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衆議院議員(八木一男君) 私は日本社会党を
代表いたしまして、ただいま議題と相なりましたがわが党提出の
部落問題審議会設置法案に関し提案の主旨理由並びに内容の大綱について御
説明申し上げます。
本
法案は全国で約三百万と推定されるいわゆる未解放部落の人々が、いわれなき差別と極端な貧困に悩み続けている民主国家としてあるまじき問題を根本的に急速に解決するためぜひとも必要ないしずえとして提案いたしたものであります。
まず、
法案自体の御
説明を申し上げる前に、その背景である部落問題の大要につき申し述べておきたいと存じます。
本多佐渡守等によって作り上げられた徳川時代の政治は「百姓をして食わしむべからず飢えしむべからず」の言葉で表現されているように極端な収奪政策でありました。そしてその農民の不満を押えるべく土・農・工・商・穢多・非人という極端な封建的身分
制度を作り上げ、人民の分裂支配をいたしてきたわけであります。この政策の犠牲にたって未解放部落の人々はいわれなき身分差別のもとにその人権を全くじゅうりんされてきたのであります。
この状態を解放したはずの明治の時代も、ある
意味ではさらに苛酷なものでありました。表面的に四民平等と唱えても華族、士族あり位階
制度のある世の中では部落民に対す身分的差別は依然として実質的に何ら変わりなく続いたのであります。一方貧乏はさらに激しくなりました。自由になって農・工・商に携わる人はどんどんと発展する。身分的特権のなくなった武士は、新しく官公吏に登用されるとともに莫大な秩禄公債を与えられて、農林商工業に進出する援助を受けたのに対し、部落民はその非人間的圧迫に対するただ
一つの代償であった、皮革業其の他に対する独占権を剥奪され、農地はもちろん山林の入会権すら与えられず、近代職業を求めて都会へ出ても身分的な差別によって就職就学居住社交等の自由が拒まれていたため進出ができず、あまつさえ納税兵役の義務だけが課せられたという状態で、完全に永続的な集団的な貧困の中に追いやられたのであります。
以上のように差別は昔のまま、貧乏はなお激しくなったというのが部落に対する明治解放の実現であります。
その後の日本は資本主義の発展期であります。低賃金を土台とした日本産業にとっては部落の失業、半失業群の存在は最も好都合であったわけであり、従って問題解決のために何らの対策も立てられずに何十年を適して参ったのであります。
終戦後の民主日本においてもこの状態はほとんど変わっておりません。
戦後の農地解放は三段歩以上の自作農創設を目ざして
実施され、小作権を持ったものに農地を取得せしめる方策がとられたため、単なる農業労働者であるか、または小作をしていても小さなやせた土地でしか小作をさせてもらえなかった農林居住部落民はごくわずかしかその分け前にあずかれませんでした。また部落漁民の多い一本釣漁業は底びきの影響で極端な不振であります。勤労者としての道も依然として大部分とざされております。貧乏のため高校以上の上級学校への進学者はきわめてわずかであります。その
反対に未就学、長欠児童はきわめて多く無事に義務教育を終えた児童でも勉学の条件はきわめて悪いのであります。その悪条件を克服してよい成績で中学校を卒業した児童の前に残酷な就職の差別が現存しております。日の当たる産業は身元引受能力等に籍口して部落の若者を締め出しており、従って就職先は景気変動の際崩壊する危険の多い零細企業あるいは臨時工社外工といったものであります。
伝統産業中げた、花緒等は生活様式の変化で致命的打撃を受け、皮革製靴は近代産業に押されて衰退の一途をたどっております。
農漁民としても労働者としても零細商工業者としても生活できない多くの人々は失対
事業をただ
一つの生業とし、亦生活保護を受けて暮している人の比率は他に比較して圧倒的に多いのであります。
住民の大部分が極端な貧困であり、国や府県や市町村の施策も長年にわたってほとんどなすことなく放置されていたため環境は最悪の状態にあります。区画整理は行なわれず、曲りくねった細い道、その両側にこわれかかった家がぎっしりと立ちならび、狭い家には大ぜいの住民が充満し、最もひどい所は三畳に六人というような状態で結核トラホーム患者等が続出しております。
身分的の実際的差別は明治から大正にかけて同じような状態が続いてきたわけでありますが、
大正年間の水平社の差別糺断闘争後部落民に対して、固有の差別的名称で呼ぶものはほとんどなくなり、戦後の民主的風潮で表面的に差別的態度を表わすものはなくなったことはまことに喜ばしいことであります。しかし、それでもって差別はなくなったあるいは無くなりつつあるとするのは最も皮相的な見方であり全くの誤りであります。表面的な差別言動は少なくなっても潜在的な差別は依然として頑強に深刻に大規模に続いております。結婚問題はほとんど昔の
通り、解決されておりません。相愛の青年男女が生木をさくよりに引き離され、前途の希望を失った例は枚挙にいとまがない状態にあります。就職や社交上の問題にしても潜在的差別は少しも少くならず、むしろ多くなる傾向にあります。
前に申し述べましたような世襲的な集団的なはなはだしい貧困、極端に悪い環境、それから派生する虚無的な風潮集団的な不衛生等が心なき人々の差別を再生産いたしております。
かくして差別と貧困、貧困と差別の悪循環は果てしなく続き、三百万という多数の同胞が現存の差別と貧困に苦悩し、
あとに続く子供達の不幸におびえて毎日を送っている問題はいかなる困難を克服しても急速に解決されなければならないものと信じます。
わが日本社会党は以前よりこの問題に真剣に取り組み検討をいたしました。
そして世の中のごく一部に「眠った子を起すな」という声があるが、それは前述のような差別と貧困の状態を無視したものであり、このようなことではきわめて一部のみずから解放する機会に恵まれた部落出身の人を除いた大部分の部落大衆は半永久的に解放されないのであって、これを打破し完全解放への道を進めるには声を大にしてその実相を訴えねばならないそして国策の樹立を進めなければならないとの結論に達し、さらに団体的な検討をいたしまして、一昨年八月部落政策要綱を発表したわけであります。
その骨子は、まず第一に部落問題は精神的な差別撲滅運動だけでは解決しない、差別をなくすことのブレーキになっている、あるいは差別を再生産するすべての条件を急速に取り除いていかなくてはならない。
従って第二にそのやり方は環境改善とか同和教育を進めるだけでなく、部落大衆の職業が成りたつようにし貧困の根元をなくしていかなくてはならない。それには地方公共研体にも最善の
協力は
要望するが、国自体が財政支出を確保し強力な政策を樹立しなければならない。
第三に、今すでになすべきことがわかっていることはどんどんと進めていくべきであるが、総合的な施策を実現するため
調査企画立案等をする恒久的な民主的な機関である部落問題
審議会を内閣に設置し、内閣はその答申勧告に従って、遅滞なく解放政策を
実施すべきであるということであります。
その頃より部落問題は新聞、雑誌ラジオ、テレビ等の報道機関に大きく取り上げられ、議会においても以前に増して論議が展開せられるようになって参りました。
政府においても同年十一月閣議において同和問題を取り上げる
決定がなされたわけでありますが、越えて昨年二月二十八日衆議院予算
委員会において石井副総理外
関係各閣僚、三月十一日衆議院社会労働
委員会において岸内閣総理
大臣に対するわが党
委員の
質問に対し、部落問題解決は政党派をこえてやらなければならない問題であり、内閣は急速に熱心に問題の具体的解決を推進をする。そのため内閣に強力な
委員会を設置するとの確約があったのであります。
その後昨年十月八日自由民主党において同和問題懇談会が結成され、十月十七日の閣議
決定によって同和対策閣僚懇談会の設置がされたわけであります。
審議会と閣僚懇談会の関連については昨年十二月社会労働
委員会において、岸首相より閣僚懇談会は
審議設置をやらないという
意味で置いたのではなく、
審議会設置の問題をこの閣僚懇談会で実際的に検討して進めるつもりであるとの積極的な
答弁があったわけであります。
わが党としましては、その後長らく
政府提案を待っておったわけでありますが、相当長い期間
経過いたしましたので、問題を促進いたすべく、研究を重ねました本
法案を提出いたした次第でありまして、
委員各位には以上の背景、
経過御了察の上、御
審議頂きたく存ずる次第であります。
以下簡単に本
法案提出の直接の理由を申し上げます。
第一に、部落問題解決に
関係のある
行政官庁は、厚生、労働、建設、文部、法務、商工、農林、大蔵、地方自治庁と多くの分野にわたっております。従って総合的な立案をするための機関が必要であり、その機関は閣僚懇談会のような漠然とした形でなく、事務局を持った強力なものでなければならないと考えます。
第二に、部落問題は急速な解決を必要といたしますが、しかし根本解決、完全解放にはどんなに急いでも相当の期間を必要といたします。従って内閣の交代、閣僚の入れかえ等で停滞しないような機関が必要であります。
第三に、問題の深刻性複雑性から考えて、実感を持たない人たちが観念的に考えただけでは完全な対策は樹立できないと考えられます。従って、従来から部落開放に働いた人々も入れた民主的な機関で問題を
審議する必要があります。
以上のような観点から本
法案を立案したものであり、その内容形式は大体において社会保障
制度審議会等に近いものであります。
審議会の所掌するところは実態
調査、生活環境改善、住宅、文教、雇用、零細自家営業等各対策の総合的な樹立、
関係行政機関の事務の
総合調整、啓発活動、その他部落問題解決に関するあらゆる重要問題であり、これらの問題に関し内閣総理
大臣の諮問に答申し、また内閣総理
大臣及び
関係各
大臣に積極的に勧告できることになっており、内閣総理
大臣及び各
大臣はこれを尊重しなければならないことといたしております。
審議会は
委員三十一人以内で
組織し、
国会議員、
関係行政機関の職員、部落解放に関し、経験を有するもの及び識見を有するものより内閣総理
大臣が任命することにいたしてございます。さらに専門
委員、幹事を置くこととし、事務局を設置することにいたしてございます。また
審議会は
関係行政機関に対し、資料の提出等の
協力をせしめることができることにいたしておるわけであり、その他は他の
審議会の例と同様であります。本
法案施行に要する本年度経費は約三百万円であります。
以上で御
説明を終るわけでございますが、三百万の同胞が、いわれなき差別と貧乏に苦悩し続けておる民主国家としてあるまじき状態を急速に解決する道を開くため、各位には積極的に慎重御
審議を賜わり、党派を超えて満場一致御可決あらんことを心から御願い申し上げる次第であります。
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