○芳賀
委員 心配な点は、たとえばこの
法律が成立し、運営してみてから発見される
事態が今からもうわかっておるということです。ですからこれは当然
法案審議の過程において、そういう点を明確にしておく必要があるわけです。特にわれわれが指摘する点は、従来
農地法の規定によって完全にこれが行われておったのです。たとえば干拓埋め立ての造成
農地の処分に対しても、完璧に近いような方法で行われてきておるわけです。ただ政府が改正して切り離したいという
考えは、造成
農地を高く売りたいということだけに尽きておるのです。それ以外の何ものでもないのです。そういうことであれば、国営で行う
土地改良事業、干拓とか開墾事業というものは、営利を目的にしていないでしょう。わが国の
農業政策の中における食糧増産とか農家経済の安定とか、そういう大目的のために
農地を造成して、それによって
農業生産力を発展させるという大きなねらいがあるからして、国の財政面においては相当多額の費用を投じても、
土地改良事業自体の収支のバランスとか、赤字がどうなるということは、大局から見るとささいな問題になるというので割切って国営の
土地改良事業というものをやっておると思うのです。今度の
考え方はそれを一擲して、コスト主義は移行しようという
考え方なのです。昨年一昨年あたりから
農業政策の方向を大体コスト主義の政策に転向しておるということは言うまでもないことなのですが、そういう採算の上に立ったという
考え方でいけば、今後の
農地政策というものは全く逆行するというか、別の角度を歩まなければならぬということになると思うわけです。わずか二万町歩くらいの干拓等によって造成される
農地の処分が、
農地法によると安いから別の方法で高く売らなければならぬということは、国家財政全体から見ればそれほど重大な問題ではないと思うのです。特に神武景気を宣伝しているときに、
農地を処分する場合に今までよりもどれだけ高く売りたいというけちな
考えで、そしてその
農地行政を二元化させるようなことをやるのは、これはとるべき手段ではないと思うのです。ですから、そういう点はやはり農林大臣の責任においてこういう悪法は作らない、改悪はしないというくらいにがんばってもらわないと、一歩一歩くずされていくということになると、今後どうなるかという不安が非常に大きくなるわけです。こういう点をわれわれ特に心配しておるわけです。良心的な井出農林大臣がこういう将来に禍根を残すような
土地改良法改正をやるということは、井出さん自身の良心から見ても遺憾にたえないことであると思う。特に処分された
農地というものは、今まで
農地法の規定に基いて国の所有であった造成
農地を売り渡した場合よりも非常に拘束とが制限が緩慢になっておって、どうなってもいたし方がないというような条件が最初から入植者にはついておるわけです。転用しようと思えば、そういう手続をして、転用がもっともだという理由があればやはり転用許可をしなければならない
事態にもなるし、またこれを他に転売しようとすれば買受人の資格が
農業に精進するものであるということが
農地法上明らかになった場合には、あすの日にこれをよその者に幾ら高く売り渡したって
農地法の規定から見るとそれはけしからぬということにもならぬと思うのです。たとえば一定の年限他に転売することができないとか、あるいは目的に供していない場合においては国が買い戻しをするとか、そういういろいろな規定が設けられておったのですが、今度の場合には、そういう規定も何も取得の形式が違うからして拘束が届かないのです。せっかく国が多額の費用を投じて作った
農地が、個人に権利が設定されたとたんに自由な
立場に放置されることは、非常に危険しごくなことではないかというように
考えられるわけであります。この点は農林大臣の理解がまだそこまで徹底しておらぬというふうにも
考えられるわけですが、いかがですか。