を行なった次第であります。
まず、私
どもは福岡県
教育委員会に立ち寄りまして、大かたの
説明を聴取した後、直ちに福岡県におきまして最も深刻な
影響を受けているといわれております田川郡、田川市、嘉穂郡、飯塚市等の小、
中学校十校について実態
調査をいたしました。ここではこれらを集約いたしまして御
報告を申し上げますとともに、いささか私
どもの考えを述べてみたいと思うのであります。
福岡県におきます炭鉱不況地区と申しますのは、大体太市五郡にわたっており、これを
教育面から見てみますと、
小学校が百八十四校、その
児童数が約二十一万四千人、
中学校八十八校、約七万一千人、総計三十万に近い
生徒、
児童がこの炭鉱不況
地域にあるわけであります。これら
生徒、
児童の保護者の職業別
調査を見てみますと、
児童二十一万五千人のうち――
児童と申しますのは
小学校ですが――四四・三%に当たる九万五千人が炭鉱関係の子弟であり、また一〇・六%に当たる二万二千八百人が失業者の子弟であります。さらに
中学校生徒七万一千人の三九%に当たる二万七千六百人が炭鉱関係の子弟であり、また一〇・五%の七千五百人が失業者の子弟であるわけであります。
以上によりましても、炭界不況が
生徒、
児童に及ぼす
影響がいかに直接的なものであるかがわかると思うのであります。
次に、このような炭鉱に深いつながりのある地区にある
学校の
給食状況について
調査いたしました。今日、いわゆる
完全給食を行なっている
学校は、
小学校百八十四校のうち百十二校、
中学校八十八校のうち五校であります。またC型
給食を行なっている
小学校は、十三校、
中学校はありません。補食
給食を行なっている
学校は、
小学校十八校、
中学校一校であります。全体として見ました場合、何らかの
給食を行なっているのは
小学校で八〇%、
中学校でわずか三・九%であります。この
給食が不況下にあるこの地区の
学校では非常に
学校教育上効果を上げており、
完全給食を行なっている
学校では
児童の欠席が非常に少ないという現象として現われ、
給食を行なっていない
学校の欠席率は非常に高いのであります。もちろん欠席卒の固い
学校では、また欠食率も高いわけであります。しかしながら、一面
学校給食を行なっている
学校では、
給食費の未納が月ごとに多くなり、
学校当局も、
PTAも、市町村も困り抜いているというのが現状であります。たとえば、嘉穂郡の頴田
小学校は、
児童数八百八十四人ですが、そのうち要保護
児童は百四十九名、準要保護
児童が百五十四人になっております。
児童数の約三五%が保護を必要としているのであります。本町におきましては、
昭和二十九年当時の炭界不況のおり、弁当を持参できなかった
児童、
生徒が二割以上になっておりましたが、この中におきでましても、議員の定数まで減少して、
小学校、
中学校に
給食施設を設け、
完全給食に踏み切っているわけですが、今年度も町費の
給食費補助になっているのが二百万円に及んでいるとのことで、人口わずか一万人の町ではこれ以上
給食を続けることは町財政を破綻に導くという町長の悲鳴にも似た陳情がありました。私
どもがたすねました十八日の前々日に、枝下の吉川炭鉱が九十名分の
給食費を預かったまま
学校に支払わないという
事件が起き、
学校当局も町当局も思案の最中でした。この炭鉱は閉山一歩手前で、賃金も半分しか支払っていず、
給食費は前々から貨金より差し引いて
学校に一括して納めるという制度をとっておったわけですが、炭鉱不況のためにこれも今のところ未払いという格好になっているわけです。ともかくこうした現状の中でも、
児童、
生徒のために
給食は曲がりなりにも続けられ、校門に入りますと、すぐ一番目につきますところに、一遍間分の
給食の献立表が掲示されております。普通の
学校に行きますと、週訓が書かれておりましたり、あるいは何かその週の努力目標的なものが書かれていることが普通ですが、そうした観念的なものよりも、あすは何を
学校が食べさせてくれるかということが子供たちを
学校に引きつけている要因であり、また子供たちも喜々として献立表を見ながら
学校に登校しているという
状況であります。このような
学校は中、小炭鉱の密集した地区では特に珍しいものではなく、今や普通となっております。全国一ともいわれている要保護家庭、準要保護家庭、それに近い家庭の
児童、
生徒をかかえた
学校や市町村当局では今や
学校給食費の未納がかさみ、
生徒、
児童の
教育にとって最もささえになっている
給食がこれ以上今のままでは継続することができないというのが
真相であります。県教委当局でまとめました
調査資料によりましても、A型の
完全給食を実施している
児童十三万一千人のうち、
教育扶助を受けている要保護
児童八千九百人、
国庫補助を受けている準要保護
児童四千六百七十名、市町村が単独に補助している
児童千七百五十人、合わせて一一%が
補助対象になっております。しかしながら、未納者が続出しているため、なお九千六百人分の補助を必要とすると陳情いたしております。未納者の月別集計を見てみましても、本年の四月には八千二百六十七人であったものが、十月には一万四千八百二十六人にふえており、今後さらに増加の見込みであります。
次に欠席、欠食等の問題については、先にも触れましたように、
給食未実施校にそれが多いということで、たとえば田川市の猪位金という
学校におきましては、
児童数九百六十五人のうち、十月一日現在において五十日以上長期欠席が九名、一週間以上が二十八名、時おり欠席するというのが九十一人であります。また、この
学校におきましてはミルク
給食を行なっておるのですが、十月中の欠食
児童が六十一名にも及んでおります。要保護児輩が二百五十五人、準要保護
児童が百三十七人と五割以上を占めておることからも以上のことがうかがわれるわけであります。このような
学校におきましては、ミルク
給食を行なうだけでも大へんなことで、町当局は準要保護
児童のワクを広げて補助をしたいにも町財政の緊迫からどうにもならぬ、むしろこのままいけば、町財政の危機を救うためにも廃止のほかはないと嘆いていたわけであります。また、田川郡の勾金
小学校は
児童数千八十人のうち、長欠が十月において十日以上三十人、十口以下四十五人となっており、欠食十日以上十五人、十日以下二十八人となっております。雨の降る日は雨具がないため欠席が急激に増すとのことであったのですが、まず、たとえば川崎
小学校のごときは雨降りは二百四十から二百五十名の欠席者を出し、六月のある雨の多い日なんかは四百七十名欠席したということです。これは単に子供たちが
学校をなまけるということでなくして、雨具等がないために登校できないということが真因で、これらの学用品不足は著しい
状況を示しております。六市五部全体の
給食未実施の
小学校四万三千六十人のうち、十月における長期欠席は六百六十一人、欠食は千二百五十八人となっております。また、
中学校六万八千百九十六人中、長期欠席は千七百五十三人、欠食が千三十五人であります。
次にこの
地域におきましては、こうした
給食状況でなくして特に重要なことは、青少年の体位、学力、素行等についていろいろな問題が起こっておることであります。また、
教育委員会もこれらの点につきましては全体的な
調査結果ができておりませんが、私
どもの高接見たり聞いたりした範囲内で要点的に申し上げます。
第一に、学力、知能指数等について見ましても、一つの大きな特徴は、いいものがごく少数、いいものと悪いものが全体の大多数を占めて、中間に入る
児童が少ないということであります。また、先般文部省がやった学力
調査の結果を見てみましても、国語、算数等、あらゆる学科にわたりまして全国平均、県平均よりもはるかに下回っております。
第二に体位につきましても、身長においては著しい差はまだ現われておりませんけれ
ども、体重が平均よりも少なく、トラコーマや近視等がふえております。これらは栄養失調と同時に皆さん御承知のように、廃山、休山、あるいは炭鉱が不況になると電源を切ったり、電灯がつかないといった炭住の中で生活しておるために、こうした現象が出てきておるのであります。
第二の素行
状況につきましては、大多数の
小学校におきましては、まだ炭鉱不況のために直接的な非行についてはあまり心配にならないと言っておりましたけれ
ども、
中学校におきましては不良化の傾向が漸次増大しつつあるということであります。いろいろな
中学校の資料を見てみましてにも、いわゆるおとなの犯罪行為に類似する諸非行が資料の中に少しずつ出ておるようでありますし、また一般的な傾向としては忍耐力、向学心に乏しく、万事投げやり的な性向が強くなっておるようであります。また、これは当地方の一つの特色と思われることですが、弁当を持参しないとか、あるいはいろいろな学用品不十分といった点に子供たちが非常にひけ目を感じておるためか、従来なかった一つの様相としては、休み時間において、炭鉱関係の子弟だけが特別に集まって運動場の一隅で遊んで、他の農村その他の子弟とは遊びも一緒にやらないといったような現象が出てきておって、
学校当局としては頭を悩ましておるようでありました。こうした
状況から非行少年の問題を解決するために、専任の補導教師設置の声が全
地域にわたって強く叫ばれております。
また、通学用品不足が目立ってきっつあります。たとえば準要保護の希望者もどんどんふえておるようでありますし、中学卒業
予定者の就職希望は、ほとんど県外希望をしておるという
状況です。たとえば川崎
中学校の例をとってみますと、昨年は県外希望がわずかに四名であったものが、今年度は全就職希望者八十二名のうちに県外希望が六十二名の多数に上っておるということも、この間の
状況を物語っておるものと思います。
以上が炭鉱地帯の
教育状況の実態でありますが、炭鉱合理化法による整備によって、問題はさらに今後深刻さを加えることが予想されるわけで、
現地の各市町村、
学校、県教委では、大体次のような要望を私
どもに提出いたしました。その第一は、炭鉱不況のための不就学
児童不良化防止対策として、補導教師を設置されたい。第二、準要保護
児童、
生徒に対する
教育扶助(
給食費、教科書代、修学旅行費等)のワクを拡大されたい。第三、補食
給食のワクを拡大できるよう、措置されたい。第四、
学校給食の運営費、特にまかない婦の人件費を特別交付税において明確に見てもらいたい。
等でありますが、私
どもも義務
教育の正常な運営を期待する見地から、この際
政府あるいは文部省がこれらの問題に対しまして、抜本的な対策を樹立し、早急に実施されることを切に望むものであります。すなわち、本県の
学校給食は、全体的に見ましても、十分普及しているとは考えられず、その上実施している
学校では、
給食費未納が莫大な額に上っており、今後の運営が保障できない段階にあります。従ってこの際、未実施校には実施できるように、できれば現行三分の一の
施設設備費
国庫補助を大幅に増額するとともに、準要保護
児童のワクを拡大し、
給食費等の
国庫補助ができるよう、緊急に予算措置をしていただきたいのであります。また、補導教師の問題も同様に早急に解決していただきたいと思うのであります。
以上で炭鉱地帯の
報告を終りまして、次に
文化財関係の
報告をいたします。
福岡城址に関する問題は、さきの
委員会でもたびたび取り上げておったところですが、この史跡福岡城址は黒田長政の築城によるもので、十三万坪に及ぶ広大な
地域でありますが、終戦と同時に陸年の管理から離れ、その後野球場、競技場、
学校、病院等、数多くの国や市や民間
施設等の乱用するところとなっております。
昭和三十二年には、
文化財保護
委員会が史跡としての指定を行なったのでありますが、依然として諸種の
施設は存置されたままであり、その上、土塁の一部などが無断で現状変更されるという事態も起こりました。
昨年、厚生省は総合的基幹病院を、県や市の了解の上でこの地に建設することをきめましたが、県
教育委員会の
文化財専門
委員会は、国や県、市が
文化財保護法の精神をじゅうりんするもはなはだしいとの立場に立って極力反対いたしましたが、
文化財保護
委員会が厚生省と
話し合いをして、現福岡病院のある本丸跡を撤去し、北の丸跡に基幹病院を新設するとともに、北の丸の周囲の土塁は完全に保護することを条件として、
文化財専門審議会の承認を得た上で、本年一月、現状変更に同意を与えております。ここで県の
文化財専門
委員のほとんどがこれを不満として、福岡県における
文化財保護の責任を果たすことができないし、
教育委員会は全く誠意が認められないと、いう立場に立って総辞職をいたしたのが問題の
真相であります。私
どもは県
教育委員会の
代表者、旧
文化財専門
委員の代表五名、新
文化財専門
委員の
代表者五名に集まっていただきまして、従来の
経過について、それぞれの立場からの御
説明、御
意見を求めるとともに、今後の方向についてもいろいろと懇談をいたしました。従来、ともすれば
文化財保護について遺憾な点のあった保護行政を、今後は一そう県と市が協力して力を入れること、特に福岡県は京都、奈良等に次いでわが目有数の
文化財の多い県であり、新専門
委員はもちろんのこと、旧専門
委員の御協力を得て十分な保護に当たること、福岡城址については今後の整備保全に待つところが多いので、早急に県と市の間で整備
委員会的なものを設けて、直ちに活動を開始する等、非常に建設的な
意見の集約ができたことを喜んでおる次第です。懇談の後、福岡城址を実地に
視察いたしましたが、あれほどたびたび注意をいたしておりましたにもかかわらず、その
調査当日、病院工事によって土塁が新しく切りくずされているという事態を発見しました。やはり今後も十分な指導が必要であると判断するわけであります。
また、炭鉱地帯の
学校視察の途次、世界にも類例を見ないという約千五百年以前の特別史跡王塚古墳を
調査して参りました。この古墳は、雨季になりますと相当雨漏りが激しいとのことで、中に入ってみましても壁画の色が、雨が二尺くらいに中にたまるために、次第に色あせつつあり、ある場所においては、ほとんど壁画が識別できないような
状態になっております。
文化財保護
委員会の適切な処理をお願いしたいところであります。
以上をもちまして
報告を終わります。