○
西脇参考人 私、
伏見先生の弟子であります。それからまた
大阪大学のいろいろな
先生の恩師の方々と少し異なった
意見を持っておりますので、非常に心痛であります。しかし、過去九年間にわたりまして、放射線の生物学的な影響、それから特に環境の放射能汚染という問題と取っ組んでおります
関係上、もしも誤まった不安感というものが一般民衆に与えられまして、そのためにいろいろな動揺、精神的な動揺とそれに伴う不必要なエネルギーと時間とが費やされておるとするならば、これは私といたしましても黙って見ているわけにはいかない。そこで、一応放射線の生物学的な影響ということと、それから環境の放射能汚染という専門家としての
立場から、どのようにこういった問題を考えるべきかという問題を、少し
科学的な
立場から議論させていただきたいと思うのであります。
先ほどから放射線の影響ということはあまりよくわかっておらないという
お話がございました。もちろんこういった分野におきましては、まだいろいろわからないところが多いのであります。たとえば、
人間につきまして、いろいろな病気というようなことはずいぶんわかっておる。正常なときにはどうなる、病気になるとどうなる。しかし生命ということについては、だれもはっきりとした確答を与えることはできない。従って、よくわかっておらないという
意味もいろいろな
意味があるのであります。従って、どういう工合に作用するかという機構につきましては、まだいろいろ議論があります。私も
一つの理論を昨年の国際遺伝学会に発表しております。それはともかくといたしまして、放射線が当ったときにどのようになるであろうかということについては、
心配するにせよ、安心するにせよ、全然わかっておらないという非常な不確定な基礎の上に立っておるものではないのであります。といいますのは、
人間の知識が発達して参りまして、放射線の検出法がだんだんと進歩してくるとともに、私たち
人間というものは、生まれ落ちるとともに放射性物質の中で暮らしておるということが明らかになってきたのであります。事実、その辺の土も水も、すべて天然に存在しております放射性の炭素、放射性のカリウム、それからラジウム系統及びその崩壊生成物といったものを含んでおります。これが長い年月の間に漸次われわれの体内に蓄積しております。それから、これ以外に地球の外から地球に到達して参りますところの宇宙線、これは非常に透過性のいいものも含まれておりまして、数百メートルの水の底を突き抜けて、深い鉱山の中にまでも到達しますわれわれ
人間として避け得られざるところの放射線であります。こういう工合に、毎代、何代にもわたりまして人類が放射線を受けながら生きておる。それにもかかわらず、みんながみんな放射線の影響で倒れてしまっているとは限らぬ。一体これはなぜかと申しますと、少くとも放射線の
人間に対する影響の一部分というものは、一種の偶発現象とでもいうべきものであります。特に遺伝
学者関係——私も
日本遺伝学会の放射線遺伝学の
委員をいたしております。これからもあまりむちゃなことをやっていかぬというので警告を出しました。その警告といいますのは、放射線の遺伝学的影響に関する、これ以下ならば絶対に影響が起らないと言い切れるところの下の限界は存在しない、これに対して生理学的変化というものはある限度以下ならば、これ以下なら起らないという限界がある。しかし、遺伝学的にはそういう下の限界はない。こう言いますと、そうするとこの
意味がずいぶん取り違えられまして、いかに微量であっても、それ相応の影響がみなに残っているのだという工合に考えられますけれ
ども、事実はそうではないのであります。非常に微量な放射線でありますと、たとえば一億人に与えれば一億分の一という確率で変化の起るような放射線でありますと、これは一億人のうち、だれか一人に何らかの影響が起るかもしれないけれ
ども、ほかの人は何でもないということを言っておるのであります。この点、微量の放射線が行き渡った場合、みんながみんな影響を受ける、八百万人死んでしまうというような印象を与えることは、明らかに誤まった考え方と言わざるを得ないのであります。それで、一応われわれが天然にどの
程度放射線を受けているか、まず
最初に左の方のテーブルの宇宙線、いろいろなガンマ線、空気中のラドン、カリウム四〇、炭素の一四等でありますが、このうちカリウム四〇はベータ線を出しておりまして、おとなでありますと、三十八万カウントという放射能を受けております。それから炭素の一四もベータ線を出し、大体十五万カウント、それからラジウム及びその崩壊生成物によりまして、アルファ線の大体九千ないし一万八千カウントという放射線を受けております。そうして大体平均生殖年令である三十年間の線量が二・八五レントゲンないし三レントゲン、これも地域によってずいぶん違います。アメリカあたりでは、大体四ないし五レントゲンも受けておる地域があります。三十年間に受けるところの平均放射線量は、アメリカでは四・三レントゲンということになっております。
次いで、
宇治の
原子炉の場合にいろいろ問題になるわけでありますが、
原子炉で放射線を出す物質をいろいろ作るわけであります。いわゆるアイソトープといいますが、これが小型の
研究用原子炉程度でありますと、そんなにたくさんはできない、むしろ非常に半減期の長い危険なものは、現在のところすでにアメリカのオークリッジ及びイギリスのハーウェルあるいはカナダあたりから輸入しております。現に
大阪市内の国立
大阪病院におきまして、五百キューリーの治療用のコバルトを持っております。私も障害防止の点でいろいろ相談を受けております。それからまた将来三千キューリーというコバルトを置くホット・ラボラトリー高放射能実験室が
大阪市内に置かれることになっておるわけであります。そういう状態にあるわけであります。しかし、そういう三千キューリーも作ろうと思っても、この
原子炉ではちょっとむずかしいのではないかと思われるのであります。しかも、そういう治療用に使うコバルトあたりでありますと、幾ら強いものを作りましても、大体そのまま治療用に持っていって使いますので、廃水というものは出てこない。従って、廃水が出るというのは、これはいろいろ実験の種類によっても違うと思います。初めからそう神経質にいろいろこまかい数字のけたまで考えることはできない。むしろその場合々々において、できる限りの対策を立てるべきではないかと思われるのであります。
それから、今回の
原子炉のスイミング・プール型につきまして、先ほど
伏見先生から
お話がございましたが、過去において非常に大きな事件というものがない、一部には大げさに報道されているが、万一の事故の場合にどうなるかということに関しましても、過去において非常に大きなスイミング・プール型での
爆発というものは、実際上ございませんので、ただ実験的に無理やりに起させて、実験的に放置しておいて不安定な状態にしたというようなデータがわずか出ておる
程度であります。従って、現在のところ、この万一の場合の障害というものを考えるに当りまして、まずそういう実験の結果というもの、それからもう
一つは、理論的にどの
程度の可能性があるかという二つに基礎を置いてものを考える以外にはないのであります。その第一の基礎といたしまして、先ほど
伏見先生の指摘されましたボラックス実験における汚染度の分布
——実際に故意にこれを
爆発させて、このときの風速が大体時速八キロメートル、秒速にいたしまして約二・二メートル
程度であります。そして非常にコンディションの悪い、インヴァージョンといいまして、気温が逆転して上の方の温度が高いために、煙が上ってしまわないで、たなびいて、逆におりてくる。このときに、下に二十メートルというスケールが入っておりますが、大体二十メートルの十倍の二百メートルぐらいしか飛ばない。青線の周囲の部分になりますと、最大許容量以下になる。この範囲の外は非常にわずかで問題にならない。それから上の風上の少ししか飛び散ってない方は、大体十メートルないし二十メートル以上で、完全な安全地帯に入るわけであります。
それで、実際
宇治のどの辺に
原子炉が置かれるかということについては存じませんけれ
ども、一応敷地の中央の部分に置いたといたしまして、百メートルごとに赤い点線で円を書いてございます。それに
宇治地区の平均の風向きというものを考慮いたしまして、ボラックスの実験の結果を重畳して書いてあるのが、向うの赤いカッコであります。これが大体二百メートルも離れておりますと、それ以上にはほとんど散らないというのでありますから、これがどっちを向きましても、これで考えると、外部に対する危険性はない。従って、
宇治川に到達するというようなことはあり得ないと考えられるわけであります。
そこで、こういった実際の
爆発実験によったものはどう考えても問題にならないわけでありますから、もう
一つ次にもっと悪い条件を考えまして、一応
宇治川の方に非常にきつい台風のような風が吹きますと、これはまた
爆発しましても散ってしまいまして、逆に
宇治川に入る量は非常にわずかになります。そこで、大体このボラックスの実験の倍よりちょっと多い、毎秒五メートルくらいの風速の場合を考えまして、これが
宇治川の方に押し流された場合に大体どの
程度か、こういった問題につきましては、アメリカのパーカー及びヒーリーという人が、
原子炉設置の環境、条件ということに関していろいろ検討を加えておられますけれ
ども、大体このような条件のもとでどの
程度になるかといいますと、現在のところ、地図で、
宇治のところが向うの赤まるであります。それから下の赤まるが、現在の取水口でありますが、大体これで見ますと、
大阪市と阪神上
水道の取水口は、淀川の
下流に向って左岸、
大阪府の方が右岸にある。
大阪府下の大きなのは、大体その
程度であります。それで、
宇治川に入りまして、これが流れてくるというわけでありますが、現在
宇治川について考えますと
——英国のハーウェルでは、高放射能の方は濃縮して海へ捨てておりますが、通常汚水に相当する少量は、イギリスの医学
委員会で定めました限界以下にして落しております。それがロンドンの
下流のテームス川に流れ込んでおります。現在のところ放射能が弱く薄まって、流下距離とともにどの
程度放射能が薄まっていくかということが正確に測定できないほど微弱なものであるということが、英国の供給省から公式に発表されております。その限度は、ニューヨークの市民が現実に飲んでおりますところの水の中に含まれておる天然のラジウムの大体六分の一以下であるということが報告されております。それから通常汚水にいたしましても、先ほど児玉
先生の
お話を聞きましたが、大体一カ年間にキューリー
程度であります。しかし現実にアメリカのオークリッジの
研究所におきましては、あそこにブランチ・リバーというのがありますが、これが流れ込んでテネシー川に入ってくるわけであります。文献によると、オークリッジで大体一日に五キューリー
程度流し込んでおります。しかも、それを流しますのに、逆に
土地の浄化作用を利用して、近くに池を掘り、その池の中に一たんためて、その池の中からじわじわ流れ込ませる。そうすると、
土地は存外イオン交換度が高いので、天然の保護作用で危険な元素が一部取られまして、長い期間にゆっくり流れ出ていく。それが一日に大体五キューリーという
程度になっております。それで、今ので大体どれくらい入るかという量を算定して、そうしてこれが淀川の大量の水の中に入りましてどのようになっていくかということを考えますと、これで見てわかりますように、万一攪拌がないとしますと、両側から木津川と桂川が来ており、取水口が両岸になりますので、余り入らないことになる。従って、危険な状態というのは、ある
程度攪拌を考えなければならないことになる。それから、現在のところ、
大阪市の
水道局工務課長の好意によって調べていただいたわけでありますが、
大阪、
神戸地方の淀川からの総給水
人口は約四百万人であります。
次に
地震に対しましても、
大阪市の
水道の取水口の耐震強度よりも何倍か安全強度をとっておきますと、大きな
地震がいって
原子炉がこわれる前に、今度は
水道の取水口が先にこわれてしまうということになりましょう。また洪水にいたしましても、児玉
先生がおっしゃいましたように、洪水のときの最高水位よりさらに安全係数をとって幾らか上にしておくと、
原子炉のこういう実験室が水でつかるまでに、すでに周囲も相当
被害を受けてやられてしまうということになるわけであります。そうすると、こういう工合に飛び込みましてもいろいろな元素がありまして、大体数十種類の元素が出ます。核分裂でウラニウムが割れますときに、大体いろいろな元素のできる割合というものが、実験結果から出ております。このできる割合が縦座標に出ております。横座標には、ほんとうは元素の種類で書けばわかりやすいのでありますが、放射性物質が核分裂とともにできましても、時間とともにどんどん元素の種類が変ってくるので、よけいややこしいことになって参りますので、質量数について横座標をとっております。上に高いこぶが二つありますが、軽い方は大体九十五くらいの質量数を持ったもの、重い方は百三十五くらいの質量数を持ったものが一番たくさんできます。そのうちでどの元素が一番危険であるか、その一番危険な元素について検討を加えてみて、そしてそう
心配する必要がないという
程度だと、他のものについてもそんなに
心配するほどのこともないのです。このテーブルに、おもなものについて、大体生成率が高くて、しかも半減期がかなり長いものをあげてありますが、これについて考えますとき、かりにその割れた部分の軽い方としましては、ストロンチウム九〇とこれから生まれる
子供のイットリウム九〇、これが生成率五・六%、半減期が二十八年で、一番厄介なものであります。その下のテクネシウム九九、これが六・二%、半減期が2・12X10の5乗年、半減期が非常に長くなります。半減期が非常に長いということは、同じ量であってもゆっくりと放射線を出すので、非常に弱い。従って、むしろ生成比率が割合に高く、しかも半減期が中
程度であるというのが一番危険であります。重い方では、セシウム一三七とバリウム一三七、これが六・二%で、ストロンチウム九〇より少し長い三十三年
程度の半減期であります。この二つが非常に厄介なのです。ストロンチウムは非常に厄介なもので、御承知のように、カルシウムとともに骨に入りまして、生理学的な影響を及ぼすのであります。しかし、生理学的な変化については、下の限界というものがあるだろうということが考えられております。しかも、骨に集まりますので、生殖器官にはあまりいかず、遺伝学的な影響、少しでも困るという遺伝学的な影響については、むしろ問題が少いのです。問題はセシウムの一三七とバリウム一三七、これが筋肉及び生殖器官に入ります。しかし、幸いなことに、これの生物学的な半減期、体内に入って出ていく半減期が、十七日
程度の短かい期間なので、非常にありがたいのであります。
次の表は、今のところ、これにつきまして考えてみます。大体現在の設計のように数ミリ
程度の鋼板でもって囲んであるというような場合に、
原子炉が暴走するという場合を考えます。これは人為的にやらして、そうして、非常に悪いコンディションで秒速五メートルくらいの風が吹いているという場合に、淀川に入る。大体そういった場合には、たまっている
原子炉燃料内の総核分裂生成物の約一%
程度の放出と考えるのが普通でありますが、それをもう一けた高い一〇%として、両方の場合を計算しまして、そのうちのストロンチウム九〇、セシウム一三七、これが千キロワットで、一年間オペレートしてできると考えられる最大量に放出係数を考慮して計算したものが表に掲げた値であります。大体ここに見られますが、放出係数が一〇%のとき、
宇治川が風下になっているときでも、数キューリー
程度(七ないし八キューリー
程度)で、一%の場合ですと一キューリー以下に、セシウム一三七もストロンチウム九〇もいずれもなっております。このキューリーという単位は、そのままだと理解がむずかしいかと思いますが、これを現実にわれわれの頭上に降り注いでいる原水爆の放射能と比較してみるとよくわかります。最近アメリカの
原子力委員会から発表されました原水爆の実験によって
世界的に降り注いでいるストロンチウム九〇の平均量というものから、琵琶湖全面から
宇治川の全域にわたって降り注いだ、すなわち現実に
水道の上源に降り注いだ量を計算してみますと、最高大体二十八ないし二十九キューリーのストロンチウム九〇がすでに入っておることになります。つまり
原子炉の最悪の
爆発がすでに何回か起ったに相当するものが現実に入っております。従って、
宇治の
原子炉が先ほどのような万全の措置をもって運転されていると、平常の状態においては、現実に
宇治川に入っておる原水爆の放射能の一部分さえ、蒸留水をさらにイオン交換樹脂を通して流すと、かえってとれるのではないかと思われるくらいであります。こういった状態から考えますと、少くとも放射能の専門家といたしまして、決してここに置いていけないという結論は出てこないと信ずるものであります。
最後にもう
一つ、ここにどの
程度、すでに人工的な放射線を生殖腺が受けているかということを、天然放射線量を百として、これに対する割合で示します。これはイギリスの資料でありますが、診断用放射線量は二二で、放射線治療、これはわかりません。アメリカでは放射線治療と診断用と二つ合せて、大体天然の放射線量百に近い線量を受けておると推定されています。それから、くつの寸法合せが〇・一、夜光時計が一、夜光時計を持っておりますと、たとえばズボンのポケットに入れておきますと、これから出る放射線で生殖器官が直接放射線を受け続けていることになるが、これも天然の一%であります。イギリスでは、これは昼や明るいところでだてに使っておるのはいかぬという注意をしております。テレビジョン・セットは電子が当りますので、X線が発生する。これは特に電圧の高いものだと、かなり強いX線が出るだろう。しかし、現在のところは一以下、高高度飛行では宇宙線の強度が地上の数の十倍あります。しかし、現在のところ飛ぶ人が少いので、イギリス全体として〇・〇〇一五ぐらいと推定される。職業的照射、放射線学及び工業が一・六以上、イギリスの
原子力関係、これが〇・一、イギリスの
原子力関係というのは
原子力の
工場に働いておる人たちがずいぶんあります。その人たちの受ける線量であります。外部に対するのはほとんど零に近いというふうにみなされております。現在、
宇治の
原子炉で事故が起った、そうして遺伝学的に問題になるセシウム一三七が入ったと考えまして、一般の受ける線量を大体計算いたしました。このような想定のもとでも、まず絶体に
大阪市の上
水道の放射能が、原水爆の
あとに降る強い放射能雨には達しない。これが一時ある
学者が、放射能に騒ぐのはノイローゼだ、温泉の水でも飲めというようなことをおっしゃったときの高い放射能雨の
程度には、絶対に達しないということがいわれます。
これが生殖腺に対する影響を考えてみます。
大阪の現在の給水
人口が四百万人、これは
大阪の
水道局の工務課長に計算していただきました。そうして、遺伝学的影響を考えてみますと、大体この
人口の約二分の一となる。なぜかと申しますと、四百万人のうちには、すでにこれ以上
子供を作らないという人の数が含まれております。それから、乳幼児の数も含まれております。これは、将来大きくなって、次の
子供を残すまでになくなる人の数も含まれておる。その二百万人をかけまして、この全体に対する遺伝学的に有効な総放射線量が出る。これをイギリスのスコットランド、ウェールズ、イングランドの総
人口の天然に受ける遺伝学的に有効な総放射線量に対しまして、
宇治の
原子炉に最悪の事故が起ったと考えまして、〇・〇〇〇四%、つまり百万分の四ということになる。これを
日本の総
人口に対する天然の遺伝学的に有効な放射線総量と比較すると、その割合はそれよりさらに低くなりまして、大体百万分の一の〇・〇〇〇一%となります。こういう事故はしょっちゅう起るものじゃございません。しかし万一起ったとしても、その外部に対する影響は、一般に考えられているほど大きなものでないだろうということは言えます。
次の表、天然の総放射線量(イギリス)と比較して、こういう割合になります。
次は、これによって大体どの
程度遺伝学的影響が起るか、天然に起っておりますのが、アメリカとイギリスで推定されております。昨年の六月の十二日にアメリカの
科学アカデミーの総裁ブロンク博士から非常に強い勧告、すなわち将来
原子力発電が大規模に行われれば、その放射能が非常に厄介なものになるだろうというような報道がなされている。アメリカの
科学アカデミーの勧告のときに出されております報告によれば、大体天然にでも一億新たに生まれておる世代につき、約二百万人というものが、何らかの天然の原因
——放射線以外の原因もありますが
——によって、遺伝的異常をもって生まれてきておるものであるというふうに推定されております。そして一世代当り、平均一人当り三十ないし八十レントゲン受けると、この割合が倍になります。しかし、今申しましたような警告というものは、よく読んでみますと、大体一九八〇年ごろのアメリカを対象としておる。大体
日本の総電力の半分以上というものを
原子力発電に置きかえ、しかも
宇治の
原子炉を毎日
爆発させたときに出る量よりも、もっと多い量をたれ流したようなときの警告であります。その
程度のオーダーが、すなわちけたがだいぶ違うのであります。これを今の量で、すなわち
宇治の
原子炉でめったに起らないような大事故をわざわざ起したとして計算しまして、どの
程度の遺伝学的な変化が起るかを推定しますと、大体有効生殖
人口二百万人、平均生殖期間三十年間にセシウム一三七で〇・〇〇〇四人ということになります。そうして飛び出してきたものは、すべて遺伝学的に最も危険なセシウム一三七ばかりだと仮定いたしましても、三十年間に大体〇・四人
——〇・四人とか〇・〇〇〇四人とかいうことは、これはもちろん大体の
程度の推定ですが、おそらく一人も出ないだろう、少くとも一般に考えられているほど、この
程度の
原子炉だと、
大阪市民に対する危険性が高いものではないだろうということを言って差しつかえないのじゃないかと思うのです。
これをほかの危険性と比較してみますと、これはイギリスで
調査されました一九五〇年における
人口十万当りの事故死の割合ですが、漁業が年間にして百十三人、ほかはずっと下っておりまして、大体これら事故死を含めました全部が、天然の原因たとえばインフルエンザとか肺炎とか結核による死亡数の全体として十分の一、ところが交通事故について
日本で調べて見ますと、これは
大阪警視庁交通第一課の御好意によって調べてもらいましたが、三十一年度の年間統計によると、死傷者の総数が大体十万人以上になっております。この割合でいくと、三十年間では三百万人以上になる。つまり死んだ人を含めまして、手や足の折れたかたわ者及びかすり傷を負った者を含めると、大体一年間に十万人。そして三十一年度のこの十万人の総
人口に対する割合は、大体イギリスの一九五〇年度の漁業
程度。その次は、京阪神
地区だけ見ましても、これは三十一年度警視庁調べのもので、大体この割合で年々ふえておりますけれ
ども、今のままでいくとしまして、大体三十年間に総計五十五万人、こういった交通事故だけでも死傷が起るということになるのであります。もちろんたとい〇・〇〇〇四でも、こういった潜在的な危険性というものをゼロに持っていくということが理想であるかもしれませんけれ
ども、しかし、われわれ
科学者としての義務
——文明の進歩に伴って、いろいろな潜在的な危険性というものが上昇するわけでありますが、しかしながら、そういったいろいろな社会の危険性の相対的な、危険度に応じた妥当なる感覚というものを、一般大衆に与えるべく努力するのが責任であります。目に見えますものは、小さいものを大きく言えば、だれにでもうそだということがおわかりになるでしょう。しかし、放射能というような、しろうとによくわからないものは、アリのように小さいものを象のように大きく言うことはできるかもしれません。しかしながら、これは、私は何らかのためにするところの悪質の扇動であるという工合に考えておるものであります。原水爆とこれを混同してもらうということは非常に困るので、原水爆のような、そもそも殺戮の目的を持って行われておる実験に対しましては、これは道徳的な絶対悪であります。たとい全人類中の一例たりとも、これは重罪である。実罪がなくとも、殺人を意図したということでもって、これは重罪に問われるのであります。こういったことに対しましては、少しでも平時において潜在的な危険性を不必要に上昇させてはいけないという定性的な絶対論を適用して差しつかえないと思います。しかしながら、もしも
原子力の
研究に対し、そういった定性的な絶対論というものを適用いたしましたならば、これは、
原子炉というものは、先ほど
伏見先生もおっしゃいましたが、起る起らぬは別にしまして、潜在的危険性というものは存するものであります。従って、
人間が利用し得る範囲内に置く限りにおいては、どこに置いても潜在的な危険性は完全にゼロになるとは考えられない。自動車を一台でも走らせる以上は、事故の起る起らぬにかかわらず、交通事故等の起る潜在的危険性というものは、完全にゼロとは言えない。従って、
原子力研究に対しまして、少しでもいけないという絶対論を適用いたしますことは、これは
研究をやめてしまえということになります。ここでもって
原子力研究をやるかやらないかという問題になります。もしやるならば、ここでわれわれは定性的絶対論から相対的定量論に進まなければならない。相対的定量論と申しますのは、他の社会のいろいろな危険性と比較いたしまして、どの
程度までを許すかというアローアブル・リスク、すなわち許容量の限界という概念が初めて生じてくるのであります。
以上で私の現在の知識並びに現在まで出されております私の知る限りの放射線生物学の知識において、できる限りの妥当な推定を行なったつもりでありますけれ
ども、どうかこれらの数字に基いて、相対的定量論の
立場から、皆様方の賢明な御判断をお願いいたしたいと思います。