○渡辺
参考人 渡辺でございます。
人工衛星に関する政治、経済、軍事というふうな問題で話をしろということでございますが、十五分くらいということでございますから、特にこの
委員会が科学技術特別
委員会でありますので、そういう点に中心を置きまして、科学技術の発展が国際軍事外交
情勢というものにどういうふうな影響を及ぼしつつあるかという点と、そういうふうな画期的な影響を与えるような科学技術の発展がソ連で可能になったという事実、それは一体どういうことを
意味し、何がそういうことをもたらしたのかというような、大体
二つの点を中心に
お話をしてみたいと思うのであります。
第一に、ソ連が
人工衛星に成功したといいますことは、やはり人類の科学の目ざましい成果ということでありまして、地球の人類の共有の財産というふうにとってもいいような成果だと思うんですけれ
ども、
現実の事態はどうかといいますと、そういうふうには受け取られていない面があるわけです。たとえば、アメリカのアイゼンハワーが、十一月七日の夜に、
国家の安全保障における科学という非常に重大な演説をしておりますけれ
ども、その中では、やはりこういうものが人類の共有財産というふうな
意味での受け取り方、対応の仕方というものはほとんど見られないで、これをもっぱらソ連の挑戦あるいはソ連の軍事技術の脅威という観点からだけ受け取られているというふうに見受けられるわけです。それにはいろいろ理由があるわけで、ソ連の側は、こういう画期的な成果を振りかざした——西欧側に言わせればロケット外交というふうな面で、強硬な外交政策を進めろという面が感ぜられますし、アメリカの側から言えば、その脅威、つまり今すぐ戦争があるというふうな脅威ではございませんけれ
ども、ソ連がミサイル外交あるいはロケット外交、つまりそういう科学技術を振りかざす外交上の優位あるいは戦略上の優位を持ち得た、そういう脅威に対抗していこうという以外のことは、アメリカの方ではあまり
考える余裕を持っていないというふうに私
ども見ているわけです。
人工衛星の打ち上げというのは、あとで両先生から
お話があります
通りに、地球観測年における科学的な行事でありまして、それ自体は別に軍事的なものでも何でもないわけでありますけれ
ども、これがどうして工事的な脅威あるいはソ連の挑戦というふうに受け取られるかと申しますと、やはりこれは
人工衛星を打ち上げたということが、究極兵器と言われる大陸同弾道弾あるいは中距離弾道弾というものの技術と関連をしておりまして、ソ連の上げた
人工衛星によって、すでにそういう長距離弾道ロケットというものをソ連が保有したということを裏書きする、つまりそういうことをアメリカの、ダレス国務長官も認めておりますが、西欧側にとっての脅威というふうに受け取られていると思うのです。たとえば、半トンもあるような、重さでいえばフォルクスワーゲンの自動車が約半トンでございますが、そういうふうなもの最高千七百キロというふうなところに打ち上げられる、そういう非常に強力な推進力を持つロケットの技術あるいはこれはあとで
お話があると思いますけれ
ども、それを一定の予定した軌道に乗せるところのいろいろのエレクトロニクスの技術、あるいは近い将来だと思いますが、月に向ってのロケットとかあるいは地球に帰ってくる
人工衛星とかいろいろなことが言われておりますが、そういうこともできそうなにおいがしておるわけです。そういうようなことに示されたソ連のロケット工学あるいは軌道計算の技術あるいは制御の機構、それからまた新しいロケットの燃料でございますとか、そのほか耐熱金属の研究であるとか、そういうふうな面で著しい発展が見られる。それがやはりアメリカ並びに西欧にとっての軍事的な脅威というふうに受け取られているわけでございます。今申し上げましたような点から見ると、やはりICBMというものを一実際にソ連が保有している、それがどういう段階であるかというと、オペレーショナルな兵器として、あるいは正式兵器として現に配備されているかどうかということはわかりませんけれ
ども、長い目で見ればそういう段階がくるのは明らかなわけですし、そういう事実が生まれたということの戦略的な
意味ほかなり大きいだろうと思いますし、それが大きいからこそ、アメリカでは非常に深刻な打撃を受けておるというふうに、えられるわけです。
アメリカの戦略というものは、これは皆様御
承知の
通り、ソ連を取り巻く基地網と戦略空軍というものが中心になっておりまして、
原子力を用いた大量報復力というものが戦略の根幹になっておった。しかし、最近ではやはりそういうもので対応することが共倒れを
意味するような結果になるので、そういうことよりも、むしろ、そういうものは背景に置きながら、制限戦争という方向へ戦略が切りかわりつつある、つまりきれいな水爆とかあるいは小型の核兵器とか、そういうものをもって局地的に戦争を限定するというふうな方向がとられてきているわけです。そういうものが今後どういうふうに影響を受けるかと申しますと、制限戦争が可能な最大の条件は何であるかといいますと、つまりコンヴェンショナルな普通の兵器で侵略してくるソ連側の勢力に対して、小型の核兵器でもって対応して、その進出を抑止するという場合には、それ以上にソ連の側が戦略爆撃とか世界大戦に広がるような方向に出てこないということが抑止の条件になるわけですけれ
ども、ソ連がそれ以上に出てこないということのためには、アメリカの側に圧倒的な戦略的の地位の優位がなければならぬ。それだからこそ小型核兵器を使う抑止戦争が局地的に可能だということになるわけですけれ
ども、今度のICBMの出現ということで、そういう戦略体制がゆらいできておるというふうに
考えていいのじゃないかと思うのです。
そこで、アメリカの対応の仕方を見ますと、七口のアイゼンハワーの演説を見てもおわかりだと思いますけれ
ども、この分野でソ連に追いつき追い越すということが中心になっておりまして、国内的には、国内の三軍の間におけるミサイル計画の非常な争いがあったわけですけれ
ども、そういうものを統制して、一本にまとめていくというふうな動きが出ておりますし、外に向っては、たとえばイギリスや西欧諸国と技術協力あるいは軍事技術の秘密があるものですから、なかなかそういうものがプールできない。そういうものを打破するためにアメリカの
原子力法を修正してでも、与国と技術的なりソースのプールを作る、特に人間のプールですけれ
ども、そういうようなものを作るという方向に動き出してきておるわけです。おそらくそういうふうな統合がどの程度できるか、これは戦時中でありませんから、私は若干疑問を持ちますけれ
ども、
現実にソ連の脅威といいますか、目の前にソ連の
人工衛星が回っておるような状態ですから、やはり力を入れざるを得ない。そうすれば、アメリカが追いつくことは決して不可能ではないと
考えるわけです。しかし、結局そういうことで、力には力ということで、
現実には当面軍拡競争が続くというふうな傾向が出てくるのじゃないかと思うのです。
しかし、長い目で
考えてみますと、一体そういうことでいいのかということなんです。つまり原爆をアメリカが独占的に所有しておりましたけれ
ども、四年後にはソ連が原爆を持ち、それから水爆では九カ月くらいの差に縮まっておるわけですけれ
ども、運べる水爆はソ連が一九五五年の十一月に作っております。アメリカは翌年の五月というふうに、その点ではおくれてきて、それからICBMの段階ではアメリカがいつできるか、レッド・ストーンなどが試験に不成功でありますからいつできるかわかりませんが、要するにICBMではソ連の方が先になった。そうしてまた
人工衛星という時代になったというふうなこの歴史的な過程を
考えてみますと、これはただICBMだけの問題ではなくて、やはり
二つの体制の軍事力というものの
一つの大きなトレンドから見ますと、力には力で対応するということの無制限な大国間の大量殺人兵器の競争というものに、限界が出てくるときが必ずくるのではないかというふうに
考えられるわけです。
第二の点は、それではそういうふうな画期的な影響を国際
情勢その他に及ぼすようなソ連の科学技術の発展というものがいかにして生まれてきたかという点なんですけれ
ども、それは今度
人工衛星で初めてアメリカはソ連との非常に大きな科学競争というものを認識せざるを得ないという
立場に立ったと思うのです。実際には、そういうことばもう少し前から行われておった。つまり
原子力発電では、一九五四年にソ連が先に
原子力発電所を作っております。それから、
原子力路面の現在の計画でも、その規模はソ連の方がはるかに大きな計画を持っておりますし、今ソ連にある原子核研究の道具であるシンクロフアゾトロンというものは、百億電子ボルトという非常に大きなものでありまして、こういう原子核研究の基礎研究の面でも、やはりアメリカに排戦して、ソ連の方が大規模のものを
開発しておるということは、アメリカの核物理学者もひとしく認めておるところです。それから、今これから進水すると伝えられている二万五千トンの
原子力砕氷船、これは、
原子力の船に対する
利用というのは、アメリカでは軍事的には確かに進んでおりまして、今や軍用の全艦船を
原子力に切りかえるというふうなところまで進んでおりますけれ
ども、民間の船に平和的に
利用するという動きはやはりおくれているようでありまして、今、客船の計画がございますけれ
ども、やはりソ連の方が一歩先に進んでいる。それからまた大型のジェット旅客機というようなものにしましても、モスクワとニューヨークの間を十二時間以下で飛ぶ大型ジェット旅客機ができ、そういうものについての挑戦もすでに始まっていると思うのです。将来はまた水素の原子核融合反応による
発電という点も、たとえばクルチャートフがハウエルの研究所で発表いたしましたように、あるいはまたアメリカでもシャーウッド計画というような名のもとに進められておりますが、やはり相当な競争期にきていると
考えるわけです。
では、どうしてソ連がこういうふうにいろんな面で対応できるようになったかということなんですけれ
ども、これは一時アメリカや何かで、言われていたように、スパイがその情報を持って行ったとか、あるいは、これはある程度そういうことがあると思うのですけれ
ども、ドイツのべーネミュンデのV2の情報というようなものが非常に大きな影響を持っておったというようなことがある程度は言えると思いますけれ
ども、最近はアメリカでもそういうことはないというふうに認識し直してきているようであります。ソ連の人たちはよく、社会主義体制に科学が解放されるとこういう目ざましいものができるということを申しますけれ
ども、私はそれだけでもないと思うわけで、すでに帝制時代にもロケット科学にはツィオルコフスキーというようなきわ立った人もありましたし、それから原子核や何かに関係してくるわけですが、元素周期律表を作ったメンデレーフというような人もおりますし、今
人工衛星に乗せている犬に対しては心理学者のパブロフというような非常に傑出した学者が出ておるということで、科学の伝統は、むしろ
日本よりソ連なんかの方がはるかにあったのではないかと私は
考えているわけです。しかも、それだけではなくて、革命後のソ連の体制というものは、科学技術の発展をもたらすのに非常に大きな役に立っていると思うわけです。その第一点は、ソ連が軍事優先で科学の進歩をはかってきたということだろうと私は
考えるわけです。ですから、先ほど申し上げましたように、
原子力にいたしましても、ジェット旅客機にいたしましても、あるいは
人工衛星にしても、すべて軍事に関連した面というものが、科学の平和
利用でも先に進んできているように思うわけです。ただ軍事優先ではありますけれ
ども、そういう新しい科学技術を、軍用だけでなしに、割合早い時期に平和
利用に開いていく努力をしてきているという点は、注目しなければならないわけです。
原子力にいたしましても、原子爆弾で追いついたのは一九四九年でありますけれ
ども、一九五四年には世界で最初に
原子力発電所を作るというところまできておるということは、軍事的に
原子力を
開発しながらも、やはり同町に平和的に使える可能性というものを開いていたからだと思うのです。ロケットの面でも同じことが言えるわけで、アメリカが今度
人工衛星でおくれました非常に大きな原因の
一つに、そういう
人工衛星というものを半ば遊び的なものに
考えていた面がありはしないかと思うのです。その点、たとえば予算にいたしましても、アイゼンハワーが、おくれた理由として、軍の計画と切り離したということを言っておりますが、予算は今まで最終にきまったものが一億一千万ドル、約四百億円です。それに対して、ソ連のスプートニク計画にどれだけの投資が行われたかというと、これはわかりませんけれ
ども、いろいろでき上ったミサイルと、それのディヴェロップに要する費用、そういうふうなものを
考え合せまして、アメリカの科学者が計算したところによりますと、この五、六年の間にソ連が支出したものは、イギリスのポンドにして五十億ポンド、つまり
日本の金にいたしますと、約五兆円ということになるわけで、
日本の財政規模の五年分くらいに相当するわけです。アメリカの計画に比して、この数字は当てになるかどうかわからないけれ
ども、やはり結果から見まして、ロケットをICBMに使うというだけでなくて、やはり平和
利用という面を開いていくことを、両方かね合せて進めてきている点は、
考えなければならないと思うわけです。そういう点がソ連の科学技術をこういうふうに驚異的に進めた大きな原因だと思うわけです。それは戦後アメリカとの軍事競争ということからだけで進んだかというと、そうではなくて、実はソビエトの経済体勢を維持していくためには、スターリンの
言葉によれば、「五十年、百年先進資本主義国におくれて出発したソ連が、その包囲
態勢の中で生き伸びていくためには、どうしても科学技術の成果を完全に生産化していく必要がある」。という、この点は、
日本みたいに人口が多くて資源のない国の場合でも、先進国に追いついていくためには、科学の力を完全に生産に使っていって、科学を輸出するということが必要だと思うのですけれ
ども、その点は、ソ連の方がもっと深刻だったと思うわけです。従って、科学技術に対する政府の態度あるいは党の態度が非常にはっきりしておった。技術教育に対して非常に力が入れられており、技術教育を受けた人の数も非常に多いわけです。それから、研究に資金を集中することも非常に多く、アメリカに対して国民所得なんかは追いつかないのですけれど、科学技術費は
日本の円にして年に一兆三千億くらい出ておりますから、非常に大きな金を科学技術に投入しているということが言えそうです。特に直視しているのは基礎研究ですが、重視しているのは予算がそっちの方に一番多いというのではなく、よその国に比べて、軍事の基礎研究に力が入っているということです。この点、アイゼンハワ一も、七日の演説で、アメリカはその点で及ばなかったということを言っております。最近そういう反省がたくさん出ておりますが、基礎研究では、人間の数にしても、ソ連の三分の一くらいしか従事していないだろうというふうにアメリカの科学者は言っているわけです。しかし、この基礎研究の
開発というのが、あるときには非常にプラクティカルな実用に結びつくということ、たとえば水素の融合反応にしてもそうですが、シンクロファゾトロンを使って何するかと思えば、あるときは画期的な実用に結びつく可能性を持っているわけで、この点を先に
開発してしまわぬと、大きなファゾードロンを作ってもそれから追いいつくわけにいかないので、そういう点で非常に力を入れているのではないかと思うのです。そういうふうに科学者の発明の成果が国の発展に直接関係してくるというようなことから、科学者を非常に英雄として遇しているという点も見落せないと思うのです。サラリーなんかも非常によく、科学アカデミーの学者には月三万ルーブルといいますから、円にいたしますと約六十万円与えていることになるわけです。ソ連で小型自動車はちょうどその半分くらいですから、毎月自動車を買っても平気なほど高給を与えているとイギリスやアメリカの学者が言っております。糸川さんの書かれた木を読みますと、糸川先生は非常に忙しいので、自助車を買わなければならなかったけれ
ども、お賢いになるのに非常に苦心したということが書いてありました。そういう点、ソ連の学者に対する待遇は非常にいいのではないかと
考えるわけです。それから、アメリカの場合は科学技術者のチーム・ワークが非常に欠けていたということが今度のアイゼンハワーの声明でもわかりますけれ
ども、ソ連の場合には、科学アカデミーに統合されておりまして、研究がかなり共同化され、チーム・ワークがとれるというふうな利点もあったかと思うのです。
最後に問題になるのは、やはりソ連の政治経済体制であります。つまり新しい技術を
開発いたした場合にでも、その場合にコンヴェンショナルなものに投資したものが非常に因るというような、利潤を動機とした生産がないということから、技術革新というものが実際に応用される面で早いということがはっきり言えるのではないかと思うのです。というふうなことで、ソ連の科学技術体制というのは、やはり西欧としてもいろいろ
考えなければならない問題を含んでおりますし、単に
人工衛星、ICBMということだけでなしに、将来いろいろな面で、初めは軍事的なものに関連した面での競争から始まると思うのですけれ
ども、将来はもっと広範な科学技術での競争、その科学技術に基礎を置いた経済での競争ということが問題になってくる。最近のソ連では、一九六五年くらいを目標にいたしまして、基本的経済課題の達成ということを言っております。基本的経済課題というのは、
一つの生産物、鉄でも石炭でもそれの国民一人当りの生産高でアメリカに追いつき、追い越すということがソ連の基本的経済課題だといわれているわけですけれ
ども、やはりそういうものに向って動きつつあるということははっきり言えるわけで、そういうふうなものが果して一九六五年に達成されるかどうかわかりませんが、片方アメリカの方も動いているわけですから、いつ追いつくかということはわかりませんけれ
ども、経済発展のテンポのある程度の差ということから見れば、やはりいつかはアメリカに対してソ連の経済が脅威になる。今日、
人工衛星を脅威といっておりますけれ
ども、ソ連の挑戦というものが、単に軍事と関連したものだけでなく、経済全般においてソ連の挑戦を受ける段階が来やしないか。そういうものに対処することが今アメリカでは忘れられておりまして、軍事だけで問題と対応しようというふうな方向に動いておりますけれ
ども、やはりいつかはそういう面に当面してくる段階が来るのじゃないかと思うのです。
ほかにまだいろいろ申し上げたいこともありますけれ
ども、だいぶ時間が過ぎましたので、一応この辺で終りたいと思います。