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山本經勝君 ただいま
調達庁当局の方から
お話しがございましたが、実は月三十日に当
委員会の
重盛委員長の方から、本日この
兵庫県にあります
キャンプの
紛争について正式に
委員会審議に付するということで、一応
事前に
現地の
状況を見てこいという御指示をいただきまして、実は三十一日に
現地に参りました。そこで第一番に
県当局といろいろ
状況について話し合ったわけでございます。ちょうど十時から
兵庫県知事室で
知事並びに
寺畑総務部長、
佐藤外務課長、当面の
関係者皆さんと話をし、かつ
軍側に会っていろいろ事情もまた聞く必要があると
考えましたので、
県当局の方と
軍側との
会見等についての打ち合せをやっていただきました。それで一時から
シュレーダー大佐という
兵庫県
キャンプの
司令官と
会見をいたしました。そこでこの
調査をするに当りましては、大体県から出されております
SG勤務時間
制変更をめぐる
労働紛議交渉経過概要というのと、それから
兵庫県
地区本部、これは全駐労の方で出されておりますが、
警備関係の
SG支部争議概要、こういう
二つの
資料を中心にいたしまして
関係者の
意見を聴取し、あわせて最後的に集約をしたものであります。
第一、この
原因となっておりますのは、
昭和三十年の十二月の二十八日に、
キャンプ兵庫駐留軍側から
警備隊勤務時間制の
変更について
甲子園労管事務所あてに
通告があったのであります。ここでちょっと御
説明を申し上げておきたいのは、この
警備隊というのは
駐留軍労務要員として国が提供した、つまり
日本政府が
雇用してこの
日本人労働者を供給しているわけでございます。これによって構成されているわけでございます。でその際、
軍側から
通告した
内容は、
先ほど調達庁から言われたような
概要でございますが、やや
内容について申し上げておきますと、一週間四十八時間という
勤務制に
変りはございません。一当務というのがありますが、一当務というのは
給与の対象になる時間であります。この時間が大体十六時間、従来ありましたのはそういう形で、その中で実際に働いておる時間は監視の
断続業務でありますから十二時間で、これがたとえば四回あるいは三回というふうに三時間ずつある
一定の休憩の時間をはさんでやっておるわけでございます。この時間が十二時間で
実働時間と申しますが、
実働時間は
ゲート等に立って
歩哨勤務をやる。あるいは所要の地域を常に巡回していわゆるこれを
動哨と称しておるようでありますが、そういう時間が
実働として十二時間、そのほかに四時間の
手持ち時間というのがある。この
手持ち時間と申すのは、いわゆる
交替のときに要する
交替時間、あるいはこれらの
業務につくために必要な
条件を備えるために
訓練がなされている、その
訓練をする時間、あるいは清掃、兵器、被服の手入れ、こういったようなものを含めまして四時間、従いまして実
労働の十二時間と
手持ち時間の四時間・合計十六時間がこの一当務と称する二十四時間
交替の
勤務条件なんです。そこで今度軍の方で
変更するというのは、一週間を四十時間と三十分、それから一当務を十三時間と三十分、それで
実働は
変りがなくて十二時間、これは先ほど申し上げた
立哨、
動哨等に費す
労働時間、それから一時間半の
交替時間を
考慮に入れまして一時間半の
手持ち時間というのをおいた。こういうふうにしますというと、
賃金が事実上下ることになって参るのでございます。この際、その低下する
賃金の額をカバーするために
週休日の休日
出勤を認めるということを申しております。そういうような
状況でありますけれ
ども、実際
上組合側の計算によりますというと、一当務の十六時間が十三・五という時間に下げることによって生ずる自然の
賃金切り下げが
月収にしまして二千円ないし三千円に上るというわけでございます。しかもそのことを軍が一方的にきめて押しつけてやるという
やり方と、
一つは
県当局の強力な
交渉態度がない、この点を非常に
不満にいたしていると思われました。
それから
組合が右のような
通告に対して、三十一年の一月三日
兵庫県の
県当局に対しまして従来の
通りやってほしいのだということと、かつ
県当局と
軍側との再
協議を
要請するという
意味で強力に
要請をいたしております。そこで一月四日に
労管事務所を通しまして
県当局から
軍側に申し入れをいたしましたが、満足な
回答が得られず、かつまた三者の
協議をしたいという
要望、すなわち軍と県と
組合、こういう三者でもって、
当事者間で話し合うという民主的な
方法を
要望しておりましたが、このことにつきましても実際上なされておらず、時日が
経過して九日になってしまいました。そこでその間はただ文書の往復にとどまっておりまして、具体的な
内容に関する
話し合いにほとんど見るべきものがございません。一方これに並行いたしまして
組合側では、
委員会並びに
大会等の開催によりまして慎重な討議を重ねて参りました。そこで一応軍の提案についても
考慮するところもなくてはならぬという
建前から、一応
組合側もそれでは
譲歩案をまとめようじゃないかということで
一つの結論を得て参りました。そこで一月十日に県の
佐藤外務課長にこの案を
組合側が提示をいたしました。その
内容を申しますというと、一週四十八時間には
変りはございませんが、一当務十四時間に下げる、従来は十六時間であった、それを二時間
譲歩をいたしまして十四時間、しかし
実働は先ほど申し上げた形における十二時間でございます。それで
手持ち時間というのは短縮されて二時間、こういうところに一応
譲歩をしたのであります。それからまた
現行給与は
月収総額において維持する、そういう
建前、それから
週休日の出動については軍が言っている
週休出勤を認めることによってカバーできるということだけでなくて、その裏に別の意図がありはせぬかという点に疑いを持っておりました。そういうことから、この点については別途
協議をしたのです。そこで、こういう
趣旨を
基礎として、軍、県、
組合、この三者の
会談の機会を得るなれば、さらに検討をする用意があるのだと、こういう
趣旨のものでありました。ところが、この案につきましては、
佐藤外務課長から一月の十日に
軍側の
労務連絡将校といわれる
バーグナー少佐に手渡して、さらに
説明を加えた模様であります。ところで十一日さらに
佐藤課長は、副
司令官の
ハイケル中佐と
会談をいたしました。当日は
バーグナー少佐がいなかったので、
ハイケル中佐が
バーグナー少佐に対しまして電話でいろいろ話したようでありますが、ここに立ち会っておりました
佐藤課長等もその
実情についてはよく存じておられました。で、そのときの
回答は、
組合と
協議する
考えは今さらないということを非常に明白に言っておりました。さらに
軍側は既定の
通り十六日から
実施するのであると、ここではっきり言明をいたしたわけであります。従って
県当局としましても
努力をして参りましたし、
組合も
譲歩案を提案して
協議をするという
態勢にあったにもかかわらず、非常な大きな食い違いが実は生まれたわけであります。これにつきまして、副
司令官はいろいろ言っておりました。感情の行き違いとか、いろいろ不備な点があった。その点は遺憾であったということを申しておりましたが、そういう
状況で最悪の
事態になった、こういうふうに観察いたしました。そこで
県当局としては、さらに何らかの
方法で
事態の収拾をはかりたい、こういう
考えで、一応県独自の案をまとめたようであります。その
内容は私承わっておりません。
軍側に一応提示しましたが、この中で重要なことは、十六日から
軍案を徹底的に強行するというのでなく、
協議期間を与えよ、そのために必要な、十六日以後四、五日間の
協議をする
期間を与えて、その
期間軍案の
実施について延期を
要請したのであります。この条項が
軍側としてもだめだということで一方的に拒否をいたしております。そこで、
軍側のこうした一方的な
やり方と同時に、今まで
人員整理あるいはこうした
労働条件、
勤務条件といいますか、こうしたものの
切り下げに当りましては、
軍側が一方的に決定をして、それを
県当局に押しつけ、県もまた泣く泣く
組合に了解を求めたという姿で、この
事態を繰り返すということに非常に大きな
不満があるわけでございます。そういう形でもって、
先ほど調達庁から
お話がありましたような
実力行使が十六日の午前十時から行使されて、二月一日現在までに三百七十八時間という
ストライキが継続されておる
実情でございます。そこで、この
ストライキに参加しておる
人員は、大体六百名で、これは
神戸キャンプの
警備員全員でございます。さらにこのころと時を同じ
ゅうして大阪にも同様の
事態が発生いたしました。そこで、この
大阪のは約百名でございますが、これらの問題につきましては、
神戸キャンプの係官あるいは
憲兵隊が
現地に行きまして、一人々々これらの
警備員を部屋に呼びつけておどかしたり、あるいはお前たちはこういうことをすると首切りもやるぞ、あるいは好ましくないというわけで、処分があるのだというようなおどし文句を並べまして、これを切りくずしたというような事例も残っております。こういうような
状況であります。
大体
軍側と
組合の
主張点の相違というのは、基本的には軍の言う時間
制変更に伴い
賃金が下るという点が、現実的な問題としてはやはり大きな
基礎的な課題であろうと、思います。ところが
軍側に言わせますと、
週休日の
出勤によって
月収は
切り下げにならないという見解をとっております。この
算出基礎については、必要ならば何どきでも
資料を提供するということを言っておりました。
ところが問題は、こうした点に問題の
難点があるのではないということを
調査の結果明らかになし得た点だと思います。そこでどういう点かと申しますと、第一番に、
軍側が
勤務時間
制度の
変更の事由として最初あげてきたことは、
作業量が減少したのだ。要するに人手が要らなくなってきたのは自然の
作業量の減少ということで
主張してきております。これは従来あった手持時間の四時間のうちの約二時間の
訓練時間は今日は不要になったという
主張でありまして、これを強く押しておったことは県の
佐藤課長等もよく話された点でございます。それが、一月末ごろからこうした
主張が変って参りました。最近は、私も
司令官から伺ったのでありますが、もっぱら軍の
予算の
削減によるものである。こういうふうに
主張が変った、この
主張の
基礎が変ってくることが、
組合側が受け取った
印象といたしましては、少くとも
一つの
理由がどうもうまくないということになってくると、そのときどきに
都合のいい
理由を
理由づけとして、いろいろな
条件の
切り下げあるいは
人員の
整理等を強行するという
やり方、こういう
やり方が、ある
意味では軍の持っている
権力を背景にして決定して押しつけてくるという
印象を非常に強くいたします。しかもそのときどき
都合のいいようなことを言うようなことは、
信義則に反する
不信行為であるということで、強くこの点は非難しております。
その次に問題になる点は、納得のいくような
協議をやっていない、つまり安易な
権力の
解決に終始していった。このことは元来
駐留軍労務者は国が
当該都道府県に
雇用をさせて、そうしてこの
雇用された
人員を軍に提供して、その
労務管理は
米軍の手でやっている。こういうふうな姿から、非常に困難な
状態にあるのであります。
労働基準法からこの問題を
考えて参りますと、
雇用と
労務管理とはいずれも両面にまたがっている。
労働基準法の及ぶ当然の規制は、
労務管理の面にも
雇用の面にもあることは明かでございますから、こういう点につきまして、少くとも
基礎的には
当事者である
雇用者と、あるいはこれを管理している軍と、それから
組合との三者の同意か、あるいは
協力がない限りこの
労務関係は円滑にいかないということが率直に言えると思うのであります。こういう
協議等は民主的な
方法でやられるというふうにならない限り、この点の基本的な問題の
解決は困難ではないか、かように
考えるわけでありますが、特に軍の一方的な押しつけを、従来は
当該都道府県におきまして、あくまでも泣き寝入りの形で受け入れ、そうしてそれをもっぱら
県当局あるいは
都道府県当局は、
組合に対する
協力の
要請となって終始している、こういう
状態であります。ところがこれを軍をして言わしめますなれば、上級で、つまり
自分のところで単独に
計画するのでなく、
最高司令部から
計画を立てて、
計画の指令によって伝えてくる
資料のワクに閉されて
実施するという
関係があって、
協議をすることは悪いことではないけれ
ども、またやりたいのだけれ
ども、
協議をして
変更し得るような
状態でないのだということを
難点といたしております。特にその他この点つけ加えて言っておりましたのは、軍が
権力で
日本人労務者を酷使しているというようなことはやってはおらない。それからまたそのようなふうに国民に受け取られることは最も迷惑だし、また困る点だということを強調いたしております。
それから一月二十六日に軍が
日本に
通告いたしました九十一名の
人員整理の問題、たまたまこうして非常に
紛争が、
解決困難な
状態に追いつめられている矢先、こうした
人員整理を重ねて打ち出したということにつきましては、
組合側からいいますというと、これはあたかも
組合の活動に対する
弾圧策である、軍に
協力しない者は
解雇をすると言う。こういうふうな
実情で、非常にこの
解決に困難いたしていることは見逃せぬところだと思います。こういう点につきまして、
県当局もいろいろと
努力をしたようでありますが、いかんともならず今日の
状態になっている。しかもこの
人員整理につきましても、
事前の
協議は何らなされておらない、この点実は特に
司令官に対しまして私申し上げたのですが、かりにそれだけの
人員整理をするなら、問題が起るだろうと予想されるならば、
県当局に対しては、少くともこういうふうにやろうと思うのだと言うことがどうであろうか、適当じゃないかということを言ったわけでありますが、それは全くその
通りである、今後はそういうふうにしたいということを言っておりました。こういうふうな
状況で非常に困難な問題があり、しかも先ほど申し上げましたように、問題の渦中で
権力を利用して、いわゆる
大阪における
争議の切りくずしをやったというような点が非常に問題だと思う。ところが
軍側をしてこの点言わしめますと、
予算の
削減に伴って
賃金の
引き下げか、あるいは
人員の
整理か、どっちか
一つ選ぶ以外になくなっているというのでありますが、先ほど申し上げましたように、
勤務時間
制変更の
理由、あるいは
人員整理の
理由をこういうふうに転々と変えていくという点は非常に問題であるといたしましても、一応言い分といたしましては、軍の
予算削減ということが事実問題として
賃金の
引き下げか、
人員整理の
二つのうちいずれか
一つを選ぶほかはなかったが、このときには軍としては、
労務者の立場なり、生活問題を
考慮に入れて、両方を折衷したまでであると言っているのでありますが、この点につきましてはいろいろ問題があるでありましょう。
人員をもし現状のままに維持していくならば、少くとも
賃金の
切り下げはさらに大幅になるであろう。あるいはまた
賃金を
現行の
状態で参るならば、九十一名の
整理以上に
プラス・
エックス、つまり九十一名
プラス・
エックスという数でもって
整理するよりほかなくなるということを申しております。
で、いろいろ
要望等について伺ったわけでございますが、この点では
組合の希望は第一番に、
日本の
労務者が国の
雇用のもとで
米軍労務者として提供され、そうして全く法を無視した形で、
基準法その他
日本に行われております
現行の
労働関係諸法を無視した形で、やっておられるという点について、ぜひともこれらの点を何とか改善してほしいのだ。それからまた
最高司令部のかつての
参謀長あるいは
福島調達庁長官、それから全駐労の
代表等によって、
昭和二十八年に作成された
日米労務基本契約と称するものがあるそうでありますが、こういうようなものが民主的にきめられて
一定のルールが確立されぬというと、さらに
全国各地にあります多数の
基地やその他の所でいろいろな問題が発生するであろう。従って国会としてはすみやかにそうした
方法を見出して、具体的な、基本的な
解決策を講じてほしい、こういうふうに
要望されたわけであります。
そこで
軍側の
シューレーダー大佐が最後に申しておりますことは、今回の問題は
協議の過程で
自分が不在であったために、軍の
担当官、
県当局等の間に
意見の
そご、あるいは感情的なものを交えて
そごが起ったという点については、
自分は
最高責任者として非常に遺憾に存じておる。今後の問題としては
担当官あるいは
県当局、
組合の三者の
協議会を持つことも決して回避するものではない、こういうふうに申しておりますが、現在
争議中の
状態では困難であるということを言っておりました。そこで特に早急に今次の
兵庫キャンプの
紛争を
解決するということは、当然
自分としても
責任者の立場から
責任のあることなので、県、
組合等、
関係者に
協力を求めるとともに、
予算の拘束を受けているという
実情については理解をしてほしい、こういうような
大要お話でございました。さらに
坂本知事とも
お話をいたしましたが、二月二日の午前十時から
司令官と
会談をいたしております。それでそのこともあらかじめ打ち合せをいたしまして、基本的な点で
話し合い、同時に具体的には並行して
佐藤課長が折衝に当っておられるようでございます。本日けさ承わりました情報では、まだ
最終解決のところには至っておらない、こういう
状況に承わっております。
以上
概要でございますが、
資料を
基礎にして
関係当事者の意向を聴取し、最終的に
報告としてまとめたものでございます。