○松岡平市君 ILO第八十七号条約批准に関する労働大臣の諮問に対する労働問題懇談会の答申が、去る二月十八日に行われました。かねて本院においても、この答申を待って善処する旨を総理大臣も言明しておられましたが、
政府はさっそく、二十日、本条約批准についての態度を表明せられました。自今、
政府は本条約批准のために必要なる諸般の措置を急速に進められるものと信じますが、右答申においても述べておるような、公共企業体の労使
関係を安定し、業務の正常なる運営を確保すること、ILO条約の
趣旨とする労働団体の自主運営並びにその相互不介入の
原則が、
わが国の労使
関係においても十分取り入れらるるようにする、そうした諸措置を講ずることは、現下の
わが国の諸情勢にかんがみて、必ずしも容易であるとは
考えられません。かつ、これらの諸措置は、いずれも直ちに
日本の労働組合運動ないし労働
関係の
基本的なあり方に触るる重要問題であると
考えられますがゆえに、私は自由民主党を代表して、本条約批准をめぐる
基本問題のうち、若干について、
政府の所見を明らかにしていただこうと思います。
まず第一は、国際労働条約の批准に対する
政府の
基本的態度いかんという点について、総理に
お尋ねをいたします。
ILOに加盟し、特にその常任理事国としてILOのうちにおいても重要な地位を占める
わが国が、ILOの精神を尊重し、ILOに協力すべきことは、言を待ちません。それゆえにこそ
わが国は、従来からILOの諸活動に積極的に参加し、国際協力の実をあげることに努めて参っておるのであります。ところが、たまたま問題の八十七号条約の批准を今日までしなかったということをとらえて、いかにも
わが国がILOに対し非協力的であるとの非難があると称して、ILOへの協力とは、とにかく条約を批准するということを第一義的に
考えることだ、と広く理解されている傾きがあるやに見受けられます。言うまでもなくILO条約なるものはILO憲章の精神にのっとり、これを実現するために作られたもので、国際的視野に立って
各種の労働基準のあるべき姿を明らかにしたものでありますから、一般的には、これをすみやかに批准し、その精神を
国力に具現することが望ましいに相違ありません。しかしながら、国際条約当然の
性格として、すべての条約が、加盟国全部のそれぞれの政治、社会、
経済、労働等の諸
事情を漏れなく
考慮に入れて、いずれの国にも直ちに批准適用し得る性質のものとなり得ないことは、自明のことであります。国際的視野からは、いずれの加盟国においても批准さるることが望ましい
内容を持っておるが、さて、その
内容を果してそれぞれの国で実現し得るかどうかという点になれば、それぞれの国の諸
事情によっておのずから相違が生ずることは当然でありましょう。
国内の諸
事情を勘案して実現可能と
考えられるときは、もとよりすみやかに批准さるべきものであり、もし実現することを妨げる諸条件が存在している場合には、その
障害を十分に除去する処置をとって、
国内の受け入れ態勢を整備した後、初めて条約批准をなすべきもので、
国内の
事情を無視していたずらに条約の批准を急ぎ、ためにその国の労働問題に紛糾混乱を巻き起すがごときことは、決して真にILOに協力するゆえんではないのであります。ILOが今日まで採択した条約は全部で百十一、これに対して主要加盟国の批准
状況を見るに、フランスは七十三、イギリスは五十八、ソ連十八、
アメリカはただの七。加盟一カ国当り平均批准は二三・一に過ぎないという事実は、実に端的に右の
事情を物語るものであります。問題の八十七号条約にいたしましても、加盟国八十のうち、
アメリカ、カナダ、インドを初め三十五カ国はいまだ批准をいたしておりません。
わが国がすでに二十四の条約を批准していることは、
わが国もでき得る限りの協力をしている事実を示しておる。たまたま、八十七号条約批准について、
国内の諸
事情から
相当長期間の
検討を加えざるを得なかったことをもってして、ILO非協力の非難を甘受する理由はないと
考えますが、いかがでございましょうか。
政府が八十七号条約批准の方針を決定せられたとすれば、国際労働条約批准についての
わが国の
基本的態度はどうであるかということと、その
基本的態度にかんがみて、
政府が八十七号条約批准を決意するに至ったのは、労働問題懇談会の答申もさることながら、
政府としていかなる判断に基いているものであるかを、総理から御説明を願いたい。
次に、ILO第八十七号条約批准に伴う具体的問題について、二、三労働大臣に
お尋ねいたします。
二月十八日の労働問題懇談会の答申は、ILO第八十七号条約は批准すべきものであるとの立場に立って、同条約を批准するに当っては、公労法四条三項、地公労法五条三項を廃止することが必要である旨を述べております。ILO八十七号条約の示す
内容は、
わが国においては、すでに憲法、労働組合法等によって
基本的には十分に実現されておるところであります。そうして本条約を批准するやいなやに際しての問題は、もっぱら公労法四条三項、地公労法五条三項を廃止するかどうかの問題であったという点は、この際、特に注意されなければなりません。条約批准に際しては、廃止することが必要であると
指摘されました公労法四条三項並びに地公労法五条三項の意義、並びにその果してきた役割についての判断、従ってその取扱いこそは、実に本条約批准の可否の判断の根底をなすものであります。
政府が条約批准の態度を決定した今日、これについては確固不動の方針を明らかにせられる必要があると私は
考えます。公労法四条三項は、組合員資格ないし役員資格を職員に限る旨を定めており、このことのゆえに八十七号条約に抵触するおそれが濃いとされたものであります。そもそも、この四条三項は、占領下、
昭和二十三年十二月二十日、GHQの強力なる指導下に制定されたあの公労法の中で、当時共産党の全面支配下に置かれんとする労働組合運動を、民主主義的方向に転回させる必要上設けられた
規定であることは周知の事実、当時は、
関係組合においても、共産主義者外の民主的指導者たちは、いずれもこれを支持せられた
規定であります。そうして、その後は引き続き、違法な争議行為を行い、そのために解雇せられて職員たる身分を喪失した組合幹部の役員資格を失わしめる、ということによって、違法争議を抑止する、チェックするという重要な役割を果してきておること、これは皆さま御承知の
通りであります。四条三項は、職員にあらざる者の組合加入、役員就任を排除するということと同時に、公労法が
規定する争議行為禁止の実効を確保するという機能を一面持つものであって、このことによって公共企業体等の業務の正常運営を確保するという役割を果してきたものであります。八十七号条約を批准することとした場合、四条三項の廃止によって、非職員が組合員あるいは役員になれないという制限を撤廃することは、本条約の精神からいっても、また労働問題懇談会の答申
通り、これをかりに認むるといたしましても、争議行為禁止の実効確保機能をも失わしめるという点については、
わが国の現状下において私
どもはとうてい同意しがたいのであります。従って、四条三項廃止に際して、何らかのこの点に関する代替措置が当然とられなければならないと思うものであります。三公社五現業労組が加盟する総評が、法の禁止する争議行為をあえて行い、三公社五現業職員の争議権奪還を実力によって達成すると公言してはばからない現状においては、ただでさえ、私たちは、違法争議行為禁止の実効確保のための措置
強化を必要と痛感しておるのでありまして、まして、条約批准のために四条三項を廃止する必要があるとするならば、これにかかわる適当な措置をあらかじめ講ずることは、絶対不可欠の条件であると
確信するのであります。労働問題懇談会の答申が、
関係諸法規についての必要な措置が当然
考慮されることになるであろうといっておる。その当然
考慮されることになるであろうという
関係法規の必要な措置のそのうちには、当然このようなことが含まれておると
考えるのでありますが、
政府の所見をお伺いいたしたい。
政府は、将来にわたって公共企業体等の業務の正常な運営を確保することについて、いかほどの
確信を持っておられるか、あわせ御答弁をお願いいたします。
次に、総評等の労働組合や一部の評論家等の間に、三公社五現業職員の争議行為禁止もまた、ILO八十七号条約に抵触するものがあるとして、本条約批准促進運動の一環として、いわゆる争議権奪還運動なるものを正当づけようと試みております。が、しかし、私たちは、かようなことは全く何らの論拠も根拠もなく、単なる放言なりと
考えるのでありますが、世上一般の理解を正しくするためにも、労働大臣の御見解を開陳していただきたい。
第三に、本批准問題と、全逓労組の公労法四条三項違反、法律無視の態度との
関係についてお伺いいたしたい。(「逓信大臣いないじゃないか」と呼ぶ者あり)労働大臣に
お尋ねしております。
周知の
通り、全逓労組は、昨年の春季闘争なるものにおいて違法な争議行為を行い、
国民の日常
生活に多大な支障を与えたのであります。これを理由に解雇された組合役員を、公労法四条三項に違反して、事実上組合役員の地位にとどめ、ILO八十七号の条約が批准され、公労法四条三項が廃止されることになれば、現在の公労法違反も正当化されるとして、ILOに対しては、結社の自由と団結権についての申し立てを行うなどの手続をとり、本条約批准促進運動をやって参りました。条約批准の態度を
政府は決定し、いずれ近くその準備として、公労法四条三項廃止も行われるでありましょう。四条三項廃止の暁においては、非職員である解雇者が役員となることも法の禁ずるところではなくなります。しかしながら、いやしくも現在において厳として公労法の四条三項が存在する限り、これが守られなければならぬことは当然のことであります。もし全逓の公労法四条三項違反の状態を黙過しながら、八十七号条約批准のために、四条三項を廃止するがごときことあらば、単に労働組合の法律無視の偏向を助長することの弊はもとより、法治国家としての威信は地を払うものと
考えます。八十七号条約の批准も可でありましょう。公労法四条三項、地公労法五条三項の廃止もまた可でありましょう。しかしながら、法治国家の威信を泥土に委してまで条約の批准を行う必要は断じてないと
考えます。すでに、
政府が条約批准の態度を表明した以上、全逓労組も必ずや近くかような態度を改めて、条約批准の促進に協力せらるるものと私は
確信いたすものでありますが、万一にも、すでに
政府が廃止をやむなくされる法律など無視するのは当然だなどといって、かかる違法状態を正当化せんとするがごとき態度を持続されるならば、これは容易ならぬことであります。ILOが当然に期待しておる
通りの、労使間互いに規律を守り、法に従って、よき労働慣行を築き上げようとする機運が醸成されたあとでなければ、本条約は、われわれの希望にもかかわらず、批准しがたいものと信ずるが、労働大臣のこの点についての御所見をお伺いいたします。
最後に、
外務大臣に
お尋ねいたします。
従来とも、ILO条約批准に際しては、
国内法が当該条約に抵触する等、条約批准の
障害となる諸
事情が存在する場合には、まず条約に抵触する法令の改正等を行い、条約の
趣旨、
内容を
国内において完全に実現した後、初めて条約批准の手続をとることとしておるものと、私たちは承知しておりますが、八十七号条約を批准することとした場合においても、従来と同様の順序を踏んでなさるものと
考えますが、そうであるかどうかをこの際お伺いいたします。
わが自由民主党は、すでに天下に声明せる
通り、ILO条約の批准が一日もすみやかならんことを希求いたします。そして、それには、
政府はもとより、
関係者一同が冷静事に当って、批准のための必要措置の完了もまた一日もすみやかならんことを希求するものであることを付言して、私の
質問を終ります。(
拍手)
〔
国務大臣岸信介君
登壇、
拍手〕