○平尾
公述人 全国農業会議所農政部長をいたしております平尾でございます。農政の問題につきまして、
昭和三十四年度の
予算に関連して
意見を申し述べる機会を得ましたことを大へん光栄に存じております。
昭和三十四年度の農林関係の
一般会計予算の総額は一千六十三億円、これは単に農林省ばかりでなく、他の官庁に関係いたしておりますすべての
一般会計予算を含めた額で、農林省だけでは九百二十八億でございますが、この三十四年度の
予算の総額は、
昭和三十三年度の当初
予算一千八億円に比較いたしますと五十五億円の増加であります。さらに三十三年度に含まれておりました基金五億を加えて、人によると百二十億の増加であるというようなことを言われておるわけであります。しかもその内容は、農林漁業の
生産基盤の整備
拡充のための土地改良、開拓等の
事業に約四十四億円、林道開発に四億円をそれぞれ増額するのを初めといたしまして、漁港の整備あるいは民有林の林道の開発、さらに農林漁業金融公庫の非補助小団地等土地改良
事業に対する貸付ワクの増額を中心といたしまして五十七億円を増大し、また農業経営の多角化を促進する
意味におきまして、畑作の改善、畜産等に対しましてもそれぞれ、新
政策を講じようとし、さらにまた蚕糸の救済対策にも多額の経費を計上いたしておるのであります。そうして
予算書の
説明によりますと、これらによって農林漁業者の経営の安定を期しようということをされておるのであります。
この農林関係
予算を見まするときに、全体の
予算の中で農業関係の
予算がどのくらいの比率を占めておるかということを考えてみますと、これは年年減少いたしておるのでありまして、戦後最高は
昭和二十八年度におきまして農林
予算が一割七分二厘という率でございます。それが漸次減少いたしまして
昭和三十三年には七・七%、さらに今回問題になっております
昭和三十四年度の
予算は、金額は前年より増加いたしたにもかかわりませず、その全
予算のうちに占める比率は七・五%と、さらに前年より〇・二%の減少と相なっておるのであります。金額は増加した、比率においては減少をしたというのが、三十四年度の農林
予算の姿でございます。
しかしこの内容を見ますると、御承知のように農林
予算は昨年の末に農林団体二十四団体その他のいろいろな活動によりまして、ある人によるとこれは圧力で取った
予算だと言っておるのでありますが、総ワクが五十五億ふえて、しかもその分け方は新年度に持ち越したというようなこともありまして、きわめて総花的であります。一応問題になる点にはそれぞれ
予算が配賦されておるということは行き届いた
予算であるということが言えるのでありますが、これを一言にして評するならば、そのせっかくの
予算は筋が通ってないという感じがっくつくいたすのであります。
私がこの機会に特に皆様方に申し上げたいのは、農林
予算、あるいは農林施策全体につきまして今大きな反省期にきておる。これは単に農林業の中第一次部門だけの中でこの問題を考えるということはすでに困難になってきておる。これを全財政
経済の規模におきまして全体の部門をながめる視野から、この農林部門である第一次部門を取り上げていただかなければならない段階にきておるのではないか、こういうふうに考えるのであります。
この
日本農業の現状というものは、実はきわめて憂慮すべき段階にきておる。農林水
産業の所得というものは戦後
一般の他の部門の所得に比べまして、大体半分程度であったのでございますが、
昭和三十年におきましてはこの第一次部門の所得というものは、他の部門に比べまして、三分の一になっておるという事態に立ち至っておるのでございます。すなわち非農林部門を一〇〇とする農林部門の所得の指数は、二十三年に四五・二でございましたが、三十二年には三一・五になり、さらに三十三年には三四・二ということになっておるのであります。すなわち終戦直後の二十三年には他の部門の大体半分の所得があったのでありますが、最近では三分の一にこれが低下しておるということが言えるのであります。すなわち第一部門の所得が一に対して、第二部門及び第三部門は三である。これを戦前に見ますと、
昭和五年における比率は第一次部門、農林部門が一に対して、鉱工業部門であります第二次部門が四、第三次部門が六という比率でありますから、この戦前の状態よりは相当改善されておるのでありますが、しかし現在の農林部門の所得というものは、非常に低下しておるということが言えるのであります。
海外の例を引いて恐縮でございますが、イギリスは第一次、第二次、第三次それぞれの部門の比率は、おのおの一・一一であります。
アメリカはこれが第一次部門一に対して、第二、第三部門の所得指数が二であります。タイのごときは第一次部門一に対して、第二次の鉱工業部門が六、第三次部門が四、メキシコは第一次部門が一に対して、第二次が五、第三部門が八、こういうことでありまして、後進国ほどこの第一次部門の所得が低いということが言えるのであります。
ところで、この農業の所得を確保するためにどういう方策があるかということでございます。これにつきましてはいろいろ考えられるのでありますが、簡単にあげるならば、その第一の方法は価格の引き上げであります。さらに第二の方法は、農業人口の減少であり、第三の方法は
生産力の向上、
生産性の向上ということの三つを簡単にあげることができると思うのであります。
この第一にあげました価格の引き上げの
政策というものは、実は現在農業部門においてその価格支持
政策というものが
一つの難関に逢着をしておるわけでありまして、この価格
政策は時代おくれになってきておるということが言えるのではないかと存ずるのであります。安上りの農政ということが言われております。現在の
日本の農林部門に対する他の
産業部門からの考え方、あるいは財政
経済に現われている支配的な考え方というものは、この
日本の農林業、第一次部門をなるたけ安上りに持っていこう、こういう考えに出ておるわけであります。従いましてこの価格の引き上げということは好まないことでありますが、しかしこの価格
政策自体も、実は価格を維持することによって
消費が減退し、減退することによって価格がさらに下る、こういう事態が価格支持
政策を受けておる蚕糸の部門その他においてすでに出ておることは明らかな事実であります。さらに、この無理な価格
政策をやるために、時代おくれの経営組織や、他の
産業へ移せば
生産的となるべき過剰な人的物的な資源を、無理やりに内部に温存するというようなこともありまして、この価格引き上げ
政策はいろいろの点からすでに
一つの矛盾に逢着しておる。こういうことが言えるのであります。
従いまして、われわれは、この第一次部門の所得を、第二次、第三次部門と均衡を得るように引き上げるという方策につきましては、他の残る二つの方策、農業人口の減少とそれから
生産性の向上、
生産力の向上の道をとる以外にないというふうに考えておるのであります。
御承知のように、
日本の
経済を支配する
一つの考え方といたしまして、いわゆる輸出の増進あるいは加工
貿易主義というようなものが、現在
日本の
経済の考え方、あるいは財政の考え方の上に、支配的に相なっておるわけであります。
国際貿易上輸出を確保し、外貨を確保するために、必要以上に輸入が強制されやすい、そうしてさらにこの輸入に容易なように、わが国は円高の為替相場がある。こういう事態もございまして、工業原料以外の
消費物資、なかんずく食糧が見返り的に輸入されるという事態が起りやすいのである。このわが国の
経済の基本的
性格というものが、
貿易為替
政策を軸として、農業の国際的立場を弱めるような
仕組みになっておるというのが事実であります。この事実を根本的に見直し、農業に対する保護育成の方針の樹立に努めなければならないというふうにわれわれは考えるのであります。
この点は、実は基本的な農業に対する考え方の差異でございまして、外国におきましても、この第一次
産業の育成のために、保護育成の方針がそれぞれとらわれておるわけであります。ただし、この点で問題な点は、農業人口とそれから他の人口との比率の問題でありまして、わが国におきましては農業人は全人口の四割を占める。米国におきましては一割二分である。
英国はさらに少く五分の農業人口である。しかもその供給する食糧は、
日本は、四割の農業人口で八割の供給をしておる。
英国は五分の人口で五割の食糧の供給をしておる。米国は一割二分の農業人口ですでに過剰になっておるという点が問題でありますが、私は、この点は、この
日本の過剰な農業人口を漸次減少するという方策が、農業所得の増加のために、先ほ
ども申し上げましたように、
一つの重要な方策であるというふうに考えるのであります。しかもこのわが国における過剰なる農業人口は、経営を零細化し、農業収入をきわめて低位に置く
一つの要因であります。しかもこの過剰なるわが国の農業人口は、
日本の第二次、第三次
産業の
賃金を安くさせる
一つの源泉になっておるということは、すでに識者が
指摘している
通りであります。
われわれは、この農業人口をいろいろな方策で、総合的かつ
長期的な計画に基いて資源の開発
政策をとっていく、すなわち先ほど申し上げましたように、われわれは加工
貿易の
政策、
海外貿易に依存する
政策をとらずして、ここに総合的な国内資源の開発の
政策をとっていくということが、基本的にはどうしても必要になってくるというふうに考えるのであります。そういうことにあわせて総合的な
長期計画に基く資源開発
政策をとっていく、こういうことが必要である。これらの点は実はすべて、今回新しく三千三百万円の
予算をもちまして、農林省がその事務を担当し内閣に設けられました農林漁業基本問題調査会において、ぜひとも問題にしていただきたい、こういうふうに考えるのであります。われわれはこれらの新しい構想を農業基本法と呼びまして、
日本の農業について従来加工
貿易主義あるいは価格の維持
政策をとっておったものを、これを国内における未開発資源の開発という方式をとるとともに、
生産性を高める、そうして農業人口を少くすることによって、ぜひとも農業の基本的
政策を確立したい。こういうふうに考えておるのであります。
そうしてわれわれの考えておりますこの農業基本法の
性格は、簡単に申し上げますならば、
国民経済における農業の役割と地位を、農業をして食糧と原料を合理的にかつ最大限に供給することによりまして、
国民経済の
長期的
発展に寄与させるということであります。すなわち対外
貿易に依存せずして、農業をして食糧と原料を合理的にかつ最大限に供給する、そして
国民経済の
長期的
発展に寄与させるということであります。
次に単に従来の価格
政策によらずして、農業の
生産性、所得水準等を他
産業と均衡させるような方策をとる。これらの各項を実現するために、農業に対しては諸外国と同じように特別の助成
政策を講ずるとともに、
一般経済政策、農業
政策、租税、
貿易等の各般の
政策を総合化し、かつ計画化する、こういういわゆる農業基本法という考え方を、内閣に設けられました農林漁業基本問題調査会に大いに期待をしておるわけであります。
しかもこれは今申し上げましたように、単に農林業の中からこの問題は解決できるのではなくて、他の
一般の
産業全体の
政策、財政
政策、
経済政策、その他各般の
政策をこの点に御賛成願って一致するということでなければ、この実現は困難である。農林漁業基本問題調査会は二カ年の期限で置かれておりますが、すみやかにこの全体的見地に立って
日本の農林漁業、第一次
産業を他の
産業と均衡する点まで引き上げるということが私は絶対に必要である、こういうふうに考えるのであります。
このことは、一時的に財政の
負担が増加するわけでございますが、御承知のように、現在の安上り農政、なしくずしの
国民負担によってとめどのない
負担をするよりもはっきり計画的、効率的に将来に向って明確なる
負担をいたしますことが、無限に続くかもしれないところのなしくずしの小農保護的の
負担を軽減することができると考えられるのであります。さらに農業の
生産性を高めることができる結果、
国民経済は国内から安い食糧、原料を合理的に供給されることが期待できるのであります、これは国際収支の改善に相なる。さらに農村が有力な国内市場として
成長する。さらに最も基本的には所得の不均衡と人口の圧力から結果するところの
社会的緊張を、これによって防止することができる。また農業に関係する種々の
政策が、この法律に基いて策定された基本計画の軌道によって
運用される結果、各省にわたる行政の不統一あるいは無計画がこれによって統一され、行政の効率を高めることができるというふうにわれわれは考えるわけでありまして、この農業基本法の考え方というものに対して、農業以外の
一般の財界、
経済界、特に政治に高い立場から携わる皆さん方の絶大なる御指導、御支援をお願いをいたしまして、話を終ることといたします。(拍手)