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山本經勝君 私は、ただいま議題となりました
日本労働協会法案に対しまして、
日本社会党を代表して
反対の
討論をいたします。
第一に、本
法案の最も重大な点は、第一条に示されております
労働者及び
使用者並びに
国民一般の
労働問題に関する
理解と
良識をつちかうという
目的でございます。この
理解と
良識とは
一体何をさすのであるかということを、
委員会におきまして、ただしたのでございますが、
労働大臣は、知識と
理解を深めることであると言っておられたのでございます。いやしくもこのような
意味における
良識とは、その人が、そのときどきにぶつかった問題に対して、即妙に正しい
判断をすること、こういうふうに
理解されるわけでございます。このような
良識は、口先や講演や、あるいはラジオを通じての
放送や、その他、新聞雑誌の公表によって簡単に得られるようなものではございません。そのような単なる観念ではございません。すなわち、その人の血になり、肉になった経験であると言わなければなりません。それでこそ、
労働大臣みずからがしばしば強調して参りましたように、諸外国の
労働運動が、長い経験と、歴史を経て円滑な
労使関係を確立しておるという例を引いて、
日本の
労働運動は日なお浅く、十分に成熟したと申しますか、あるいはよき
労使の
慣行に到達しておらないということを強調しておられるのである。そういたしますというと、もしここで
労働争議に関する一つの事例を引用いたしますなれば、去る三月二十日に行われました私鉄の二十四時間ストの際の実情を見ましても明らかでございます。当時、商業新聞などが、行楽日の客足を奪うという大見出しで、大々的に
宣伝をしたのでございますけれども、実はその当日起った事態は、東京都の一部に若干の摩擦が起ったにとどまっている。全国一斉の大ストライキにもかかわらず、取り上げるような大きな事態は発生いたしておりません。ちょうどこの日、私は福岡の私鉄総連傘下の西鉄ストの主要な駅の
争議現場を視察いたしました。駅の入口に、
組合のスト突入という大きな立看板が立っている。そしてその横に、同じく中労委のあっせんを拒否して実力行使に入った、そのためにお客様方に大へん御迷惑をおかけいたして申しわけないというような
意味の簡単な会社側の立看板がある。その前に、おそらく電車に乗ろうとして集まった皆さんでございましょう。その
人々が集まって、しばらくこの立看板を見守っておる。そしていろいろな表情で、その場を去って行きましたが、およそそれは数百人に上った。短い時間でございましたが、その多数の
人々が、その場を去っていく、いずれも何も言っていかない。要するに、このストライキがすでに決行された
状態について、おそらくこの立看板の中に、今申し上げましたような、会社側が言う
労働組合が、
労働委員会のあっせんをのまずに、スト実力行使に入ったものであるという申しわけに対しても、少くともその前のゼロ回答以来の経過を、一応基礎的な知識を持っておると
判断される、そうして立ち去って行ったのでございますが、もう一つ他の駅に参りますと、その駅の構内には、憂国同志会という腕章をつけた二、三人の若い者がうろついている。こういうような状況でありますけれども、ここにも問題は発生をいたしておりません。
これは考えてみまするのに、ストライキに突入する前に相当な
混乱が起きるであろうというので、
一般市民の
人々も、あるいは働く勤労者の皆さんも、また各新聞、あるいは
報道機関の
人々も、それぞれ報道のための準備をして、こうした現場をかけ回っておりますけれども、いずれも問題は起らないということに失望したくらいの実情であったのでございます。これをもし単純な表現で申し上げるならば、
一般国民の間に、すでに
労働組合が賃上げ要求をし、その他
労働条件の向上のために、ストライキを行うという権利について、すでに常識的な
範囲に到達しておる。
組合のこのような行動が、
一般市民層の中にも十分
理解されているということを証明して余りがあると考えます。中小企業や、あるいは中小企業に働く多くの
人々は、むしろ、この
争議に至った事情について、同情と協力の
方向に動いているというのが実情でございます。
そういたしますというと、一方では、先ほど申し上げたように、憂国同志会とか、あるいは生産党とか、それからさらに
資本家陣営の
人々が、
争議に対する妨害をするというような事実が現われておる。そこで考えなければならない問題は、こういう事態を一そう解決困難なものに追い込むところの障害が、こうした暴力団や、あるいは
資本家側にあると言わなければならない。そこで、むしろこうした
人々にこそ、この
良識が要求されなければならない。こういう点を特に
労働大臣はよく知っていただきたいのでございます。
そこで、当時この私鉄
争議に対して、
岸内閣の閣僚の中には、私鉄の
経営者に対して、このたびのベース・アップを、中労委のあっせんの線を上回って認められるような場合には、運賃の値上げについては許可をいたさないぞという強迫をしたという事実さえも伝わっている。そういうことをあわせ考えて参りますと、そういう
経営者あるいは暴力団、それに
政府、こうしたもの自体が
争議の解決をおくらせ、
国民に対して迷惑を及ぼす
行為を行なっておる。そうしますと、
良識をつちかうということが必要なのは、
経営者や
労働者や、そうして
国民一般大衆ではなくて、まず、
岸内閣の閣僚であると断ぜざるを得ないのであります。(
拍手)
昔から夫婦げんかは犬も食わないというのでございますが、それにはその夫婦げんかとしても、それなりの、それ相当の原因があるものでございます。先ほど引例した、電車に乗ろうとしたお客さんが、ストライキで電車が動かないという実情を知った瞬間に、それにはそれらしい
理由があるであろうということを、うがって考えるようになってきた。しかもそれを冷静に
判断するようになっており、そのときにこそ、知識と
理解の真髄に触れて、ほんとうに
人々の血となり肉となるものであって、決して、
労働協会ができたならば、そういう
目的が達せられるというような単純なものではないということを、はっきり
政府は知っていただきたいのであります。
労働大臣が口にされる常の
言葉は、自信と確信をもって、よき
労働慣行を確立するというのは、うぬぼれであり、一人よがりであると言わなければなりません。あるいは
国民一般に
理解を深めるという名で
労働協会は、自然に成長しつつある、
国民一般の
良識を撹乱し、あるいは
労働戦線を分断しようと
意図していると考え、
判断せざるを得ない実情にあることは、まことに遺憾に存ずる次第でございます。かくして、この
労働協会なるものは無用であり、かつ有害であり、あたかも昔の協調会に、まさるとも劣らないものである、こういうふうに断じても、決して誤まりでないと確信をいたしております。(
拍手)
第二の問題点は、現在の
労働教育行政の実情でございます。これは、第一番にあけて参りますというと、中小企業
労働相談所というのがございます。あるいはまた、
労働大学講座と称するもの、夏期大学講座というもの、あるいはまた婦人
労働講座、巡回
労働講座、
労働教育通信講座、
労働教育ニュース映画、
労働組合体育大会、勤労者美術展、各種コンクールなどがございます。さらに、その他定期の刊行物が、これまた相当に発行されておる。あげてみまするなれば、主要なものだけでも数種類に上る。すなわち週刊
労働、中小企業
労働関係資料集、労政月報、壁新聞等々でございまして、およそ
労働教育に関する、こうした活動は、現在の
労働行政の分野においても、盛りだくさんに実際に活動をいたしておるわけでございます。その年間の予算を見ますと、三十三年度の予算においても、一億円に近いところの予算をもって行われておるのでありまして、そのようにいたしまして、これをもってしても、このような
労働教育行政がどうしてもうまくいかない、
労使並びに
国民一般べの
啓蒙宣伝教育ができなければならないはずのものができないという、このことについて、
委員会で
労働大臣の所見をお伺いしたのでありますが、
大臣は、お役所仕事で、どうもうまくいかないのである。こういうお答えである。そこで、そのために、第三者の立場にある専門の
学識経験者を網羅した
協会によってやることが最も有効であると考えて、
協会法の立案制定を希望しておるわけであると、こういうふうに述べられておる。これは私は、聞いてあきれることなんだ。むしろ無責任きわまる態度と言わなければなりません。
いやしくも、国の予算をもって
労働教育行政をやって、もし、それらの
教育行政の中で一つの例をあげますなれば、新聞雑誌等の編集に当って、そのような
業務の専門家や、
労働問題に関する
労働者のはだざわりを身につけているような
学識経験者を選んで配置をするように取り計らって参りますなれば、十分これらの
機関を通して、
労働教育行政はやれていくと考えられる。こうしたことは、
労働行政を担当する
労働大臣の当然の職務であると言わなければなりません。
さらに、お役所仕事がいけない
理由は、もう一つ他に大きなものがある。それは、現在の
労働省だけではなくて、総じて現在の内閣は、保守党内閣でありまして、これが、悪い
言葉で言えば、
資本家や官僚の立場によって、いわゆる
使用者側の援護をする
性格で行政を行なって、いつも
労働者を抑圧してきたという長い経験から、保守政権を信用しないというのが、
現状である。従って、いかなる呼びかけ
教育にしましても、これをすなおに
労働者が受け入れる気になれない、こういう事実を見のがしてはならぬと考えます。特にこの種の
労働問題には、この立場上の相違が相当大きなウエートを占めていることは、
政府当局といえどもよく御承知である。
そういうなれば、
大臣は、それであるからこそ、公正な第三者によって作った
協会がけっこうなものである、こうしばしばおっしゃってきた。事実上、
労働大臣の
監督指導下に置かれているこの
労働協会が、今申し上げましたような、現在の保守政権というものと、その行う行政、それとの一貫したつながりが、いわゆる保守反動政権である限り、どうしても
労働者、革新陣営は納得がいかないから、
教育をしても、まともにそれを受け入れない、こういう
状態になっていることを忘れてはならぬと考えるわけでございます。
しかも、申し上げるように、あるいは本
法案の中に盛られておる
労働大臣の
監督指導のもとに置かれる人事にせよ、あるいは
業務上の監査
監督にせよ、すべて
労働大臣の一手に掌握されておる。先ほど同僚
藤田あるいは片岡両議員が
質問の中にも述べておりました通り、むしろ
労働省に設置されている
調査、統計等の機能を強化して
労働大臣が、口を開けば主張されている完全雇用の
政策を確立するためには、非常に大きな仕事が
労働省に課せられている。それは
日本の働く勤労人口の実態を正確に把握することができなければ、決して合理的な
産業配置あるいは
労働配置は不可能である。働きたい者を働く場所に、そうして最低の生活を保障されるように働かせるという前提がございます。それについては、少くとも
労働省が持っている総機能を発揮して、実態を把握をすることが、まず前提であると、しばしば私ども強調をして参りました。こういうところに、もし、この十五億円のこの
協会の
基金なり、あるいはその
基金は
基金として生かしておきましても、九千万円の金にしましても、使うなれば、この
調査機能あるいは統計の整理機能、こういうものは、さらに一段と強化されることは、申すまでもないのであります。
次に、第三の問題でございます。この
協会の人事と
業務に関する点でございます。先ほども片岡同僚議員から指摘いたしましたが、会長並びに
業務を監査する監事は、直接
労働大臣の任命である。理事、評議員は、会長が
大臣の認可を受けて任命する、こういう手続になっている。評議員会は、ただ単に理事の諮問
機関にすぎない、こういう構成でありますから、勢い、これは
労働大臣の意中で自由自在に利用ができ、運用されていく、そうすると、だれがどのような理屈をこね回してみても、この役員は、
労働大臣のお気に召さなければ、任命されることは不可能である。このことについて、
委員会で
労働大臣の所見をただしたのでございますが、こう言われる、「十分責任を持って、公平無私に
協会の
運営ができる第三者を選任する自信と確信とがある」と大いに力まれた、こういうことほど、世にも危険なものは、私はないと言わなければならぬ。法務
大臣の御
意見によれば、一度
法律が
成立、施行になるというと、ひとり歩きをするものであると言われた。この
労働協会法案は、一たび
法律となりますというと、ひとり歩きをしないのである。うしろの方から、
労働大臣がひもをつけてあやつるようにできている。このことが将来、
労働協会がいわゆる
政府の
労働政策を、
国民大衆に浸透させるための窓口であったり、あるいはまた、反動的な
労働研究機関の、いわゆる思想的統一を生み出そうとする試みの端緒にほかならない。こういうふうに断ぜなければならぬと考えるのでございます。
われわれはここで、
労働関係の問題でありますから、この評議員あるいは理事にいたしましても、また、それぞれが
労使、公益というような各種団体、もしくは個人から推薦をされて集まった
良識ある
人々の合議によって
運営されるような民主的な機構でなければ、公正な立場における第三者的
機関とは、とうてい言いがたいということを、強く確信するものでございます。このようなひもつき御用
機関を、第三者的立場というヴェールで
宣伝効果を上げようとするところに、まことに忌まわしいこの
協会の本質があるということを見逃がしてはなりません。(
拍手)
第四の問題でございます。以上三点にわたって、問題点を指摘いたしましたが、ところが、役に立つ点が二つあるようでございます。(「いいじゃないか」と呼ぶ者あり)いいでしょう。その一つは、
労働大臣の自己
宣伝に役立つ、第二番は、官僚のうば捨て山に役立つ、この二つであります。私はこのような特質があることを、これは見逃すわけにはいかない。そこで、次のことをさらに指摘しておきたい。
本問題の
審査に当りまして、大蔵
委員会との連合
審査をいたしました。その
理由は、申し上げるまでもなく、この
協会の元手になります
基金が十五億、この金の支出と
目的が重大でありますから、われわれは、
委員会の同意を得て連合
審査をやったのでございますが、この
基金の十五億円は、三十一年度の決算結果、たな上げ
資金四百三十六億三千万円のうち、新しい経済基盤の強化のために、二百二十一億三千万円をもって
一般会計に属する
資金とし、残りの二百十五億円を
資金運用部に預託をして、そのうちの十五億円をこの
協会の
資金に充当した、この十五億円の金利の九千万円なるものが、
協会の運転
資金に充てられている。ところが、このような剰余金が、極度な不況に見舞われて、今、皆様方の目の前に、中小企業の経営困難が相次ぎ、あるいは大企業においても生産の制限、経営規模の縮小等が行われている。そのために、僅々二カ月の間に四万に近いところの失業者の増大を見ておるということでございます。この種の無用の長物、すなわち
労働協会等に、十五億円の金を寝かせるよりも、こうした失業者を救済する方法、あるいは倒れて行く中小企業に、
資金を回して助けるというような仕事こそが、必要な仕事である、こう断ぜざるを得ないわけでございます。この種の無用の長物に多額の
資金を投ずるというようなやり方は、今の
岸内閣は、これが当り前と思っておいでかもわかりませんが、しかし、私どもは国の金を使うのであるから、あるいは国の金の利子をかせいで、その利子を使うのであっても同様であると言わなければならない。それを自己の
政策の
宣伝の道具に使ったり、あるいは官僚のうば捨て山にするというようなことは、断じて許すことができぬのでございます。(
拍手)
いま一点申し上げておきたい。すでに
社会労働委員長から御
報告があったので、皆さま方十分御承知いただいたと思います。いやしくも、
国会における
法案に対する
審議権は、個々の議員が平等に持っておる。そこで、すなわち
社会労働委員会において、
労働協会法案の
審議が続けられてきた。しかしながら、事実、
社会労働委員会が付託を受けて
審議をした時間は、一時間と三十分にちょっと余ったくらいな時間でございます。こういう
状態の中に、四月二十三日、自民党の方から
質疑打ち切りの
動議を持ち出した。私はこの瞬間、
昭和二十四年の乱闘
国会と言われた当時のさまを、ほうふつと呼び起しました。しかも、こっそりと
委員長席にメモを持ち込んでみたり、あるいは、いわれもなく
質疑の最中に
質疑打ち切りの
動議を出すというようなことは、
議会を正常化するという両党間の話し合いや、あるいはまた、われわれがお互い議員としての面目にかけて守って行こうとした信義が、ことごとくにここに踏みにじられて、こういう実情に追い詰められたということでございます。
しかも、今申し上げますような事態の原因がどこにあったか、自民党の皆さんといえども、これを無理して通さなくてもいいのではないかという御
意見があった。ところが、一生懸命拍車をかけて推進したのは、
石田労働大臣であった。そうして、おれの面子にかけても、これは通すのだと豪語をされたということですが、それは、私は聞かない。そこで、ことに閣僚間でも、総理に対して、
石田労働大臣が、この
法案を通してくれなければ、よし
解散の期日を延ばすことも、またやむを得ぬことであるぞという、強い進言をなされたということも聞いたのであります。これは事実を私存じませんが、少くとも、そういう話は偶然に路傍にころがっている話ではないと思う。でありますから、少くともそういう
状態で、この重大
法案の
審議が意を尽さなかったという点は、
委員長とともに残念でたまらない。
ところが、すでに事はこの本
会議で採決の
段階になって参りました。ここで、ただ一つ警告を申し上げておくのは、採決の結果は明らかである。そこで、五年後には、私が今申し上げました事柄が、この
労働協会の実態となって
国民の前に姿を現わすであろう。私は少くとも自民党あるいは保守政権が続いて参りますならば、あの協調会が歩んだコースにもまさるコースを新しく作り出し、そうして歴史を逆転させるための片棒をになうであろうということを、十分警戒をして参らなければならぬことを付加いたしまして、私の
討論を終ります。(
拍手)