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牧野国務大臣 お答えを申し上げます。
お答えをいたすに先だちまして、かような事態が幾たびも繰り返されております実情に対しては申しわけございません。ことに本日あなたから御質疑のあった埼玉県の二重被告
事件のごときは、どうも弁解の言葉もないのであります。
私は、就任とともに、これらの事態を従来しばしば知悉いたしておりますので、まず法務省の中に
人権擁護局といものをもっと拡大強化して、
人権じゅうりんの事実があってからいろいろの施策をするというようなことであってはならない、この種の事案が起らないようにあらかじめ用意をしておかなければならぬということに思い至りまして、特に大蔵大臣、大蔵の両次官、主計局長、主計官、この人たちの前で、今後法務省の予算
措置について特に
人権擁護局を尊重してくれなければならないということをくれぐれも申しまして、今年はわずかながらこの方面に特別の
措置をする予算も計上し、省内においてもその方針を進めることに省議も決定いたしております。
と同時に、ここで、大へん私は失言になることがあってはならぬと思うのでありますが、特に申し上げたい。それは、私が任を受けましてから、全国の次席会同をいたし、その席上で、私は犯罪人を作るということを手柄にしてくれては困るという趣旨のお話をした。どうも
検事というものは犯罪を製造する人間のごとくに世間で思っておる、人にはあやまって罪を犯すこともある、生来の精神的欠陥から犯罪をなす者もあるが、とにかく罰するということ、罪人をこしらえるということよりも許すということを頭に置いてお
取り調べを願いたい、そうすれば必ず容疑者は包み隠しはしないで初めから
取調べ官に対して真実を述べたいという心持になる——。
堂森氏の例のごときも、選挙法違反を犯している事実のあることは当りまえです。それを、自分が求める
供述をさせようとするから、そこに無理が出てくる。初めから、弁解したいことがあれば何でもおっしゃい、何でも聞きます、親類にも会わせましょう、弁護人にも会わせましょうと言えば、必ず涙を流して悔悟の
供述をするに違いない、人の性が善だということを信ずる限り、私は検察行政はこの精神をもっていってほしい、従来
検事のうしろには鬼という字を何人も想像した、しかし、事情の許す限り罪とはしないという心でお
取調べをするのだからと言って、真実をお述べになる機会を与えますれば、必ず私は
検事のうしろには後光がさすと思う、そういうふうにしなければいかぬ、近ごろ
事件が多い、そして
事件に苦しむ、
検事一人で三千件以上も受け持って、それで正しい
取調べができるとは思わない、
検事も人間であります以上、白状しない、つべこべと弁解をして言いくるめようとするならば、自然手が出る、なぐりたくもなる、これは本能の行為だ、こんな本能の行為をしなければならないようにするのは
事件が多過ぎるからだ、
事件を少くする、そして起訴案件も少くすれば
裁判所も救われる、だから、私は、どうしてもその方針を進めてほしいと思うがどうでありますかということを述べて、さらに、
最高と高等の各
検事諸君に私のところへおいでを願って、懇々と懇談をしたのであります。それに聞いて下さい、大蔵省は従来、司法部に対する予算といえば、犯罪件数が多ければ予算をくれる、検挙の数が百件ごとに何百万円といって予算をくれるというような、こんな予算の盛りようはいかぬ、
取扱い件数がうんと減ったら予算を与えなさい、だから、私の法務行政はこの方針でいきたいから、来年
取扱い件数が減ったら予算を与えなさい、ふえたら与えなさるな、私がおるといないとを問わずに大蔵省は根本から方針を変えなければいけないというつもりで、従って、法務行政につきましては思いつきや独断で方針を新たにしてはならないと私は思いますから、これは訓示じゃありませんよ、私はごあいさつをするのです、訓示とは命ずることだ、守らなければならない、しかし、私はあいさつでものを言うんだから、自由な御批判をして、なるほどと思われたら必ず一緒になって行なって下さいということを申しました。しこうして、私はこれを名古屋で申し、京都で申し、大阪では管内の
検事全部の会同の席上で申し、神戸でもこれを申しました。機会があれば私は全国へ行ってこのことを申したいと思いますが、私は、こうすれば罪を犯した者が免れるということはたくさん出てくるかもしれぬけれ
ども、あなたのおっしゃるように無実の者が罪せられるということは断じてなくなる、こう思うのでございます。これは宗教家のお教えを待つまでもありません。法務行政として、ことに検察行政においてはこの心を持っていくことが、新憲法の趣旨に従って、時代精神を明るく一変させるゆえんだと思うのでございます。
せっかくのお問いでありますから、この機会に、今般の埼玉県の申しわけのない事案をおわびするとともに、私はこんな心持を抱いて
検事会同でものを言ったということに一片のあわれみを与えられて、どうかここでわが国の検察行政並びに一般法務行政を皆さんの力を得て一変いたしていきたい、こんなふうに思います。何とぞ御了承を賜わらんことをお願いいたします。