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参考人(
中野實君)
中野であります。
地すべり等防止に関して、
政府と
日本社会党の両方から提出されております
法案を拝見いたしまして、感想を述べたいと思います。
初め、この
法案の
内容を見ませんで、題目だけを見ましたときには、私、
鉱山の
保安の
技術の方をやっておりますので、
ぼた山の問題が出ておりまして、これは私
どもとして非常に
関心のあることでございまして、すでに
鉱山保安法でかなり熱心に取り締ると申しますか、
研究しておる
ぼた山につきまして、またさらに新しい
法律をもって取り締るというようなことではおかしいのではないか、こういうふうに初め思ったわけでありますが、だんだん読んで参りますと、そこはなかなかよくできておりまして、
鉱業権に密接に結んでいるものにつきましては、この
法案は
対象としていない、つまり
無籍物である
ぼた山について
関心を持つものであるということがわかりましたので、なるほどこれは
鉱山保安の
立場から見ましても、盲点をついているものであって、なかなかおもしろいものであるというふうな
感じがしたわけであります。それから、この「
地すべり等」と書いてございますが、元来
炭鉱地帯は、こまかい
言葉で申しますと、第
三紀層関係でありまして、
ぼた山が積んであります付近は大体において
地すべり地区が多いのであります。従いまして、単にこの
鉱山保安技術の
立場から見ましても、
地すべりと
ぼた山を含めましたような安全に関する
法律というものは、私
どもの
関係から見ましても、まことに
意味が深いと思いまして、この
法案は究極においてなかなかうまいことをうたってあるというふうな
感じを受けたわけであります。そこで、
ぼた山と申しましても、実は私
どももしばらく前には全然
関心の外にありまして、捨てたやつを積んでおけばいいという気がしましたわけでありますが、この約十年間、
鉱山保安法ができましてから、私
どもも
ぼた山についてだいぶ
考えざるを得ない
立場になりまして、いろいろ
研究をして、どうかして安全に持たしたい、という気持を持っておるわけであります。それにつきまして、
ぼた山の
安定性というものはどういうものであるかというふうに
考えてみたいと思っております。大体
ぼた山を構成しております
岩石は、何と申しますか、水成岩でございまして、砂岩とか頁岩とかいうふうな
風化性を持った
岩石が多いわけであります。その
風化の度合いと申しますものはいろいろありまして、ある
程度半永久的に
風化しないものもありますけれ
ども、大体におきまして
風化性が強い。従ってこの積み重ねられた
あとで、
年月がたちますと、当然
風化して参ります。たとえば、
ぼた山というものは、積み重ねてから
年月がたちますに従いまして、多少とも動いているということが言えるわけであります。と申しますのは、つまり
風化によりまして粘土化した鉱物が堆積する、それに水が加わるというようなことでありまして、初めは安定しておりましても、次第に不安定な
状態になってくる。そこで、その不安定な
状態を安定にするために、みずから動いて安定な
状態に入っていくわけであります。こういうような動いたものを
対象にして、これに
安全性を非常に高く持たせようというためには、非常な苦心が要るわけでありまして、
先ほど参考人の御
説明がありましたように、動いているわけでありまして、これを絶対安全に保持するということはできない相談であります。私
どもの
考えといたしましては、それを
最高度の
安全性に保つということが一番大切なことじゃないかと思うのでありまして、たとえば、話は違いますが、
原子炉の問題につきましても同じようなことが言えるわけでありまして、絶対安全ということは
考えられないと思います。そこで、われわれ
鉱山保安に携わる者といたしましては、安全の
程度を
最高にして保っていくと、従って
鉱山保安法で取り締るといたしましても、たまには
ぼた山のすべりというようなものが起るわけでざいます。その起った結果を見まして、これは
鉱山保安法の取締りがよくいっていないのではないかという
考えを表面的に持たれるということは、はなはだ酷なわけでありまして、これは
原子炉の場合と同様なことが
考えられると思うわけであります。そこで、
ぼた山を安全に保ちますためには、どういうふうな
方法を講じたらいいかということが
考えられるわけでありますが、私は大体五つの
立場から
ぼた山の
安全性を強調したいと思っております。
第一番目には、積む
場所の問題であります。この
場所の問題と積み方というようなことが一番大切であると思っております。
次には、積み方にもいろいろありまして、
日本のような非常に
国土の狭い所におきましては、非常な広大な
面積を取るわけにはいきませんので、狭い
面積の所で積み方を
研究しなければならない。これはまあ
鉱山保安局の
関係でも多少
研究しておられるようでありますが、これはやはり、今後さらに
研究しなければ、
安全性は保てないと思うのでございます。
それから第三に申し上げたいことは、
ぼた山について、どんな石でも同じような形に積めばいいというものではないのでございまして、
ぼた山自体のそれぞれの
岩石の
風化性というものをよく常時調べる必要がある。そうして、監督する
立場にあります者は、この
変形とか、そういうものにつきまして不断の観測をして、この
安全性についての
研究を進めていかなければならないと、こういうふうに
考えております。
それから第四番目には、
日本はことにそらでありますが、
風水害等が多いわけでありますので、
洪水、出水というような異常な天災と申しますか、そういう
状態が起りましたときの場合を
考えまして、
排水その他の施設を十分にしておく必要がある。これには相当な金をかけなければならぬと思うわけであります。
第五番目には、このできました
ぼた山をいじるということがよく行われております。たとえば、この
ぼた山の中には、現にまだ有効な
石炭成分があるわけでありますので、この
ぼた山をくずしまして、さらに資源の開発と申せば非常に聞きよいのでありますが、
石炭を取ってこれを売るというような行為もあるわけであります。そのためには、せっかく安全にできました
ぼた山をまたくずさなければならぬということがあるわけであります。しかし、安全の
立場から見ますと、
ぼた山を
変形するということは、みずからの
変形は別といたしまして、少くとも
ぼた山の
崩壊等に密接な
関係を持つようなくずし方といろものは
禁止しなければならないと、こういうふうに
考えております。従って、
選炭業というようなものは、それ
自体は非常に
意味があるものかもしれませんけれ
ども、安全の
立場から見ますと、今後ああいうものは
禁止せざるを得ないということになるのではないかと思います。
そこで、この
法律案の
政府案の方でありますが、四十二条の中に、
ぼた山をいじります場合には、
許可を得ることになっております。私は
法律の
言葉はよくわからないのでありますが、
許可を得るということは、
許可する場合もあるというふうに解釈していいのだと思っておりますが、
切土に類似するような
仕事は
許可制になっております。ところが、この
許可を間違えていたしますと問題を起すととがありますので、これは私の
考えでは
禁止をしてしまった方がいいのではないか。少し極端でありますが、そういう建前を持つべきだと
考えております。従いまして、これはちょっと言い過ぎのようにも思うわけでありますが、
鉱山保安法の
関係におきましても、
ぼた山をいじるということは厳に
禁止をして安全をはかるべきであるというふうに
考えております。
それから
ぼた山は将来ともどんどんできていくだろうか。あるいは
鉱業権者の手を離れた
ぼた山が将来できるかどうかといろ点に関連して、
ぼた山は将来どんどんできるであろうかどうであろうかということについて、私の見解を述べさしていただきます。
ぼた山と申しますのは、
日本には御
承知のようにたくさんありますけれ
ども、
ドイツあたりに行ってみますと、
ぼた山はすでに姿を消しております。
フランス辺では、まだ少しあるようでございますが、だんだんとなくなって、つまり今後なくなるといろ
傾向になっていくようであります。その
理由は二つありまして、一つは、
坑内が深くなって参りますと、その石を外に持ってくるというととは
かなり金のかかることであります。従いまして、
ドイツ等では、掘りましたものは掘り
あとに全部埋めてしまいまして、そのままにしてしまいます。
つまり外に上げてくる金を節約するために
地下に埋めてしまうというふうになっております。私が先般
ドイツに参りましたところが、
ドイツの、ある
充填機械を作っております会社で、
南アフリカから
充填機の
大量注文があったということでありまして、それでその
理由を聞いてみますと、御
承知のように
南アフリカには世界で最も深いと言われます
金山がありまして、おそらくこれは八千フィートをこえている深さにあるわけであります。この
程度の深さになりますと、これは
金山ではありますけれ
ども、石を掘りました
捨て石をぼたという
言葉と同じように解釈してよろしいと思いますが、その
捨て石を外に上げますと相当の金がかかってしまう。従いまして、これを掘りまして、捨てる場合には、
地下の空洞に全部粉にして埋めてしまう、その方がずっと安いので。従いまして、今後は外に持ってこないという方向にいくために、大量の
機械の
注文があったということを言っておりました。まあこんな
関係でございまして、今後
ぼた山というものは、そういう
意味でだんだんできがたくなる
傾向にあるというふうに
考えております。
理由の第二は、ぼたを
坑内に埋めてしまうということは、
先ほども申しましたように金のかからないという
理由のほかに、たとえば
土地の陥落を防ぐために、
坑内にぼた
充填をするとか、あるいは
自然発火その他の
災害を防ぐために
——と申しますのは、
坑内の通風をよくするために必要な所にぼたを埋めまして、漏れる風を防ぐというような
目的のために、だんだんと
坑内充填というものがまた一面多くなってくる。このような二つの
理由から、
ぼた山というものは、将来
日本においてもだんだんできがたくなるというふうに私は
考えております。
地すべり一般につきましてはわからないのでありますが、
ぼた山につきましてはそういうふうに
考えております。
それから
政府案と
社会党案の比較の資料をいただいております。私はこれにつきまして、ちょっと簡単でございますが、
意見を述べたいと思っております。まず第一に、
防止対策についてでありますが、
政府案に、山くずれ、がけくずれというものが入っておりません。この入らない
理由が私にはわからないのでありますが、もし入ってもさして問題でないということであるならば、まあ
社会党案のように、それに類似したすべてのものを含めても差しつかえないのではないかと
考えております。それから第二は、
地すべり防止区域というようなもので、指定される
区域の
範囲が出ております。その中に
公共の
利害といろととが出ているわけでありますが、これも、私にはこの
公共という
法律上の
意味はよくわかりません。
公共ということが、たとえば数軒の
農家があって、その
農家の財産、生命その他が脅かされるという場合には、これは
公共であるのか、
公共でないのか。つまり大きな問題になる、集落に対しては注意するけれ
ども、小さな問題には目をつぶってしまうということではいけないのではないか。そこでこれにつきましても、
社会党案にありますようなうたい方の方が多少もっともらしいのではないか、こういうふうに
考えております。
最後に、
地すべり等の
警報というところの項がありますが、この
警報は別に
法律で
警報を出すことを義務づけていないようでありますけれ
ども、私の
考えで申しますと、たとえば
洪水その他の場合に、危険のおそれのあるというようなときには、何らかの
方法で
警報を発するようにするのが当然ではないか、そういうふうに
考えております。
申し上げますことは以上の
通りでありまして、今後もし
質問がありましたときには、それに
お答えするつもりであります。以上の
通りであります。