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渡辺(惣)
委員 藤山
外務大臣に質問を申し上げるわけですが、私実は質問の通告
事項がただいまの原君の最終に発言されました、アメリカヘの派米労働者問題についての質問だけ、一点にしぼって質問を申し上げるわけです。
実は私昨年衆議院から派遣されて、三カ月各国を回ったのですが、その視察の途次三つの
日本人で海外で働いておる
人たちと会って、それぞれ現地
調査をし、座談会を持ったのです。一つは西独ルール炭田に行っております
日本の炭鉱労働者、御存じかどうか知りませんが、これは第一班五十九名が昨年の三月に行っておりまして、今年一月二十一日に第二班が行き、第三班がやがて行って総数二百四十名ということで、三年間西独の炭鉱労働に従う。ここへも参りましてそれぞれ現地座談会を持ったのです。もう一つはただいま原君が指摘いたしましたカリフォルニアにおける一千名の短期農業労務者の問題であります。もう一つ、スイスでいわゆる国際農友会の農業実習生、八カ月もしくは一年間であります。これは費用が農業実習生の方は
政府が半額を出して、府県が四分の一、本人が四分の一でありますし、宿所は農家に泊って私生活も一緒にする、食費はかからないということですから、農業実習生の場合は同じ経費でもおのずから全然別個で、個人として技術その他を修得するのに大いに役立っておる、こう思っております。
問題になりますのは、同じ短期労務者としてドイツとアメリカと両方に行っておるわけであります。そしてドイツの方は、ドイツの国内労働法の保護を受けておるわけです。完全にドイツの炭鉱労働者と同じ規定の上に立って、賃金の取得も、労働時間も、労働法も一緒にされておるのだが、アメリカのカリフォルニアに行っておりますのは——片一方は全部三班そろいましても二百四十名ですけれ
ども、しかもそれは集団的にルール炭田の一地方に同じ条件の労働に従事しておるのですから、おのずから取扱いの
方法があります。アメリカのあの広大な地域に一千名を送り込んでおる。しかもそれは北部と南部とは全く待遇が違い、労働条件が違う。そこへ持ってきまして、一昨年の七月ごろから募集して、九月に第一班が行って、昨年六月まで大体予定の一千名が行っている。そうすると、今後、三十二年度に一千名が行き、三十三年度に一千名が行く、都合大体三千名という目途であったにかかわらず、第二年度の三十二年度は一人も行けなくなっているわけですね、それはアメリカの国内問題が発生していて行けないわけですね。そうしますと、当初計画したものと全然
事情が違ってきているということが問題になってくるわけです。
それでこの問題は、原君から指摘されたアメリカのいわゆる栽培者協会の雇い主側とこちらとの契約条項の問題もありますが、もう一つ基本的にアメリカ
政府と
日本政府と
話し合いができていないということです。あなたはどうお
考えになっていらっしゃるか知りませんが、あなたもアメリカへ行っておられますが、しかしこの問題については、アメリカでは国務省や農務省や労働省や法務省がみな連合
会議をしておりますし、アメリカの下院の法務
委員会においては公聴会まで開いて、この問題は政治問題になっているわけです。アメリカにおける
日本の短期農業労務者というものはそんな簡単なものではない、非常に政治問題化しておる。そして下院の法務
委員会の結果、
関係三省の現地視察の
調査まで出ておるという
状態です。
現実に私はオックスラード農場の視察に参りましたし、自民党の保利茂君はメキシコ側のベラ農場の現地視察に同時に行っております。
事情を直接見聞して参ったのですが、あなたの楽観しているように、
日本とアメリカとの友好
関係を保持しようとか、このことを日米のかけ橋にしようとかいうような意図がもしあなたにおありならば、全然お
考えになっているのと違った条件が出ておるわけです。その点は
外務省は少し勉強が足りぬ、私はそう思うのです。
所管の方はどういう
見解をとっておられるか知らぬが、西独の方は、去年私は行きましたけれ
ども、昨年三月二十四日にたった五十九名しか行っておりませんのに、それぞれこの人々を出発させた大きな会社、たとえば三井、三菱、住友などというのは、鉱業所の鉱務課長もしくは庶務課長等のりっぱな人も現地に行って、その人々がドイツ語の修得や生活環境になれるまで、三月ないし四月、長い人は一年近く現地に残って労務者の補導に当っておる。さらに西独の場合は、あなたも御存じだろうと思うのですが、労働省の法規課長をしておった石黒拓爾君を
外務省に籍を移させて、ボンの大使館に参事官として配置をして、わずか五十九名の——今になりますと二百四十名ですが、当時私が行きました七月にはわずか五十九名の西独におります炭鉱労働者のために、この西独のルール炭田の労働者と、現地の使用者側、あるいは
政府側等との調節に当っておる。それほど労働省の方は、事この短期の炭鉱
関係の労働者に対しては、きわめて慎重を期していっております。
ところがアメリカへ行っておりますのは、その規模においてはるかに違う。一千人を送り出し、さらに年々三年にわたって三千名を出しますということになりますと、これは当然政治問題化し、社会問題化するのは当りまえのことなんですが、一体
外務省はどうしておられるのかということです。大体ロスアンゼルスの総領事なんかもてあましておるのですよ。迷惑ですからね、率直に言うと。総領事館の方はもう定員がきまっているのですからね。総領事館というから大きいかというと、五人か二人しかいないところがあるのですからね。それをあのアメリカのカリフォルニアの大きなところに一千名も押しつけて、その監督を一体ロスアンゼルスもサンフランシスコも総領事館がやれると思うのがおかしいのですよ。できませんよ。一体
外務省はこれだけの人を送り出しておいて、これはどうするのか。いろいろな事故が起るのは当りまえですよ。いろいろな事故が起っていますよ。保利茂君が行ったペラ農場なんかは、九州組が行っているのですが、暴動一歩手前だという非常に騒然たるところへ行って慰めてきた、彼も色をなして視察から帰ってきました。そういう現状をなしているのに、
外務省は一千名、今後はまた一千名、全部開拓訓練所か農業伝習所で十日間も訓練して、当分の間待機しているのです。この問題は
あとで申し上げますが、そういう現地へ送り出したことに対する責任は、一体あなたはどうなさっておるのか。労働省では石黒参事官を現地に送っているのですよ。わずか二百名前後の、現在いる二百四十名の人に対して、ボンの大使館に参事官を送っているが、一体アメリカの方にはどういう
措置をされているのか。この点について責任を明らかにしてもらいたいと思います。