○福本参考人 ただいま
林原社長から大まかなところはお話しになったわけでございますが、もう少しこれを皆様に御納得いくように論理的に話をしたいと思いますので、まず皆様が一番疑問をお感じになるだろうというような点を頭に浮べながら問題をしぼってみます。今まで酵素法というようなことはほとんど耳にしなかったが、今ごろになってほっとそういうものが出てきたために幾らか疑義があるだろうと思いますが、これはぽっと出てきたのではなく、相当に長い研究があったのだということ。それから、酵素法というものと酸分解法というものの優劣といいますか、どういう差違があるのか、そういう差は一体どういうわけで出てくるのかということ。それから、私
どもの研究がここにくるまでには約八年ばかりかかっておりますが、どこに私
どもが非常に苦労をしたか。先ほど社長が世界で初めての技術だと言われましたが、私もそう思ってはおるのですが、そういうことはどういうところでそういうことが言えるのかというようなこと。それから、最後に、実際に行いますプロセスのアウトラインを御
説明して、あとは皆様の御質問に応じたいと存じます。
まず、「従来の酸糖化法と酵素法の得失比較」と表に書きましたが、差のあるところはどういうところかということを申し上げ、項目に従いましてこれに補足をいたします。最初に、原料
澱粉です。従来の酸糖化法でございますと、非常に高い温度で圧力をかけて、酸でもって分解いたします。従って、不純物がありますと、酸でございますから、
澱粉だけではなしに、それに含まれている蛋白質とか繊維とかいうものの不純物をみんな分解します。そうしますと、ブドウ糖以外の物質が出てきて、それにブドウ糖が反応して、色がついたり、苦いものが出たり、いろいろ捨てなければならぬものがたくさん出て参ります。従って、酸糖化法の加水分解というものは非常に原料
澱粉を精製しなければならぬ。普通のなま
澱粉を買ってきても、
アメリカンフィルターとかテープリングという非常に長いといに通し、またいろいろな機械で不純物をとってしまう。これは非常に費用を食います。ところが、酵素でいきますと、精製しなくてもいいから、なま
澱粉でも乾燥
澱粉でもいけるということになります。
それから、糖化
澱粉の濃度でありますが、酸糖化法では、あまり濃い
澱粉ではいけない。大体二五%、四倍ぐらいの水を入れたものでなければうまくいかない。ところが、酵素法ですと、五〇%のどろどろの液でいける。すなわち、あとで煮詰めるときに非常に熱が少くていいということになります。それから、分解限度の問題でありますが、大体、酸糖化法の場合には、九〇%どまりのところでやめないと、それ以上になると過分解になって、非常に苦いものが出てきたり、あるいはまた逆にブドウ糖分が減ってくる。それで、大体九〇%というところでとめる。ところが、酵素でいくと九八%までいける。
次に糖化時間。酸糖化の方は非常に早い時間でいけるが、酵素は二十四時間から四十八時間かかる。非常に時間が長くかかるようでございますが、これは、一方は百何十度という高い温度でやりますし、一方は五十何度でやるわけでありまして、これは製造工程全体においてそれを見ておけばいいのでありますから、大してかからぬと思います。
それはとにかくとして、糖化の設備のことですが、百何十度という圧力をかけると耐圧でなければならぬ。それから、酸に耐えなければならぬから、ステンレスを使う。そういうことでかなり設備コストが高くついて参ります。これが酸糖化法の高くつくゆえんでありますが、酵素の場合はその点非常に楽でございまして、極端に言えば普通の桶でもいけるということになります。実際には工業的にそんなことはありませんで、やはり琺瑯引きとかステンレスのタンク等を使いますけれ
ども、理屈ではそうなります。
それから、これは大きな問題ですが、糖化液の状態です。酸糖化ですと、苦み物質ができます。
澱粉の構造はあとで
説明いたしますが、
澱粉がブドウ糖に酸でもって分解されていきますと、これは順々に鎖状結合を切っていくのですが、そうすると、ある
程度まで強烈な反応がありますから、分解が進んでいきますと、出たブドウ糖が二つくっついてゲンチオビオースという苦いものができる。あるいはそれが一そう分解されて蓚酸のようなものになったり、とにかく目的のブドウ糖でないものになっていく。そういうことで、非常に苦みが出て参ります。また着色が出て参ります。ところが、この酵素でやりますと、苦みも何もなく全部ブドウ糖が出てくるのであります。
そのほか、糖化液の精製のことは、大体活性炭やイオン交換樹脂のことをそこに書きましたが、これはどちらも大差ないということになります。
それから、この管理については、酵素糖化の方は大体五十五度で時間を一定にしてときどき攪拌してやればいいということで、操作に一ぺんなれてしまえば楽にやれるわけでありますが、酸糖化の方は相当にこの管理がデリケートでございます。
それから、この収率のところは大事な点ですが、酸糖化ですと、大体結晶ブドウ糖の収率が七〇%ということで、残りの三〇%というのは苦いもので廃物として捨てなければならない。これは豆炭の粘結剤等に使われるのが現状でございますが、酵素の方でいきますと、大体結晶としてとりましても八〇%、先ほどお回しした大きな袋の中に入ったようにすれば一〇〇%
澱粉に対してブドウ糖がとれるのであります。このようにいたしまして、現在
林原さんの方では、大体酸糖化法に比べて約三割ぐらいコスト・ダウンができるのではないかとおっしゃっていますが、これは私は経済マンでありませんので責任を持ったことは言えません。大体そんなことは私も思っておるのであります。
こういうことがまず酵素法と酸糖化法とを比べた場合のアウト・ラインでございます。
そこで、今申しましたことにからみましていろいろなことを御
説明いたさなければならないのです。
まず、ブドウ糖を作ります原料である
澱粉でございますが、この
澱粉と申しますものは、――まあこのへんからぽつぽつむずかしい話になって参りますが、
一つ御容赦願いたい。そこを話さないと話のポイントが言えないことになります。大体、普通、
澱粉と申しますのは二つの部分からできております。その
一つは、こういうふうにブドウ糖が鎖のようにつながりまして長く伸びております。これはアルファ一・四結合と言いまして、こういうような形に伸びております。これがアミローズです。それから、もう
一つのものはやはりこういうものですけれ
ども、途中から枝が出ております。またここから枝が出ている。ちょうど樹枝状と言いますか、木の枝が張ったような形になる。これがアミロペクチンです。こういう二つの部分から成っておりまして、このアミロペクチンの方が七、八〇%で、前のアミローズの方は三〇%ぐらいなんです。皆さんがおわかりになりやすい
一つの例をここに差し上げますと、もち米
澱粉というのはねばいものですね、もちつのように。これは学問的によくやることなんですが、
澱粉にヨードを入れますと青くなる。もち米
澱粉にヨードを入れましても青くならない。赤いか黄色いかです。もち米
澱粉は、この長く伸びた分子のアミローズはほとんどなく、樹枝状になっているアミロペクチンから成っている。ですから、このねばいのはこういう樹枝状のアミロペクチンのねばさのためなんですね。まあこれは余談でございますが、とにかく、
澱粉というものはこういう二つの部分から成っております。それで、先ほどの酸分解は、こういうものを酸でもってぱしぱし切っていく。あるいは、これをぱしぱし切っていく場合に、大刻みに切っていく、それから小刻みに切っていく。最後に目的とするものは
一つ一つ離れてくれればよい。離れてくれれば全部ブドウ糖になるということになる。
しかしながら、酸のような強烈な性質のものを使いまして高い温度でやりますと、これがただ
一つ一つに離れてくれない。大刻みなものができたり、その途中、デキストリンと申しますが、ぱらっとしたこのくらいなものができたり、また一方にブドウ糖ができたり、こういう状態があるわけです。それを長い間分解していきますと、すでにブドウ糖になっているやつがゲンチオビオースのような苦いものになってしまったり、いろいろするのですね。そこで、酸分解には非常に分解する条件と時間的コントロールがむずかしくなる。管理がむずかしくなる。先ほど管理がむずかしいということを申しましたのはそういうところにあるわけです。
ところが、酵素法の方になって参りますと、酵素というものは――ここで酵素というものを突っ込んで御
説明する必要があるので、一部の方には失礼に当るかもしれませんが、大多数の方がそういう方面のしろうとでいらっしゃると仮定いたしまして、酵素の
説明をいたします。
酵素といいますのは、大体生物体が出します一種の触媒、生きたものが出す触媒、――先ほど話がありましたように、われわれが牛肉を食べますと胃の中でペプシンという消化酵素がこなす。そういうふうに生体が出す触媒、蛋白質でございます。そういうものなんです。これは酵素の解釈をきょうここでするというのは目的じゃありませんから、ブドウ糖を作るときに一番大事なことと
考える
一つの問題をここで御
説明していきたい。その酵素というものは、ドイツの有名な化学者エミル・フィッシャーがいみじくもたとえたわけでありますが、酵素とその分解する物質とはちょうどかぎとかぎ穴のごとき
関係にあると言った。それにならうと、アミラーゼ、すなわち糖化酵素というものは、
澱粉に対してはかぎに当るのです。糖化酵素がかぎだといたしますと、これはその相手が
澱粉以外のものには少しも働かない。ただ
澱粉だけに働く。ちょうど若い人があの人でなくちゃいかぬというふうなものでございます。このかぎは、これに合うかぎ穴しかあけられない。そういう特質がある。従って、
澱粉に不純物がありましても、蛋白質やセルローズがありましても、これはインデペンデントで、ちっとも問題はないわけです。だから、前に申しました粗製
澱粉で十分原料になるということはここのことなんです。
澱粉だけに働いてほかのものはかまわない。そういうところが酵素の非常にすぐれた特質です。それだから、先ほど申しましたように糖化が九八%以上までいくのですね、いい酵素を選べば。後ほど言いますように、ある目的に合った酵素を選びさえすれば、過分解にもいかない。ブドウ糖になってしまいますとそれ以上いかないのですから、非常に都合がいいわけであります。
そこで、酵素の種類について簡単に
説明しますと、
澱粉を分解する酵素をアミラーゼと申します。アミラーゼという酵素にも、これまた
一つではなく、いろいろございまして、これがそれぞれ
澱粉を分解する分解の仕方が違うのであります。アミラーゼという酵素は
澱粉に作用することは同じです。
澱粉にのみ作用するということは同じでありますが、しかしながら、その
澱粉を切る切り方というものはそれぞれ違っておる。それで、大ざっぱに言いますと、こういう長いやつをすぱすぱと大刻みに刻むような酵素の作用を主として営むアミーゼもあれば、あとで申しますように
一つ一つブドウ糖に離していく酵素もある。また、従来麦芽糖あめを作っております麦芽糖酵素のように、ブドウ糖の二分子くっついた麦芽糖に切っていく酵素もある。ですから、こういう酵素だったらこんなふうに二分子ずつ切って参ります。だからブドウ糖が二分子くっついているのですが、これが例の麦のべータ・アミラーゼです。ここから一分子ずつブドウ糖を離していくのがこの糖化型アミラーゼです。この一分子ずつ切っていくやつにもまた二つの大きな種類がある。どれを使わなければブドウ糖ができないかということはだんだんこれからせんじ詰められていくわけです。
そういうことで、ここにちょっと詳しくは申し上げませんが、現在、そういう
澱粉を分解するアミラーゼというものを分類いたしまして、大体こういうふうに分けておる。つまり、ブドウ糖分子間の結合を一・四結合と言っておりますが、この一・四結合を大刻みに刻むやつ、これをアルファ・アミラーゼと言っております。それから、ベータ・アミラーゼ、これは、植物、大麦とか大豆あたりにある。これは従来の酵素法の水あめの製造に用いるものですね。それから、これから問題になるアミログルコシダーゼ。この糖化型アミラーゼには二つありまして、今現実にわれわれが使っておりますこのリゾプス型と、ニガー型があります。後者は実際にはいくのだけれ
ども現実に使えない。なぜこれが使えないかということはあとで
説明いたします。そのほか、ここに、アミラーゼとは言いかねるのですが、酵素法によってブドウ糖を作る場合に非常に問題になってくるトランスグルコシダーゼがありますと、せっかくこのいい型の一〇〇%分解する酵素を使っておっても、できたブドウ糖はもう一ぺんトランスしてくっついてしまう。二分子、三分子のものになって、結局分解率が落ちてしまう。こういうものを出す菌はペケだ、使えないということになるわけです。そこで仕事がだんだんむずかしくなってきたわけなんでありますが、それを解決したのが私
どもの仕事の誇りなんでございます。そのほか、イソアミラーゼ、アミロ一・六グルコシダーゼ等がございますけれ
ども、これは本日
関係がありませんので、
説明を省略いたします。
ところで、この問題になる糖化型アミラーゼと称するもの、これに二種類あるということを言いました。これを私
どもの研究を主といたしまして従来の世界の研究を集めてみたものがこの表でございます。この赤丸を打ってあるのは酵素を結晶にした――結晶にしたということは純粋の酵素をとったということなんです。これは皆さんにとっては大したことでもないのですが、研究者にとっては大へんなことなのでございます。ここに結晶写真をお見せしますが、これはあとで問題が出て参りますので、一応
説明しておきます。第一にお見せするのが現在ブドウ糖の製造に役立っている酵素の結晶。第二番目のクリのいがのように見えるのは、同じような性質を持っているけれ
ども、八〇%でとまってしまう。同じタイプのやつだけれ
ども八〇%でとまる。これはペケです。これを使っておっても結晶ブドウ糖はとれない。それから、三番目の針のようになって見えるのは、これは先ほどちょっと申しましたトランスグルコシダーゼ、これが酵素材料の中にまじっておりますと、結晶ブドウ糖の製造はぺケです。うまくいかない。この三つとも世界で初めてわれわれのとった結晶でございます。こういうふうな結晶にしまして
一つの純粋の酵素にして、その酵素の作用を見ていくことによってこの仕事ができるということがわかったわけであります。だから、この結晶をとることについては、われわれは非常な苦労をしたところでございます。学問的にはこれにずいぶん長い時間を費やしておったわけであります。
こういうことでございまして、この線から上を見ますと、大体
澱粉を一〇〇%分解する。ところが、この線から下は大体七八%から八〇%のところでとまる。だから、同じような糖化酵素といえ
ども、とにかく二つのタイプがあるということは、私
どもの研究だけでなしに世界の多くの人の研究を集めてみますと、こういうことが言える。しかも、このリゾプス型酵素は、これは少し学問的に深くなりますけれ
ども、マルトース、二分子ブドウ糖がくっついたもの、このものも切る。これは従来の酵素の観念では異常なことであったのです。そういう性質がわかりました。とにかく、こういう酵素は
澱粉を一〇〇%切る。一〇〇%切るということは、酵素化学的に言いますと非常な重大な問題を含んでおったのです。私が初めてこれを発表したときは、ずいぶん学界からやあやあ言われて、お前は間違っているのだと言われたのですが、それを証明するための結晶を作るためにずいぶん苦労したのです。結局、先ほ
ども申しましたように、かりにブドウ糖が鎖の
一つの輪としますと、ブドウ糖がこういうふうにずっと横に長くつなぐなら、つなぎ方は同じです。一・四結合。ところが、これに枝を出そうとすると、一・四結合ではできない。一・六結合というものが出てきます。ここは一・四結合、ここは一・六結合になる。もしわれしわれの結晶に出した酵素が
澱粉を一〇〇%分解してブドウ糖にすることができるとすれば、この酵素は、こういう一・四結合も切り得るが、この一・六結合も切り得るということになる。
一つの酵素が二つの結合を切るということは、従来酵素化学の観念ではなかったものであります。非常に無理な
考え方であります。
で、これを証明しないことには、私
どもの酵素が一〇〇%
澱粉をブドウ糖にし得るという証明は成り立たない。そこで、実験して証明したのがこういう方法であります。結局、その酵素はマルトース、ブドウ糖が二分子くっついたやつを一四結合で切ってブドウ糖にしたもの、それから、パノース、ブドウ糖が三つくっついているもの、このパノースだと、ここの一・四結合を切ってこの一・六結合を切る、これを三つの分子にしてしまう一〇〇%のやつも七八%のやつも同じようにやる、しかしながら、イソマルトース、一・六結合のある二分子ブドウ糖のくっついたやつは切れない、こういうことがわかった。こういうことをはっきりと証明したのはわれわれの仕事が初めてでございます。これを英国のネーチュアという権威のある雑誌が認めてくれた。こういうことがあるから、先ほどの枝別れのやつも順々にこういうふうな形で切っていく。それで一〇〇%切るんだということを証明して、現在では酵素化学者は一応認めてくれたのであります。これがこの酵素法によるブドウ糖の製造が成り立つもとの理論であったわけであります。
ところで、これはよけいなことになりますが、たとえば、先ほどの
一つのやつは七八%でとまるが、
一つは一〇〇%いく。一体この差はどこから来るかということの研究の一端がこちらの図表であります。皆さん酵素の学問の御専門家でありませんから、きょうは、ただ、二つのタイプがある、だから、こういうニガー型の糖化酵素を使えば結晶ブドウ糖ができるかといったら、そうはいかないということだけを申し上げて、
説明を省略いたしたいと思います。ただ、問題は、結局は一〇〇%分解するやつは何となくこういう形で分解していくが、途中でとまるのは、実は
澱粉の内部構造、一番先に出しましたこの表の、点でつないだ中の、あるいは実線でつないだ中の方の構造の差によって二つの酵素の差が出てくる。要するに、中の方をやっつけるかやっつけないかの力の差があるというようなことで、この七八%でとまる、一方は一〇〇%までいくということの
説明ができるということを申したのであります。
ところで、先ほど写真をお渡ししました中に、針状の結晶がございますが、この酵素は、マルトース、こういう二分子くっついた麦芽糖ですね、この麦芽糖を切ってイソマルトースにする。ここを切ったときに発生するエネルギーでこういうくっつき方をする。今度は一・六にくっついてしまう。こういうことをだんだん繰り返していきましてパノースやらテトラオースと、だんだん分子量の大きなものにしていく性質を持っておる。いわゆるトランスグルコシダーゼと称せられる酵素が多くのカビに含まれているわけであります。これは自然の生物の非常におもしろいところなのでございます。一ぺん自分が
一つのものを切って、そのときにエネルギーを発する。そのエネルギーを使って別のものを作る。そういうことをやりますから、結局、酵素が
澱粉を分解しておっても、それがおりますと、できたブドウ糖をまた別のものに変えてしまいますから、人間の目的とする
最終のブドウ糖の収得率というものは落ちてしまう。一〇〇%いかないということです。
ですから、問題はここに二つ出てきたわけです。糖化型の酵素というものがあって、それは先ほど言ったように理屈の上から言ったら
澱粉を一〇〇%切り得るような性質を持っておる。しかしながら、その
一つは確かに一〇〇%切るけれ
ども、その
一つは、残念ながら、
澱粉の中の内部構造、アミロペクチンの方の何ものかの条件によって支配されて、途中でとまってしまう。もっとも、この酵素でも百倍くらい入れてやりますと、どんどんいきます。何べんも繰り返しますと一〇〇%いきますけれ
ども、とうていそんなことは経済的に成り立たない。理屈じゃいくが、途中で非常にとまりやすい。そういう酵素が
一つある。ですから、結晶ブドウ糖を作るためには一〇〇%糖化する糖化型の酵素を選ばなければならぬということが
一つあります。
もう
一つは、そういう場合には、どうせ実際に製造をやる場合には、われわれが作ったような結晶を作って売ることはできない。これは経済的に成り立たない。これは学者がやることです。実際には粗製のなるべく安い酵素を使って
澱粉を糖化していかなければならない。そういう場合、問題の出てきますのは今のドランスグルコシダーゼで、一ぺんできたブドウ糖が二分子あるいは三分子とくっついて、いわゆるブドウ糖でなくなってしまう。そういう酵素がある。そういうものを一緒に出すという菌が多いのであります。その実験をやったのがこれであります。皆様おわかりになりにくい点もありますから要約いたしますと、マルトースにトランスグルコシダーゼを作用させて、マルトースを分解する。一方は糖化型の酵素を用いて今われわれが問題にしております麦芽糖を原料にする。そうしますと、だんだん時間がたつとともに、もとのマルトースが減っていきまして、全部ブドウ糖になってしまう。これは濃淡で表わしておりますが、最初マルトースに酵素が作用してブドウ糖になりますが、トランスグルコシダーゼを作用しますと、初めマルトースがありまして、これが一部ブドウ糖になる。同時にイソマルトースができる。三つ三つくっつく。また長く置きますと、だんだんブドウ糖がふえてきますけれ
ども、イソマルトースの方もふえてくる。今言ったようなことが起きているわけであります。大体話が長くなりますからその辺で表を省略します。
そういうわけでございますから、その際にこのトランスグルコシダーゼというのはマルトースの濃度が非常に低いと一〇〇%全部ブドウ糖化するのです。ところが、マルトースの方が非常に高い濃度になってきますと、これはトランスしてしまう。ですから、実際問題として大事なことは、実際に糖化する場合には五〇%というような
澱粉液を糖化していくわけですね。そうしますと、途中にマルトースがかなり出てくる段階がある。マルトースの方がかなり高い段階にトランスが出てきますと、それをトランスしてしまって、再びブドウ糖にならぬものができてくる。この問題です。そういうことをこの表で示しているわけです。
まだたくさん表を持っておりますが、話が複雑になりますから、この辺で話をしぼって参ります。ただいま申しましたように、糖化酵素というものは、
澱粉を一〇〇%ブドウ糖に分解する性質を持っている。しかしながら、
一つは確かに一〇〇%いくが、
一つはある条件によって途中でとまってしまう。だから、どうしてもこれは一〇〇%いくものを選ばなければいけない。一方、トランスグルコシダーゼというものが、こういうカビを培養して酵素を作るときに、非常にわずかであるけれ
ども出てくる。それがあると、
澱粉を糖化する場合に、かりに一〇〇%糖化し得る糖化酵素であっても、それが存在すると一〇〇%分解にいかない。大体、
澱粉を糖化いたしまして九〇%くらいでとまりますと、なかなかうまく結晶が出ないのであります。ところが、九四、五にいきますと、結晶がきれいに出てくる。そういうところへ問題がしぼられて参ります。そこで、これを実際に工業的にブドウ糖の製造に役立たせようとすると、どういう問題が起きてくるかと申しますと、その二つの条件をちゃんと具備した酵素を出す菌を選ぶのですね。菌を一体何から求めるかということが問題になって参ります。そうして、ただそれだけでは充足されないので、そういう菌が見つかったら、その菌からいかに酵素を強く出させるか、いかにそれを安価な酵素にさせるかということをやらないと、工業にはならないのであります。その辺に私
どもはかなり時日を費したのでありますが、昨年の八月ごろにほぼこの事業化の見通しをつけておったのであります。しかしながら、何しろ新しい技術でありますし、また、今までるる申し上げたような
基礎的な事実をよく勉強しておって下さる学者の方はおわかりになるのですが、学者の方は工業化をあまり
考えませんし、一般の方はそういう
基礎的な事実をあまりよく勉強していないので、酵素糖化というものが実は
林原さんで初めて工業化されるまでは多くの方からあまり問題にされなかったという
実情であります。実は、私、昨年の八月に、
日本のためにぜひ酵素を作ってブドウ糖の育成に役立たせようということを、古くから私が
指導しておりますある酵素会社にやかましく言ったのですが、残念なるかな、彼らは私の
考えを受け入れなかったのであります。
そんなことは
一つのエピソードでありますが、そこで、実際にこの方法でブドウ糖を作りますには、ここにあげたような方法でやります。要するに、簡単に申しますと、これも私が
日本で初めてやったものですが、バクテリアを培養して、
澱粉を大刻みに刻んで溶かす酵素を作りまして、これを入れますと、大体二十分から四十分くらいの間に
澱粉の五〇%の乳液がさらさらになってしまいます。このさらさらしたものに酵素を入れると、これは大体五十五度で二十四時間から四十八時間やりますと、大体九六、七%まで糖化します。もっといくものは八以上までいく。あとの一、二%というものは理論的に残るのです。これはブドウ糖が二つあるいは三つくっついたものはほんのわずかある。これは理論的に言えるのです。しかしながら、これは一〇〇%と見てよい。一〇〇%分解する。そうしたものを煮詰めました糖化液を、活性炭やイオン交換樹脂で脱色、脱塩しまして、ある
程度濃縮しまして、結晶溶液を入れますと、先ほどびんに入れてお見せしたいわゆる結晶ブドウ糖がとれる。それから、そう分離をしないで、今
林原さんがやっておりますように、これを助命機に入れまして種を入れると、全部が結晶塊となり、切削すれば粉末状の結晶になる。いわゆるトータルシュガーです。もちろん、従来法の
通り結晶化して分みつする場合も、結晶をとりました残りの廃液は酸糖化と違って苦くないのですから、これはまた糖みつとして使います。また、濃縮すれば固型ブドウ糖になります。
これは酵素の力をどのくらい入れるかということを出した標準の
数字でありますが、このグラフは、そういう方法でやった場合に糖化酵素をどれだけ入れると糖化が何%伸びるか、できるだけ酵素を少くして、そうして糖化を一〇〇%にさせたいというので、糖化酵素の量をいろいろ変え、単位を変えてやってみた。糖化酵素が非常に少く二単位ぐらいだと、カーブが、立ち上りがおそくなりまして、九〇そこそこでとまってしまう。ところが、酵素を五単位やりますと、早く分解して、一〇〇%近くまでいく。大体、三単位くらい、三五単位くらい、実際は四単位くらいのところを使っておりますが、そうしますと、九八、七%くらいまでいく。こういう実験的事実あるいは理論に基きまして現在のブドウ糖ができておるわけであります。
急ぎましたので、幾らかおわかりになりにくい点があったかと思いますが、一応私の
説明はこの辺で終らしていただきまして、あとは御質問にお答えいたしたいと思います。(拍手)