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説明員(
大澤實君) 三百六十ページ以降に掲げましたことをかいつまんで申し上げますると、まず三百六十ページに
事業損益の概要を申し上げてあります。ここで御覧になっていただくとわかりますように、公社全体については五十億余の
利益をあげておるのでありますが、電信
事業と電話
事業を分計して見ますと、電信
事業が非常に欠損をしておって、それを電話
事業でカバーしておるという状態でありまして、電信
事業の合理化ということが将来の大きな問題として残るのではないかと思う次第であります。
次に三百六十一ページに「
建設工事について」と書いてありますのは、
建設備
工事の予算の消化と申しますか、
工事の進捗度が非常によくなって参ったことを一応申し上げておるのでございまして、
工事の量は、二十七年度に比べますと多くなっておりますが、それをどんどん
工事を進捗せしめて相当よく使用されておるということは非常によく認められるのであります。ただ、その中に絶対的な金額としますと三億、約四億でありますが、パーセンテージにしますれば大した金額ではないのでありますが、進捗をあせるあまりといいますか、たくさん進めたということにしようとする気持が多少働いたのではないかと思われますが、年度末におきまして契約をされまして前金払いをされる。だから炊事自体は何もまだ着手していないのに対して前金払いをされたのが約一億五千万円、それから年度末に材料だけを購入して翌年度に繰り越した、これも
工事の実体が進んでいないわけですが、これが約二徳、三値五千万程度のものが、本来ならば繰り越すべきものが繰り越しでなくて、
決算額に上っておる、そういう状態になっております。こうした
工事進捗に努力される点はよくわかるのでありますが、年度末において、それを何といいますか、実際以上に
決算されるということは慎しまなければならぬ問題ではないかと
考える次第であります。
次に、三百六十二ページの「電信電話拡充五箇年計画について」と書いてありますが、二十八年度以降公社が立てられた五カ年計画の進捗度を一応申し上げたのでありまして、電話の方は初めの計画よりも相当進んでおります。電報、電信の方はまだ当初の計画までいっていない。なあ結局これは結論しますると、電報の機械中継化、中継の機械化という方式をどこに持っていかれるかという点に相当技術的に困難な点があろうかと思いますが、一日も早くこれを克服されて、中継機械化を促進されることが、
最初に申し上げました損失の是正の点からいっても必要ではないかと
考えられます。
最後に、三百六十三ページの末の方に「資材の調達管理および運用について」と書いてありますことは、これも資材の回転率が昨年に比べると相当上昇しておる。しかしながら、
内容をよく割ってみますると、現場ですぐ要る物を資材局を通して購入してすぐ
決算したというものを除きまして、一応貯蔵品として持っているというものを見ますると、まだ回転率はもう少し向上させる必要があるのではないかということと、在庫の中に非常備物品、と申しますのは、結局購入してすぐ現場で使うものでありますが、それが在庫になっているものが約十一億円ある。これはまあいわばすぐ使う予定で買ったものが、計画変更その他で使われずに在庫になっておる、こういうもので、
一つの死過蔵物品になる危険のあるものでありますから、こうしたものの利用に対してさらに努力する必要があるのではないかと
考えられます。
以上総論的に書いてあることの御
説明を終りまして、三百六十五ページの二千二百二十五号でありますが、これは大崎の電話局で、いわゆる代非番号の制度、といいますのは、たとえば、千一番を回せば、一番から九番まであいているところへどこでもかかるという
代表番号の制度を作ってお客さんの利便をはかろうとした。その装置を約五百九十万円で作られたのでありますが、大崎の電話局の管理の加入者の数が一ぱいになっておりましたので、せっかくこの
代表番号を作るような設備をしながら、今度はお客さんに話して、あなたの番号をとっかえてくれということを折衝しなければ、せっかく作った
代表番号の装置が稼働しないという状態でありまして、現在もこれが動いていないという状態でありまして、電話爵号、電話管理の端子のあきの見通しもよくつけずに、
代表番号制度の
工事をされたということは、計画が当を得なかったのではないかと
考える次第であります。
次に、三百六十六ページの二千二百二十六号は、これは日本橋の電話局の加入者増設工専でありますが、これは従来月木橋の電話局に入っておりました加入者を、新らしくできました千代田の電話局の方へ移しかえたために、日本橋の電話局の端子にあきができた、それに加入者を入れようという
工事をされたのでございます。本来ならば、千代田の方へ移せばすぐあくのでありますから、すぐそこへ加入者を入れるというように手配すべきものでありまして、当初の計画もそういうようにやってあったのでありますが、途中ちょうどこの
工事の最中に、電電公社の機構改革がありまして、その間の連絡が不十分であったために、
工事の発令が延びまして、しかも延びた
工事の発令を見ますると、一部の
工事の発令がそのときに忘れられていたというような事情もありまして、非常に延び延びになりまして、当初の計画よりも約七カ月遅延してようよう収容したというような状態でありまして、もしも当初の計画の
通りいけば、もっと早く開通できて、相当な収益をあげ得たのではないかと
考える次第であります。
次に、二千二百二十七号というのは、九州の鳥栖の電報電話局で、従来の建物がいたんだので新らしく作られたわけでありますが、これに従来鳥栖は磁石式という一番古い、といいますか、制度の電話局でありますが、これを今度新しくするのに何をやるのか、英霊式にするのか、あるいは東京のような自働式とするのかというような計画がまだ十分に熟していないうちに建物だけ作ってしまった。これはわからぬのでありますから、結局なるべく余裕のあるうちに自動式でも収容できるような局舎を作ってしまおう……、ところが、またそこに共電式を入れるか日勤式を入れるか、あるいは従来の磁石式のままでいくのか、はっきりしないで、局舎はできたものの、その電話局は使われずに、一部は事務庁舎に使われておるというような状態でありまして、計画の熟さないうちに出先で建物を作ってしまったという点に、部内の連絡不十分の点があるのではないかと思われる次第であります。
次に、三百六十八ページの二千二百二十八号は、まだ使い得る電動発電機の能力が、その電話局としては能力が足りないというので撤去しましたときに、ほかの電話局で使えばよかったのを、これをもうスクラップとして売ってしまった。性能検定をして使えば、まだ使えるかどうかはっきりわかったと思うのでありますが、技術認定、いわゆる性能監査を行わずにスクラップとして売ってしまった。そのために相当な安い値で売ってしまって、公社としての損失を招いたのではないかと
考えられる事項であります。
次に、二千二百二十九号に書いてあります借上機械の解約がおくれたといいますのは、これはレミントンランドの統計機械を一応借り入れまして、統計に使っておりましたところが、レミントンランドよりもI・B・Mの機械の方かいいから、それに切りかえようということになりまして、I・B・Mの機械を借りながら、もう一方レミントンランドの機械の解約をおくらしておった、そのためにかような使わない機械を借り入れて、それに対して相当な借入料を支払っていた。これな
ども内部における連絡が十分とれておれば、新しいものを借り入れたのだから古いのは解約していいのじゃないかということが早期にわかって、早期に解約ができて、相当な借入料が、一年分約二百二十五万円が、これだけのものが払わなくても済んだのではないかと
考えられる次第であります。
次に、二千二百三十号に書いてあります不正
行為は、
一つは習志野の電報電話局で、電報電話料を集金してこれを横領してしまったというのと、もう
一つは室蘭の札幌電気通信部室蘭駐在所で、架空な支払いをしまして金額を横領した、この二件でありまして、金額としてはさほど大きな金額ではありませんですが、こうした事項がたとえ
一つでも二つでも出てくるということは、はなはだ遺憾なことに存ずる次第であります。
最後に出ております三百七十一ページの二千二百三十一号は、これは公社でいろいろな軍気通信
工事を施行さるる場合に、一々親場へ行って
調査し、測量しなくても、図面の上でどこへどうしたらいいかということのわかるような
一つの図面を作ろうということで、電気通信施設記録図というものを二十五年度以降
作成されたわけであります。これはアイデアとしましては、構想としましてはきわめて適当な構想だと思います。それで大いに
調査をされまして、この記録図を相当たくさん作られたのでありますが、作った
あとの補正を十分にされなかった。一度作っても相当変化がありますので、変化の部分の記入が漏れておったりしまして、せっかく相当な金額を費して作りましたこの電気通信施設記録図というものが、ほとんど役に立たなくなってしまった。大体二十五年度から二十七年度までに約一億余の金額を費されておるのでございますが、そのうちもうすでに役に立たぬといって廃棄したものもあります。残っているものも、ほんの何かの
参考に資するという程度で、役に立たなくなってしまった。これは
検査院としましてもこの前の年に、こいつを大いに補正して利用してもらいたいという
意味の照会も発しているのでありますが、結局はだめになってしまった。そこで公社につきましては二十八年、二十九年度以降は、これはあまりどうも複雑過ぎるというので、一応従来の方式を変更されまして、もっと簡単なもので、あらためてこうした記録図を作ろうという方向をとって進んでおられるようであります。これも一度に全面的に採用することは困難だからモデルの局を作って、だんだんと及ぼしてゆこうという方針のようであります。まあこれからあらためて発足されることはけっこうでありますが、こうした一億一千余の金額を費した記録図がむだになってしまったということは、まあ当時の事情もありましょうが、はなはだ遺憾なことだったと
考える次第であります。
以上御
説明終ります。