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戸叶武君 前に
吉野さんから意見か展開せられ、さらに
河野君から具体的な提議もされましたが、私はこの
砂糖問題は枝葉末節の議論でなくて、
砂糖行政をいかにやるかという根本的な論議から始まらなければ話にならぬと思うのです。それは学問的とか何とかいう意味でなくて、
吉野さんが言われたように、
需要と
供給との
関係と
価格との結びつきの問題、それをにらみ合せながら、たとえば
外貨においても、
外貨によって制約されておるからというのが唯一の理由で、今までの
砂糖の暴騰なんかに対しては
政府は手が施せなかった。あるいはそれは口実であったかもしれない。それで今度
河野農林大臣が就任したときの第一声というものは、米の問題、
砂糖の問題、肥料の問題に対しては果断な施策を行うということが当初の声明なんです。この
河野農林大臣からとにかくこの程度の
法律案が出されてくるとはわれわれは思っていなかったのです。その心境の変化、それから基本的に
砂糖行政に対してどういう
考え方を持っておるのかということを承わらなければ、こういう本体がわからないうろこのような法案を審議してみても意義はないくらいです。私は今の
食糧庁長官の話を聞いていても、実際こんな論議をやっていたのでは時間がとられるだけであって、さっぱり私はこの
砂糖行政に対する根本的な問題に対して触れることができないと思うのです。私たちは農林大臣がここへ出ることをただ単に顔を見たいために要求するのではなくて、少くとも
砂糖行政に対して断固たる処置をすると、場合によっては、いろいろな放言をいわゆる
河野放言という形で放出されたけれ
ども、一体どういう腹がまえでやられるのか、その点を明確にしなければ、私たちはあぜ道にやたらに入ってしまって、迷路の中でごまかされてしまう結果になるので、そういう点で、たとえば
河野君が具体的な例をあげましたが、
砂糖の
消費量は俗に百万トンないし百二十万トンと言われておるけれ
ども、それはわれわれの生活に必要な量というよりは、お菓子や何かぜいたく品などに流れておる場合もあるので、それをしぼってあるいは七十万トン、八十万トンにするというような
河野君の言うような行き方があるが、それに対しては、今度
砂糖に対して
相当統制を強化するなり、計画性を持たせなければそんなことはやって行けない。そうではなくて、
吉野さんの言うように、今のような
自由主義経済のもとにおいて、こんなようないろいろな試みをやってみたって、それによって
価格というものが実際安定化するものではありはしない。事実上において
外貨を使っちゃいけないというけれ
ども、こういう
政府自身が
統制能力を持たないときに、やはり
外貨を投げ出して外国から
砂糖を買って
需要と
供給の
バランスをとることによって、とにかく
価格を安定させるよりほかにやり方は実際にないので、それを
長官が
説明するのは苦しいようだけれ
ども、それ以外にはないのだ、
政府はいろいろなことがあるけれ
ども、今までやってきたところを見ても、とにかく国際収支の
バランスをとらなければいかぬ。
外貨割当が窮屈だというような口実でもって、
日本の
消費大衆に非常に迷惑をかけ、しかも
外貨割当のからくり、原糖割当のからくり、開発銀行からの融資のからくり、
国民にわからないごまかしをしてぼろいもうけをさせ、名古屋精糖その他の
業者がやり、輸出
業者がやり、その間におかしなものが介在して不明朗な
砂糖行政がやられていた。それは
河野さん、あるいは今の
委員長なんかも一年あまりも追及して、これはもう議論しなくても
速記録にもずいぶん残っておる。問題はその跡
始末なんです。
河野さんが農林大臣になって、この矛盾に向って一体何をやるかというその回答がなされず、明確な方針というものが示されないで、こんな形において、これを見ると、「この法律は、
安定価格帯の
制度により
砂糖の
価格の安定を図るとともに、
砂糖の
輸入によって生ずべき利益の一部を徴収することを目的とする。」、これこそ大山鳴動ネズミ一匹と、こういう形で、私は昨年のあの
砂糖の暴騰に対する緊急
質問を昨年末やったときに、御承知のように、対資本利益率においては、フジ製糖が二百三十二割、
日本精糖が九十九割、横浜精糖が三十三割、またその配当では、フジの六割を筆頭に、いずれも三、四割を占めた。巷間伝うるところによると、精糖会社が一年間に百億以上の金をもうけたのは、輸出
業者その他を合わせて三百億くらいの金は動いたろうとまで言われておるようなこれは大問題なんです。こういうとにかく大山鳴動ネズミ一匹の
砂糖行政というものは、
委員会としてはほんとうはおかしくて論議の対象にならぬ。だけれ
ども、これきりしかやれないのだというなら、私はあらためて承わるのだが、農林大臣がまかり出て、とにかくはっきりした
砂糖行政に対する見解を明らかにしてもらいたい。それでなければ話が進められないと思う。これは先輩の
吉野さんが言われたのでも、抽象的な学問、理論ではないと思う。この資本主義的な自由
経済のもとにおける、われわれが企画性なり、
統制なり、ナショナル・ガヴァメントを通じてのコントロールなりをどういうふうに具体的にしなければならぬかという結論的なものを出さなければならぬ段階に来ているので、そういう基本的な問題からわれわれは当って行かなければ進みようがないと思う。迷子になりたくない。