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小林進君 私は、ただいま上程されております
最低賃金法案に対し、
日本社会党を代表し、社会党
修正案について賛成、
政府原案について反対の
意思を表明し、以下、その
理由を申し述べんとするものでございます。
そもそも、
最低賃金制は
労働者保護の
制度でございます。日本に広範に存在する低
賃金を解消し、それによって、
労働者の
生活改善と、健康にして文化的な
生活を保障せんとするのが、
最低賃金法制定の本来の目的でございます。周知の通り、
労働保護については、すでに
労働基準法を初めとして、
労働組合法、
労働関係調整法等、一連の保護立法が制定され、
労働時間の制限、女子、
年少者の保護、安全衛生の管理、災害補償の法的規制が講ぜられてきましたが、
賃金に関する限り、何らの規制も保護も講ぜられず、もっぱら経営者の一方的判断にゆだねられ、低
賃金を押しつけられるままに今日に至ったのでありまして、そのために、せっかくの
労働保護立法もその
意義の
大半が失われ、
労働者の
生活安定はこの点から全くしり抜けになっていることは、皆様御承知の通りでございます。(
拍手)低
賃金、すなわち食えない
賃金が、直ちに
労働者及びその家族を窮乏と饑餓と頽廃に追い込んで、そうして今日の社会不安をかもし出している現状より見て、
賃金に適正なる一線を画して、それ以下の低落を阻止することは、
労働保護法が何をおいてもなすべき第一の任務であり、最も重要なる使命であると申し上げなければなりません。(
拍手)しかるに、
政府は、この唯一緊要なる
労働立法の目的を捨て去り、
労働者の
生活を守るという立場をすりかえて、資本家、経営者の利益を守るという立場に立って、ごまかしの
最低賃金法を制定せんとしている。これが、われわれの反対せねばならぬ第一の
理由でございます。(
拍手)
そもそも、
最低賃金制の必要を
政府が言い出すに至った初めは、
昭和二十四年、鈴木
労働大臣の時代でございました。当時日本を占領しておったGHQのエーミス
労働課長が、同年十月二十三日、「日本の物価もほぼ安定し、補給金の
制度も廃止された今日、英、米は日本のソーシャル・ダンピングを警戒している。このような情勢にある以上、
最低賃金制につき考慮すべき段階にある」と言明をしており、日本
政府は、この占領軍の示唆に基いて、翌
昭和二十五年、
労働省内に
中央賃金審議会を設置するに至ったのでございます。従って、
政府の意図するところは、まず対外的考慮に基いてなされたことは、これをもっても明らかでございます。
戦前、ソーシャル・ダンピングの非難を招いた日本の植民地的低
賃金が、戦後、毫も改善されぬのみか、むしろ、相対的に低下していることは、多くの人々の指摘いたしておるところでございます。このため、戦後再び日本のソーシャル・ダンピングに対する諸
外国の懸念が増大し、そのため少からず海外貿易に支障を来たしていることは、先刻御承知の通りでございます。ここにおいて、日本が国際的孤児たるに甘んじない限り、その植民地的低
賃金について
政府並びに資本家の側から何らかの自衛策を講じなければならぬことは、避けることのできぬ明らかな事実でありまして、これが、
政府をして、そもそもこの
法案を発意させるに至った根本の
理由でございます。
外国の非難に対処して、独占資本の立場を擁護するために作り上げられた、このごまかしの
最低賃金法案は、その出発の当初から、断じて
労働者のためのものでもなければ、
労働者の
生活を守るものでもなく、
最低賃金法案本来の目的から全くかけ離れた偽わりの
法案である点、われわれのあくまでも反対をしなければならぬ基本問題でございます(
拍手)
以下、この思想的根拠に立って、
政府原案の持つ矛盾を追及いたしたいと思うのであります。
まず、この
法案を見るに、四十三条にわたる条文の中に、
労働者を保護するという立法の趣旨を明確にいたしておるところはどこにも見当らぬのであります。この
法律を制定する目的は多様性にあるのであると呼称して、一、経営者の不当競争を防止する、二、経営基盤の育成強化をはかる、三、
労働力の質的向上をはかる、四、国民経済の健全なる発展に寄与する、五、
外国の非難に対処して資本家の
国際的信用を維持する等々、もっぱら資本家や経営者側の保護育成強化のための条項のみを羅列いたしまして、
労働者に関しては、わずかに、
労働条件の改善をはかり、
労働者の
生活の安定に資す等の若干の
規定を、資本家擁護のそれと並立的に書いているにすぎないのであります。これをもっていえば、
政府のこの
法案は、
最低賃金法という言葉を盗んだ資本家擁護法であり、経営者受益法にほかならぬのでございます。(
拍手)
労働者の立場を軽く、資本家の立場を重く擁護せんとする意図のあまりにも露骨に示されている点、われらのとうてい賛成し得ざる第一の矛盾でございます、(
拍手)
われわれの反対をしなければならぬ第二の点は、
最低賃金決定の
基準がいささかも明らかに示されておらず、一方的に低
賃金を押しつけて、
労働者をだまし打ちにする危険が隠されておるということであります。
法案の第三条には、「
労働者の
生計費、類似の
労働者の
賃金及び通常の
事業の
賃金支払能力を考慮して定めなければならない。」と
規定し、一応
生活賃金、公正
賃金、支払い能力の三
原則によることを記載いたしておるのでございまするが、しからば、その
生活賃金とは何ぞというに、これが全然明らかにされておらぬのでございます。
〔
議長退席、副
議長着席〕
試みに、
外国の立法例を一、二見まするならば、アメリカの
公正労働基準法において、第二条に、「健康、能率及び一般的福祉に必要な最低
生活水準を維持するに足る
賃金でなければならぬ」ことを
規定し、第六条において、「その
賃金とは一時間一ドルを下らぬ額である」と定めておるのでございます。日本よりさらに後進国であると見られているメキシコにおいてさえ、連邦
労働法第九十九条において、「
最低賃金とは、
労働者が
世帯主であること並びに各
地域の諸
条件にかんがみ、
労働者の生存、教育及び適当な娯楽に対する正常な要求を満たすに足りると思われる
賃金をいう」と、具体的に、家族をも含めた生存費、教育費、娯楽費を合算したものが
最低賃金であることを
決定いたしておるのでございます。アルゼンチン国においては、さらに進んで、健康的な住居費をも含んだものであることを明記いたしておるのであって、同国一九四五年命令第三三三〇二号には、「
最低賃金とは、
労働者及びその家族の食糧、健康的な住居、衣服、子女の教育、医療、交通費、年金、休日及び娯楽を確保するに足る報酬」と、明確にきめているのであります。(
拍手)フランスの一九五〇年の
団体協約法は、わが
日本社会党の
修正案と共通点を有し、
全国一率の最低保障
賃金を定め、その上に
業種別、
職種別の
賃金を積み重ねる
方式をとっているのであります。
これら諸国に比較して、日本
政府の
原案には、この
生活賃金の
内容がいささかも具体的に示されておらぬのであります。わが党
委員の追及に、やむを得ず答えた
政府側の説明によれば、「
業者が一方的に定めた
賃金がすなわち
生活賃金であり、それがそれぞれの
業種によって六千円の場合も二千円の場合があ
ろうとも、一応正当なる
生活賃金と称するのほかなく、
労働者側に不満があっても、
賃金審議会の判断にゆだねるほかはない」というのであります。人間が、時には豚になり、時には鶏にもなることができるならば、八千円で
生活することも三千円で生存することも可能でございましょうが、人間が人間である限り、その働いている
業種、
職種に違いがあ
ろうとも、生きていく最低
生活費に、そう開きがあ
ろうはずはないのであります。(
拍手)しかるに、
政府は、資本家の支払い
賃金は、それが五千円でも二千円でも最低
生活賃金であるから、それで生きるためには、豚にもなれ、鶏にもなれ、と言うのであって、
労働の価値を認めず、
労働者を人間以下に取り扱わんとする、まことに許し得ざる暴言であるといわなければなりません。(
拍手)
政府の
原案は、こうしたおそるべき
労働軽視、人間軽視の思想を秘めながら、しいて
生活賃金の
内容をぼかしているのでございまするから、この
賃金法が発動した場合には、現在あるがままの
賃金が、みな
最低賃金として法的根拠を与えられる危険のあることを見のがしてはならないのであります。(
拍手)
人事院
勧告に基く最低標準
生活費は、満十八才の
労働者にして七千二百五十二円であると発表されております。これをもってはかるならば、日本の全
労働者の
過半数は、今日なお最低標準
生活以下の飢餓的
賃金しか与えられておらず、
大半の
労働者が、最低
生活賃金法によらなければ人間として生きていけぬことを、人事院みずからが証明してくれたといわなければなりません。(
拍手)
なお、
生活保護法第三条には「この
法律により保障される最低限度の
生活は、健康で文化的な
生活水準を維持することができるものでなければならない。」と
規定しており、
生活保護者といえども、一応健康的にして文化的な
生活水準を維持することが保障されておるのでございますが、
政府のこの
最低賃金法案には、この
生活保護法に見合うべき低
賃金救済の
規定さえ見当らず、一体、どの
程度の最低
生活を
労働者に保障してくれるのかという最も重要な一点は、全く空白のまま、ごまかしのままに投げ出されておるのであります。(
拍手)しかも、その裏には、
生活保護者が受けておる保護費よりもはるかに低い
賃金でその
労働力を搾取されておる低所得者、女子や
年少者の
賃金、すなわち、その奴隷的
賃金をも正当化しようとする企図が隠されておるのであって、これがわれわれの断じて承服できない第二の点でございます。(
拍手)
政府原案を最も排撃しなければならない第三点は、もちろん、
業者間協定に関する条項でございます。すなわち、経営者の
賃金協定を国家権力によって法定
賃金と定め、これを
関係労働者に一方的に押しつけんとするこの無謀なる規制は、いまだ世界のどこにもその類例を見ないところでございます。しかるに、
政府原案は、この
業者間協定に最も重点を置き、
政府案を強行するねらいも、またこの
業者間協定を成立せしめたい一点にあり、他の二つの
方式、すなわち、
労働協約及び
行政官庁による
決定方式は、単に補助的に設けたにすぎぬのであります。今や、全資本家もあげて
政府案を支持し、この
業者間協定に基く
最低賃金決定方式の通過に狂奔いたしております。
申し上げるまでもなく、
業者間協定とは、経営者間において勝手に
協定した
賃金を、
労働大臣または
労働基準局長が、
賃金審議会の
意見を聞いて、法の認める
最低賃金とするというのであって、その
賃金の
決定は、あくまで
業者の自由であります。ただ、
業者が自主的にきめることができない場合のみに限って、副次的に、国家みずからが
賃金を
決定するというのであって、国家の
賃金規制は
制度の片すみに追いやられ、
労働者は締め出され、資本家だけで勝手にきめた私的
賃金取引や、やみの
賃金協定をそのまま正当化しようというのが、すなわち
政府案の骨子となっておるのであります。このやみ取引や私的
賃金の
協定をなすに際して、資本家側には、法的義務も、守らなければならない法的
基準も、受けなければならない
政府の指導監督もありません。全く野放しにされて、自分たちの思うままの
賃金さえ
決定すれば、その押しつけ
賃金を
政府が国家権力で守って
労働者に強制してくれるという、まことにありがたい
規定になっておるのでございます。(
拍手)これは、
労働者側にとっては、きわめて危険であるといわなければなりません。これによって極度に低い
賃金が正当化され、それを
労働者に押しつけ、法の拘束力でもって押えつけようというがごとき、もしこれが通過した暁には、
労働者は、その不当な低
賃金をはねのけるために、今後は、資本家のほかに、あわせて
政府をも相手にして戦わなければならず、一たんこの
協定による
最低賃金がきめられれば、将来への改正、向上は全く至難とならざるを得ないのであります。現在の
業者間協定の
賃金が
最高賃金、頭打ち
賃金の役割を果しておる事例に照らしても、われわれは、このおそるべき
政府、資本家の遠大な低
賃金政策の意図を決して見のがしてはならないのでございます。
天網かいかい疎にして漏らさず、と申しましょうか、
政府は、この
業者間協定を立案するに当って、明白なる
法律違反を犯すに至りました。
労働基準法第二条には「
労働条件は、
労働者と
使用者が、対等の立場において
決定すべきものである。」という厳格な
規定を設けており、この
労使対等の
原則は、今や万国共通の
原則となっており、何人も犯し得ざる、最も崇高なる常識となっておるのでございます。しかるに、
労働力の提供に対する反対給付として支払われる
賃金は、一切の
条件の中で特に重要かつ基本的な
条件であり、
労使対等の立場に立ってのみ
決定せらるべきにもかかわらず、この
業者間協定は、その
賃金決定に当り、
労働者を全く参画させず、ただ
使用者の一方的判断によってのみ
決定しているということは、これ
労働基準法違反であると断じても一分の疑いをはさむ余地もないのでございます。(
拍手)もし
与党自民党が多数の威力をもってこの
法案を強引に通過せしめられたる場合には、われわれは、国の
法律を守る立場から、あくまでもその違法性を断々固として戦い取るであ
ろうことを宣言するものでございます。(
拍手)
なお、さらに
政府に重大なる
勧告を与えておかなければならぬことは、
国際労働条約との
関係においても、また、この
法案が明らかに間違いを犯しているということでございます。ILO第二十六号、
最低賃金決定制度の創設に関する
条約第三条第二項第二号には、「
関係ある
使用者及び
労働者は、なお、いかなる場合においても、同一の員数により、かつ同等の
条件において、該
制度の運用にこれを参与せしむべし」とあって、
労使同一の員数と同一の
条件によってのみ
賃金決定は進められなければならぬことを明らかにいたしておるのであります。この条文に照らして、この
業者間協定がILO
条約に違反していることも、これまた多言を要せざるところであります。
労働大臣は、本
法案の通過成立次第、ILO第二十六号の批准をすることを言明しておられますが、その際、必ず今日
政府が遭遇していると同じ事態が再び起るであ
ろうことを、私は心から忠告せざるを得ないのでございます。(
拍手)すなわち、
政府、現在、ILO八十七号批准に際し、
労働者の団結の自由を奪っている反動的な国内法を整備して、その自由権を復活せしめなければ仲間に入れることができないという厳重なる
勧告を受け、世界から嘲笑をこうむっているというがごとき事態が再び繰り返され、国際的世論と圧力の前に、この
業者間協定を泣く泣く削除しなければならぬ急場に追い込まれるであ
ろうことは、これまた火を見るよりも明らかなる事実であります。(
拍手)
最低賃金法は、申すまでもなく、国際的性格を持つ
法律でございます。
労働者の国際的連帯性から見ても、また、国際的貿易の競争の
条件を平等化する上からも、
労使ともども、今、世界各国が最も関心を寄せておる
法律であります。それがためにも、日本の
法律は、戦争の贖罪を兼ねて、世界の平和勢力の信頼をかちとるためにも、あくまでも
国際的条件を満たす進歩的
法律でなければならないのであります。
かような、
政府のごまかし
法案が世に出る場合、ILOの非難はもとより、世界の反響おそるべきものあるを憂えるのでございまして、
政府におかれましては、すみやかにこの悪
法案を撤回し、わが党
修正案をもってそれにかえられんことをお勧めいたしまして、私の討論を終りといたします。(
拍手)