○松本
説明員 労働省の雇用安定課長でございます。先ほど来
就職のことにつきましておしかりと御
質問がございましたので、大体の
状況を御
報告申し上げます。
今まで二十八年の三月に
引き揚げが再開いたして以来、
引き揚げて参られました人の
総数は、三万二千三百九十九人でございます。このうち約三分の一の一万一千人が
子供でございますので、約二万一千人が
就職の対象となる
成年層の方でございます。私
ども引き揚げがございますと、厚生省と密接に連絡をいたしまして、
舞鶴に引揚相談所を設けて、そこでまず
職業相談をやるのでございますが、そのときには、あまり多くの相談がございません。それは何しろ一応家へ帰ってそれから方途をきめるというふうに、帰る方の気持が急いでおりますので、この辺のところでは全部が相談になりませんが、それから一応帰りまして、今度そこで
職業相談を受けましたり、あるいはポスター、パンフレットなど渡しておきまして、ここへ行ったら
職業をあっせんいたしますからというあれを渡しますので、公共
職業安定所へ
就職の申し込みをいたします。それが二万一千中、現在まで申し込みしております者が一万二千六百六十七人でございまして、この
方々が直接私
どもの
就職あっせんの対象になっております。あとの九千くらいの人は、おそらく私
どもの推測では、農業あるいは自営業がございまして、そこでお働きの
方々であるか、あるいはまた縁故によりまして、自分で
就職口の決定した
方々だと思っております。私
どもこの一万二千六百六十七人の
方々に対しまして、
就職あっせんの努力をいたしておるのでございますが、現在まで、このうち
就職いたしました方は、六千八百四十三人でございます。これは八月末の統計でございます。
就職率といたしましては五四%でございます。従いまして、お話のように、まだ四十数%の
方々が
就職をいたしておりませんので、この
方々の
就職は、実は私
どもとして非常に心配し、また努力しておるところでございます。ただ、私
どものこの努力の至らない点もございますが、御
承知のように、
日本は今ようよう雇用情勢がやや好転いたして参りましたが、今まで二十八年、二十九年、三十年というのは、最も
就職難の時代でございまして、一般の
就職状況は、
就職の申し込みをしまして、
就職します者は約三〇%台、昨年の三十年の統計を見ますと、この
就職状況は、一般の
人々は四〇・六%の
就職状況、それから今年の上半期はやや上りまして、四四。四%まで上昇しております。これに比べましても、この五四%という数字は、決して低い数字じゃないと思っておるのでございます。できればこういう
引き揚げの
方々が即刻全員
就職いたしますれば、これは最も望ましい状態でございますが、何を申しましても、国全体が失業情勢のまっただ中にあったという今までの
状況下におきまして、忍んでいただかなければならない点もあったのでございます。しかし、今は
状況も好転いたしましたので、さらにこれに対して努力いたしてみたいと思っております。
この
就職のできない原因でお尋ねがございましたが、私
どもの方で考えられます点は、四点ございます。
一つは、高年令層の
方々が非常に多いということでございます。これは無理からぬことでございまして、長い間
抑留されたり、あるいは戦後
相当たっておりますので、年令が高くなって帰られておる、そういたしますと、どうしても、高年令層の方は雇いたがらないし、また何にでもつくというわけにも参りませんので、そこに困難がございます。それからもう
一つは、技能を持たない
方々が非常に多い。要するに無技能者が非常に多いということでございます。いつの時代におきましても、技能を持っております方の
就職というものは、他の人に比べまして比較的楽でございますが、技能を持たない方は、やはり非常に困難を伴います。この問題。それから住宅
事情があります。これは、たとえば、大都会に出てきますと、何とか
就職もある、またあっせんもできるというケースもございますが、さて肝心なことは、家がないために、一応落ちついたところを動けないというように、住宅
事情からくる制約がございます。最後にもう一点は、思想問題でございます。思想問題は非常に大事な点でございますので、私らも一番頭を悩ますところでございますが、一ころありましたように、中共から帰った者、ソ連から帰った者、北鮮から帰った者は赤だというような一般の認識、雇用主の方のそういう考え方は、私
どもからいたしますと、漸次改まってきておると思っております。最初の方は、むしろ恐怖心に近いようなものから、そういうような傾向がございましたが、だんだんとこの
方々が
就職してみますと、その実態によりますと、決してそう一じゃない。むしろ
国内におる者よりももっと健全な考え方を持っておる者が多いということが、だんだんと認識されて参ったように思います。それから、
引揚者の中にも一、二どうかと思われるような動きをなさった方もございました。しかし、これもだんだんとそういう傾向が改まって、両々相待ちまして、赤だということによる制約は薄らぎつつあります。ことに最近の
引揚者は、私
どもから見まして、明るい、そして健全な
方々が帰ってこられると思いますので、これが逆にかえっていい影響を与えておりますことは、例の養子その他のことの
希望者が殺到するというようなことから見ても、御
承知の
通りだと思います。こういうような
状況でございまして、私
ども幾多の困難がございましたが、ここまでやって参っております。それで、先ほど申し上げましたように、経済情勢が好転いたしましたので、ここでもう一ぺん
引揚者のために、
一つ全組織をあげまして、努力いたしたいと思って、昨年
引揚者の雇用促進旬間というものをやりまして、一般の社会の報道機関であるとか、その他全体の協力のもとに実施いたしたのであります。これは非常にいい成績をおさめました。
就職の実数も向上いたしましたし、
引揚者に対する社会の認識も深められたと思うのでございます。今年もこれを計画いたしておるのでございますが、私
どもの今の考えとしては、何もないときにぽかっとやるよりは、
日ソ交渉が妥結いたしますと、また大量の
引き揚げが再開いたされます。この機会をつかまえて、そしてやることが一番効果的だろうと思いまして、実は
日ソ交渉のできるのを待っておる
状況でございます。昨年は七月にいたしましたが、今年は、そういう意味で少しおくれております。雇用情勢の好転と相待ちまして、私
ども十分努力をいたして参りたいと思います。至らない点はございますが、この点はお許しをいただきたいと思います。