○森中守義君 それは
会長は、この前も
新谷委員の質問に対して、八十五円の
値上げそのものが悪である、こういう御
答弁がありました。私はそのときにある感動を受けました。従って協会が、今
会長の
お話しになったような
趣旨のもとに運営されていくこと、あるいは企画、
計画をされることは、これはもう何ら異存はない。むしろ積極的にやってほしい。しかも今申し上げたように、八十五円の
値上げそのものが悪であるというそういうお
考えをお持ちの限りにおいて、やはり私はそういう感動をいつまでも忘れません。
ただ、今、
大臣に私がお尋ねをしておるのは、要するに一体、行為としては協会は何でもやってもらいたい。ただ、しかし、それを
政府がただ黙って見ておっていいのか、それは当然のことであるという、こういう見解で済まされるかという、こういうことを実は私は
大臣に伺っておるのですよ。つまり、もちろんそう年々歳々
値上げをするということもあり得ないと思いますが、しかし先刻
大臣が言われたように、この際はということですが、この基準というものは将来も続くのです。来年も同じようなことを、この予算の審議をしなくちゃなりません。私は、今
会長の
お話に対してちょっと申し上げたように、その行為そのものは大いにこれは奨励し、かつお願いをすべきことであるのですが、一体四千四百八十八万円という程度の金が、
政府として負担能力がないのか、国庫能力がないのかこれが、実は問題なんです。なるほど、今、
会長から事業税
云々という話が出ましたが、これは利潤
機関でないですから事業税がかからないのは当然です。従って、それの延長としての免除の条項ができました
趣旨はわかりますが、むやみに拡大されていくそういう状態を、
政府として黙って協会のおやりになるままに、いつも協会の善意をそのままほおかぶりして、
政府が見のがすべきかどうか、これが私の質問の
中心点なんです。私は、今の
政府予算の中に四千四百八十八万円程度の金が、国家予算として負担能力がないとは思えない。それを
大臣の
お答えからいくならば、これは何ら
放送法にもとるものではない、こういうふうな御
趣旨のようですが、もう少し受け取り方を違った角度から受け取ってもらいたい。要は国家能力が、四千四百八十八万円の負担能力、来年どのくらいになるかわかりませんが、やはり協会が善意のもとに、
会長が八十五円の
値上げは悪であるという、こういうだれもが感動を受けるような、そういう
意味でやっておいでになるのに、
政府はああそうか、それは
一つ協会でやってくれということで済みますか。そこに私は
政府としても、あるいは役所として見ておるべきかどうかという、こういうところに私の質問の
中心は置いておるわけです。だからして、四千四百八十八万円程度は、たとえば厚生省の場合に、医療
機関も、これは生活困窮者には無料でやらしておる、いろいろなことをやっておる。そこで郵政
大臣が厚生
大臣と話をして、協会は善意のもとにこういう
計画を持っておるが、少しこれは
政府としてめんどうもみよう。それが協会の善意にこたえる、国として
政府としての当然の道である。そういうことの話程度は、
放送法を所管せられる、
放送事業を管掌される郵政
大臣としてのとるべき道であってもいい、私はそう思う。そういうことを聞いておるのですよ。どうですか。だから、行為そのものを責めたり、
法律に抵触するとかどうとかいうのでなくて、その精神なんです、今私が聞かんとするのは。これは当然でしょう。もちろん、先刻も言ったように、協会の予算のうちの四千四百八十八万円の落しは、これは全体の比率からいくならば、そう大きな問題じゃないかもしれぬ。しかし
国民からは八十五円の
値上げをせざるを得ないという苦境に立ち、しかもなお、
会長は
値上げは悪であるというように言い切っておる。
値上げを悪であるというのは、
大臣や官僚には言えませんよ。絶対にこれは言わない。
大臣や官僚は言いません。
会長だからこれは言える。
値上げは悪だとはっきり言い切っておる。そういう状態に対して、
政府がやり得る可能性のあることを、全然交付金も助成金もこの問題について出さぬというのは、これはちょっと理屈が通らぬじゃないですか、どうですか。