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説明員(靱勉君) 私
どもわが国の
電話のように、過去におきましては、ほとんど
設備に要する
経費は全額を
加入者の
負担に仰いだ。例を申し上げますれば、千円、千五百円、三百倍で計算しますれば四十五万円というような多額の、それによって全部の
設備ができるというような
負担を
加入者にしいたという点が、わが国の
電話の
普及しなかった一大原因であったと思いまするが、これはまあ、
電信電話に対する全体の認識が足りなかったと申しますか、あるいは国の経済というものがそこまでいかなかったのか、ともかくいずれにしましても他の国に例のない
電話権利というものが発生し、
電話の売買ということで、
電話というものが
一つの財産だという形になっておったわけであります。終戦後これに対しましては、一時全然
負担金はちょうだいしないということにいたしたこともありましたが、と同時に譲渡禁止をするというようなポツダム政令も御案内のようにあった次第でございます。これはまあ、非常な理想で、私
どももちろんこういうことにならなければならぬと考えた次第でございますので、終戦後当時わが国の財政の力と申しますか、経済の力から、なかなか
電話事業にのみ多額の
政府の援助もできないというようなことで、しかも
需要は非常に膨大であった。従って若干の金は
負担しても早く
電話をつけてもらいたい、当時の情勢では、申し込んで五年たってつくか、六年たってつくかわからないというような
需要と供給のアンバラがあったのでございますので、当時
臨時立法としてこの
負担法ができまして、できるだけ大きなワクにおきまして
加入者の御要望に沿うと、こういう態勢になったわけでございます。そこでその後五カ年
計画というものが作られまして、ちょうど
設備負担は五年でございましたが、三年で切れてしまうということになったわけでございますが、過去におきまして一番因った問題は、結局
計画が不安定であるということでして、
建設資金が確実に得られまして長期の
計画が立つということが、
電話事業の健全な発達のために根本的に必要である、こういうふうなことを私
ども痛感いたした次第であります。従いまして五カ年
計画を設定しまして、一応の
資金計画等も
負担法に基きまして作った次第でございますが、これも御案内のように、二十八年度はようやくある
意味において相当大規模で出発しましたが、二十九年度は直ちにデフレ政策の影響を受けて
外部資金も四十二億五千万円しか得られない。いわゆる一般の
外部資金でございますが、そういうふうな状況で、
公社としましては、とにかく
加入者あいるは市外回線の増設等によりまして、できるだけ直接利用される
設備の
拡充によりまして収入をよけい得るということによって、この欠陥を補いまして、第一年度から第三年度までここに経過しておるような次第でございますが、三十一年度、三十二年度におきましては、どうしてもこの第一次五カ年
計画を完成したいという
意味合いにおきまして、どうしても、はなはだ理想とは遠い次第でございますが、
負担法の延長を
お願いしたいということがまず第一の
お願いでございました。そこで第一次五カ年
計画が、当初たとえば
加入者を例にとりますれば、十四万というような目標でやりましたが、これは事実上十九万、二十万近く架設せざるを得なかった。その
理由は非常に
需要が多かったということと、もう
一つ私
どもは収入を得なければならんというような要請で、そういうような基礎
設備をおくらしても、やむを得ずそういう方向にいかざるを得なかった。ところがこういう十九万、あるいは二十万
程度、三十一年度、三十二年度にやって参りまして、わが国の
電話というものはようやく二百五十万ということになりまして、人口百人で当りますと三・八と現在世界で二十二番目といわれておりますが、ようやく十九番目くらいになる。これは三十二年度の末の現在の
負担法そのままの
需要を予測してみますと、三十二年度に十九万
程度つけたとしましても、四十八万という
電話が残ってしまう。二八%
程度しか充足できない。これは
国民から見ますれば、第一次五カ年
計画も何もないのでありまして、もう申し込んでから、三〇%充足しますれば、申し込んで三年間は、一番
あとの人はつかんと、こういう形になるわけでございますので、どうしても第一次五カ年
計画の規模を落すわけに参りません。そこで第二次五カ年
計画を現在考えておりますが、これはお
手元に第一次五カ年
計画の概要と、第二次五カ年
計画の大体のところをごらんに入れている次第でございますが、これも年々五百六十億くらいの
建設資金を投じまして、加入
電話の例にとりますならば、十九万
程度五カ年間やって参ります。その結果わが国の
電話はようやく三百四十五万ですか、この
程度になりますが、これをもってしましても、現在の人口割で五・五ぐらい、これでようやく世界の十七位ぐらいになりますので、私
どもこの五カ年
計画の規模というものは、決して
需要に対しては大きいものであるとは考えていないわけであります。
そこでこの五カ年
計画を設定します場合に、いつも問題になりますのは、一体われわれが予定したように
資金が得られるかどうかという点でございまして、長期
計画を立てましても、
資金がぐらぐら動くのでは、これは全く紙にかいたもちみたいなもので、
計画が何ら進捗するに至らんということで、毎年々々そのときの状況によって左右されなければならない。もちろん
電話といたしましても、産業あるいは一般の景気不景気の変動は受ける次第でありますが、過去におきましては決してそうじゃなくて、
需要は非常にある。しかしながらやはり一般財政政策にのりまして、まあ
電話はしばらく待てというようなことで落されてくる。こういうようなことでは困りますので、私
どもできるだけ安定した確実な
資金を確保いたしたい。今回、来年度の
予算としましては八十五億ということで、
外部資金をようやく
政府の方の御承認を得て、国会で現在審議にかかっておる次第でございますが、公募
社債でいくと申しますれば、これもやはり一定のワクがあるのでございまして、本年度におきましては二百億
程度、これは国鉄と両方で分け合うという形になっております。ところが来年度におきましてこれを三百億
程度のワクに拡大されたのでございますが、国鉄の方の
政府資金の援助がそうできないということで、やはり二百億以上、二百四十億というものは国鉄の方に配分される。私
どもの方は八十五億、この八十五億につきましても、なかなかそう容易な金ではないのでありまして、この
外部資金がどういうふうに決定されるかによって
計画がぐらんぐらん動く、こういう形になっておるのでありまして、
山田委員のおっしゃる
通り、わが国の
電話の形態というものは、決して理想の態勢ではない。しかしながら過去の立ちおくれというものを取り返していくということにいたしますならば、この際どうしてもある
程度加入者の方にも御協力を願わざるを得ない。これはまあ全般論といたしましては、私は決していい政策だとは考えていない次第でございますが、こういう非常に当初において多額の固定
資本を投下しなければならぬ他の
設備、ガス、電気水道等の例におきましても、若干、あるいは相当の
負担を利用者に
お願いしておる。私
どもはこれはなるべく避けたいという
意味合いでございました。当時国会の御審議におきましても、これはともかく一時、金を借りるのだという体制でございまして、
負担金の東京におきまする三万円につきましても、五年間に加入を離れる、すなわち、加入した
電話を要らんと返される方には三万円そのままお返しする。それから六万円の
社債につきましては、現在の金利から見てどうかと思いますが、六分五厘という金利をつけまして、必ずこれは返済して参るというような格好にいたしておりますので、あくまでこれはできるだけ
負担の方に御迷惑のかからんような態勢に、現在の
法律がなっておる次第でございます。まあしかし、これはまた当時政令を作りまして、最高額をきめたものであります。でありますから
外部資金の獲得いかんによりましては、あるいは自己
資金の
拡充いかんによりましては、これはできるだけ下げていくというような考えでありましたので、この五年間でも、ある
程度政令によって減額できますれば、私
ども最もこれは望むところであったのでございますが、ただいま申したような、三十一年度、三十二年度の状況並びに今後五カ年間の状況を見ましても、容易にこの事態が解消できないというような次第でありますので、まあ
臨時立法としましては、あるいは最高限でありますが、もう五カ年間
お願いする。しかしながら監督官庁であります郵政省におきましても、政令で最高領をきめてあるのであるから、できるだけ早い機会においてこれを軽減するような
措置をとらなければならぬというような御
趣旨もありますし、私
どもといたしましても、もちろんそういうような心がまえで今後最善の努力をいたしまして、実際上の
負担をできるだけ少くしていかなければならぬ、こういう考えに立っておるのであります。
山田委員の御指摘のように、
公社を作りましたのは、過去の何と申しますか、
国営の非常に悪い点を直していくという点にあることは、私
ども絶対に忘れていない次第でございますが、何と申しましても多額の
資本を投下しなければなりませんし、また、これに対して国も一挙に応ずるということは、とうてい許されない。しかも
計画というものは、かなり安定して長期の見通しのもとにやっていかなければならぬというような、いろいろな事案を考えまして、ある
意味においてはやすきにつくと言われるかもしれませんが、しばらくこういうような
制度の存置を
お願いしまして、さらに第二次五カ年
計画に入りますと、かなり前途の見通しもはっきりして参りますので、その際におきましては、さらにこれらの
制度についてもよく考えて、検討していかなければならぬ。しかしながら第二次五カ年
計画も、かなり早く設定せにゃならぬ。そういうような際におきまして、現在の
外部資金の状況というものは、必ずしもそう楽観を許さぬというふうに考えております。またいろいろとこの問題を中心としまして、現在の装置料というものは四千円
程度になっておりますが、この
負担法が消滅しますれば四千円しかちょうだいできないという形になってくる。
電話の
普及発達のためには非常な支障でございますが、平均二十五万円の
建設資金が個々にかかるというようなことを考えますと、これらの
施設がかなりそれぞれの
加入者の直接の
利益にも及ぼす点が非常に緊密な
関係にあるというような事態を考えまして、この際私
どもとしては、できるだけ軽減する努力はいたしますが、この二十五年度末までにおきまして全廃するというような情勢がうかがわれないというような
立場から、やむを得ず五カ年間は
お願いいたしたい、こういうような次第であったのでございます。