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参考人(新倉文郎君) 一昨年、ガソリン税を五千三百円
増徴決定の際に、当参議院の
大蔵委員会の
先生方に特段のお骨折りを願って、そうして
委員会におかれましては、さらにそれが
修正された。その点につきましては、
自動車関係業者としては、まことに生涯忘れ得ない一つの記憶であります。私はこの同じ
会議室でその姿を拝見しておりまして、そうして今でもまざまざとそのときの御
審議の実情を思い出せるのであります。しかも、その
委員会が
修正を決定いたしまして、それがいつの間にか本
会議のかり出しによって、そうして再び五千三百円の
衆議院案に直されて、それで決定した。
委員会決定がくつがえされておるというこの
審議の過程を、私どもは何といたしましても
納得のできない国会
審議のあり方だと、今でもこれも忘れることのできない一つの姿であります。この二つを一は感謝をし、一は生涯
納得できない問題ですよということをここに
発表いたしまして、次の反対を申し上げたいと思います。
当時、
委員会の御
審議の姿、並びに五千二百円が四月に入って約一週間経過したときにようやく決定を見ました。そのときのいきさつ及びその間に
政府の首脳部の皆様方とも話し合ったときの記憶等から見まして、二たび三たびかようなガソリン税の大幅
増徴というものが
政府において強行されんとする今回の五千五百円
増徴案というものについては、私どもはあぜんとして言うところを知らぬのであります。そうして反対の点を明確に申し上げてみたいと思います。
第一は、当時から
大蔵当局は目的税なるがゆえに
増徴やむなしと、こう
説明しておったのが記憶にあります。目的税とは何か。目的税とは国会がおきめになったのでありますが、目的税は
道路臨時措置法でもうすでに経過しておりますから、今日では通用していないと思います。そのときのいきさつは、当時ガソリン税の総収入は約百億内外だったと思うのであります。それに対して
道路に支出しておった総額は、北海道の特別
道路費を加えまして九十億内外だった。だから、ガソリン税の総額よりも内輪で
道路計画がなされておりましたというのが、これが五年前の姿であります。まことに
道路問題に対して私どもは遺憾にたえなかった姿でありますが、そのときは、せめてガソリン税収入の総額は少くとも
道路に使わねばならぬという意味の決定が、あの目的税らしいものになったと思うのであります。当時、
大蔵委員会並びに
大蔵省の皆様方は、猛然として、いわゆる目的税という性格に向って反対をなされたわけであります。それが急に決定をしてしまった。それに対して私どもは、目的税なるがゆえにガソリン税を上げてやる、
道路に費用がかかるならみんなガソリン税で取り上げるのだ、こういうような
大蔵当局の
お話は、反面におきましては、これはあの目的税が決定された
ために、
大蔵省の会計
当局としての不平から、これは報復的に目的税々々々ということを言うて、いわゆるガソリン税というもので報復をしてくるあり方である。だから、私は報復的
増税である、こういうふうに論断したのであります。今日は特別会計になっておりまするが、特別会計とは何でしょう。これは
道路公団とかああしたものと同様な性格を持って参りましょうから、そこには特別の
道路計画に対する財源ないしはこれが
経費の支出ないしは
計画というものをなされるべきでありまして、そうして今日、昔の、五年前のことを考えて、なおかつ目的税だからといってガソリン税のみによって
道路特別
計画を立てるということは、これは相ならぬことと信ずるのであります。
先ほど
小野君から申し上げましたが、各国のガソリン税から見て、
日本が幾らか低い。あるいは低いかもしれません。しかしながら、一方において各国の
自動車運賃、ことに
タクシー料金などは、
日本の、東京の倍額であります。
運賃の倍額という金額がどれだけ大きな金額かということは、それはそろばんをはじき出したら驚くべき
数字であります。一回について十円高いといったような金額でも
相当大きな金額になりますが、それが倍額であるということが果して何を一体物語っているのか。これは
国民所得とかいろいろな問題がございましょうが、いずれにしましても、ただ
税率が幾らか今のところ低いような気がするというだけで、
欧米の
自動車、
タクシーの
運賃がわが国の倍額であるという現状を、これを見のがしてはならぬと存ずるのであります。
しかして、
道路整備が完成した、まあ十年後でありましょうが、十年先でありましょうが、その
整備によるところの
自動車の運行コストが下る、従って、その
利益は
自動車業者に還元するのである、
受益者は
自動車業者である、こういう御
説明ないしは
お話は、私どもは尋常一年生か何かのごまかしの話としか受け取れません。
自動車業者は、
道路がよくなった場合には
運賃が下るのである。決してそれによって利するものではございません。
運賃が下って、自家用がふえて、そうして生産者は荷作りがなくなって、あらゆる生産が豊かになるというだけでありまして、利するものは国家産業であります。
自動車業者が利するという理屈は、現在の
運賃で現在の荷物をそのままに固定せしめて、そうしてこれを十五年も二十年も先物を契約して、そのままいい道を走って運行するならば、幾らか
利益がはね返るでありましょうが、
利益のはね返りは国家産業であり、国家文化の向上である、こういうふうにはっきりと出てくるのであります。
むしろ、
自動車業者は
被害者である。
自動車営
業者は
被害者である。私は、先取りをしたガソリン税によって
道路を大改修をする場合に、その何年間の間運行が阻止され、そうして非常な大きな費えをいたしまする
自動車業者のこの損害というのは、一大
被害者でありまするから、その一大被害に対する補償を一体どうするのかということを深く今検討しつつあるのであります。少くとも
道路が完成するまでの間は
自動車業者は一大
被害者であるから、その被害を考慮して、その間
自動車業者の諸税はこれを停止しようということぐらいは、当然国の措置としてなされべきだと信ずるのであります。なおこの問題につきまして深く検討いたしますれば、決して
自動車業者というふうなものがこれに対する
受益者でないということがおわかりになると思うのであります。
増税の
負担力問題につきまして東京、大阪等の
タクシー、
ハイヤーを引例され、そこの
業者の転業する者が売っていくところの車両一台
価格が二百万円になるということで、ナンバー権二百万円は大きな
負担力を物語るものである、こういうことを
説明されていることを承わるのであります。私はまことにその点が
納得できない点でありまして、かりに銀座なら銀座のいい店を持っておりまして、それが土地も家も
営業権も、それから店の者も、みんな始末をして転廃業していく、いわゆるやめていく場合に、一坪
当りそれが二百万になったからといって、一体何が高いのである。それが
負担力があるということでありましょうか。それも二十年も十五年もやっておりましたその
事業を捨てていく場合のその補償が坪
当り二百万円になったからといって、これを高いとだれがいえるでありましょう。
自動車業者が売買をする場合には、その
営業を捨て、その立場を捨て、社員である
従業員にはすべての退職手当を払って、借金を始末をしていったそのしりぬぐいの金額が、台数に当ててみたら一台二百万円になった、こういう計算を物語っているのであります。これを売らずしてその店を経営し、売らずにそこに住んでおり、そこで
事業をしている者から見たらば、一体何の価値があるでありましょう。これは十年も二十年も三十年も永続して、その土地によって経営し、その場所によって
事業を営み、それによって税を
負担しているところのまじめな
業者でいうならば、何が一体そんな大きな
価格を持っておりましょうか。売り買いのものではないのです。転廃業の場合におけるすべての退職手当とか借金とか、あらゆるすべてを放棄していくところの補償金額が一台二百万円についたからというて、それをもって大きな利権であり大きないわゆる
負担力があるというふうなことは、まことに当らぬものであると思うのであります。かりに二十年前に東京なら東京のどこかこの辺の地所を坪三万か五万で買っておいた方が、今日百万円になったからといって、大きな不当な
利益があるということと同様な見解になるのでありまして、さようなことは、私は時と物価と、そうして転廃業による補償というものが何であるかということもおわかりにならぬ話であると、こう存ずるのであります。
なお、ガソリンの使用の姿を見ておりますと、ガソリンの
消費量の伸張、伸びでありますが、それが非常に大きな数であります。
政府は本年度の予算において一一%幾らといいますか、強のいわゆる伸びを勘定して予算を作っておるようであります。これは見込みでありますから、違うと言えるでありましょう、また少いと言えるでありましょうが、現実に過去五ヵ年間のなべ底景気であったときに
平均一五%の伸びを示しておるのでありますから、これから
産業経済が進展せんとする向う五ヵ年間の
計画は、少くとも過去の不景気のときの伸びの一五%以上を計上すべきである。そういうところにもまことに過少評価をし、少い見積りによって幾らかずつ稼ぎ出そうとするところのずるさがあると私どもは見るのであります。
なお、昨年の秋からこの春にかけまして、通産省内にいわゆる石油協議会なるものがございます。これは石油カルテルだと私どもは信じておりますが、それが
値上げを強行して参りましてその
値上げに応ぜずんば品物をとめてしまうのでありますから、いわゆる食道を断たれるわけであります。その結果、いわゆる三千円の
値上げをすでに確保いたしました。そうすると、今回のガソリン税五千五百円を加えますと、八千五百円のいわゆるまさに値上りになるのだ。これを一体
負担していく場合に、何にも響きはないのだ、
運賃にも響かなければ、何ものにも響かない。それはだれが
負担するのだというような無責任な話は、これは私どもの受け取れないところであります。ガソリン税のその
増徴が
運賃には
影響ないという
お話があるということを、
小野君から
説明しておりましたけれども、
運賃に響くところは少いのだ。五千五百円、値上りを一緒にして八千五百円、いわゆる一万円近い値上りが
運賃に響くところが少いというのは、どういう計算か私にはわからないが、少いと思いますと、こういうことだと思います。けれども、それが響きが多ければ
運賃値上げもやむなしという腹を中に含んでおると私は思う。今のところ上げようとは言えない、上げていいとは言えない。けれども響きが出てくれば
運賃でカバーすること以外に方法がないということを、反面
説明している言葉だと思うのであります。それだとしますと、これは重大な問題になる。ここに私どもは、ガソリン税というものの、いわゆる大きな、
自由民主党政府の政策上の破綻が、こんな大きな落し穴があったということをここに見出すべきであると私は思うのであります。反省すべきであると思う。
第一、ガソリンの消費はどこで一体消費しているかというと、
業者が少いから、一
業者当りは、まさに
タクシー、
ハイヤーが多い。それだから、つらくはあるから、それが先に立って騒ぎますけれども、全ガソリン消費の半数をこしておるのは、それは中小零細
企業であります。農漁村の機械化によるところの燃料消費、都市における零細
企業と申しますか、魚屋、肉屋、八百屋、それからしてあきびん屋、印刷屋、クリーニング屋、そうしたあらゆる方面の
人たちは
業務用として小さな車を使っておりますが、その小さな車の
消費量が全ガソリン
消費量の半数をこす姿である。そうすると、今回の
増税によって約二百億円の
増徴をされるということになりますと、その百億は零細
企業がこれを
負担することになりましょう。その零細
企業が
負担する場合に一体だれが
負担をしますか。その
負担をする場合に、
事業税を減額してあげた。それは幾らか。六十五億でありますから、これを小さく勘定すれば、六千円もらって一万円とられたという、奪いとられたということになりますから、まことに欺瞞的なおだましにひっかかったということになる。
そこで、それをどうして補うか。一年の末になったらそれだけ
負担がふえるのだから、必ず小さな
業者は参ってしまいます。それはどうするか。それは上げてはならぬということを勇敢に言い切れますか。物の値に転嫁してはならぬ、上げてはならぬということを
政府ははっきり言えますか。それだけ費用がかかって、実際上の
業務用の燃料が
増徴された
ためにやり切れなくなったものを、物価にこれを転嫁してはいけないのだということをどうして言える。それは、そのあとは何で補償しますか。また、しからずんば、上げてよろしいというのだったら、肉も魚も八百屋のものも、総菜も、何でも上げてよろしいということを、勇敢に
政府は言い切れますか。ガソリンの
増徴によって苦しいところの零細企
業者は、やり切れない。これから先そういう品物を全部その金額を
相当見込んで上げなさいと、生活必需品もみな上げなさいということを、これを勇敢に
自由民主党内閣は言い切れるなら別ですよ。言いきれますかどうか。この点を考えて参りましたときに、私どもはこういう八百屋、魚屋、肉屋ないしは農村の
方々と相携えまして、この
増税案がいかに
国民大衆をしいたげ、その犠牲によって
道路を一部直そうとしているかということに気がつくのであります。この問題につきましては、私はここに伏兵あり、ここに大きな政治上の誤まりがあったということを、おそらく気がつかずにやった。
騒ぐやつらは
自動車屋であるから、
自動車屋だけごまかせば、それで済むだろうという、安易な気持であったとするならば、私どもは、
自動車業者もつらいけれども、われわれ
中小企業、ことに運転をする者にしわ寄せされていって、どこかでこれを
負担してしまえというふうな押しつけを食うものにつきましては、同病相あわれみ、同類相助け合う意味から、この方面と相提携して一大
国民運動を起さずにはなりません。私は、重税、かような問題が通るならば、
政府の政策に対してうらみを持ち、ただ今回このガソリン税の法案が今国会で成立するかしないかの問題ではなくて、それがこの重圧をしいられるならば、その圧力に対して、将来に向って永遠に戦いを宣するものであります。永遠にこの点は戦うべきである。この問題は、ほんとうに火をつけてやりますれば、どこまでいくかということをお考え願わなければならない重大な問題であると思うのであります。
なお、
政府が税制特別改革
委員会の、あれは小笠原先生が
委員長でございますか、そのときにおきめになって
発表されたやつは、これは党の方針なんです。その党の方針を幾たびも幾たびも変えてきて、あれは
委員会であったから仕方がない、あれはだれか一部の人が言ったのであろうといったようなことを言いながら、何回も何回もそうした詭弁によってものをごまかしながらやっていこうというふうなことは、これは長い政治の過程から申しまして必ずぼろが出てくる、こういうようなことを本日痛感するのであります。今日
国民大衆とともにこの問題を戦わざるを得ない姿に追い込まれました私どもといたしましては、ようやく長きにわたって多数が安座をしておりました、いわゆる各眠をむさぼっておったようなこの法案が、本
増税案によってはからずも爆発するの運命に逢着したということを考えまして、根底から反対をし、将来この問題のあり方によっては戦いを宣するものである。
しかして、私どもは断じて、承服のできないことは承服できません。こういうふうなばかばかしい法案というようなものが、わずか千円かそこらごまかして、四千円見当ではどうだというようなことで、これをきまりをつけることにつきましては、絶対に承服相ならぬということをはっきり申し上げまして反対の理由を結びたいと思います。