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1956-02-25 第24回国会 衆議院 商工委員会貿易振興に関する小委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十一年二月二十五日(土曜日)    午前十時三十四分開議  出席小委員    小委員長 永井勝次郎君       阿左美廣治君    菅  太郎君       菅野和太郎君    鈴木周次郎君       加藤 清二君    帆足  計君       松尾トシ子君    松平 忠久君  小委員外出席者         議     員 田中 武夫君         通商産業事務官         (繊維局繊維輸         出課長)    大城 齊敏君         参  考  人         (日本繊維製品         輸出組合専務理         事)      林  一郎君         参  考  人         (日本織物染色         同業会会長) 大西太郎兵衛君         参  考  人         (日本毛麻輸出         組合専務理事) 上田  裕君         参  考  人         (日本輸出縫製         品協会常務理         事)      吉田 元一君         専  門  員 越田 清七君     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  繊維製品輸出に関する件     ―――――――――――――
  2. 永井勝次郎

    永井委員長 これより会議を開きます。  前会に引き続き繊維製品輸出に関する問題について、御出席参考人各位より御意見を伺うことにいたしす。本日御出席参考人は、日本繊維製品輸出組合専務理事林一郎日本織物染色同業会会長大西太郎兵衛君、日本毛麻輸出組合専務理事上田裕君、日本輸出縫製品協会常務理事吉田元一君、以上四名の方々であります。  参考人方々は御多用中のところ、本小委員会に御出席下され、厚くお礼を申し上げます。商工委員会におきましては、本問題について昨年末以来しばしば質疑が行われたのであります炉、まず今国会におきましては、本小委員会が設置されましたので、引き続き政府説明を聴取するとともに、関係業界方々の御意見を承わり、調査検討を進めたいと存じます。特に繊維製品の対米輸出につきましては、アメリカの状況並びにわが国自粛措置業界に与えます影響は深刻なるものがあると存じます。この際業界におかれ、日夜努力しておられる参考人各位から、忌憚のない御意見を承わりたいと存じます。なおこの際当局に対する御要望なり、関係法令等に対する改正の御要望炉ありますならば、あわせて承わることができますならば幸いと存じます。  なお御意見御発表の時間は、別に制限いたすわけではありません炉、おおむね一人十分程度にお願いをいたしまして、御発言の順序は勝手ながら小委員長におまかせを願いたいと存じます。御意見が終りましたならば、委員各位から質疑もあるかと存じますので、あらかじめお含みおきのほどをお願いいたします。  それではただいまより参考人各位の御意見を承わることといたします。まず第一に、日本織物染色同業会会長大西太郎兵衛参考人にお願いいたします。
  3. 大西太郎兵衛

    大西参考人 私ども染色業界といたしましては、日本国策炉輸出重点を置いております以上、どうしても輸出で進まなければならぬ。つきましては染色という問題は非常に技術のむずかしい問題でありますが、日本品が、安かろう、悪かろうでは、これは輸出の対象になりませんので、極力品質向上をはかり、そうして需要家に満足できるものを安いコストでもって世界水準価格に合せて、輸出振興をはかることに日夜努力をいたしております。今までは日本品染色というものが非常に粗悪であって、洗たくすればはげるとか、あるいは一ぺんにわか雨にあえばそれがはげるというよう非難を受けておつたのでありますが、私ども政府の慫慂もあり、また自覚的に堅牢な染色を十二分に研究いたしまして、洗たくをいたしましてもはげない、あるいは日光、摩擦その他に対しましてもはげないようなことに十二分に努力を上、また最近近代化施設とともに、サンフォライズあるいはエバグレーズ等の縮まないとか、あるいはまた特殊な加工によって輸出数量を増すことに努力をいたしておるのでありますが、最近アメリカへ出ますところのすべてのものが、過般までは普通の染め染色でもこれを輸出しておったのでありますが、ウォッシャブル・カラーまたはファーストカラーと申しまして、堅牢なものに全部切りかえまして、また政府輸出禁止をされておりますので、全部ただいま申したよう堅牢染色をもって輸出をいたしているのであります。最近アメリカ日本品に対する抑制の問題が非常に手きびしくなりまして、あるいは関税障壁を設けるとか、あるいは輸出数量制限をするとかいうような問題がアメリカ国内に起りまして、外務省を通じて対米輸出審議会等においていろいろこれが研究されて、三十一年度調整数量が大体一億五千万ヤールということに調整されることになったのでります。そのうちプリントクロースが二千万ヤールで、それからギンガムが七千万ヤール、それから特に別珍コールテンが私どもの希望は七百万ヤールを希望いたしております炉、一部また四百万ヤールという制限数字が出まして、この問題はただいまでは七百万と四百万のいずれにしょうかというような問題はお役所を通じてこの委員会において検討中であります炉、私どもといたしましては、あくまでも輸出振興の上からいきまして、別珍コールテンは七百万のワクをきめていただくことを熱望いたしておる次第であります。特に本日縫製品各位からもお話がございましょうが、第二次製品ブラウス等が二百五十万ダースということにきまったようでございます。そのうちスポーツシャツが八十五万ダースということにきまったやに承わるのでございますが、このスポーツシャツの中には、紀州和歌山でできます綿ネルが相当出まして、対米輸出品として非常に好評を博しておるということで、八十万にこれが切られるということになりますると、せっかく需要の道がつき、また和歌山綿ネルといたしましてもこれに非常に重点を置いて染色し、またその品質等責任をもって輸出の徴候を見ておりますときに、これが制限を受けますということにつきましては非常に打撃を受け、苦痛を感じる次第でございます。しかしながらアメリカ炉日本品輸出制限する、あるいは関税障壁を設けるというような大きな政治的な問題に対しましては、私ども外務省意向に従い、あるいは通産省御当局意向に従わなければならぬと思うのでございますが、これは何とかして外交的手腕によって日本品輸出が円満に振興できますように一段の政府当局の御努力を願いたいと思うのであります。もちろんその製品責任につきましては、日本品が安かろう悪かろうというような問題でなく、なるほど日本品はりっぱな製品である、苦情の言い方がない、クレームのつけようがないというよう品質の問題についての責任は、あくまでも私ども業界責任をもって保証いたしたいということで努力いたし、またさように努めて、今日ではアメリカにおきましても、日本ブラウスあるいは日本プリントあるいは日本スポーツシャツのごときものは非常に好評を博しておるということを申し上げておきまして、日本製品に対しては一点の非難がないと申し上げていいだろうと思うのであります。かてて加えて、別珍コールテンが非常に問題になっておるのでありまするが、これは規格をきめまして、染色規格で、この程度ならば輸出してもよろしい、この程度ならば輸出しては悪いということにつきまして、政府当局と織屋さんの方の団体、また私ども染色団体炉いろいろ協議をいたしまして、JISの規格に合わす程度を今いろいろ検討中でございますので、これがきまりますれば大体輸出向けに対する問題も解決するのではないだろうかと考えております。私どもがここに願っておりますところの別珍コールテンの七百万の線は染色業界といたしましては確保いたしたいと存じておる次第であります。大体北米に対する概況は以上であります。
  4. 永井勝次郎

  5. 林一郎

    林参考人 いわゆる繊維二次製品というものにつきましての概況をまず頭に置いていただきまして、それからいろいろのさしあたっての問題になっております点、その他それに対する振興策について御要望したいと考えております。繊維二次製品につきましては、皆さんすでに御承知だろうと思います。けれども日本国特有のいわゆる手加工業手工業品を中心にしておりまして、その特色を生かしているよう製品であるわけでございますけれども、これの輸出概況を過去三年、二十八年、二十九年、三十年の数字をあげて申し上げますと、昭和二十八年には七千三百万ドル、二十九年には九千四百万ドル、それから昨三十年には一億五千三百万ドルというよう数字に躍進をして来つつあるわけであります。なお市場別にこれを見ました場合には、昭和二十八年には七千三百万ドルのうちアメリカ向けのものとしては三千万ドル、これをパーセンテージにいたしますと約四割、二十九年は九千四百万ドルのうちの三千二百万ドル、三五%、昨年は一億五千三百万ドルのうちの八千百万ドル、実に五五%といず比率がアメリカ向け輸出になっているわけでございます。これは先ほどもお請いたしましたように、わが国繊維二次製品がその手工業あるいは手加工品というような特質を生かしまして、アメリカ嗜好に、非常に投じてきたということで、戦後営々として輸出講者、メーカー、関連産業人の方が非常に努力をしまして、その技術向上させた結果によるわけでございます。  以上申し上げたようなことから考えまして、繊維二次製品のいわゆる問題になります場合にお考え願いたいのは、まず三点ございまして、先ほどお話いたしましたように、日本技術というもの、縫製技術その他染め技術といったものがやっと戦後十年以上もかかりまして営々として努力し、その長を生かしてきまして、アメリカその他の趣味、嗜好などについて向う市場にマッチしてきて、ようやく最近伸びつつあるというよう現状であるということ、もう少し簡単に申し上げますと、ここ二、三年になってその価値が認められて伸び出したというようなことが一つでございまして、二番目の問題といたしましては、これはもちろんすぐわかることでございますが、加工度が非常に高い。従って外貨手取り率というものがわが国にとって非常にいいものであるという点が第二点でございます。第三点の問題といたしましては、手加工業手工業品でございますので、これの製造業者、いわゆるそういう産業の背景が中小企業産物であるということ、さらに広く家内工業的なものを含めまして中小企業産物であるということ、こういう三つ繊維二次製品というものについての特徴といいますか、特性があるわけでございます。  まず概観はこういうようなことになっている存でございますから、これを頭に入れて考えました場合に、まずアメリカ向け市場、それから特にアメリカと同じよう嗜好傾向のありますカナダでありますが、いわゆる米加向けのものが先ほども申し上げた非常に大きなウエートを占めておりますので、従って米加市場に対する対策というものが、この繊維二次製品業界にとっては重大なポイントになってくる、従ってこの対策いかんが二次繊維品業界の伸張に大きく影響してくるということになるわけでございます。そういうことにいたしました場合にこれを考えてみますと、アメリカ向けのものにつきましては、業界といたしましてはもちろん二次製品の占める度合いが非常に大きいわけですから、この市場を非常に大切にしていこうということから、品質向上を最大限にはかる必要があるわけでございまして、なおその上にいわゆるリーズナブルな価格と申しますか、適正な価格輸出をしていこうというようなことも努力し、さらにいわゆる輸出秩序輸出業者その他関連産業過当競争をしてみだりに秩序を乱さないというようなことをしておりまして、いわゆる自粛自戒と申しますか、業界としても当然そういうような態度で進んでおるわけでございますけれども、非常に残念なことでございますが、そういう品質のいいもので、日本といたしましてはリーズナブルな価格で出しておるわけでございますけれども先ほど問題点三つお話ししました、やっと最近になって技術を認められたというようなところから、輸出の飛躍の度合いが非常に大きく見えるわけでございます。最初のスタートが小さな数字でございますので、従ってこの二、三年の間に大きく伸びたような形になっておるわけでございます。例の問題になってありますブラウスようなものについて申し上げますと、昨年は一昨年の十倍にもなっておるというようなことでもって、例のアメリカ向け綿製品の輸入制限問題の中で最も激しい問題として向うで取り上げられておるわけでございます。これはたまたまアメリカ輸入業者が同時に製造業者を兼ねておられるような方が大きな部分を占めておりますので、従ってそれのいわゆる労働組合との関係でそういう問題が特に大きくなっておるわけでございますけれども、こういうような問題につきまして経済外交と申しますか、そういうようなことを政府において従来ともおやり願っておるわけでございます炉、民間の方でも、業界の方でも呼応いたしまして、よくこちらの立場も訴えて、向うに理解していただきたいというような方針を、さらにさらにとっていただきたいということをお願いしたいと思います。先ほど大西さんからお話が出ましたが、ブラウスについては、本年度、歴年で二百五十万ダースというものを予定されておるようでございます。この数字は去年の数字に比べますと非常に自粛して駆る数字でございます。もっとも一昨年の数字に比べましては相当大きな数字になっておるわけでございますけれども、昨年度輸出に比べて非常に自粛しておるのと、それから本年度既契約というものが一千万ダースというような大きな数字になっておったわけでございます。この数字はもちろん向う嗜好に投じたために、非常にアメリカ消費者によって好意をもって迎えられておるものでございますけれども、そういうような問題が出て参りましたので、昨年の輸出よりさらに縮減し、圧縮し、ことしの既契約の一千万ダースというものを二百五十万に打ち切ったということでございますので、日本の側としては将来のアメリカ市場に対する考え方、さらに日米友好的な考え方、あらゆる角度から非常に大きな犠牲を払っておることになったわけでございます。従いましてこれに関連いたします輸出業者さらに縫製業者方々あるいは染め方々、おのおのそういう業界においては最も大きな犠牲を忍んでおるというようなこと、それから先方でいろいろと提起されておりますときの話によりますと、向うブラウス関係のレーバーが五万人おる、その五万人が非常に困っているのだというようなことも理由に出ておるようでございます。わが国におきましても、本質としてやはり中小企業、さらに家内工業零細企業ようなもので約十四、五万人の人々が背後に従事しておる。これらの人々はいわゆる零細企業であり、さらに戦災未亡人といったものでありますから、わが国においても同じく非常に困っておるという実情があるわけでございます。そういうような問題につきまして、業界でも先方業界に、事あるごとにわかるよう説明して納得させようと思いますが、政府においてもそういう点についてさらに今後とも努力を払っていただきたい。それからアメリカ向けのものでもう一つ例をあげますと、可燃法の問題でございます。御承知ようにこの可燃性織物の中に、絹のスカーフが入っておるわけですが、この問題につきましては、幸いに衆議院におかれましては本委員会で数年前にこれの除外の御決議を願いまして、アメリカ政府その他国会の方に御要請願っておりまして、いわゆる四秒が三秒半に短縮されたわけですが、しかし、この結果依然といたしまして本絹の場合だけの例をとりました場合には、従来出ておりましたそういういわゆる軽目もの四匁クオーター以下のものについての輸出炉その後できなくなりまして、ことに本絹だけをとってみました場合には、約消費量一万俵生糸が輸出できないというよう数字になっておるわけであります。それからもちろんこの可燃法は、燃えやすいものは非常に人命に損傷を与えるというようなところからできておる法律でございますので、そういう点から考えました場合に、いわゆるアクセサリーとして手袋だとか帽子だとか、そういうものが除外されておるのなら、 スカーフは当然除外してもらいたいということをさらに向うの世論、国会その他に訴えていただいて、これの除外をぜひ成功させていただくようお願いいたしたい。要するにアメリカ向けに依存しておる量は非常に大きいのでありまして、今申し上げましたのはただ二つの例にすぎませんけれども、今後ともにそういう問題について経済外交と申しますか、そういう外交をぜひ一つ推進していただきたいということをお願いいたしたいと思います。  それからもう一つ対外的な振興策といたしましては、いわゆる繊維製品というものは先ほど申しましたように、まとまりますと、昨年は一億五千万というような大きな数字になっておりますけれども、個々にとりますと、メリヤスだとか、タオルだとか、毛布だとか、敷布とか、スカーフとか、ブラウスとか、敷物とか、そういう小さなものが集まってのことでございまして、貿易協定その他を外国と締結していただきます場合には、こういう商品について必ず特掲をしていだきまして、特にメリヤス幾ら輸入というようなことにその商品の名前を特掲していただきたい。こういうふうにして貿易協定その他を締結するときに御尽力いただきたい。そうしませんと、いわゆる綿糸布だとか絹、人絹糸布とというような、いわゆる一次製品の大きなものについてのみはっきり協定に入るというようなことができます。そういう場合には二次製品輸出に非常に障害になるので、今お話しいたしましたように、品目について特掲していただきたいということがあるわけでございます。  対外的な問題は時間の都合もありますので二つくらいお願いいたすといたしまして、対内的には先ほど申しましたよう関連産業中小企業でありますので、中小企業に対するいろいろの施策をぜひ考えていただきたい。加工度の高いもので手取りが多いものでございますから、ぜひそういうような点について考えていただく。たとえば綿関係だと綿糸とか綿布でございますが、そういう原料綿についての手当が中小企業方々はなかなかむずかしいわけでございますので、これをほかの糸布その他のものに比べまして、より入りやすいような形に、何らかの制度といいますか、現在実施しております制度についてぜひお考えを願いたいと思います。  輸出振興具体的方法として三つほど今お話し申し上げましたが、大体そういうよう現状になっておりますので、ぜひお考えおきを願いたいと思います。いろいろまだ申し上げたいことがありますが、なおあとで御質問その他がございましたら伺うといたしまして、私の説明は一応この程度で終らせていただきます。
  6. 永井勝次郎

    永井委員長 次に日本毛麻輸出組合専務理事上田裕君にお願いします。
  7. 上田裕

    上田参考人 私は日本毛麻輸出組合上田でございます。私の担当いたしております毛製品輸出でございますが、最近の毛製品輸出に関しまして大体の概況を申し上げますと、これも急激に伸張して参りまして、輸出の金額が今の二次製品をのけまして一次製品だけを考えてみましても、一九五三年には千五百万ドルを輸出しておったのであります。それが一九五四年には四千六百万ドル、それから一九五五年、昨年度においては五千二百七十万ドル、こういうふうに喜逐年輸出が増加して参ったのであります。そうしてその仕向地のおもなるものを考えてみましても、五四年には第一位が香港であります。第二位がブラジル、第三位が米国であります。第四位がコロンビア、それが五五年には第一位が香港、第二位が米国、第三位がイラン、第四位がコロンビア、第五位が南ア連邦、こういうふうになっておりまして、毎年見ておりますと、いろいろの事情のために輸出市場関税その他の問題で閉鎖されまして、その盛衰が激しく変りますが、しかし特に米国市場は膨大なる消費量を前にしておりまして、毛製品重要市場としてわれわれは大いに期待しておるのであります。しかしこの表で見ますごとく、五四年、五五年は約倍程度出ておりますが、これは米国市場消費量から見ると実にささやかなものであります。ただいまのいろいろお話がありましたように、米国市場繊維業界における問題が非常にやかましくなっておりますが、毛製品輸出におきましては現在多少その内容が違うのであります。米国自体は現在自国の国内産業として毛製品製造をいたしておりますが、しかし米国は、英国、フランス、イタリアその他諸外国から製品を購入しております。日本が出しておりますパーセントというものはまだごく微弱なものでありまして、一九五三年では〇・八%、五四年には四%、昨年度におきましても約一割になるかならぬ程度のことでありまして、毛製品アメリカにおける輸入量というものは、アメリカ人にとってそう大した問題ではない。しかしわれわれとしてはこの市場を将来有効なる市場として大いに確保しなければならない、こういうふうに考えておるのであります。  アメリカに対しての毛織物の輸出というものは、ようやくここ一両年来緒についた程度のものでありますから、その製品価格であるとか品質というものによく自重をして注意をしてこれを輸出していったならば、これからといえどもさして問題にはならぬのではないかと思われるのであります。製品ようやく最近に至って認められて、製品の優秀さに対しても承認されておるのでありますから、政府においても輸出措置に量的な制限を加えるというようなことはなるべくないように、よく外交交渉によってこの点の了解を努めていただきたい、こういうふうに思います。業界といたしましても十分努力をして、この国の市場を失うことのないよう努力していかなければならぬと思っております。  毛製品輸出市場と申しましては、先ほども順位を申し上げましたが、昨年の八月には南ア市場高率関税の五割からの関税がかけられまして、ほとんど輸出がとだえてしまいました。それからイラン通商協定が未締結になっておりまして、外貨事情が悪化しておりますので、今輸出がほとんど停止の状態になっております。ブラジルはここ三、四年前にほとんど閉鎖の状態になっておりまして、現在もまだ再開されていない。  以上のような点と考慮いたしてみますと、米国に対する毛製品輸出はよほど慎重にやっていかなければならないと思っております。日本と緊密な関係にある米国でありますから、日本貿易に対しても重大な関心は持っておりますでしょうけれども、しかし米国市場の開放に寛大であるように、外交的の折衝はくれぐれもお願いしたい、こう思っております。  本年度毛製品輸出目標といたしましては、先般きめられておりますのが大体五千三百二十万ドルということになっておりますが、この数量は必ずしもむずかしいのではありませんけれども、しかし市場がこういうふうにだんだん閉塞されるというような場合でありますから、よほど毛製品価格においても合理的に国際競争にたえ得るよう方法考えなければなりません。現在の日本状態におきましてはなおまだその価格競争には弱い商品であるから、その目標達成のためには業界は一そうの努力を要することはもちろんでありますけれども政府におかれましても積極的輸出振興策具体化を強く要望したい次第でございます。しかし製品といたしましては前年度より非常に向上して参りまして、優に一流の製品として世界に誇るに足ると思うのでありますが、その価格の採算の点におきましてはまだ非常に険路があるのであります。海外市場の可能性は包蔵しておりますけれども価格の点においてちょっと伸び悩んでおるところが多々ありますので、この点は政府の適当なる指導及び保護をお願いしたいと思います。  以上申し上げましたよう事情で、なお世界に対してはまだ新規の輸出市場も拡大されるところがあると思うのでありますが、その目的達成のためには、政府におかれてもいろいろお願いしたいのですが、賠償問題の解決のときには、その物資の中にこの毛製品も織り込んでもらいたいということ、及び外貨事情の非常に悪い取引先の諸外国に対しましては、何とかこの再開を促進できるような処置を講じていただきたい。また韓国のよう外交問題で解決し得られるところは輸出の再開を期待できるように御尽力をお願いしたい。それから中共とか共産国、こういったところには、毛製品輸出はほとんど遮断されておりますが、こういう新市場の開拓にも御尽力をしていただきたい。それから国際市場並みの毛製品価格輸出価格を安定させるためには、これはあえて毛だけではないかもしれませんが、輸出品に対して何か税制面において優遇の措置を講じていただきたい、こういうふうに考えておるわけでございます。また海外の毛製品輸出取引の安定をはかるためには、各商社がその商品に応じて自由にすぐに活動できるように有利な商談を進めていきたい、そのためには輸出原料の一定量は商社にも確保させていただきたい、いろいろこういったようなことがありますが、こういうことの具体化をしていただくことに御尽力を得られれば輸出目標必ずしも困難なる数量とは思っておりません。毛製品は原料を外国から仰いでそうして生産し、これを再輸出するのでありますから、その輸出によって日本の主要原料を確保するということに十分の力を注がなければなりませんが、この点においては現在の輸出目標のおよそ二倍程度のものを出せば、むろん二次製品も含んで七千万ドルくらいになりますが、これの倍も輸出できるとすれば、原毛の確保はおのずから原毛自体においてできるというふうに考えられますので、この目標についてわれわれ業界においても努力したいと思います。最近において毛織物は、綿織物でも同じでありますが、取引においては厳粛な国際商業道徳を順守するように海外から要望されて、列国間に伍して輸出の発展を期しておるのでありまして、輸出が促進されてまだ日が浅いのですから、御当局においても十分に保護育成に御尽力をお願いたしたいと思います。私のお願いしたいことはそれだけです。なお御不審の点があったら御質問に応じてお答えさせていただきます。
  8. 永井勝次郎

    永井委員長 それでは次に日本輸出縫製品協会常務理事吉田元一君にお願いいたします。
  9. 吉田元一

    吉田参考人 縫製品協会の吉田でございます。私たち輸出縫製品業者におきましては、かねて輸出縫製協会というものを作りまして、業者の友好的協調をはかってきたのでありますが、昨秋来対米ブラウスの規制問題が起りましてから、法律的の根拠を持ちます責任ある交渉団体の必要に迫られまして、繊維局並びに輸出方面の御了解を得まして、日本輸出縫製品協同組合連合会というものを組織いたしました。創立総会を開催いたしまして、ただいま私が理事として選任されまして、目下御当局の方に認可申請中でございます。  わが国縫製品輸出は、遠く大正末期から始まりまして、当時満、韓、支を中心にいたし、雑貨品を主体といたしまして、逐次その地歩を固めまして、昭和の初期におきましては、満、韓、支はもちろん、アメリカを除くほとんど全世界にわれわれ縫製品市場がございました。しかし戦争とともに全市場を一挙に失いまして、また戦後におきましても国際的地位、また占領中の事情によりまして、ほとんど再起不能の状態に立ち至ったような次第でありますが、幸いに二、三年前から先輩各位のまことになみなみならぬ御精進によりまして、われわれの市場が逐次回復して参っておるのであります。特に一昨年以来、最も不可能とされ、いまだかつて出たことがなかったアメリカ市場向けの縫製品輸出も非常な数量が出ることになりまして、われわれ業界といたしましてはまことに早天の慈雨のごとき感がいたしたのであります。しかもその数量は逐年逐月増加し、昨年末におきましてはまことに一挙に膨大な数の御注文があったのでありまして、次々に発注される注文を消化するためには、われわれ業者といたしましては労務者の確保、あるいはまた機械の整備に大いに努めて参りまして、その加工の御注文に応ずるべく態勢を十分に整えた次第であります。私たちの立場はいわゆる加工受託業者でございますので、商社さんなり紡績さんからいただきますものを、ブラウスあるいは他の縫製品加工するという立場でございますので、われわれ加工の本体におきまして、特に輸出向けのものにつきましては膨大な数をやって参ったのでありまして、国策に沿いまして輸出振興という線でわれわれは日夜狂奔してきたのでございます。ところが昨年来に、われわれの生産いたしましたブラウス炉あまりに過当量出るというゆえんで、アメリカ市場を混乱させ、これを放置するときは将来アメリカ向けの二次製品が全滅する危機に達するというわけで、十二月末に至りまして突然輸出規制が出されたのでありまして、既成品を含めてブラウスの作業の約八割が打ち切りをやむをなくせられたのであります。何と申しましてもわれわれ業者といたしましては、加工専門でございまして、ミシン一台に約三人の労務者がおり、また関連産業につきましてもその従業員がおりますので、相当な労働者をかかえております。また全国輸出組合の林さんが申されました通り、業者の大部分はまことに零細な業者でございます関係上、この作業打ち切りにつきましてはまことに一時心臓もとまったのではないかというような感がいたしたのであります。それにつきまして、とりあえず商社並びに繊維局の方へわれわれの苦衷をさっそく御陳情申し上げるとともに、われわれ業者自体におきましても反省をいたしまして、何とかこの混乱を防止すべく先ほど申の上げました連合会の発足を見まして、この窮状を打開していきたいということに立ち至ったのでございます。おかげをもちまして繊維当局並びに関連商社の御配慮によりまして、ようやくおさまったよう現状でございます。  現在の操業状態を申し上げますれば、約六割くらいの操業になっております。聞くところによりますと、アメリカにおきましては、目下議会において関税の引き上げというふうな問題が熱心に論議されておるように承わっておりまして、それは通過される見通しのようでありまして、われわれとしてははなはだ心細い状態であります。万一これが通過しますれば、もっぱらアメリカ向け製品をやっておりますわれわれ業界にとっては、まことに破滅的な打撃を受けることは明らかでございます。この関連従業員全般を含めましての失業問題は、まことに大きな問題を惹起するのではないかと、はなはだおそれておる次第でございまして、われわれの作りますこのブラウスが、あれだけ出ますについては、相当向う嗜好なり、また価格におきましても観迎されておることは疑いないのでございます。われわれといたしましては、この際どうかわれわれの立場を政府当局並びに国会において十分お察し願いまして、ただいまアメリカ議会で論議されておりまする法案の通過阻止ということにつきまして、一段の御配慮をお願いしたいと存ずる次第でございます。  以上はなはだ簡単でございまするが、一応われわれの縫製業界の実情を申し上げました。また御質問がございましたらあらためてお答えすることにいたします。
  10. 永井勝次郎

    永井委員長 これにて各参考人の御意見の御開陳は終りました。  各参考人に対しまして御質疑があればこれを許します。なおこの際小委員外の商工委員の御発言も、随時許可したいと存じておりますので御了承を願います。  それでは発言の通告がありますから順次これを許します。松平君。
  11. 松平忠久

    ○松平小委員 林さんにお伺いしたいのですが、先ほどお話で、いろいろ犠牲を払ってブラウスその他を輸出されておると承わったんですが、大体向うの値段と日本ブラウスの値段は、向う輸出した場合にアメリカの国内でどのくらい違うものでしょうか。それが第一点であります。  その次にお伺いしたい点は、最近特に著しく輸出が伸びたというのは、ただいま御質問申し上げた値段の点ということも相当関係があるのか、もしくは先ほどお話しになりましたように、先方のいろいろな規格というか、希望というか、そういうもに非常に合致して技術が上ってきたということが大きな原因のように伺ったのでございますが、値段の点のほかに、その技術向上ということについてどういうようなことをしてそういう工合に技術が上ってきたのかということをお伺いしたいのです。たとえばデザインのようなものを特に研究したのか、あるいは季節々々にニューヨークならニューヨークから、こっちはこういうのが流行するからといってデザインを送ってきて、それによってやるとか、あるいはこっちから、だれか業界の人が向うに駐在し  おって、そういうものをキャッチしてこっちへ送るというようなことをされたのか、その辺のいろいろな御努力を承わりたいと思います。
  12. 林一郎

    林参考人 先ほど申し上げましたけれども、値段の問題せすが、これはご承知かと思いますけれども、そでのない、のと、半そでと長いのとあるわけでございますが、そのうち大部分のものはそでのないのと半そでのものが多いわけであります。これをアメリカの百貨店その他小売屋の店頭における値段と比較いたしました場合に、日本のものはいわゆる一ドルでございます。アメリカのものは一ドル九八ないし一ドル九〇でございます。もちろん値を比較する場合には、品質、デザインその他の点を勘案して比較しないといけないわけですが、おおむね一ドルと二ドルを少し切れる程度ということになると思います。  それから二番目のアメリカ人嗜好に適するようになったのは、どういう点を研究して、どういう経過で伸びたのかという御質問でございますが、先ほど私申し上げましたときに少し端折って申し上げたわけなんですが、縫製品につきまして、ミシンを使ってやるものにつきましては戦後非常に努力したんですが、実はなかなか出なかったわけなんです。先ほど縫製品の連合会の吉田さんからもお話がありましたように、やっと出だしたということなんですが、これは日本輸出業者、それからいわゆる縫製業者の尽力ももちろんですけれども向うのバイヤーの努力も非常に大きいわけです。両々相待って伸びていったということでございますが、こちらの大商社が向うに支店を出しまして、御承知の通り今商社の方がずいぶんニューヨークにおられますけれども、その人々アメリカ人々の趣味とか嗜好とかデザインというものを非常に研究し、それをこちらへ送ってきたり、縫製業の方に尽力願って伸びたということ。それから向うから参りました型紙だとかデザインで、こういうものをやったらどうかというような指導といいますか、それも非常に力があったわけです。  それからもう一つミシンでございますけれども、ミシンも現在縫製関係では十五万台あるそうですが、そのうちの十万台がシンガーミシンということになっておるようでございます。向うの、シンがこっちに参りまして、それでもって技術向上をした。両々相待って伸びていきまして、昨年、一昨年からやっとこさ伸びたのですが、ゼロに近い数字から伸びましたために、倍数炉大きくなりまして、それがたまたま悪いタイミングにひっかかって、輸入制限というようなことで騒がれてきたというふうないきさつと存じております。
  13. 松平忠久

    ○松平小委員 型紙などを向うから持ってきて指導をするというお話ですが、向うの取扱い業者の中には、みずから工場を経営しておるとかいうふうなお話しもあったのですが、向うの取扱い業者で型紙なんか持ってこっちへ指導に来るという、その人たちのアメリカにおける国内的地位というか、そういうのはどの程度の人たちであるのかということ。  それから今ちょっとお聞きすると、シンガーミシンがあるので、これがいいのだ、こういうお話だったのですが、国内のミシンメーカーも十分日本にあってやっておるので、そこに何か違ったものがあるのかどうか、ちょっとそういうことを今お聞きしたので、その点もあわせてお聞きしたいわけです。  その次は、今中共がロックアウトされている。従来私は、いろいろな関係で中国のものは中共がああいうふうになる前はかなりアメリカへ行っておつたと思うのです。ことにハンドワークのようなもの、ドロンワークというようなものは汕頭にしろ芝罘にしろ、ほとんど大部分向うへ行っておった。ところがこれがああいうふうにロックアウトされてしまって、そうして米中間の貿易というものは全然ない。そこでアメリカとしても、やはりそういうハンドワークみたいなものはどっかに求めなければならないということもあって、日本がそれによって進出のチャンスを得てきたのだというようなことも若干影響しているのではないかと思うのですが、そういうことに対してどういう御見解を持っておられますか、あわせてお伺いいたします。
  14. 林一郎

    林参考人 今の輸入業者向うにおける社会的地位と申しますか、そういう点につきましては、これは非常に残念でございますけれども先方といたしましてもやはりこれは一応中小企業だというような形になっておるように存じます。従いましてこの輸入をしております人が同時に製造しております。このグループは、残念ながらあまり力がないのじゃないか。それでこれは向う業界その他官界、消費者の方方に納得してもらうようないわゆる説明でございますか、そういうものを相ともにこちらの業界と輸入しておられる方々とやりたいというようなことで実はそういう点のこともお話を申し上げたのですが、なかなかそういう点は少しむずかしいようでございます。それと、中小企業の方でございますから、ごたぶんに漏れず力が非常に弱いわけです。  シンガーの問題は、私技術的にあまり存じませんわけですが、シンガーの中の特殊な技能があるものがあるようでございます。これはあとで吉田さんにでも聞いていただいた方が、あるいはいいのじゃないかと思いますが、それはそれくらいにさせていただきます。  中共との関係でございますけれども、もちろん手加工の問題ですから、中共のものが相当影響するということは、これは考えられるわけなのです。現在としては、もっと具体的になりますと香港製品との問題になると思いますけれども、まだただいまのところ香港品は品質的にあるいは量的に少し時間がかかるだろうというよう現状になって陥ります。しかし、もっとも今のお話の通り同じく東洋人でございまして、特殊技能という固有の技能を持っておりますから、これは当然警戒をして、あらゆる面について考えねばならぬというふうに存じております。簡単でございますけれども……。
  15. 永井勝次郎

    永井委員長 ミシンについて吉田元一君。
  16. 吉田元一

    吉田参考人 ただいまシンガーミシンについての御質問がございましたのですが、戦争という空間がございましたので、ミシン事業の縫製といいますか、ミシンの技術面におくれております。最近は非常に性能がよくなってきましたが、今までブラウスの注文先のお客さんは、やはりミシンはああいうミシンを使え、こういうミシンを使えということの特殊なミシンの御指定がございまして、やむなくそういう方面のことも進歩いたしましたが、現在の和製のミシンは一分間三千回転であるが、アメリカのシンガーですと五千回転、六千回転出る。こういうのが優秀ミシンということで、能率が違いますので、自然コストの関係がございまして、そういう方面に進出したという関係と、今まで、ずっと昔はシンガーミシンでございました。最近は和製も使っておりますが、そういう昔からの、われわれ職人の、そういう方面につい習慣的と申しますか、そういうものを使いなれてと申しますか、そういう関係もございますので現在はほとんどそうしたシンガーの、シンを使っておる、こんなよう状態でございます。
  17. 松平忠久

    ○松平小委員 これは別な話ですが、シンガーミシンにつきましては、この国会におきましても、シンガーとパインミシンとの提携という問題がありまして、国産のミシン・メーカーの方からかなり苦情が出ておるわけです。そうしてシンガーは一億ドルくらいの金で日本のミシン界を牛耳ろうというよう考えがあるというので、国産のミシン・メーカーは非常に警戒をしております。国会でもこれを取り上げまして、外貨向うから持ってくるということを政府をしてやめさしたということが、ついこの少し前にあるわけです。そこでできるだけ国産奨励というような意味で、縫製方面におきましても、なるべく国産品をだんだん使いなれていただきたい、これは私の希望でありまして、今日の委員会における議題とはだいぶ違うわけですが、この席をお借りしまして、この委員の方々はみなそういうお気持であろうと思うので、お願いしたいと思います。  その次に上田さんにちょっと御質問したいのですけれども先ほどお話で、ずっと輸出先についてお話がありました。その中でコロンビアがかなり輸出が伸びている、しかも毎年々々伸びているというお話だった。これは同じ南米でありながら、ゴロンビア一国だけが特に伸びて、ほかの国がちっとも伸びていないというのはどういう理由であるか。気候の理由であるか。そのコロンビア並みにほかの国も伸ばすためには、どういうふうにしたら輸出が伸びていくというお考えであるか、この点もちょっとお伺いしたいのです。
  18. 上田裕

    上田参考人 南米では今まで非常にたくさん出ておりましたのは、ブラジルコロンビアであります。ブラジルは、御存じとも思いますが、非常にたくさん出ておりましたが、ここには紡績も一部はあります。しかし大体細番手のものは日本に仰いでおります。でなければ、フランスあるいはイタリアから出ておりましたが、向う外貨事情で、種類が四種か三種になりまして、課税炉高くなってとだえております。コロンビアは、コロンビアだけが特別にあるのではありませんけれどもコロンビアは織機をたくさん持っております。そうして糸を海外に仰いでおります。その点におきまして、価格の点において日本が有利であるがゆえに、コロンビアヘは出ておりますが、これは一時は日本もほかの国に出すよりも割合に高価で行っておったのでありますが、イタリア、フランスの圧迫を受けて、価格の点においてはまず世界共通の価格程度になっておりますけれども向うはどうしても織機の運転をするために織糸を要求するわけですから、その糸が輸出されるのであります。
  19. 松平忠久

    ○松平小委員 最後にもう一度林さんに総括的にお伺いしたいのですが、この数年来非常に伸びてきた、そこでアメリカあたりの反撃というか反目がだいぶ出てきた。しかし先ほどお聞きしておりますと、各参考人の御意見の中に、輸出を伸ばすためにまだまだ相当足りない点があるのじゃないか。賠償の問題もあるだろうし、それからいろいろな外交の問題もあるだろうというお話があったのであります。その国内的な措置ということもお話がありました。林さんにお聞きしたいのですが、その中で輸出方面について今後こういうことをすれば大いに伸びる、あるいはこういうことをするならばその反動も出てこないということについて、全部ではありませんけれども、大まかに、アメリカ、東南アジア、南アフリカという具合にわけていただいて御見解を承わりたい。
  20. 林一郎

    林参考人 では簡単に申し上げます。先ほど答えましたように、昨年度数字を見ますと、一億五千三百万のうち八千百万アメリカに出ております。従いましてアメリカと同じような情勢にあるカナダについては重点的にどうしてもわれわれ業界としては考えていかなければならぬということなんですが、どうしてもこれを維持していかなければならないという市場でございますので、その場合に先ほどお話ししましたいろいろ輸入制限だとか、関税引き上げとか問題がございます。これは向うにいろいろ納得してもらいますが、啓蒙と申しますか、そういう点が足りないのじゃないかと思います。そういうことをぜひ一つやっていただきたい。業界でやりますと同時に、政府当局でも、従来ともおやり願っておりますが、さらに尽力していただきたいと思います。もう一つ消極的なことでございますが、業界における自粛自戒といいますか、過当競争の防止、これは当然やらねばならぬのじゃないかと思います。そういう点で重点的に申し上げるとアメリカなどの市場はそういうことであります。  その他の市場はポンド、エリアでございますが、これにつきましては、綿製品関係では香港品とインド品の競争が非常に激しくなってきておるわけです特に東南アジア地方に対しては距離的な関係もございますし、インド品と香港品に押されつつあるよう現状になっております。だからいわゆる原料の手当面その他についてよく考えていただきたいというような点。それからもう一つポンド・エリア、東南アジアも含んでございますが、これはもちろん賠償の問題もございますが、それ以外に先ほど触れましたよう通商協定をいろいろ結ばれます場合に、どうしても綿布、綿糸、人絹糸、スフ糸、スフ織物、こういう大きなアイテムは通商協定の中に特掲されるわけでございますけれども、私らの商品は、ここに分けますと先ほど申し上げましたように、綿メリヤス、タオル、毛布、敷布、漁網とかいろいろあるわけでございますが、それが非常に小さいものでございますから、あるいはその他の中に入ってしまったり、特掲されないということになるわけでございます。そうしますと特掲されない場合には輸出が非常にむずかしいことがございますので、通商協定をやっていただく場合には、こういう二次製品についてぜひ特掲していただくような交渉をお願いしたい、こういうようなことでございます。
  21. 永井勝次郎

    永井委員長 次に加藤君。
  22. 加藤清二

    ○加藤(清)小委員 同僚議員の質問もあるようでございますから、簡単にお尋ねしてみたいと思います。アメリカの方では、日本繊維製品輸出に驚いて同業者国会その他に働きかけているようでございます。私この様子を見まして、伸びた伸びたとは言うものの、数量がそれほど伸びたとは思われない。ただ終戦直後のゼロの時代、ほんの少々の時代と比較すると、伸び方が非常に幾何級数的であったので、向うが驚いておるのではないか。いうならば水鳥の羽音に驚いて騒いでおるような気がしてならないのでございます。日本業界方々は、アメリカ業界アメリカ国会に陳情しているように、きょう御発表いただいたわけでございますけれども、この結論は一体これでよろしいというお考えを持っていらっしゃるのか。それともこれではいけないから、将来またアメリカ国に向けても伸ばした方がいいとお考えになっておるのかという点が第一点。なるほど伸び方は確かに大きかったかもしれませんが、日本が買い付けておりますこの原綿の量と比較したりあるいはアメリカ繊維の総使用量と日本の伸びたという輸出量を比較してみますと、これはりょうりょうたるもので、あれほどたくさんに原綿を買い付けておるならば、少々のそれから生まれた加工品くらいは買ってもらっても差しつかえないのではないかと考えておるわけです。そこで数量について今後どういうことを希望していらっしゃるのか、これは林さんや吉田さんに伺ってみたいと思います。  それからもう一つこれは吉田さんにお願いしたいことですが、ミシンの使用の問題についてただいまお話になりましたが、縫製加工の場合に、工場で二百台、三百台持って一貫作業でやられる場合には、工業用のシンガーミシンが現在のところは適当かもしれない。ところがミシン業界に言わせてみると、決して日本のミシンは捨てたものではない、よくなってきた、工業用ミシンが高いのはどういうわけかといえば数量が出ないからで、数量さえ出るようになれば家庭用ミシンと同じようにどこの国と比較しても決して負けないものを作りますということで、そういう意見を聞いておるわけでございます。そこで工業用のミシンを将来国産でまかなうことができるかできないかということです。日本の第二次製品は工場でできるのではなくて、授産所とか戦争未亡人等の方々に最終の下請をやってもらってでき上っておるのだという話を聞いたのですが、その場合家庭用ミシンは一体いかように相なっておりましょうか。アメリカとしては、原綿はどんどん買え、ミシンもどんどんアメリカのシンガーを買いなさいということを、先ほど承わると、指定しておるようですね。そうしてからでき上ったものは買いたくないということでは、どうもあまり胴欲な考え方ではないかと思うわけです。そこでそういうことをおっしゃるならば、ミシンは買いませんよというくらいのことは言ったって差しつかえないではないかと思うわけですが、この二点について伺いたいと思います。
  23. 林一郎

    林参考人 第一点は、今加藤さんがお話しになった通りに私は思います。私の意見といたしましては、先ほどお話しになりました向うの原綿の買い量に比べて、こちらの輸出量の問題、その他日米貿易間の貿易じりの問題その他から見まして、これはもう少し買ってもらっていいのじゃないか、こういうように思います。それから特にブラウスとかその他のいわゆる二次製品でございます炉、先ほどからたびたび御説明をしております通り、この二、三年にやっと真価が認められて出だしたものですから、ほとんどゼロに近い数字から比較されますので、非常にその倍数がでかくなっておるということであるわけでございます。しかし今加藤さんのおっしゃったような原綿の買付量の問題、貿易じりの問題その他から見まして、そのくらいのものはぜひ出させてほしいということと、それから向うブラウスの生産の状況を見ますと、こちらのものがいきます前の状態と、それから後の状態でございますが、やはり生産の状況がアメリカ品もふえておるという状態になっておると思います。ということは、考えようによりますと、日本の良質のもので手ごろな価格のものが向うにいくわけですから、消費者に非常に喜んでもらって曲るのじゃないかとということでございますので、むしろそういうようなことから向う消費者の購入欲と申しますか、それに対する刺激をしたのじゃないか。だからそういうような意味で向うの生産もふえているのじゃないかというようなことも私はお話ができるのじゃないかというように思います。日本のものがいったために向うのものが生産が減ってどうだということじゃなしに、こちらもいくし、同時に向うの方が伸びておるのじゃないかというよう考えるわけでございます。それからもう一つ向うのメーカーが輸入をしておるということであるわけなんですけれども、現実の問題といたしましては、下級品といいますか、日本の出しましたようなものの生産はやめておるかもわかりませんけれども、それ以外のものに転換してやっておるようでございますので、先ほど申し上げましたように生産の数字もふえてきておるのですから、具体的にそういう工場がつぶれちゃってそう困っておるという現実の数字はないのじゃないかと私どもは思うのでございます。そういうような小さなことからいっても、現在の数字以上はぜひ出させていただきたい。ただし先ほどお話ししました通り、二次製品業界としてはアメリカ、カナダ市場というのは非常に大事な市場でございますから、日本業界でも、いわゆる輸出秩序ということは当然守らねばならぬ。品質だとか、値段をリーズナブルに持っていくとか、過当投機を防止するとか、当然これはやって参らなければならぬと思いますが、大体私はそういうように思いますので、加藤さんの御意見と同じでございますから、ぜひ一つよろしくお願いいたします。
  24. 吉田元一

    吉田参考人 ただいまの林さんのお話を敷衍させていただきますが、日本ブラウスの生産量というか、今まで何ぼできておるか、ほとんどアメリカの予想がつかなかったのじゃないか。七、八月ごろ三十万、十月には五十万、十二月には百万を突破した。このよう数字があまりに上昇するので、むしろその点を非常に心配して、これは大へんだ、しまいには二百万、三百万できるだろうというような非常な臆測のもとに、こうしたアメリカ議会に提出されておるような問題も起ったのじゃないかというふうに考えますので、われわれといたしましては、先ほど申し上げました連合会ができましたので、一応連合会によりまする実態調査をして、果して日本の今のブラウスの生産量が的確に何ぼであるかということを押えまして、それによってアメリカ議会の方へ政府当局から話し合いをしてもらう、一応向うの方へ、これだけが日本の生産量の的確な数字であるということを御表明願うということがまず第一に必要じゃないかと思いますので、一応その実態については調査をしております。これは御報告させていただきたいと思います。  次にミシンの件でありますが、ただいま申し上げました日本品と申しますか、家庭用のミシンでございますね、家庭用は皆さん御承知ように足踏みで、あらゆる家庭でお使いになっているミシンであります。これはほとんど日本製品で間に合うておりますが、工業用につきましては、先ほど申しましたような相当高能率を上げなければならぬという点がありますのと、なお先ほど申しました二本針、三本針というような特殊ミシンがブラウスには非常に使用されております。その特殊ミシンは現在ではできておりません。政府の方でそういうようなものを作られるような御指導なり御援助をしていただきまして、アメリカに負けないものを作っていただく。そうして日本にもこうしてできるのだということは、ブラウスを買ってもらうかわりに綿なりミシンをどんどん買うているということは、われわれといたしましてもただいまの加藤さんの御意見に同感でありますので、何とかわれわれといたしましても日本品日本の機械で作るということにつきましては、御当局の方から御奨励なりいろいろ御助成をお願いたしたいと思います。われわれといたしましては、できるだけブラウスにつきまする加工をいたすと同時に、アメリカも綿を買ってあげる以上は堂々とブラウスを買ってもらいたいというふうな念願をいたしておりますので、どうか一つよろしくお願いいたします。
  25. 加藤清二

    ○加藤(清)小委員 それでは引き続いて、アメリカ向け輸出は去年なるほどある程度伸びたのでありますが、それでもなお綿の加工業界は非常に不況をかこっているように見えたわけなんです。一体どういうわけだと思っていろいろ調べてみますと、東南アジア向けの特に染色されたもの、プリントものが大体一億スクエア程度減っているようであります。去年の総体の輸出が十二億七百とか十三億とかいろいろ言われておりますけれども、そのうち染色ものだけでもって一億スクエアも減るということになれば、そのしわ寄せがそれを作っていらっしゃるメーカーの方々ないしは工員の方々に及ぶということは当然なことであります。そこでお尋ねしたいのは、東南アジアに対してどういうわけで今度一億スクエアも減っただろうか。これを伸ばすにはどうしたらいいか。先ほどの松平さんの御質問と重複すればそのお答えはけっこうでありますが、どういうわけで減ったか、それをふやすにはどうしたらいいかという問題、これは一つ染色の方の大西さんに伺ってみたいと思います。  それからデザインの問題でありますが、これが過去においてはとかくイミテーションであるとかあるいは何だとかいうことで、ときどき向うから抗議を受けたりあるいはクレームをつけられたりというようなことがあったようでありますが、これはメーカーの業界責任でありましょうか、どうすると将来これが解消できるでありましょうかということを承わりたいわけでございます。私の知る範囲では、メーカーの方々は、商社ないしはエージェントにこういうものを作れと言われるものだから、その通り言われる通りを作っているのであって、イミテーションの問題で云々されるならば、むしろこれは海外市場をよく知っているところの商社が気をつけなければならないし、政府みずからがそれの指導に当なければならないか。そのために意匠センター等々できたようでありますが、これをいかように活用したならばこれが解消できるかということを、主として染色の方の大西さんに承わってみたいと存じます。  それからもう一点、綿や絹はアメリカ側はすでに御承知の通り、そんなに買いたくないのだという業界の意思表示をしているようでありますが、毛の方は一体いかように相なっておりましょうか。もしかすると、今度の繊維産業安定対策でもそうですが、十ぱ一からげにして同じような――どうせかけるなら一緒にというわけでワクがかかるように聞いておりますが、毛の方のアメリカ向けについてはそういう問題が起きているのかいないのか、その点を、これは上田さんにお願いいたします。
  26. 大西太郎兵衛

    大西参考人 お答えいたします。今輸出が東南アジアに減ったというお話でございまするが、それは日本品の商社の売り出しが過当競争をして、商社が一応売りましたものを、また他の商社がその下値で売り込みに行く。商売ですから買うたものが明けの日にまた売りに行くということになると、いや気がさして買わないということが非常にやかましく言われる。私は先般欧州を全部視察しまして、帰りにカラチに参りまして、カラチで山形大使にも会ったのでありますが、日本繊維の商売をする者は、三社もあればいいものを、二十五社もあって、お互いに小突き合いをして、不当な、必要以上の安売り競争をするということが非常におもしろくない原因になって、日本商品市場の安定性がないということが第一の欠陥だろうと思うのです。この点につきましては、今度商社側も政府の御指導によって、商社合併等によって窓口を一本化していこうという考えもあり、また輸出組合にしてもPHQの影響を受けて、輸出割当のクォータを実施していくということで、おいおい改善されていくだろうと考えております。先ほど私が申し述べました通りにいろいろ文化が向上いたしまして、また民度もだんだんと高くなっていきます上におきましては、裸でいた土人がシャツを着る、シャツから着物になってくる、また無地から柄物を着ていくということになって参ります。また今申しましたようにだんだんと染色品も高級な加工をしていくということに鋭意努力しておりますので、この点はイギリスのマンチェスターの製品に決して劣っていない程度まで立ち上っておりますことを申し上げておきます。ただ意匠の問題で日英間に非常なクレムがありますことは事実であります。マンチェスターはマンチェスターの商工会審議所を通じまして、日本業者は、マンチェスターが自己が考えた意匠をそのまま模倣しているじゃないか、それは非常におもしろくない現象だとして、当時GHQを通じて私どもの協会に意匠についての委員会を慫慂されまして、染色同業会内に意匠委員会というものを設けました。それは他人が苦労してこしらえた意匠は決して模倣しない、自己の考案によるところの意匠で染色したものを売り出していくということを指導いたして参ったのでございますが、その後イギリスの方から英国の大使館を通じまして、外務省にいろいろの抗議が出て参りまして、目下紡績、織布、あるいは染色輸出商等が六団体を糾合いたしまして、染色同業会内にある意匠委員会を発展的に解消いたしまして、大阪に意匠センターの発足を見たのであります。そもそも意匠という問題は英国の考え方日本考え方とは少し違うのです。日本の意匠のすべてが、特許の先願主義になっておりますが、英国の方は公表しないで、自分の考案を特許庁に秘密で届けておく。それがいつ何どきでも同じような意匠のものが出たならば違反にひっかかるという問題を起しますので、英国側の要求はペーパー・デザイン、紙に書いたデザインをもって染色をし、染めたものはだれかが染めたものであるから、きれ見本で型を送り、染色することはやめてもらいたい。また保証状を必ずとってもらいたい、あるいはまた染色する工場は、自分の意匠以外で染める場合はマンチェスターの染工場で染めたという染工場側の了解の承認をとったものでなければ染めてはいかぬという非常にむずかしい条件がありまして、日本からもこの問題について日綿の岡島社長初め私どもの会員の大同染工の常務取締役もついてイギリスに参り、この問題の解決にロンドンの大使館員と協力して当り、またイギリス側からも特使が参りまして、日英間におきましてこの意匠問題の解決についていろいろと話し合いをいたしました。そうして意匠センターができまして、あらゆる意匠をここに届出をしまして、そしてこの柄を登録し、意匠センターはこの意匠については染めても英国側の苦情問題に突き当らないという確認書を与え、確認したものをプリントをする。そうして出しましたものについて意匠センターの維持費としてヤール一銭ずつ納金をいたしまして、意匠センターの維持費に充て、また登録料につきましては一件について二百円の登録料を出しましてこれを運営いたしておるのであります。ところが意匠センターの事務が非常に膨大な事務になりまして、現在の意匠料あるいはヤール一銭ずつの手数料では意匠センターの経営が困難であるということになりまして、今度は一銭の手数料を三銭に値上げし、あるいはまた意匠の登録料を四百円に値上げするということに意匠センター当局が各業界にこれを提案中でありまして、業界の方ではそういう大きな負担金はとうてい負担できないというので、その問題は今片づいておりません。この意匠センターの理事長は東洋紡績の阿部社長がなっておられるのでありますが、この意匠センターの発足する当時は通産省の方々のおきも入りで発足したのでありまして、これは日英問題等の外交問題に基因した国家的な仕事であるから、一つ政府の補助金をお願い申し上げたいということで、ずいぶん政府に嘆願をされたのでありますが、政府も予算の関係上なかなか思うようにいきませんでした。しかし今度はこの補助金を国会の方に提案をしていただいたようでございます。それも非常にありがたいのでございますが、私どもといたしましては日英間のそういう意匠のクレーム等の解消につきましては、これは民間人の私どもが解決すべきものではありまするが、国家的の立場といたしまして、意匠センターの運営に対してはいま少しく大きな考えをもって運営費の補助金の御提案をいただければ、-国会の方におきましても大きな見地からこの意匠センターの育成に対しまして、将来日英間の外使問題あるいは感情問題の解決についての大きな役割をいたしております意匠センターの運営に対する何か一つ手を考えていただきたいことを特にこの際お願い申し上げたいと思うのであります。
  27. 上田裕

    上田参考人 ただいま加藤さんからのアメリカに対する毛製品輸出のお尋ねですが、ちょうど手元に一九五四年のがありますが、それによりますと、まず毛糸を考えてみますと、米国内における毛糸の生産高でありますが、一九五四年には五億七千万ポンド程度の生産があります。しかもその上に米国が毛糸を諸外国から輸入する数量が百四十八万ポンド、そのうち日本が昨五四年にアメリカ輸出した数量が七十九万ポンドであります。それから毛織物は米国毛製品、自国生産が四億四千五百万ヤール、そのほかに米国が主として英、仏、日本あたりから輸入した数量が五四年には九百五十万ヤールであります。そのうちに日本米国輸出したのは三十七万九千ヤール、米国輸入数量の約四%、こういうよう状態でありまして、先ほども綿なんかでもお話がありましたが、輸入が急激にふえたとはいいますけれどもアメリカの国内市場に対して日本輸出した数量なんというものは微々たるものでありますから、今日数量的に制限を受けるというようなことは絶対に避けていただきたい。毛織物はこの点においてはほかの商品のごとく、現在アメリカにおいてまだ問題が業者間には起きていないというふうに考えられるのであります。しかし繊維製品であるというがゆえに、その他のものと同じような運命になるということは業界としても非常におそれておるのであります。ですからこの点に関して輸出業界としましては、お互いに輸出する製品向上をはかり、安かろう悪かろうに堕してはいけない。こういうことにはお互いが注意し、生産業界輸出業界もともに考えなければならぬのじゃないか。これと同時に御当局へも、ぜひその他の、地方に出しておるような品物と違って、検査規格、風合というようなものに対する検査制度を厳密にやってもらいたい、やる方法考えなければならぬというふうに考えておりまして、この問題に対しては業界においても寄り寄り考えておるのであります。アメリカという国は御存じの通り、非常に生活程度も高く、高度の国家でありますから、マス・プロダクトで、ただ一応のものをたくさんこしらえたからといって売れるものではありません。これは主として中小企業の機屋さんの尽力と協力によりまして、加工度の高い品物を出さなければ、これ以上輸出を伸ばすということは困難なんであります。そうすると、こういう方は大紡績なんかから見ますと幾らか経済的には浅いというようなために、現状のままでおけば多少安かろう悪かろうに堕したがる、そういう傾向があってはならない。というのは、生産業界及び輸出業界ともに考え合って、そこらの話し合いを進めていきたい、こういうふうに考えておるのであります。
  28. 加藤清二

    ○加藤(清)小委員 同僚議員の質問もだいぶあるようですから、私はもうこれで、一点だけであとは別なときに譲りたいと思いますが、輸出振興をするに当りまして、今のデザインのイミテーション問題と同時に、もう一つ近ごろ問題になっておるのに、耳マーク問題というのがあるようでございます。これは羊毛紡績会が国際羊毛事務局に参加をした。それを契機魚英文字をもって表明したものにはぜひメイド・イン・ジャパンの文字をつけよということを要請されて、それを無理やりにやらされようとしているよう状態でございまするが、これについてこれをすることがいいか悪いか、かつては耳マークにメイド・イン・ジャパでありながら、メイド・イン・イングランドと書いたからけしからぬとかどうとかいう問題があったようでありますが、きょうこのごろは、はっきりメイド・イン・ジャパンとすべての商品に明記せよ、こういうことを言うておるようですが、これは果して日本輸出振興に寄与するところであるかないか、これが一点。  それからもう一つ、綿も毛も一様に終戦後輸出が伸びてきておりまするが、毛が国内高をあえて出血輸出までして、輸出が伸びてきたその原因のつにリンク制度というのがあるのじゃないかと思うのです。このリンク制度はまた国際上いろいろな問題をかもして、せっかく毛の方につきました二〇%、二〇%、三〇%、それ以外のいろいろなリンク制度があって、これが支柱となって輸出が伸びていったように思うのですが、これが近ごろになりますと、だんだん削られて、やがてすっかりなくなってしまう、こういう傾向にあるようですが、そうなった場合にも果して今のように伸びるかどうか、これについては一体どうあるべきか。同じリンク制度も、綿の方のABCと毛の方の行き方とは変っておるようでありますが、いずれにいたしましてもこれを解消してしまうということは、果して輸出に寄与するかどうか、もし解消するとするならば、何らかの輸出振興の具体策、ほかにこれにかわるべきいい策を考えてみえるかどうか、こういう点を、これはほんとうは政府側にも聞きたいのですが、今日は主として業界の方に承わりたいと思います。これは毛の方の上田さんにお願いいたします。
  29. 上田裕

    上田参考人 ただいまの耳マークのお話でございますが、この問題は英国のIWTOに加入された紡績のお話ように承わっておりますが、大体は現在民間団体の話し合いになっております。紡績の方ではIWTOに加盟され、その方針のもとに進まれて今鋭意研究中と承わっております。しかしその問題に対しては直接会員ではありませんし、私の方からお話を申し上げることもないと思うのですが、占領中輸出の耳マーク及びその他の反米マークに対して、いろいろ今おっしゃったような問題が散見されておった、相当の被害をこうむっておったということは事実のようであります。それで独立後約三年前に輸出組合が結成されまして、そうしてその当時そういう問題が海外から起って参りまして、組合におきましてもこの問題に対しては鋭意努力をいたしました。そうして業界に呼びかけまして不正貿易はよそう、それで今おっしゃったよう外国の地名であるとか、外国の名誉ある名前は使わないでおこう、これにまぎらわしいものについてはメイド・イン・ジャパンを必ずつけよ、それから耳マークがあるなしにかかわらず、ある特別の事情当局の了解を得たものは別として、そうでないものはメイド・イン・ジャパンは必ず押そうじゃないか、しかし消費者のためにする品質の表示であるというようなオール・ウールであるとか、ベスト・クォリティであるとか、コットンミックスド・ファブリックであるとかいうように、品質を表示するものに対しては自由であっていいのではないか、別に英語であろうと何であろうとかまわない。それから品名にしましても、トロピカルとかギャバジンとかヘリンボーンとかこういうようなものは英語であるが、反面日本語であるというので、日本でもやはりトロピカルであり、ギャバジンでありますから、こういったものを書いておけば、メイド・イン・ジャパンの必要もないのじゃないか、こういうよう考えをもちまして、これはその問題が起きる前でありますが、二、三年前から業界に対して呼びかけておったのであります。現在も常に呼びかけております。たまたま昨年度におきましては、羊毛工業連合会の方で、今おっしゃったようなその問題が起きて参ったのでありますが、われわれとしては別にIWTOの会員ではありませんから、そういう方から何らの連絡も直接ありませんし、そういう意味はないのでありますが、しかし不正なる方法をもって製品を海外に輸出するということは、よろしくないということははっきりいたしておりますので、われわれとしてはできるだけそういったものに沿いたいという方針で業界に呼びかけております。半面紡績の傘下会員についてはIWTOの精神にのっとってやっていっているものと思います。ですからこれはもう日ならずして完全に海外からそういった問題が起きないであろう、アン・フェアなトレードはもうないようになるだろうと私は信じておるのであります。しかしこれは民間の問題でございますが、あるいは英国大使からこういう問題が当局にかけ合ってこられた場合には、こういった精神のもとに、しかるべき交渉をお願いいたしたいと思っております。それから毛のリンクが漸次減って参りますのは、これはガットの加入、そういったような問題は業界としてはやむを得ない問題だと思っております。しかし毛織物の輸出は、いわゆる戦後における日本の生活様式の変更とともに、非常に国内の需要が多くなっておるのであります。それと同時に紡錘機械も一時は非常に少く、羊毛の輸入数量制限されておりましたから、国内における毛織物の価格というものが国際価格よりは非常に遊離しておりまして、漸次設備の拡充と、それから羊毛の輸入の数量が多くなったので、相当にさや寄せはされましたけれども、しかし現在においてもなお日本の国内の毛織物は国際相場よりははるかに高いのであります。ですから今日たとえば全面的にリンクがなくなって、そのまま裸でほうり出されたのでは、ここまで力を入れてきた毛織物の輸出はまた一時とだえるほかないのであります。それでこの点については何とか御当局においても、それにかわるべきいわゆる生産業者、輸出業者をして輸出振興に尽力をさせようという努力に導くべき方法と施策はぜひともお考えいただかなければ、裸でそのままいるというようなことはあり得ないのでありますから、これは日本輸出産業として特に御母力を願いたいと思います。
  30. 永井勝次郎

    永井委員長 田中君。
  31. 田中武夫

    ○田中武夫君 私小委員外でありますが、小委員長の許可をもらいまして、林さんに一言お伺いしたいと思います。アメリカが突然輸入制限をしたために、日本業界では大へん困っておる、こういうことでありますが、実は私は兵庫県の出身でありまして、御承知の播州織の産地の近くになっております。そこでいわゆるあのギンガムですが、それも年内にすでに輸出準備を完了したのが二千万ヤールあるそうで、現在これが倉庫その他で滞貨になっておる。また一月、二月で生産準備炉全部終っておるのが千三百万ヤールですかある。こういうことで相当これらの問題について憂慮しておるわけでありますけれども、このように突然輸入制限を受けたために、出荷準備を完了して倉庫に眠っておるというようなこういったような突然の輸入制限によって受けた損失というもの、これらについての対策なり損害、そのようなことについてはどのようになっておりますか。
  32. 林一郎

    林参考人 非常にむずかしい問題でございまして、この損害をどこに持っていくかという点は特にこれはむずかしいわけなんですが、これのいきさつをお話をいたしまして、大体私がこうしていただきたいというようなこと――お役所に対しての問題ですが、それを一つ申し上げたいと思います。  今お話にありましたように、これは制限をされた、特にブラウスの問題に例をとりました場合に、お説の通り、ことし年間一千万ダース既契約がありましたものを、二百五十万ダースに圧縮したわけでございますから、そこでいろいろ生地の問題などありますが、その際に輸出業者輸出業者の段階で、それから機屋さんは機屋さんの段階で、紡績は紡績の段階でそれぞれそういうふうな困った問題が起ってきております。今のお話は、機屋さんの段階で困ったものについてどうするかという問題でございます。非常に困りましたのは、綿製品アメリカ向けの規制がギンガムについては、一億五千万のうち七千万ヤールという数字でございますので、原反としての処分が非常にむずかしい。それで最も困りますのは、年間の輸出の千万ダースの中から二百五十万ダースを引いたものの中でさしあたって一三の問題でございます。一三の問題は、一応買い手から買いたいという信用状を開かしたので、その問題が特に困る数量に該当するものと思いますが、私が聞いております範囲では、約五百万ヤールギンガムがあるのでございます。このギンガムについては何らかの形で輸出をさせていただきたい。先ほど話に出ましたように、アメリカに振り向けます場合には、一億五千万のうち七千万というギンガムの契約がきておりますので、その辺との問題が非常にむずかしいのでございますが、事がそういうような問題でありまして、しかもこれは日本政府の立場から二百五十万ダースというものを規制されたわけでございますので、事情をよく説明をいたしまし一て、政府でやったことで不可抗力だから、何とかしんぼうしてもらいたいということをやるために、政府の方にお願いして、声明書のようなものを出してもらっております。それをつけまして、輸出業者としては海外へ、不可抗力だから何とか契約の解除をしてもらいたいということを申し入れております。とともに、先ほど申しました一-三の問題は、どうしても困る。五百万ヤールのギンガムを織ってしまって、手持ちになっておるものは何らかの形で転換して、海外へ出さしてもらいたいということを政府にお願いしておるわけでございます。そういうことで私の方は考えております。同時に、何とか政府の万でこれだけは認めてもらいたいということを強く要望しておるわけでございます。
  33. 田中武夫

    ○田中武夫君 今お話しの損失は、具体的に金額にしてどれほどですか。
  34. 林一郎

    林参考人 はっきりした金額は出ないのでございますが、たとえばブラウスを何ぼに換算しますか、何セントに見るかということで、問題があるわけでございますけれども、おそらく十五セント見当だということにしますと、七十五万ドルでございますか、それくらいのものになります。特に西脇の場合は中小企業の機屋さんですから、これを何とか出さしてもらいたいということなんです。
  35. 田中武夫

    ○田中武夫君 もう一つお伺いたしたいのですが、アメリカ輸出制限を受けた。それを他の地域、たとえば中国とかその他の東南アジアに向けるという対策なり、向くような品物はないのでしょうか。また今後そういう方面へ、そういうものを出していこうということについてはどうなんでしょう。
  36. 林一郎

    林参考人 これはものがブラウス用に使っておりますので、多少違うわけでございます。ですから簡単に東南アジアに持っていくというような性格のものではない。それでそういう点は困るだろうと思います。ですからアメリカへ何らかの形で出さしてほしいとお願いするより方法がないと思います。
  37. 田中武夫

    ○田中武夫君 それでは政府側に今の質問に関連してお答え願いたいのですが、ただいま林さんから御答弁がありましたが、先ほど私がお伺いしたように、突然の輸入制限で、ために業界あるいは業者が損失をこうむっておる、こういうようなことも政府としては聞いておると思いますが、これに対して補償するとか、あるいは滞貨しているものを出ていくための具体的な対策、あるいはこれを他の地域に向けるということを考えておるのかどうか、そういうような点についてお答え願いたいと思います。
  38. 大城齊敏

    ○大城説明員 輸出契約ができておりまして、これが出なくなった場合、特に政府の承認が得られないで出なくなった場合は、保険という制度がありまして、それでカバーされる場合もありますところがそれはブラウスのごとき場合は、保険がついていない場合が非常に多いということでありますが、この輸出制限のためにある損失を受けたということがありますと、それはいわゆる一般的な産業対策として、関係の担当の課で考究することになっております。
  39. 田中武夫

    ○田中武夫君 関係の担当の課で考慮することになって細る、こういうことでございますが、その関係の担当官は来ていないようですから、この問題についてはあらためて本委員会の方でお伺いしたいと思っておりますが、輸出課長として担当課で考慮することになっておりますという答弁はどうかと思うのです。何とかもう少し実のある答弁はできないのですか。何とか対策を立てるとか、立てておるというようなことについては……。
  40. 大城齊敏

    ○大城説明員 私どもといたしましては、第一にこの制限と申しますか、輸出調整をいたしまするときに、それが関係業界に与える影響というものを非常に考慮いたしまして決定いたしたわけであります。さらにその結果につきましては、今担当の課と申しましたが、私どもは担当の課ではありませんが、関係いたしておりますので、もちろんその担当の課、繊政課と協議をいたしております。また結論は出ておりませんし、それから損害があるという話がございますけれども業界の方からはっきりした数字とか実情というようなことは、具体的には申し出てきておりません。
  41. 田中武夫

    ○田中武夫君 それではこれで質問を終ります。ただ今の答弁に対しまして、質問その他で本会議においてはっきりさせていきたいと思います。
  42. 永井勝次郎

    永井委員長 帆足君。
  43. 帆足計

    ○帆足小委員 去年の好景気は主としてアメリカのブームによるものでございまして、戦争が済んでちょうど十一年、目になりますので、私は昨今の世界景気は多少警戒を要する状況だと思います。皆様は不景気、恐慌なんというものは戦争前あったことであって、資本主義が新しい段階に入ったので、恐慌なんという野蛮なものはもう経済学の中から姿を消したように錯覚を持っておられるかもしれませんけれども、社会主義社会は、これはまた別ですが、資本主義社会においてどうも戦前に比べて大きな変化はないと思うのです。ただ起りました変化は、最近原爆水爆のほかに電気誘導弾ができて、これが大体一万キロといいますと、モスクワからワシントンまでの間が八千キロですから、それより遠い距離を音の速度の一倍半ないし二倍で飛ぶ電気誘導弾が完成したというので、戦争はどうやらできなくなったと思うのです。フルシチョフというロシヤの理屈屋が、その点だけはスターリンの学説を修正せんならぬとまで言い出して、すなわち戦争は避け得る。人類の歴史は戦争の歴史で、十年に一度は戦争か恐慌、こういうふうできたわけです。日本人は健忘症で、軍国主義で立っていた国民であるということを忘れているが、十年に一度、づつ戦争をして、戦争に導かれて今日に至ったわけです。それが戦争がなくなったのですから、年をとって月経のとまるのは何ですが、若い盛りに経血のとまった女性のような状況になつている。これはこういう状況の資本主義というものがどういう症状を今後呈してくるか、心臓が肥大するか、肝臓が大きくなるか、脂肪過多になるか、脳溢血を起すか、精神錯乱を生むか、私はまさに経済学の好個の課題だと思うのですが、どうも戦争後自他ともに頭が少しぼやけまして、安易に人生を渡り、深くものを考えるよりも待合かパチンコ屋であとは時間を消すというようなほう醇風美俗が世界にびまんしておりまして、気がゆるんでおると思います。気がゆるんでおるときは戦争がぼこんとくるのですが、神の摂理によって戦争はできない。そうすると、不景気という戦争と裏表になる現象はどこへいっておるか。実はこのことについて皆さんにお伺いしたいのです。皆さんが毎日どういうような御心境でお暮しになっておるか、お伺いしたいのです。この夢の世の中で戦争恐慌はあざなうなわのように十年ごとに追いかけてきております。大体貿易に従事しておられる皆様、世界の景気の波の上で生きておられる皆様が、景気の循環というものがもう今後ないとお考えになって、だらだらと慢性的好景気が続くものとお考えなのか。それとも週期的に不景気がくるから、それに対して戦後十一年目だから相当の心構えが必要であるというふうに気をつけてお考えになっておられるか。近ごろはそんなことを考えるだけのエネルギーはないわいということで、酔生夢死の貿易業者でおられるか、心境のほどを伺いたいと思います。
  44. 林一郎

    林参考人 帆足先生から非常に崇高な経済理論を伺いまして、私自身の考え方もやはりこのまま慢性的にだらだらと景気が続くといこうとは考えられないだろうと思います。従いましてこれと今度は輸出の面に参りまして、私の方の綿製品関係輸出考え方としましては、先ほど申しました一億五千万のうちの八千五百万がアメリカ輸出されておるわけでございますが、これに対してはやはり常にそういう場合のことを考えましてやらなければならぬということを深く考えておるわけであります。さればこそ先ほどお話ししました、今度は東南アジア及びポンド・エリアでございますが、これに対して綿製品輸出というものは、非常にたよりない、はなはだ貧弱なさびしい状態になっております。特に昨年私の方でもいわゆる市場調査をやろうということで御承知の通り中小企業産業に基盤を置いておるものでございますから、海外に各商社あるいは産業人が出ました場合でも、その専門家の方が行って直接調査ができない、また経済力が非常にプアでございますから、それ専門にできないということで、政府の方の御援助を得まして、東南アジアの方を特に二次製品についての専門的な調査をやったわけであります。それは今のアメリカだけにそういうような夢を追っておるのではなくて、反面東南アジアあるいはアフリカその他の市場に対する二次製品輸出を見た場合に、先ほども申しましたように非常に寒心にたえぬよう状態でございますので、そのために調査を始めた。ということは、香港品それからインド品の進出が非常に激しいわけでありまして、特に繊維産業の中でも二次製品業界ようなものは後進国は非常に発達しやすい、容易に追っつけるようなものでございますから、そういう産業からいいまして、後進国が簡単に追っつける。追っつけた場合には、これがいわゆるテープ・レーバーですが、そういうような点で日本もとても太刀打ちができないというようなことでございますので、このインド品とか香港品が非常に大きな強敵になるということで、東南アジアについて、特にインド品と香港品との競争状態を実地に調べに行ったわけでございますけれども、結果はやはり東南アジア市場については、香港品とインド品は距離的な関係もあって、日本の国は太刀打ちが非常にむずかしいのではないか、だから将来これは非常にゆゆしい一大事である。楽観はもちろん許さない、悲観的な考えになっております。それからアフリカの残っております市場の西アフリカなんかも、特に英国関係とのつながりもございますし、また同じく向うが後進国といいますか、そういうようなものでございますので、インド品との競争香港品との競争も非常にきついだろう。現在のところわれわれの市場として残されているものではアフリカの中で西アフリカの市場が大きいのですが、それについても日ならずしてそういう競争に負けるのではないかというような気持を持っておるわけであります。そういうような意味におきまして、私らの中小企業を基盤とした繊維品の輸出に対しては、楽観的な気持は毛頭持っておりませんで、前途を非常に警戒しております。
  45. 帆足計

    ○帆足小委員 非常に切実な御意見を承わって大へん参考になりました。私も考えるところあって数年前から、原子科学の時代に生きる日本としては世界各国と平和を保ち、そして島国日本貿易で行かねばならぬと思って、人がらい病病みのように忌みきらうところの、また錯覚を持ち、今日の日本人の教養では精神錯乱に陥る対象であるところの共産圏との貿易という困難な仕事を推進するために多少努力してきましたけれども、しかし日本は北アジア、中国の貿易だけでやっていける国でなくて、やはりアメリカとの関係も交通が発達しました今日非常に重要であるばかりでなく、東南アジアはどうしても切っても切れぬ生存圏の一つです。従いまして東南アジアに対してもっと真剣に、市場も研究するだけでなくて、この民族の心理と政治の動向をもう少し研究する必要がある。そしてもっと深い親善関係、相互理解関係を結ぶ必要があるし、場合によっては東南アジア諸国と経済会議ようなものを恒常的に持ち、政治的にも経済的にも日本とは特別最恵国的関係を持つといったような政治工作が必要でないかと、実は思っておる次第ですが、何ゆえか日本人は、日本アメリカ、イギリスの同盟国、白色人種の同盟国であり、戦勝国の一国であって、インド、インドネシア、中国は、あれは敗戦国であり、敗残の民族であるというような錯覚をまだ持っている人が非常に多いような気がいたします。こういうような心理では、どうもインドやインドネシアには近づきにくいのではないか。現にある種の思想、保守というよりもむしろ反動的思想を持っている日本の政治家がインドなどへ行きますと、インドの青年は非常にきらう。しかし社会党員であり、ヒューマニストである私たちが行きますと、非常な歓迎を受けます。こういうことも一つ業界の方にお考え願って、貿易と平和の問題は超党派的な国民の要求でありますから、皆さんが今後インド、インドネシア、ビルマ等、東南アジア、アフリカ等に工作をなさるときには、社会党系の政治力と保守党系の政治力と両方をお使いになることが有利なんじやないかと思います。これから私ども南アジアの方を研究いたしまして、皆さんの仕事をしやすからしめるように、もう少し政治的にも相互の親密、理解を深めたいと考えております。まあ、それはそれといたしまして、戦争が不可能であるとするなら、島国の日本としては今後一体どうやって生きていくか、あげて皆さんの輸出産業の双肩にかかっているわけです。敗戦以来大脳は少しぼやけておりますけれども生殖器と胃袋だけは依然として旺盛な民族でありますので、私はこれは容易ならざることだと思っております。昨日も国勢調査の結果を見ますと、九千万という一億になんなんとする民がこの小さな、スエーデンより三割も挾い島の中で生きねばならぬ。終戦直後はよく文化国家というようなことを言いましたけれども世界で文化国家といわれるスェーデンが人口六百万、デンマークが四百五十万ベルギーですらわずか東京都の人口以下で、しかもアフリカに相当の植民地を持っておる。そういう国に比べて日本ほど困難な状況に置かれた国民はないと私は思うのです。しかも生産は戦後十一年で戦前の百六、七十をこえておる。よくぞここまできたものだと思うのです炉、かくなる以上は戦争で他国の領土をかすめるという、最も安易にして常識的な方法はいつの間にか消えてしまって、とにかく連隊旗がこたつぶとんになったり、ぞうきんになってしまったわけですから、これは百八十度の頭の切りかえをしなければならぬ。しかるにまだ頭の切りかえができていないところに日本のあり方が暗中模索の状況であるという悩みがあると思うのです。国民の向うべき目標がはっきりしておりません。原水爆の時代に生きねばならぬ日本の目標が私は明確になっていないような気がします。これは無理からぬことでありますけれども、しからばどうしてやっていくかといえば人口の調節ということも考えねばならぬでしょうが、結局国内の開発、科学技術振興です。外に対しては貿易振興、この二つしかないと思うのです。そのほかにもう一つ必要なことは、労使の協力と、それから生産が進めばその能率に応じて国民生活の水準を多少は高める、それを高めないとめぐりめぐって皆さんの作った品物炉売れなくなる。自転車でも、ゴムぐつでも、ミシンでも、ワイシャツでもこれは勤労者が使うために作るのですから、生産能率が高くなり、生産が高くなったら、じわじわと生活水準を上げていくという方針を世界的にも国内的にもやはりとらねばならぬと思う。個々の企業からいえば労賃は安いほどいいには違いないけれども、国民経済全体から見れば、自分が作る品物を買う人はだれかといえば、重役が買うワイシャツの数などわずかなものです。重役の乗る自転車は微々たるものです。これは大衆の乗る自転車、大衆のはくくつを作るわけですから、あまり高過ぎない範囲でじわじわと給料を上げる――労賃はおでんみたいなものです。あまり熱過ぎると国民経済が持ちこたえられない、ぬる過ぎると食べられません。だからあたたかくて経営者の皆様から見ると、ちょっと熱過ぎやしないか、しかし給料をもらう側からいえばそのくらいのところが、国民経済の繁栄上よろしいのであって、国民経済全体として今日まで日本の景気が持ちこたえられてきたのは、あるいは総評さんが適当に賃金の値上げをして下さったから、皆さんの庶民工業が購買力と均衡しておるのであって、もし総評というものがなかったら、三年前に恐慌が起ってあるいは皆さんの中小企業がつぶれておるかもしれない、こういう関係があるのじゃないかと思います。そういうようなことをお考え下さって社会党のやっていること総評のやっていることが多少の行き過ぎがあったりまた至らざるところがあるかもしれませんが、むちやをやっているというようにお考えになるのは少し見解が間違っておると思います。同じことは共産圏の貿易に対しても言えるのでありまして、アメリカ、東南アジアの貿易は非常に重要です。中共貿易というと、中共貿易で何もかもできるように言うような性質の人がおります炉、それはその人の性質にすぎないのであって、社会党はアメリカとの貿易、東南アジアとの貿易、中国との貿易、これを三・三・三くらいに考えて均衡のある対策をとらねばならぬと思っております。昨年に至ってコールテン別珍、毛織物が若干出るようになりました。それに対しまして、盧緒章という進出品公司の総裁が、皆さん御待望のそういう日常の平和的な繊維製品、それを中国が買うか買わないかという問題について談話を発表しまして、私も総裁、副総裁にゆっくり会いましていろいろ意見の交換をしました。中国側は今建設に全力を注いでおるから建設資材を優先的に買う。しかし建設が進むにつれて、今日の中国の大衆は都会では多少自転車があるけれども、農村にはほとんど一台の自転車もない。農民は紺の着物を着ていかにも涼しげにしておるけれども、冬になっても下着を満足に着ておるような状況ではない。従って上海または東北の繊維工業が相当発達しても、なおかつ六億の大衆によい着物を着せるということは大へんな仕事です。従って建設に多少でも余裕ができれば、やはり非常に大量の平和物資がいるから、たとえば最初に私が行きましたとき、四万台の自転車を注文しました。そのときに総経理が言いますのには、五万トンの硫安を売ってくれるならば、私の方はそのお礼の意味もあって四万台の自転車を一緒に買いましょう、こう言ったのです。硫安は輸出禁止物資でないのに日本政府はさる方面のおしかりを考慮してとうとう硫安を出しませんでした。私は苦心惨たんして日産化学をくどいて当時、おととしの春です。五千トンの硫安をやっと伏木の港から日章旗を掲げて天津の港へ出しました。中国では万雷の拍手をもってこの硫安の船を迎えまして私には祝電がくるそうして自転車四万台の注文は取り消されていましたのが、せめて五千トンでも出たお礼に四千台の自転車を日本中小企業に発注しよう。それから十万本の体温計を発注しようというような注文が当時参ったのでございます。   〔小委員長退席、加藤(清)小委長代理着席〕  今やことしは二十三万トンの硫安を中国に輸出するようになりました。わずか三年前を思うと私は感慨無量の思いがいたします。こういう勢いの一つの中に、別珍コールテン、毛織物の発注がぼつぼつ参り始めました。この問題について私は話し合いましたが、ただいまは間歇的に、自転車、ミシン、綿織物、毛織物等を注文しておるきけれども、これはほんの氷山の一角で、はしりのようなものです。今後は秋の報奨物資、春の祭、夏のはだ着など必要なと遂に間歇的に注文を差し上げます。従って今回のは一回限りではありません。間歇的に注文が出ます。しかしまたしばらくとだえることもあるでしょう、しかしそのあとは今度は間歇的でなく、継続的、計画的に大量の注文をする日が必ずくるのですから、そのことを業界の皆さんによく伝えていただきたい。一回自転車の注文が四千台きた、その次一万台きた、また八カ月とだえたというようなことで絶望なさらないで、最初は間歇的にきますが、やがては継続的に注文をするようになりますから、もうしばらくしんぼうしておって下さい、こういうことでした。これに対して私はまことに筋のある、建設の途中においてはかくあるべきだと思った。日本でも明治維新のころでは貴重な生糸を輸出したときに、大久保利通は優先的に輸入するものは機械でなくてはならぬと、明治の元勲はそう主張したのです。ソ連でも四十年前にはもう子供たちははだしで歩かせろ、女はズロースをはかせなくてもよい、ひたすら重工業、重工業といって四千三百万トンの鉄と原爆、水爆を作ったがゆえに、スターリンがよかったか悪かったかは別とし、ソ連の思想が正しい、正しくないは別として、アメリカの一喝におびえなくて、勢力相均衡して世界が平和になった。これは私は天の摂理だと思いますけれども、それだけの努力をソ連もしてきたのです。中国は犬ネコ同然の裸の生活をしておった国ですから、まず機械を作りたいというのは当然だと私は思う。そうすればソ連向きの輸出禁止物資は、バール法によって戦略物資と規定されていて、バズーカ砲やナパーム爆弾をソ連に輸出してはならぬ、これは当然のことだと思う。これはだれにも異議がない。ところが第二リストにちょっと加えられているのが中国リスト、これは木造船も輸出してはいけない、トラックの輸出はいけない、ラジオは輸出していいが部品の輸出はいけない。部品の輸出を禁止されてラジオが出るはずはない。それから薄板すら輸出はいけない。これは戦略物資ではなくて平和物資、すなわち平和貿易の闘いにおいてちょっと日本に足踏みさせるという戦略、すなわちソ連に対する戦略ではなくて、日本に対する戦略から、そういう物資の輸出禁止が行われておる。もし同じことがかりにフランスにアフリカと貿易するな、英国にインドと貿易するな、またはアメリカに対してカナダ及び中南米などと貿易せぬでもよいじゃないか、英国がついているから安心しろなどといったら、一体そういう政権が半年保てるかどうか、その国の商工会議所は黙っておれるかどうか疑問だと思うのですが、日本ときた日には、かって今の金にして輸出入合計十六億ドルの貿易をしていたところの中国全体と貿易を途絶せざるを得ぬ状況に一昨年までなっておったわけです。今日それらが回復して輸出入合計一億ドルになりました。輸入だけ炉七千万ドルです。しかし七千万ドルの去年の輸入は、今年はほっておいても一億ドルになり得るのです。輸入が一億ドルになり、不当な輸出制限がなければ、輸出も一億ドルにこれもなり得るのです。すなわち一億ドルというものは中共貿易はもうワクに入ってくるのです。一億ドルの貿易ができるならば、来年は三億ドルの貿易ができる。三億ドルの貿易ができるならば、再来年は五億ドルの貿易は大体ワクに入ってくる。私はこう見てもよいと思う。今中国はちょうど転換期で、まさに第二次五カ年計画に移ろうとするときですから、平和物資の面で中国にやはり何か役に立つものを送る。硫安きとか薄板とかトラックとかを送る、そして同時に日本繊維製品を買ってもらう――皆さんはアメリカに不景気がくるかもしれぬ、東南アジアは欧米各国の角逐戦場であるほかに、民族資本が起ってきたからなかなか困難な市場になるだろうと悲鳴を上げられる。それで中国六億の民を擁する市場にも努力せねばならぬと言われる。それならばわれわれが中国に軽工業物資を送って日本の不景気を緩和し、中小企業の苦しみを緩和して、よい原料を安く買う、そうするならば同時にわれわれが中国に何か寄与するところがなければならぬ。中国の新政権ができて一カ月たたない一月六日に、早くも英国は中国を承認いたしました。英国は一体おっちょこちょいだから中国を承認したといえるでしょうか。これは深謀遠慮、きわめて現実主義に基いて承認しておると思う。現在代理大使が北京におります。それに対して日本アメリカへの遠慮から何もしておりません。何も中国に役に立っていない。人に役に立たないでおいて、自分のものを買ってくれ、買ってくれ――中国の貿易次官が私にこう言ったのです。中国の市場日本中小企業の心のうさの捨てどころではありません。また日本中小企業のはけ品でもありません。中国と日本との関係は互恵平等であって、中国の欲する品物を日本が下されば喜んで買って、中には不急不要の物資まで日本から買って、同時にまた日本の必要なものを中国から輸出しましょう。たとえば薬にしても越中富山の反魂丹、森下の仁丹を買ってくれというだけでは困ります。もちろん中国にも老人がおりますから、多少の反魂丹も買いましょう。しかし今ほしいのはペニシリンであり、ストマイであり、ズルフォ・アミド剤がほしい、これは総輸出額の九割はすでに中国に出ております。同じことは繊維製品についても言えることであって、繊維製品も買うと同時にトラックも薄板も一緒に売って下さい。ところが相手が病める者が薬を求めるように、ほしがっているものに対してはそっぽを向いてその輸出のために努力もせず、便宜をはかろうともせず、自分の余った商品だけ、しかも東南アジからやがて駆逐され、アメリカにも今後は締め出されかかっている品物を中国に買ってくれという論理が果して通用するかどうか疑問に思っておりますが、皆様業界方々は一体中国との通商関係の増進に対しまして、日本側が中国に現在寄与し、将来寄与するようなことを何かしたことがあるかどうか、私はそれを一つ伺いたいと思います。大へん皮肉な、質問で恐縮ですが……。
  46. 林一郎

    林参考人 どうも非常にむずかしい問題でございまして、特に私らとしましては、中共の国内事情、ほんとうに消費物資に対して向うが要望しているかどうか、繊維製品のわれわれ関係のはだ着その他上に着ます上着、そういうものはほんとうに欲しているかということについてはまだはっきり私正直のところわからないわけであります。帆足先生がたびたび向うにもいらっしゃいましたし、そういう間の事情につきましては最もよく御存じだろうと思うわけでございますが、そういうような意味におきまして私はよくわかりませんので、そういう点について先生からよく逆に教えていただきたいというように存じておりますけれども、一方で先ほどもちょっと触れました香港品の綿製品こういうよう中小企業に対する繊維産業についての伸び方といいますか、そういうことから考えますと、非常に期待はしておりますけれども、現実の問題になってきたらどうなるのかということについてやや私は疑問を持っておるようなことでございますので、はなはだ簡単でございますけれども、私はそういう程度のことしかわからないわけでございます。むしろいろいろ教えていただきたいというふうに思うわけであります。
  47. 帆足計

    ○帆足小委員 私が申したかったのは、中国の六億という大きな市場を相手にして貿易する以上は、中国のほしがるもの、単にほしがるだけでなくて、中国が犬ネコ同然のけがれたこじき同様の古い中国から、人間並みの中国になろうと努力しているときに、それに寄与するような物資も輸出し、同時に第二次的に必要な生活必需品も輸出するという政策でなければ、相手の幸福については少しも顧慮せず、そして貿易をただしようというのでは私はあまり歓迎されないのではないかということを申し上げたわけなんです。人間というものは利己主義で、自分の利益だけ考えてはだめであって、やはり相手の利益も考える。日本が長い間アメリカに生糸を輸出したときは、生糸はぜいたくな品物で大へんやさしい魅力のある品物で、生糸なしにはアメリカの娘の人生の喜びというものはなかった時代もあるのです。今はナイロンに駆逐されましたが、あのやさしい生糸によってわれわれとアメリカとは深い間柄になりました。東南アジアにわれわれはたくさんの織物を送って、まだほとんどふんどし一つだった民族にたくさんの寄与をした時代もあります。しかし今目覚めた国々はそのほかに今度は建設資材をほしがっている。その建設資材も差し上げる、生活資材も差し上げるという心がまえでなければ、やってきた貿易代表は、あれはどうも冷血漢でなかろうか、人食い人種でなかろうか、あるいはチャクリに来ただけの人間ではあるまいか、こう考えると思うのです。昔は貿易業者というものは海賊でした。しかしフランス革命以後は自由、平等、博愛というのが貿易業者一つのセンスだったのです。自由、平等、博愛というのは私は偉大な言葉だと思うのです。今後の貿易は植民地貿易ではありません。われわれれは中国にチャクリに行くのでもなければ、パクリに行くのでもないのです。中国国民の欲するいろいろな品物をしさいに調べて、できるだけわれわれはよいサービスをする、そうしてその一環として繊維工業も高く評価してもらって買ってもらう、こいう心がまえが必要なんです。これを哲学的にはヒューマニズムというのです。今日ではこれは常識であるわけです。教養ある商人はかくあらねばならない。そこで中国との貿易に対して振興策を皆さんお考えか、売りたい売りたいという声は聞くのですけれども、今答弁を承わって、あれほど大きな市場を相手にしてまだ十分にお調べになっていない、調査部の十分な調査が社長さんなり専務さんのお耳に入っていない。実は二、三日前の中日貿易促進会の機関紙に、盧緒章さんの談話が載っておりますからぜひともあれを読んでいただきたい。若い苦しんでいる中国が言いたいこと、日本に呼びかけたいことがそのまま書いてあります。おととい出た中日貿易週報ですが、鈴木一雄さんのやっている団体で出しておりますから、あの程度のものはぜひとも読でんいただきたい。そうでないと軍国主義時代の一般的な植民地主義的、帝国主義的な日本の商人が来たと思って、逃げろ逃げろ、こんなやつは締め出せということに必ずなるのです。それほど今のアジアの状況はデリケートですからお考えおきを願いたいと思います。こういうことで貿易の道を政治的、社会心理的に開いていくのに私は社会党も非常に役立つと思いますから、これから皆さんが貿易使節を派遣しますときに、顧問団が必要なときは、自由党の人二人のときは社会党の人も二人、こういうお心がけでいくことが東南アジアに処する一番よい方法だ、これは通産省のお役人もよく聞いていただきたい。  それからその次にお尋ねしたいことは、皆さんは中国の市場を視察したいだろうと思うのです。視察してよく話し合うことが私は必要であると思う。この秋に見本市も開かれます。ぜひこういう機会を利用していただきたいのですが、どうも中国の市場はほしい、それが経団連にも五大商工会議所にも反映していない、経団連で私は中国貿易を唱えたために、経団連の看板娘だったのですが石川さんに弊履のごとく捨てられてしまいました。わが道を行くということになりました。しかし今度石坂さんが会長になりましたら中国の貿易は非常に必要である。これは東芝の電気機械を売らねばなりませんから当然のことです。石川さんはその必要がなかったのです。むしろダレス国務長官との御関係だったからなかったのですが、石坂さんは電気機械工業、とにかく石坂さんの作る電気洗濯機でもミキサーでも、あれをアメリカに売ろうということは富士山の上にアイスクリームを売りに行くのと同じで、泣けど叫べどだれも買い手炉ありません。この電気機械は今や楊子江、黄河の開発に絶対に必要である。この前周恩来に会いましたときに、帆足さん、豊水ダムを作ったあのたくましい技術者を一つ中国に派遣してくれないかと私に言われました。私はただいま電機工業会の会長の菅さんにこの話をしまして、やがてココム解除の日が来ましたならば日本の電気事業界のそうそうたる技師等を三班ぐらいにわけて、北支、中支、南支と派遣してプラント輸出をせねばならぬ、もはやその準備も日本社会党は考えているような状況でございます。それにかかわらず商工会議所、経団連は一体何をしておるか。日本貿易は去年のブームのあとですら戦前の六〇%くらいでしょう。世界貿易は戦前の一六〇くらいになっております。一体日本は今後どう生きようと経団連の諸君は考えておられるのか。産児調節といいますけれども、経団連や政界が産児調節に全力を注ぐのは、まるで幕末のおひねりばあさんの仕事をするわけで、こういうことはあまりいばってすべきことではございません。民族百年の計を考えるならば、もっと積極政策を考えなければならぬ。私は貿易振興炉できなければ、一応結婚式場は閉鎖して、貿易が一億ドルふえるたびに臨時ニュースをして、そして割当制度で結婚を許す、こういうことにでもしなければならない。それくらい貿易というものは大事だ。大体日本とイギリスとはよく似ているのです。アメリカ、中国、ソ連とは日本は少しも似ておりません。アメリカはとにかく輸出入禁止といっても、原料を持っておる国ですから困らない。アメリカにとって大事なカナダとか中南米というものはだれも手を触れることができない。それから中国、ソ連は一国社会主義のできる国です。これも原料の豊富な国内市場のある国である。世界で一番困っておるのは日本と英国です。貿易に依存しているのは日本である。日本が、一番近い中国と貿易をするなと言われて、はい承知しましたでは困る。十年前にはあそこを日本の生命線といって、数百万の青年を殺しておりながら、今日その生命線が、竹のカーテンか何か知りませんが、まことにいくじのないことと思います。しかも戦争が切迫しているならばやむを得ません。戦争は人類の上から消えるでしょう。まさにその前夜にあります。戦争がないとすれば、いかなる毛穴のすきをねらってでも貿易する。貿易と平和に役立つものは全部善である、貿易と平和に役立たないものは全部悪である。日本民族の見地から、私はこう言い得ると思う。高等学校の教科書の第一ページにこう書くべきだと思う。日本は島国である。海と船と貿易の国である。日本は立地条件のよいところにあるけれども、政治が貧困で、人の心が愚昧であるために時勢におくれておる。しかし原子科学の時代がきて新らしい行き方がやがて明らかになりつつある。その行く道は外に対しては平和と貿易、内に対しては国土の開発と科学技術振興、労使の正しい協力、こういうことなのじゃないかと思うのです。そういう点において昔は貿易業者というものは海賊の子孫で、それが悔い改めて自由、平等、博愛でたくましい気=があったものです。大阪町人は官僚の前にへこたれずに自主的だったというけれども、その町人という上に素という字がついて、素町人であるならば、官僚の前にどげざをする。そして陰でもってただいばる。私は大阪町人が素町人でなくてほんとうの町人になってもらいたいと思います。そこで貿易で生きねばならぬ日本国民の大部分が、日本は島国ということを知っておるけれども、海の国ということを忘れておるのじゃないか。海の国とは世界を理解し、世界から理解されていかねばならぬ、心が広くなくては生きて行けない国です。敷島の大和の国というべき国が島国根性でくだらぬまやかしものを作る。昨日もある青年が就職の相談に来た。そして何を持ってきたかいうと、チョコレートの箱を持って来ました。私はタバコは吸いません、チョコレートは大好物ですから、喜んでそれはもらいました。そして一たんあけて見ると、底が高くなって一列しかない。それからこの前私のところにスイスの貿易商がチョコレートを持ってきてくれました。一段かと思ってあけてみたら三段になっておって私を大いに喜ばせました。この底高の贈りものを持っていくさもしい精神をたたきつぶさなければだめだと思う。私は輸出商品を見て非常に感心するものがたくさんあります。同時に軽蔑したくなる、つまらないものもたくさんあります。日本は矛盾の多い大へん困難な国です。実際の生活の体験からきたところのたくましい皆さんの意見を、こうしてたびたび参考人会を開きますから、率直に言っていただき、また同業組合を通じて一つだけでけっこうですから、要望を始終出していただく。そして貿易優先ということが全国策を貫くように、一つ皆さんの声を大にしていただきたい。経団連や商工会議所に皆さんの意見は通っておりません。ごく少数の独占財閥だけの意見によって動かされる日本であるならば、三千万くらいの人口ではそれでいかれます。しかしあとの五千万の人口はそういう世界から離れてしまう。日本の人口は三千万でなくて、一億の人口ですから、一億の国民の生きる道を皆さんとともに探さなければなりません。商工会議所の数も莫大にあります。ただ五大商工会議だけではないと思う。しかるに五大商工会議所以外の声はいつも埋もれてしまっておる。これは中小企業の皆さんがいくじがないからだと思う。また軽工業の諸君が重工業の諸君に対していくじがないからだと思う。そして重工業、軍需工業本位で国を誤まらしめました。今後重工業、軽工業は手を携えて、中小企業、大企業は合理的な経営の上に生きていかなければなりません。われわれの委員会貿易委員会だから、特に言うわけではありませんけれども、こうした貿易委員会も社会党の諸君はこんなにたくさん来るのです。一体労働運動の指導をしている社会党員炉、どうしてこうも貿易に、かくも興味を持つであろうと皆さん不思議に思われるかもしれぬけれども、社会党の水準はもはやこういう高い文化水準になっておる。まことに頼もしい状態です。もちろん自由党の中にも具眼の士もおるし、正論の士もおりまして、われわれは中小企業貿易、平和に関する限りは自由党の諸君とも仲よく提携して参ります。でございますから、われわれと相提携して、皆さんも貿易及び中小企業、平和産業意見をもう少上経団連、商工会議所で強く出していただきたいということをお願いいたします。御所見のほどがありましたら、伺いまして、私はこれで終ります。
  48. 加藤清二

    ○加藤(清)小委員長代理 質疑はこれをもって終ります。  この際参考人方々に申し上げたいと存じます。御多用中のところ長時間にわたって大へんけっこうな御意見を拝聴いたしまして、ありがとうございました。本問題調査に多大の参考となりましたことを厚く御礼申し上げます。  本日の会議はこの程度とし、次回は公報をもってお知らせいたします。  本日はこれにて散会いたします。    午後一時十八分散会