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猪俣委員 実におそるべきことだと私
ども考えるのです。これは、一人のむすこを失いました父親が涙ぐましい捜査を長い間やったがために、天網かいかい疎にして漏らさず、ある偶然のことからこの加害者が現われてき
たんだ。
警察やなにがみな口を合せて、何がやったことじゃないんだ。当
法務委員会においても
長官はまたそういう説明をなさっておる。ここにこの父親が参っておりますが、切歯扼腕しておるだろうと思う。ここに詳細な
報告を私はとっておる。そんな
事情ではない。丸の内警町察署の刑事の中にもいろいろの説をなす者がたくさんいる。同房者の中に証言しておる者がある。どういう
事情でこれが発覚したか。この
遺族が詳細に
研究して、どうしてもふに落ちない、これは他殺である、というのは、この寺見淳一という
人物は非常に健康な
人物である。ことに有楽町から丸の内
警察署まで元気で歩いてきた人間が、数分ならずして心臓麻痺を起す道理はない。それから、本郷かにあります解剖するところ、そこの医務課長の話も、はなはだ奇怪な話をしている。
民主主義時代といえ
ども、学校の先生すら子供をなぐり殺す
時代だからねというようなことを
遺族に言っております。まあ
警察に頼まれてそういう診断を書くけれ
ども、何かがここにあったようなことを言外に漏らしている。これは裁判所で明らかになるかも存じませんが、とにかく不審の点が多々あるので、
警察としては徹頭徹尾これを調べるべきであります。こういう他殺
事件を他人がやったらどうなりますか。そんな
態度で済まされないでしょう。徹底的に洗うだろうと思う。これが署内から出たとなると、実にふしぎな点が数多あるにかかわらず、それを何にもないというふうに済ましてしまう。これはどういうわけで加害者がわかってきたか。新聞に、どうも
警察の留置場で殺されたらしいという記事が出、
警察署長その他の
関係者は絶対そんなことがないという記事が出る、そうすると、
被害者の父のところへある人から投書が来た。それは自動車の運転手でありまして、お気の毒にたえない、私は思い当ることがあるからお知らせする。ある日、刑務所から保釈になって出てきた
人物、それを迎えに来た
人物、この二人をタクシーに乗せた、彼らがタクシーの中で話し合っている、
自分は丸の内
警察署で牢名主をやっておって、酔っぱらいが来たがら、それを締めてやった、そうしたら間もなくのびてしまったと手柄話のようなことを言っておった。そこで、その運転手が、ははあ、この前新聞に出ておったのはこの男じゃなかろうか、そういうことで父親のところに投書が来、そこで父親がその運転手に会って、初めて加害者が浮び上ってきたのであります。それまでは何にも
警察はやらない。調査もしない。
人権擁護局に訴えても何もしてくれない。父親が血眼になって、涙とともに数カ月費して、初めてこれが現われてきた。そこで検察庁がこれを起訴するまでになった。そうなっているにかかわらず、なおその実相を
報告なさらぬのは一体どういうわけであるか。奇怪しごくの事実がたくさん出つつある。同房者の一人も自白しておる。最初四房へ入れ
たんだが、六房から、やかましい、おれのところへ連れてこいと言ったら、看守が連れてきた、そうしたら静かになったということを同房者が自白しておる。その同房者が新聞にそういうことを発表したのです。これは詐欺罪で入っておったらしい。名前をIとして出ております。同房者のIが語るということが新聞に出ておった。そうすると、そこへ
警察庁のお偉方が行って、まるで新聞と違ったことを調書にとってきておる。そういう
事情をあなたはお聞きになりましたか。実に奇怪だと僕は思う。一人の人間が命を失ったことを、みんなが寄ってたかって隠蔽しようという
態度をとっておる。
警察がもしそういう
態度をとったとするなら、われわれの
生命というのは風前の灯です。今日、この父親の熱心と、幸いにしてこの運転手が現われたから、この事実の真相が出てきて、検察庁が取り上げることに相なったのでありますが、これがなかったとすれば、おそらく、このまま心臓麻痺でだびに付され、一個の
生命が地上から姿を消してしまう。それが
警察で起っておる。これではとてもたまらない。それに対して、
警察はただ
自分たちの
責任をのがれることばかりに熱心で、事の真相を調査しない。今からでもおそくはありません。徹底的に調査しなさい。調査の材料は父親からみな出ておるはずである。ここに十数目にわたります
警察の
態度の不明朗な疑惑に満ちた点を本人が指摘してきている。これを見ても、普通の人間でも常識上実に
警察の
態度がおかしいということがわかります。ちょうど十二項目にわたってこの父親が
警察の
態度の不審の点についてここに指摘してきておる。私、きょう時間がありませんから一々これを検討いたしませんが、今
長官の言うような説明では納得できません。一体牢名主という制度が今でもあるのですが、ないのですか。この男は牢名主であったそうだ。そうして、入ってきた人の話を聞くと、みな昔の牢名主みたいな者がいると言っておる。
警察はそれを黙認しておるらしい。留置場のあり方というものに対して、私ははなはだ疑惑を持つ。
殺人まで行われる。一体留置場に牢名主という黙認しておる制度があるのですか、ないのですか。それを
お答え下さい。