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1956-08-24 第24回国会 衆議院 公職選挙法改正に関する調査特別委員会閉会中審査小委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十一年八月二十四日(金曜日)     午前十時五十一分開議  出席小委員    小委員長         青木  正君       椎名  隆君    古川 丈吉君       本名  武君    三田村武夫君       山村新治郎君    山本 正一君       山本 利壽君    井堀 繁雄君       佐竹 晴記君    島上善五郎君       滝井 義高君    田中織之進君       山下 榮二君    山田 長司君       小山  亮君  小委員外出席者         総理府事務官         (自治庁選挙部         長)      兼子 秀夫君         総理府事務官         (自治庁選挙部         管理課長)   桜沢東兵衛君         参  考  人         (中央大学教         授)      川原次吉郎君         参  考  人         (国立国会図書         館専門調査員) 土屋 正三君         衆議院法制局参         事         (第一部長)  三浦 義男君     ――――――――――――― 八月二十四日  小委員山田長司君同日小委員辞任につき、その  補欠として滝井義高君が委員長の指名で小委員  に選任された。     ――――――――――――― 本日の会議に付した案件  政党法及び政治資金規正に関する件について参  考人より意見聴取     ―――――――――――――
  2. 青木正

    青木委員長 これより会議を開きます。  政党に関する立法措置並びに政治資金規正の問題について調査を進めます。  本日はあらかじめ公報をもって御通知申し上げました通り、この問題のために特に御出席を願いましたお二人の参考人の方より御意見を承わることにいたします。  この際参考人各位に一言ごあいさつ申し上げます。本日は御多忙のところ、貴重なるお時間をさいて御出席いただきましたことを、厚く御礼申し上げます。御承知の通り近代民主政治ないし議会政治政党政治であると称せられておりますが、政党自体についての法的な規律については、これを正面から規定したものがなく、また諸外国においても憲法制度の上における政党というものはきわめてまれであると聞き及んでおります。わが国におきましては第一、第二国会当時、政党法並び選挙腐敗防止法についての検討が行われたこともありますが、政党法に関しては結局結論を得ないままになっており、また、政治資金規正の問題につきましては、前国会以来社会党より提案されました現行法改正案が本委員会において継続審査になっているような状態であります。このように、政党に関する問題はきわめて重要でありながら、種々の事情から法の規制はすこぶる困難な事情にあるように思われますが、この際、各位から、政党に関して果して法的根拠を与えることが必要であるかどうか、また必要ありとした場合どのような点が問題であるのか、その他政党組織及び運営の問題、特に政党政治資金の問題について、政治学を専攻されており、あるいはまた諸外国政党に関して深い造詣を有しておられる各位から、忌憚のない御意見を承わり、参考に資したいと思う次第であります。  それでは、これより御意見をお述べ願いたいと存じますが、まず初めに参考人お二人に御意見開陳をお願いしまして、それが済みましてから、委員より質問を行うことといたしたいと存じますので、さよう御了承願います。  それでは最初に中央大学教授川原次吉郎君に御意見開陳をお願いいたします。
  3. 川原次吉郎

    川原参考人 政党法及び政治資金規正法に関して意見を述べよということでありましたので、まかり出た次第でございますが、元来この二つのものは相互に深い因縁を持っておるのであります。すなわち、初めに政党法を制定しようという案が出たのでありますが、それは結局さたやみになってしまった。そこでせめて政治資金規正の件だけでもということで、政治資金規正法というものが、これは法となってでき上ってきた、こういうふうに記憶しております。でありますから、本来政党法としてその中に編み込まれているような点が、別に政治資金規正法として独立したような感があるのであります。  私は、元来政党を健全に育成し信用を高めるためにも、政党法というものがあった方がよいという意見でありました。昭和二十二年の片山内閣のころだったと思いますが、政党法制定の問題が持ち上ったことがあります。そのときも私は政党法制定に賛成の意見を持っておったのであります。ところが、世論の大勢は必ずしもこれに賛成していなかったようであります。ことにその当時政党法案要綱というものが民間に伝えられましてからは、反対論が非常に多くなったように記憶しております。ことに小党派の側から猛烈な反対の声が上っておったようであります。その当時主としてどのような点であったかと申しますと、そのときの政党法案要綱を見ますと、こういうことがあるのであります。政党法による政党とは、一定政治目的を公表し、国会議員候補者を推薦するため結成された団体で、左のいずれかに該当するものと認定されたものに限ること、こうありまして、その次に一、二、三とある。これが問題になった。一は、最近に行われた衆議院議員の総選挙において、その団体に属する各議員候補者得票総数が、全議員候補者有効投票総数の百分の二をこえるもの。それから二は、最近に行われた参議院議員通常選挙において、その団体に属する各議員候補者得票総数が、地方選出議員の場合にあっては、その全議員候補者有効投票総数の百分の十二、全国選出議員の場合にあっては、その全議員候補者有効投票総数の百分の十六をこえるもの。もっとも、その要綱には、その下だけは仮定となっておりました。三には、最近に調製された衆議院議員選挙人名簿に登録されておるものの総数の百分の一以上の連署を得たものというのであります。そうしますと、小政党や小団体におきましては、これははなはだ不利益だというので、それらの側から反対が強かったわけであります。ところが、こういう法案要綱が考え出されたといいますけれども、考えてみますと、終戦直後の選挙小党派の乱立が極度に現われまして、名乗りを上げた政党の数が実に数百を数えております。全く世界の選挙史上未聞のナンセンスな現象を呈したことでありますが、これは何とか整理しなければならないというようなことで、立案者が考えられたものではなかろうかと想像いたしたのであります。しかし、もしそのためでしたら、何も急いで人工的に手を加えなくとも、おのずから年とともに正常に戻ることでありまして、いつまでも何百という政党名乗りを上げるというような異状な現象が続くものではありません。国民大衆というものは、激動のときはどうかすると羽目をはずすこともあり、またそういうものもないではありませんが、平静にもなれば、案外常識的で堅実なものであります。現に、その後の経過を見ておりましても、選挙界もだんだん平静を取り戻して、おのずから政党の整理ができてきておるのであります。しかしながら、何と申しましても、あのときは、政党法案要綱では小政党の道をはばむものであるという、一般的にそういう印象を与えたものでありますから、これは憲法上認められている結社の自由に反するというようなことで、世論はだいぶやかましかったのであります。ところが、冷静に要綱を読んでみますと、小政党は認めないとか、結社はいけないとかいうことは何もないのでありまして、政党法による政党とはこういうものをいうというのでありまして、前に述べましたような条件を持ったものだけが政党法にいう政党だというだけのことであって、それ以外のものでも政党ではあります。また立候補ももちろん自由であることは変りません。ただ、そういう小さな政党は、この政党法適用範囲のほかに置くというだけでありますから、初めは小さな政党でありましても、だんだん成長して大きくなり、一定の数以上のものになれば、この法の適用を受ける、こういうことにすぎないのであります。ただ、その限度を何パーセントに置くとかいったようなことについては、いろいろな立場々々によって主張が異なるでありましょうし、またいろいろ問題がその当時あったのでありますが、そういう限界の問題だけでありまして、そう考えてみますと、実は大した問題でもなかった。また小会派は非常に不利だと考えたのも少し思い過しであったと言ってよかったのであります。しかしながら、今日のように政党の数もおのずから少く整理されてきました現状態におきましては、このような疑義の多い制限などはもちろん無用であることは申すまでもありません。  以上のようなわけで、政党法案には全般的には反対論が多かったのでありますが、その中の政治資金の問題につきましては、多くの人々から、どうしても何とかきちんとした規正をしなければ、政党や政界ないしは選挙界腐敗は防止できないという真剣な要望が、高まって参りました。ついに選挙法案日の目を見ないで済みましたが、それにかわるものとして、その政党法案中の最も重要な部分が生かされて、政治資金規正法昭和二十三年に制定された、こういうふうに私は了解しているのであります。それでは、その日の目を見なかった政党法案構想そのものが、日の目を見なかった部分の全部が全く不用であったかといいますと、必ずしもそうではないのでありまして、たとえば、党員名簿備えつけの問題、党費納入義務の問題、国会議員の任期中における党籍異動の問題、これもなかなか重要な根本問題の一つであるといっていい。それから公認制度の問題、こういった相当重要な課題が残されております。これらは今後大いに検討されていいことではないかと思います。今後もし政党法案というようなものが新たに問題となりますならば、いろいろありましょうが、少くとも以上のような諸問題は見のがさないようにしてほしいものだと考えております。私は、かつて、昭和二十六年でありますが、中央大学機関雑誌学術雑誌でありますが、「経商論纂」というのに「政党公共性」という論文を書いております。その中で、政党というものの公共性を論じて、であるからこれはやはり一つの法的な基礎を設ける必要があるということを論じたものがあります。会社会社法があり、労働組合労働組合法があるというように、まして政党というものはりっぱな公共性を持ったもので、国家的な公的な性格を持った機構でありますから、そのための何らかの法規があってしかるべきだと考えたのでありまして、そのことを論じたのであります。そういうふうにしてこそ政党の信頼はいよいよ高まるのであります。まして、民主政治を向上させるためにも、政党の健全な育成は絶対に必要だと信じますが、そのためにも政党法の問題はまじめに考えてよいことだと思っております。  次に、政治資金規正法でありますが、これは、本来は、体系的に考えますと、政党法中に入れるべきものではないかと思います。ただ一つ、ここに問題があります。政治資金規正法政党協会その他の団体というものを対象としています。ところが、政党法といえば、一応政党だけが対象となるように受け取られます。その政党法の中に協会その他の団体というものも入れるかどうかということが問題であります。ただいまのところ、私は、そういうふうに政治資金規正法をも包含した新たなる政党法体系というものを作るべきかどうかということは一つの問題でありましょうが、とりあえずのところとしましては、現在政治資金規正法がりっぱに法律としてあるのでありますから、これはそのまま保存して、もし作るならば、別に、政党だけを対象とした、またもちろん政治資金規正法と重複しない問題を内容とするもの、先ほど若干の問題を提起しましたが、そういったようなものを入れたもので――その他もあってもちろんいいのでありますが、そういう内容のものでいいのではないかと考えます。この政党と、協会その他の団体とはどう違うかという点は、考えれば考えるほどすこぶるデリケートな問題だと思うのであります。御存じの通り政治資金規正法では、「政党とは、政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対し、又は公職候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対することを本来の目的とする団体をいう。」こうなっております。また、同じく、その規正法の中で、協会その他の団体とは、政党以外の団体で、政治上の主義もしくは施策を支持し、もしくはこれに反対する目的を有するもの、こうなっております。結局、この中で、云々することを本来の目的とする団体という点と、云々する目的を有するものという点が、大事なところかと思います。すなわち、協会その他の団体は、政治活動以外に本来の目的とするところのものを持っていて、同時に必要に応じて政治活動をすることもあるものと認められますが、そうした協会その他の団体が、もし別働隊として政治活動をなす団体を作りましたならば、それは政治活動を本来の目的とする団体と言えないが、そうなれば、ここでいう政党と区別がつかなくなります。政治学上に申します政党の概念と法律上の政党定義とは必ずしも一致しないところがありまして、法律上では、その法の要求する対象をはっきりさせる必要に基いて、その法独得の定義を下すのでありますから、それはそれでよいとしまして、それならなおさら明確性を十分保つ必要があると思っております。  最後に、先般公職選挙法改正に関する調査特別委員会に付託されました政治資金規正法の一部を改正する法律案というものを拝見いたしましたが、この案につきまして、ちょっと感想をつけ足しておきたいと思います。この案に表われた限りにおきましては、私は同感であります。ただ、しかしながら、これだけでよいかどうかという問題があろうかと思います。たとえば、政党協会その他の団体から受ける寄付の点ももう少し考えてみる必要がないだろうかということであります。このごろいわゆるプレッシャー・グループス、すなわち政党に対する圧力団体というものとのひもつき、つながりの問題が非常な論議の問題になっておるのでありますから、この点にも同時に検討を進めていただいたら大へんけっこうなのではないかと感じましたので、そのことをつけ加えておきます。  大へん簡単でありましたが、一応この政党法及び政治資金規正法についての私の概論的な考えを申し述べました。
  4. 青木正

    青木委員長 次に、国立国会図書館専門調査員土屋正三君にお願いいたします。
  5. 土屋正三

    土屋参考人 政党法の話をせよというのでお呼び出しを受けたのでありますが、私は別に政党の研究をしておるものでもございません。ただ、近ごろ政党について若干の関心を持ちまして、外国雑誌等を注意しておりますと、この間、たしかことしの一月五日でありますかに出ましたドイツのある雑誌に、西独基本法の上における政党法律上の地位という論文が載っておりまして、それを読みまして教えられるところがたくさんございました。あるいは皆さんの御参考になるかと思いまして、図書館で出しております雑誌の「レフアレンス」というのに載せておきましたが、そういうことであるいはお呼び出しになったかと思うのであります。従いまして、皆様の御満足のいくようなお話はできませんことを、あらかじめおわびいたしておきます。  政党そのものに関する法律というのは、私寡聞にしてまだ実は見たことがない。外国にも政党そのものずばり規定した法律はないようであります。政党に関する法律はございます。たとえば一九五〇年の南アフリカ連邦共産主義弾圧に関する法律があります。それから、同じようなのが例のアメリカ合衆国のムント・ニクソン法国内安全保障法、同じ一九五〇年にオーストラリアで共産党解散に関する法律が出ておる。こういうような法律には、共産党のような暴力革命をする政党を禁止するというようなことが書いてございますが、それはそのために書かれたものでありまして、政党そのもの規定したものではないのであります。  しからば、政党というものは法律対象にならないかと申しますと、近年までは確かにそういう傾向があった。つまり、立法者法律政党規定することを避けているような傾向があったように思うのであります。たとえば、近代的民主的憲法の代表のようにいわれておりますワイマール憲法も、政党に関しては何ら規定しておりません。そこで、ドイツの有名な法学者のグスターフ・ラードブルッフという人がこれを批評しておりまして、ワイマール憲法政党を無視したことは憲法生活現実に反するものである、すべて人の集団において、集合的な意見または意思決定がなされる場合には、全体と個人との中間に有機的な組織がなくては社会学的に不可能で、政党は、憲政の実際において、選挙議会及び政府の結成及び政策に関して重要な任務を有しておる、このように全体の生活上重要な役割を持っておるものであるから、これを無制限な結社の自由に一任することはできないわけである、しかるに、ワイマール憲法政治現実を無視して政党憲法上の一制度として認めなかったのは、伝統的な――新国家においても首尾一貫をしないが、固持せられている官僚国家のイデオロギーのためであろうということをラードブルッフが言っております。このように、第二次戦争前ころまでは、政党法律規定するということは回避しておる。ところが、最近に至りましては、やはり政党法律規定すべきものであるという意見がだんだん出て参りまして、あとで申し上げますが、西ドイツのごときは、目下その準備をいたしておりますから、近き将来には政党法が生まれるだろうと思いますが、今日のところはまだ政党法というものは寡聞にして私たちは知らないのであります。憲法になりますと、これは若干の規定があるようであります。政党結社の自由でありますから、結社の自由というところまで政党に関する規定だというふうに解釈を広げて参りますと、これはいわゆる基本的人権の重要なものの一つでありますから、ほとんどすべての近代憲法はこれを認めております。それは、鉄のカーテンの向う側にある国でも同様でありまして、たとえばブルガリア憲法、これは一九四七年でありますが、これは第八十七条一項に、「ブルガリア国民は、団体組合及び組織が現在の憲法によって定められた、国及び公の秩序に反するものでなければ、これを組織する権利を有する。」こういう規定を置いております。それから、一九四八年のチェコスロバキア憲法、これも「結社権利は、人民民主主義制度又は公共の安寧及び秩序が脅かされない限り、保障される。」こういうふうに、共産国においても結社の自由は認めております。民主国においてはもちろんでありまして、たとえば一九四八年のイタリア共和国憲法十八条には、「市民は、刑法により個人に禁止されていない目的のために、許可を要せず、自由に結社組織する権利を有する。」それから、西ドイツでありますが、ドイツ連邦共和国基本法の九条二項に「団体であって、その目的又は活動刑罰法規に違反しているもの及び憲法的秩序に又は国際間の理解に反しているものは、禁止する。」これはちょうど反対で、一方には結社の自由を認めると同時に、反対にこういうものはいけないといって禁止をする。禁止しておりますから、禁止していないものは自由になるわけでありますが、そういうものはちょいちょいございます。たとえば一九三三年のペルー共和国憲法、これは、「国は、国際的な組織を有する政党は、合法的なものとは認めない。」たとえばインタナショナルのようなものは合法的なものとは認めない。「このような政党に属する者は、いかなる政治的職務を行うこともできない。」それから、一九四〇年のキューバ憲法では、「共和国民主的代議政体反対し、又は完全無欠国民主権に侵害を加える政治団体結成及び存立は違法とする。」このように、逆にこういうものは許さないという見地から規定したものもあり、それからこういうものは許すという見地から規定しているもの、表と裏の両方からそれぞれの規定があります。  これをさらに政党にしぼりまして規定しておるところもございます。イタリアのことを先刻申し上げましたが、これは十八条を申し上げたので、その次の条文の四十九条には、「すべての市民は、民主的な方法により、国の政策決定に参与するために、自由に結合して、政党を組成する権利を有する。」というのが、イタリア共和国憲法であります。これは、政党というものをはっきりうたって、政党組織の自由を認めております。同じようなものが、たとえば先ほど申し上げましたキューバにもございます。それは「政党及び政治団体結成は、制限されない。但し、人種、性、又は階級を基礎とする政治団体は、結成することができない。」これはキューバであります。こういうふうに、いろいろと各国の新しい憲法政党に関する規定がぼつぼつ散在しておりますが、今申し上げましたように、きわめて空漠たるものでありまして、その内容があまりつかまえどころがない。ただひとり、西ドイツ連邦共和国基本法憲法でありますが、これの第二十一条にはやや具体的な規定が出ております。それは、読み上げてみますと、「政党は、国民政治的意思の形成に協力する。その設立は、自由とする。政党内部的秩序は、民主的諸原則に一致しなければならない。政党は、その資金の出所について、公開の説明をしなければならない。」これが第一項であります。第二項でありますが、「その目的又は党員の行動に徴し、自由で民主的な基本的秩序を妨害し、若しくは廃止し、又はドイツ連邦共和国存立を危うくすることとなるような政党は、違憲とする。違憲の問題については、連邦憲法裁判所が、決定する。」これが第二項であります。第三項に、「その細目は、連邦法律で定める。」こういう規定がありまして、私の知っております範囲では、ドイツ連邦共和国憲法規定が、政党について一番具体的に規定したものではないかと思うのであります。  そこで、この内容につきまして、先程ちょっと申し上げました雑誌に出ておりました論文、これはザイケという人の書いた論文でありますが、その論文について若干の説明をしてみたいと思います。  第一に、西独基本法が二十一条の規定を置いたということは非常に重大なことでありまして、これは、今まででも、ドイツ法律政党に関することを規定したものは、あったことはあったのでありまするたとえば、選挙法では、これはワイマール時代選挙法でありますが、その選挙法で、政党名簿を提出するとか、政党がどうするとか、選挙法にしばしば政党という文字が出ております。そのほかにも政党に関する規定が出ておりましたから、法律政党というものを全然認めなかったのではないのでありますが、しかし、この基本法二十一条によりまして、初めて政党一つ憲法秩序として認められた。ドイツ憲法上、政党というものは無視できないものになった。これは非常に大きな一つの問題である、ドイツ法制史上こういうことは初めてだとこの人は強く言っておりますが、いかにもそうであろうと思います。政党憲法上の秩序として認めたところは、ほかにはあまりないように私は考えます。ところが、先刻読み上げました第三項の「細目は、連邦法律で定める。」この法律が実はできていないのであります。昨年の十一月四日のドイツ新聞を見ますと、連邦内務省調査委員会が置かれたようであります。これは各大学教授――国法学、史学、政治学大学教授十六人が委員となって、政党に関する調査をする。各国における政党の本質及び機能、いかなる程度まで政党は法の支配を受けるべきか、基本法第二十一条はドイツ政党の特質に合致するかどうか、政党定義政党内部秩序政党解散政党財務基本法第二十一条による政党財務報告の問題、なおこれに関連して国費をもって政党に補助することの可否、こういうような問題を取り上げて研究する委員会が作られたということが報道せられておりました。先般東京におりますドイツ大使館へ聞きましたところが、その委員会は現在できておるのだ、来年の中ごろまでに答申を提出する予定であるということであります。従いまして、来年の中ごろになりますと、委員会の報告が現われて参りまして、それについてのドイツの政府なり議会の意見も出てくるだろうと思いますが、ただいまのところは、目下調査中でありますから、詳しいことはわかりません。そこで、これから申し上げることも、今の基本法の条文についてのこの学者の解釈を御紹介するのにとどまるのであります。なお、つけ加えて申し上げておきますが、私がこれから申し上げますことは、政党についての普通妥当的な考えではございません。およそ政党というものはこうあるべきものだということを申し上げるのではないのでありまして、ドイツの現在の基本法における政党はこういうものであるということを申し上げるのでありますから、日本とドイツ憲法は違いますから、今申し上げておりますことを直ちに日本へ持ってきて、すぐそのまま当てはめるというわけにはいかないだろうと思います。しかし、大体政党というものについての大筋は違いませんから、これから皆様が政党法を御立案になりますときに、ある程度の御参考にはなるかと思うのであります。そこで第一に、ただいま申し上げましたように、この規定によりましてドイツで初めて政党憲法上の政党になった。これはまず疑いないところでありますが、それをどう解釈するか。ある人は、これによってドイツ憲法政党国家を認めたものである、パルタイ・シュクートを認めたものであるということを言う人がございます。パルタイ・シュタートというものはどういうものか。たとえば、君主国において君主が国家秩序を支配したように、パルタイ・シュタートでは政党国家秩序を支配するものである、ちょうど現在のソビエト・ロシヤにおいて共産党が支配しているように、そういうような意味の政党国家というものをこの憲法が認めたということを言う学者がある。しかしながら、それはそうでないということを第一番にこれは言っております。その言っております言い方が、ちょっと私はおもしろいと思ったのでありますが、なるほどこの基本法によって政党というものを認めました。認めましたけれども、しかしそれは無制限には認めておらない。ある一定のワクの中で認めておる。だから、政党の働きはそのワクを出るわけにはいかないのであるから、政党国家ではないということを言うのであります。そのワクというのはどういうことであるかと申しますと、先刻申し上げましたように、国民政治的意思の形成に協力する、これが大きなワクであります。それはドイツ憲法の解釈から出てくるのだというのでありますが、ドイツ憲法によりますと、国の権力は、すべて人民に淵源する。しかしながら、その権力の行使についてはそれぞれの方法がある。一つはこういうのであります。これは二十条でありますが、「すべての国権は国民より発する。国権は選挙及び投票において国民により、並びに立法、行政権及び司法の特別の機関により行使される。」この憲法の大原則によりまして、国権は全部国民に淵源するのであるけれども、その行使の方法は四つある。一つ国民がみずからやるんだ、一つは立法権である、一つは行政権である、一つは司法権であるというふうに、三権でなくて、四権分立の思想をとっておる。この四権分立の一つは、国民がみずからやる。すなわち、選挙の投票によって国民国家意思決定するのでありますが、その国家意思決定のことを、この基本法において国民意思決定と言っておる。でありますから、政党のやることは、選挙及び投票において国民国民意思を発表するその範囲に限られる。立法、司法、行政というものについては政党は関係しないというのが一つのワクであります。それから、協力するということを言っておりますが、協力というのは、決して政党国民意思の形成を独占するのではない。モノポールするのではない。だから、政党以外の者が国民意思決定をしても一向差しつかえないのだ。それから、これは決定するのではない。政党国民にかわって国民意思決定するのでもない。それは国民決定する。その決定するのに政党はただ参加するだけだというので、この参加ということに非常に重要な意味を置いております。だから、政党がこういうふうに国民意思の形成に協力をいたしますが、しかしながら、その範囲はおのずから限定されて参るのでありまして一番政党活動するのは選挙の部面であります。選挙をはずしては政党というものの存在は考えられないということを申すのであります。選挙は、もちろん議員の選挙もございますが、そのほかに大統領の選挙がある。大統領は連邦議会と参議院との合同の会議選挙するのでありますが、その大統領の選挙にもやはり政党活動する。それからカンツラー、首相でありますが、首相の選挙、これは下院が選挙するのでありますが、そのカンツラーの選挙にも参与する。しかし、それはそれだけなんです。しかし、それから先も立法は国会がやるのであって、政党がやるのではない。そこで、国会の中に、日本で言いますと各派と申しますか、そういうものがあります。これは議院法といいますか、議事規則といいますか、それにはっきりうたってあるのでありますが、フラクツィオンというのがある。このフラクツィオンがすべて国会の議事の運営をやっていくのであります。このフラクツィオンを形成することもやはり選挙。だから、議員を選挙すること、大統領を選挙すること、総理大臣を選挙すること、それからフラクツィオンを作ること、この四つの点までは、これは政党がやるのであるけれども、それから先は政党は手をつけないのだ。だから、立法はすべて国会がやるのであって政党がやるのではない。国会政党とはっきり使い分けておる。これはイギリスにおいても、大体これに近いことが言えると思うのでありますが、御承知の通り、イギリスでは、議院政党とそれから院外政党とを区別しております。同じものが両方に関係しておるのでありますけれども、観念上実際の働きにおいて議院政党と院外政党は働く分野が違っておりますが、それと同じような考えであろう思います。でありますから、政府を組織する場合において、総理大臣を選ぶのは、これは政党の関係する範囲でありますけれども、選ばれた総理大臣が今度は内閣の閣僚を作るというのは、これは総理大臣の権限であって政党はこれに対して何らくちばしをいれることはできない。従って、理論上からいえば、政党に関係のない専門家だけの、議員をはずした大臣を作っても理屈はよいわけだということを申すのであります。それから立法、行政、これにつきまして政治の実際においては政党がいろいろと働きかけておることは、これは否定することができない事実でありますけれども、法律上の観念とすれば、政党の仕事は、立法はすべて国会がし、国会議員がするのであるけれども、政党がするのではない。行政は政府がするのであって、これがやはり議員を通じて働きかけはしますけれども、しかし政党が行政を動かしておるのではない、こういうふうに一定のワクがあって、ワクの範囲内で仕事をするのだから、だからパルタイ・シュタートではないということを第一段に言っております。これは、日本で今度政党法を作ります場合に、どの程度まで一体政府は憲法で認むべきものであるか、政党万能でいくのか、あるいは政党の仕事には一定の限界を設けようかということについて、一つ参考になるであろうかと思うのであります。  それから、第二の点は、政党とは何ぞやという問題でありますが、これは何も定義がないのであります。そこで、新しく生まれます政党法におそらく書かれるであろうと思うのでありますが、現在のところではこういう解釈をしております。政党一つ結社である。これは間違いありません。あるものは法人格を持つものもあるだろうし、あるものは法人格を持たないものもあるであろうが、とにかく一つ結社である。それから、ただの結社ではない、政治的の仕事をする政治結社政治結社というのはしからば一体どういうものを政治結社と言うか。これは政治的の案件に影響を及ぼすことを目的とするところの結社である、そういう判例があります。それから、さらにまた、政治的案件とは、国家、その憲法、行政及び立法、国民国民としての権利及び国家双互間の関係を直接に包含するものであり、国民国家及び民族の存在に関するものである、こういうような判例があるそうでありますが、要するに結社の中で政治的の結社政党である。さらに、この政治結社の中をもう一つしぼって参りまして、直接に国民意思の形成に参与する、つまり選挙に関係するものでなければ政党とは言えないというふうに、この学者ははっきり言っております。日本の政治資金規正法は、「公職候補者を推薦し、支持し、若しくはこれに反対する」ものと並べて「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対」する、こういう条項が入っておりますが、この人の学説でいきますと、後段の選挙をやらない部分政党とは言えないということになるわけであります。そこで、日本で政党法を作ります場合に、その辺をどういたしますか、たとえば、先刻川原先生のお話もありましたが、いわゆるプレッシャー・グループの中には、このような「政治上の主義若しくは施策を推進し、支持し、若しくはこれに反対」する団体があるかもしれない。そういうものは日本の政治資金規正法では政党に近く見られるけれども、ドイツの考え方でいくと、政党ではないというふうにはっきり分けておるのでありますから、果して日本で将来そういうものをどういうふうに扱うかということが、一つの問題だろうと思います。それから、政治結社であり、国民意思の形成に参与する、この三つの条件だけあれば、それで政党は十分である、それ以上に要求する必要はない、たとえば、政党のプログラムというものはどういうものでなければならないとか、あるいは政党のプログラムに盛るべきものは少くともこれだけのものは盛らなければならぬとか、こういうようなことは言う必要はないということをその学者は申しておるのであります。こういう団体でありまして、いやしくも、政党となる以上は、今できたと思うとすぐなくなるようなものではいけない。ある程度固定性を持っているものでなければいけない。それから相当十分な期間にわたって存在するものでなければいけないということであります。でありますから、設立者だけあって、党員が一向ない政党政党という看板は上げたけれども何も仕事をしないもの、こういうものは政党の概念に入らないだろう。これだけの条件があればそれで政党になるのであるから、政党法律上法人であるとかないとか、公法人であるとか私法人であるとか、そういうことは一切問題にならないと言っております。それのみならず、政党国家の機関ではない、これは純然たる民間の機内である、そこで国民国家というものとを結びつけるものが政党の使命であって、従って国費をもって政党の費用をまかなうことは適当でないというのであります。これは同じようなことを言っておるアーネスト・パーカーという学者が、政党とは、一方の端が社会にあり、そうして他方の端が国家にあるところの橋だということを言っておるそうでありますが、これは同じような考えだと思います。要するに、政党というものは、国家の機関ではない、国家と離れて国民国家との中間にあるものが政党だということを言っております。  それから、第三が政党の自由ということであります。政党のその設立は自由とする。この自由ということについて若干のお話を申し上げますと、これは一切自由だ、だから一番大事なことは国家の許可というものは全然いかぬ、政党については設立を国家が許可することは絶対にいけない、しかしながら、行政上の便宜上届出をするくらいのことはまあよかろうということであります。それからして、政党の自由ということは、設立について干渉を受けることはないという自由と政党の発展が自由である。政党の発展が自由であるということの一つに、合憲的な野党、憲法に従った野党、これは一つの自由である。これは政党についてどうしても認めなくちゃいけない。これだけのことはいえる。しかし、政党は、自由であるからといって、勝手なことをしてはいけない。政党といえどもやはり一般の法規に従わなくちゃいけない。政党の自由ということは、決して法律を無視していいというわけではない。もう一つ政党の自由についてあとにも出てきますけれども、解散の問題であります。普通の結社ですと、日本の法律は少し違いますけれども、ドイツ法律によりますと、行政処分で解散を命ずることができる。ところが、政党はできないんで、連邦憲法裁判所の判決によらないと解散が命ぜられないのでありますが、これもやはり政党の存在の自由の一つの重要な点であると申せます。  その次は、政党内部秩序の問題ですが、政党内部秩序は民主的諸原則に適合しなければならないということが基本法にうたってある。そして、民主的諸原則というものは一体どういうことか、これも憲法には何にもないのでありますから、もちろん今後の政党法において規定せらるべき重要な事項になるのでありますが、この人がこういうものが民主的の政党内部秩序であろうといってあげておりますことが、四つばかりあるのです。その一つは、下から上へということでなければならない。政党の指導機関は、規則正しく適当の期間内に循環してくる選挙によって、党員の多数の意思に基いてその役員を選出しなければならない。従って、上級の党機関による任命または承認の制度は許されない。政党の役員は全部公選でやらなくちゃいけない。それから第二は、党の執行機関は、党員総会または代議員会に対し責任を負い、その適当なコントロールのもとにある。第三が、基本的な党の意思決定、それは党則、綱領、解散、他党との合同等の決定は、党員総会または代議員会に一任せられる。それから第四が、下級の党機関及び一般党員が、党の綱領の原則の範囲内において適当な意思及び行動の自由を有すること、従って上部機構に対する無条件服従の要求とその約束、意見の集団作成の絶対禁止、党員の党の執行機関の行動、なかんずく党からの除名に対し異議の申し立てを認めないということは、これは非民主的である。上級機関の決議に拘束されることは認められる。これらの点が政党の民主的な秩序であるということになるであろう。これは私どもより皆さんの方がずっと御承知だろうと思います。そこで、こういう民主的秩序でなければいかぬと基本法に書いてあるが、もしこれにはずれたらどうなるかということになりますと、現在のところではこれにはずれても別に何にも制裁方法はない。しかしながら、これがもしもたび重なったならば、第三項の解散の理由の一つになるだろう、すなわち自由民主的基本秩序を害し、もしくは除却するものになるだろうということを申しております。  それから、第四番目の点は、資金の問題でありますが、これは、日本の政治資金規正法と同様に、政党はその資金の出所について報告を公開しなければならないという規定であります。ただし、これは、法律ができておりませんから、まだドイツでは現行法にはありません。従って、これはまだ実行されておりません。こういうことはドイツにはかってないことであるといっております。こういうものが行われて、果してこれがいいか悪いかということについての疑問の点があげてありますが、これは、個々の間接援助――他の団体が金を出す場合は、これは公表できて縛れるけれども、金でやらないで間接に援助する、個々の党員に対する寄付、広告、印刷費の割引、専門家や意見の提供といったような間接援助は、この公開では縛れないではないかというような疑問があるそうであります。  もう一つ、最後に、大きな問題で、この著者ははっきり解決を与えておりませんが、政党と議員の立場の問題であります。これは、基本法の三十八条によりますと、議員は全国民の代表者であって、委任及び指示に拘束されることなく、その良心のみに従って行動するという規定があるのであります。これは、規定があってもなくても、当然そうあるべきだと思うのでありますが、こういうものが一方においてありながら、一方において、党の規範というもの、党の規則を認めるということは、三十八条違反ではないかという問題がある。これをどういうふうにして解決するかということを言っておるのであります。この著者は、それは違反ではない、二十一条と三十八条とは決して矛盾するものではないということを言っておりますが、私にはなぜ矛盾しないかということはよくわからない。この問題はやはり大きな問題である。日本の政党法ができる場合におきましても、政党は、もちろん、党議がある以上は、この党議によって拘束されることは当然でありますけれども、しかしながら、議員というものは、申すまでもなく国民全体の委嘱を受けたものであって、一党一派もしくはある利益の代表ではないのでありますから、そういう思想と党議の拘束とをどう調和するかということは、政党法立案上の非常におもしろい問題であろうと思うのであります。大体そういうことがあるのでありますけれども、前申し上げましたように、まだ法律ができておりませんから、これはくつ下の上からかゆいところをかくようなことで、まことに要領を得にくいのであります。  最後に、一つ参考に申し上げますが、ドイツは連邦でありまして、連邦の下に小さいたくさんの国がある。その国の憲法の中に一つ政党に関することを規定したものがあったのです。今日ではもうなくなりました。それはバーゲンという国の憲法規定がありました。それがちょっとおもしろいのですが、それを読み上げますと、「すべての国民政党に賛成しその党員となる自由を有す。政党又はその他の政治的、社会政策的又は宗教的目的を追求する結社への加入は、暴力、脅迫又はその他の威嚇を以てこれを強要してはならない」これは、政党の自由の問題で、別に珍しいことはないのでありますが、その次の条文がちょっとおもしろい。政党の責任という題でありまして、政党は、それが政府の組織に参加すると、その反対に立つといなとにかかわらず――与党であっても、野党であっても、政治生活の形成及び国家の運営に対し共同の責任を有することを感じなければならぬ。野党であっても国家の運営については責任があるのだということを考えなければいけない。第二項が、政党が政府の組織に参加した場合――与党の方のことが書いてあります。国の利益を党の利益に先行せしめることがその義務である。政党は、新しい多数が形成せられれば、直ちにその責任を引き渡す用意をしていなくちゃいけない。だから、与党というものは、自分の党の利益よりも国の利益の方を重くしろ。それから選挙に負けたらいつでも反対党に引き渡せるようにしておけ。それは憲法に書いてある。それから第三項に、「政党が政府に対して反対に立つ場合においては、政府及び政府に参加する政党の行動を追究し及び必要な批判を行うのがその義務である。その批判は実質的、推進的及び建設的でなければならない。」その批判は空理空論ではいかぬ。「政党は必要に応じて政府と共同責任を引受ける用意をしていなければならない。」だから、野党でも、場合によっては与党と政府共同責任を引き受ける用意をしなければならないという規定がありました。これは一九四七年のバーゲンの憲法であります。この憲法は、先刻申し上げました基本法ができる前の憲法でありますが、一九五三年にバーゲンという国はなくなりまして、バーゲン・ユルテンベルヒという新しい国ができた。その憲法にはこれは入っておりません、入っておらぬのが当然でありまして、すでに基本法があるのでありますから、書いてないのですが、一九四七年のバーゲンの憲法には、今申し上げましたようなおもしろい規定が載っておりますから、御参考までに申し上げておきます。  失礼いたしました。
  6. 青木正

    青木委員長 ありがとうございました。  参考人各位に対する御質疑がございましたら、この機会にお願いいたします。
  7. 田中織之進

    ○田中(織)小委員 川原先生のお話の前段のところを、私おくれて参りまして伺っておらないのですが、この前に、不成立に終りましたけれども、小選挙区に関する法案国会の審議になりましたときに、特に先生も御指摘になりました公認制度の問題に関連してやはり政党法が先に設けられなければいかぬ、選挙法の中に公認制度についての基本的な問題を盛り込んだようなこの間の法案では不適当ではないかというところが、最近政党法を制定すべきではないかという意見国会内に起って参りました直接の契機になっていると私は理解しているわけです。そこで、先生にお伺いをいたしたいと思うのでありますが、現在の公職選挙法の中においても、第十四章の三、「政党その他の政治団体選挙における政治活動」という規定が二百一条の五からあるわけであります。これは政治活動に関する規定でありますけれども、こういうものは本来の政党政治活動に属するものでありますので、こういうようなものは、むしろ、選挙法の中に入れるべきではなくて、政党法の中に入れるべきだ、こういうように私は考えるのですが、この点についての先生の御見解を伺っておきます。
  8. 川原次吉郎

    川原参考人 私も、公認をするとか、候補者をきめるとかいったことは、もし政党法ができれば、その中できめらるべきであるという点は全く御同感です。なぜかと申しますと、選挙法では無所属の人の場合もありますから、立候補の問題、公認の問題というのは、政党法ができれば、そちらの方できめるのが適当じゃないかと思います。もちろん立候補のことは選挙法の中にもなければならぬでしょう。何となれば、今のように政党に所属していない個人として立候補することも自由なのでありますから、その点についての何らの規定がないということはおかしいわけでありますので、そういう面から両方にまたがってくるような感じがいたしております。
  9. 田中織之進

    ○田中(織)小委員 不成立に終りましたけれども、この間の小選挙法案におきましては、もちろん一人一選挙区が建前でありますから、従って一選挙区一名の者しか政党は公認できない、こういう建前になるわけです。同時に、この間の場合には、その政党に所属する党員は公認候補以外の者を支持してはならない。こういう規定選挙法の中に入っておったというところに問題があった。私らの社会党の中には、やはり党の統制上の規定がございまして、それは当然に統制問題になるわけでありますから、公認候補以外の候補者選挙の際に支持するということはできない建前になっておりますが、そういうものを選挙法の中に入れることは適当ではない。むしろ、それは政党法の中で、政党内部の規律の問題として、今土屋さんが言われた政党としての一つの規約というような形でやるべきではなかろうかという点から、一つこの際政党法をこしらえたらどうかという意見が出てきた。その点は私も先生の意見も同じだろうと思うのであります。私の一番目に御質問申し上げた点は、現在の公職選挙法の十四章の三に、選挙時における政党その他の団体政治活動についての規制があるわけですが、この点は選挙法の中に入れるのは適当ではない。むしろ政党法の中に規定すべきではなかろうか。それは、十四章の三のうちで、二百一条の五に、衆議院議員の総選挙における政党その他の政治団体政治活動のうち、政談演説会及び街頭政談演説の開催並び宣伝告知のための自動車の使用、ポスターの掲示及びビラの頒布その他について詳細な設定があるわけですが、今日の議会政治政党政治である場合に、選挙時における各政党の行う政談演説会が衆議院議員選挙区において一回しかできない、こういうような規定は、私は政党政治の本質を冒涜するような制限規定だという考えを実は持っているのです。そういう考え方もある関係から見て、むしろ、たとえば二百一条の五の三の政策の普及宣伝及び演説の告知のための自動車の使用については、本部及び支部を通じて次の区分による台数として、所属候補者が二十五人以上百人未満の場合には三台以内――これはこの間の場合には多少変って参ったのでありますが、こういうような自動車の台数の制限というようなことを選挙法の中に入れることは、私は不適当ではないかと思う。むしろ、これは、これからできる問題でありますけれども、政党法の中に適当な規制をするか、あるいは、本来ならば、そういう点については、これは政党本来の活動であるから、選挙期間中であろうと、選挙期間外であろうと、こういう点については制限をすべきではない。むしろ、そういうような面に弊害があるとすれば、政治資金の面において規正すればいいのでありますが、こういうことは適当ではないという考え方から、現実公職選挙法の第十四章の三の数々の規定というものは、もし政党法ができるならば、その政党法の中で何らかの適当な規制を加えたらどうかという私の考えなんですが、その点についての先生の御所見がございましたら伺いたい。
  10. 川原次吉郎

    川原参考人 その点は、私も前から考えておったことがあるのですが、将来についても大いに考えなければならぬことで、ことに今のところわかりませんけれども、かりに小選挙区制でもできるといったようなことになれば、原則として政党は一人の候補者しか立てないということになるでしょう。それは法律できめるかきめないかは別として、政党の良識からいけば、定員一名のところへ二人以上の候補者を立てるということは常識としては考えられない。そうすると、その際に問題になるのは、平生から政党のなす政治運運、主義、主張を一般に普及徹底するということは、政党としては当然日ごろからなすべき事柄なんですが、それをかりにここで政党のなす政治運動としますと、それと、それから選挙運動を、ある特定の候補者をして当選せしめ、または当選せしめざるために働きかけるいろいろの運動と解釈しますと、それとの限界、区別がどこに置かれるべきかという問題も起きてくる。これは直ちに選挙費用の問題と関連してくる。ただいまのような選挙制のもとにおいて、かつて具体的に問題になったのはこういうことです。ある選挙区で、ある一つ政党は、候補者をそこに一人しか立てていない。他の政党は二人なり三人なり立てている。そのときに、一人しか立てていない政党が、その選挙区で政党の本部主催の政談演説会をやる。そうしますと、それは政党の常時やるところの政治活動という範囲で考えるべきか、あるいは今現に立っているある特定の候補者のための選挙演説と見るべきか、ところが、その演説会の内容は、その政党主義主張、政策をのみ語っておって、その選挙について、あるいはその特定候補者については何ら触れていない、選挙運動でないという形をとっておる、そして別個にやる、こういうふうな場合にどこに限界を置くか。これが選挙費用その他の問題になります。そういうことでは、選挙運動と政治活動というものとは概念的に相当研究してみなければならぬ点がある、こういうことをかって考えておった。ところが、今度は、ただいま御指摘になりましたような部分には、政党政治活動のできる自動車は何台とかいったような規定がございます。その場合に若干の制限をなされますが、そうすると、選挙法の中でも、この点について何かはっきりと線を引いておく必要があるのではないか。政党法がもしできれば、その政党法政党のなす政治活動規定はもちろん必要でしょうが、同時に、選挙法の側からも、何かその点のラインを引いておくことを研究する必要があるのではないかという感じを持つのであります。これはまだ私も全く未定稿でして、非常にむずかしい問題なんです。一応政党法ができれば、御指摘の通り政党法の中にそういう問題を取り上げるのは当然であると思います。それから、選挙法の側からいけば、その場合の政党政治活動とそれから選挙運動との関連の点を、そこに何かはっきりしたものを今後研究して設けておかなければならないのじゃないか。さもないと、政党政治活動選挙運動とが混同してしまいまして、費用その他の点についても新たな問題が起きてくるというふうに感じております。
  11. 田中織之進

    ○田中(織)小委員 その点は私と多少意見が違うのでありますが、それは先生の御意見として伺っておきます。  選挙中における政党その他の団体政治活動の問題に関連するのですが、昭和三十年の法規によりますと、衆議院の選挙の場合に、二十五人以上百人未満の候補者を立てたところは全国で三台の車が出せる、こういうことになるわけです。具体的な例をとるのは適当かどうかわかりませんが、たとえば、今度の参議院議員選挙で、労農党は全国に十名の候補者も立てなかった。そういたしますと、これは選挙法による確認団体としての政治活動用の車が出せないということになる。ところが、たとえば遺族会とか軍人会であるとかいうのが、地方区あるいは全国区でそれぞれつながりを持ち、二十五人なり三十人なりの候補者があれば、これは、政党ではないが、現行の法律の解釈からいくならば、自治庁のいわゆる確認を受けさえすれば、政党と同じような政治活動ができる。これは、この間の小選挙法案のときにも、そういう点がはっきり出て参りました。私並びにほかの諸君からも、そこにおられる選挙部長の兼子君や自治長庁官との間にいろいろ質疑があったわけです。そういうことで、全国的な一つの職能団体あるいは利益団体、こういうようなものが二十人なり五十人なりの候補者と連繋すれば、一つの党の支部組織、あるいは、党員を持っていなくても、候補者だけ五十人なら五十人が連絡をとれば、一つ政党に準じたような活動のできる確認団体を作り得るという抜け道が出てくる。こういうような点が一つは不都合じゃないか。それでいて、全国に何万かの党員を持ち組織を持っている労農党であるとか、共産党――共産党は今度は相当候補者を立てておりますけれども、労農党のように候補者が非常に限られておるということになると、これは、りっぱな政党でありながら、そういう政治活動が封じられる。一面一つ政治的な目的はなるほど持っているでしょうけれども、地方に何らの支部組織も党員も持たないただ候補者だけの団体ができる。こういうような点からも、選挙において公認の候補者を立て得るというものについても、政党法というものの中で一つの基準を与えなければならぬ。こういうところに政党法の考えが出たのですが、その点は、私らの理解している点と、先生のお考えになっている政党法というものは制定した方がいいという考え方との間に、開きはございませんでしょうか。
  12. 川原次吉郎

    川原参考人 仰せのことは全く私も同じような感じを持っております。先ほども申しましたように、政党とそれから協会その他の団体というものとの関係を、もし政党法ができれば、もっとはっきりする必要があると思います。政治学政党とは何かという学問的な政党の概念に法律は必ずしもとらわれる必要がない。たとえば、参議院に緑風会がございます。その緑風会は政党なりやいなやといったことは、学者の間にずいぶん議論がある。ところが、そういう一つのれっきとした政治的な、参議院に基礎を置いたそういうものを、かりに法律の方では単なる協会とかその他の団体と見ないで、これは政党の中へ法律定義をかりにきめて入れて規制する、そういうふうなことがあっていいので、今までも、いろいろの法律に、何々とはというて定義を掲げておりますのは、必ずしも、学問の上で、その言葉の概念を学者がきめておることに関係なく、この法律ではこの言葉はこういう規定にするのだというふうにきめておりますから、そういうことにとらわれる必要がないのであります。ですから、私が先ほど申しました中に、政党法というと何か政党だけというふうに感じられるけれども、やはりそれに準ずるものとして、協会その他の団体というものも、ただいまのお話のような、そういう活動をすれば、はたから見れば、政党と同じように取締りなり何か法規を設けなければ、現実に不都合を生じてくるのです。ですから、政党法の中にやはりそういうものも入れて考えていく必要があるというので、その点は私は田中さんと同じ意見ではないかと思いますが、今までの公職選挙法でも、それから政治資金規正法でも、協会その他の団体というものと政党というものとはどうもおかしい。それから、先ほども申しました中にありますように、協会その他の団体選挙の際に何か別な届出をして別働隊を作る。その別働隊は協会その他の団体と見るべきか。やはり実質的には一つ政党と扱われていいことになりはしないか。こういう問題はもっともっと検討を要することで、幸いにしてもし政党法ができれば、そういう点に深く研究を進めていただきたいと思います。
  13. 滝井義高

    滝井委員 今の点に関連いたしますが、それは、政党とかあるいはその他の団体というときには、きわめてばく然としておるからつかみいいと思います。ところが、その他の政治団体に所属する者、こうなった場合に、その所属する者というのをどういうところで限界を引くかということなんです。これは、最初先生から御説明いただきました党員名簿、それから党費の納入の状態、こういうものを見れば、その人が党員名簿に載っておるか、あるいは党費とか協会の費用あるいは団体の会費というものを納めているかどうかということで、その所属する者であるかどうかという判定は一応できると思う。ところが、現在の日本の状態からいうと、たとえば緑風会がその他の団体におそらく属するであろうと思うが、下にいって――緑風会々々々と名前を出して気の毒ですが、緑風会というその団体に所属する者ということになると、これはあるかないか全くはっきりしないのです。むしろ政党その他の団体までならば非常にばく然としておるが、所属するものということになりますと、それが今度は所属する団体なり政党に特定の公認候補が出たならば、その所属する者はこの公認候補以外は運動してはならないという、今度は具体的な行動形態になってくると、所属する者というものをはっきり把握しておらなければ、非常に問題が起ってくると思うのです。そういう点に対して、たとえば政党法を作るにしても、公職選挙法でもそれは問題になったのですが、どうも政府の出した小選挙区法の中においては明白にならなかった。そういう点について先生の何か明白化するお考えがあれば、承わっておきたいと思います。
  14. 川原次吉郎

    川原参考人 私は、さっき、政党法というものがもしできるものならば、少くともこういうところに一つの論点があるだろうと言って申しました最初に、名簿を備えつけなければならないという問題、これをどう取り扱うかという問題、これはやはり政党法でその党員をはっきりするということがもしできるならば、した方が政党としては明確だろうと思う。そうしますと、具体的な問題で、ほんとうは実質的には政党員であるけれども、名簿には載らない秘密党員だとか、あるいは名前は出さないで――匿名党員というのはおかしいかもしれませんが、そういうようなものがかりに存在するとすれば、そこまで政党法はどうすることもできない。そういう秘密党員とか匿名党員というものは違法ということにするのかどうか。これは、政党というものを一つ結社として公的な基礎を置いた公的なものにするためには、やはり党員名簿といったような問題までも、なかなか困難なことでしょうけれども、考えなければ、不徹底ではないかと私は思います。そうしますと、今おっしゃったように、所属する者の問題もはっきりしてくるわけであります。それは、本部備付の党員名簿の正本にはそれを入れる。また各党員には、めいめいの学生名簿みたいな、学生証みたいな党員証、あるいは党員票というものを配付するとか、何かの形式を備えてはっきりすることがいいのではないか。その結社なり団体なりの構成メンバーというものが不特定とか不明確だというのは、理論の上からはどうもおかしいですな。これは実際上論議が出てきてなかなか困難なことかもしれませんが、せっかく政党法を作るならば、そういうところまで一つ検討を願いたい。私は名簿備付ということはあっていいことだというふうに考えます。
  15. 滝井義高

    滝井委員 これはもう一ぺん両先生に尋ねたいのですが、土屋先生にも伺いますが、たとえば、アメリカあたりの大統領の間接選挙、下からずっと積み上げていく、そういう場合における共和党なり民主党に所属する党員というものの形は、一体どういう工合にして明白に把握されているか。たとえば、現在の日本の政党のように、きわめて下に行くとばく然たる状態で所属するというようなものがいるのか、それとも、やはり共和党なり民主党というものに明白な形で所属する党員というものは下のところまで所属がはっきりしているのかどうか、そういう点はどうですか。やはり日本と同じ状態なんですか。
  16. 川原次吉郎

    川原参考人 はっきりとした党員と、それからいわばシンパといいますか、同調者とかそういうようなものがある。やはりはっきりとした党員は英国なんかでもあるようです。しかしながら、選挙の際に、その党員だけがその政党候補者に投票することはもちろんでありますが、ほかの人にも入れますが、党員というものはやはりあるのではないかと思います。私は別にその名簿を見たり何かしたことはありませんが、かつてのドイツでは、ちゃんと党員というものをはっきりして、どの政党、そうしてめいめいが党員証を持って、そうして毎月々々、たとえばかっての昔の社会民主党の例をあげますと、一番下は地理的に近所の五、六人、そのまた係のものがあって毎月党費を集めに来る。小さな日本の郵便切手の半分くらいの大きさの、そういう裏にちょっと張ればいいような――一月、二月というようになって、そこに紙を張って、そのうちのほんのわずか何分かを口銭に実費に取って、もう一つ上の段階に納める。だんだんそういうふうにして上の方のラウンド全部、そして中央本部に納めていく。その一々の率は今はっきり覚えておりませんが、そういうふうにしておりますから、党員の意識というものははっきりしている。大会があっても、それを見せなければ入れない。それを見せれば、会費をとるような場合にはただとか割引をするとかいうような――政談演説会でも入場料をとってやるという風習がありますので、非常にはっきりしておる。ですから、党費でもって党の経営が相当まかなっていかれる。日本などは、かつてやはり党費を厳重にとるというようなことを、どの政党も企てられたようですが、どうも龍頭蛇尾でうまくいっていないのじゃなかろうかと、はたで私ども思うのです。この点は、政党法ができれば――先ほども党費徴収の問題をちょっと触れましたが、政党と党費との関係、これをもっとはっきりすることはやはり必要なんじゃないか、もちろん、私は、今日の現状として、政党がその党員から徴収する党費だけで一切まかなえるとは考えられませんし、また、天下の志ある国民の中で、それこそほんとうに浄財を自分の共鳴する政党へ堂々と寄付するという行為も、私は決して悪いことじゃないと思いますから、党費だけでまかなえるとは考えられませんけれども、しかし、それにしても、政党が対外的な国民に対する信用を獲得するためには、やはりぴしっと党費をとり、党員というものをはっきりさせることが必要だと考えます。
  17. 土屋正三

    土屋参考人 私はアメリカのことは実はよく知らないのでありますが、聞くととろによりますと、アメリカの政党というものは、イギリスの政党なんかと違いまして、別に主義主張で民主党、共和党と分れているわけではないので、親代々おれは民主党だ、おれは共和党だというのが多いようであります。そこで、おそらくそういう意味における党員というものはあるだろうと思いますが、国民の大部分が党籍がはっきりしているというようなことは、アメリカにはないのじゃないかと思います。イギリスの方は、多少調べてみますと、これは比較的はっきりしております。ことに労働党は、労働組合を通じ、もしくは通じないで、全部党費を払っておりますから、はっきりしております。保守党の方は労働党ほどではありませんけれども、このごろ財政難に陥りまして、やはり党費をとらなければいかぬということを言っておりますから、イギリスにおいては少くとも党費の面を通じて所属ははっきりしておると思いますが、アメリカのことは実はよく知りませんので、御了承願います。
  18. 滝井義高

    滝井委員 もう一つ、たとえば、アメリカにしても、イギリスにしても、公認という場合が出てくるわけですね。その場合に、党費を払っておらなければ公認をしていないのかどうか。たとえば、党員名簿に載った者以外は、イギリスの労働党にしても、保守党にしてもアメリカの民主党、共和党にとても、州の議会とかあるいは大統領の候補者になれないのかどうかということです。たとえば、アイゼンハワーなんかは、ぽっと共和党にきて大統領候補になったのですが、今後政党法を作っていくということになると、やはりそういうけじめというものが諸外国ではっきりしておるかどうかという点を知りたいのです。
  19. 川原次吉郎

    川原参考人 それは、党員でない者をもそういう候補者にすれば、そのときにもちろん党員になるのでしょう。おそらく今のアイクの場合もそうだと思います。  それから、もう一つは、最近アメリカの政党関係の学者の間でこういう論争があるのです。ちょっとおもしろいのですけれども、候補者を立てる場合、今まではそれぞれの支部といいますか、民主党なり共和党のその地方で候補者をきめれば、本部はそれをそのままいわば公認して、そして本部がそれを応援したり運動資金を提供したりする。これでは統一がとれないから、候補者を公認する場合には、必ず本部の許可を得なければ公認できないというふうにすべきだという議論が相当あります。それに対して、いや、そうじゃないんだ。今までの通じでいいので、もしそんな本部の公認がなければいけないなどということになったら、アメリカとしては大統領の選挙も満足にできなくなる。だから、たとえば、ある地方の候補者の演説の内容を見れば、中央の本部の幹部の意向、主張とだいぶかけ離れた主張を選挙区でやつて、その選挙区から非常に共鳴を受けて候補者にさせられるといったような者でも、本部の方ではそのまま公認しているというのです。ですから、アメリカの政党では、日本や英国のように、議会で表決する場合にも、いつも党議できめてこの案に賛成とか反対とかいうことでなく、それぞれの議員が自由な表決をいたします。それは一つ政党でおのずからずいぶん幅の広いものになってくるのは、そういう事情があるからではないか。すなわち、アメリカは広い国ですから、地方的な利害関係や何かが大へん複雑なものがあるから、そういうことになると思いますが、それでもとにかく、大きくは、どちらを大統領にするといったようなことになると、大体アメリカはまとまってくる。だいぶ日本と違うようです。従って、候補者をきめる場合に、あらかじめ党員でなければならぬというのではなく、党員でなくてもきめて、そしてそれを党員として候補者にする、こういうことじゃなかろうかと思います。アイゼンハワーさんは軍人ですね。党員でも何でもない退役の軍人を持ってきて大統領にすれば、ちゃんと共和党の党員であるということははっきりしております。ああいう顕著な例があるから、そうではなかろうかと思いますが、その点私あまり詳しく知っておるわけではありません。
  20. 田中織之進

    ○田中(織)小委員 もう一つ土屋さんに伺います。政党は自由の原則に立ちますから、かりに政党法ができる場合にも許可制をとってはならない、こういうように西ドイツの方でもなっておるというような御意見開陳が先ほどあったのです。そのときに、私の聞き違いであったかもしれませんが、結社の場合には、解散というようないわゆる条件的な処置というものがあり得る、しかし、その場合においては、連邦の最高裁判所の判決というようなものが必ずなければならぬ、こういうお話だったのですが、最近、西独では、共産党に対して連邦最高裁判所の禁止の判決があって、それで共産党の幹部が相当逮捕された。しかし、われわれの素朴な考え方から見ますと、政党結社一つには違いありません。日本の憲法でも、結社につきましては、やはり集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は保障する、こういう規定があるわけです。私は、やはり、西ドイツの場合におきましても、向うの基本法の中には、そういう結社の自由については一応保障があるのではないかと思うのですが、その点実際はどうなっておりましょうか。そういうように、最高裁判所の判決がある場合には結社の禁止も行い得るというような規定基本法の中になければ、今度のような処置には出られないのだろうと思うのです。たとえば、これこれの国家目的に背馳する場合は、最高裁の判決で禁止を命ずるというような規定があるのでしょうか。先ほどの土屋さんのお話では、まだそういう意味では政党法というようなものが世界のどこにもできていない、こういうお話ですが、一つは、やはり、ともすれば、政党法というようなものが、政党のあり方、またその活動についての一つのセルフ・コントロール的なものを規定するだけでなくて、基本的には、憲法結社の自由の原則に対する一つの制限的なものになるというような点から、ある面においては政党法というようなものが必要だという意見がありながら、基本的にはその結社の自由の問題に触れてくるというところに、政党法というようなものがなかなかできない根本的な原因があるのではないかとも考えられるのですけれども、西ドイツの場合、具体的に基本法結社の自由についての例外規定があるのでしょうか。いかがでしょう。
  21. 土屋正三

    土屋参考人 ただいまの御質問の点でございますが、ドイツ憲法ももちろんその結社の自由を完全に保障しております。それは基本法の九条でありまして、すべてのドイツ人は組合及び結社組織する権利を有するというのが第一項にあります。それから第二項に、団体であって、その目的または活動刑罰法規に違反しているもの及び憲法的秩序にまたは国際間の理解に反しているものは禁止する、こうなっておりますから、この二項に該当しない限りは自由にいけるわけであります。ところで、この二項に該当する場合はどうなるかと申しますと、これは昔のワイマール時代結社法という法律が残っております。その法律で、こういうものに該当するものは行政処分で禁止ができることになっております。もちろん、それに対しては行政訴訟を許しますから、最後は裁判をやります。が、政党の方はこれが適用がないのであります。特別法でありまして、この間ちょうど共産党のいい例があったのでありますが、憲法裁判所は判決では禁止をするのではないのです。つまり、自由で民主的な基本的秩序を妨害し、もしくは廃止し、またはドイツ連邦共和国存立を危うくすることになるような政党違憲とするということがあるのです。憲法違反であるかないかということを裁判所がきめるようです。政府が判裁所に提訴して、そこで裁判所が共産党はこの禁止条項に該当するという判決をして、その判決が確定いたしますと、結社は当然なくなりまして、財産もたしか国に没収されることになっております。そういうことになっておりましてもちろん西独憲法においても結社の自由というものは非常に重大な権利として認めております。ただ新聞に出ておりました共産党の幹部を縛ったというのはちょっとわからない。これは、このほかに憲法保護に関する法律というのがありまして、これは一種の破防法みたいなものでありますが、その法律か何かに触れるというかどで縛ったと思います。これだけで縛るということは出てこない。
  22. 青木正

    青木委員長 島上君。
  23. 島上善五郎

    ○島上小委員 川原先生に一、二伺いたいのですが、政党法を作って、党員名簿を明確にする、政党法を作れば当然そういう問題が起ってくるということでしたが、どうも、今お話を伺っておりますと、日本の政党、イギリスの政党、アメリカの政党はそれぞれ実際上相当の違いがある。学問上からすれば、政党というものはかくかくかようなものであるという定義は共通的にできると思いますけれども、実際にアメリカの政党の現状、日本の政党の現状イギリスの政党の現状には大へんな違いがある。特に党員という点になりますと非常に違いがある。御承知のように、日本の政党は、革新政党の場合でも、支持者が多い割に党員が非常に少い。これは、私は、政党の側にも責任があるけれども、日本のかってのあのべらぼうな弾圧時代の恐怖というか、畏怖といいますか、こういうものが今日なお尾を引いておると思います。というのは、われわれが実際に党の組織活動をしますと、党の政策にも共鳴しておる、活動にも協力しておる、しかし党員として登録することに対して非常に消極的なんです。それは、やはり、今言ったように、かつての弾圧時代の恐怖の習慣が残っておるのだと思います。というのは、御承知のように非常にべらぼうな時代があったのと、それから今日でさえ、私はなお不必要ばかりではなく、よけいなことだと思いますが、会社の就職の際に、君は何党を支持するかというようなことをテストする。そうして、共産党と言えば、間違いなく不採用になる。社会党だと言ってもどうかと思って、実際は社会党を支持しておりながら、わからないとか、自由民主党とか言ってごまかしておる。そういうことが現に行われておる。そうなると、やはり、身元調査の際に、お父さんが社会党に入っておるとか、共産党に入っておるとかいうことになると、不利な取扱いを受けるということを心配しなければならぬような状態なんです。ですから、実際には非常に熱心に党に協力し、金も出し、その他党員としての資格は十分あるにもかかわらず、党員として名前を登録するということに対して消極的である、また党籍を持つことを同意しても、それを表面に出すことをあまり好まない、こういう傾向が現にあるわけです。こうなると、うそいう状態のもとにおいて、今お話のように党員名簿を公表するといったような、届け出るといったようなことを法に明確にすることは、日本の現状とマッチするかどうかという疑問が一つ起ってくると思います。  それから、先ほどのお話のように、かつて考えられたような条件は、今日は必要がなかろうというお話があったと思うのでございますが、しかし、それにしても、何らかの条件を付するということになりますれば、現にある小さい党と大政党との差別扱いということが現実に生じはしないか。また新しく起ってくるであろう政党――現にある政党は大体わかっていますけれども、これが何らかの関係で政治情勢が大きな変化をするということになれば、新しい政党がまたそこに起ってくる可能性も生じてくるわけです。そういう際に、新しい政党の発生や発展を阻害するおそれはないかということ、それから憲法で保障しておる結社の自由に抵触するおそれはないかということであります。  それから、もう一つ法律政党を現在では政治資金規正法によって定義しておりますが、この定義も私は必ずしも妥当であるかどうかについては非常に疑問がある。先ほどこれは田中君の質問の中にもあったように、私どもは政党定義からいえば、労農党は、大きい小さいは別として、りっぱな政党だと思う。政綱、政策を掲げてそれを推進し、党員を有し、選挙運動をやって、継続的、恒常的な組織のものだからです。ところが、現在の選挙法では、政党協会その他の団体、こう二つの定義がありまして、協会その他の団体は、さっき言ったように、ちゃんとした政策、政綱に共鳴した党員を持って継続的な組織でなくても、選挙の便宜上参議院の候補者十名がそれに属するという、そういう一時的な形をとりさえすれば選挙運動ができる。これは私はきわめて問題が多い点だと思います。そういう政党と、ここでいう協会その他の団体との区別を明確にしないことには、政党法を作る意味がないと思う。果して一体明確にすることができるかどうかという問題、それからここでいうような政党協会その他の政治団体ということになりますれば、私が社会党なら社会党に属してそれから他の協会その他の政治団体に属してもいいはずだと思うのです。理論的にはいいはずだし、現に属している人もあるわけであります。特に一時的なカンパ組織ならば属してもいいはずだ。ところが、現行公職選挙法では、――かっては属してそれは二重に計算しても政治活動ができたのですが、この前の改正でもって、それは属してもいいけれども、しかし政治活動の際には、二重に属することを計算の中には入れないということにはっきりして、一つ政党もしくは政治団体にしか属することができないということになった。そういうことも関連して、一体政党協会その他の政治団体というものとを法律ではっきり区別することができるかどうかという点について、御意見を伺いたいと思います。
  24. 川原次吉郎

    川原参考人 第一の場合ですが、先ほど申しました前の政党法要綱の中にありましたようなああいう制限は、今はもうつける必要はありませんし、こういう疑義のある規定は要らないということを先ほど申しましたが、あのときはそういうふうに立案者が必要だと思われたのでしょうけれども、今日は要りませんし、憲法結社の自由の問題との関連について疑義がありますから、今後は当然考える必要はない。どんな小さな団体であっても、やはり結社の自由というところから見ていかなければならぬ。ですからそういう小さな団体でも予想して政党法が進められなければならぬ、こう考えます。  それから、第二の党員名簿の問題ですが、私は、党員名簿の備付は学者の理想であって、実際はなかなかだめだとおっしゃられれば、それまでであります。ただいま島上さんがおっしゃったばかりでなくて、商売上の都合で政党に入っているのは工合が悪い、そういうのもあるのです。政治的な立場とか思想的立場とかいうことじゃなくて、私の今まで聞き及んだ範囲内では、商売、取引の関係とかいろいろな関係で、何政党の党員というのはちょっとどうも工合が悪い、そういったようなこともあるようです。ですから、言うべくして事実上非常に困難なことでしょうか。しかし、筋道からいけば、政党というものはやはり党員がはっきりすべきだ。それでこれは大いに論義の的になることだということなので、私どもは単なる理想にすぎないかもしれません。  それから、最後の一番大事な政党とそれから協会その他の団体、これは、私も繰り返し申しましたように、政党法で一番困難な問題です。ある政治家が政党にも所属し、何々協会にも所属し、いや何々組合にも所属する、それはそれこそ結社の自由で一向差しつかえないわけです。このごろますます多角的な活動をなさる方が多いですから、商売でもいろいろな商売を同時にやっている。ところが、選挙ということになりますと、そこにたくさんの会に所属し、あちらからもこちらからも推薦される。これは非常に有利でありましょうが、そこに何というか、できるだけ候補者には均等な機会を与えるというようなことも大事な点なので、やはりある程度の制限は必要なのではないかと思うのです。ただ、その協会その他の団体というものの性格、これは今後よほど慎重に検討しませんと、それを政党と見ていいのか、準政党と見るのか。選挙活動をやるという点から見れば政党と同じですが、政党といえばいろいろの活動があるのですが、少くとも、やはり、みずからいつかは政権を担当して責任ある地位について、日ごろの所信である政綱政策を実現するという実行団体でなければならぬ、単にある者を推薦して当選させればそれでいいのだとか、単に何々主義を宣伝すればいいのだとか、ある思想を研究しておればいいのだとか、批評さえしておればいいのだとかいうのでは、まだまともな完全な政党とは言えない。やはり常時継続的な存在で、そしてやはり、議院内閣制のもとにおいては、少くともみずから政権を担当するという、そういう目的を持っていることがやはり大事な点ではないかと思いますが、これを政党法なり政治資金規正法なんかにそういう意味の政党定義を織り込むことは、これはまたどうかと思います。この法律の性質や何か――取り締ろうとするとか規定しようとするとか、その目標に照らし合せた定義を設けなければなりませんから、学者の政治学上における政党についてのいろいろな学説がたくさんありますが、それらを持ってきてそっくり当てはめるというわけにはいきません。しかしながら、現に具体的な問題となっているのでありますから、協会及びその他の政党、これをよほど慎重に一つ研究をしていただきたいし、また、私どもも、実際の政治家の方々にいろいろな事例を教えていただいて、大いに研究していきたいものだと思っております。
  25. 青木正

    青木委員長 よろしいですか。――他に質疑がなければ、参考人に対する質疑は終了いたしました。  参考人各位におかれましては、御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。  島上善五郎君より発言を求められておりますので、この際これを許します。島上善五郎君。
  26. 島上善五郎

    ○島上小委員 ちょっと三浦さんに伺っておきたいのですが、承わりますと、ことしの秋ごろ、アメリカの大統領選挙と同時かあるいは前後してか、上院の三分の一かの選挙、下院の選挙があるということ、さらに、それと相前後して、ヨーロッパの二、三の国において選挙が行われるということを聞いておりますが、はっきりわかりましたら……。どんなふうな工合でありますか。
  27. 三浦義男

    ○三浦法制局参事 ただいま私のところでわかっております点を申し上げますと、今御指摘になりましたアメリカは、ことしの十一月六日に大統領の選挙がございます。これは選挙人の選挙。それから上院議員につきましては、定員は九十六名で、任期六年でございますが、三分の一ずつ二年ごとに改選するということになっておりまして、その三分の一の三十二名、これがちょうど大統領選挙の日に改選される、こういうことになっております。それから、下院議員は全体で四百三十五人で、任期二年でございまするが、これは全員改選されまして選挙が行われることになっておりますがその日にちがやはり大統領選挙十一月六日の日に行われる。アメリカは、従いまして、十一月六日を中心にいたしまして、大統領の選挙、上院議員の三分の一の選挙、下院議員の全部の選挙が行われる。なお、これに関連いたしまして、各州の、ステート等の役人の選挙等も同時に行われるようでございます。その詳細は存じておりませんが、そういうことになっておるようでございます。  それから、ヨーロッパにおきましては、スエーデンの下院でございますが、これは来月の十六日に選挙が行われる予定になっております。定員が二百三十人で、任期四年になっておりますが、比例代表制をとっておるようでございます。  それから、ソ連圏内におきまして、ルーマニアとポーランドでございましたか、今年行われるような予定のようでございますが、これは日本との国交が回復いたしておりません関係上、そこの選挙につきましては詳細がちょっとこちらではわかっていないようであります。  それから、大体今後、これから今年の暮れにかけまして行われる選挙でわかっておりますのは、今のようなところでございまするが、先ほどお話がございました西ドイツあたりにつきましては、ちょうど西ドイツの下院議員は半数が小選挙区制をとって選挙され、半数は比例代表によって選挙しておりますが、これの選出方法等につきましていろいろ問題がございまして、来年の九月にちょうど総選挙が行われる予定でございますが、目下選挙法の改正を検討中であるとかいうことでございまして、聞くところによりますると、あるいは比例代表制を廃して小選挙区制一本にしょうかというような説もあるようでありますし、西ドイツは、今年はございませんが、そういうような関係があるようでございます。  大体私のところでわかっておりますのは、そういうことであります。     ―――――――――――――
  28. 島上善五郎

    ○島上小委員 そこで、これは一つ皆さんに御相談ですが、前国会選挙法の画期的な改正が非常に問題になったことはお互いによく知っておりますが、私ども地方へ参りましても、現在の選挙法がなお幾多の不備、欠点を持っておることは、地方の諸君からも強く要望されましたが、このアメリカの選挙、それから西ドイツのこれは新しいいわゆる例のドント式というやつだと思いますが、今後日本の公職選挙法を改正しようとするならば、そういう選挙法あるいは制度選挙の実際の状況というものを私ども十分に承知しておく必要があるのじゃないか。かってイギリスの選挙の際には、これは国会開会中で国会からは行かなかったと思うのですが、選挙制度調査会から数名の人々が行って実際を調査した。それから、その前には、私はっきり記憶いたしておりませんが、国会からも一回か二回外国の状況を見に議員を派遣した事実があるように記憶しております。もし、これは予算の関係等もありますし、議院運営委員会決定を経なければなりませんが、できることならば、ちょうど通常国会の前で臨時国会が終るころでもありますし、派遣議員の数とかその期間とかいうことは、これは簡単にきめられることではないと思いますが、そういうふうなことは委員長に御一任申し上げることにしまして、この外国選挙の状況あるいは選挙制度の実際を調査するために、議員派遣を一つここで申し合せをして、議長に折衝していただいたらどうか。二、三日来そういう下話が出ておりましたが、ここできょうは委員会も最後ですから、申し合せをしておいたらどうか、こういうふうに思うのですが、いかがでありますか。
  29. 青木正

    青木委員長 ただいまの島上君の御要望は、先般の理事会におきましてもお話し合いになったことでもあり、しごくごもっともだと思いますが、島上君の御発言のごとく申し合せしてよろしゅうございましょうか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  30. 青木正

    青木委員長 御異議なしと認めます。つきましては、御要望に沿うように最善の努力をいたしたいと存じます。それぞれ関係方面に私から連絡いたしまして、御期待に沿うように努力いたしたい、かように思う次第であります。  本日はこれにて散会いたします。     午後零時五十六分散会