○
戒能参考人 問題は多岐にわたっておりますので、私も一条ずつ申し上げさしていただきたいと思います。
まず第一に、
刑法の一部を
改正する
法律案でございますが、そのうちの
最初のもの、つまり第四条の
改正、それから百五条の
改正というものにつきましては、私も
異存はございません。ただ百五条の二というものになりますると、これは非常に問題の多い点じゃないかと思うのでございます。百五条の二によりますと、
構成要件が非常にばく然としております。「
自己若
クハ他人ノ
刑事被告事件」というふうになっておりまして、その結果といたしまして、この
規定は、多くの場合におきましては、
新聞記者の
情報調査といいますか、これに対しまして
相当大きな障害を来たすであろうと思うのであります。具体的に申しますと、
菅生事件という
事件が最近ございました。これによりまして、
市木春秋という者、またの名前を
戸高という
警察官が
新聞記者によって発見されたという
事例がございます。ところが、この百五条の二というふうなものになりますと、この
戸高という人に対しまして共同通信の
記者の方が
面会を強制したというふうなことは、当然逮捕され、
処罰されるということになってくると思うのであります。また、さらに、
菅生事件というものにつきまして
最初に問題になった点は、
菅生派出所の
警察官の奥さんが、
事件があったすぐ後におきまして、毎日
新聞の
記者に対しまして
警察官の妻の心得というようなものを話したというのが問題になっていたわけでございます。しかるに、このような
事件が起りますと、
新聞記者が「
審判ニ必要ナル知識ヲ有
スト認メラルル者又
ハ其親族」に
面会をするということを、あらかじめ拒否してしまうということが起るのではないだろうかと思うのであります。もちろん、
新聞記者の方が、ある場合におきまして、
犯罪の
情報調査をされることが、ときによりますと行き過ぎにならないとも申しかねまいと思うのであります。また、ときによりますと、
面会を求めるということが、ある場合におきましては執拗に過ぎるということも起るかもしれないと思うのでありますが、そういう問題は別に処理すべきことではないだろうかと思われます。百五条の二の形になって参りますと、こうした問題が起った場合におきまして、
新聞記者が
犯罪の問題につきましての
調査ということがほとんどできないことになってきはしないかと思っております。
それから、百八条の
輪姦事件を
親告罪にしないという
規定でございますが、この点につきましては、先ほど
島田先生がおっしゃったと同じような
懸念を私も持つわけであります。ただ、しかし、
被害者本人の利益を十分に保護すべきことを
裁判所において考えられるならば、あるいは
親告罪にしなくてもいいかとは思いますけれども、しかし、何と申しましても、
輪姦事件というものになりますと、
被害者が一人の有力な証人になって参りまして、その人が
法廷におきまして
反対尋問にさらされるということになって参ります。この場合におきまして、若い女性が果して十分な
意思力なしに
反対尋問に耐え得るであろうかということがちょっと
懸念されるのでございます。従って、現在の
判例が認めておりますように、
暴力行為等処罰法による
処罰によることがあるいは穏当ではないだろうかと思うのであります。もちろん、
被害者が非常に決然としておりまして、どんな
尋問にも耐え得るという決心を持った場合には
告訴によって事を処理すべきではないだろうか、という
懸念を私は持つわけであります。
次に、百九十七条の四の
規定でございます。この点につきましては、先ほど
島田先生のおっしゃったことに私も賛成でございます。詳細に申し上げる必要はないと思います。特に、「
職務上不正ノ
行為ヲ為サシメ又
ハ相当ノ
行為ヲ為
サザラシム可ク斡旋ヲ為スコト」ということになりますと、事実問題といたしまして、高官によるところの
あっせん収賄ということは全部消えてしまうと思うのであります。これに反して、
下級公務員が仲間に頼んだというふうなことだけが
処罰されることになるのではないだろうかと思うのであります。また、いただきました資料で、
あっせん収賄罪の
規定がないために
処罰し得なかったというふうな
事例というものを見ましても、この中のきわめて多くのものが、
あっせん収賄罪の
規定を置きましても
処罰できないことになるのではないだろうかと思っております。たとえば、
最初に出ました
事件、元
農林大臣のN氏の
事件でございます。これは別に不正な
行為をさしたというわけではございません。ただ
職務上なし得べき
行為をするように依頼をしただけの
事件でございます。そうして、その次の農林省の
事務官の
事件というものも、特に不正なる
行為をした
事件ではなさそうでございます。これらの点は、おそらく百九十七条の四ができましても、
あっせん収賄罪というものにはならないと思っているわけでございます。百九十八条の
規定もそれに伴って御考慮いただきたい点であると思います。
次が二百八条の二でございますが、この点につきましても、先ほど
島田先生のおっしゃったように、
凶器の
範囲というものがきわめて不明瞭であるという点におきましても問題が残っていくと思っております。
凶器というものの中には、
性質上の
凶器と用法による
凶器という二種があり得ると思います。ところが、
性質上の
凶器になりますと、これは隠したり、それから人に見えないようにしたりする道がずいぶんございます。たとえば
拳銃あるいはあいくちというようなものになりますと、懐中あるいは胴巻というふうなものに隠してしまうことができるのでございます。従って、そうした
拳銃やあいくちなどを持った人物を集めましても、そんなことは知らぬと言ってしまえばおしまいになりはしないかと思います。これに反して、こん棒とか、あるいはときによりますと
プラカードの板の方が折れた柄の方でございますが、こういったものになりますと、隠すことができない、はっきり公然と出てくるということになって参ります。そうなりますと、主としてこれによってつかまえられるものは、従来から
グレン隊をつかまえるということを言っておられるようでございますが、
グレン隊ではなくて、
労働組合に関する
事件というふうなものが多くなるおそれがないかと思うのであります。たとえば、
昭和二十三年の七月十四日の
水戸地裁の判決に現われた
事件でございますが、次のような
事件がございます。この
事件は、
高萩炭鉱の
千代田坑というところで起った
事件でございます。ちょうど
高萩炭鉱におきましては賃上げその他の
理由によりまして
ストライキが起っておりました。そうして
ストライキの方は解決いたしましたが、解決の条件の中に、
組合側は
千代田坑の
坑長外二名に対しまして左遷または退職を要求いたしました。
会社側はこの
事件については一週間以内に
組合側の意に沿うように解決するという約束をした
事件でございます。これが起りましたのが
昭和二十一年六月十四日のことでございました。ところが一週間以内に
組合側の意に沿うように
会社側は解決すると貰いましたが、
会社側はそれを解決いたしませんで、七月二十一日に、
坑長に対しまして、もう一度
千代田坑に帰れということを命令いたしました。
坑長は直ちに
自分の部下を引き連れまして
千代田坑に入りまして、
坑長としての
事務をとろうとしたのであります。
組合側は非常に憤慨いたしまして、とうとうこの
坑長を外に追い出しました。
坑長は直ちに、会社の意向によりまして、高萩の町に四、五十名の壮士風の人物を呼び集めまして、それを旅館に止宿させたわけでございます。しかるに、この
事件は、
組合側が高萩市の警察に対しまして、物騒であるからあの連中を何とか処分してくれというふうに申し立てたのでございますが、警察は争議には介入しないという
理由でこれを傍観していたわけでございます。
昭和二十一年の七月二十五日になりますと、その暴力団の壮漢たちはトラッに分乗いたしまして、そうして
千代田坑の方面に押し出していったわけでございます。そうして、
千代田坑の前面に配置されました組合員の見張員に対しまして、一匹どっこいならこいということを申しました。一人一人ならこいということであります。片はだをぬぎまして、入れ墨を出炭し、胴巻にあいくちを隠しまして、さあこいというふうに言ったのであります。このときに見張員は撤退いたしまして、そして坑の全面に配置されまた組合員の隊列の中に入ったわけであります。
組合側におきましては、こうした
事件があるということを予知いたしたものでありますから、その前に組合
会議を開きまして、敵が来たら撃退させるということを決議いたしました。組合員総出で山の前面にピケを張っていたわけであります。そこに壮士がいずれもふところにあいくちをのみまして押しかけてきたわけでございます。
組合側は直ちにそれに対して棒をとって反撃したわけであります。そのうちにやがて他の山からも応援隊がかけつまして、壮士正側の方がいずれも包囲されまして、もはや負け戦さになろうというころに警察がかけつけまして、そうして壮士を収容し、同時に組合員数名を逮捕して帰っていった
事件でございます。この
事件におきましては、組合員がいずれも
暴力行為等処罰に関する
法律によりまして起訴されております。ただし、壮士側の方は全然起訴をされませんでした。そうして、
水戸地裁の判決におきましては、若干の行き過ぎの点はありましたけれども、この
事件におきましてはいわば期待可能性がないという
理由によりまして無罪の判決を受けておるわけでございます。こうした
事件というものをとってみますと、壮士側の持ち出しました
凶器は、いずれもふところの中に隠すことのできるあいくちのたぐいでございました。これに反して、
組合側の持ち出した棒というものは、人から見ることができるような棒でございます。しかも、壮士側の方におきましては、別に
自分たちは
他人の生命、身体を殺傷するという目的で集まったのではない、ただわれわれが
坑長を山に送り届けるために山に集まったのだという弁解が成り立つでありましょう。これに反して、
組合側におきましては、
他人の生命または身体に傷害を加えようという事実が、棒をとったということによって立証される可能性があると思うのでございます。こうした
事例などを見ますと、この二百八条の二の
条文は、ひょっとすると、暴力団にはそのまま適用されないで、組合運動というようなものに適用される可能性がないとは申せないと思うのであります。もちろん、現化の
裁判所の態度から申しますと幸いにして、たとえば火炎びんのようなものは、爆発物取締罰則によって、爆発物でないという最高裁の
判例もございますので、
凶器の
範囲というものが多少制限されるであろうと私も信じておるわけでございます。しかし、それにもかかわらず、逮捕される、起訴されるということはその前に起って参ります。そして、無罪の判決を受けるにいたしましても、それまでに、おきましては数年と間いう努力が必要でございます。このような点から申しますと、二百八条の二というものは、むしろ削除して、現在幸いにして銃砲刀剣類等所持取締法ができておりますので、こちらによる方が正しいのではないかと思うのでございます。特に
グレン隊それから暴力団の取締りになりますと、銃砲刀剣類所持取締法によりまして取り締ることが十分できるのではないかと思うのでございます。
凶器のうち特に
性質上の兇器になりますと、隠し持つということが非常に容易にできるという点が、この
条文の問題としてはぜひ御審議が願いたいと思うところでございます。
次に、二百六十三条の
規定の
改正案でございますが、器物毀棄を
親告罪からはずすという点でございます。これは私も賛成していいと思いますけれども、しかし、たとえば諏訪市におきまして弁護士の林百郎氏が
裁判所にいきまして、そして少しごたごたが起りまして、憤慨しましてガラスが一枚割ったところが、これがやはり器物毀棄罪になっておるというふうなこと、あるいはまた、組合運動の際におきまして、社長さんが逃げてしまった、そこで
組合側が社長さんのうちに行きまして、うちの前にビラを、少し張り過ぎたと思いますが二百枚ほど張りまして、そして、社長さん早く帰ってきて下さい、そして団体交渉に応じて下さいというビラを二百枚ほど張ったのが器物毀棄罪になっておるという
事例から申しましても、この点はやはり問題の残るところであるということだけを申し上げておきたいと思うのでございます。
次に、
刑事訴訟法の一部
改正の
法律案でございます。これは
権利保釈に関する
規定というもの、お礼参りその他のおそれある人物は
権利保釈しないという
事例であろうかと思います。これは目的としては正しいと思うのでございますが、しかし、勾留という制度は
処罰ではございません。この点は十分御考慮をいただきたいと思うのでございます。と同時に、現役勾留されている人たちでありましても、勾留する必要がない、あるいはしいて勾留しておく必要がないという場合におきましては、かりに死刑の
事件、無期
懲役の
事件でありましても、やはり勾留からできるだけ保釈を認めるということが必要ではないだろうかと思っているわけでございます。たとえば、松川
事件などの場合は、若干の人たちは第二審におきまして死刑の判決は受けておりますけれども、しかし、あの
事件などになりますと、逃げてしまったら被告側としては負けの
事件でございます。これなどになりますと、しいて勾留しておく必要もない
事件ではないだろうか。もう少し、必要がなかったらできるだけ勾留しないような制度ということが大事じゃないかと思っているわけでございます。
それから、次は
緊急逮捕の
規定でございます。この
緊急逮捕という制度がやはり
憲法との
関係におきまして非常にデリケートな問題であることは言うまでもないと思うのであります。従って、二百十条の
改正というものにつき、ましては、
憲法との
関係におきまして厳格な御検討をお願いいたしたいと思うのでございます。しかも、
刑法二百八条もしくは二百二十二条の罪を加えましても、実際問題になりますとほとんど効果がないのではないだろうか。実際問題になりますと、逮捕状を請求し、そして逮捕状によって逮捕するという時間的余裕があることの方が多いのではないだろうか、それがないという場合はほとんどないのではないだろうかという感じがするわけでございます。他面におきまして、日本で現在裁判官が逮捕状を発行する場合におきましては、かなり乱発の傾向がないとは申せないように思うのであります。勾留状の方につきましては、現在地裁が取り扱ったりなんかいたしますと割合に厳格に行われておるようでございますけれども、逮捕状はかなり自由に発行される、それから、ときによりますと白紙逮捕状のたぐいを出したというので糾弾された裁判官などもおりまして、逮捕状の発行につきましてはかなりルーズな面があり過ぎるという点がございます。その点も御考慮いただきたいと思うでございます。
それから、二百八十一条の二及び三百四条の二の
改正のところでございますが、これにつきましても、ただいま
島田先生のおっしゃったことに私も賛成でございます。これらの
規定が置かれるようになって参りますと、次は、傍聴人がいるから困る、傍聴人がいるから威圧感を受けて証人が証言してくれない、だから傍聴人を追い出すというふうなことにもならないとも限りません。そして、現在において、
グレン隊事件、暴力団
事件というものの審理に際しまして、証人が精神的威圧を感ずるのは
被告人一人だけではございません。主として傍聴人によって精神的威圧を受けているようでございます。これらの点から申しますると、やはり、
弁護人がある程度承諾するということ、これがないというと裁判公開の原則がときによるとくずれないとも限らないと思うのでございます。証人というふうなものは、これは他の方法によりまして十分に保護すべきものではないか、特に証人に対して危害を加える、あるいは脅迫をするというふうな場合におきましては、警察あるいは検祭庁ができるだけこれに対して俊敏に立ち回るということが大事ではないだろうか。それなしに二百八条の二や三百四条の二を置きましても、やはり証人をして弱い態度をとらせるようなことになるおそれは十分あると思うのでございます。幸いにして証人の
被害についての給付に関する
法律というふうなものも出ているわけでございますので、これらの点もあわせて御考慮願うと同時に、証人が証言したことによりまして
被害を受けないように十分な手続がとられることを希望するわけでございます。