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委員長(
石川榮一君) 私からも原次長にお伺いしたいのですが、今の
お話は一応わかりますが、
水防法の一部
改正のねらいとするところは、
水防の強化、
整備をねらいといたしまして、それに随伴してこの
改正が行われるのですが、事態は終戦以来今日まで、直轄を別にいたしまして、
府県災害だけでも、
資料を取りますと、現在の物価指数にいたしましても八千三百四十七億に達しております、
府県災害だけで。これは
建設省関係だけで、これに国の
災害を入れましたら、おそらく一兆五千億
程度に行くだろう。これに農林省を加えますと、少なくとも二兆を下らない。これに民間のを加えますと、三兆、三兆を突破するのではないか。これは十年間の損害の実績です。この線に沿いまして
治山治水対策の完全実施が叫ばれているわけですが、どうも思うように
財政困難のためにその手配ができませんで、現実の姿では、かように八千億以上の金を投じましても、現在の
段階では、本年の予算が
通りましても、二十八年度
災害のごときは五五%しか仕上らない、二十五年、六年、七年は七七%、二十九年度は四七%、かように残っておりまして、これらのものの総額が約一千億残っている。これが本年の
災害等に直面いたしまして、増加していくわけです。
災害が激化していく。これを防ぐために方法はないものですから、物心両面から
水防活動を活濃化して、そうしてこの損害を軽減しようというねらいであると思います。こういう大きな国土防衛の第一線に立つ、しかもほんとうに身を捨てて、数昼夜にわたって暴風や雨中を冒し、暗夜戦い抜く
水防団員、この
水防団員に
補償をする場合に、単にわずかなことであるからというようなことで、末端の
市町村あるいは小さな
水防管理団体に
災害補償の完全を要求するという
法案を出しましても、これは非常に無理だと私は思う。むしろこれは国があけて国土防衛の立場から、防衛庁の経費と同じように私は
考えていただきたいと思うのです。その観念がなければ、
災害は絶対に防除できないというように
考えられるわけです。
今の
お話を聞きますと、五百万円
程度だから、一割で五十万円だという
お話ですが、それは
水防活動の士気高揚ということもあると思います。あるいは
町村がこれらに対しまして、
公務災害の一端としまして助成いたしましても、金がないものですから、
財政困難なものだから、仕方がなくて、見舞
程度で済ましているのじゃないかと思う。決して五十万
程度のもので
水防の死亡、負傷に対する手当がまかなえていくとは思えない。それがために泣いているところの犠牲者、いわゆる
公務災害をこうむった方々の苦悩がどれくらいあるか想像いたしますると、この
水防法がねらっておりますように、国ができるだけ厳格に、少いとかなんとかいうことは
考えませんで、大
災害を未然に防止し、軽減するという
建前から、これに率先して活動する
水防団員に対しては国家はできるだけの手を差し伸べて、これらの援助に完璧を期すべきじゃないかと思う。
これが結局、
災害防止の根本をなす基本的な
考え方でなくちゃならないと思うが、どうも、ややもしますと、本年の
災害関係に関して
政府の盛りました予算も、昨年度よりふえておりません。
災害は年々激増して参ります。
災害亡国を私は憂えているくらいですが、それには
治山治水費を、思い切った予算のつけ方をしていただく。ことに直轄河川のごときはわずかに二千四百億あれば、現在やっております七十六本の直轄河川の全部改修が済む。一年間に二千億、三千億の
災害が起きているのに、この二千四百億
程度で……。直轄河川に対する予算の
措置は、わずかに百億
程度のものしかない。二十年かかるだろう、二十五年かかるだろうというような予算のつけ方です。こういうことでありますならば、私はこの
水防法ができましたら、おそらく今のこの
法律が実施されまして
水防精神が浸透して参りますれば、犠牲者は必ず出てくると思う。
特に申し上げたいのは、末端の
水防管理団体あるいは
町村等がこの
公務災害の責任を負うということになっておりますが、大ぜいの犠牲者が出る所では非常に
災害が多いのです。この
公務災害に全力をあげるほどの余地はないと思う。他に非常な
災害がその土地においては起っている。家は流され、あるいは田畑も荒廃に帰しというような状況に追い込まれてしまう。そこに犠牲者がたくさん出てくるというので、そこへ持ってきて単一の
町村なりあるいは
町村組合、あるいは漂たる
水防管理団体に、
公務災害の完全
補償をさせるという
義務づけをするということは、私どもは何にもあたたかみがないように思う。
そこで、この
報賞の問題になりますが、
報賞という言葉でございますが、この
報賞という文字自体がすでに語っておりますように、「ほう」という字は「報」という字を使って、「しょう」という字は「賞」という字を書いてある。これは国家
補償とすべきであるけれども、今の
段階では国家
補償が多くなって困るというので、こういうふうに書いたのではないかと思います。「ほう」という字がこういう字を使ってあります以上は、私どもは単なる
報賞とは思いません。ある
程度の予算の裏づけもあるようでありますが、そういうような観点から、この
法律を実施する場合に、この
法律がねらうところの、
水防精神の浸透をはかろうとするねらいがあるならば、この
報賞における予算
措置が、先刻来
質疑をしておりますが、約三十五万円出ております。ほんとうにわずかなものであります。しかしながら、三十五万円という金は決して紙代ではないでありましょう。ある
程度のお見舞金は含んでおると思うのです。
そこで、この立法の精神は私ども非常に賛成なんですが、
災害防除のための余儀ないところの
水防法一部
改正と思いますので、この
法律の趣旨には賛成なんでありますが、
政府においては、特に大蔵省におかれましては、この点御勘案を願いまして、
公務災害の場合あるいは
一般普通
災害の場合に、その
町村あるいはその
水防組合が非常な
災害をこうむったがために十分なる
補償ができないというようなことがありましたらば、ある
程度思い切ったこの
報賞の名前において助成をしていただく必要があるだろう。その心組みがなければならないと思うのですが、とれに対する大蔵省側のお
考えをこの際伺っておきたい。