○
生田委員 私
たちが心配をしておりました
南海丸の避難の件は、今
運輸当局の御
説明によれば、悲しくも事実と相なったのでございまして、私
たちは
南海丸の
遭難された
方々に対しましては、深甚な
哀悼の意を表します。
そこでこの
事件についてわれわれが
運輸当局に
お尋ねをいたしたいと思いますのは、これを
二つに分けて、
一つは
南海丸の
沈没の
現場を一日も早く、一秒も早くこれを確かめて、
遭難者百六十四名の遺体の取り出し、またこれを御
家族にお引き渡しをする、こういう最も急を要することが、今何
一つも現実の事実となって出てきていない。このことは、二十六日の十八時三十分に
遭難をして以来すでに二日になろうとしておりますが、どうしてその
遭難の
現場を、確かめることができないのであろうか、これがわれわれの第一番の疑問です。今御
説明によれば、第五
管区からはたくさんの船を出し、あるいは他の
管区から
ヘリコプターその他の
飛行機の
救援を仰いでやっておられるといいますが、
沼島の南、
潮崎の
南方二海里と大体
想像がついておるその船の
遭難の
現場を、なぜ今もって押えることができないのであろうか、これが私実は
最大の疑問であります。それで単に
救援を仰いで
捜査を開始しておるということではなしに、どのような
捜査をされておるのか、船の
所在を確かめるためにはどのような
方法があるのか、たとえば
レーダーで調べてみるとか、あるいは網を張って引いてみるとか、
水深三十ないし四十メートルで、そう深いところとも想えないところにある船が、しかも五百トンという大きい船が、なぜわからないのであろうか、このことについて
お尋ねをいたしたいのでございます。
それから第二番目のことでございますが、私どもは三十年の五月に
高松の港外で
紫雲丸の
遭難の事実を持ちましたが、あの当時の
考え方としては、
日本の近海で、特に瀬戸内で
定期旅客船が
遭難をして
人命を失うがごときは再びないものだ、またそのようにしてはならないという決意をもって、
運輸当局においても
海運行政について深甚の
考慮を払われたい、こういうことを望んできましたし、また
日本の
内海航路を持っておりまする
旅客船の
会社としましても、これは片時も忘れてはならない大切なことなのでありますが、今またこういう事実が発生をした。確かにこれは
原因があるに違いない。従来の
経過に徴しましても、たとえば
洞爺丸の
事件は、三年もたった今日に、ようやくその
原因あるいは
責任の
所在が明らかにされようとしておる
状態でございます。
紫雲丸については、一年を
経過しましたときにおいてもまだはっきりしておりませんでした。そこで、この
海難の
原因とか
責任とかいうものは、きわめてあいまいな
状態で、その
責任の
所在がぼやかされておるというのが従来の例である。ところがこの場合にはよほど問題が局限せられておると思うのであります。その
原因を確かめていけば確かに確かめられる
状況にある。といいますのは、確かにそれは
南海丸の
乗組員あるいは
乗客全部が死亡しておると推定されますので、
生存者の口からこれを聞くことはできなくとも、船が
小松島の港を出たのが二十六日の午後五時半であって、
遭難をしたのが六時半だと推定せられているし、その
場所も
淡路島の
潮崎の
南方二海里ということがはっきりわかっているのでございますから、それまでの
経過をずっと推していけばわからないはずはない。
そこで私が
お尋ねしたいと思いますのは、今までの御
説明によれば、潮の流れが潮時において
幾らであったとか、あるいは
風速が
幾らであったとかいうことは御
説明がありましたが、まず一番にあの
付近の
海上の
状況というものを御
説明になっておらない。私の承知している限りでは、私は
四国の
人間でございますから、毎年
小松島から
神戸、
大阪まで往復五、六回は船に乗るわけでございますが、そのときに、どんな平穏なときでも、
潮崎の
南方二海里
程度のところでは常に船がゆれます。千トン級の船でもゆれる。特にあの
付近では
南風が吹いてきたときには
——あの
付近ではこれをマゼといっておりますが、
南風が吹いてきたときには、
太平洋の
うねりがあの
紀伊水道に入ってくるので、大きな
うねりになって、それが
沼島の
南方海上で
鳴門海峡から吐き出してくる
潮流と合せて複雑な海の
状態になるので、あそこが一番むずかしいとなっているところです。しばしばわれわれもあの
付近を航行中に荒天にあって、
沼島の湾内に避難したことも二度や三度ではございません。そういうような
状態である。どういうふうな海の
状態であるかということは、あなた方は少しも御
説明になっていないので、われわれはなぜこれが
沈没する、あるいは転覆するというような事態が起きたかということを
——地理的条件とか、
気象条件とかいうものをただ言うだけであって、そうしてそのときの
状況を知らないから、ぴんとこないのです。もしこの船が
小松島から五時半に出るというときには、
沼島にかかったときの時間的な
考慮を払ってみると、今この
資料で見ますと、
潮流においては
最大の
潮流の時期であったと書いてある。それから
風速においては秒速十七となっておりますが、これは大した風ではございませんが、それには
うねりというものがついてきて、そうして船の足を払っている。また
鳴門海峡から出てきた
潮流によって船の足を払われている。その逆に、
突風が
南方から吹いてきてそうして船をますます傾
けさせた、こういうことがわれわれしろうとにおいても
想像されるのです。そういうような
条件というものは、船長においても、また第五
管区においても、あるいは
神戸の
気象台においてもよくことれは御存じのはずです。そうすると、
和達君の御
説明によれば、
NHKとか、あるいは
四国放送とか、あるいはまた
電話等で五時には
通報をしてある。しかし船は五時半に出ている、こういうのですが、
電報でいけば三十分かかる、こういうように言っておられますが、もし
ラジオの
気象通報というものを船が聞いていなかったときにはどうなるか。そうすると、五時三十分に出たというその船には
電報で五時に
通知をしたのですから、三十分かかると見て、船の出港時には
電報が届くか届かないか、時間的に見るならば、あるいは受け取っていないかもしれない、あるいは受け取っているかもしれない、こういうことになるわけです。ところが私が聞いておりますのでは、これは私の郷里から
電話で言ってきたのですが、二十六日の午後四時ごろから五時半ごろまでは、これは私が
電話で聞いた話ですが、相撲の
放送に聞き入っておって、おそらく船の中においてもそうであったし、また港の
船会社の事務所においてもそうであって、
ラジオあるいはテレビではそのときには
気象通報を聞いておらぬ、こういうことを
電話で私のところに言ってきたものがある。これは私の
留守宅から言ってきたもので、
船会社に
関係のあるもののニュースですから、確度は非常に高いと思いますが、そう言ってきたものがある。そういうような
状態も聞いてみて、
ラジオによって流した
気象通報というものは船が受け取っていない、
重報を打ったけれども間に合わないということで船は出港したのではないか、こういう感じもするわけですが、その辺についてはあなた方の方では
現地についてよくお調べのことだと思うのですが、たとえば
電報を受け取っておったとか、受け取っていないとか、そういう確認されたことがありましたならば、
責任の
所在というものはそこではっきりしてくる。船の方が悪いか、あるいは
気象通報について十分な
通報ができておったかどうか、それらもはっきりしてくると思う。
またもう
一つお尋ねしたいと思いますのは、この船でございますが、私はしばしばこの船にも乗った一人でございますが、これもある
海運関係の人から聞いたのですが、海の荒い、天候の悪いときには、
南海電車のやっている船はお見合せになった方がよかろう、こう言って私に忠告してくれた人がございます。それをよく聞いてみますと、あの船は
速力第一
主義で作ってある船である、こういうことでございまして、大きなエンジンを載せて、そうして船の構造が重心が上っておって
安定性が少い。実は
復原力というものは非常によく
考えてあるのだ、こういっているようではあるけれども、実際は
復原力は鈍いのだ、それで海の荒れたときには気をおつけになった方がいいでしょう、こう言って忠告してくれた人もございますが、今
本件が起きましていろいろ聞いてみますと、日立造船では、十分に
復原力を注意して作ってあるという説もあれば、実はあれは
速力第一
主義であって、船の
安定性はきわめて低いのである、こう言う人もある。しかしながら、これは
想像でございますが、
小松島から
大阪まで七時間を要するという時間的な
負担というものが、
四国の島の
人間には大きな
負担になっておりますから、何とか短かい時間で本州に渡りたいという
気持が多分にある。
南海電車の方がその
気持をくんで、
大阪から一時間で
和歌山に着く、
和歌山から二時間半ないし三時間で
小松島に着く、
大阪から四時間でやっていけるというので、それが魅力になってこの
航路というものが経営されているのですから、
速力第一
主義であるということは間違いのない事実だと思うのですが、運輸省の方はこの船の
性能検査もしたことでございましょうし、この船が果して
復原力においてあるいは
凌波性において十分なものであったかどうか、あるいは不十分でありながらも、これは
内海航路に就航さすのであるから、この
程度ならば安全であろうというようなお
考えがあって、多少の危険は
考えられても、その
船体の
性能検査はこれをパスさせてあったのか、何かそういう点においてお
考えがあると思いますから、これも
一つ私
たちとしては確かめてみたい。そうしたならばこの
遭難の
原因の
所在というものが割とはっきりするのではないか、こういうつもりでいるわけですが、
原因については、
気象通報上の問題、あるいは
現場の
海上の
条件、あるいはまた船の
復原力あるいは
凌波性に対する
性能というものをまず調べてみれば、案外
遭難の
原因というものがわかってくるのではないか、こういう気がしますので
お尋ねをするわけですが、以上
救難についての船の位置がまだ確かめられないというのはどういう
原因であるか、あるいはまたもう
一つの問題は
遭難の
原因はどこにあったか、この
二つについてそれぞれ
関係者からお聞かせを願いたい。