○小坂善太郎君 私は、
自由民主党を代表いたしまして、ただいま提案になりました
最低賃金法案につきまして、
内閣総理大臣、労働大臣及び通商
産業大臣に対しまして若干の
質疑を行いたいと思うものであります。(
拍手)
まず初めに、総理大臣に対しまして、
最低賃金制の理念についてお伺いいたしたいと思います。
最低賃金制は今日
国際的にも
確立されました労働基本法の一つであるといわれておりまするが、実は、各国の歴史や国情によりまして、その目的やあるいは根本的な考え方は必ずしも同一ではないようであります。こうした
最低賃金制の理念または把握の仕方が相違しておりまするがゆえに、
最低賃金制に関する議論も、ことご
とく、その点から紛糾いたしておると考えられまするから、この際
政府は
最低賃金制に対する基本的な考え方を明瞭にされておく必要があると思うのであります。
最低賃金制につきましては、四つの考え方があると思います。その第一は、いわゆる苦汗労働、スウェッティング・レーバーというものを排除するという社会
政策的な考え方であります。第二は、一般的な
賃金を引き上げて有効需要を造成するという
経済政策的な考慮に基くものであり、第三は、
最低賃金制をもって国家権力による
賃金公定制度の先がけといたしまする社会主義的
賃金統制の考え方に基くものであり、第四は、適正な
賃金基準を
確立せんとする労働
政策的
最低賃金制であります。
今回
政府が提案されました
最低賃金法は、
事業の過当競争の結果が
賃金にしわ寄せされるということを避け、
事業の種類及び業態により、地域に応じて、
産業の実態に即した適正な
賃金基準を
確立せんとするものでありまするから、社会
政策をも含めた労働
政策的
最低賃金制であると思うのでありまするが、
最低賃金法を提案されるに際し、総理大臣はその基本的な考え方を明らかにされる必要があると思うのであります。御見解はいかがでありますか。お伺いいたしたいと思います。
次に、
最低賃金制の
実施と
中小企業対策の
関係について伺いたいと思います。
最低賃金制は近代的な立法であります。しかしながら、これが適用されまする日本
経済の実体は、
政府の
経済白書を見ても書いてありますように、きわめて近代的な大
企業と前近代的な小
企業とが並び存し、ことに
事業所の数で見まするならば、三十人
未満の従業員を雇用する
中小企業が九八%を占めるという大勢になっておりまするし、また、そこに大幅な
賃金格差が存在するのが現実の姿であります。この現実のゆえに、
昭和二十三年以来、
労働基準法の中に明文があり、何どきでも
実施し得る
法律上の準備がありながら、
最低賃金は今日まで
実施されなかったのであると思うのであります。また、
昭和二十九年の
中央賃金審議会は、絹人絹織物業等、いわゆる四業種について、さしあたり
最低賃金制を
実施すべきことを答申いたしておるのでありまするが、同時に、
わが国の
中小企業に対しまして国家権力的な
最低賃金制を
実施することの困難性を認めまして、これが
実施の条件として、適用業種について減税あるいは金融上の実効性ある
措置を付加することを勧告いたしておるのであります。この答申に基きまして、直ちに
最低賃金制が
実施に至らなかった
理由も、これらの特別
措置を特に
最低賃金制を適用する業種に対してとることが困難であったためであると思われるのであります。
政府は、今回、
最低賃金制の施行に踏み切つたわけであります。しかしながら、周知のご
とく、
中小企業の経営者中に、
最低賃金の必要は認めながらも、現状において直ちにこれを
実施することに対し根強く見られるある種の危惧の念があるのであります。私は、この際、
政府に対して十分なる注意を喚起し、その御見解を承わりたいと思います。
すなわち、今回提案の
政府案におきましては、
わが国経済、特に
中小企業の実態にかんがみまして、また、昨年末の
中央賃金審議会の答申に代表せられました公正な世論の線に沿い、かつはまた、全労
会議等の労働組合中まことに建設的な
意見を持つ労働側の
意見を十分に参酌され、全国全
産業一律というような案でなく、
最低賃金は地域別、業種別、また職種別に決定し、漸次これを拡大するという案になっておるのでございまして、
わが国経済の実態に即しており、われわれも大いに賛意を表するところでございます。(
拍手)しかしながら、業界の一部になお反対があることも否定できない事実であります。もとより、反対論の中には、
法律案の
内容を知らず、社会党や総評等の唱えられる一律八千円案のごとき現状無視の
賃金を強制さるる前提なりとの誤解に基くものもありましょう。しかしながら、反対論の中に根強くひそむものは、日本
経済の基盤に対する、ばく然たる不安の念であります。
わが国中小企業、
零細企業の現状が、果して
最低賃金法の厳格なる施行に耐え得ると見通されるかどうか、この認識の問題であります。
最低賃金制を施行することは、今日においては、すでに時代的な要請となっておると考えるのでありまするが、この
法律の制定が、
わが国の
中小企業の存立に脅威となり、その倒産を招き、これがために
経済基盤が動揺し、かえ
つて失業者を生ずるような事態になれば、まことに本末転倒といわなければならぬと思うのであります。岸総理大臣は、この点に対し、日本
経済の力をどう見ておられるか、
わが国の
中小企業の基盤が
最低賃金制の厳格なる
実施に十分耐え得るというふうにお考えになるかどうか、さらにまた、
最低賃金制の
実施と
中小企業の過当競争の防止、生産性の向上等を合せた総合的な
中小企業振興のための構想をあわせてお持ちになっておられるかどうかを伺いたいと存ずる次第でございます。
次に、労働大臣に五つの点についてお伺いいたしたいと思います。
まず第一点は、
賃金を含め、およそ
労働条件というものは労使双方の当事者が自主的に決定すべきだという
原則と、今回の
最低賃金法案との
関係についてであります。一部独裁国は別といたしまして、およそ自由社会におきましては、
賃金を含め、
労働条件は
企業主と労働組合側との間で自主的に決定すべきものであ
つて、国などがみだりに介入すべきものでないという
原則は、近代社会の大
原則でありまして、
わが国におきましても、戦後の一時的な混乱の時代は別といたしまして、漸次労使
関係者の間に
確立して参り、今や一般の常識となっておることも、御
承知の
通りであります。特に、
労働条件の中核をなす
賃金につきましての自主決定の
原則は、千態万様の
企業の実態にかんがみまするときに、特に重要であろうと思うのであります。この点、イギリスや西ドイツ等の諸国におきましては実に徹底しておるのでありまして、
最低賃金の決定についても、かりに自主決定の機運がある場合には国は介入しないのが建前となっており、結局はその方が労使双方にとって利益であるということは歴史が証明しておることも、御
承知の
通りであります。特に、
賃金の問題は、社会的、
経済的にまことに微妙に相関連し合うのでありまして、一定の業界において最底
賃金を定めるということは、その業界の個々の
企業の
賃金体系、
賃金構造に響くばかりでなく、他の業界の
賃金にも影響するのであります。かかる観点に立ちまして、今回の
法案では、
賃金の自主決定の
原則との調整を基本的にどう考えておられるかというのが、お伺いいたしたい第一点でございます。
さらに、また、この点に関しまして、私は、率直に申して、一部の労働組合の動きにつきましては危惧の念を有しておるものでありまするが、かりに、
最低賃金法の成立ということを一つの踏み台といたしまして、自分たちの当然になすべき組織化のための
努力や、
賃金の自主決定のための
努力にかえて、これを
政治的かけ引きの道具にし、
中小企業者に不当、不法に
最低賃金の決定を迫るというようなことがありといたしますならば、
法制定の
趣旨に反するのみでなく、長い目で見て
労働者側にも決して利益でないと考えるのでありまするが、労働大臣として、これの見通し並びに対策について、これがありとすれば、お伺いいたしたいと思うのであります。
労働大臣にお伺いいたしたいことの次の点は、社会党の一部及び総評等が主張しておりまする全国一律の
最低賃金制と、今回の
政府案との比較考量の問題であります。私は、日本
経済の現在の
産業構造あるいは雇用状態から考えまして、全国一律八千円というような案は、とうてい実行不可能な案であると考えるのでありまするが、世上、往々にして、この二つの
方式を比較いたしまして、世界的にきわめてまれな一律
方式を目ざして、かえ
つてこの総評案こそが
最低賃金制の本来あるべき姿であ
つて、業種別、職種別あるいは地域別に
最低賃金を決定するというような案はごまかしであるというような誤まれる
意見が相当に流布されておることも、御
承知の
通りであります。(
拍手)一律
最低賃金制を今日自由社会において
実施しておる国はアメリカ並びにフィリピンであるといわれておるのでありますが、そのアメリカにおきましても、一律
最低賃金を
実施しておるものは、いわゆる州際
産業、州と州とにまたがった大きな
産業に
つてだけでありまして、また、フィリピンにおきましても、
中小企業あるいはサービス業等はこれから除外されております。この点につきまして、特に目の子算用で八千円というような金額をつき出して、これを国家権力によってのめというような、そうした
最低賃金に関する考え方は世界中いずれの国にもないということを、私はこの際明確にしておかなければならぬと思うのであります。(
拍手)この点につきましては、私は
政府のPR活動の不足にもその一半の責任があると考えるのであります。私は、せっ
かく苦労して
政府が作られた
法案が、かりにも
国民から一種の偏見の目をもって見られるいうことははなはだ残念なことと考えるのでありまして、この際、総評等の主張する全国一律の
最低賃金制に関する
政府の見解を明らかにされ、世間一部の誤解を解かれる必要があると思うのであります。この点につきまして、労働大臣の所見をきわめて明確に披瀝せられんことを要求いたします。(
拍手)
さらにまた、この点に関連して、第三点をお伺いいたしたいのでありまするが、私は、諸
外国の立法例中、なかんずく
最低賃金制度に関するILOの
条約等も、決して全国一律の
最低賃金制をと
つておらないと考えるのであります。御
承知のように、一九二八年の
国際労働機関総会において
最低賃金制に関する
条約が採択され、すでに三十数カ国によって批准されておるのでございます。本
法案の
内容はILO
最低賃金条約の線に合致するものと考えられるのでありますが、
わが国といたしましても、この際
最低賃金制度に関するILO
条約を批准して、
国際的にも諸
外国の信頼を高め、
わが国内の本
法案に対する悪意の批評を封ずることが望ましいと考えるのであります。この点につきまして、
政府の見解並びに御方針を承わりたいと存じます。
労働大臣にお尋ね申し上げたい第四点は家内労働の問題であります。
最低賃金制を問題とする以上、家内労働問題と切り離しては実効が上らないことはもとよりでありますが、諸
外国の立法例等を見ましても、
最低賃金の問題はむしろ家内労働の問題として扱
つている例も少くないのであります。しかしながら、反面におきまして、
最低賃金制の
実施は
わが国の
中小企業にと
つてすら相当の問題があり、いわんや家内労働にとりましてはきわめて重大な問題であります。
政府としてもよほど慎重な配慮がなされなければならないと考えるのでありまするが、今回の
政府案におきましても、関連家内工業についての最低加工賃に関する
規定が置かれておるのであります。ところで、
政府はこの運用をどうされるのか。また、
政府は別途総合的な家内労働法を立案すべく準備を始められると承わりましたが、基本的にはいかなる方向で、また、いつごろまでにお作りになる予定であるかをお伺いしたいと思うのであります。
労働大臣にお伺いしたい最後の問題は後ほど通産大臣にもお尋ねいたしまする問題と関連しておるのでありまするが、
最低賃金制に関するところの基本的な考え方の問題であります。すなわち、今回提案されました
最低賃金法の
実施は、
労働者諸君の生活向上をはかるという意味におきまして、労働
政策、大きくは社会保障の一環をなすものでありまするが、同時に、単に
企業の負担が増すという消極的な問題以上に、
企業間の
公正競争を確保し、おくれている
中小企業の
合理化、近代化にも役立つという面があるのであります。労働大臣としまして
最低賃金制の基本的な理念をどう考えられるか、また、私の見解と
意見を同じゆうされるとすれば、
中小企業対策等の
経済政策との調整をいかようにされるか、伺いたいと思うのであります。
最後に、通産大臣にお尋ねいたします。先般来たびたび申し上げた
通り、
最低賃金制の問題は
経済政策、特に
中小企業振興策と密接な関連があるのでありまして、
最低賃金制度の
実施についての危惧の念も、劣悪なる
労働条件の克服という社会倫理的な目的は十分認めつつも、同時に、果して
政府において
中小企業の支払い能力向上のための諸施策をあわせ持っておられるかという点におきまして実は心配されておるように考えられるのであります。
わが国の
中小企業の現状から見まして、
賃金支払い能力に限界があります以上、
最低賃金制も、
企業の支払い能力の向上等、すなわち、過当競争の防止のための
企業の組織化の
促進、新規機械の導入、技術、経営
管理の指導、金融、税制上の援助等、一連の近代的な
中小企業の育成策の一環として推進される必要があるのでありまして、
中小企業全般の体質向上改善のため、
政府の積極的な援助、助長策を用意されることが必要であると存ずるのでありまするが、
政府としてこれらの点についていかような配慮をされておるかということを承わりたいのであります。
これを要しまするに、
最低賃金制の
実施は、
わが国の
労働法制の上にまさに画期的なできごとであります。また、これがか
つてイギリスにおきましてチャーチル保守党
内閣において作られましたるご
とく、自民党
内閣において制定されるということも、また画時代的なできごとであると存ずるのであります。(
拍手)私は、ここに、この
法案の出現を歓迎いたしまして、いたずらに法の不備不足について伝々するよりも、せっ
かく出てきたこの二葉の芽を十分にはぐくみたいと存ずるのであります。また、社会党におかれましても、この近代的な労働法の若芽をつみ取るような心なきわざに専念されることのないよう衷心より希望いたしまして、私の
質問を終ります。(
拍手)
〔
国務大臣岸信介君
登壇〕