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参考人(
朝永振一郎君) 私ただいま御紹介になりました
朝永でございます。
きょう、どういう
お話をするのがいいのかよく存じませんのですが、あとでいろいろ御
質問に応じてお答えいたしたいと思いますが、一応
原子核研究所をどういう
目的で私
どもが
設置を要望したか、そういういききつをまず
お話いたしたいと存じます。
この
原子核物理の講義をここでするつもりはございませんけれ
ども、一応話の順序として
原子核というものはどういうものであるか、どういうねらいで
研究をやるか、やらねばならぬかというようなことを、まず
お話したいと思います。
この
物質が
原子からできておるということは
皆さん御存じだと思うのであります。約一億分の一センチメートルというような非常に小さなもの、
原子というのはそういう小さなものなんでありますが、その
原子がまた
構造を持っておりまして、その
中心にその一億分の一センチメートルのまた十万分の一というら非常に小さな核がございます。この
原子の全体として、あるいは核の外側の
研究がまず
物理の
中心問題であったわけでありますが、それが今から約四十年くらい前の
中心問題でありましたが、その後
物理学がだんだん進歩いたしまして、この核の中の問題に
物理の
中心問題が移って参りました。この
原子核というものはそんなに小さなものでありますけれ
ども、やはり
構造を持っておりまして、そこにいろいろな
現象が起ります。その
構造はいわゆる
陽子という
粒子と、それから
中性子という
粒子、それが幾つかくっつき合ってできておる、そういうものでございます。で、今から約三十年くらい前からこの
構造をいろいろ調べるのが
物理の
中心問題になって参りました。初めのうちは天然に
放射性を持っております原素、つまりラジウムのようなもの、それから出て参ります
放射線、いろいろな
放射線が出て参りますが、やはり
原子核の
構造物である
陽子、
中性子のある小さな
単位のものがその中から飛び出して参ります。そういうのを手がかりにして
研究しておりました。ところがそういう
やり方ではごく限られた
研究しかできないので、次第にこの
陽子、
中性子のようなもの、それからそういうもっとそれらがくっついてできました小さな
単位の
粒子を人工的に非常な速さで走らせまして、そしてそれをいろいろな
原子の
原子核にぶっつけます。そうしますと、そのぶっつけられた
原子核がそこでいろいろこわれたりあるいは変化したりいたします。そういうつまり人工的に非常な速さで走らせた
粒子を作るというそういう
装置が非常に重要な道具になってきたのであります。
皆さん御存じだと思いますが、
サイクロトロンというのはそのまあ
一つの代表的な機械でございます。初めのうちはその速きも、非常な速さで走らせると申しましたけれ
ども、速さも比較的大きくなくてよかったのでありますけれ
ども、だんだん
物理学が進歩して参りますと、その速さも非常に速いものを要求するようになって参りました。たとえて申しますと、どれくらいの速さかと申しますと、まあいろいろありますけれ
ども、ごく大ざっぱにいいまして一秒間に
太平洋を横断するくらいの速さのものを用います。そういう非常な速さで走る、いわば
弾丸、
原子核にぶつける
弾丸を走らせる
装置、これを
加速装置と申します。この速さをはかりますのに、よく
ボルトという
単位を使いますです。普通の小さい
サイクロトロンでは百万
ボルト、だんだんにもっと大じかけなものになって一億とか十億とかいうものが今問題になっております。ところがこういう非常に大きなものを使って参りまして、
原子核の中の、
原子核にいろいろぶつけて中の
構造、それからその中において
陽子と
中性子がどういうふうに動いているか、そういうふうなことを
研究いたしまして、この
物質の基本的な
性質がそれから説明できる、そういうことをねらっているわけでございます。で、現在はまたさらにその
物理学が進みまして、この
陽子とか
中性子とかいうもの
自身の
構造がさらに問題になっております。一応
陽子と
中性子からできている
原子核というその中の
構造というものの問題をすでに通り越しまして、
陽子、
中性子がどういう原因で
原子核を作って結びついているか、いわば
陽子、
中性子をくっつけて
原子核のかたまりにするところのそのまあ
セメントと申しますか、の役目をするものは何であるかというような、そういうところに問題がきております。で、その
セメントの問題は
陽子、
中性子自身の
構造とも
関係がある問題であります。いわゆる
中間子、
湯川博士の
名前とともに有名になりました
中間子というものも、この
陽子中性子自身の
構造と
関係して議論され、
考えられなければならない問題でございます。最近になりまして、
中間子にも実に数十の
種類があるというようなことまでわかって参りました。それがいろいろ複雑に互いに変化しあったり、いろいろ非常に複雑な
現象を呈しております。そういうたくさんの
中間子のようなものがどういう
性質を持っているか、互いにどういう
関係を持っているかというようなことは、まだ十分に、十分にわからないというよりも、ほとんどわかっていないという
状態でございます。で、こういうふうな問題を
研究することが非常に必要である。そのためには、
先ほど申しました
原子核にぶっつける
弾丸を作る
装置がどうしてもなければならぬ。
日本は
湯川先生以来
純粋に理論的な
研究、つまり
実験をやらないで、いろいろの
実験の、外国で行われました
実験の結果を材料にして、まあ紙と鉛筆で理論的な数学をひねくり廻すような、そういう
研究が非常に進んでおりまして、ほかの国から非常に期待されておるのでありますけれ
ども、やはり
実験的研究を伴わない理論的な
研究というのはかたわでありまして、ぜひわれわれの手で、
自身でそういう
実験、
研究をやらなくちゃいけない、そういう
希望が非常にわれわれ
研究者の間に出まして、約三年ばかり前からこういう話が持ち上りまして、
学術会議の
原子核特別委員会で、これは
原子核の
研究者のみならず、そういう
実験研究者のみならず、理論的な
研究者も
一緒におりますし、さらに
宇宙線の方の
研究者も
一緒におりますですが、そういう連中が何とかして
日本でもこういう
実験的な
研究を進めなければならない。で、いろいろ
考えたのでございます。そういう非常に
加速、
弾丸を作る
加速装置というのは非常に巨大なものでありまして、
予算の面でも非常に大きいもので、これをおのおのの今までのような
大学の
研究室というようなものの
単位で作ることはなかなか無理だろう。でありますから、そういう巨大な
装置を持つ
研究所を
一つ作りまして、ただしそれを
全国の
研究者たちが
共同に使う、そういう
やり方を
考えたわけでございます。で、
学術会議でいろいろ
考えまして、そうしてそういう
研究所を作ることが必要であるということを今度
学術会議全体で幸いにして、お認め下さいまして、この
昭和二十八年の五月に
学術会議から
文部省の方に、
政府にそういう
全国の
学者が
共同に使えるような、そうして巨大な、大きな
加速装置を持つような、そういう
研究所をぜひ作ってほしいということを要望いたしたわけでございます。で、その後
研究所のあり方につきまして、
研究者の側も今の
学術会議の
原子核特別委員会を
中心にしていろいろ
考えまして、それから
文部省の方で同時に並行して
考えられまして、結局いろいろ論議されましたのですが、やはりこの
共同利用という点から見まして、特定の
大学に
付置しないで、
国立研究所のようなものも一応
考えられましたのですが、いろいろな点から見まして、
大学の
付置であるけれ
ども、その
大学の職員だけがそこで
研究するのではなくて、
全国の
研究者がそれを
研究する、使わせる、そういう
趣旨の
研究所がよかろう。こういう
種類の
研究所はほかにもすでに例がございました。
湯川さんが
所長をしておられます
京都大学の
基礎物理学研究所がやはり同様な
種類の
研究所でございます。これは
京都大学に
付置されておりますけれ
ども、
全国の
研究者がそこで
研究をするという、そういう
建前になって、
設置法におきましても、普通の
大学付置の
研究所とは別の
種類の
共同利用の
研究所という形のものになって作られておるわけであります。それからもう
一つは、
乗鞍の頂上にございます
宇宙線の
研究所、これがやはり東大に
付置されておりますけれ
ども、ここはいろいろな各地の
研究者がやって来て、ここで
研究をする、そういうことになっております。
原子核研究所もそれと同じような
建前でやろう、そういうことになりましたのでございます。で、その
研究所は二十九年度においてすでに
予算を請求したのでありますけれ
ども、非常に
予算が削られまして、
装置のごく一部でございますと、建物の一部を作って、そして定員はゼロという
状態でありまして、私
ども研究者が非常にがっかりしたのでございます。それで今年度、きょうここで問題にしておられるわけでございますけれ
ども、できるだけ早くこの
研究所を実現したいというのがわれわれ
研究者の切なる願いでございます。で、この
原子核の
研究と
原子力の
研究とがよく問題になりますので、その
関係がよくおわかりにならない場合が非常に多いのでございます。
学術会議でこの
研究が問題になりましたときも、
学術会議の
総会にこの
研究所の
設置を要望するということが
総会で
話題になりましたときも、
原子力の
研究とこの
原子核研究所の
目的とする
研究とが区別がいろいろ
話題になりましたのですが、この
原子核研究所のねらいますところは、
先ほどから申しましたように、この
原子核の中のそういう非常なこまかい
世界の、どういう
現象が起るかという
純粋の
純粋物理学の
研究をねらいとしておるのでございます。第一期
計画でこの
シンクロサイクロトロン、普通の
サイクロトロンよりも少しばかり
エネルギーの大きい、つまり
スピードの早い
弾丸を作る
装置を
目標といたしますけれ
ども、さらに将来はもっと大きいものを作りたいというのが、
研究者たちの
希望でございます。それで
先ほどボルトという
単位で申しましたけれ
ども、今問題にしております
シンクロサイクロトロンでは約千万、数千万
ボルトというのを
目標にしておりますけれ
ども、将来さらに十億かの、けたのものを作りたい。こういう
純粋の
研究に使いますのは非常に
スピードの早い
弾丸を作る、走らせるという
装置が重要なんでありまして、全体の
エネルギーがそう大きいということは
目標にしておりませんです。これが
原子力の方の
研究のねらいとは非常に違うわけでございまして、
原子力の方の
研究はあくまでその
エネルギーを
利用するというのが
目的でございますので、この
一つ一つの
粒子の
エネルギーはそんなに大きくなくてもいいけれ
ども、
粒子の数が非常にたくさんあって、全体の
エネルギーの大きいというのがねらいなんでございます。
先ほど申しましたように、この
加速装置で走らせました
粒子の早さは、一秒間に
太平洋を横断するというようなそういう猛烈なものでありますけれ
ども、これは
一つ一つの
粒子というのは非常に小さなもので、
先ほど申しましたように非常に小さなものでありますので、そんなに猛烈に早く走りましても、その一個分の
エネルギーは普通の日常の
単位で見ますというと、非常にわずかなものでございます。約十億分の一カロリーというようなわずかなものでございます。ですから、こういうものは
エネルギーの
利用という点から見れば、ほとんど価値のないものとも言えるわけでございます。しかしこの
物質の
構造を探究するという点では、どうしても必要なものであると思います。で、私
どもがこの
研究所をこれから
皆様方の御協力を得て作っていきたいのでございますが、何分にも非常に普通の
研究所、
純粋物理学の
研究所という概念から見ますと、かなり大きな額の
予算が必要なのでございますので、
皆様方の非常な御支援がなければとうてい実現できない。
世界の大勢を見ましても、やはり今この
原子力の
研究をやるやらずにかかわらず、こういう
物質の
構造を奥へ奥へと追求していくという
純粋の
研究は、やはりだんだんと先へ進んでいるのでございます。で、非常に長い目で見ますと、こういう奥深いところにやはりだんだんと進んでいなければならないと私
どもは
考えるわけでございます。非常に大ざっぱな話でございましたけれ
ども、御
質問があればそれにお答えすることにして、一応私の話はこれで終らしていただきたいと思います。