○
国務大臣(池田勇人君) ここに、
昭和三十二年度
予算を提出するに当り、
わが国財政経済についての
所信を申し述べるとともに、
予算の大要を御説明いたします。
私はまず
日本経済がめざましい
発展を遂げ、今日の繁栄をみるに至ったことを
国民各位とともに喜びたいのでございます。すなわち鉱工業
生産は
昭和二十八年を基準といたしまして、三七%増大いたしました。これは、西ドイツの三八%に匹敵し、アメリカの七%、イギリスの二二%をしのぐものでございます。また、
輸出は
昭和二十八年当時と比べまして二倍に増大し、
国際収支もこの三カ年間黒字を続けて参りました。
このような
生産及び
輸出の増大とともに活発な投資
活動が行われました結果、
わが国産業の
基礎は著しく
充実し、同時に、
経済の各分野に
好況が行きわたることとなったのであります。
中小企業の
経営状況も改善されましたし、
雇用情勢も好転して参ったのであります。しかもこの間、物価は安定した推移をたどり、卸売物価はわずかに上昇いたしましたが、
国民生活に密接な
関係を持つ消費者物価はほとんど横ばいという好ましい状況で推移して参りました。このように、安定した
経済基調の上に
経済の
拡大発展が
実現しつつあることは、戦後の復興期には見られなかった現象であります。
日本経済の実力が一段と大きくなったことを示すものといえましょう。これは、
国民各位のたゆまざる
努力のたまものであることはもとより、過去三カ年にわたる
健全化政策と
世界経済の空前の繁栄とにささえられたものでございます。
ところで、このような著しい
経済の
拡大に対し、昨年半ば頃より、
基礎部門である電力、輸送力等に不足が生じ、いわゆる隘路問題が表面化して参りました。また、今日
国民生活の面におきましては、衣、食はすでに戦前水準に回復いたしましたが、ひとり住宅は著しく立ちおくれているのでございます。ざらにまた、一般的
好況にもかかわらず、日の当らぬ場所に
生活する人々もなお少くないのでございます。このような
産業活動及び
国民生活の面における不均衡を是正しながら、全体として
経済力を
強化、
拡大し、桂会保障の
充実をはかっていくことが、今後における
施策の眼目であると存ずるのであります。
翻って
世界経済の
動向を見まするに、両三年来、
欧米諸国は
わが国に先んじて未曾有といわれる繁栄を経験し、
経済活動の活況と
世界貿易の
拡大とをもたらしました。しかもこの
好況は、朝鮮動乱当時のそれと異なり、平和的な需要に基く繁栄であったのであります。最近におきまする
中近東及び
東欧の紛争以後も、
世界景気の原動力であるアメリカにおきましては、好景気が持続するものと見られており、また、西欧
諸国におきましても、
経済上の困難を克服しつつ景気の
維持に努めておりますることを
考えるならば、多少の波動はあるにいたしましても、
世界の景況は今後もなお高水準を続けるものと見て差しつかえないと存じます。しかし、
わが国に先んじて
合理化、
近代化により
生産力を
充実してきた欧米
各国の実情にかんがみますれば、
国際市場における競争は一段と激しくなることは疑いのないところであります。また、欧州共同市場などのようにブロック
経済化の動きも見られるのであります。私は、このような
世界経済の
趨勢にかんがみまして、
わが国の
輸出力をますます
強化する必要を痛感する次第でございます。
このような
内外の
経済情勢を前提といたしまして、この際、とるべき
財政政策の
基本的
方向について申し述べたいと存じます。
今日、
わが国の
経済水準は、かつて例を見なかったほど高いのであります。しかしながら、
国民の
生活内容を、今日よりは明日、今年よりは来年と、着実に
向上させて参ります
ためにも、また、年々増加する労働人口に就職の
機会を与え、
完全雇用の
目標に近づく
ためにも、なお一段と
経済規模の
拡大をはからなければならないのであります。
私は、
経済の
発展を推進するものは、
国民の創意工夫と企業の自主的
努力を
基本とする
民間経済のはつらつたる
活動にあると信じます。(
拍手)この
意味におきまして、戦後なお著しく過重かつ不公平である租
税負担の軽減
合理化をはかり、
国民の勤労意欲を高め、
民間資本の蓄積を進め、
国民生活と
経済活動に明るい希望を持たせることが必要であると存ずるのであります。幸いにいたしまして、
わが国経済の
発展は、
昭和三十二年度において二千億円に近い租税の増加収入を確実に見込み得るに至りました。私は、この際、提案せんとする一千億を上回る所得税の減税が、
経済の
発展に大いに寄与することを信じて疑わないのでございます。また、私は
経済の
発展は均衡のとれた姿で進められることが必要であると存じます。
さきほど申し述べました
日本経済の内部に見られる各種の不均衡は、
民間経済の
活動のみによっては是正しがたいものでございます。ここに、
財政は積極的にその機能を発揮し、
産業基盤強化の
ための
基礎部門への投資、住宅
対策の
拡充、
中小企業対策の
強化、社会保障の
充実等に力をいたさなければならぬと存ずるのであります。このように、
財政が
財政としての役割を積極的に遂行することが積極
財政の真意でありまして、決して放漫なる支出や安易なる助成策を
意味するものではございません。
次に、
経済の
発展は安定した
基調で進めらるべきものと存じます。私は
経済の
現状がインフレ的であり、あるいはインフレに陥るおそれがあるとは
考えません。しかし、今後も安定した
基調のもとに
経済の
拡大を続ける
ためには、あくまでも
財政の
健全性を貫くべきであると存じます。この
意味におきまして、
昭和三十二年度
予算においては、一般会計の歳出は確実なる通常歳入の範囲にとどめ、厳に収支の均衡を
確保し、また、
財政投融資も原資の増加に見合って、これを増加いたしております。いずれも
昭和三十一年度に比べてその規模を増加しておりまするが、
健全性の原則は断じて貫徹しているのでございます。
以上、私は
財政政策の
基本的な
考え方について申し述べましたが、これと並んで、今後の金融
政策の
基本について申し述べます。
財政が健全であると同様、金融もまた健全でなければなりません。健全な金融とは、通貨価値の安定を第一義とするとともに、
経済発展の
ために必要な資金を円滑に供給する役割をになうものでございます。これが
ためには、
財政が収支均衡であるがごとく、
民間経済においても蓄積をこえて資金の供給が行われてはならないのでございます。今日、
民間の資金需要はきわめて旺盛でありまするが、安易に蓄積の範囲をこえることは厳に戒めねばなりません。この際としては、資金の蓄積に努めるとともに、不急の投融資はこれを抑制し、
経済発展の
ために真に緊要な資金を
確保することが、金融
機関においても、また金業においても、とるべき態度であると存ずるのであります。
もとより、金融の繁閑、
財政収支の状況等により、一時的に
日本銀行の信用供与が増減いたしましても、特に懸念するには及ばないと存じます。金融
政策は、
政府と
日本銀行が緊密に連絡しつつ、常に
経済の実情に即して、健全なる
基調のもとに弾力的に運用さるべきものであります。ここ両三年来の
健全化政策によって
経済は安定し、通貨価値に対する
国民の信頼が高まって、金融
機関の預貯金は順調に増大し、金利水準は低下し、金融の
正常化は大いに進みました。今後も健全な
財政と相待って、金融もまた正常な
基調を
維持すべきものと存じます。健全な金融
政策を実施して参ります
ためには、
国民貯蓄の増加が何よりも肝要でございます。この蓄積があって初めて
経済が健全に
発展し得るのであります。
国民各位が、減税等によって増加した所得を、できるだけ貯蓄に向けられんことを望んでやみません。金融
機関においても、その
経営の健全
合理化をはかって預金者の信頼にこたえる体制を一そう
整備するとともに、
経済の均衡ある
拡大の
ために必要とされる資金を円滑に供給し得るよう積極的に
努力されんことを期待するものでございます。なお、
政府は、将来における
日本銀行の通貨
調整機能を
充実、
強化する
方針のもとに、支払準備制度を創設し、公定歩合
政策、公開市場
政策と相待って弾力的な金融
調整を行い得る体制を準備する
所存でございます。
次に、為替及び
貿易面の
施策について申し述べます。
わが国経済の
発展を安定した
基調の上に進めて参ります
ためには
国際収支の均衡を
確保することが重要であります。今日、輸入増大の傾向が見られ、また
経済の
拡大とともにその傾向は今後も続くものと予想されるのでありまするが、この輸入増大がやがて
輸出の増加となるものである限り、何らこれを憂うるには及ばないのであります。従いまして、このような輸入が単に
国内において費消されるにとどまり、
輸出の増加を伴わず、持続的に
国際収支の均衡を失することとならないよう努めるべきでございます。
これが
ため、健全な
財政金融
政策と相待って、
輸出増進の
ために今後一そうの
努力をいたすことが必要であると存じます。しかも、今後の
世界経済の推移を見まするときは、
国際的な
輸出競争はなお一そう激しくなるものと予想されます。帝業の
合理化、新
産業の育成等により、
国際競争力を培養
強化しつつ、
海外市場の開拓、
拡充をはかることは、今後の急務と申すべきであります。なお、
海外投資及び
国際経済協力につきましては、積極的にこれを推進すべきでありますが、この
ためには特に
民間企業の創意と工夫に期待するものでございます。
以上、今後の
財政経済運営の
基本方針につき、
政府の
考え方を明らかにいたしました。
昭和三十二年度
予算は、この趣旨にのっとり、通貨価値の安定を主眼として健全
財政の
方針を堅持いたしましたが、同時に、過去三ヵ年間にわたる一兆円
予算のワクにとらわれることなく、積極的に
経済拡大の
ための
重要施策を推進するよう
努力したのでございます。一般会計
予算の総ワクは、一兆一千三百七十四億円でありまして、三十一年度当初
予算に比べ、一千二十五億円の増加となっており、また、
財政投融資は三千二百四十六億円と六百七十三億円の増加でありまするが、
経済規模の
拡大等を勘案いたしますれば、この程度の規模は適当であると存じておるのであります。
次に、
政府が特に重点をおきました
重要施策につき、その概要を申し述べます。
まず第一は、税制を改正し、大幅な減税を行うことといたしたのであります。すなわち、所得税について、初年度一千九十億円、平年度一千二百五十億円の減税を実施することを
中心として、法人税、住民税、事業税等にわたって租
税負担の軽減をなかることといたしたのであります。特に所得税の減税につきましては、低額所得者の負担の軽減に留意しながら、税率の累進度の緩和に重点をおいて大幅な減税を行うことといたしました。これにより夫婦子供三人の給与所得者に例をとりますると、所得税は、平年度において年収三十万円で六割五分、五十万円で五割程度
税負担が軽減されることになるのであります。事業所得者についても、ほぼこれと同程度の軽減を行うこととしておりまするほか、特に
中小企業者の
税負担の軽減
合理化に資する
ため、中小法人の法人税の軽減を行い、地方税においても、個人及び法人を通じて事業税の軽減をはかる等、格別の
考慮を払うことといたしております。このような減税を行う反面、今日の
経済情勢に即応し、かつ負担の公平をはかる
ため、現在設けられておりまする租税上の各種減免
措置の整理
合理化を行うなど所要の改正を行うことといたしております。これによる増収額は、揮発油税の増加分を除き、初年度約二百五十億円余に達する見込みでございます。
第二は、
わが国産業発展の
基礎をつちかうことに重点をおき、特に、最近の
経済各部門間の不均衡をできるだけ是正いたすことに努めたのであります。すなわち電力につきましては、最近の急激な需用増加にかんがみ、電力五カ年
計画の改訂に即応して、開発銀行、電源開発株式会社の電力資金を相当増額することとしております。また、輸送力に関しましては、
道路、
港湾、国鉄の
建設事業を飛躍的に
増強することといたしたのであります。
道路について申しますれば、一般会計の
予算額を約三百五十億円から約五百五十億円に増額して一・六倍の
建設工事を予定し、これにより、幹線
道路等の改良舗装を一段と推進するほか、
道路公団においては、その工事規模を倍以上に増加して、関門トンネルを
昭和三十二年度のうちに完成し、一新たに名古屋—神戸間の高速
道路に着工することといたしました。
港湾についても
予算額を五割増加して工事を進め、また、国鉄の
建設工事について見ますると、その規模を五百八十四億円から一千六十九億円とほぼ倍額に増加して、電化の
促進、線路の
増強並びに通勤
対策の
強化、車両の
拡充を実施することといたしております。なお、これに関連して、
国鉄運賃、揮発油税率の引き上げを行う予定でございます。
次に、
貿易の
振興、
海外投資、
技術協力の積極化につきましては、
輸出入銀行の資金を増額し、その業務の
拡充をはかるほか、
経済外交の
強化、海外宣伝調査費の増加、
輸出保険制度の改善を行うことといたしております。
中小企業対策としては、
国民、中小両金融公庫の貸付予定額を合計約二百七十五億円増額して一千百億円とし、商工組合中央金庫の貸付利率を現行の一割五厘から一割以内に引き下げ、さらに、
中小企業信用保険特別会計より信用保証協会に融資を行うことにより保証業務の
拡充をはかり、
中小企業金融の一そうの改善に資することといたしました。
また、
農林漁業の
経営の安定をはかる
ため、新農村
建設事業を強力に推進し、農業
協調組合の
整備、
農林漁業研究の
充実、森林資源の
維持、漁港修築工事の
促進について毛配意するとともに、
農林漁業金融公庫の融資を拡張いたしたのであります。これに加えて、寒冷地農業
対策として、新たな
施策を講ずることといたしております。
さらに、
国土の総合開発につきましては、特定多目的ダム
建設工事特別会計及び特定土地改良工事特別会計を新設して、ダム
建設事業及び
食糧増産
対策事業を
経済的・効率的に案施して、工事のすみやかな完成を期する道を開くことといたしたのでございます。また、東北、北海道、離島等後進
地域の開発と
産業地帯の立地条件の
整備に努めることといたしております。
第三は、
国民生活をより健康で明るいものとする
ため、特に
施策の
充実強化をはかり、福紙
国家の理想に向って大きく前進することといたしたのであります。まず、
生活保護法によりまする扶助基準額及び
失業対策事業の賃金水準を引き上げたほか、母子加算制度の
拡充、母子福福貸付金の増額等母子家庭に対する援助を手厚する
ための
措置をとりました。さらに、世帯更生貸付金を増額し、
医療費貸付金制度を創設する等、恵まれない人々の
ための社会保障の
充実に努めたのでございます。さらに、医療
施策の面におきましても、遠かうず
国民皆保険が達成されるよう
国民健康保険の普及を推進し、
結核対策としては、
予防措置の全額公費負担を
実現することにより、その早期撲滅を期することといたしたのであります。
次に、住宅
対策につきましては、おおむね
昭和三十六年度までに住宅不足を解消することを目途として、
政府の
施策によりまする
建設戸数を約二十万戸に増すことといたしました。これに
民間建設による戸数を加えますれば、年間約五十万戸の
建設を期待し得るものと存じます。また、上下水道その他環境衛生施設の
整備につきましても、格別に配慮いたしております。
文教の
振興につきましては、小中学校の統合、二部教授の解消等を
促進する
ため文教施設費を増額し、学校給食及び教科書の給付の対象を
拡大するとともに、国立西洋美術館、国立競技場の新設等
文化、スポーツの
振興についても、特に配意いたしました。
なお、引揚者
対策につきましては、
在外財産問題審議会の
答申もあり、引揚者の
現状に即して、この際その
対策を実施し、多年の
懸案を
解決する
所存であります。
以上のほか二、三の重要な点について申し添えたいと
思います。
最近の
技術の高度化に即応して、科学
技術の
振興につきましては、
特段の
措置を講じ、科学
技術振興費を百十六億円かう百七十九億円に増額したのであります。特に、原子力の平和利用につきましては、動力資源
対策としてきわめて重要でありますので、大幅に
予算の増額をはかることといたしました。
次に、自衛体制の
整備につきましては、質的
増強に重点をおいて自衛力の漸増に努めることといたしております。
防衛庁費につきましては、従来の
予算消化の実情を勘案し、
予算計上額を極力圧縮し、
防衛分担金の減額と相待って、
防衛関係費としては、
昭和三十一年度と同程度の規模にとどめたのであります。なお、
治安対策の
強化につきましても、所要の
予算を計上いたしております
公務員の給与につきましては、人事院勧告の趣旨に沿い、給与の改訂
合理化を行うこととし、これに伴い、義務教育費国庫負担金の増額等必要な
措置を講じております。
なお、
食糧管理特別会計の
合理化については、特別調査会を
政府に設置して、全面的に検討し、米価その他この会計の
基本問題を処理することといたしております。
次に、
地方財政についてでありまするが、ここ数年来の
健全化の
努力により、ようやくその再建も軌道に乗って参りました。幸い
経済の好調の益
ため、
昭和三十二年度においては、地方税収の相当な増加が見込まれますが、今回さうに地方交付税の税率を一%引き上げることにより、地方の
行政内容を豊富なうしめ、
住民福祉の
増進をはかることといたしました。公営金業の
拡充、新市町村
建設助成の
強化につき特別の配意をいたしましたのも、同様の趣旨によるものであります。
終りに、
昭和三十一年度補正
予算につき一言申し上げます。
この補正は、
産業投資特別会計べの繰り入れ及び地方交付税の増額を内容としております。
産業投資特別会計べの繰り入れば、
昭和三十一年度の大幅の自然増収を将来にわたって有効な用途に充てる趣旨で
産業投資に向けることとして三百億円計上し、このうち百五十億円は
昭和三十二年度
財政投融資の原資として使用し、残りの百五十億円は、
昭和三十三年度以降において弾力的に運用しようとするものであります。
以上、当面の
経済情勢とこれに対処すべき
財政金融
政策の
基本的な
考え方を明らかにし、
予算の大要について御説明いたしました。ここに提案いたしました
予算は、あくまで
健全性を貫いた
予算であります。私は、この
予算を中軸とする
財政経済諸
施策が、健全な
基調のもとに
経済の均衡ある
発展を積極的に推進し、希望に満ちた明るい
わが国の将来を約束するものであることを確信するものでございます。
国民各位も
政府の意のあるところを了とせられ、一そうの御
協力を賜わるよう切望いたす次第でございます。(
拍手)
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