○
平賀説明員 この
法律案に対しまする
法務省の
意見をごく簡単に申し述べたいと存じます。
この
法律案は非常に
条文の数が多うございまして、卒然として読みますと、この
法律案のねらいはにわかにわかりにくいのでございますが、大体要点を申し上げますと二つの点になると思うのでございます。
一つは、この
法律案では、第
三条と第
四条の
関係でございまして、すなわち、
終戦後
占領軍が参りまして
土地を
接収して使用したわけでございますが、
占領軍が
土地を
接収しました際に、
借地権のある
土地があったわけでございます。ところが、その
土地が
接収されましたために、その
借地権につきましては
借地法あるいは
建物保護法などの全面的な
適用がないために、
接収中に
期間の
満了によって
借地権が消滅した、あるいは
接収中にその
土地が
第三者に売られた、そういうようなことでその
借地権の
対抗力がなくなった、そういうようなことで
借地権の消滅したものがあると考えられるのでございます。こういうのは、まさしく、
接収されたことによって直ちに
借地権がなくなったわけではありませんが、
接収ということが
間接の
原因になりまして
借地権が消滅したのでございます。
接収なかりせば、おそらく
借地権は消滅しなかっただろう、そういう
事情のものであります。そういうものにつきましては、第
三条、第
四条によりまして、
接収解除の暁においては、
もとの
借地権者に
地主に対する優先的な
賃借の
申入権を認めまして、その
借地権の
復活の道を開いてやろうというのが、第
三条、第
四条の
関係でございます。
第二は、この
法律案の第十二条が
規定しておるところでございます。この第十二条と申しますのは、まだ
戦争中でございますが、
防空法によりまして
防空上の必要から
強制疎開を
政府の方で実施いたしたのでございます。それは、
東京、
大阪、
名古屋、神戸、ああいう
大都市におきまして
強制疎開を実施いたしたのでございますが、この
強制疎開を実施いたしました際、その
土地に
借地権を持っておった人がいたわけでございます。そういう
借地権者に対しましては当時の
防空法に基きまして
補償がなされまして、その当時
借地権は消滅しておったのでございます。ところが、
終戦になりまして、
昭和二十一年でございますか、
罹災都市借地借家臨時処理法が制定されまして、そういう
強制疎開跡地に
もと借地権を持っておった人に対しましては、
一定期間、すなわち
昭和二十三年九月十四日までの間、この
強制疎開跡地の旧
借地人に
賃借の
申し出権というものを、
罹災都市借地借家臨時処理法第九条が与えたのでございます。それで一般の
強制疎開跡地につきましては、ただいま申しました
昭和二十三年九月十四日までは
地主に対して優先的な
賃借の
申し出権を持っておったわけでございます。ところが、たまたまその
強制疎開跡地が
占領軍に
接収されておりますというと、この
優先賃借の
申し出ができない
状況にあったのでございます。そこで、この第十二条におきましては、ただいま申しました
昭和二十三年九月十四日現在その
土地が
接収中であったものにつきましては、現在もう十年近くたっておりますが、今から
賃借の
申し出ができるということにしようというのが第十二条なのでございます。
この
法律案全体に対しましては、
法務省といたしまして、次のように考えるのでございます。
この第
三条、第
四条の
関係は、これはとにかく
接収当時
借地権があったのでございます。そのあった
借地権が
接収のために
——これは
間接の
原因でありますけれ
ども、とにかく
接収のために
借地権が途中でなくなった。こういうものを
復活させると、これは
地主にかなりの
損害、
損失を与えます。しかしながら、この
三条、
四条の
関係を見ますと、実際問題といたしましては大
部分が
戦災地であると考えられるのでございまして
戦災地でありますと、その
接収当時ありました
借地権というものは現在でもまだあるのじゃないかと考えられるのでございます。つまり、少くとも本年の九月十五日まではなおその
借地権は存続しておるのでございます。でありますから、
三条、
四条によりまして
借地権を
復活すると申しますけれ
ども、今この
法律が制定されますと、ちょうどその
借地権の寿命が延びたのだとも言えるわけでございまして、必ずしもこれは不当ではないだろう。
地主としては現在
借地権があるということは承知しておるはずでありますから、その
借地権の
期間が延びる、しかも、こういう手当をしませんと九月十五日現在で切れてしまう、
期間が
満了してしまう
借地権がある、それを救済してやるということなので、一応
合理性もありますし、
地主としてもこの
程度の
損失は甘んじなくちゃならぬのじゃないかということが考えられるのでございます。もっとも、この
法律案の考えておりますたとえば登記なくしてその
借地権が
対抗できるというようなことがございまして、
不動産の
取引の安全を害するという弊害はございますけれ
ども、これは
一定の限られた
土地でございますから、さほどまで
取引界の
混乱を来たすこともなはだろうということが一応想像されるのでございます。そういうわけで、
三条、
四条はやむを得ない
立法である、やむを得ない
措置ではないかということが考えられるのであります。
しかしながら、この十二条の
関係につきましてすでに
戦時中
防空法によって
政府から
補償を受けまして
借地権の消滅した旧
借地人に、もう十年近くも経過しました今日になりましてその
借地権の
復活を認めるということが果して妥当であるかどうか、この点につきましては非常に問題があるのじゃないかと思うのでございます。
現在この十二条の事案に該当する
ケースは一体どのくらいあるかと申し上げますと、これは正確な数字ではございませんが、
調達庁で調査いたしましたところによりますと、すでに
接収解除のもの、また
接収中のもの、両方ございますが、総坪数にいたしまして、十二条の
適用を受ける
土地が全国で二万二千五百三十六坪あるのでございます。その
場所を申しますと、
東京、横浜、
名古屋、
大阪でございます。それから、
強制疎開当時
借地権者であったと推定される人の数が約三百人でございます。
これは、今申しましたように、
占領軍が参りまして
接収した当時
借地権があったのではなくて、
戦争中もうすでに
政府の
補償によって
借地権のない
さら地になっておる
土地でございます。従いまして、従来もう
戦争中から
——戦争の
末期でございましたけれ
ども、
戦争の
末期から今日に至るまで、その
土地につきましては昔の
借地権はないものとして
取引されておる、あるいは
地主が変っていない場合もございましょうし、とにかく今までは
借地権の
負担のない
土地として見られてきたのでございます。ことに、ただいま申しました二万二千坪の約半分の一万坪はすでに
接収解除になっておりまして、こういう
接収解除になった一万坪につきましては、その後
相当取引が行われておるのではないか。
所有者が変っておるものもございましょう。あるいは
賃借権を
設定しておるのもございましょう。あるいは
抵当権を
設定して金を借りておるのもございましょう。相当
権利関係の変動が今まですでに生じておると考えられるのであります。ところが、今までそういうわけで完全に
さら地として見られて
取引の
対象になってきた
土地につきまして、この十二条のような
立法によりまして、昔すでに
戦争中
政府の
補償によって消滅しておりました
借地権が突如として
復活してくるということに相なりますと、これは非常な
混乱を起すのではないか、すでに安定した
土地の
権利関係に非常に大きな
混乱を生ずるということになると思うのでございます。その点におきまして、十二条の
関係は非常に問題があるのではなかろうかと
法務省では考えておる次第でございます。
もっとも、十二条の
関係の
土地におきましては、
罹災都市借地借家臨時処理法の九条の
規定によりまして、
昭和二十三年九月十四日までは
強制疎開当時の旧
借地人に
賃借の
申し出権が与えられておったのでございます。しかし、当時の
事情を申し上げますと、ともかく
戦争直後のことでございまして、これら
大都市が荒廃に帰した中で、当時の
地主といたしましては、さしあたってこの
土地をどう利用すると、いうこともなかったでありましょう。それからまた、あの
終戦直後の
混乱の時期に、この
土地を利用してどうという、事業の計画を立てるとか、あるいはこれに
担保権を
設定して金を借りるとか、そういう
権利関係もほとんど生じてなかったと考えられるのでございます。その当時におきましては、
都市復興、
戦災復興の
一つの
手段として、昔そこに住んでおった
人たちに
復帰を認めまして、そして
都市の
復興と同時に
戦争被害者の
復興をはかってやるという
措置をとることは、これは
十分合理性があることでありまして、
地主に対して
不測の
損害を与えるということも大してなかったのでございます。
罹災都市借地借家臨時処理法第九条の
規定は、その当時においては
——これは非常に異例の
立法ではございますけれ
ども、
合理性なきにしもあらずと考えられるのでございます。ところが、今日におきまして、現在まで何も
負担のない
土地として
取引の
対象ともなっておりますところの、そして
権利関係が種々発生しておりますところの
土地につきまして、突如としてこういった
立法によりまして
借地権が現われてくるということになりますと、これは
権利関係の安定を害する、当を欠くのではないかということが考えられるのでございます。それから、なお、この十二条につきましては、こういうこともあるのでございます。
罹災都市の九条の
規定におきましては、
強制疎開跡地の旧
借地人だけに
復帰を認めたのではないのでありまして、その
強制疎開跡地に前建っておりましたところの
建物の
賃借人にも
賃借の申出権を認めておったのであります。要するに、
罹災都市のあの
法律の
精神は、以前そこに住み、そこで
生業を立てていた、以前そこに生計の
本拠を置いておった人に
復活を認めるというのが
精神であります。
もと借地権があったから
借地権を
復活させてやろうというのではなくて、むしろ、
もとそこに住み、そこに
生活の
本拠を置いておった人に
復帰を認めることが、すなわちその
人たちの救済になるのみならず
罹災都市の
法律の眼目であります
戦災地の
復興に役立つということが、九条の
精神であろうと思うのでございます。ところが、この
法律案におきましては、旧
借地人だけに
復帰を認める、この旧
借地人の中には、ほんとうに零細な
土地を
借地しておってそこに
自分のうちを建て、あるいは店を建て、そこに居住し、あるいはそこで
営業しておった人もございましょうけれ
ども、そうでない、広大な
借地を持ちまして、そこに
住宅や
店舗を建てまして人に貸しておったという、そういう
現実にそこには住んでいなかった
借地人もおるわけであります。現に私
ども承知しておるところでは、
東京では今芝浦の約六千坪の
土地が
接収中でありますが、そこでは、一番大きな
借地をしておった人は、約千坪近くの
土地を
借地しておったということでございます。ですから、この千坪につきましても、その
借地人がもしこの
法律の定める
要件を満たしておれば、千坪の
借地権が
復活するわけでございますが、この千坪の
土地につきまして
借地権を取得いたしまして、そこに
住宅を建て、あるいは
店舗を立てまして、これを
第三者に
権利金をとりまして貸し付けるということになりますと、その
借地人は非常に大きな
利益を得ることに相なるわけでございます。
罹災都市の
法律はそういうことを予定しておったのではないのでございます。しかし、この
法律案におきましては、そういう
事態も発生する
可能性がある。非常にひどい言葉ではございますけれ
ども、
中間搾取と申しますか、そういう機会をも与えるような結果に相なるおそれがあると思うのでございます。
それから、もう
一つ申し上げたいことは、この
法案は一見
借地人の
保護ということで社会政策的な
立法ではないかということが考えられるのでございますけれ
ども、もしそうでありますならば、やはり真に困っておる者を救済する、昔そこに住んで、そこで
生業を営んでおったその
人たちをこそ救済すべきでありまして、ただ
もと借地権があったというだけの
理由で、その
借地権の
復活をはかってやるということになりますと、単にその
人たちの
利益を擁護してやるというだけにとどまりまして、どうも
社会政策立法というには当らないのではないかと思うのでございます。
それから、なお、この
法律案を支持する根拠といたしまして、この十二条の
関係でございますが、
戦時中
政府の
補償によりまして
借地権がなくなった
地主は、反射的に非常に
利益を得ておる、
自分の腹を痛めないでさらに地が手元に帰ってきて非常に
利益を得ておるじゃないか、大体
都市のいい
場所でありますから、現在地価も上っておるし、
さら地を今
現実に保有いたしておりまして非常に
利益を得ておるということが言われております。なるほど、そういう
地主が
利益を得ておる
ケースも多々あるだろうと思います。しかしながら、
賃借の申出権の
対抗を受けますところの
地主というのは現在の
地主でございまして、現在の
地主の中には、そういう
利益を得ていない
地主もあり得るわけでございます。ことに、すでに
接収解除になっておる
土地につきまして
売買譲渡が行われますときには、
借地権なきものとしてその
土地は
取引されておるわけでございまして、現在の
地主の中には相当の
対価、
借地権なき
さら地としての
対価を払ってその
土地を取得しておる人もあるわけでございます。こういう人はそういう
利益を受けてないのでございます。現在の
地主は
政府の
補償によって
さら地を取得して非常に
利益を得ておるから、その
利益は社会的に言えばいわば一種の
不当利得だというようなことも言われるようでございますけれ
ども、これは必ずしもすべての
土地について当てはまるものではないと思うのでございます。また、かりにそういう
地主が現にあるといたしましても、これは何も
不正手段によって得た
利益ではないのでございまして、国家の
法制の
もとにおいて正当に得られた
利益なのでございます。ある私人が
政府の
補償によりまして
さら地を持つに至った、そのために非常に
利益を得ておる、それが社会的にどうも好ましくないというのであれば、これは別に
社会政策立法という見地から、そういう広大な宅地を独占しておる者の
利益を
国民全部に、真に困っておる人に均霑するような
社会政策立法を考慮する余地は十分あると思うのでございます。しかしながら、この
法律で考えておりますような、その
地主が得ておりました
利益を旧
借地人に分けてやる、その
利益を山分するというのは、どうも
社会政策立法と言うには当らないように思うのでございます。
非常に簡単でございますけれ
ども、以上のような
理由をもちまして、
法務省としては、第
三条、第
四条の
関係、これはやむを得ないと思うのでございますが、十二条の
関係はきわめて当を得ないものではないかというふうに考えておるのでございます。
なお、
参議院におきましては、衆議院で御議決なさいましたこの
原案に
修正をなされまして、
三条、
四条の
関係と十二条の
関係に差別をつけるということで、十二条につきましては、
賃借の
申し出をして
賃借権を取得しますには必ず
権利金を払うという建前のようになっておりますけれ
ども、しかし、一般的に言いまして、
権利金さえ払えば必ず
借地できるというようには
法制はなっていないのでありまして、
権利金を取れる
可能性を認めたという点では、ある
程度地主のこうむる
損失を軽減するということには相なろうかと思いますけれ
ども、
法務省といたしましては、第十二条は結局
特定お者の持っておる
利益を奪いましてある
特定の者にその
利益を与えてやることになるのではないかと思う次第でありますので、たといそういう
修正がなされたといたしましても、第十二条はやはり当を得ない、こういうふうに考える次第でございます。簡単でございますけれ
ども、
法務省の見解は以上の
通りでございます。