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参考人(
加藤一郎君) 私は東京大学の法学部で民法を専門にしております。そのほか水制度の方にも関心を持ったりしておりますが、専門は民法の方でございますので、きょうは問題をしぼりまして、
一つは
ダム使用権という
物権を創設することについての問題について、それを中心にお話したい。それからもう
一つは、全体としての水制度の一環として見た場合の
多目的ダムの取扱いがこれでいいかということを第二に申したいと思うのであります。結論を初めに申しますと、この
法案はこの
法案として、これでけっこうではないかというつもりでございます。
まず第一の
ダム使用権の問題でございますが、これは、まず二条にその定義が出ております。二条二項におきまして、
ダム使用権とは、「
多目的ダムによる
一定量の
流水の
貯留を
一定の地域において確保する
権利をいう。」、それが十五条以下におきまして詳しく
規定されておりまして、それが
物権になる。二十条で
ダム使用権を
物権にするということが書いてございます。まずこの
ダム使用権という
物権を創設するのがどうかという点でございますが、これは従来は、先ほど
野間さんの御指摘になりましたように、二十九年の
建設省令によりまして、まあ負担した
費用の額に応じて共有になるという形を一応とっておったわけであります。しかしこの
建設省令は、果して
河川法三条に反するのではないかという疑義もあるわけだと思います。つまり
河川法三条で、
附属物は
無主物になるというのが
法律の考え方でありますから、それを
省令で、果して共有持ち分を認めるということができるのかどうかという疑義もあったわけであります。それと同時に、共有持ち分といいましても、それを登記するというような方法が認められておらない。これは
ダムは建物ではありませんので、建物登記ということもできませんし、土地登記という中にも入ってこない。従ってそこに
抵当権を
設定するということもできなかったわけであります。で、これは
費用を出したからには、その
費用について、たとえばほかからの借入金で
ダムを
建設したといたしますと、それについて
抵当権を
設定するという必要がまあ当然出てくるわけであります。それで従来共有持ち分という形をとりながら、しかも抵当に入れるというような方法もないのであります。共有持ち分という、ただ虚名があるだけでありまして、実際にはあまり役に立たなかったのであります。まあ
法律的にも疑義があるし、実際にも役に立たないというのが従来の共有の形であったのであります。それを今回この
法律で、明確に
ダム使用権という独立の
物権にいたしまして、しかもそれを担保化の道を開いたということは、けっこうなことではないかと考えるのであります。ただこのような
物権というものは、
一つの特殊な
物権でありまして、従来あまり例を見ないものではないかと思うのであります。で、
物権といいましても、
ダムの
使用権ではなくて、
施設の
使用権ではなくて、
流水の
貯留を確保するという特殊の
物権であるわけであります。これはいろいろな
法律構成をとることが考えられますが、たとえば
ダムという
施設の共有という従来の形体であるとか、あるいはその
施設の
利用権であるとかという形体も考えられますし、また他方においては、
水利権と一本にいたしまして、まあ
水利権プラス
ダム使用権のような、新らしい
権利というものを考えるという方法も、
技術的には可能だろうと思われます。まあどの方法が一番いいか、必ずしも一がいにはいえないと思いますけれ
ども、このような
ダム使用権という
物権をとるという方法は、従来の
法律体系にあまり反することなく、つまり従来の
河川法の体系に直接に反することなく、しかも必要な
目的を達成するという
意味におきまして、まあ考え方としては非常におもしろい考え方でありますが、それでよろしいのではないかと考えているわけであります。さらによりよい方法というものも考えられるかもしれませんが、これで
法律的におかしいとか、従来の法体系に矛盾するとかということはない。そういう
意味で、これを認めて差しつかえないと思うのであります。まあこれに似たような
物権を従来の法体系の中から探してみますと、一番近いのは、おそらく漁業権の中の共同漁業権ではないか。つまり
一定の水を支配するというわけですが、実際はその中で魚をとるので、あまり確定的な、
特定的な
物権というわけでもないわけです。それとかなり近いような新しい
物権であると思われるのであります。
なお、これを
物権でなくて、一種の債権的なものにするということも可能だと思われるのであります。たとえば
貯留してある水を、不当に
管理者の力で放水したというような場合に、それに対する損害
賠償請求権を持つということは、債権でも可能なわけであります。しかし
物権といたしますと、それよりさらに強くなりまして、たとえば不当に放水をするような場合には、それに対して
物権的な差しとめの請求権を持つ、一種の
物権的請求権みたいなものをもって差しとめもできるということが考えられるわけでありますし、他方において、これを担保化するという道を考えた場合には、やはり
物権にしておいた方が便利であると思われるのであります。で、この
権利を認めます一番実質的な実益としましては、先ほどの担保化の道ということだろうと思うんです。つまり他人から金を借りて
費用を支出しておきながら、その担保になるようなものが何もできないというのは不合理な話でありますので、ここにできました
物権を担保に入れるという形でそれを解決するというわけであります。もっとも抵当にできるといたしましても、それは借入した先との計算の上の
関係であるのが普通でありまして、実際に
抵当権を実行するということは、おそらく実際にもないと思いますし、やろうと思っても非常に困難であります。たとえば譲渡性はかなり制限をされておりまして、二十二条では、移転について
建設大臣の
許可が要るということになっております。これは
ダム使用権の公益性からして当然の
規定だと思われるのでありますが、そうしますと、かりに
抵当権を実行するとか、あるいは
強制執行で競売をするというような場合には、結局この
許可を受けるようなものでなければ買い手になり得ない。
電力会社がつぶれて、新しい
電力会社を作ってそれを買うというような場合しかあり得ないわけでありまして、普通のように簡単に競売ができるわけではない。しかしそれにしましても、帳簿の上だけに終るかもしれませんが、やはり抵当という形がここで生まれることは妥当であると思うのであります。
なお、
ダム使用権については、
灌漑用の
水利権者というものは、
ダム使用権を持たない形になっております。つまり十五条におきましては、
特定用途に供する者の
申請によって
ダムの
使用権を
設定する。つまり「
特定用途」と申しますのは、二条の一項にございまする「
発電」「
水道」「
工業用水道」という三つのものでありまして、そういうものにしか
ダム使用権は
設定されない。従って
灌漑用の
水利権者には
使用権は
設定されないのであります。この点たとえば十条におきましては、
灌漑用の
水利権者に対して
受益者負担金を課すような
規定が置かれておりますが、それとの
関係で問題になります。つまり
灌漑用水に使うものは、
費用は負担しながら
ダム使用権は持てないという
関係になるわけであります。それが果して妥当かどうか、ちょっとよくわからないのでありますが、これを認めようとすることももちろん差しつかえない、あるいはその方が妥当かとも思うのであります。しかしこの原案のままにしておいても、実際にはそれほど困らないのではないか。つまり、
ダム使用権の実益というのは、
抵当権を
設定するということに大体あると言ってもいいと思うのでありまして、工業用
水利権者がほかから金を借りて
受益者負担金を払うというようなことは、それは起らないのじゃないか。しかし、もしそういうことが起るとすれば、やはりそれを担保にしてということも
法律的に考えられることであるし、この点はどちらにしたのがよいのか、実際がよくわからないものですから、必ずしもはっきり申せないのでありますが、まあどちらの方法をとっても実際にはそれほど違いは出てこないということはあるいは言えるのかしらと思うわけであります。以上が第一の
ダム使用権を
物権にするという問題でございます。
次に、第二に、水制度
一般から見た場合の
多目的ダムというのがどうかという、この
法案がどうかという問題に移ります。これは従来
多目的ダムの
建設及び
管理については、
発電などの
事業者と
建設大臣が共同でやるというような建前をとっておりまして、その間の責任とか、あるいは
費用の負担
関係とかいうものが必ずしもはっきりしていなかったのであります。二十九年の
建設省令がございますけれ
ども、たとえばそこで
操作規程を作って
管理をしようというような場合にも
事業者の
同意が要る、二条でそういうことになっております。そういう点からしますと、
事業者の
同意が得られなければ完全な責任ある
管理ができないというような形もあったわけであります。その点からしまして、
建設の点で
建設大臣が単独で
建設する、それについて特別会計を設けてやる、
あとは
費用としてほかの者から徴収するというのは、
建設の責任並びにその予算
関係を明確に一元化する
意味で私はけっこうな制度だろうと思うのであります。さらにでき上ったものの
管理につきましても、一応
建設大臣が責任を持ってやる。これは、たとえば
電力関係の
事業者と
洪水調節という問題とは二律背反になる面ありまして、そういう点についてはやはり
建設大臣が責任を持って
管理をするというやり方がいいと思うのであります。ただその点について、問題は他の行政機関や
事業者の十分な納得を得た上でやっていただきたいと思うのであります。
法律の
規定では
関係行政機関の長には
協議をする、あるいは
事業者については
意見を聞くということになっております。これは
協議が整わないときに一体どうなるのかという疑問が残るわけでありまして、
協議というのは一応話合いをすればいい、それで話合いがつかなければやはり責任と権限を持つところの
建設大臣が
協議整わなくても
処分ができる、あるいは
操作規程を作ることができる、あるいは
基本計画を作ることができるということに
法律的にはなると思うのであります。しかし、この点は非常にいろいろな利害
関係が輻湊しているわけでありまして、
協議という言葉をあまり
法律的に解釈することなしに、実質上十分に
協議をしていただく、そうして
協議が成り立たなければ、ほんとうに納得のいくまで
協議を整えてやらなければ実際には
管理がうまくいかない、計画がうまくいかないということになると思うのであります。
法律としては、
協議ということはあるいは条文としてはやむを得ない。あるいは
同意ということも考えられますが、そうすると、何かやはり共同
管理みたいな形が残って、責任、権限の一元化という点からいうと、やはり欠陥が残るのじゃないか。そこで
同意としないで
協議とするのは条文上はやむを得ない点だと思うのでありますが、しかし、その運用については十分御考慮を願いたいと考えるのであります。
なお、この点に関連いたしまして、付則において
河川法の
改正が行われようとしていることは注目すべき点ではないかと思うのであります。付則の五項におきまして、
河川法の六条を
改正して二項を設けまして、主務
大臣が
流水の占用に関する
処分をするときには
関係行政機関の長に
協議をするということに条文が入っております。これは前から国土総合開発
審議会の中に水制度部会というのが設けられておりまして、そこで
河川法その他水制度
一般に関しての
審議をいたしておるわけでありますが、そこででき上りました
意見書におきましても、これと同
趣旨のようなことがうたわれていたと思うのであります。その水制度部会の作りました答申案というものは、まだ総合開発
審議会にはかけられておらないようでありますが、これはいろいろ政治的な考慮があると思うのでありますけれ
ども、その中の一部というべきこの点が、今回
河川法の
改正によって実現されるということは、行政の運営を円滑にする上において非常にけっこうなことではないか。なお、できればそのほかの水制度
一般の問題につきましても、この
法案はこれでけっこうだと思うのですが、さらに全般的な御考慮をお願いして、なるべく総合的な
調整の実現をはかるというようにしていただきたいと存じます。
もう
一つ、いろいろな
利益の
調整という点で問題のありますのは、受益者負掛金の制度であると思われます。これは九条と十条に出ているのでありますが、まず七条で一応
建設費の
アロケーションをいたしますが、さらにその後におきまして、九条においては下流増、たとえば下流の既設の
発電所などがそれによって
利益を受ける場合には
受益者負担を課する。それから十条では
流水について専用
施設を設けて
灌漑用に供するものは、やはり
受益者負担金を徴するということになっております。九条は一応当然の
規定だと思われますが、十条においては、
農業水利権との
関係が出てくるわけであります。従来は、
多目的ダムの場合にも、
農業水利権者というものは
費用の負担をいたしておらなかったのであります。これは
河川法の三十七条の
規定による不均一賦課によりまして、取れれば取れる形にはなっていたようでありますけれ
ども、実際には取っておらないわけであります。もっとも、国営の
灌漑用の
ダムを作る場合には、地元が二割の負担金をしておりましたので、それとのつり合いで、農林省がやる場合には二割負担する、それから
多目的ダムを作る場合には全然負担しないというのもいささか筋が通らない話でありまして、負掛の率は大いに考える必要があるかもしれませんが、やはり
農業も
利益を受ける以上、それを負担金という形で
分担すべきだということは、議論としては正論だろうと思うのであります。ただ、
農業というのは、採算の非常にとりにくい
事業でありますから、ただ計算の上出た配分を受けたのでは、やはり不利である。ここでも、十条におきまして、
分担の額は十分の一以内、それに
建設利息を付したものということになっているようであります。従来の農林省でやっている場合には、土地改良法によって二割の負担をしておりましたのを、ここでは一割ということで、まあその約半分になっておりますけれ
ども、それに
建設利息が加われば、二割近くあるいはなるのかもしれません、利息はよくわかりませんけれ
ども。とにかくそういう形で負担するというのは、従来より
農業には不利になるけれ
ども、理屈としてはやむを得ないところではないかと考えるわけであります。まあそうなれば、
農業の方は十条でもっぱら負担をして、九条では負担をしない、九条からは
灌漑用
水利権ははずれるということになるのだろうと思われます。ただ、九条と十条の書き方がつり合いがちょっとわからないのでありますが、九条では、「
費用の一部を負担させることができる。」、十条では、「負担しなければならない。」ということになっておりまして、ちょっと言葉の上ではつり合いがとれないように思われます。もっとも、九条の「できる。」というのは、何も負担させなくていいという
意味ではなくて、できるというその権限、
建設大臣の権限を示したものだという
意味だろうと思うのでありまして、まあそれならば同じになる。その点が言葉の上でちょっとわからない点であります。
以上で私の
説明は大体終るのでありますが、全体として見た場合には、これによって
ダム使用権という形で
権利が明確化することは、好ましいことである。それから、
建設、
管理の一元化ということがなされることも望ましいことである。ただ、その場合には運用には十分気をつけていただきたいということでございます。きのう急にお話を受けましたので、十分調べておらないで、あるいは見当違いの点もあるかと思われますが、これで公述を終らせていただきます。