○北島
政府委員 ご
質問ございましたパッカード・マリン・エンジンは、最高千五百馬力、毎分の回転二千五百回、防衛庁で購入いたしましたのは、
昭和二十九
年度におきまして建造いたしました高速救命艇二隻及び
昭和三十
年度計画の高速救命艇一隻に各二基ずつ備えつける予定でもってこれを購入いたし、現に二十九
年度の分はこれを竣工いたした次第でございます。高速救命艇と申しますと、これは
御存じであるかと存じますが、海上において
飛行機が不時着または墜落いたしました場合、搭乗員を急速に救うための用途を持っておるものでございまして、きわめて高速なる性能が要求されておるわけでございます。
ところで問題のパッカード・マリン・エンジンでございますが、これは当初
昭和二十六年の三月八日及び四月十二日の二回にわたりまして、
米軍の立川基地より当時の東京通産局に対しまして、QM物資として放出されたものでございます。これを東京通産局におきましては、一般競争入札によりまして払い下げたのでございます。入札によりまして株式会社松庫商店が、一台当り十万五百円でもってこれを入札いたしております。その当時の
状況といたしましては、もちろん四十ノットのスピードを出すような、こういうきわめて高性能な舶用エンジンを使用すべき船舶は、当時
日本にはございません。またそれを作るような手もなかったわけでございますので、これは
推定ではございますが、潜在価値あるとはいえ当時の
経済的価値としましては、ほとんどスクラップに若干プラスした程度の値段でもって入札されたのではなかろうか、こういうふうに考えております。もちろんこの放出されましたエンジンにつきましては、その当時におきましては、
部分品等にそれぞれ欠けた点もあるようでございます。その後この松庫商店から転売されまして、防衛庁がこれを購入いたしましたときにおきましては、所有者は間組でございまして、間組は二十二台のパッカードエンジン、ただそのうち二台のホールスコット・エンジンがありますが、これを三友産業株式会社より購入いたしております。そのときの購入価格は、二十二台で一億四千七百万円になっておりまして、当時の契約の
状況、これは民間の契約でございますが、私
どもこれを調達いたします場合に、間組がいかなる値段で買ったかということも非常に重要な参考になりますので、
十分注意いたしたのでありますが、どうしてこういう高値になったかという点につきましては、聞くところによりますれば、当時間組と三友産業との間に話が進でおりましたときには、ガソリン・エンジンということではなくて、それは伏せられておりまして、むしろディーゼル・エンジンというふうに当初取引になっておったようであります。ディーゼル・エンジンでございますと、ガソリン・エンジンと違いまして、工事現場におきまして、これを使用して発電することができるわけであります。これは聞いたところでございますが、おそらく間組としましては、当初はディーゼル・エンジンと思いまして、二十二台を一億七千四百万円という値段で当時
交渉しておりましたが、ところが
最後の契約の
段階になりまして、これはディーゼル・エンジンではなくて実はガソリンエンジンということがはっきりいたしております。そこで三友産業との間に多少いざこざがあったようでございましたが、当初間組は手金を打っておったものの、結局一億七千四百万円というのを一億四千七百万円に値引きさせて契約いたしております。間組はこれを買いましたものの、やはり防衛庁との
交渉に際しましては、技術的
責任及びアフターサービスという点からいたしまして、これを富士重工業に転売をいたした、こういう経路に相なっております。防衛庁におきましては、
昭和二十九
年度予算におきまして、高速救命艇二隻を海上自衛隊において建造するという
予算を要求いたしまして、成立を見たわけであります。
当初海上幕僚監部におきまして、種種
米国の実際使用している例及び民間の文献等によりまして研究を進めたのであります。きわめて高速度の救命艇を建造いたします場合におきまして、この性能を満足せしめるものとしては、当時パッカード・エンジンと、それからホールスコット・エンジン、この二つしかないという結論に達したのであります。ところが両者を比較いたしますと、ホールスコット・エンジンと申します方は、パッカード・エンジンに比べまして、馬力は約半分以下、しかも重量におきましては三百キログラム程度重いのであります。そこで最も海上自衛隊の要求しております高速救命艇の性能を満足せしめるものとしては、パッカード・エンジンが最上だということになったのであります。そこで二十八年の秋、暮れごろから、実は
米軍の顧問団を通じまして、
米軍からこれを入手いたしたいということを申し入れておりました。二十九年の月になりまして、極東海軍司令部から、パッカード・エンジンは現在製造を中止しておるし、ストック品は
米軍の需要に必要であるという
理由によりまして、
米軍を通じての入手ができないことになりました。
ところが
昭和二十九年の四月に至りまして、間組とその代理人でありますところの富士重工業――当時は富士工業でありましたが、富富士工業が自衛隊に参りまして、自衛隊で建造を計画しておる高速救命艇に採用してもらいたいという申し出があったのであります。そこで当時海上幕僚監部の技術者が、直接富士工業の三鷹工場と田無の試運転上におきまして、この分解と試運転に立ち会ったのであります。その結果の判定によりまして、この品物は、当時におきましては、わずかに数百時間しかまだ使用しておらない、ほとんど新品同様なものであるという結論に達し、きわめて高速救命艇には適当なる品物であるということになったのであります。そこで
昭和二十九年六月の末に、海上幕僚監部におきまして、この高速救命艇にはパッカード・エンジンをつけたいということで、長官の決裁を二十九年の八月七日に受けまして、その後調達実施本部に調達要求をいたし、調達実施本部におきまして調達した次第でございます。
調達実施本部におきまては、まずこれを当時の関東財務局に評価を依頼いたしました。財務局におきましては、旧海軍の持っておりましたエンジンその他につきましての払い下げの経験もございますので、一応公けに評価すべき官庁としては、適正であるということで、関東財務局に評価を依頼いたしましたが、その結果公文書によりまして、一基当り千三百六十五万円という回答を得ました。それから調達実施本部におきましては、さらに問題のパッカード・マリン・エンジンとほぼ同性能を有しておりますものを作っておるのがイタリアにございます。イタリアにインタという会社がございまして、これが大体パッカード・マリン・エンヂンと同様の性能を持つエンジンを作っております。その価格を調べましたところ、これは関税を除きましても、約千九百万円に近い価格という判定になりました。ところが一方当初東京通産局から払い下げました値段が十万五千円ということも調達実施本部においてはこれを十分承知いたしておりますので、防衛庁におきましては可急的低廉に購入すべく、富士工業と
交渉いたしたわけであります。富士工業の当初の申し出価格は、一台千七百四十二万五千円であります。ところが防衛庁におきましては、ただいまの関東財務局長の評価、及びさらに間組につきまして実際に帳簿検査をいたしまして、間組はこれをいかなる値段で買ったかということを調査し、さらに間組が完全にこれを組み立てますために買入いたしましたところの
部分品、あるいは試運転の
費用等を一切がっさい調べましたところ、間組におきましては、総額におきまして一億六千二百万円程度の金を
支出いたしております。そういうことが判明いたしまして、これを一台当りで――いろいろ見方もございますが、――割ってみますと、千三百二十数万円程度であるということになりました。そこで調達実施本部におきましては極力以上の
資料を参考といたしまして、ネゴシエートいたしました結果、千二百五十万円という値段でもって商議が整ったわけでございます。防衛庁におきましては本件の購入につきましてはただいま申しましたような程度でありまして、これを慎重に検討いたしております。