○羽仁五郎君
憲法尊重に専心して余念なく、その
趣旨の実現に全力をあけることを絶対的の使命とせねばならない
政府をして、今、余念を抱いて本
法案の
意図しているような方向に力をさかせ、
国民の重税の一部たりとも、このような余念の方向に費消せしめることは、本質的に
憲法違反であり、
国民の信託を裏切らしめるものである。かつまた、これは最近の
選挙の結果に示されたる
国民の
意思を軽視するものであり、
国会の最高権威にも関する深刻な不安を内外に与えている。本
法案の
国会上程に際し、首相は
国民の前に最も厳粛に首相自身の
政治的信念を明らかにすべきだと思います。
第一、そもそも現在のわが
憲法の音義はどういうところにあるのか。枝葉末節、一時のいきさつ、表面の動きかどの問題でなく、その奥底の本質について首相の信念を聞きたい。
本院の許可を得て、僕は最近ヨーロッパを視察しましたが、現在のヨーロッパの新しい動きには想像を超えるものがある。スエーデンなどが社会保障を完全に実現し、
国民の生活に不安がなく、牢獄がからになっている。
政治家の責任は牢獄をからにすることにある。(「その
通り」と呼ぶ者あり
日本に比較しても大国でもなく、富める国でもないスエーデンが、今日
かくのごとく
国民の生活を安定させ、牢獄をからにし、売春等の問題もないのは、ほかでもない、スエーデンが今日まで過去迫五十年にわたって
戦争をしたことがないからである。これに反し、
日本は明治以来、休む間もなく
戦争に
戦争を続け、
国民は涙のかわくひまがなかった。さればこそ、今この、これまで泣かされ続けてきた
わが国民の多数のために、当分
戦争や
軍備のことを全く考えないで、もっぱら
国民の生活を楽にすることに全力をあげようと誓約をされたのが現在の
憲法ではないのですか。青年は戦場に死し、またいまだ帰らない者があり、
国内には失業者があふれ、少女が売春の境遇に投げ捨てられ、少年が恐るべき罪を犯して死刑を宣告されている。首相に、
わが国民の母親たちの久しくかわくひまもない涙をぬぐって、そこに喜びの色を与えようとする一片の良心があるならば、
政府は本
法案の方向などに力をさくことができるはずはない。首相の
政治的良心の声を聞きたい。
第二、本
法案の
国会上程が、
国民の間にいかなる不安を引き起しているか、首相はここに思いをいたしたことがあるか、何のための
憲法調査会か。言を巧みにする者は仁すくなし、首相は、端的に
国民の不安に答えたまえ。結局徴兵制度が出てくるのではないか、結局軍事的支出のために
国民生活費が、またいよいよ圧迫されるのではないか。
日本の現状において自衛隊の兵隊の数をふやすことは、それだけ売春婦の数をふやすのではないか。(
拍手)結局
主権在民の主旨がくつがえされ、統帥権が天皇に帰するなど、
国民の手を触れることのできないものを中心として、軍閥、財閥、官僚などの権力がまた手のつけられないように増長し、
国民はものも言えなくなるのではないか。これらの
国民の不安に対し、心配はないと首相は答えることができるか。かつて大学教授の言論を抑圧した鳩山文相は、その後間もなく
日本軍閥ファシズムのために、みすから言論の自由を失われたではないか。本
法案の方向に一歩を踏み出すものは、もはや途中から帰ってくることはできないのである。
第三、首相は現在のわが
憲法の根本主義のバランスがくずされる危険を認識しているか。現在のわが
憲法において、その根本主義は互いにきわめてデリケートのバランスに置かれているのである。現在わが
憲法成立当時のいきさつの発表などが考えられているようだが、当時のいきさつの背後に、
国内的にまた国際的に、
日本が共和制の方向に進むべきことが要求されていた事実のあったことも忘れてはならない。
わが国民としても、国際的の
世論としても、当時
日本の天皇と軍隊と、この
二つを、
二つながら存置することには深刻な不安があり、
かくて現
憲法における
日本国の天皇の地位は、
日本国が軍隊を持たないということの関連において、
戦争放棄とのバランスにおいて保たれておるのである。今、
日本において
憲法上に軍隊を置くこととするならば、
憲法上に共和制が要請される論理的
理由があり、歴史的
理由があり、客観的必然があるのではないか。
戦争を放棄し、軍隊を持たないとしている現
憲法のもとにおいてさて、現在自衛隊、防衛庁など、軍事的支出が財政上、
予算上に
国民生活費、住宅建設費などを圧迫する動きを押えることに多大な困難が痛感され、いわゆる文官優位の
原則はすでに踏みにじられ、軍事的見地に対する
政治的見地の優越の
原則さえも日々にくすされ、自衛隊、防衛庁
関係の汚職がすでに手のつけられないようになり、
国民に著しい不安を与えているではないか。しかるに、ここにさらに進んで
憲法上に軍隊を認めるようにするとすれば、一体何によってこの軍事的の力のおそるべき過大の増長を防ぎ、押えることができると首相は考えておるのか、現在の
日本において、果して年事的の力がいわゆる統帥権を、いつまで
政党内閣の首相の手にゆだねて満足していると判所されようか。さればといって、統帥権を天皇の手にゆだねることのさらにおそるべき危険は、厳粛なる
わが国民の
経験において明らかである。
かくて、今
憲法上に軍隊を置くならば、その統帥権の
関係からも、
憲法上に共和制を認めることが要請されることをとどめ得ないのではないか。
第四、この際首相は、むしろ
憲法尊重の実を示すことに専念さるべきではないか。なかんずくこの際首相は、社会保障に誠意を示すべきではないか。今直ちに首相が実行し得られるべきものとしても学生の健康保険であるとか、あるいはまた国立病院などのみならず、一般の看護婦の養老年金などの問題の解決は、すでに先ごろからの
世論の
一致した要求となっているではないか。さらに本月一日朝日紙上に、クリスチャン・サイエンス・モニター極東支局長ゴルドン・ウオーカー君は、現在
日本の外国新聞特派員に対する過大の課税の方針がこれら外国新聞特派員の事実上の大量国外追放ともなりかねないことを訴えているが、現実に言論圧迫となるようなことは許さるべきでない。現在の
憲法の
尊重の実を示さすして、何の
憲法調査ぞや。
最後に第五に、鳩山首相の在野
時代と今日と、国際情勢が著しく変化したことは事実である。国際連合十周年記念特別総会におけるソビエト代表モロトフ外相の演説は、代表席を初め一般傍聴席に異常の感銘を与え、演説が終ったとき満場にわき上った
拍手が続いて、次のイラン代表エンテザム外相の豊里が四分ほどおくれたほどであったが、その中にただ一人、アメリカ代表ダレス国務長官が
拍手せず、からだをかたくしていた姿が目立ったと、ロイターなどの外電が伝えている。本月二日の東京新聞が載せているマンチェスター・ガーディアンの
政治漫画は
諸君の眼にも触れたであろう。ミスター・ローがそこに、最近のモロトフ外交の好調に対するダレス外交の硬直状態を痛烈に批判するイギリスの
世論を巧妙に画き出し、われわれを深く考えさせるものがある。国際連合総会においてアイゼンハワー大統領さえもが、
軍備を縮小し、それによる節約を
世界の平和、経済の発展にふり向けることを要請しているときに、事実上において
日本の
軍備拡張を
憲法上からも促進しようとする本
法案の
提出は、現在の国際緊張の緩和の国際情勢に対するあまりにも愚かな有害無益の逆行ではないか。アイゼンハワー大統領、またダレス国務長官などがいつまでもアメリカの
議会内の反動勢力の武力政策に引きずられ、台湾問題についても危険な政策をこれ以上続けることは、これまでアメリカに対し友好的
態度をとってきた
世界の国々にとって深い憂慮となっていると、マンチェスター・ガーディアンなどイギリスの
世論が指摘している。本年の夏、おそくも秋には、中華人民共和国は台湾問題解決についての確固たる
態度の基礎を完備すると観測されているけれども、台湾問題についてアメリカが早く
世界、なかんずく先ごるバンドン
会議において表明されたアジア諸国の意向の支持を受けることのできるような外交政策の変更を行わなければ、アメリカはいよいよ孤立するであろう。わが鳩山首相は、
保守党内部の寝わざ的
政治工作などにわずらわされて最高の使命の判断をあやまらぬために、
議会閉会後にみずから国際的活動を開始し、インドのネール首相などと会談して、国際情勢の新展開の認識を高められ、アジア及び
世界における
日本のあり方の新方向を発見すべきではないか。中華人民共和国の国際連合加盟が近い将来に予測されている。鳩山首相の努力により、
日本が現在の日ソ外交交渉にある程度の成功をおさめ、
日本の国際連合加盟が実現される可能性も生長とているが、そうなれば真実の国際的の安全保障によって
日本の安全を実現する方法もあるではありませんか。国際緊張が緩和されつつある今日、事実上に国際緊張を前提とし、または口実として、わが
憲法を後退させようとする本
法案は、
わが国民を裏切るものではないか。むしろ首相は、最近の国際緊張緩和の新情勢の中に、現在の
日本国憲法の
平和主義のイニシアチブが生かされる光栄のチャンスの増大するのを見るために、海外にも活動し、
構想を新たにされる
意思をお持ちでないでしょうか。(
拍手)
〔国務大臣鳩山一郎君
登壇、
拍手〕