○黒田
委員 きょうの私の質問は、なるべく政治論に広げないで進めたい。
総理はただいま台湾と
日本政府との間に日華条約が存在しておる、これを尊重しなければならぬ
関係にある、この条約は誠実に順守しなければならぬ
関係にあるとおっしゃいましたが、私はこの点に触れて岸
総理大臣にお考え願いたいと思うことがある。きょうの日中国交問題は、窓口を広げて政治論に及ぶことはいたしません。この問題に限定して、私から見れば岸
総理大臣に一大反省をしてもらわなければならぬ点がある、こう思うわけです。日華条約の尊重、この問題に限定いたしまして、果してそういう尊重に価する条約であるかどうかということを私は申し上げてみたい。今申しますように、むろん
日本と
国民党台湾
政府との
関係は、日華条約で規定せられた
関係である。台湾
政府を尊重するということは、同時に日華条約を尊重する
関係である、こういうふうにおっしゃいましたので、それを私はきょう問題にしたい。この日華条約なるものを尊重するということが、台湾
政府を尊重するという基礎になっておりますから、今日日華条約はそういうものであるかどうか、今どういうものになっておるかということを――あまりこまかに
議論はいたしませんが、台湾政権における
一つの大きな政治的変動と照らし合せまして、日華平和条約が今どのような
意味を持った条約になっておるか、これを申し上げて、御反省を求めたいと思う。
国民党
政府が現実には台湾及び膨湖諸島を支配しておるにすぎないのに、これを中国を代表する
政府とみなして、この
政府との間に
日本と中国との平和条約としての日華条約を締結したのでありますが、そのためには、将来
国民党
政府がその支配領域を中国大陸に向って拡大し、やがては大陸全体の支配権をも回復するであろうという希望といいますか、予想といいますか、仮定といいますか、そういうものがなければ、日華条約が
日本と中国との平和条約には、私はなり得ないと思う。その反面には、中国大陸を支配しております中国
政府が、遠からぬ将来に崩壊するという仮定が、裏面に置かれておるわけであります。この
考え方を表わしておりますのが、日華条約に付属しております交換公文だと私は思う。私はきょうはあまりこまかいことは申し上げたくありませんが、これは非常に大切な交換公文でありますからごく短かい、重要な部分を読んでみます。次のような文句が交換公文にあるわけです。この日華条約の条項は中華民国
政府の支配下に現にあるところに適用されるのだ――そのあとが大切なのであります。「又は今後入るすべての領域に適用がある」こういうことを書いてある。すなわち、
国民党
政府は現在は台湾及び膨湖諸島を支配しておるにすぎない、日華条約の条項も、現在台湾及び膨湖諸島に適用があるにすぎないけれ
ども、将来
国民党
政府の支配領域が大陸に向って拡張せられるならば、拡張された領域に適用があるということになって、それによってこの
国民党
政府を中国の正統政権として観念上で中国大陸の主権者と見て、この
政府と、日中平和条約として締結したその条約が、ここに初めて――すなわち中国大陸の方へ
国民党政権の支配領域が及んで、ここに初めて、
文字通り、この条約が日中平和条約としての価値を持つようになるのである、こういう建前に置かれておったのであります。こういう交換公文のついておる条約なぞというものは、私は珍しいと思うのであります。非常に無理な条約であった。台湾と膨湖島しか支配していないものを、中国大陸との平和条約の相手として平和条約を結ぶということは非常に無理なのです。その無理なことをしたから、こういう交換公文をつけて、やがては中国大陸に対して台湾
政府の支配力が
伸びるのだ、そうすれば
文字通り台湾、中国大陸を含んだ中国と
日本との平和条約になるのだという含みが、あったと思うのです。それによって日華条約が
日本と中国との平和条約としての本質を備えることになり、その本質を備えるために、すなわち、
日本と中国との平和条約という本質を持っておるからこそ、尊重せらるべきだと言い得るためには、
国民党
政府が台湾及び膨湖島以外に中国大陸に向って支配領域を拡大するというような、先ほど申しましたような希望的観測が現実のものとなるか、せめて現実のものとなる見込みがなければならない。その見込みが立たぬということが明らかになりましたならば、日華条約は、事実上だけでなく、観念の上からいっても、日中平和条約としての価値を失うことになると私は思う。従ってそのようになってしまった条約ならば、もはやこれを尊重する必要はない。これを尊重しないからといって、そのために国際信義に反することにはならない、私はこう思う。台湾
政府の側における情勢の非常に大きな変化によって、私にそういう考えが特に強くするのであります。もう少し時間がございますから申し上げてみたい。
この日華条約の日中平和条約としての価値の存否を決定するような重大なできごとが起った。これは岸
総理大臣に特に御認識願いたいと思うのでありますが、申すまでもなく、昨年夏に発生いたしました金門、馬和島事件であります。この金門、馬和島事件の結末をつけますために、昨年十月二十一日から二十三日まで、台北でダレス
長官と蒋介石総統とが会談をいたしました。その会談の結果、
国民党
政府が長い間の基本的国策としておりました武力による大陸反攻の政策を放棄するということが決定されたのであります。この両者の共同コミュニケでこのことが発表せられた。私
どもこの発表を見て、私
どもとしましても
一つの感慨を催させられたのであります。武力を伴わない大陸反攻ということはこれは常識上あり得ないのでありますから、この共同コミュニケによって発表せられた決定によりまして、蒋介石の本土復帰、
国民党
政府の支配領域の中国への拡大ということが決定的に実現不可能となった、
国民党
政府が
地方政権化したということが、ここにはっきりとしたのであります。これは
国民党
政府にとりましては実に致命的な重大な情勢の変化でありますが、この変化が昨年の十月二十日過ぎに起ったということを、私
ども日本人としてもはっきりと認識しておかなければならぬと思います。この新事態を再びもとの状態に返すという見込みがないということは、この事態の変更が
アメリカ側の強い説得によって生じたものであるということからもよくわかる。ダレス
長官がこの決定を携えて十月二十四日ワシントンに帰りまして、直ちにアイゼンハワー大統領にこの報告をいたしましたところ、大統領も満足の意を表したという外電を私
ども見ております。
アメリカの議会も
政府筋も報道機関も、大陸反攻放棄を歓迎したと報ぜられておるのであります。
アメリカ以外の西欧諸国も、この冷厳な事実をありのままに受け取っておるということも、私
ども諸種の報道によって知っておるのです。岸
総理は
国民党
政府の側における事態のこのような重大な
根本的な変化を率直にお認めになっておると思うのでありますが、念のためにお聞きしてみたいと思う。