○矢嶋
参議院議員 ただいま議題となりました
教育公務員特例法の一部を
改正する
法律案につきまして、発議者を代表いたしましてその提案理由を御説明申し上げます。
教育公務員特例法が制定されました折の政府の提案理由には、「
教員の地位を確立し、もって
教員をしてその職務に専念させることは、教育刷新、教育
振興の基礎条件であり」と述べられており、さらに「国家公務員の規定を全面的にそのまま
学校教員に対して適用することは、その職務と責任の特殊性にかんがみるとき、必ずしも適当でなく、かつ、不十分と思われる点もあるのである。」と述べております。すなわち本法は、これらの理由から明らかでありますように、広く国立及び公立の幼稚園から大学までの学長、校長、
教員等に適用される国及び地方を通じた教育公務員の特殊性を規定いたしているのであります。
本法成立の際の参議院文部
委員長の本会議における報告には、これら教育公務員の職務は、一般公務員の行う行政事務と異なり、人間を育成する個性を帯びた創造的な活動であると述べ、国家権力による統制を制限し、教育界に広範な自治を認め、いわゆる教育権の独立を確保する必要があることが強調されております。ここに提案いたしました本法案は、教育公務員に対するこれらの立法趣旨に照らして、現在教育界において最も重大な問題となっております
教員の
勤務評定を画一的に実施しないようにいたそうとするため、
教育公務員特例法に所要の
改正を加えるものであります。
以下本
改正を必要とする理由について御説明いたしたいと存じます。
国家公務員に対する
勤務評定の制度は、
昭和二十二年国家公務員法第七十二条に定めるところでありますが、人事院が評定に関し必要な人事院規則を制定いたしましたのは
昭和二十六年であり、その間実に四年を経過しているのであります。一般公務員に対する評定の実施基準の制定にさえ四カ年を要したことは、人間の評価がいかに困難なものであるかということを示していると思われるのであります。
この人事院規則の制定に伴いまして、文部省は人事院と協議し、各省に先がけて
昭和二十七年十二月訓令をもって文部省職員
勤務評定実施規程を定めておりますが、その第一条では、
教育公務員特例法の規定の適用または準用を受けるものはこの実施規程によらない旨を定めております。もちろん
教育公務員特例法第十二条には、大学の教育等について勤務成績を評定する規定がありますが、評定及び評定の結果に応じた措置は、その評定基準を定めることも含めて、それぞれの大学がその管理機関において自治的に行うことになっているのであります。一方、大学以外の幼稚園、小、中、
高等学校の
教員については、
教育公務員特例法には別に規定がないのであります。従いまして国家公務員であるこれらの
学校の
教員、すなわち国立大学付属の幼稚園、小、中、
高等学校、国立
高等学校等の
教員については
勤務評定の基準がなかったのであります。しかし、
昭和二十八年以来文部省は、これら
教員の
勤務評定もそれぞれの
学校が自主的にこれを実施すべきことを通知しているのであります。要するに国家公務員である教育公務員の
勤務評定は、大学の
教員については法の定めるところによって大学の自治にゆだねられ、
高等学校以下の
教員についてもその自主的評定にゆだねられていたのであります。
これらの措置は、
教員に対する評定基準の制定がいかに困難であるかということの証拠であるとともに、
教員の特殊性を認め、制定を強行しなかった当時の文部省及び人事院の良識であるとも申せるかと存じます。
教育公務員特例法の制定は
昭和二十四年でありますが、現在七十二の国立大学のうち、果して幾つの大学がその
教員について画一的な評定を行なっているでありましょうか。私どもは寡聞にしてその事実を知りません。大学管理機関が議定した合理的な基準に従って学長以下助手に至る教育公務員の
勤務評定が画一的に実施されている大学など、おそらく絶無であろうと思うのであります。
さきに述べましたように、大学以外の
学校の国家公務員である
教員の
勤務評定に関する規程は、
昭和二十七年以来きわめて最近までその
学校の自主的運用にゆだねられてきたのでありますが、本年七月二十九日公布の文部省訓令によりまして、突如としてその適用を受けることになったのであります。御承知の通り、新たに制定されました文部省訓令による評定の実施要領は、一般公務員と教育公務員との間に何ら本質的な差異を認めないものでありまして、教育公務員の
勤務評定制度に対する五カ年間の研究検討の結果とは考えられないのでありす。このように
教員の特殊性を無視した実施規程がにわかに制定されましたことは、まことに不可解であり、関係大学当事者から反対の声が高いのも当然であると考えられるのであります。
翻って地方公務員についてみまするに、地方公務員法第四十条におきましては、任命権者が
勤務評定を実施することになっており、県費負担の教職員の
勤務評定は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十六条におきまして、都道府県教育
委員会の計画のもとに市町村教育
委員会が行うこととなっております。なるほど、法は地方の教育公務員につきまして、
勤務評定の実施を定めているのでありますが、果してその実施の状況はいかがでありましたでしょうか。地方公務員法の制定は
昭和二十五年十二月でありますが、自来七カ年幾つの地方公共団体におきまして、
教員に対する評定が実施されたでありましょうか。昨年愛媛県に端を発しました
教員の
勤務評定は、国をあげての大問題となり、地方教育公務員の
勤務評定制度がいかに困難であるかということを如実に示したのでありました。国家公務員である
教員に対する文部省の新訓令が、この問題の渦中において公布されましたことは、まことに重大であります。しかも最近の文部省は、教育
委員会に対し、その自主性にゆだねられている
教員の
勤務評定について、その実施を強要するがごとき言動をなし、あらゆる機会にそれを公言してはばからず、その実施基準の制定をさえ計画しているのであります。これこそ地方自治と教育の地方分権に対する重大な侵犯であります。
次に
教員の
勤務評定制度の教育上の逆効果について申し述べたいと思います。教育の効果が教育者の人格によって大きな影響を持つことは申すまでもありません。特に青少年に対してはその影響が大きいのであります。人事院規則等によっても
勤務評定はその職務についての評定を行うとされていますが、今さら申すまでもなく
教員は
学校教育法第二十八条によってその職務が明確にされております。すなわち「児童生徒の教育を掌る」とあり、その職務は憲法、教育基本法等によって独立し他のものに侵されることのないものであります。このような立場にある
教員に対し
勤務評定を実施せんとするならば、教育の内容に介入せねばできないことであり、これは教育の独立性と自由を束縛するものと考えられます。さらに勤務の評定はその人の人格評価になることと思います。文部省の新規程にも「性格」「能力」「適正」に対する調整評価を実施することが定められてあります。果して教育者に対しこのような機械的な評価が適当であり可能であると考えられましょうか、全く不可能であります。
教員の場合は、その評定結果によってとられた措置による影響はその
教員一個にとどまりません。評定の結果がいかに秘匿されましても、その措置の結果は表面に出てくるのであります。その影響は直ちにその
教員の教え子である児童生徒に及ぶでありましょう。児童生徒だけではなく、PTAという組織を通じて、おそるべき影響は、さらに大きく教育効果を支配するでありましょう。児童生徒の教育は子供たちの教師に対する信頼と尊敬から始まります。評定の結果はその信頼と尊敬とをゆるがすこともあり得ます。そして教育が根本的に破壊されるのであります。
教員に対する
勤務評定の困難さは、評定実施の単なる技術問題だけではなく、教育という根本使命に重大な関連を持っております。その本質的問題はにわかの実施によってにわかに解決できるものではありません。
次に申し述べたいことは評定結果の活用措置であります。国家公務員の
勤務評定が能率増進の措置であることは法の定めるところであります。人事院は国家公務員法制定以来勤務成績優秀な者に対して特別昇給制度を実施しておりますが、勤務成績の著しく不良な者に対する矯正方法についてはいまだ研究中であって立案に至らず、法に定める適当な措置を講ずるに至っていないのであります。しかるに近来財政の逼迫した地方において、
勤務評定結果を直ちに職員の昇給、昇格停止の資料として使用する傾向を生じましたことは、まことにおそるべき評定の乱用と申さねばなりません。さらに残念なことは、昇給停止の目的にのみ
勤務評定を実施しようとする実情にあることであります。一般公務員に対するこれらの措置が職員間の不和、嫉視を招き、職員の勤務能率の増進とはほど遠い拙策であることは申すまでもありませんが、特に
教員に対するこれらの措置は
教員の疑心、阿諛、追従に発展し、教育が権力に支配され、その中立性が確保されず、憲法に定める学問の自由が根本的に脅かされることとなるのであります。これらの現象はすでに評定をいまだ実施していない大多数の
学校においても、実施強行の声におびえて、相当顕著に見られるに至ったと伝えられているのでありまして、まことにゆゆしい事態と申さねばなりません。近時順法精神を強調する声も多いようであり、法の制定後、何年間も適正に実施できなかった教育公務員の
勤務評定を強行実施することが、順法の美挙であるかのごとく言われておりますが、立法の府にあります私どもは実態に即した法の
改正をなすべきであると考えるのであります。国立大学の
教員に対する
勤務評定は、
教育公務員特例法の制定以来すでに九カ年、ほとんど完全に実施されないで今日に至っているのであり、大学以外の諸
学校の
教員についても国家、地方両公務員を通じて、これまた九カ年ないし七カ年間の長きにわたって、文部省が今回企図しているような評定はほとんど実施されていないような実情にあったのであります。何のために今日にわかにこれを実施に移そうとするのでありましょうか。その意図するところに多大の疑問を抱かざるを得ないのであります。
以上、今日
教員の
勤務評定の実施がほとんど不可能に近く、教育上実施にきわめて大きな障害があることを申し述べました。実際
教員に
勤務評定を実施しないと、どんな障害がありましょうか、教育上実施に害こそあれ、実施しないことによる実害はないのであります。この際実態に即して、教育公務員に対する
勤務評定の制度を国家、地方両公務員を通じて実施しないことが最も時宜に適した措置であると考え、本
改正法案を
提出した次第であります。
次に本
法律案の内容を簡単に御説明いたします。すなわち
教育公務員特例法第十二条の削除、教育公務員に対する国家公務員法第七十二条及び地方公務員法第四十条の不適用を規定いたしたのであります。従いまして付則におきまして地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四十六条を削除いたすことといたしました。
以上本
法律案の提案の理由とその内容について御説明申し上げました。
何とぞ慎重御審議の上御可決下さいますようお願い申し上げます。(拍手)