○
説明員(
瓜生順良君)
宮内庁の
業務運営の
概要を御
説明申し上げたいと思います。
まず
宮内庁の
機構、
所管事項というようなことを骨子といたしまして、御
説明申したいと思います。現在
宮内庁は、
総理府の
外局になっておりまして、
宮内庁の
長官は、
内閣総理大臣の下についている
総理府の
外局という形になっておりまするが、以前の古い
宮内省、旧
宮内省は、ご存じのように、
政府の
機構とは
別個の
機関として、
皇室令によって設置をされておりまして、
皇室一切の
事務を
所掌しておったのであります。その昔の
宮内省の
状況から現在に変ってきておりまする
状況を
比較いたしまして、まず
最初に御
説明申した方がわかりやすいかと思いますので、御
説明申します。
お
手元に
機構定員比較表を差し上げてございますが、これを
ごらんになりながら、
説明をお聞きを願いたいと思います。
終戦当時の
機構といたしましては、
宮内大臣のもとに
官房のほか内局が十二局及び
外局十三局がありましたが、
日本国憲法の実施によりまして、
皇室財産が
国庫に帰属する等の
事情その他の
事情で、
仕事の
範囲がぐっと狭くなりました。そこで
機構と
人員の縮減をはかりまして、あるいは
帝室博物館、
帝室林野局のようなのが
政府機関に移りました。この表の上のずっと左の方の端に書いてあります、そういうところを
ごらんいただきたいのですが、この中の、今申しましたように、
帝室博物館、
帝室林野局と、こういうのは
政府機関の方に移す、
博物館は文部省の
関係、
林野局は農林省の
関係に移っております。それから
皇宮警察、ここに
警衛局と書いてありますが、
終戦の当時は
警衛局といっておりました。そのうちに
皇宮警察を含んでおりますが、そうした
皇宮警察のようなものは、まず
最初に警視庁に移し、ついで
警察法ができました。この
機会に
国家警察に移っております。それからなお、そこに書いてありまする
学習院、これは
財団法人として
独立をいたしまして、普通の
私立学校と同じような、
財団法人として
独立したのでございます。そのほかの点、ここに
皇族付とか
李王職付とかいうのがあります。こういうのも、
皇族の三宮以外は普通の国民になられたので、こういう点がなくなっております。
李王職ももちろんこれはなくなっております。そういうような
関係のものはなくなっております。
その他の
内部の
部局につきまして、
日本国憲法発足の当時には
宮内府
長官のもとに
官房ほか七局としたのであります。この表の第二段目にあります、これでございます。そういうふうになりましたが、
昭和二十二年の末に、当時の
占領軍の
司令部からの要求もありまして、さらに
人員の大
削減をいたしました。部課も縮小をする等の処置をいたしまして、
昭和二十四年の六月以降、
総理府の
外局たる
宮内庁となりました。この表の三段目から下に、
宮内庁に変ってきておる
状況を書いております。その間に
貞明皇后さんが崩御になられまして、その際に、
皇太后宮職というのが廃止になりました。従って、そこで一
部局が縮小いたしております。それからこの間におきまして、さらに
人員におきましては、
終戦時の
定員の六千三百十五人というものは、現在九百五十六人となっております。
特別職が二十四人、
一般職が九百三十二人ということで、合せまして九百五十六人となっております。先ほど申しました、他に移管をしたり
独立をした
機構の分を除きまして、
宮内省本体の
定員を見ましても、
終戦のころに、この
本体のところが二千七百八十人でありましたが、現在は、先申しました九百五十六人で、約三分の一ということになっておるわけであります。
宮内庁の現在の
組織をずっと申し上げたいと思います。この
宮内庁の
機構図というのがございますが、この表を
ごらんいただいてもよろしゅうございます。では、現在の
組織はどういうふうにして、各
部局はどういう
仕事をしておるかという
概要を御
説明したいと思います。
内部の
部局としましては、
長官官房のほかに
侍従職、それから
東宮職、
式部職、
書陵部、
管理部と、こういうふうに分れておるのであります。
長官官房には
秘書課、
総務課、
主計課、
用度課、この四つの課があります。
秘書課は、これは普通の
役所の
秘書課より
仕事の
範囲がやや広いのでありまして、普通の
役所の文書課的な
仕事をここでやっております。たとえば
国会の、こういうような場合に、いろいろ
書類の準備をいたしましたり、連絡をいたしたりいたすのが
秘書課であります。それから
皇族関係の
事務をつかさどっております。
秩父、
高松、
三笠、三
宮家のこの
宮家の方の
関係の
事務をつかさどっております。
内廷にある、つまり
皇太子殿下とか、
義宮殿下、
清宮殿下、そういうようなのはこれは別のところでありますが、三
宮家の方のことは
秘書課の方でやっておるわけであります。それから、これはこの
組織令にありますから、
宮内庁の
組織令の方を見ていただいた方がいいかと思いますが、
宮内庁組織令の第二条、
最初に
秘書課、今申したことが、ずっと
概要を申したことが書いてありますが、その次が
総務課、
総務課では
行幸啓に関する
事務、それから御差遣に関することというのがございます。これもお
見舞なんかの
関係でお
使いなされること、それから賜与及び
受納に関すること、これは風害、水害とか、その他の
災害の際にお
見舞をされます、そういうような費用、あるいは特別の方がなくなられた場合に供物をお出しになります。そういうのがこの賜与でありますが、そういうことをいたします。それから
受納、
受納は
献上品などを受けられる、こういう場合に、
総務課がその
事務を扱う。
献上品のことは、ついでに申し上げますが、
憲法の第八条で賜与及び
献上を受けられるという点については、
国会の
議決に基かなければならないというふうになっております。そこで、一々細かいのを
国会の
議決を経ていても煩雑だというので、
皇室経済法によりまして金額を一応きめられて、この賜与の方は
年額三百七十万円の
範囲であれば、一々
国会の
議決を経ないでもいい、それからこの
献上を受けられる方、これは
年額で百二十万の
範囲ということが
皇室経済法できまっております。そうしたワクがございまするから、特に
献上なんかのことで、よく
地方からこういうものを
献上を受けてほしいというお話がありましても、現在は
原則としてお受けにならない、しかしながら、
地方の
特産品等で、それを受けられることによって
産業奨励のためにも寄与されるというようなときには、
地方の
長官を、知事を通じて受けられるという
建前をとっております。そうしたことは
総務課の
事務であります。その他ここに、第三条の四に御
陪食に関すること、これは外部の方の御
陪食ですが、
外交関係以外の
関係は、
総務課で
招待状を出したり、その場所を作ったりするのであります。
報道に関することは、
宮内庁に関する
発表事項、その他
報道機関との折衝というのは
総務課の
所管事務になっております。それから
奉仕作業に関すること、これは
勤労奉仕のことであります。
勤労奉仕は、国内の各
地方から毎日二、三百人の方が
皇居に見えられて、主としてお掃除の方のことをやつておられるわけであります。そうした方の希望を受け付けて、それじゃ来て下さいというように
許可証を出したり、
奉仕に来た方の
世話をするというのが
総務課の
仕事であります。こうしたことを
総務課でやっております。
それから次は
主計課、
主計課は、これは
経費及び
収入の
予算、決算及び
会計に関すること、
皇室経済会議に関すること、
会計の監査に関すること、これは普通の
役所の
主計課と
名前のあるところのやっておることと変ったことはありません。
その次は
用度課、
用度課は、物品の
管理及び検査に関する
事務をつかさどる。
用度課というのが別にありまするが、これは、普通の
役所で机を新調したり、あるいはその他の器具を新調したり、
消耗品を買ったりする、そうした
事務ももちろんでありますが、その他
皇室で特に
儀式なんかの場合にお
使いになるようなものについては、格別の
配慮が要るのでありますが、そうしたものについて特別の
配慮をして
事務を進めておるというような点では、普通の
役所の
用度課とは内容が
特質を持っておると存じておる次第であります。
それからその次がこの
侍従職、
侍従職は、
天皇、
皇后陛下及び
内廷にある
皇族の
側近の
事務、秘書的な
事務をやるのであります。
それから
東宮職は
皇太子殿下の
侍側の
事務、いわゆる
一般でいういわゆる秘書的な
事務をつかさどっておるわけであります。
その次が、
式部職、
式部職は、
宮中の
もろもろの
儀式、それから
外国との
交際、それから
外国との文書の往復のために必要な翻訳、それから
宮中の
舞楽——雅楽といっております。特に
雅楽の
関係をやっております
宮中の
舞楽、そういうようなことをつかさどっておるのであります。
式部職の諸
儀式、これは、御存じのように、新年の
もろもろの
儀式、それから
天皇誕生日の
もろもろの
儀式、それから
総理大臣とか
最高裁長官なんかの
任命式あるいは認証官の
認証式とか、それから
外国の大
公使の
信任状の
捧呈式とか、そういうような
儀式のほかに、その他たとえば
立太子礼があればそういう
儀式、あるいは
成年式があればそうした
儀式、なお園遊会もまあ
儀式に準じたものとして、やはり
式部職が扱っております。そうした
もろもろの
儀式を扱っております。それから
外国交際、これは
外国の元首から
日本の象徴である
陛下に対して、事ある場合、あるいは新年ですとか
天皇誕生日、そういう場合に
祝電があります。そうしたことに対して、こちらからもまた
外国の方へ相互的に
祝電を出されるとか、そういうようなこと、それから
国賓が見えますると、
国賓の接待、そういうようなことがあります。それから大
公使が新たに見えます。また大
公使が
日本を離任される。そういうような場合に、何人かをまとめられてでありまするが、
天皇陛下が
午餐会をなさいます、そうしたときの
世話でありますとか、それから
外国からいろいろ貴賓が見えまして、
天皇陛下あるいは
皇后陛下にお会いしたいという場合の謁見のお
世話とか、そのほか
外交団の人を
招待しての
カモ猟でありますとか、あるいは三里塚に花のころに
招待をするとか、そうしたようなことはこの
外国交際の中に含むので、いろいろ
仕事はあるのであります。それから
宮中の
舞楽——雅楽でありますが、
雅楽の方の
関係は
式部職に属しておりまして、これは特別の古い伝統を持っておりますもので、その方の
事務をやっております。
それから次は
書陵部であります。この
書陵部という
名前は、ちょっと見て何だろうという方がありまするが、この
組織図を
ごらんになりますると、一番上のところに諸
陵寮、
図書寮というのがありまして、その諸
陵寮というのは陵墓の方の
事務をやっておったところ、
図書寮は
皇統譜とか、それから
皇室伝来の
図書、記録の
保管、出納、歴代の
天皇及び
皇族の実録の編修とか、そういうようなこと、いわゆる
図書という言葉が現わす
事務でありますが、その諸
陵寮と
図書寮とありましたのを、
機構を簡素化します際に、
図書寮の書と諸
陵寮の陵をとって
書陵部となりましたのであります。この
書陵部には、以前の諸
陵寮、
図書寮でやっておりましたことのほかに、正
倉院の
事務もここでやっておるわけであります。
それから
管理部は、
皇室用財産の
管理、営繕、それから
宮中でのお客をされる場合のお料理の調進、いわゆる大膳といっておりまする
関係のこと、それから
車馬等のことをつかさどっております。で、昔の
宮内省の
組織でいきますと、
内匠寮、主
馬寮といっておった、この両方の
事務がここへ入っておるわけであります。
それから
付属機関としては、次の
二つがあります。正
倉院事務所、それから
下総御料牧場、一番下の欄の一番左の方に書いてありますが、これは出先の
機関として正
倉院に関する
事務、
下総御料牧場に関する
事務をやっておるわけであります。
それから
地方支分部局として
京都事務所があります。この下の欄の
管理部の次に書いてありますが、これは
京都にありまして、
宮内庁のつかさどっておる
事務のうちで、
京都地方の
事務の一部を分掌をしておるのであります。
以上の
通りでありますが、なおこのほかに、
皇室のお
祭りの
関係のことは
掌典職というのがつかさどっておるのでありますが、これは
公務員ではございません。
憲法上そうしたお
祭りのことを
公務員がやることは
建前上いけませんので、そこで
公務員でない、
陛下の直接の
使用人、
内廷の
使用人ということで、
掌典がおりまして、そのお
祭りをつかさどっておるのでありまするが、それが
掌典職、これは
国家公務員ではなくて、
陛下の
内廷費の中で、直接私的にお
使いになっておる人がつかさどっておるのであります。
また、参考までに申し上げますと、
皇宮警察の点でありますが、
皇宮警察は、現在では
機構上は
宮内庁とは
関係はないのであります。
警察庁に属しておるのであります。同じく
皇居の中にあって、
陛下、
皇族の
警護をやり、なお
皇室用財産の警備をいたしておりますが、これは以前と違いまして、
警察庁に属しておるのであります。ただ同じような所で、時によると相
関連性のある
仕事をしておるのに、全然
命令系統の
別個の
組織であるという点に不便はないかというような疑問もありまして、昨年の六月、
宮内庁法が改正になりました。その
機会に
営内庁法の第二条の三項が加わったわけであります。「
長官は、
宮内庁の
所掌事務を遂行するため必要があると認めるときは、
皇宮警察の
事務につき、
警察庁長官に対して
所要の
措置を求めることができる。」で、
宮内庁の
機構の中にはないのでありまするが、
宮内庁の
所掌事務を遂行するために必要があると認めるときは、
皇宮警察の
事務について
警察庁の
長官に対してこういうふうにしてもらいたい、ああいうふうにしてもらいたいという「
所要の
措置を求めることができる。」というのが加わったのであります。
ただ、
皇宮警察は
宮内庁の
機構とは
別個でありまするが、その中に、
皇宮警察の
職員の中で、
宮内庁を
兼任している人は何人かあるのであります。
皇宮警察の
本部長というのは、
宮内庁長官官房勤務と
総理府事務官を
兼任をいたしております。
それから両
陛下、
皇太子殿下の
側近の
護衛をしておる
護衛一課、
護衛二課という、その課員の大部分は
宮内庁の方のうどねりを、要するに内舎人と書きますが、兼ねております。これは、
警護のほかにちょっちょっとしたことで、雑務と言ったらなんでしょうが、
事務をお願いするような場合に、そうした
兼任でやった方がいいというので、そういうふうになっておりますので、そういうような
関係で、両者の
関係を密接に結びつけて
仕事を進めておるということであります。
これが、
機構の
概要を申し上げながら、その中でどういうようなことをやっているかというようなことを申し上げたのであります。
次に、現在の
宮内庁の
所管というのは、大きく言ってどういうことかといいますと、これは
宮内庁法の第一条にありますが、「
宮内庁は、
内閣総理大臣の
管理に属し、
皇室関係の
国家事務及び
政令で定める
天皇の
国事に関する
行為に係る
事務を掌り、
御璽国璽を
保管する。」というのが、
宮内庁の
事務を大きく言った場合の
所掌でございます。この「
政令で定める
天皇の
国事に関する
行為」というのはどういうことかと申しますと、
政令できめられておりますのは、
憲法の第七条第九号、「
外国の
大使及び
公使を接受すること。」というのが
憲法第七条第九号にあります。そのことと、それから第十号の「
儀式を行ふこと。」この
二つを指しておるのであります。
ですから、
根幹になる
宮内庁の
事務は、この「
外国の
大使及び
公使を接受すること」「
儀式を行うこと」ということ、そこがこの法律からいきますと
根幹になりますが、なお「
御璽国璽を
保管する。」ということも書いてありますが、これは
天皇の
御璽、それから
日本国の
国璽というのを
宮内庁で
保管している。これは、
部局といたしましては
侍従職が
保管しております。
内閣から
書類を持って来られて、その判を押してほしいという場合に、その判を押すということでございます。しかしこれは、どういう場合に押すということは、
内閣の方で持って来られるものについてやるわけでありましてただ
保管をしておるということだけであります。その他は、この条文にはっきり出ておりませんが、この「
皇室関係の
国家事務」という中に、いろいろ
皇室に関しての
事務をやるのでありまして、先ほどずっと各
部局の
説明の際にいろいろ申し上げて参りましたようなことをいたすのであります。
以上が大略を申し上げたのでありまするが、
宮内庁の
所掌事務の
特質というようなものをちょっと申し上げてみますが、
皇室関係事務は、その性質上、
皇室の私的御
生活に密接しておりまするので、
勤務もこれに伴いまして、二十四時間
勤務と言っていいと存ずるのであります。その執務の時間によって一律に
勤務し得る
事務とは違いまして、御
生活に伴う諸種の
事項を絶えず遅滞なく処理される必要があるのであります。従って
職員の
勤務態様は、他
官庁とかなり違った観点から見る必要があろうかと存じます。そうした点が特に顕著にあるのは、
侍従職とか
東宮職とかいうような、
側近の
事務をするところには、特にそうした顕著な点があるわけであります。
それから次に、予想されるところであろうと存じまするが、
職員の任免について、多くの者は、必ずしも
一般の
国家公務員のように、普通の
事務能力のみによってその
職員の
採用、不
採用をきめるということがむずかしい点があります。
皇室の
事務をとるのに、その性格、
環境等について
適応性があるかどうかというようなことも考えていかなければならない点があるということであります。
それから次に、
政府との
関連でありまするが、
宮内庁は
総理府の一
外局となりましたけれども、しかし現在、
天皇は
政治には関与されないという
憲法上の
建前でありまするので、そうした点から、この
皇室の
事務をつかさどる
宮内庁が、
政府の
変更によりまして変動を受けるというようなことのないのが望ましい。特に
宮中からまた
政府に対して何らか
政治的な影響を与えるということもないようにしなければならないのであります。つまり
宮中府中の別ということ、これもある意味においては保たなくてはいけないと思っております。そういうふうな、
外局にありますが、
政治によって動いたり、また
政治に働きかけたりするようなことのないように心がけていくということが必要だろうということでございます。
最後に、
終戦後の
機構の改変によりまして
機構が非常に簡素化され、
人員がぐっと
削減をされた結果、大きな
行事がございますると、
宮内庁の
職員だけでは足らないということが出て参るのであります。将来あるいは即位、あるいは大葬というような、そういうふうな大きな
儀式がありますると、相当他の
官庁から
応援をお願いしないとやりにくいという点がございます。
貞明皇后さんがおなくなりのときも、他から
応援を頂いて
行事をやったというような点が
——人員は、平素においても、これはやはりそう人がたっぷりいるわけではありませんが、特に大きな
行事がありますると、昔と違って、中だけではやりにくいという場合があるということであります。なお、それじゃ
宮内庁の
職員は、ほかの
役所から
比較すると、
終戦のときに
比較して、同じような
仕事をしておったものが三分の一にも滅っておって、それではいかんじゃないか。
定員の増加をもっと強く要望すべきじゃないかというような御意見も一部にはございます。しかしこれは、現在各
官庁とも
定員をふやすということはやらないという
建前をとっておられまするので、まあ大蔵省あるいは
行政管理庁あたりへ、時によってはわれわれの方から、
事務的には部分的にこうしてほしい、ああしてほしいと言ったことはございまするが、
一般のその
原則を破ることもおもしろくない点もありまして、
部内の人の
やりくりで、現在なんとか
仕事を進めているという実情でございます。将来
定員をふやしてもいいようなことがあれば、ふやしていただきたい点はあるのでありますが、しかし、現在のところは
部内の人の
やりくりで、なんとかやって参ろうというふうに思っておる次第であります。
以上は、機材、
所掌事項等の
概要をざっと申し上げたのでありまするが、その次に、
予算の
関係、
宮内庁関係の
予算、三十一年度の
予算の
概要を刷ったのをお上げしてありまするが、その
宮内庁予算の
皇室費として、まず第一のは
内廷費であります。これは三千八百万でございます。これは
内廷で必要な
経費、要するに昔のお
手元金のようなものでありまするが、これは両
陛下の御
生活をなされる
経費で、あります。しかしこの中には、普通の食費のほかに、御静養なんかに行かれる、那須とか葉山に
おいでになるような場合の、そういうような
経費もありまするし、なお
皇太子殿下方の
内廷の宮様の、いろいろ学問をなされるのに必要な
経費等もこの中に含んでおりまするし、先ほど申しました
内廷だけで
職員を使用しておられる
掌典職等の
経費も
人件費としてその中に入っておる。あるいは
地方の
災害等の際にお
見舞を出されるというような場合も、この中から謹賀が出ておるわけであります。それから
宮廷費が一億三千七百万、この
内訳はこの下の方に別の
科目別内訳というところで書いてあります。それから
皇族費が八百五十五万、これは
秩父、
高松、
三笠、三
宮家の方に上げまする歳費であります。それを合せまして二億八千四百万。そのほかに
宮内庁の
行政部費として三億三千二百万ありますが、これは
宮内庁に
勤務しておるわれわれ等の
職員の
人件費がおもでありまするが、
人件費そのほか
財産の
管理の
経費と、普通のいろいろな
経費が入っております。この
内訳はあとの方に書いてあります。ですから、現在
宮内庁関係の総
予算といいますと、三十一年度は六億一千六百万、約六億ということであります。
この点についてよく御質問を受けるのは、以前から見てどうなんだという前との
比較をよく聞かれることがありますので、
終戦前との
比較を申し上げますると、
終戦前は
国庫から毎年四百五十万というのが
皇室費として出ておったわけです。そのほかに御料林を持って
おいでになりましたから、
林野から上る
収入、その他の
財産収入というものが
昭和九、十、十一
あたり三年間の平均でいいますと六百八十万くらい、合せますと千百五十万くらいであります。そういうような
収入によって運営しておったわけです。その金は現在の金に直しますと約四十億であります。でありますから、以前に
比較いたしますと、現在の
経費はその一五%、一割五分というふうになっておるわけであります。しかし、まあその
仕事の
範囲で先ほど申しましたように減っておる面もありまするから、そういう点も考慮する必要がありまするけれども、おおむね昔から
比較すると二割ぐらいになっておるということであります。
なお、
皇室の
財産のことをよく御質問を受けるのでありますが、
皇室の
財産どれだけあるのかというようなことを御質問を受けるのでありますが、これは先ほどちょっと申しましたように、
憲法によって、
皇室は
財産を持たれないということになっております。
憲法の八十八条では、「すべて
皇室財産は、国に属する。」というふうにありまして、その当時の
皇室財産はすべて国に属するということになりまして、なおそれに引き続いて、「すべて
皇室の費用は、
予算に計上して
国会の
議決を経なければならない。」というふうにあって、要するに
財産収入なんかを持たれないという
建前になりましたので、従って
皇室では現在は
財産はお持ちになっておられないわけであります。
終戦後こうした変動を受ける過程のことをちょっと申しますと、
昭和二十二年の三月の末に
皇室財産に
財産税というのがかけられるということで、その当時の
皇室財産は当時の評価で約三十七億、そのうち三十三億は
財産税として国に納められたのでありまするが、その後さらに
憲法の改正によりまして、
昭和二十二年の五月三日新
憲法の実施に伴って、
憲法の八十八条によって
皇室財産は全部国に属するということになりましたので、その残りの四億ばかりも全部国の方に返還になった次第であります。ですから、現在
皇室用財産と言っておりまするのは、国有
財産であって
皇室の用に供する
財産という意味で、
皇室所有の
財産ではない。国有
財産であるが
皇室の用に供する
財産というのが、
皇室用財産というように言っているのであります。そういうのであって、
一般に
皇室財産は
皇室で所有しておられるように解しておりますが、そうではないのであります。従って、そうした
皇室財産の中から収益が上れば、大蔵省の方の歳入になるわけであります。不用になりまして
一般に払い下げました場合にも、
一般の
国庫の歳入になるわけであります。
以上概略御
説明を申しましたのですが、何かまた御質問に応じましてお答えを申し上げたいと思います。