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堀江参考人 今
鮎川さんから
お話がありました通り、
鮎川さんは三年と言われましたが、足かけ五年の長きにわたって懸案となっておりました日比
賠償交渉が、このほど妥結し、
協定の調印を見ましたことは、
両国間の正常
関係を復活し、今後の友好増進の道を開くものでありまして、何としても御同慶にたえない。まず最初に交渉の衝に当たられた各位の御努力に対しまして衷心から敬意を表したい、こんなふうに考えます。
私は国際法その他
協定そのものの問題点や、あるいはただいまの
鮎川さんのような具体的な開発の対象につきましてはしろうとでございますが、この機会に、今回の
賠償協定が
経済的に見てどのような意義を持っておるかということ、またこれに関連する若干の問題点につきまして、いささか所見を申し述べ、皆さんの御参考に供したいと考えております。こまかい技術的な問題等は御
質問でもありましたら答えることといたしまして、ごく大筋の話を主にいたしたいと思いますが、順序として、まず日比
賠償がわが国の東南
アジア政策全般との関連において持って、おる意義といった問題から始めて、次いでわが国の国内
経済との関連、それから日比
貿易に予想される影響といった諸点に触れてみたいと思います。
第一に、日比
賠償は――さきのビルマ
賠償にしてもそうでありますが、一般に
賠償は今後わが国の東南
アジア諸国に対する
経済関係の基礎をなすものでありまして、従ってわが国の総合的な東南
アジア政策の一環として運営される必要があること、またそのためには東南
アジア政策というものを、基本的な方針だけでもこの際至急に確立しなければならないということを申し上げたいのであります。
御承知のように現在東南
アジア及び中近東の諸国におきましては――私は昨年この方面を約三ヵ月あちこち歩いて参りましたが、この中近東及び東南
アジアの諸国におきましては、米ソ両陣営の間で激しい援助競争あるいは
経済競争が戦われておりまして、それぞれの立場から援助をきずなとして結合、進出の強化が争われておるのは御承知の通りでありますが、このような状況下で、これらの諸国と
貿易その他の
経済関係を緊密化するには、援助ないしけ
経済協力を基本とするのでなければ、事は成り立ちがたい実情にあるように思われます。すなわち御承知の通り戦争前のように、縁日商人的にそのつど安い品だから買えといったように売っていくという
貿易方式は、現在では非常にむずかしいのであります。わが国といたしましては、
賠償を手がかりとして、これらの諸国と
経済協力の
関係を取り結んで、将来
経済関係を緊密化する端緒を得たわけでありまして、この意味から
賠償は今後わが国の東南
アジア政策の基本となるべき重要な意義を有するものと考えられます。従いまして
賠償の実施は、単に
協定上あるいは
条約上の義務を履行するというだけにとどまらず、広くわが国の東南
アジア政策の一環としての観点から、慎重な配慮のもとに運営することが必要でありますが、このためにはまず東南
アジア基本政策というものを至急確立することが先決だと思うのであります。
従来は
賠償が未解決で、国交さえ正常化していないという状況にありましたから、その必要は痛感されながらも、事実上具体的な政策は立てがたいという事情があったものと察せられますが、さきのビルマ賠慣、また今回の日比
賠償が妥結いたし、今後近い将来には
インドネシアあるいはヴェトナムといった国の
賠償問題も逐次解決する機運にある以上、すでに情勢は変って機は熟したと考えられるのでありまして、特にかつての
日本とは異なって、満州、中国といった
日本の特殊な
貿易市場を失った現在の
日本といたしましては、東南
アジア諸国との緊密な結合は、わが国存立の基礎であるという基本認識に立って、東南
アジア諸国に対する
関係を律する根本方針、根本国策を確立することを要望いたしたいのであります。
この場合第一に留意しなければならない
一つの問題は、現在東南
アジア諸国、あるいは中近東諸国も同様でありますが、これらの諸国に共通して見られるナショナリズムの高まりでありまして、わが国の東南
アジア政策はこの現実を尊重し、ナショナリズムの方向に沿って、こういった諸国の
経済的自立を支援していくということを基本とすべきであると考えます。現在御承知の通りソ連の
経済攻勢が当面かなりの成果をおさめており、特にこういった諸国間ではいわゆる評判がいい、人気があるといったおもな理由は、それが諸国のナショナリズムを支援する方式で行われておるからであると見られるのでありまして、すでに西欧側におきましても、この点に対して反省が加えられ、従来の援助方式、開発方式も再検討が行われておるようであります。たとえば
アメリカの援助におけるいろいろなひもつきなどもだんだん援和していきつつある傾向であります。大統領選挙でも終りますと、この傾向はさらに援和してきて、ソ連式の行き方をやらざるを得ないといった状況ではないか、少くとも長い間戦時色がなくなって平和基調の情勢が続く限り、両陣営からはそういった諸国に対する純粋の支援の形式を持ったものが進出せざるを得ないのでありまして、でなければ
経済競争、援助競争に負けるいうのが実情であります。
賠償の実施に当りましてはかかる情勢に十分留意いたしまして、
賠償の履行が真に相手国の
経済的自立の達成に役立つような諸般の配慮をめぐらすことが必要であります。かつて
日本が満州その他に進出したように、独占市場を作るといった
考え方では、現在の世界情勢、またこういった国々の
考え方、行き方から申しまして、
お話にならないと考える次第であります。これによって相手国の
経済発展が進むにつれ、その発展の潤いを自然にわが国にはね返してくるといった長期の
経済的効果を期待するのが筋道でありまして、あまりに短兵急に効果を求めることは、かえって本来の意義を失う結果となりかねないと私は思うのであります。
なお、
賠償における
経済協力が真に効果を発揮するには、進んで相手国の受け入れ態勢の整備にまで協力の下を差し伸べることがこれまた必要であると考えます。元来、第一次大戦までの
賠償は、勝った国、すなわち一般的に政治的にも、軍事的にも、
経済的にも優秀な方の国が、負けた国、すなわち劣勢国から罰金を取り立てるといった
考え方の
賠償が従前の
賠償であったのでありますが、今度の
日本の場合は、勝ったのは米英であり、しかし
賠償を取り立てるのは負けた
日本よりさらに劣勢の国々でありますから、
賠償を取り上げる国々の受け入れ態勢が十分でない、かえって
賠償を支払う国より劣っておるわけでありますから、そういった受け入れ態勢の整備に協力していくといったことが必要であります。この点相手の受け入れ態勢、特に
賠償実施に伴って生ずる運転資金等の現地資金の調達につきましては、今後何らかの形で援助する
方法を考案しておく必要があると私は思うのであります。わが国が提供する開発借款をこれに活用いたしまして、借款円を対価として、現地貨すなわちペソ貨を調達するといった道でも開けるならば、まことに時宜に適した
方法と思われますが、ともかくもこの種所要資金の調達につきましては、ぜひ
関係方面で御検討を願いたいと存じます。
次に
賠償と
日本の国内品
経済の関連の問題になりますが、問題をわが国の
工業、特に機械
工業の合理化とその国際競争力の培養という点にしぼって所見を申し述べてみたいと思います。
協定によりますと、
賠償、借款、このいずれの方式をとるにしましても、資本財の提供が実施の主要部分になるものと予想されます。これはわが国の資本財生産
工業にとりましては、新たに長期の安定した市場が確保されるということにほかなりません。従いまして、競争力において国際的に劣っておりますわが国のこの種
工業が、市場の安定を基礎に合理化を進め、国際競争力の強化をはかるいい機会だと申さなければなりません。従って
賠償による受注の増加が
企業の合理化を進め、競争力を培養する
契機として有効に利用されるよう
関係当局の御指導を願いたいのでありましていたずらに受注競争、一旗組競争に身をやつし、出血受注をあえてするというようなことになりますれば、わが国全体の国民
経済としては、それだけ
賠償負担が加重する結果になるのみならず、片方の
企業強化のせっかくの好機をも無にすることになるのであります。業界が当局の指導下に自主的な調整を講ずることが私は望ましいと思われますが、ともかく
賠償を
契機として提供する側もまた受け入れる側も、これを自国の
経済力強化に活用してこそ本来の意義を全うするものでありまして、これを機会にわが国ブラント輸出の国際競争力を高めることに成功いたしますれば、その効果はまことにはかり知れないものがあると存じます。
それから第二番目の問題としまして、
賠償が今後の日比
貿易にどのような影響を生ずるかといった問題であります。先ほど御
質問のあった問題にも触れるわけでありますが、私は端的に申しましてやはりわが国の通常輸出に対する圧迫は当面避けられないところと考えております。この点につきましては藤山特使の御努力もあって
協定には特に
貿易拡大に関する共同声明というものがつけ加えられるなどの考慮が払われておるのでありますが、
賠償が
貿易増進に寄与いたします効果は、本来かなり長期的なものでありまして、
賠償によって
フィリピンの
経済開発が進行し、その購買力造出の効果と相まって、輸出、輸入ともに規模が拡大するという結果は、長期的にはもとより期待してよく、またこれをむしろ終局の目的として
賠償を運営すべきでもあろうと思います。しかしながら、さしあたっては、
フィリピン側の都合によって通常輸出が
賠償の方に振りかえられる――トランスファーされる傾向は避けがたいものになりましょうし、それだけわが国の通常輸出は圧迫を受け、日比
貿易の入超傾向は拡大するおそれがあるわけであります。
これに加うるに米比通商
協定、いわゆるベル通商法
関係で依然として米国製品の輸入特恵関税が強力に働いておりますので、
日本からの
フィリピン向け一般輸出は採算上不利になる。それから
フィリピン側の輸入管理が現在依然として非常に厳重なことを考えますと、なかなか一般正常輸出は増大困難である、むしろ滅退するのではないかという心配があるのであります。しかし
賠償は本来それだけその国への輸出超過があってこそ円滑な支払いが可能なのであり、わが国といたしましては通常
貿易の均衡こそ望ましく、輸入超過の拡大は何としても防止したいところであります。それかと申しまして輸入超過になるからその対策として輸入削減による縮小均衡はどうかと申しますと、
経済協力という
賠償本来の
趣旨にもとりますのでとるべき策ではなく、やはりこういったわが国の立場について十分に
フィリピン側にも了解を深め、
日本からの通常輸入の拡大へ
フィリピン側も協力するといったことを切望いたしたいのであります。
この点につきましてさしあたって重要な問題は、国交正常化に伴う通常一般通商
関係の整備でありまして、通商航海
条約を早急に締結して、現在わが国の綿布六
品目に対してとられております輸入禁止措置といったような差別待遇の撤廃はもとより、進んで
経済協力圏としてのわが国の立場を認め、関税、
貿易上の優遇措置とか出入国や事業活動の緩和について格別の配慮を希望いたしたいと存じます。そうしてこの点は今後とも
フィリピン側に直接働きかけ、また
アメリカの理解を深める必要があるように思います。さすれば
フィリピン側に対するわが国の商社活動は活発化し、輸出
品目の幅を広げることによりまして、
賠償からするさっき申しましたような圧迫を越えて、輸出を拡大し得る可能性も出てくるわけであります。このほか近く通商
協定改訂の機会もあることでありますし、日比
貿易の拡大均衡を目標として通商
関係の整備に一段の御努力をお願いいたしたいと思うのであります。
以上簡単ながら当初申し上げました
三つの点について卑見を申し述べましたが、問題の中心はやはり東南
アジア諸国のナシャナリズムの現実を正しく認議する、そうしてこの線に沿って諸国の
経済的自立を支援することを指導理念として
賠償を実施するという点にあると考えます。市場の独占とかあるいは
企業の進出とか、わが国の一方的観点だけからする
経済協力では、相手国を刺激するのみか何らの益がない。平等互恵の立場に立ってわが国と諸国との
関係を緊密化し、わが国が東南
アジア社会の
経済発展にとって不可欠の一員であるという地歩を固めることこそが、わが国自体の存立基礎を強化するゆえんと考える次第でありますが、この成否に関連いたしまして、
賠償の運営いかんはきわめて重大な意義を有するのであります。
私の
お話はこの程度にいたしますが、御清聴をわずらわしましてありがとうございました。(拍手)