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岡田参考人 当社の最近におきます
活動状況につきまして、
お話を申し上げさせていただきます。
先ほど
局長から、大体の
当社の来
年度予算要求に関連いたしまして
お話があったのでございますが、私といたしましては、三十二
年度におきまする最近の
活動状況について
お話をさせていただきたいと思います。
三十一
年度におきましては、
当社が三十年の十二月に
設立されました
関係上、三十一
年度は、どっちかといいますと、
会社の
態勢を整えるというところに
主力が置かれまして、
帝石から
試掘の人間あるいはその他諸般の
機械あるいは鉱区の譲り受け、いろいろ
準備態勢に
相当の時間を食ったのであります。
会社の
活動といたしましては
調査探鉱、特に
地震探鉱その他の
調査段階に
主力を置きました結果、
試掘の点におきましては、やや伸びが悪かったのであります。三十
年度二十坑掘りましたのに対しまして、三十一
年度は十七
坑程度しか掘れなかったような
状態でございます。しかし、本
年度に入りますと、さような
準備の
段階はおおむね完了いたしましたので、いよいよ本格的な
活動状態に入ったのであります。
今
年度におきましては、前
年度に引き続きまして
地質調査に力を注ぎながらも、一方において直接
油田の
発見につながりまするところの
試掘にも重点を置いた次第でございます。すなわち、
地表の
調査の班といたしましては八十九班、
重力探鉱の
関係におきましては十四班、
地震探鉱の
関係では二十七班を編成いたしまして、無着手であるとか、あるいは不完全な
調査地域であります
北海道、関東の諸
地域を
調査いたしますと同時に、
調査は一応できておりますけれども、さらに
精密調査を行わねばならない、あるいはいろいろの
調査を接続して、
総合的な
調査を行わなければならぬという
関係の
裏日本の方の
調査、かようなものをやったのであります。
特にその点を申し上げますれば、
陸上地震探鉱におきましては、前
年度に引き続きまして、
ドイツの
プラクラ会社の援助のもとに、
新潟県の平野を
探鉱いたしました。それからまた、私の
会社自体の班による
調査の結果といたしましては、
北海道の月寒、新琴似を初めといたしまして
秋田、
山形の各
地域に有望な
集油構造を
発見いたしております。一方
海上地震探鉱におきましては
柏崎沖、
新潟沖、
庄内沖においてそれぞれ
集油構造を
発見いたしました。これが特に
秋田沖につきましては、昨
年度の
調査によりまして、昨
年度はGSIと申しますジオフィジカル・サーべ一・インターナショナルという
アメリカの
会社でございます。これによりまして
四つほどの
集油構造を概略つかまえておったのであります。本
年度、
当社の
地震探鉱班によりましてその
地域を再度精密に
調査いたしました結果、それぞれ正確に
集油構造が把握できたのであります。しかも、この
海底でつかまえました
集油構造につきましては、その、露頭が
海底にずっと連結いたしております。また八橋から黒川、豊川あるいは
院内等につながります一系列の
産油地帯のものが、一度海に沈みまして、さらに上ったところに該当をいたすのであります。われわれの現在までの
調査によりますれば、この海の
構造は、
八橋油田に匹敵するようなものが必ずや
発見できるであろうという確信を現在持ってきた次第でございます。
次に、
試掘の
作業でございますが、本
年度は昨
年度の十七坑に対しまして三十四坑、掘
進メーター数で申しますれば昨
年度二万四千
メーターに対しまして五万二千
メーターと、大幅な
増加を
計画しておるのであります。このために、
アメリカから新鋭掘さく
機械三台を輸入いたしまして掘
進率の
向上をはかり、あるいは
重量運搬車その他の
機動力を増強いたし、あるいは予備やぐらを持ちまして
準備期間を短縮する、あるいは掘っておる途中で出てきますところの掘りくずを検査いたしまして、
地層の
状況を把握するという装置を作りますことによる
コーワ掘りを節約するというようないろいろの
能率向上策をはかりまして、本年半ばまでの実績からいいますと、五万二千
メーターの半分は完全に消化いたしております。その結果得ました
成績といたしましては、
新潟県
田麦山地区におきまして、一
号井は、昨
年度千五百
メーター付近で掘りどめ、その途中見つけておりました
油層の
試錐というものをやりましたところへ雪が降りましたので、この
仕上げ作業は本
年度に持ち越したのでございますが、雪が解けまして再開後、五月二十五日に至りまして
田麦山が
噴油をいたしました。大体
日産三十キロ
リッターの
噴油を見たのでございます。これはまだ油を運搬する
設備等が完備しておりませんので、貯油槽の満杯によりましてこれを締めまして、その後引き続き現在七
号井まで
試掘を継続いたしておるのであります。そのうち一
号井から約南西二百
メーターの位置に
傾斜掘りをいたしました三
号井におきましては、千二百六十
メーターから千二百七十
メーターの間において
油層を
発見いたしまして、
日産約六十キロ
リッターの
噴油を見ておるのであります。現在締めておりますけれども、
田麦山にお客様が見えますたびにこれを開いてごらんに入れるのでありますが、一昨日でございましたか、
白濱政務次官のお供をしまして三べん目にもう一ぺん行ってみましたけれども、非常に勢いよくふくのであります。これらの
状態から、
田麦山は
相当の
油田であろうということは確認いたしておるのであります。
目下開発銀行に対しまして、
開発資金の
融資について
お願いをいたしております。
銀行へ出します
資料といたしましては、三十一万キロ
リッターの
油田であるということでお願をいたしております。
八橋油田が、現在
日本一の
油田になっておりますが、
発見当初におきましては、かなり小さなものであるように思ったものが、二十年の間の探掘によりまして、現在
日本一の
油田まで成長いたしたのであります。
田麦山が、三十一万キロ
リッターに終るものとは思っておりませんけれども、現在
銀行で
融資を出すという意味合いにおきましては、三十一万キロ
リッターという確実な数量を押えておるわけでございます。現在七
号井まで掘っておりますものが、結果が明らかになりますれば、さらに
確実性が増してくるわけであります。このほか、
北海道の
茨戸、札幌の北約八キロくらいのところに掘りましたものが、
ガス並びに油を見ております。
秋田県の
北金浦地区におきましても、油の徴候を押えております。
山形県の桝川
地区においても押えておりますが、特に同じく
新潟県の八石、ここにおきましては、現在試油中でありますけれども、約四十メートルの厚きにわたって、
油徴を見ておりますので、この試油が成功いたしますれば、
相当入れものは大きいのでございます。これは入れものの大きさからいいますと、
田麦山より
相当大きいように予定いたしております。かような結果を現在持っておるのであります。この八石
地区と申しまするのは、二十年来、油があるであろうということは、予測されておったのでございますけれども、
崩壊性の
ザク層が非常に多いために、従来掘りかけましても、全部失敗しておりました
地区であります。私どもの方におきましては、強力な
機械と泥水の
科学的研究を完成いたしましたために、現在千メートルまでいっております。
現在
作業中のものも含めまして、
当社五カ年
計画の
関係でやりました
総合の結果を申し上げますと、
地表調査では十月末までに二百十六班の
活動をいたしております。
重力探鉱は、二十七班、
地震探鉱は
陸上で七坑、
海上で四坑、
試掘が五十二坑であります。これは
内訳は三十
年度に二十坑、三十一
年度に十七坑、三十二
年度十月までに十五坑でございます。
次に、先ほど
局長が三十二
年度の
予算の
内容については
お話しに相なりましたので、重複することを避けさせていただきまして、今後の
当社の
活動の
見通し、ないしは
国産原油の将来の
見通しにつきまして、若干
お話をさしていただきたいと思うのであります。
わが国の
エルギー供給におきまする
石油に対する
依存度は、石炭が
増産をされる、あるいは
原子力発電ができるという
状態になりましても、なお急増する
状況でございまして、
通産省の
産業合理化審議会エネルギー部会が、昨年の十二月
通産大臣に
答申いたしました
長期エネルギーの
見通しによりますると、
昭和三十一
年度に千二百三十万キロ
リッターでありました
石油製品の
需要は、三十七年には二千五百万キロ
リッター、倍になる、五十年におきましては、さらに三十七年の二倍強になるのだということが予想されておるようであります。しかも一方
原油供給の九七%までが海外に依存しておるということは、はなはだしく
原油供給源の不安定を思わしめるのでありまして、何とかしてこの安定した
供給を確保せねばなるまいというふうに考えるのであります。従来、
原油生産の見るべきもののなかった
ヨーロッパ諸国、
ドイツ、
フランス、
イタリア等におきまして、第二次
世界大戦終了後、
国産原油の
増産に異常な
努力をいたしました結果、それぞれ目ざましい
成績を上げておりますことは、
当社が
設立相なりますときのいろいろな考慮の中に、
一つの大きな刺激となったことは周知の事実であると思うのであります。たとえば西
ドイツが、戦前七十万キロ
リッターであったものが、一九五六年には三百万トンを優に突破いたしまして、
国内需要の三分の一
程度のものを充足しておる。これは約一万一千くらいに
相当する、高率な
保護関税から、
国内の
石油業者が
自己資本を持つ、ないし
政府も若干の
財政投資をしておるというふうなことからくる莫大な
探鉱の量というものが、これをもたらしたものであろうかと思います。また、今次
大戦の直後においては、本国でわずか五、六万キロ
リッターしか出なかった
フランスが、パレテイスという大
油田を
発見したことにもよりますけれども、現在では百五十万トンくらいになっている。
イタリアでは一万トン足らずであったものが、シシリー島を
中心として六十万トンくらいの
生産をすでに上げている、かような
状態でございます。
翻って、
わが国の
地質の
状況を概観いたしますと、
石油を含有すると認められておりますところの第
三紀層ないし
白亜層は
ヨーロッパ諸国に比べまして負けておらぬのであります。しかも、先ほど申し上げましたように、
秋田、
山形、
新潟地方の
海底には、非常に有望な
原油地帯が確認されておる
状態でありますから、
わが国といたしまして、それらの国に劣らぬだけの
努力をいたしますならば、必ずや
石油の
増産が期待できると思うのであります。現に
当社が
設立されまして以来の
成績を見ましても、
田麦山、小さいけれども
北海道の
茨戸、すでに確認できると思います八石、かようなものを入れますと、当る率がかなり多いのであります。
当社が
設立前、三十年の
鉱山局委託井戸というものを入れましても五十二坑であります。もし、それを除きまして、
当社設立後に掘った
井戸を計算しますと、三十二坑であります。それで四カ所くらいのものが見つかったということは、
日本には油があるのだということを、すでに立証しておるものとも思うのであります。
昭和二十八年の
石油および
可燃性天然ガス資源開発審議会が
通産大臣に提出されました
石油資源総合開発に関する
答申の基礎というものも、やはりこの考え方に立っておるものと思うのであります。先ほど
局長が申されましたように、その後改訂をされておりますが、改訂版によりますと、五カ年間に
試掘を二百七十坑、
探鉱資金は約百七十億を投じて
開発をやれば、五年後に百万キロリットルの
国産原油ができるということに相なっておるのであります。
当社の
事業計画は、この
答申に含まれております五カ年
計画に基いてやっておるのでありますが、
当社設立後の
資金調達の実情は、先ほど
局長も申されましたが、五十一億三千五百万円であります。三十二
年度について申し上げますと、
政府出資について十八億円の
予算要求をいたしましたものが、十五億円承認を得たのであります。これは過去においての
政府民間半々という原則を破っていただきました意味において、非常にありがたいのでありますが、その後さらに緊縮の
関係で一割延びております。十三億五千万円というのが
政府出資の現状であります。三十三
年度は二十六億四千六百万円の
政府出資を
お願いいたしておるのでありますが、
民間の
出資八億円というものも、なかなか困難な問題が随伴しておると思うのであります。特に私どもの
資金調達につきまして、従来とも非常に困難を感じておりますのは、
予算がその年その年にぽつんぽつんときめられる。しかるに、当初の
事業計画は長期にわたって動いている。このつながりがうまくいかぬ点が、非常につらいのであります。先ほど
局長の御
説明に、来
年度は海をやるので、その
設備の
要求として四億円、大体十億
設備が要るとしまして四億を計上しておるのでありますが、その四億計上しておるものにいたしましても、
予算のめどがつかぬと、手当がいたしかねる。ところが、
予算のめどがつきますのは、来年の一月くらいになろうと思うのであります。かような意味で、絶えず
設備その他いろいろな
準備がおくれがちになりますが、かりに、
ドイツのような関税
収入ないしは
フランス、
イタリア等におきまするような消費税の
関係というふうなものが、
国内石油の
開発に結びつくといたしますれば、ちょうど
日本で申しますと、道路がさような建前になっておるのでありますが、さようなことにでもなりますれば、
予算はそのつどきまるといたしましても、大体どのくらい
予算がいただけるかという腹づもりができるわけで、
事業計画を立てやすいのじゃないかと思うのであります。本年の上期におきまして、実績を見ますと、
石油の揮発油税が三百四億円、軽油引取税が三十七億円ほど、合計いたしまして三百四十億くらいのものがすでに道路に直結をいたしております。道路へ直結いたしておりません関税
収入といたしましても、八月までの実績を押えたのでありますが、九月を八月と同じくらいといたしましても、上期で三十億円を出る
石油関税
収入がございます。これを下期同額といたしますれば年間に関税
収入でも六十億をこえるものが入るのじゃなかろうかと考えられるのであります。この
石油の消費税ないしは関税というものが、一部分でも
石油の
国産原油の
開発ということに
ドイツなり
フランス流にやっていただくことができるといたしますれば、
当社の
事業計画遂行の上に非常に役に立つのじゃ、なかろうかと、勝手な希望ではございますけれども念願いたしておるのであります。私どもといたしましては、五カ年
計画による年産百万キロ
リッターで満足すべきものではないと考えておるのであります。これを基礎といたしまして、さらに回転を続けて、もっと大きい
国産原油を確保する一方、かような
努力を続ける過程におきまして、
技術及び
設備が世界一流の水準に達するということに相なりますれば、国の要請として海外
油田の
開発ということが出てくるような場合におきましても、いつでもそれに対応し得るという
態勢ができるのではないかと予測をいたしておるのであります。さような意味におきまして、この機会に特に
当社の
資金確保の点につきまして
お願いをさせていただいた次第でございます。