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八木(一男)
委員 今おっしゃったような御趣旨で
一つぜひ進めていただきたいと思います。
そこでその問題になりますと、国庫負担が多くなるという問題になる。今積立金方式を政府の方はとっておられます。保険料を積み立てて、自分のものは自分で用意する。また国庫負担もその年に出しておいて、積み立てその年代で用意していこうということになっているわけです。それはある意味で、完全にその用意をしておこうという意味では決して悪いとは言い切れないことですけれども、
ほんとうの制度の上から見れば、そういうことをしては大きくならない。今の年寄りにはただの
年金をあげなければならない。われわれは親孝行をしなければならない。そうして積立金方式とすると、保険料は自分が出して、自分の時代に税金で払って、国庫負担を出して積み立てておいても、自分たちの時代で金をまかなって将来の用にしなければならない。親孝行もすれば、自分の将来は子供に見てもらわないで自分たちだけでやろうということになる。そうなれば今働いている人は二重負担になる。親孝行もやるが、自分たちの用意もするのだということ。子供たちにも親孝行をしてもらおう、子供たちは孫に親孝行をしてもらえばいいというふうに、ずっとインター・ジェネレーションの
年金制度を作れば、そういう問題は非常に楽になる。これは非常に小むずかしい問題でございますから、また
厚生大臣は小山さんや何かと論議を戦わして御研究を願いたいと思いますが、これを財政的に政府が一生懸命出すと同時に、さらにこういう
方法によってもっとたくさん出せる
方法があるわけです。そういう
方法を
一つ検討していただきたいと思います。ただしそれを逆用してもらっては困ります。政府が出すものをそういうふうに固定して出したら、これは逆用になります。こういうときには断じて承知はいたしません。出すものはどんどんふやす。それをさらに大きくするためにそういうものを使うというように使ってもらわないと、りっぱな
方法も、これは薬になったり毒薬になったりしますので、決して毒薬の方には使わないで、薬の方にそういう制度を使うように御検討願いたいということを申し上げておきたいと思いますが、それについて御検討願いたいと思います。
その次に、もっと具体的な問題に移ります。政府の方の拠出
年金は非常に間違っていると私どもが思いますのは、
社会保険主義という
立場に立っておる。私どもが提出しました
社会党の
年金は、
社会保障主義というものに立っております。似たような
言葉でございますが、それが非常に違うわけでございます。その理由はこういうことであります。たとえばさっき申し上げましたように、政府の方の
年金は、全部払った場合に六十五歳で三千五百円になる、二十年しか払わなければ二千円になる、十年では千円、九年以下ではなしになる、そういうことになります。そうなると、払えなかったという人は、農場の収穫が少かったり、商売が不振であったり、そういうことで払えない、生活が苦しい人であります。生活が苦しい人が年寄りになったら、一番
年金が必要なわけです。金持ちの人より一番
年金が必要なわけです。そういう人々の
年金が少くなったり、もらえなくなったりするということでは、
年金の意味は、もうほとんどなくなるわけでありますが、そういう組立てに立っておる。そういう組み立ては、今までの保険会社のような組み立てに立っておるわけです。保険料をたくさん払った人が、満期保険金をたくさんもらえる。それを
年金払いによってもらえば、たくさんの
年金が入るということになる。これでは
ほんとうの
社会保障ではないのです。金持ちが自分のことで合理的に用意するということにすぎない。
社会保障というものはそういうものではなしに、
ほんとうに
年金が必要な人が
年金がもらえるようにならなければいけないわけです。政府の方でも、少しはそういう点は加味してございまして、国庫負担の点だけがそういう点です。国庫負担は、
一般の累進税の税金からかける。それが三分の一国庫負担になってきている。その部分だけは
社会保障面だ。ところがそれ以外の組み立てはそうではない。そういうことは、
ほんとうの
年金制度とは言えないわけであります。今度保険料の方で見ますと、
社会党でわれわれ
考えましたのは、均等割、収入割、所得割というものの三つの制度から
考えたのであります。ところが政府案の方は、一律に最初は月百五十円、あとは月百円という
年金保険料をとっております。そうすると、住友吉左衛門という人でも百五十円しか払わなくていい、百円しか払わなくていいが、いわゆるボーダー・ラインの人もそれだけ払わなければならない。払えなければそれだけ
年金が減ってくるということになってくるわけです。いささかそこに免除制度を作っておいでになりますが、しかしそれは完全なものではございません。でございますから、結局
年金を強制保険でとるのに、そういうふうな金持ちも貧乏人も同じようにしかとれない。そうして払えなければ
年金は減るというところに、
社会保険主義の悪い点が出ている。私どもは、保険料を払える人にたくさん払ってもらった
らいいのではないかと思います。私どもは、保険料という形式は法律的にいけないというので、
年金税という
言葉に変えましたけれども、とにかく保険料に当る負担を払える人にはたくさん払ってもらって、払えない人には少しでいい。そして今度払うときには、必要の度がありますから同じように払うという
考え方をとっているわけです。二重に私どもの方は
社会保障主義である。政府案の方は
社会保険主義である。
社会保険主義は当りまえだと言われれば、これは
社会保障を語る資格はございません。
社会保障というのは、今までの財産権の問題だけで
考えているのではなしに、
ほんとうに国の政治が悪いために健康で文化的な生活ができない人を、少しでもそれに近づけるためにやるわけですから、そういう作用をしなければ
社会保障はでき上らない。ところが
社会保障の
ほんとうの真打ちといわれる
年金制度において、こういう
社会保険主義の味の方がはるかに多い。
社会保障主義の味の方が少いという点に非常に問題がある。そういう組み立てについてさらに検討されて、
社会保障の方に前進されるようにしていただきたいと思います。それについての
大臣の御所見を伺いたい。