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1955-07-26 第22回国会 衆議院 農林水産委員会 第47号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和三十年七月二十六日(火曜日)     午前十時十四分開議  出席委員    委員長 綱島 正興君    理事 安藤  覺君 理事 白浜 仁吉君    理事 松浦 東介君 理事 鈴木 善幸君    理事 中馬 辰猪君 理事 足鹿  覺君    理事 稲富 稜人君       赤澤 正道君    五十嵐吉藏君       井出一太郎君    伊東 岩男君       石坂  繁君    大森 玉木君       木村 文男君    楠美 省吾君       小枝 一雄君    笹山茂太郎君       丹羽 兵助君    原  捨思君       本名  武君    足立 篤郎君       川村善八郎君    助川 良平君       平野 三郎君    赤路 友藏君       淡谷 悠藏君    井谷 正吉君       井手 以誠君    石田 宥全君       芳賀  貢君    伊瀬幸太郎君       川俣 清音君    佐竹 新市君       中村 時雄君    日野 吉夫君       久保田 豊君  出席国務大臣         農 林 大 臣 河野 一郎君  出席政府委員         農林政務次官  吉川 久衛君         農林事務官         (農地局長)  渡部 伍良君  委員外出席者         農林事務官         (農地局管理部         長)      立川 宗保君         参  考  人         (東京農業大学         教授)     我妻 東策君         参  考  人         (日本勧業銀行         調査部長)   武田 満作君         参  考  人         (京都大学教         授)      大槻 正男君         専  門  員 岩隈  博君         専  門  員 藤井  信君     ————————————— 七月二十一日  委員井出一太郎辞任につき、その補欠として  中村寅太君が議長指名委員に選任された。 同月二十二日  委員本名武辞任につき、その補欠として纐纈  彌三君が議長指名委員に選任された。 同月二十五日  委員日野吉夫辞任につき、その補欠として竹  谷源太郎君が議長指名委員に選任された。 同月二十六日  委員纐纈彌三君、中村寅太君、久野忠治君、勝  間田清一君及び竹谷源太郎辞任につき、その  補欠として本名武君、井出一太郎君、田口長治  郎君、井手以誠君及び日野吉夫君が議長指名  で委員に選任された。     ————————————— 七月二十五日  昭和三十年六月及び七月の水害による被害農家  に対する米麦の売渡の特例に関する法律案(綱  島正興君外七名提出衆法第六八号)同月二十二日  果樹の凍霜害対策確立に関する請願鈴木善幸  君紹介)(第四三七九号)  砂糖価格安定及び輸入に関する臨時措置に関  する法律案の一部修正等に関する請願石田宥  全君紹介)(第四三九七号)  同(中村庸一郎紹介)(第四三九八号)  農地開発事業促進に関する請願助川良平君紹  介)(第四四三二号)  治山治水事業強化促進に関する請願山本猛  夫君紹介)(第四四四〇号)  農薬による水産関係被害救済対策確立に関する  請願井手以誠君紹介)(第四四五二号)  すぎたまばえを森林病害虫に指定に関する請願  (中馬辰猪紹介)(第四四五三号)  牧野改良事業費国庫補助復活に関する請願(木  村文男紹介)(第四四五四号)  同月二十五日農業災害対策確立に関する請願  (高津正道紹介)(第四五〇〇号)  農地改革の行過ぎ是正に関する請願眞崎勝次  君紹介)(第四五〇一号)  同(楢橋渡紹介)(第四五〇二号)  天災による被害農林漁業者等に対する資金の融  通に関する暫定措置法制定に関する請願山本  猛夫君紹介)(第四五〇三号)  国産麻産業助成に関する請願外二件(高津正道  君紹介)(第四五〇六号)  砂糖価格安定及び輸入に関する臨時措置に関  する法律案の一部修正等に関する請願野田卯  一君紹介)(第四五四三号)  同(中馬辰猪紹介)(第四五六二号)  同(纐纈彌三君紹介)(第四五六三号)  東京穀物商品取引所における小豆強制解合に関  する請願石田宥全君紹介)(第四五四八号)     ————————————— 本日の会議に付した案件  自作農維持創設資金融通法案内閣提出第六二  号)について、参考人 より意見聴取  愛知用水公団法案内閣提出第一三四号)につ  いて派遣委員より現地調査報告聴取  愛知用水公団法案内閣提出第一三四号)  農地開発機械公団法案内閣提出第一四六号)     —————————————
  2. 綱島正興

    綱島委員長 これより会議を開きます。自作農維持創設資金融通法案を議題といたします。  本日は前回の委員会において決定いたしました通り、午前中は本案について参考人各位より御意見を承わることにいたします。  この際委員長より委員会を代表いたしまして、参考人皆様にちょっとごあいさつを申し上げます。酷暑まことに御多用のところ、御遠方よりおいで下すつたお方等もございまして、ほんとうに恐縮に存じております。ことに皆様にお願いいたすことを決定いたしましたのが、時間の余裕がございません等の事情から、早急にお願いを申し上げまして、いろいろお繰り合せをいただきましたことをほんとうに恐縮に存じます。どうもありがとうございました。御承知のごとく、終戦直後行われました農地改革によりまして、大多数の小作地が解放され、自作農創設農地関係の調整が行われ、農地はその耕作者みずからが所有すべきであるという建前が現行農地法の精神として引き継がれておりますが、一方農地改革の結果自作地なつ農地を維持するための制度は、遺憾ながら十分なりとは存ぜられないのであります。まして、戦後における社会的、経済的条件の変化は、現在なお農業に対してきびしい試練を加えつつありますが、農業経営基本である農地につきましては、農地の移動、細分化傾向等現状より見て、何らかの経済的な裏づけを必要とするのではないかと考えられておるのであります。  政府は今回農地等の取得、維得、細分化防止等のために必要な資金融通措置を講じようとしておるのでありますが、ここに提案された法案は果して経営の改善、安定に資するかどうかという問題がなお依然残つておりますし、農村現状から見て、他の、農業に対する一連の施策との関連をいかに考えるべきか等の農政のあり方の問題、さらにはまた、本案は、農地維持創設資金融通に当つて農地抵当に徴するという仕組みになっておりますが、これまた農地制度基本に触れる問題を包含しておる等から考えますると、あるいは融資条件資金額等が果して適当であるかいなか、重要な問題となっておるわけでございます。従いまして本委員会といたしましては、事の重要性にかんがみまして、ここにその道の権威者各位に御出席を願いまして、忌憚のない御意見を承わり、本案審議の万全を期するに資したいと存じております。何とぞ御遠慮ない御意見をお述べいただきたいと存ずる次第でございます。  皆様のお手元に、農林水産委員会参考人名簿として差し上げてあります通り、本日の参考人方々は、京都大学大槻先生東京農業大学我妻先生日本勧業銀行調査部長武田先生のお三方でありますが、まず我妻先生よりお願い申し上げます。
  3. 我妻東策

    我妻参考人 我妻東策であります。  終戦農地改革が行われ、また農村インフレーションがありまして、農業所得形成力はかなり高まりました。たとえば昭和二十五年と二十八年とを比較いたしますると、農業所得が六、七割方上つたと思います。また農業資本の蓄積も行われまして、農業生産力は、戦前比較しまして一割一分程度上昇し、特に畜産の生産力は、戦前比較して五割四分くらい高まり、それから耕種農業につきましては、二割くらい生産力が高まり、それからまた農村消費水準も高まりまして、昭和二十八年には、戦前よりも三一%くらい高まつている、こういうことで、農業は、戦前比較しまして、所得形成力消費水準もかなり高まつております。しかしながら工業生産力の高まつ度合い等比較しますと全然比較にならない、工業戦前比較して六、七割も生産力が高まつている。これは戦後の日本経済再建工業重点をおいてなされた、そうして農業に対しては依然として農家にあまり有利でない供出制度が実施されている。それからまた政府アメリカ経済援助を得て農産物や原料をどしどし輸入してきている。すなわちガリオア資金イロア資金、特需、MSA、余剰農産物受け入れ等の形でアメリカ援助を得て食糧をどんどん輸入して、農産物価格の騰貴を押えてきた。そういうことの結果戦後の農業は、工業比較しますと生産力の点においても所得形成力の点においてもだんだん低下してきた。所得の点では昭和二十年、終戦の年には農業所得国民所得全体の三一%くらいを占めておりましたが、最近では一六%ぐらいに低下しておる。かように戦後の農業は伸びることは伸びましたけれども工業比較すれば非常におくれている。しかしともかくも戦前比較しますと所得形成力において、また消費水準においてかなり高まつてきているということは否定できません。しかしこれは戦前との比較、縦の関係において見られることで、横の関係において見ますと必ずしもそうではない。たとえば労働者賃金所得でありますが、労働者賃金は一時間当り八十六円ぐらいになっているというのに、農民農業所得は三十五円程度であるということを農林省のある文書は報告しておりますが、大体そういうものだろうと思います。昭和二十八年度の農家経済調査の結果によりますと、全国平均農家一戸当り農業所得は約二十万円、農業外所得が約十万円、合せて農家所得は三十万円ということになっておりますが、農業所得だけについて考えてみますと、農家自家労働時間は約五千時間ということになっておりますから、これで計算しますと一時間当り農業所得は四十円ということになりますが、申し上げるまでもなく農家経済調査の対象になっている農家経営規模は、全国平均規模よりもやや大きい、耕作反別にして一町二反歩ぐらいになっております。全国平均耕作反別は八反五、六畝ということになっておりますから、農家経済調査の結果が農民の一時間当り農業所得が三十五円であるというのは大体妥当ではないかと思います。  さらに試みに昭和二十五年の農業所得を見てみますと、昭和二十五年の農業専従者の数、これは昭和二十五年の六月の農繁期に農業に従事した人間が二千九十万人、そのうち補助的に農業に従事した者が三百六十万人ある。二千九十万人から三百六十万人を引いて千七百三十万人が昭和二十五年度における農業専従者、詳しくは農林業専従者でありますが、つまり農民の数は千七百万くらい、この千七百三十万の農業人口で、昭和二十五年度の農林業所得全額六千九百三十億円を割りますと、農民一人当り農業所得が約四万円ということになりますが、同じこの年の労働者賃金所得は、一年間にほぼ十二万円というように計算されますから、これで見ますと農民農業所得労働者賃金所得の三分の一くらいであるということになります。また昭和二十七年度について計算してみますと、大体同じような結果が出ます。昭和二十七年の農業所得全額は一兆三百八十億円、これをかりに千七百三十万人の農業人口で割りますと、一人当り農業所得は六万円ということになります。昭和二十五年に四万円で昭和二十七年に六万円になつたということは、農業所得が五割上昇したということを示すわけでありますが、昭和二十七年の労働者賃金は、当時の労働白書によって見ますと、一年間の賃金所得全国平均で十七万三千円ということになっておりますから、これがもし十八万であるならば、賃金所得はちようど農業所得の三倍だということになりますが、昭和二十七年度について見ましても、農業所得賃金所得のほぼ三分の一に近いということができると思います。  さてこのように農業所得賃金所得比較して非常に低い、非常な不均衡、非常なディスパリティ状態にある。この農業所得ディスパリティは一体何に原因するか、そのことの私の考えについては時間をとりますから省略させていただきますが、もとより農産物価格の問題である。農産物価格生産費を償わないという場合がかなり多い。そのことも農業所得の低い一つ原因には違いありませんけれども、しかしながら農業所得賃金所得の三分の一であるというほど低い原因という点から見ますと、農産物価格が安いということは一つ原因ではあるが、小さな原因にすぎない。大きな原因は、一口に申しますと日本営農態勢過小農政である。過小農が大体を占めているということに原因があると思います。申し上げるまでもなく過小農経営農民一人当り耕作反別が過小である。また農民一人当り利用する資本の額が過小である。従って農業所得が過小であるという場合に、その経営は過小農経営であるといってよろしいと思いますが、日本農民一人当り耕作反別は三反歩ちょっとである…と思いますが、一反歩当り農業所得平均しまして二万二、三千円程度にすぎない。それほど農民一人当りの利用している資本の額は少い、そう思います。要するに農地改革が行われ、また農村インフレーションというようなことによって反面農業は恵まれましたけれども、今日なお賃金所得比較しますと非常な開きがある、非常に所得が少い。この原因は主として過小農政にある。でありますからこれらの日本農政の根本の問題は、この過小農政を改めて、そうして農民のために所得パリティを実現するという点にあると言ってよかろうと思います。  さて日本営農体制過小農政農業所得が非常にディスパリティ状態にある点から見まして、この農業経営に用いられている農地農民にとつて営利手段でなく、資本でないのはもちろん、財産でもないということになります。財産なら財産所得を生むはずでありますが、生産農民立場からすれば、農地財産所得資本所得も生まないのであります。要するに生産農民立場においては農地労働手段であり、生活手段であるにすぎません。しかも営々として働いて貧しい生活をするための手段であります。でありますから、この資本でなく財産でない農地から小作料を取つたり、固定資産税をかけるなどは本来誤りでありましょう。それは資本でないものを資本と見、財産でないものを財産と見るフイクションであり、作りごとであります。すなわちたとえば子供はどこまでも子供おとなでないから、たとい子供おとなに見立ててもそれはフィクションにすぎないように資本でなく財産でないものを資本財産と見て小作料固定資産税を取ることは許されないはずであります。なおまた農地担保価格などのあるはずもありません。本来耕作権を伴わない農地所有権財産価値のないことを認めたのが農地改革であったはずであります。コマーシャル・ベースに乗らないもの、あるいはエコノミック・べースに乗らないものを乗るものののように見ることはあくまでも作りごとであります。要するにこれは政治としては擬制的な政治、フィクシャス・ポリセイでありまして、決してリアルな政治ではありません。政治はどこまでもりアルでなければならない思います。しかし日本の実際の政治には擬制的なものがたくさんあります。たとえば昭和二十五年に小作料最高額を反当六百円にきめたり、農地担保価格を反当五千円としたり、水田の反当固定資産税平均二百五十円にしたなどは、いずれも擬制的な政治で真実の政治でないと言わなければなりません。ところが最近小作料については、水田平均固定資産税が五百三十二円に高まり、統制小作料をオーバーするところが出てきたなどの理由から、統制小作料を二、三百円を五、六百円に引き上げようという計画もあるようでありますが、これなどは擬制的農政継続、いやその擬制的農政拡大でありましょう。第一水田固定資産税を二百五十円から五百三十二円に高めたということがフィクション拡大で、小作料の引き上げはその上に立つフィクション拡大であります。もっとも一たん作られたフィクションがそのまま継続されることは好ましくはありませんが、やむを得ないかもしれません。統制小作料六百円も、これがもし農業所得の増減に従って増減される、つまり農業所得に見合った小作料の形をとるなら、それはフィクション継続であって拡大にはなりません。農業所得に見合った小作料という場合、本質的には日本小作地小作料がないのは当然でありますが、擬制小作料六百円を一たん認めた以上、この小作料額農業所得によってスライドする、つまりスライディング・スケール・システムによって増減することはやむを得ないと思います。農業所得昭和二十五年と二十八年の比較で、非常に大ざっぱな数字ですが、七、八割方増加しておると思いますから、小作料最高額を千円程度に引き上げることは擬制的農政立場からにやむを得ないことではないかと思います。水田固定資産税も二百五十円から七割程度上げて四百二十五円とし、農地担保価格を五千円から八千五百円ないし一万円程度に引き上げるということは、擬制的農政立場からは許されることとなるでありましょう。しかし私は自作農維持創設資金融通法案の趣旨が金融方面から自作農の転落を防ごうとしておる点には賛成なのであります。要するにこの法案の難点は、農地担保金融の点にあるのでありますから、農地担保価格を見かけの上だけ高めて融資額を増加するというようなやり方をやめて、むしろ対人信用重点を置いて農協保証のもとに低利でどしどし農家に金を融通して、低い農業所得を高める、ような方策を工夫していただきたいのであります。要するに私の意見重点は、農地担保価格をぜいぜい一万円程度とし、あと対人信用でどしどし農業金融をやってほしいという点にあるのであります。
  4. 綱島正興

    綱島委員長 次に武田先生の御意見を伺います。
  5. 武田満作

    武田参考人 私日本勧業銀行調査部におります武田満作であります。私に銀行におります立場から申し上げます。  御承知のように、ただいま日本勧業銀行終戦普通銀行に転換いたしまして、農業金融はいたしておりません。しかし戦前におきましては御承知のように、不動産金融機関として農地担保金融もいたしておりましたし、市街地の不動産担保とした不動産金融も行なっておったのであります。ところが終戦後のインフレ時代経営を転換する必要に迫られまして、普通銀行に転換したわけでありますが、それではそれにかわるべき不動産金融ができたかと申しますと、御承知のように現在できておりません。長期信用銀行法というのがありまして、興業銀行並びに長期信用銀行不動産金融をいたしておりますが、これは御承知のように各種の財団工業財団あるいはマイニングの方の財団とか、そういったものを抵当にしたいわゆる事業金融であります。昔から言われております都市の宅地建物あるいは農村農地というようなものを抵当にした正規の金融機関はただいまのところまだ実現されていない状態であります。従って本法案によりまして、たといこれが財政資金であるとはいえ、不動産金融の道が開けるということは、日本経済にとって、あるいは金融にとってはなはだ画期的なことではないかと私も考えております。しかしこの法案を拝見いたしまして、私ども金融業者立場から率直に意見を述べさせていただきますと、はなはだ不完全な点が多いというように考えざるを得ないわけであります。  その第一は何かと申しますと、御承知のように、この法案によりますといわゆる農地抵当金融不動産金融金融方式と、それからもう一つは無担保金融方式と、こういうものが並立されてあるわけであります。これはおそらく両方の短を補って完全なものにしようというお考えのように拝察するわけでありますが、しかし一方におきまして、こういう二つの形式をあわせ存しておりますために、どちらの金融特色もあまり発揮されていないというような結果になっているのじゃないかというように私ども考えます。  そこで第一に農地担保金融、いわゆる不動産金融という立場からこの法案考えてみますと、不動産金融の長所を生かし得ない、ないしは殺しておるというような点が非常に多いように思うのであります。その第一は何かと申しますと、融資金額抵当にする土地価格との間に必然的な関連がないということであります。御承知のように、不動産金融というものの第一の特色は何かと申しますと、たとえば所有土地が何反歩ある、これの売買価格が幾らということがきまりまして、たとえばこれが百万円ある、そうすればそれに対して五割なり六割なりの五千万円なり六十万円なりというものはほとんど無条件でこれを貸すというところに非常に特色があるわけであります。ところがこの法案によりますと、法案の上にははっきりいたしておりませんが、どうもこの貸付金額抵当農地担保価格というものとの間には必然的な関連がなくて、貸付金額は後にありますように農業経営安定計画の方から出てくるのじゃないだろうかというように考えられるわけであります。こういった貸付金額抵当物との間に必然的な関連がないということはどういうことになるかと申しますと、借り入れないしは貸付の手続が非常に繁雑になると思うのであります。不動産金融というものは農地ばかりじゃありませんで、たとえば最近中小の企業者方々から非常に強く要望されております。私どもがその理由についていろいろお伺いしてみますと、一番大きな理由といたしまして、ともかく不動産金融であれば、宅地なり建物なりあるいは農地なりを持っているその価格がこれだけあるということになりますと、それの五〇%なり六〇%なりというものはほとんど文句なしに貸してくれる。お前のところの売り上げがどれだけあるか、収益状況がどうであるか、対人信用がどうであるかというようなめんどうなことは一切言わないで、そのまま貸してくれる、これが非常な魅力であるということをおっしゃっておるわけであります。銀行の窓口に行って、それ貸借対照表を出せの、資金繰り表を出せのというようなしちめんどくさいことを言われるのがわれわれは最もいやなのだ、とにかく価格さえあればその一定額無条件で貸してくれるというような金融方式がほしいというのが業者方々要望の一番大きな点かと思うわけであります。従ってこの農地担保金融についても、おそらくそういう御要望が相当あるのじゃないか。農家の方は簿記の記述にもおなれになっておりませんし、いろいろめんどうな表だとか統計数字を出せということになりますと、非常におっくうになる。それが所有農地価格の何割かを無条件で貸してくれるということになれば、非常に便利な制度である。ところがそれが十分果されていない。そのためにこの法案によりますと、金融方式は依然として借り入れの手続きが非常に繁雑になり、従って利用される方には非常にめんどうなものになるというおそれがあるのではないかと思うのであります。  それから、なぜ抵当金融あるいは不動産金融がそういう簡易な取扱いができるかと申しますと、いよいよ債権が回収できないときには、抵当に取った担保物を処分することによって元利金の回収が得られるという保証があるために、貸付も非常に簡易にいたしますし、また貸し付けたあとにおきましても、一々経営に干渉したりいろいろめんどうなことをしないことが原因であります。ところがこの法案によりますと、その点が金融立場からいいまして果して十分なものかと申しますと、必ずしもそうはいかない。処分に当つていろいろな意味の制限が非常に強いのであります。これはあえてこの法案だけではなくて、土地の移動制限とか、あるいは土地価格とか、小作料とか、いろいろなほかのものの作用もあるわけでありますが、ともかく現実の問題といたしまして抵当物件の処分ということがなかなか簡易にはできがたい情勢にあるわけであります。たとえて申しますと、抵当に取りました土地を借受人の方がほかへ小作に出すというようなことがある。これはもろん農地法の力で農業委員会の承認とかそういう制限はいろいろありますが、これは別の問題であります。とにかくそういう事実がありますと、もちろん債権額の償還は繰り上げ償還を請求できることになっておりますが、ともかく一度それが小作地になりますと、今度競売のときにそれを買い受ける資格者は、その耕作をしておる小作人だけということになるのではないかと思います。またそういうことがないといたしましても、競売をいたしますときの競落人としての資格を得る方々は非常に制限された方々になる。少くとも同じ市町村にお住まいになって、そうして自作をする、しかもいろいろな点から安定的な農業経営をなさる余裕のある方々に限られてくるということになるのではないかと思う。もしその方々がお買い受けにならないというような事態が起った場合には、結局非常に低い価格で国家が買い上げるということに落ちつかざるを得ない。そうすると債権の確保という点から申しますと、最終の国家の買上価格を目安にせざるを得ないというようなことになるわけであります。これは抵当金融という建前からいたしますと、はなはだ不便な点が多いように思うであります。  以上は農地抵当金融という立場からの問題でありますが、次に、それでは無担保金融という見地から見ましてこの法案はどうかという点であります。この場合一番問題になりますのは、申し上げるまでもなく農業経営安定計画によりまして、借入金の使途、それの償還計画というようなものが立てられることになってくると思うのでありますが、第一の問題は、こういう計画が果して立つかどうかという問題がある。と申しますのは、御承知のように所在の農業経営というものは必ずしも安定した形になっていない。経済事情の変化によっていろいろ変動があるということは将来免れがたいと思います。これも一年、半年の先のことならば大した問題ではありませんが、これによりますと十年、十五年の先のことである。そういたしますと、一体どういう計画を安定計画と認めるのか、安定計画自体が非常に立てにくいという問題があるのであります。さらにこの運営に当りまして、もし農業経営安定計画において、これは都道府県知事の認可ということになっておるようでありますが、その場合にもしこれを非常に厳重にするということになりますと、抵当土地はあるが、必要な金は借りられないというような事態が起ってくるのじゃないかと思います。それからもしこの安定計画を甘く承認するということになりますと、実際問題として、金は借りたがそれが返せなくなるという事態が起って参りまするし、そのためにこの法案の目的である土地所有をできるだけ確保するというような目的が阻害されるおそれがあるように思います。もっとも一号、二号の自作農がさらに自作地を拡張するというような場合には、こういう問題は比較的少い。私が特に問題にしますのは、第三の相続の場合ないしは第四の疾病、負傷、災害というような場合のことを予想して言っておるわけであります。こういう場合にはそういったことが起り得る可能性が非常に多いのじゃないか。大体農家の方が土地を手放そうとなさるのは最後の手段だと思います。あらゆるもので借金を返して、あるいは必要な経費を支弁して、それでもなお返し切れないというときに初めて土地を手放すという気分になれる。そういたしますと、災害か疾病で借り入れをしようとされる方は、経営なり家計なりが相当窮迫した状態にある方だと予想しなければならない。そういたしますと、この安定計画というものがなかなか立ちにくいし、ただ時間的に、ある程度時間がかせげるということになるだけでありまして、もしこれを非常に甘くいたしますと、結局は抵当にした土地を失うという結果になってしまう可能性が非常に強いのではないかというように思うわけであります。またこれと関連しまして、安定計画につきまして都道府県知事がその貸付をしたあとで、借受人の安定計画の達成に対して指導をするということになっております。これは文言としては非常にごもっともでありますが、私ども、実際の立場からみますと、こういうことはおそらくできがたいのじゃないかというように考えます。これが一年、二年のことであり、そうして件数も一件、二件の間はいいと思いますが、相当の多数になる、零細な経営である、それに対して都道府県の知事が一つ一つ経営の指導に当るということが一体できるのだろうか。もちろん私ども不動産金融をやっておりましたときでも、この不動産金融という形がこの農業金融に適当であるというのは、抵当さえしっかり握っておれば、そういうことをしなくて済むというところに非常に値打ちがあったわけであります。事実問題として、十年も十五年も農家経営の指導をやるということはむずかしいと私は思います。従ってこれが空文に終らなければいいがというように思うわけであります。またこれと関連いたしまして、結局この貸し付けたあと貸付金の回収というものの責任はだれが負うのか。もちろんこれは債権者がお持ちになる、普通の金融の常識からいえば、そういうことになるわけでありますが、これによりますと、同時に都道府県の知事が経営の指導に当るということになりますので、結局貸付金の回収不能はこの指導が悪かったのか、あるいはいやそうじゃない、おれの方はただ指導をするだけであって、金融機関がやるのが当りまえじゃないかということで、責任の所在がはっきりしないというような問題が起ってくるのじゃないかというように私ども考えます。もちろん現在のいろいろな情勢というものは決してノーマルな情勢でありません。従って現在不動産金融をやろうということになりますと、結局こういうものに落ちつくということについては私ども異論はありません。ただ私どもが申し上げたいのは、これで農業金融というものが満たされるとお考えになったら、これは大きな間違いなんでありまして、現在そういう農家に対する金融を阻害しておるいろいろな経済政策を漸次改めることによって、通常な、正常な農業金融ができるというような基盤を作り、それと並行してこの法案についても漸次改善をなさる必要があるのじゃないかというように思います。  それから最後にもう一つ、これもやはり災害等の場合の問題でありますが、これは金融方式としましては明らかに消費金融の形になっておるものだと思います。その場合にもちろん消費金融がいけないとは私どもは申し上げません。ただその場合に都市の中小の商工業者や勤労者に対してはどうかと申しますと、御承知のようにこういう道が全然開けておりません。たとえば都市の勤労者なり中小商工業者の方が、病気なんかで失費があって、そのために家を手放さなければならぬというような事態に立ち至った場合に、それに対して金融の方法があるかといいますと、今ほとんどありません。それに比べますとこれはかなり農家の方にとつては恩恵的なもので、ことにこれが財政資金という形で行われるということになりますと、かなり恩恵的なものになるというように考えざるを得ないのであります。もしあえてそれをしなければならないということであれば、これは単なる私企業としての農家経営の安定という立場よりも、もっと大きい国の農業生産力を確保する、あるいはその進展ということのためにこれが必要であるという理由づけがなければならぬと思うわけであります。ただ、だからこれをやめろと私どもは申し上げるのではなくて、これはあるいはこの委員会の問題じゃないかもしれませんが、農家に対してこういうことをおやりになるとすれば、同じように都市の中小商工業者あるいは勤労者に対しても、こういった施策を将来講じていただくという御配慮が、公平の観念からいって非常に望ましいことだと思うわけであります。  以上で終ります。
  6. 綱島正興

    綱島委員長 次に大槻先生一つ……。
  7. 大槻正男

    大槻参考人 農地改革終戦後における最も重大な、かつ成功的な政策であったということはだれしも認めるところであろうと思います。しかし農地改革に伴う一番の欠陥は何かというと、経済的な観察から申しますと、長期資金の道が農業において完全になくなってしまったということであると思う。私ども農地改革の問題に参画したときに、その農村に入る長期資金の問題をどうするかということをいろいろ討議したことがあります。従来は勧業銀行があり、農工銀行があり、そうして最も長期な金を低利に農村に流し、農家に流すというその可能性があった。ところが農地改革によってその道がある程度において、相当に遮断されてしまった、それで農村には入らぬ。もっとも長期信用といっても、国家事業としてやる土地改良その他の事業あるいは共同事業としてやるものは、農地担保にしなくても十分に入り得るわけでございます。それは依然として継続しておる。ところが個々の農家農業経営に長期資金を入れるということになりますと、全然入る道がなくなってしまう。ところが他方から申しますと、農地改革というものは一つの非常な前提条件の変革である。その後世界の経済状態その他から参りまして、農業経営というものは変革されなくちゃならぬという事態に当面しておるのであります。この場合に農業経営の変革が必要であるという場合に、これはどうであるか。日本農業経営というものを観察してみますと、日本農業経営は短期資本過度集約的経営なんです。たとえば農薬だとか、あるいは肥料だとか、金肥だとか、そういうものに関しては、短期資本過度集約的な農業経営になっている。ところが長期資本的には過度粗放的な、世界において最も粗放的な経営なんです。すなわち資本の有機的構成度の最も低い農業経営なんです。日本農業経営が何ゆえに生産力が上がらぬかというと、これは短期資本過度集約的である。そのために肥料負けしてしまうというふうなことで、かえって短期資本を集約的にすることによって、生産力が萎縮するということになってくる。これを打開するには、長期資本あるいは資本の有機的構成度を高める方向に農業経営というものを持っていかなくては、現在の日本農業生産力の打開の道はない。ところが農地改革によって、個々の農業経営に入るところの長期資金の道が大体において断たれた。ここが非常に問題があると思う。何とかして長期資本を入れる必要があるのじゃないか。もしも不動産信用が不可能ならば、これを対人信用で入れる方法はないか。私は当初対人信用の主張者だったのでございます。何とかして対人信用的にこれを入れよう、それで私は御存じのように、農業の簿記運動をやりまして、そうして金を借りるときには、数年間の簿記の計算、あるいは数年間の貸借対照表を信用を与える者に呈示して、そうして対人信用で金を借りるような、そういう方法ができないものかと思いまして、その簿記運動というものに私は力を入れてやって参りました。また現在それに努力しております。しかしこれはなかなか急にはいかぬ。しかも簿記運動というものは優秀なる農家に偏する。一般の農家にただちにいけるということではなくて、これはやはり相当な学力があり、記帳能力があり、経済的にも多少余裕があるというものには、簿記は割合浸透しやすいのでございますけれども、一般の農家にこれを浸透させるということになると、ただちにはいかぬ。これは長期的には必ずいけるとは思っておりますが、今日前の問題としてそれができるかということになりますと、疑義がある。それで共同信用だとか、あるいは協同組合における信用だとか、いろいろ考えてみましたけれども、これは相当な農民層に長期信用を流し込むということになりますと、これは全く行き詰まってしまう。それでこれをどうにかしようということになりますと、また対人信用でそうした資金農家に流し込もうとしますと、たとえば協同組合の農家に対する信用といったようなものを見ますと、実際は信用能力があるものは富農層であります。あるいは協同組合の理事の縁故者だとか、何かそういうようなごく限られた富農層にばかり行ってしまう。対人信用として、財産がなくても能力あるものには貸し付ける、あるいは農業に精進してやり切ろうという者に資金を貸し付けるということが、協同組合や何かはなかなできない。そうするとどうなるかということになりますと、これは結局農地改革によって日本農家の九割までは自作農になった。そうして自作地を持っておる。そうしますと、その土地を持っておる農家に対して、土地担保として貸し付けるということが、貧農といわなくても、割合に中農層までは少くともいく、相当に徹底して、貧農層程度まで農家一般にこの資金を流し込むことができるという可能性があるのでございます。それでこの対人信用だけでこれはいくことができないので、日本現状においては、幸いに農地改革によって、耕作する者は九割まで土地を持っておる。その土地担保として長期信用を与えるということは、これはやはり考えなければならぬ問題である。私はこれを実際にやっておる間に、理想論と現実論ということになりますと、食い違いが生じまして、現在の与えられた条件においてどうするかというと、これは農地担保、こういうふうな自作農土地抵当にして貸し付けるというやり方は、ただそれだけではいかぬけれども、これは考慮しなければならぬというふうに私は漸次考えるようになりました。農地改革後においてほんとう農業に精進しようという農家にとって、非常に不都合な事態が生じておる。それはどういうことかというと、たとえば私がごく小さい面積の農家であるとすると、だんだん土地をふやしていって、適正な規模の農業経営、おもしろい農業経営をやっていこうということになりますと、それは現在は金があればできる。なぜかというと、昔は農地改革以前においては、土地は購入しなくても小作することができた。そうして経営面積をふやすことができた。それによって適性規模の経営にして農業経営をおもしろくするということができた。ところが現在農村において農地を貸すものはない。農地を貸してしまえば、耕作権をただやったようなものである。それですからこれは幾ら生産が上らなくても、貸しはしません。それで今土地を借りることは全然できない。経営面積をふやそうと思いますと、どうしても土地を買わなければならぬ。それでその経営面積を無産農家拡大して経営を合理化するという道は閉ざされておる。それで優秀なる貧農というか、あるいは中農層などは、こんなおもしろくない農業経営はできないというので、優秀な者は農村を去るというようなことが非常に多い。耕作する者は必ず土地所有して耕作するという自作農主義をとる限りにおいては、これは必ず長期信用制度というものが必要なんです。あるいは農地担保金融というものが必要なんです。これはそれに付随したものである。小作制度ならばそれはそれほど必要がありません。これが自作制度主義に変りますと、経営土地を獲得しようと思いますと買わなければならぬ。買うのには金が要る。そうして地価は相当高い。そうしますと、これは借りてやるほかはない。その金を貸すところの何らかの制度がなければ、これは自作農主義というものは、生産能力の上から非常に悪い制度になってしまう。そういう意味において自作農制度にはこういうふうな長期信用制度というものを付随させることが必要不可欠のものであると思います。ただここで問題になるのは相続であります。この法律の第二条ですか、相続だとかあるいは疾病、災害等によって非常に困ってそのために農地を処分しなくちゃならぬ。そうして農業経営を細分化してしまう、あるいは縮小化してしまうということが起る場合にこうした金融を国家が行う必要があるかどうか、また行なってうまく行くかどうかということがあると思います。それで現在親族法が均分相続法になっても、二、三男その他の相続権の放棄その他によりまして、実際は均分相続というようなものがごくわずかしか行われない。だから相続による農業経営あるいは農地の細分化というものは現在そう著しくなっておりません。これはしかし私は時間の問題だと思います。次第にその方向にある程度勢いをなす性質のものであろうと思います。今までないから今後においてないということは、これは言える性質のものでなくて、今後ある程度加速度的に行くことを予想しなくちゃならぬ。そうしますと、これはかつてフランスに行われたように農業経営がどうにもならぬ。生産力が非常に萎縮してしまう。そうして農家が貧農化してしまうという問題が起るだろうと思います。現在日本農業経営というものは非常に小さいのですから、これ以上小さくするということは、生産力あるいは国際競争力その他からいって考えなくちゃならぬ。規模を縮小することは防止しなくちゃならぬ。そうした防止の消極的な政策ではありますけれども、防止の政策をするということはぜひ必要であると思います。また農地改革の精神というものは、やっぱり適正規模の農業経営を育成するということにあったのじゃなかったかと思います。ただこの場合そういう消費目的の農地金融をやったときに、果してこれが償還能力ありやなしや。今武田さんのおっしゃった点が非常に心配になると思います。むろんこれは金融であってただやったわけじゃない。ごく低利、長期ではあるけれども、公庫その他に償還しなくちゃならぬ任務というものはあるわけだ、ここに問題があると思う。しかし私の接した農家及び中金の一楽さんが言ったと思いますが、実際にこういうことに当って見ますと、富農層よりも主農層がまじめに償還する。農業にどうしても精進してやっていこうという農家は割合まじめに金を返すものだということを申します。ですから富農層に貸すよりも中農層その他に貸す方が償還が割合いい容易であるということを言われたのを私聞いたことがあるのですが、私もそういう感じを持ちます。それでこれは担保貸付をいたしますが、担保貸付をするけれども、その担保貸付というものは、こういう制度がなくて、高利貸あるいは銀行その他から借りるその金利というものは相当高い、そうしてまたその期限が非常に短かい。一度にたくさん償還しなくちゃならぬということになりますと、これは幾らまじめな農家であっても、農業というものは薄利なものですから返すことはできないと思います。しかしまじめな、そうして農業に精進してやり抜こうという農家であるならば、これは年五分五厘、そうして十五年年賦償還というのであるなら、これはそれほど私は償還し得ないことはないと思う。貸付が一戸当り最高二、三十万融資が、平均的には六、七万円になるだろうと思う。その程度なら、まじめな農家でございますと、返せないということは割合に少いと思います。むろんそれには条件がつきます。これは第一は農産物価格が非常に下落する、将来においてあるいは農業資材がむやみに高くなるということは、放任的な農業政策をとるとかいうことをとれば、これは償還能力がなくなる。これはかりに完全な農地担保制度であっても、地価がすでに下落してしまっている、担保価値がなくなっている、そういうふうなことがきますと、それは非常に不安定なことになるのです。この制度をやる以上は、農業政策がこれに応じて、その貸付を受けた農家が、平均的にいって精進してやり抜こうとすれば、必ず償還できる程度の政策的条件を与えてあげるということは、これは一つの条件としなくちゃならぬ。それをやるためのこれは国家側のやる条件だと思う。  もう一つは個人側のあれでございますけれども、これはぜひここにあるように農業経営安定計画を立てる。それでこの場合に農業経営安定計画というものが、むやみに計画に流れるということは私はよくないと思う。これはその計画になります。これは第一は農業経営現状をあるいは農家経済現状をよく明示するところのものを出させる、作らせる。それからもう一つは、これは本人の性質といいますか、あるいは本人がほんとうにまじめに農業経営をやり抜く心があるかどうかという、その人物ですね。この対人信用というものを十分調査しなくちゃならぬと思います。これに対しては府県知事がその点をよく認定するということになりますから、その点の認定を誤まらぬようにする制度なり何かが必要じゃないかと思う。そうして現在は農業改良普及制度というものは全国的に相当整備しておる。それで彼らをして指導させる、あるいは特別に指導させるという必要がある。それからもう一つは、これはそれだけでは足りないから、やはり農村の最下部に受け入れ態勢としての農業技術及び経営の受け入れ態勢としての組織が農業団体としてできることが必要じゃないかということを思います。ただ農業改良普及だけにまかすと、これは官僚制度的になりますから、やはりみずからが下からこういうものをやっていくという組織としての受け入れ態勢としての農業団体というものを、もう少し技術員その他のすぐれたものを置くというふうなことが必要じゃないかと私は思います。  この抵当権の問題ですが、これは私ずいぶん抵当権の問題を考えてみました。しかし抵当権を設定することが悪いか、今武田さんがおっしゃったように、これは一つ貸付である。そうするとある程度バンキングのプリンシプルによらなくちゃならぬ、こういうことは貸付である限り、金融である限りにおいて、これはなくちゃならぬ。それでそうした抵当ということも必要じゃないか。そうしてそれがありますれば、武田さんの、抵当権の長所として割合に心やすく貸し得るということもあると思います。そういうことで全然これを無視することができないのじゃないか。  もう一つ抵当権が設定されれば、農業経営安定計画なんかやるときに——農民ほど土地を手放したくない、愛着を感ずるものはないので、手放すとすれば最後だ。それでこれを手放すまいとしてまじめな農業経営をやり抜こうという農家であるほど、この抵当権の実行などがされるような事態に立ち至らぬように、償還しようと緊張する、気を配るという効力が多少ありはしないか。これを全然なしに、ただ対人信用ばかりにしてしまうということはどうか。ですから武田さんのおっしゃったように、対人信用不動産信用との両方をとらせて、そこに妙味を持たせるということが必要じゃないかというふうなことを私は考えます。それからこの制度がないとむしろ悪質な土地の集中が起りますけれども、この制度があることによって土地集中を相当防げるんじゃないか。防ぐように農地改革をやった。国家が相当損失があってもこれをやる。長期資金農村にそそぐ。国家が財政金融においてやるのですから、当然相当に損失がありましょう。だけれども損失は割合に商工の長期信用などに比較して少くて済みはしないか。そうして割合にこれはよく償還されてそうしたことが杞憂に終ることになりはしないかと思います。この策というものは次善の策です。理想的な政策ではありません。しかし現状において長期信用がこれほど必要なときに、長期資金農村に流し入れる。農家農地改革に伴って生じたいろいろな欠点というものを補正しようということになりますと、この程度のものをやってこれを完成することが必要じゃないかというふうな、むしろ非常にこれに対して賛成で、実施して、そうして農家経済の、あるいは農業経営の安定をはかることが必要であるんじゃないかというふうに私は思います。(拍手)
  8. 綱島正興

    綱島委員長 参考人のお方の御意見をまことにありがとうございました。  そこでただいま質問の通告がございます。参考人のお方の御意見に対しての御質疑はこれから行うわけでありますが、御承知通り午前中にこの意見は——午前中と言っても時計の午前中ではございません。午前中の委員会で大体終るという予定で、一時ないし一時半までを午前中にいたしたいということでありますから、そのお含みで一つ御質疑をお願いいたします。そこで質疑の通告は足鹿委員、淡谷委員、伊瀬委員、川俣委員になっております。順序に従って足鹿委員
  9. 足鹿覺

    足鹿委員 お三方に伺いたいのでありますが、前置きは別といたしまして、お三人ともに農村の長期金融制度の必要ということについては、おのおのの立場から肯定しておいでになるわけであります。ただこの法案に対するお三方の御所見は、それぞれの立場においてみな異なっておると思うのでありますが、しからば農村における長期金融制度のあり方というものは、理論的に具体的にどうあるべきか、その構想等についてはどういう形か、一つの理想の形態としてはどうあるべきか、この問題に対して一つの答えを出してもらいたいと思うのです。私が申し上げたいのは、農地改革の精神とこの農地担保関係について考えてみた場合に、相矛盾する結果を来たさずして、長期農村金融制度をどういう形で打ち出していくかというところに非常に大きな問題があると思うのです。御存じのように、農地改革そのものは、地主から農地を取り上げて農民財産を分与したという形ではないと思うのです。あくまでも農民耕作権を永久に国の名において保証した、これが農地改革一つ基本的な理念だったと私は思うのです。その理念を貫いていきます場合に、現在のごとき農地改革によって得た農地すらも担保を認めるということになりますと、一方においては農政連盟等の、農地改革の国家補償の大きな旧地主の運動等も起きておりまして、この一つ法案そのものが与える今後の影響というものは非常に大なるものがあると私は思うのであります。そういう点で、農地改革の精神にもとらないで、しかも現在必要に迫られておる農村におけるところの長期金融制度のあり方については、一体どうあるべきか、ここにわれわれが審議の重点を置いて今までやってきておるつもりであります。そういう観点からそれぞれのお立場において、もう少し具体的に、また理論的に突っ込んだ御所信をこの機会に承わることができれば非常に幸いと思いますので、お三方それぞれのお立場から忌憚のない御所信をこの際お聞かせ願いたいと思うのであります。     〔委員長退席、中馬委員長代理着席〕
  10. 我妻東策

    我妻参考人 私の考えは、現在の農家所得が非常に低い、農業所得が非常にディスパリティ状態にある。日本農地はそうした低い農業所得しか生き得ない農地である。生産手段として、また経営手段として……。従ってその観点から見れば、農地耕作権を離れた所有権というものに、財産価値資本価値があるというようには考えられない。つまり資本主義社会の通念に基く担保価値というものは日本農地には農民立場から見ればないのだ。そういう考えなんであります。農地改革農業所得を高めて、農民のために農業所得のパリティを実現するということを大きなねらいとして行われたと思うのでありますが、しかし農地改革は二百万町歩の小作地自作地化した。残る五十万町歩の土地について、従来高率物納の小作料であったものを低率金納にしたとか、地主の土地取り上げをきびしく制限したという農地面の改革はやりましたけれども経営の点から見ますと、かえって経営は零細化された。過小農制はより過小農制化されたということで、先ほど申し上げましたように、この点から所得ディスパリティは改められないという結果になってきている。ですから私の考えでは、今後農地改革の線がもっと進められ、また国の農業に対する財政投融資が進められて、そうして農民のために所得パリティが実現されるということになりますと、そこからそろそろ農地担保価値というものも出てくるので、そのときになって初めて普通いわれる農地担保の長期金融はできるんだというように考えるのであります。だから現在のところで農地担保の長期金融をやるということは、一つフィクションにすぎない。そういう担保価値のないものをあるように見て、そうして金を貸すということになる。これは国の農政が民主主義を建前とし、農民のためにも所得パリティを実現しなければならないのだということを前提にした場合に、むろんそう考えるのでありまして、その前提なしにはそのことは考えられませんが、大体私の考えはそうなのであります。
  11. 武田満作

    武田参考人 どうもこれは私の専門ではありませんので、あるいは非常に自由主義的な、あるいは銀行主義的な考え方だとおしかりを受けるかもしれませんが、私どもはやはり先ほども申し上げましたように、農業金融というものは長期低利の金融でなければならない。そういたしますと、先ほど大槻先生からもお話がありましたような対人信用的なものは、やはりその要請がよく満たされない。従ってこれはやはり抵当金融の形態をとるべきではないかというように私ども考えます。ただ現在はいろいろな障害がありますので、いわゆる商業採算に乗った普通の銀行でこれをやるということは非常に困難であります。従って過渡的な手段といたしまして財政的資金を用いるとか、あるいはある程度対人信用的な方式も加えるということは、やむを得ないことだと思いますが、あり方はどうかということになりますと、私どもはやはり長期低利の抵当金融という形が、農村金融にとって最も望ましいことではないかというように考えております。ただこれを化かしますと、おそらく御懸念になりますのは、抵当金融をやればいずれは処分という問題が起り、そのときに土地の移動ということが起るのじゃないかという点かと思いますが、これは抵当金融というものである限りやむを得ないことだと私ども考えております。ただその場合に、土地が移動するということは、農地改革の精神に反するのじゃないかというお考え方もあろうかと思いますが、私は農地改革によってできた土地所有というものがずっと長く確保されるということは、やはりむずかしいのではないかというように考えております。というのは、御承知のように経済事情にいろいろ変化があります。これは現在の資本主義と別なほかの体制をとるということを前提にして考えますと、いろいろな考え方もできると思いますが、現在の資本主義という体制をとる限りにおきまして、これを永久に今のままの土地所有の形態をずっと持続していくことには多少無理があるのではなかろうか、ただ農地改革の精神はあくまで自作農主義ということにあり、それはなぜかと申しますと、これによって農家経営の安定が得られ、農業生産地区の発展が最もこの形態によって期せられるということが一番の眼目ではないかと思う。従ってその土地の移動に当りましてもこの自作農主義を害しないように、あるいは適正規模主義を害しないようにということは、別個の見地から十分に考えるべきだとは思いますが、ただ現在あります希少農なり、飯米農家というものを一たん自作農にしたのだから、そういう不適正なものでも永久にその形態を維持しなければならぬということは、事実問題としてかなり無理があるのではないかというように私は考えます。
  12. 大槻正男

    大槻参考人 御質問になりました農地改革のときの目的が自作農を作ることになっている、その自作農というものは単に耕作する者に労働の機会を与える、労働所得だけを与えるという目的であった、あるいは小作農も自作農化して、小生産者としてこれは土地に希少性のある限り必ず地代が発生する、その地代を国家が全収する、国家が全収することは消費者が全収する、それはこれを耕す者、自作農に全収せしめる。だから農民は単なる労働者ではない。小生産者である。耕す土地に対する差額地代あるいは地代というものは耕作する者がとるという意味であったのか、これはその当時はっきりしなかったと思います。しかし私は後者の方に解釈しておる。それで私は、米価の決定の場合生産費の計算をやりまして、その場合に生産費の中には当然地代が入るべきである。地代が入れば、それだけ地代が入らないときは米価は高くなる。そしてそれだけの所得を獲得できる。そうすると単に労働所得だけでなくて地代所得も耕作農民所得になるわけです。私はそうすべきものであると思う。これはむろん日本全体のこの資本主義社会においても労働所得しか獲得しない、都市工業においても労働所得しか分配しないのであるというならともかく、しかし農民だけがその税産所得を得ないで、そして労働所得しか獲得できない、日本農民全部が労働者になってしまう、あるいは昔の小作農化してしまう、それでいいかということになると私は反対なんです。私はやはり平均的な、全産業的な平均労働所得を獲得するとともに、耕すところの土地、地代も獲得すべき権利が農民にあるものだと私は思う。それで私は、農地改革の目標というものは自作農創設するものであって、労働者創設するものではなかったと私は解釈しておる、そういうふうに解釈しております。それから抵当権に対していろいろな問題があると思いますけれども抵当権を実際に実行させないようにさせなくてはいかぬと思う。一つは政策その他において国家にその任務がある。それで抵当権を執行させなければならぬような状態日本農業政策を持っていくならば、これは国会において問題にしていただきたいと思う。  もう一つは、農民に貸す以上はこれは返してもらわなくちゃならぬのです。これはやはりバンキングのプリンシプルを無視するわけにはいきません。だから誠実な者を選んで貸し付けるということをしなくちゃならないと私は思います。それで誠実な者を選んで、そしてそれをよく指導する、農業改良技術普及員の組織なりあるいはいろいろな農業団体の技術組織なりをよく整備する必要があるのじゃないか。そうすればまじめな者は、これは必ず返すものであって、それほど返さないといったような状態にあることはないのじゃないか、絶対にないというのじゃありませんが、割合に少い。私はふまじめな富農に担保信用をする方がむしろ危険が多いのじゃないかというふうな感じを持つのであります。
  13. 中馬辰猪

    中馬委員長代理 川俣清音君。
  14. 川俣清音

    ○川俣委員 時間がありませんから順次お尋ねしたいと思いますが、我妻先生の御意見は大体私どもも了承するところでありまして、お尋ねする点はほとんどないのでありますが、ただいろいろ資料を説明されながら御説明があったので、その点だけお尋ねいたします。農業面からして農家消費水準が上った、こういう御説明ですが、この消費水準生活水準でありますか、経営消費もみな入れての意味でありますか、この点、並びに生産力が増大したといいますが、この生産力の増大は農地の壊廃等が行われて低生産性の農地がかなり多くなっておるにかかわらず、生産力が増大したというのはどのように理解されておりますか、この点、並びにあまり有利でない供出制度が行われておるということですが、あまり有利でない供出制度というのはどのように御理解になっての御所見でありますか、この三点だけお尋ねします。
  15. 我妻東策

    我妻参考人 農村消費水準が、昭和二十八年度は戦前より三一%程度上昇している、これは私としては意見はありますけれども、官庁の統計をただそのまま申し上げたにすぎないのであります。だが消費水準がある程度上ったということはいろいろの面から私も承認するのであります。それから生産力の点でありますが、農地改革もむろん生産力の上昇に非常に役立っていると思います。この間庄内平野に調査に行ってきましたが、あの辺の農家農地改革が非常にプラスしたということを感謝しております。それから農地改革の結果また耕地の交換分合が行われまして、そして動力耕耘機その他の機械がどんどん入っておるというような事態が庄内地方にありますが、こういうことが農業生産力の増進に非常に役立っておる。それからまたいわゆる農村インフレーション——大体昭和二十三年ごろまででありますが、それから後には朝鮮動乱に上る特需消費景気、そういうものが農業生産力の増進に役立っておるというように考えます。けれども政策としてはこれをなるべく押えるようなことが行われてきて、供出制度のごときは実際安い価格でたくさんに供出させるという方針を終戦後も政府は維持してきたようでありまして、農家にとってはかなり不利であるというように私は考えております。それから政府アメリカのいろいろな援助資金を得まして、これで食糧をどしどし輸入するということで、農業が伸びようとするのを抑えておる、農業生産力もその点で増進を押えられておるというように考えるのであります。そういう押えがなかったら、農業所得形成力はもっと高まったでありましょうし、また農業生産力ももっと増進したに相違ないと思うのであります。
  16. 川俣清音

    ○川俣委員 次に武田さんに尋ねしたいのですが、担保金融という表現は、結局抵当金融ということだと私は思うのであります。担保金融抵当金融とをこの際分けて考えるべきか、やはり担保金融抵当金融だという表現のようにお聞きいたしましたが、私もさように思うわけであります。そこで抵当金融ということになりますと、抵当の執行の上に障害になるような状態が省かれなければ、ほんとうの意味の抵当金融じゃないと思うのです。これはいろいろな障害があるから、ほんとう抵当金融じゃないという御判断もあったようでありますが、担保金融抵当金融とを分けて考えるべきか、やはり同じものと見るべきかということが第一点、第二点は、民間金融業者から見ました場合、いかに抵当金融といえども、その業態が、人の巧拙は別といたしまして、これだけの生産からこれだけの利潤があるという目安がつかなければ、いわば完全な抵当金融の裏づけがなければならないと思うが、この点はどのように理解されておりますか。特に利潤と申しますか、経常所得と申しますか、労働所存にいたしましても、不時の災害に対抗できるような蓄積が行われるということが、やはり条件にならなければならないと私は思うのですけれども、そういう条件を全く滅却いたしまして完全な抵当金融はできるとお考えになりますか、この二点についてお教えを願いたいと思います。     〔中馬委員長代理退席、委員長着席〕
  17. 武田満作

    武田参考人 お答えいたします。第一点の担保金融抵当金融という言葉の問題でありますが、これは私ちょっとルーズな使い方をいたしまして、御指摘の通り同じ意味に使って参りました。厳格に申しますと、担保金融の中には質権を設定するという意味の担保金融もあるわけであります。私が申し上げましたのは、抵当金融とごっちゃに申し上げておりますから、さように御了承願います。  第二点の抵当金融であれば、相手の、貸し出し先の業績なり何かというものを全然無視してできるかという御質問であったように思うわけでありますが、これは全然無視するということになりますと、少し極端な言い方になりますが、その間に種類によりまして、多少ニュアンスはありますが、抵当金融の場合比較抵当物重点を置くという意味に御了解願いたいと思います。と申しますのは、同じ抵当金融と申しましても、工場財団なんかを取ると、これも一種の抵当金融でありますが、しかしこれは御承知のように、工場財団というものは、工場がつぶれて、これを捨て値で売るということになりますと、非常に低い担保価格しかない。これは動いておるからこそ価値がある、こういうことになります。そういう場合には、動いておる価値は何かというと、仰せのような業績、収益力ということになります。従ってこういうものについて十分調査した上でなければ、ただ抵当に取ったからといって金は貸せない。ところが片方の最も代表的なものといたしましては、戦前における都市の住宅を担保にとるような場合、この場合は大部分消費金融です。従って収益というものはないのであります。ただありますのは、貸家には利回りというものがある。これが最低に押えられる、そういたしますとこれを競落した人は、これだけで競落すればこれだけの貸家収入が得られるということから、一定の利回り換算の価格というものが出てくるわけであります。これを目安にいたしますと、その人がその金を何に使おうと、あるいはどういうような商売をしようと、そういうことはあまり問題にしないで貸すことができる、これが極端な、最も純粋に近い形だと思います。この場合でも全然人柄とか何かを考慮しないでやるかということになりますと、必ずしもそうはいかないわけでございますから、抵当金融といえどもある程度人的なこともありますが、ただ程度という問題につきまして、抵当金融は極端に言えばほとんど無視してもできるのである、こういうことであります。
  18. 川俣清音

    ○川俣委員 もう一つ武田さんにお尋ねしておきますが、時価に対して五〇%以下というような場合は、抵当金融としてはあまりに安全率を見過ぎたということになって、本来の抵当金融のあり方ではないと思うわけです。そこで時価の二割か三割などというと、これは抵当金融とか担保金融とかいうものではなくて、返済の義務を負わしておく証拠的なものであって、いわゆる抵当金融とか担保金融とかいう経済上の観念から離れたものだと理解してもよろしいかどうか、この点についてお伺いしたい。
  19. 武田満作

    武田参考人 戦前農家のノーマルな場合でありますと、大体御指摘のように六〇%か七〇%というのがあったわけであります。ところが現在でございますと二〇%とか三〇%ということになります。これは将来の価格の変動とかいろいろ危険の要素が織り込まれるわけでございます。現在の情勢から言いまして、この担保価格に対する貸付割合が二割ないし三割だから、これは抵当金融ではないとは言い切れないのではないか、これは現在の情勢から言いまして掛値の問題になります。情勢が非常に不安定であるということでそういうことを来たしておるのではないかというふうに考えております。
  20. 川俣清音

    ○川俣委員 次に大槻先生にお尋ねしますが、どうも先生年来いろいろ御研究になっている割合に、言葉の表現があいまいであったので、そういう意味の御表現であったとすれば学者的良心を疑われるおそれもありますので、私はあらためてここで表現をお尋ねいたしておきたいのですが、農村のまじめな経営者にはぜひとも長期金融をしてやらなければならない、そういうものが相当多いのだというような表現があったのですが、まじめな経営者というのは道義的な表現でありますのか、あるいは生産力を増大するというような意味でのまじめな経営者、こういう意味でありますか、その点を明らかにしておいていただきたい。  それからまじめな経営者には長期金融をしてしかるべきだというのですが、大体まじめな経営者というものが今の自作農のうちで何割ぐらいあるというお見込みなのか、それから大規模の経営者はあなたの方でふまじめというのは何割ぐらいあるか、あなたの判定されるまじめな者というのが、自作農の中で何割くらい地方的にどの辺に存在しておるかということも、おそらくデータがあっての表現だと思うのです。これが一般の人々の言葉でありますならば別でありますが、大槻さんは相当大槻簿記などをやっておられて権威者だと見られておりますので、まじめなのは、どのくらいということの想定がつかないで表現したとは理解できませんから、この点を聞かしていただきたい。  それから労働所得のほかに経営所得も当然見るべきものだと言われておりますが、今の自作農の中に労働所得を満たすだけのものがどのくらいあり、あわせて経営所得をも満たすものが現にどのくらいありますか、この点についても御説明願いたい、これは数字的にはっきりお示し願いたいと思います。
  21. 大槻正男

    大槻参考人 まじめということでありますが、これは計測ができるものではありません。心理学的に計測をする機械はまだ発明されておりません。このまじめということはむろん優秀なる農家という意味であります。優秀なる自作農という意味であります。次にまじめで優秀なる農家がどれだけあるかということでありますが、日本農家の少くとも自作農の大部分はまじめな農家であると私は思っております。だけれども、それを計測するといったところで、私はそういう調査機関を持っておりません。またそういうまじめである農家の調査をしたということは、いまだかつて聞いたことがありません。従ってその数字を提供することは私はできませんが、しかしまじめで相当優秀なる農家というものは、わが国の農村に多いと私は思います。国際的に比較しても私は多いと思います。ただこれに十分なる資本を与えないがゆえに萎縮してしまう。優秀なる青年が相当ありますが、家を継ぐ、しかし自分の思うような経営をやってみようとしましても、さっぱり資金がない。あるいは耕地面積もふやせない、あるいは経営面積もふやせないということでこれは萎縮してしまいます。萎縮しておる農家は相当多いと思いますが、私はまじめな農家というものが相当多いと思います。  それから私は経常所得ということは申し上げません。私は労働所得財産所得ということを申しました。土地一つ財産であって、そうして土地というものに稀少性がある。ことに日本のように土地が非常に不足して農村人口が多いところでは、必ず差額地代というものが発生するものです。これは経済上の法則であっていかんともし得ない。かりに農地改革によって小作料は下げても地代は下げ得ない。その地代をだれが所得するかということが問題であるということを申し上げたのであります。それで現在労働所得だけをとっておる者がどれだけあるかということは、簿記の計算や何かからいって、現在は大規模な経営をやっておる者が地代所得が多うございます。それから小規模の経営、さらに土地を持たぬところの農民といいますか、そういうものは昔の小作人のようなものになっておる。農村には土地を持っておる者ばかりでなく、土地のない者がある。それは非常に低い、さっきも何か我妻君から申されたように、都市の労働者の三分の一くらいの労働所得しか得ないで生活しております。ところが大きな規模になりますと地代所得を獲得いたしますから、農業所得としては相当大きく、都市の労働者の労働所得くらいの所得にはいけましようけれども、その所得の構成は単なる労働所得でなくて、労働所得と地代所得の合成されたものであるというふうに私は申し上げたのであります。
  22. 川俣清音

    ○川俣委員 大槻先生の対人的信用でやるべきものだというのは、なかなか対人的信用が生まれてこないので、まじめな経営者にはできるだけ金融をしたいということの御説明があったわけであります。大半がまじめだということになりますならば、あなたの今までの説明は無意味だ。非常にまじめな経営者々々々ということを強調されたが、農政学的に今日お尋ねいたしたのであります。論理学的にお尋ねしているのじゃないのですから。少くとも相当数まじめな者があり、ある数がふまじめだからということがあなたの説明の前提になっておるのです。そこで割合はどのくらいかということをあえてお聞きしたのです。私どもはそういうデータを持っていないのですから、こういう表現は論理学者は使うべきであっても農政学者は使うべきでないという観点から、まじめなという言葉は通常の言葉では言いますけれども農政上ではこういう表現は使われていないのをあえてお使いになったからには、相当な資料をお持ちであろう、こういう想定のもとにお尋ねしたのです。資料もなく、ただ論理的に御表現になったとすれば、あえてそれ以上お尋ねしないのです。あなたの言葉の中には、まじめな経営者には何とかしなけばならないという表現が非常に多かったから、そこでふまじめな者とまじめな者と分けて金融考えなければならないのかというような考えさえ出て参ったものでありますから、あえてお尋ねしたのです。  第二の点は、労働所得……。
  23. 綱島正興

    綱島委員長 川俣委員、大体一人二十分くらいという予定をしておりますので、あなたの時間は過ぎましたから、どうぞそのおつもりで簡単に。
  24. 川俣清音

    ○川俣委員 労働所得のほかに経常所得ということを申されましたから、それは財産所得でもよろしいし土地利潤所得でもけっこうだが、こういうものが満たされておるのはどのくらいあるかということをお尋ねしたのです。なぜこういうことをお尋ねするかというと、抵当金融にいたしましても無担保金融にいたしましても、人的な災害または農業上の危険が生じた場合における危険負担に対する積み立て的なものが生じておるのかどうか、こういうことも尋ねたかったのです。これまで財産所得というものが相当見られて、現に農家が獲得しているということになりますならば、それから危険負担に対する貯蓄ができるはずであります。それならばこれは担保力が非常に旺盛だと見るべきものがあるわけであります。おそらく今日大半は担保金融ありまして、劣悪な条件でなければ金融ができないということは、農業経営自体の中にそういう危険負担に対する対抗力がないのであって、労働所得ですら十分獲得していないのであるから、そういうものに対する危険負担の率はないのだということがおそらく不動産金融における金融の価値の低下ということになって現われておると思うのです。だから今あえて法律的に金融の道を開くよりも、通常民間資金でも借りられるように常に農業所得というものが安定し、危険負担に耐え得るような貯蓄ができるということにいたしますならば、あえてこういう金融の道を講じなくても民間金融で十分できるということになるのです。それができていないということの方が欠陥であって、その欠陥を直すことの方が先決じゃないかと思います。そういう先決条件を満たして、しかる上にさらに必要ならば金融の道を講じてやるということの方が必要なんで、第二段、第三段にとるべきものを、これによって農業の損失を満たしてやるというようなことは、むしろ大槻さんから言えば邪道ではないかと思うのですがどうでしょうか。
  25. 大槻正男

    大槻参考人 今川俣君からまじめな者とふまじめな者とを分類しろということを言われましたが、それは善人と悪人の分類ができないのと同じようなことである。これはまじめな者、ふまじめな者というのは、程度の問題で、これを二つに分けろといったって、そんな線を画せるものじゃないと思います。また計測ができないと思います。  それから労働所得とおっしやる意味は、都市の労働所得だけの農業所得を得ておる農民がどれだけあるかということだと思いますけれども、私実はよくは知りません。ただそれは統計上には出ておりますので川俣君はよく御存じのはずでございます。ただ言えることは、労働所得というものは農村においては低いものでございますから、農業所得以外の地代所得その他を合せて結局都市の労働所得程度しか得てないというのが大部分であります。それで財産所得ならばそれが蓄積されるはずだというお話がありましたが、そういう財産、地代所得のようなものも、これは消費生活の方に向けられて、それほど農業経営の構造的改革を行うだけの大きな、あるいは土地を拡張するといったような、そういう蓄積は割合に行なっていない。そこで長期資金の必要があるのじゃないかと思います。  それからもう一つ、この点は私川俣委員と全く意見が同じでありますが、日本経済状態なりその他が日本農民に、これはバンキング・プリンシプルで、民間の銀行その他が貸せるだけの利潤が農業経営に生まれてくるような条件を与えるならば、こういうものは私も必要はないと思う。私が申し上げたのは、そういうことができそうもないので、理想的な方法じゃないけれども、次善の方策としてこういうものが必要なんじゃないか。これをやるだけでも大蔵省その他から相当横やりが入りまして、思うようにいかぬのじゃないかというふうに思います。
  26. 中村時雄

    中村(時)委員 我妻先生大槻先生のお二人のお話を聞いておりますと、土地所有権の問題に関して考え方の相違があるのじゃないか。我妻先生は、資本力あるいはそれに対する担保金融としての価値判断を土地においてないという考え方を持っておられるのであります。大槻先生は、それがあるという考え方によって経営所得について問題を出しておられる。このお二人の考え方の相違はどこに根拠があるのかお聞きしたいと思います。  もう一点は、現在土地所有に対するところの担保金融の問題に関しましては、耕作権がどのような移譲の仕方をしていくか、要するにその土地所有者が土地担保にしていくわけでありますから、その耕作権は将来なくなっていくわけです。その耕作権をそのまま残しておく方法はないのか、土地担保に際しまして、この法案の上からいって耕作権だけを残すことができるかどうか、あるいは別途の考え方をつけられる方法がとれるかどうか。それから問題がさかのぼりまして、これは自作農特別措置法の問題にまで入ってくるわけですが、その問題に関して、この法律の上から耕作権を移譲せずしてそのまま持っておることができるかどうかお尋ねします。
  27. 我妻東策

    我妻参考人 繰り返しになりますが、私は農業所得が非常に低いという点から、土地担保価値の問題も考えているのであります。部分的には、労働者所得以上の農業所得を得ている農家もあります。だがそれは非常に少い。おそらく一割もないと思いますが、そこで大多数の農家について考えた場合に、その農家所有している農地は、農家が自分の労働意欲を完全に燃焼する労働手段に用いている。あるいは貧しい生活をするための生活手段に用いているにすぎないのだ。それは資本主義的な意味においての財産とか、資本とかいうものに値するものではないのだ、そう考える。従ってそれを農地担保金融の対象にするということは無理なんです。だから問題は、農業所得をどうしたら高め得るかという点にある。過小農制のもとにおいては、農民自体が資本を蓄積して経営を改善し、農業所得を高めていく能力は、きわめて少いのであります。それは国の手で農業に対する財政投融資を強化するとか、もっと農民のために農地を解放するとかいう方法に重点を置いて、そうして農業所得を高めていくということにしなくてはならない。農業所得が高まって、農民のために所得パリティが実現すれば、そのとき農地財産とか資本とかいうものになり、農地担保金融担保価値というものができてくる、こういうふうに考えるわけです。  それからあとの御質問の点ですが、農地改革の趣旨から見れば、耕作権は、耕作権が中心であって、所有権が中心ではない。だから耕作権を伴わない所有権というものは、財産価値はないのである、そういうふうに考えております。
  28. 大槻正男

    大槻参考人 私はどうして相違するかと言われても、相違しているのでございましょうが、資本主義社会においては、土地財産だというふうに解釈しております。従って抵当権の設定というものは可能なことではないかというふうに解釈するわけであります。それからもう一つ耕作権の問題は、ここで問題になっているのは、自作地だけでございますね。不耕作地主が所有している土地金融するとか何とかいう問題ではありません。ですからこれは自作地と申しますか、あるいは完全所有権といいますか、そういうものの問題だろうと思います。たださきに武田参考人から御説明があったうちに、融通資金を借りて買った土地、あるいは抵当に付した土地を、その借受人が小作に付することができるかどうか。他人に貸すことができるかどうか。他人に貸すと小作人が使用してしまう。そうするとその土地の価値が減ってしまう。そういうことができると非常に問題になるのじゃないかというお話がありましたが、もしそうだとすれば、そういうことに対して制限を加えなくてはならぬのではないかと思います。担保に付した土地担保金融を受けた者が他人に貸す。そうすると耕作権をやつてしまいますから、その土地というものは担保価値が非常に安くなるということになりましようが、そういうことがあるとすれば、この法律の中にそれを制限するものを入れなくてはならぬのじゃないかと思います。
  29. 中村時雄

    中村(時)委員 我妻先生のお話を聞いておりますと、経営という問題に関しましては、やはり土地、労働、金融というものが結びついてくるわけですが、所得パリティの問題にしましても、土地土地、あるいは労働は労働の価値、あるいは金融金融とこういうふうに分けていくべきではないのじゃないか、私はこう思っているわけです。そういうふうに考えますと、今言った総合された経営所得、こういう結果が出てくる。そうなりますと逆に考えると、この融資をするということが、たとえば所得パリティをよりよくしていくという一つ方式の問題にもなってくるのではないか、こういうふうにもとれるわけです。そういう点に関してどういうふうなお考え方を持っていらっしゃるか。
  30. 我妻東策

    我妻参考人 私は先ほど申し上げましたように、農民農業所得が非常に低い。その所得財産所得であったり、労働の所得であったり、形式的に分けると、ただいまおっしゃるように、農業経営土地資本、労力によって成り立つわけですから、そのように形式的に分類していくことになると、これは労働所得だけではないのだというふうに考えるのが妥当だと思うのです。しかし労働の点でいきますと、労働所得の三分の一というほどはるかに少いのです。実際昭和二十八年度の農家経済調査などを見ましても、農家一戸当り財産は九十九万円、百万円くらいの財産、全部が資本でないにしても、資本に近いものを用いて、そうして農業所得はわずかに一戸当り二十万円なんです。もしこの財産で一割の利子でも見るということになりますと、財産所得十万円で、労働所得はたった十万円、こんなことになるのです。だからこんな小さい経営で、こんなに所得が少いのに、ただ形式に走って、これは財産所得だ、これは労働所得だというのは、それは全然意味がないというのじゃないけれども重要性がないと私は思います。そう考えるわけなんです。それから農地担保金融でもやれば、それだけ金が措りられるのだから、それは農家農業所得を高めるのに役立つのじゃないか、それはその限りにおいてはその通りだと思うのです。しかしほかとの関連において考える場合に、そう簡単にいかないのじゃないか。
  31. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 大槻先生にちょっと伺いたいのですが、担保は非常に経済的なものなんです。さっき武田さんの方からお話があったように、金融機関としては農地担保の魅力は、償還不能になった場合に、これを処分して損失を免れる、ここにあるようです。先生の方はやはりこれに対して、できるだけ農地担保は処分しないように、あくまでも自作農を維持安定するという線でこれをおやりになる。それで問題になりますのは、償還能力の問題ですが、これは今の農家経営というものは我妻先生のお話の通り、現在のままでも非常に困っておると私は思う。この上にも金が困ったからといって、たとい十五年賦でも金を借りて一時を糊塗し得たとしても、基本的な農家経済は決して安定しない。借金をして元利金の償還をさせると、なおさら安定しないというふうな危惧を持つのですが、その点はいかがなものですか。特に現在の農業経営は、今の規模では安定農家たり得ないほど零細なんです。この法案のないようを見ますと、農地を買い足す場合もやはり金を借り受けられる。そうしますと、この借り受けた金が先生がさっきおっしゃったように、土地資本として投下されますね。経営が非常に困っておる農家土地そのものに投資をして、果して有利な経営が存続し得られるかどうかということは非常に疑問になってきます。それからもう一つは、今の余剰農産物やあるいはその他の資本などによって非常に広大な土地造成がもくろまれておりますので、日本土地の希少性というものはこれは永久的なものではない。こういう場合に金融するならば、むしろ土地資本ではなくて、経営資本として投下された方がずっと自作農安定には役立つ。そうなりますと、基本的なこの土地担保の線というものは非常に基盤が弱くなる。これは大槻先生の方は、できるだけ農地担保対人信用もひっくるめた今の法案によるような両々相待ったものがいいというふうにお考えでありまするが、逆に武田さんの方は、そうではなくて割り切って、金融機関としては担保担保として、払えなかったら処分する、この方がむしろすっきりしたやり方じゃないかと言う。果してそうした土地を処分しないで済むような安定性が現在の農家に生まれるかどうかということが問題です。特にこの土地金融によって生まれるかどうか、その点もう一歩突っ込んでお教え願いたいと思います。
  32. 大槻正男

    大槻参考人 これは日本農政全体に関係する問題であります。それで日本農業というものは放棄する以外にないということの建前をとるなら、これはおっしやることが非常によくわかります。しかし日本農業というものをできるだけ保持していこう、そうしてあらゆる政策をそれに向けていこうという前提をとると、かりに外国からの競争はあっても、その競争に対して適応するような方策を講ずるという前提がありますと、これはおっしやることだけで納得することができないのじゃないか。そこでかりにこの立法による融資というものがなかったと考えてみる。そうしますと、短期の金を借りなくちゃならぬ。そうなればこれで借りたよりはるかに、その償還能力がないのですから、破滅にといいますかその土地を失ってしまうという危険が非常に多いと思うのです。そういうことが一体望ましいかどうか。少くとも私は、さっき申し上げましたように、いろいろな事柄がこんがらがって、そうして貧窮に陥るといったようなことがあるものでございますから、これはやはり政府として、最初からこれを見捨ててしまうというさようなことでなく、担保金融を与えて、そのときには低利で長期で、救い得る程度のものは救う必要があるんじゃないか、そういうものを救わなかったら、これは高利貸しの犠牲になってしまうというようなことになりはしないかという、そういう次善の方策であるという考え方でございます。だから、日本農業というものは非常に悲運にあって、償還能力は全然考えられないじゃないかということになりますと、そういう面もありますけれども、しかし多少ともあればその多少ともある償還能力で返せるだけの信用制度というものを作る必要があるんじゃないか、その信用制度はこういうふうな形でいくんじゃないかというふうに私は考えるのです。  それからもう一つは、借りた金というものは、信用は、一個の農地に投資するのではなくて、むしろ経営施設に投ずることがいいんじゃないかというお話がありました。それならあれじゃありませんか、この法案から離れて、農林漁業公庫の七億円だかの金になって離れていったように私は御説明を受けて——まあそういういきさつがあったように思います。農業施設金融という形になったように思いますが、しかし土地資本に投じても、結局ある程度の自己資金がある、その自己資金土地を買うのに投ずるか、あるいはこの融資で借りて土地を買うか。いずれにしてもこれを借りなければ施設投資もできなくなってしまうということになって、これはむろん目的は土地資本に投ずるということになっていますけれども、しかしそれだけでなく、ある一つ農村に流れた長期資金というものは、農家経済全体の潤いになって、両方に用いられるのではないか、両方といってはちょっと語弊がありますが、両方に役立つのではないかというふうな考えを私は持ちます。私もあなたと同じように、土地をふやすことも必要だけれども、それと同時にこれは資本の有機的構成度を高めるような形にしていくことが重要だということをよく私考えております。
  33. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 私は何も日本農業を否定しておりません。ただ、現在現象的に起っておる農村の困っておる状態、負債が非常にふえた、あるいは経営がむずかしくなった。それから農地ども担保に入っておる、もう競売一歩手前にあるといった状態、これははっきりしております。ただこの場合に、先生のおっしやるような農政全般を強く動かすようなはっきりした施策であるならば、あえて反対しない。しかしちょうど昔の負債整理組合みたいに、あれの昭和版みたいに直してしまって、そうして次善の策と称して、農村の転換していく激しい勢いを方向転換させるに役立たせるための施策であるならば、ほとんど意味がないのじゃないか。私も長い間農村におりましたから、よく実態を知っておりますが、この法案に盛られました自作農の安定計画ですが、これなども逆に、農民が金を借りたいために実態を離れた計画等を出して参りまして、実態が伴わなくても金が借りられればよろしいという計画がしばしば出ます。これはさっきからいろいろ同僚の委員が御質問申し上げておりますけれども、知事さんが、一々の農民が正直か不正直か、経営能力があるかないか、これは見通しがつくものではない。最後には、金融機関の最後の手を出して、土地を処分をしてもこれは損にはならないというところが、この資金貸付を決定する条件の一番大きなものではないかと思う。そうしますと、わずか二十億ぐらいのこの土地担保金融を出しましても、一時息をつかせるだけで、日本農村の根本は少しも変っていかない。これが私たちがこの法案を慎重に審議する理由なのであります。そこで、今おっしゃるように、設備の資金は公庫などで入れたらよろしいというお話もございますが、これはほとんど今言ったような状態のもの、特に貧農層、中農層と称する五、六反歩、四、五反歩という農家に回っておりません。そうした各種の欠乏状態で、簡単に土地担保にしたらこれは手に入るだろうというところに、農村が無批判にこの法案を歓迎する傾向が多分に出てくる。けれども農地を買い足して経営を安定させるという方策が基本にあるならば、現在の農具の発達や農業技術の発達に適応するような安定規模の経営というのは、農地どれぐらいを一体標準にしていったらよろしいのか、その点もお教え願いたいのであります。
  34. 大槻正男

    大槻参考人 最後におっしゃったことから申し上げますが、安定農家としてどれだけの規模がいいか、これは最近の農具の発達や何かからいって相当大きな規模の方がいいということは、すべての人の認めるところであります。しかしこれは農村の人口問題がある。これを零細農家から全部集めましてただ適正農家を作るということになりますと、農家の戸数はわずかになります。その残った農家をどういうふうに処理するか。これは国政上皆さんがやり切るお考えがあるならばそれをやつた方がいい、適正農家にしまして、過剰人口は都会なり何かにこれを吸収する、それをやることが一番根本的だ。しかしそれだけの御自信がなければこれは別なやり方を考えなければならぬというふうに私は考えております。それで農家経営規模を適正規模として相当理想的な大きな規模に持っていくことはできませんので、できるだけこれは集約化して、あるいは家畜を入れて有畜農業化して、立体化して、狭い面積で相当合理的な経営をやろうというふうな指導方針が国家においてとられておるというふうに私は解釈しております。
  35. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 大体先生も現在の政府の持っておる意図とか、あるいは政治的な力の関係などを御考慮に入れられなければもっとはっきりしたお話を伺えると思いますが、これから引き続き論議いたします愛知用水の問題にいたしましても、あるいは機械公団法にいたしましても、かなり大きな農地の造成が企図されました。この農地造成そのものは農業構造の基本的な改革です。ただし大きく造成されました後に零細、貧弱農家を入植させるだけでは、やはり同じ貧困農家ができるだろうというので、関連してこの問題をも審議をしてきているわけです。結局ある一定の土地面積を持たなければ集約的な堅実な農家ができないことは明らかなのでございます。そうした場合に二反歩、三反歩という農家から見て、どうしてもだめなのは買い足すか放擲するか以外に道はない。そうしますと、結局この法案によりましても、農地を買い足すのに資金を出す以上、売る農家の出ることも必至であります。従って現在持っております四割六分ですか、あれだけの農家人口というものは、こうした法案が出て予算の規模がだんだん大きくなって参りますと、一つ農村における人口の構成が変ってくる。従って農業構造も若干の変化がくるように考えられますが、この点はいかがでございましょう。
  36. 大槻正男

    大槻参考人 私はこれは日本農業生産力あるいは国際競争力を強化する今後においては、国際関係がありますから、どうしても国際競争力を強めるという農業政策をとらなくちゃならぬと思います。そのためにはできるだけ農村に専業農家を作り出す、そして農業に背水の陣をしいてやるという熱心な、優秀な、まじめな農家を造成していく、その比率が農村においてある程度になるのでなければ、兼業農家ばかりで農業生産力をはかっても決して上らない、女ばかりにまかしておいて世界の農業と戦うということはできるものではありません。ですから専業農家を作り出すという政策をどうしてもとらなくちゃならぬと思うのであります。それで農地改革当時には、飯米農家が食糧事情のため多うございました。そういう人たちも土地所有したということになります。しかしあのときは、土地所有させるのは三反歩以上適正農家という基本があったと思います。それでやはりこの自作農維持創設融資の目標になるのも、専業農家として成り立つようなものに土地を与え、あるいは細分を防ぐというふうな融資の仕方をすべきものであるというように私は確信しております。
  37. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 武田さんにちょっとお伺いいたしたいのですが、ごくざっくばらんにお伺いいたしますが、耕作権などは対物信用として持っていく方法は何かないものですか。地価というものと所有権と同時に耕作権も入れまして、耕作権そのものを対物的な信用の状態に持っていくことが現在あるかどうか、あるいは法律かなんかで対物信用化するようなものは作られないものかどうか、金融機関としての立場からお伺いいたしたいと思います。
  38. 武田満作

    武田参考人 ただいまのお話でありますが、現在耕作権は完全な物権になっていないのであります。賃借権として見られるわけでありますので、これを独立に抵当にするということは、やはりむずかしいのではないかというふうに考えております。
  39. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 法律改正を行いまして、現在の耕作権というものをはっきり物権と規定した場合にはどうなりましょうか。
  40. 武田満作

    武田参考人 物権化いたしました場合にはできないことはないと思いますが、ただ従来の金融の常識から申しますと、こういうものを抵当に取ってやることはあまりないようであります。
  41. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 最後に我妻さんにちょっとお聞きいたしますが、今お聞きの通り私たちの考えている点と、政府の出しておりまする自作農法案とは若干そごを来たしておるのでありますが、この際、非常に困って参りました農村を何とか安定させるために今の自作農維持創設法案より以上のものを実は作りたい。バックする意味じやなくて、もっと前進したものを作りたいという考えを持っておりますが、その場合に若干の小さな農民が、大槻さんのおっしゃる通り独立した専業農家を作るためには、兼業しておりまする非常に弱い農家農業以外の線に追いやられるという危険を多分にこの法律は持っておるのであります。これは日本農業の態勢からいって四六%という農業人口が、世界の農業人口に比べて多いものか多くないものか、あるいはまた日本農業は、最後までこの零細農のまま持っていって成り立つものかどうか、この点に対するお考えをお聞きいたしたいと思うのであります。
  42. 我妻東策

    我妻参考人 私は現在の六百十四万戸の農家というものを維持していかなくてはならないというようには考えません。私の農業政策の重点は、国民一般と同様に、農民のためにも最低生活を保障する。そのためには農民のために完全雇用を実現する。そうしてまた農民の勤労条件も少くとも水準までより一層高めることが望ましい。そういう点に重点を置いて考えております。今後農業面の開発が行われ、農地の解放も進められ、さらに農業に対する財政投融資が強化され、それを通して農業所得形成力が高まるということを考えますが、しかし現在の千七百万もの農民をどこまでも維持していかなくちゃならないということはないので、今後一層工業が発達していけば、商工業方面に農業者は転業をしていくということがまた当然行われると思いますが、行われてよろしい。また海外移民として出ていくことも望ましいのであって、決して現在の農業所得の問題を解決する、農民のために所得改訂を実現するということを単に農業の範囲内だけでやらなければならないというようには考えておりません。現に先ほども申しましたように、国民所得全体のうちに占める農業所得の割合は、すでに一六%に低下しているのでありますが、一そう低下していくと思います。御承知のようにアメリカでは、最近農業所得国民所得全体のわずかに四%であるというところまで落ちておりますが、何も直ちにそれが理想だというわけではありませんけれども、今後の経済の発展を考えるとき、やはりそういう方向にいくのではないかというように考えます。  それからついでだから申し上げたいのですが、先ほど淡谷さんが大槻教授に、どのくらいが安定農家であるかという御質問がありました。私実は庄内の中平田という農村に調査に行ってみたのですが、酒田の東の方約六キロのところですが、現在は酒田市に編入されております。これは私は水田地帯としては日本で一、二の安定村だと思います。耕地一千町歩ありますが、ほとんど全部水田であります。そして四百五十戸の農家があるのですけれども、三町歩以上経営している農家が二百戸あるのです。一戸当り平均耕作反別は二町五反歩に近いのであります。そして一戸当り農業所得は六十万円なのであります。昭和二十八年度の農家経済調査によりますと、これによって東北とか関東地区、各地区に分けての農業所得が出ておりますが、二町歩以上経営する農家平均農業所得が東北地区は四十九万円になっている。山陰地区は五十三万円になっている。これが最高なのです。あとは瀬戸地区であろうと九州地区であろうと、二町歩以上の農家平均経済所得はずっと低いのです。ところがこの中平田あたりは一戸平均六十万円の農業所得を持っている。一町五反歩以上経営している農家が七割を占めているのであります。この村の農地改革は、一千町歩のうち小作地はわずかに四町三反歩しか残つていないのです。これは酒田の本間その他の不在地主の持っておった土地が多かった関係もあるようでありますけれども、全国の農村で、農地改革の恩恵をこのくらいこうむった村は少いのではないかと思いました。四町歩の小作農から四町歩の自作農に、三町歩の小作農から三町歩の自作農になったというような農家が十分見受けられるのであります。そしてここの村では耕地の交換分合も行いました。それからここは大地主が持っていて、土地改良、耕地整理が行き届いておりまして、反収が官庁の統計によりましても、昨年あたり三石二斗ということになっておりますが、四石取っているところがだいぶあるのであります。でありますからこれは三町歩以上の農家農業所得は七十万円にもなっておりましょうか。そういうことで、この村には動力こきがすでに二百台入っております。私は入り過ぎていると思いますが、二百台も入っております。それから揚水機はもとより脱穀調製機もたくさん入っております。非常に機械化が進んでいるいわゆる安定村であります。いわゆる安定農家が大多数を占めている。もし農地改革日本全土にわたってこれに近いようなものを作り出したとするならば、われわれの考えも非常に違ってきたと思います。御参考までに申し上げておきます。
  43. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 いろいろお教えいただきましてありがとうございました。大体この農地反別の魅力というものは、だれにでも平等に、公平に土地担保にして貸せるというところに最初の出発があったようです。金融機関の方では、抵当権の実行といいますか担保権の処置と申すか知りませんが、償還不能に陥った農家土地は転売し得るというところに公平な融資方法としての魅力を持っているのであります。そうなりますと、安定線に達したい農家というものはどんどん転落して参ります。これは将来日本農業に対してプラスになるかマイナスになるか知りませんが、農民問題は農民問題として別に扱うということもありましょう。ただしこうして参りますと現在の農地の安定ということとは離れてしまって、その場合にこの法案に盛られました安定計画がずっと表面へ出て参りまして、一そう金融機関としてはこの安定計画をはっきり出しまして、国なり団体なりが危険補償をしました場合、金融しやすいのかしにくいのか。今担保権を実行するとしましても、また農家がこれに対する反抗を続けたり、あるいはさまざまな運動が起ったりしまして、抵当権の実行にせよ土地の引き上げにせよ、実際作つております農家の抵抗なしではとれないと思います。むしろ経営安定に重点を置いて国家がこれに補償をして、農地担保なしに資金を出すような道をお考えになられるかどうか。一つ勧銀の部長さんからお答え願いたいと思いますが、どういうものでございましょうか。
  44. 武田満作

    武田参考人 御質問の点は先ほども申し述べましたように、この長期の安定計画というものを立てて、これを都道府県の知事が監督してその実現をさせるということは、私は実は非常にむずかしいと考えます。と申しますのは、半年や一年でありますれば問題ないわけでありますが、十年、十五年の間行政官庁が監督をして農業経営を安定するということは、実際問題として非常にむずかしいのじゃないかというように考えております。従いましてこういう対人信用の形で長期の資金融通するということは、ほかの部面におきましてもそうでありまして、農業関係ばかりではありませんが、ほかの金融についてもいえるわけですが、大体長期金融の場合には必ず何らかの担保がつくということが大体常識になっております。と申しますのは、短かい金ならばその経営を管理し、貸付金の管理ということが金融機関でもできるわけでありますが、非常に長期にわたってこれをやるということは、事実問題としてできませんし、そしてまたそれをあえてやろうといたしますと非常に莫大な経費を要する、こういうことになるわけでありまして、従って長期の金融は常に担保金融の形をとるということがほぼ金融の常識になっているというように思うわけでございます。この場合におきましても、やはり私どもとしましては担保金融という形に漸次近づいていくという方式によるべきであつて、無担保金融でこういう資金需要をまかなうということは非常に困難であるというように考えます。
  45. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 我妻大槻両先生にお伺いしたいのでございますが、今お聞きの通り金融機関の方はあくまでも担保の方が一番いい対象になるものらしいのですが、工場抵当などの制度もございますし、両先生方の御意見を承わりましても、結局は日本農業というものは今のままでは持っていけない、安定するためには農業構造の変革も仕方がない、むしろ望ましいといったような趣旨に承わりましたが、金融機関の意図を別にしまして、農政立場から、農場あるいは農家の集団というものを一つの信用対象にして何とか金融させるような方途ができないのか。事実的に見て農政の面からどうでありましょう。そういうことがあればいいのか悪いのか、この点などもお聞かせ願いたい。
  46. 大槻正男

    大槻参考人 回収ということからいいますと償還ということになりますので、これは担保信用でなくちやだめです。だけれども農業にはある程度の特殊性があるのであります。それは都市の店舗でありますと、数年にして常に代が変つて、栄えてもすぐ破産するということがあつて、非常に盛衰が盛んであります。しかし農村はおよそつぶれた家はあまりないのでございます。パーセンテージからいうと長く続くのでございます。それで長期信用というものが、農業においては家が続くということにおいてその可能性が相当あるのじゃないかと私は思います。ですから都市の商工業と違う点が多少あるのではないか。それは考慮に入れていいのではないかと思います。だけれども、これはやはり回収が不可能になることを予想しなければならぬ。それからもう一つ申し上げるのは、私は瞬間売買のあれを見ましても、多少接触してみましたけれども、あのときは二十五年ですか、しかし二十五年で償還してしまうというようなことでなく、あるときに山が伐期に入つたということになりますと、その以前において返してしまうというのが相当多いように思います。ですから期限が十五年であるから十五年で必ずしもやるかというと、それ以前に返す、というのは農村は負債をいやがるものですから、返すという場合が相当あるのじゃないか、そういうふうに思いますね。それからもう一つの点は、私はその点十分研究してみたことがあるのです。これは担保信用によらないで、共同信用で部落が共同でやるとか連帯保証でやるとか、そういう信用の仕方で、個人の経営者が長期資金を獲得する可能性がないか。ところがそういうやり方は、農村では共同精神が強いといいながら、必ずしもそうじゃない。そういうやり方は正直な者が非常に迷惑をこうむるようなことがありまして、共同信用をやることはなかなかできませんな。ことに大きな金で長期になりますと、どうしてもそれが不可能なようでございます。それで対人信用で長期の資金を国家から融資を受けるということは理想的でございますけれども、しかし実施が非常にむずかしいことでございますね。そういうふうに私は感じております。
  47. 淡谷悠藏

    ○淡谷委員 私のお伺いしたいのは、現在の部落が部落単位の共同借り入れなどはむずかしいことは知っております。協同組合等におきましても、担保がいらないものを担保に取つている例がありますから、これは期待をいたしませんが、少くとも公団法等によって大きな農地造成の仕事を援助し、あるいは構想を持っておる国家が、国家の信用保証、危険負担によって個人の担保にかえるような、大きな農村金融の道が開けないものか、農政的には一体どうなるか、こういう点をお聞きしたい。
  48. 我妻東策

    我妻参考人 私は詳しくお答えできませんけれども農業協同組合を通して国家の資金を流すということは現在もやつているわけですが、これを強化していくということが必要なんでございます。それができるように、また半面農協の強化も必要です。それができるようになれば、また農協も強化されるという関係にあると思うのです。現在農業協同組合は預貯金の吸収には力を入れております。貸し出しの方は、いろいろな点から制限されている。農業に対する財政投融資を強化するというようなことは、これは農協の組織を通して行うということが原則として正しい。その方向に進まなくちやならないのではないかというふうに、非常に抽象的ですが、一応考えております。
  49. 綱島正興

    綱島委員長 別に御質問はございませんか。——ございませんければ、この際ちょっとお諮りをいたすことがございます。本日の午後は農林大臣に出席を求めて、愛知用水公団法案及び農地開発機械公団法案を審議いたします。明日は午前十時より本委員会において農林大臣、大蔵大臣、外務大臣、経済企画庁長官、北海道開発庁長官の出席を求めまして、先ほど申し上げました愛知用水公団法案及び農地開発機械公団法案を審議いたしたいと存じます。そこで先ほど申し上げたような農林大臣、大蔵大臣、外務大臣、経済企画庁長官、北海道開発庁長官の出席を求むる件をお諮りいたします。御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  50. 綱島正興

    綱島委員長 では明日午前十時より右大臣の出席を求めまして両法案を審議いたすことにいたします。
  51. 中村時雄

    中村(時)委員 議事進行。これから会期末になってきますと、本会議において重要法案が出てくるわけです。そこで採決が非常に多く出てくるわけです。だからその点をよく考慮されてお諮りを願いたいと思います。
  52. 綱島正興

    綱島委員長 明日は午前九時半より理事会、正十時より委員会を開きたいと思います。——本日は午後二時半より委員会を開きます。もしそのときに本会議が開会中でございましたら、会議終了後即座に委員会を開くことにいたします。まげて御出席を願いたいと存じます。  休憩いたします。     午後零時五十八分休憩      ————◇—————     午後三時二分開議
  53. 綱島正興

    綱島委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  愛知用水公団法案及び農業機械公団法案を議題といたして審査を進めることにいたします。まず農林大臣より発言を求められておりますからこれを許します。農林大臣。
  54. 河野一郎

    ○河野国務大臣 今回委員代表並びに有志の方々には、炎暑の折にもかかわらず愛知用水に関する法案審査の必要上、現地御視察を賜わりましてまことにありがとうございました。  御承知通り本案はわが国の土地改良並びに総合開発計画において画期的な膨大なものでございますので、いろいろな角度から御審議を願わなければならぬことのありますことは当然でございます。しかもこの会期も切迫しました際にこういう重要な、しかもあらゆる角度から御検討を願わなければならない法案の御審議をお願いいたしますことは、まことに恐縮に存ずる次第でございますが、われわれ政府におきましても、あらゆる準備を整えまして御審議におこたえするつもりでおりますから、どうかよろしくすみやかに御審議、御可決をいただきたいということをお願い申し上げる次第でございます。
  55. 綱島正興

    綱島委員長 それでは愛知用水視察に参りました報告を申し上げます。  われわれ視察に参りました者は、現在審議中の愛知用水公団法案に関しまして、農林水産委員会より派遣され、去る七月二十二日より四日間、現地調査を行なって参りましたので、その概要を御報告申し上げます。調査団は、綱島委員長及び安藤、伊東、大森、楠美、丹羽、纐纈中馬、平野、久野、足鹿、淡谷、井谷、稻富、久保田の各委員をもって編成し、調査室より岩隈専門員が随行いたしました。さらに政府側よりは、吉川農林政務次官を初め、渡部農地局長、戸島参事官、桜井建設部長、和田計画部長、清野技術課長等が同行いたしました。  一行は、二十二日午後名古屋市に到着、直ちに記者会見の後、同市内の農林省木曽川調査事務所に至りまして、愛知用水事業計画につき、詳細に説明を受け、また質問を行なつたのであります。  第二日の二十三日は名古屋を出発、バスにて知多半島の伊勢湾沿いに南下し、途中干拓等を視察しつつ常滑市を過ぎたところで、東に向つて半島を横断したのでありますが、ここで武豊町付近の六貫山に登り、付近の開拓地を視察、また陳情を受けました。次いで知多湾に面して北上し、半田市、東浦町、三好村、本地ケ原開拓地、高蔵寺町を経て犬山市に到着したのであります。この途中におきまして、各地で陳情を受けたのでありますが、この日の視察地は、いずれも古来より水利の便が悪く、水争い等の悲劇の絶えなかった地帯でありまして、農民は皆、愛知用水事業の促進を切望しておりました。  第三日の二十四日は、午前は木曽川に沿いまして、木津用水、濃尾用水、岐阜県側の羽島用水を視察し、午後は上流に登つて兼山取入口及び発電所を見たのでありますが、この日は主として農林省側より実地について詳しく説明を受けました。なお、兼山より中津川市に至る途中でロックフィル・ダム方式による可児川の小淵防災ため池を見学いたしました。  第四日の二十五日は、木曽福島市に汽車で到着、ここよりバスにてダム地帯に向い、牧尾橋ダムサイト、王滝、三岳両村の水没地帯等を視察して木曽福島市に帰つたのでありますが、現地及び木曽福島市におきまして、水没地帯農民のダム建設反対の陳情、ダム計画進行に当つて地元との交渉が不十分であったとの意見、森林軌道の水没に関する問題等々について陳情を聞きました。ここで一応調査を終り、木曽福島市より松本市を経て、昨日夜、帰京いたしたのであります。  以上われわれの調査行動の概要を御説明申し上げましたが、愛知用水計画の当面する問題は、地域の上から見ると、これを三つに大別することができるように思われます。すなわち、その一は受益地帯に関する問題、その二は濃尾用水及び兼山の取入口付近の問題、その三はダムサイトの問題であります。  第一の受益地帯はほとんど愛知県に属するのであります。従いまして愛知県側としましては、県知事以下県の諸機関をあげて、愛知用水公団法案の成立、用水計画の実現を望まれているわけであります。またわれわれが実地に視察をいたしました六貫山付近の農民、半田市民、三好村の開拓者諸君等は、いずれも本計画の完成により、利水の便が開け、農業経営の水準が飛躍的に向上せられることを熱望せられたわけであります。すでに徳川藩閥時代に端を発し、六年以前から調査に入り、二、三年より実現の可能性が強まって参りました。この計画に対する現地農民の寄せる期待はすこぶる大きなものがあるやに感ぜられたのであります。しかしながらこの用水計画の具体化にあたりましては、なお速急に解決をしておかなければならぬ各種の問題があるように思われたのでありますが、受益地帯内の問題としましては、第一に受益者の費用負担能力のいかんであります。すなわち、受益地面積三万三千町歩と申しましても、受益の程度はそれぞれ異なるわけであります。三万三千町歩という面積自体が、具体的に精密に実測せられた結果得られた数字ではなく、理論上の数字でありますから、実際に償還金を割り当てる段階になりますと、いろいろな問題が次々と起るおそれなしとしないのであります。われわれの聞きますところによれば、末端における水路計画は、いまだにでき上っておらないようでありますし、受益者の負担額もその受ける受益に従って算出せられたといわれますが、受け取る水一単位当りのコストについて質問をいたしましても、資料の準備がないようでありまして、いまだ調査不十分と言わざるを得ないような印象を受けたのであります。従いまして、反当受益者負担額約二千九百円平均と聞かされましても、この額自体がはなはだ高きに失する印象を受けましたと同時に、いかなる便益の内容に従ってこの金額が定まるものであるかの具体的資料の提示がない限り、了解をすることができなかったわけであります。  また農業用水、水道用水、工業用水及び発電用水における各事業間の受益額と費用負担額についても、大体の振り分けはできているようでありますが、いわゆるアロケーシヨンの問題に関しても、なお幾多の問題が伏在するやに見受けたのであります。すなわちまず関西電力の最大発電力一万四千キロワツトといわれておりますが、過小評価のおそれなきやいなや。この地域の十四発電所は流れ込み方式が多く、有効発電力はそれほどふえないという説明ですが、果してその通りであるかどうか。一部に一万五千キロワツトは十分発電できるという意見も伝えられており、私どもは再検討を願いたいのであります。この発電力に応じて電気側の費用負担が決定せられることは言うまでもありません。また、上水、工業用水は優先的に確保せられることになっておるわけでありますが、異常渇水時における農業用水確保の問題も、今なお未決定であるやに見えるのでありますが、農業側より見ました場合、このことはなお不安な要素として残されているのでありまして、過去の統計により五年に一度は異常なる水不足が訪れているのでありますから、絶対にゆるがせにできない事柄であります。  次に、第二の問題は、既存の用水の水利権との調整の問題であります。私どもは愛知県側で木津用水、宮田用水、岐阜県側では羽島用水を視察し、土地改良区の当事者の意見を聞いたのであります。佐屋川用水を加えて、四用水といわれ、その受益面積は二万町歩でありますが、木曽川の河床の低下は二メートル前後といわれ、これらの用水に対する水の取り入れが年々困難を加えてきているのでありまして、地域内の農民に非常なる不安をもたらしているのであります。木津では頭首工が年々上流に延ばされており、宮田も扉門の位置が数回の変更を見ているのであります。しかして既得の水利権としては、木津は灌漑面積五千町歩に対して二十三トン、宮田は一万三千町歩に対して同じく二十三トン、羽島は二千町歩に対して四トン二分の水が保証せられているのでありますが、以上の困難を救済しまするために、犬山付近の左右両岸に取入口を新設すべく、三十年度より実施設計に入るのであります。第一次計画は言うまでもなく、これらの既得権益を擁護する線までの工事を行うこととなっており、今渡において毎秒百立方メートルを保証することとなっているのでありまして、約二十七億円の工費を要するといわれておりますが、岐阜県側よりの陳情によりますれば、愛知用水計画はあくまで木曽川総合開発計画の一環として実施すること、水の配分計画を最初に決定せられたいことを要望せられているのであります。すなわち端的にいえば、愛知用水計画が、直接開係のある他の地域を犠牲に供することとなるような計画には反対であるというのであります。農林省側の説明によれば、濃尾四用水に対して慎重なる考慮を払つていられるのでありますが、政府といたされても、既存用水に対する確然とした保証措置をすみやかに具体化することが必要であります。  この際あわせて問題になりしますことは、兼山の取入口の位置する岐阜県可児郡の可児町及び御嵩町でありますが、この二つの耕地八百四十九町歩に対して、六十九個の水が権益として与えられておりますが、今日では実際には、可児川から用水を補給しております。しかるところ取水工事の完成後においても、不時に備えて、この水利権は是非とも確保したいとの強い希望があるのであります。この地域としましては、取入口ができ、用水路が通過するのみであつて、何ら実益がないという立場からすれば、この要望はしごく当然と思われますので、農林省としても十分顧慮を払うべきであります。次に、第三の問題は、牧尾橋ダムサイトにおける水没補償の問題であります。当初ダム地点としては二子持が予定せられ、一億トンの貯水を計画せられたのでありますが、水没個所、岩盤等の関係から牧尾橋にロツクフイル・ダムを作ることに変更せられ、貯水量も六千三百万トンに減少せしめられたのであります。しかしてこれにより水没するものは王滝村において、世帯において三一%、田畑において約二五%、山林原野四〇%、三岳村において、世帯において四%、田一〇%、畑四%、山林原野〇・四%等でありまして、これらに対して農林省としては、一部は愛知県の三好村、東浦村に入植せしめ、また水没補償についても十分考慮したいということでありますが、われわれが木曽福島において、長野県当局、地元代表作より受けました陳情によりますれば、愛知用水計画が地元の了解なくして決定せられ、一方的なる通知を受けたことに対して強い不満を示され、また水没農家としてはダムの建設については反対の意を表町せざるを得ないが、やむを得ない場合においては補償について十分なる考慮を払わるべきことが強調せられたのであります。現地村民としては、固定資産税のほか、失うもののみ多くして得るものの少いことについては、不安を持たれることは当然でありますので、当局としてはこれまた慎重なる用意をもって臨むべきであります。  なお木曽福島において、長野営林局長、全林野労働組合支部の責任者等より受けました陳情によりますれば、森林軌道二百キロのうち、十キロ水没し、つけかえ工事十七キロとなるが、その費用が約十五億円を必要とすることとなり、このつけかえ工事の速急なる完成をはかり、もって林野作業の中断せられないようにすること、または運搬系統に変更を来たさないようにせられたいとのことでありますが、これはつけかえ工事が巨額の経費を要するから、この際むしろ自動車運搬に変更すべきではなかろうかという意見に対して、労務者側より出された不安を表明せられたものと思われたのでありますが、このような主要問題について、農林省部内におきましてなお対策が決定せられていないのではないかという印象を、一同は受けて大へん不安に思ったのでありますが、早急なる方針の決定が望ましいのであります。  以上簡単にわれわれ調査班が現地において見聞いたしました問題点を申し上げましたが、愛知用水計画に関する技術上、資金上並びに現地対策上の問題の一つ一つについて確固たる反対策が速急に確立されることを望みまして、本報告を終る次第であります。  次に報告に対する政府意見を求めます。
  56. 河野一郎

    ○河野国務大臣 ただいまの調査の結果の御報告に接しまして、政府におきましては、ただいまの御報告に対して明朝私より一々御疑念のあります点につきまして、これに対する御答弁また対策等について御要望があります点については、対策等についてお答えを申し上げたいと思いますので、それまで猶予をいただきたいと思います。
  57. 綱島正興

    綱島委員長 御質疑がありましたらどうぞ。川俣君。
  58. 川俣清音

    ○川俣委員 この暑熱の中を二日も車にゆられながら貴重な時間をさいて調査されました委員長初め各位に対しまして深い敬意を表するものであります、私の指摘しておきました上流地帯の河川、渓谷の荒された状態、上砂の流出状態などをお調べにならなかったのは、時間がなかったためであるかどうか、特に終戦後急激に発電所を作つておりますが、発電所ダムのダム効率が非常に低下いたしまして、特に濁川にあります発電所ダムのごときは、三年ばかりでダム効率が低下いたしまして、ほとんど貯水ができないような状態になっておるようでありますが、こういうことはお聞きにならなかったかどうか、日程がなくておいでにならなかったかと思いますけれども、こういう点について何かお調べになつたかどうか。
  59. 綱島正興

    綱島委員長 お答えをいたします。大体木曽川は上流において発電のためのダムがたくさん増築されていたために、他の地域と進つて下流においては河床の低下がひどいところは二メートル、河床の低下のないところはほとんどまれであつて、今度予定されるであろうと思う、新たなる旧用水の取り入れ口と予定されておる地域でさえも三ミリくらいは下つておるというのであります。その河床が非常に下つた理由は、実は従来上流地域の、ダムなかりせば濁流とともに堆積さるべき小石、大石寺が流れるだけで、上から流れてこないからという御説明がありましたので、その食い込まれるだけのものがその上部のダムの中に堆積しておることは理論上当然予測されるところである。そこでこれらについてはできるだけの説明を求めましたが、報告書にはそのことは書いておきませんでしたけれども、大きは八〇%、少くても三〇%近くの堆積が行われておる。しかしながらダムの効用率は今のところあまり減つていないだけのことになっておるという説明でございました。以上御報告申し上げます。  それでは本法案に対する質疑を進めます。質疑の通告があるからこれを許します。木村委員
  60. 木村文男

    ○木村(文)委員 私は愛知用水公団法につきまして二、三お尋ね申し上げたいことがありますので、農林大臣のおられる間にお答えを願いたいと思うのであります。  この計画は、今日まで農林委員会に出されました愛知用水事業計画概要、愛知用水事業資金計画、これらの資料によりまして実に綿密な計画を進められておりますとともに、また資金面においては外貨の導入がかほとんど確定的であるということまで考えられますので、食糧の増産の上からきわめて適切な事業であるとは考えますけれども、ただことに為政者として考えなければならないことは、その事業を行うに最も堅実に、そうしてまた何らの支障なく、しかも住民の皆さんがともに益する、全部が益するというところにその基本がなければならないと思います。しかるにこれを行うに当つて、果して私の今申しましたことがほんとうに達せられるかどうか。実は今視察に行かれました方々の代表としての委員長の御報告によりましても、少からず疑問の点があるやに伺つたのであります。時間も制約されておりますので、私は以下個条をあげまして、そのおもなる点についてお尋ねをいたしたいと思います。  まず第一といたしまして、この工事を進むるに当りまして水没する民家、部落はどれくらいあるか、このことにつきましてお尋ねいたしますとともに、地元に反対の声が起きてないか、私は何といっても人権を尊重する建前から、住居権を最も尊重しなければならないと思います。その住居を取られるのでありますから、それに対する対策が、もしありとするならば十分できておるかどうか、まずこの三つの問題につきまして大臣の御答弁を願いたいと思います。
  61. 河野一郎

    ○河野国務大臣 御指摘になりましたように、この工事の犠牲となって、先祖伝来永住の地と定めておりましたところを他に転出していただかなければなりません方々が、現在のところでは百二十五戸、それから主要なる耕地を失いまする人が五十二戸でございます。これらの方々に非常な御迷惑をかけることに相なると想定いたしております。これにつきましては先ほどの委員長の御報告にもあったのでございますが、締め切りの場所が移転いたしまする等のために最終的な決定がおくれておりましたので、その間最後的な交渉をするに至っておりませんでしたが、政府といたしましては、実はその間遅滞なく地元と連絡をとりまして、あらかじめのお願いは申し上げておつたのでございます。しかしいずれにいたしましても、将来政府といたしましては、これが近接地に御承知通り佐久間ダム等のすでに実施せられたところもございますので、これらの同様の被害を受けられた方々の実情も十分調査いたしまして、御納得のいくようにこれが補償をして参らなければなるまいと考えておる次第でございます。
  62. 木村文男

    ○木村(文)委員 大臣のお話によりますと、納得のいくような補償の道を講じたいというような御答弁でありますが、私はそれはそれでよしとしても、地元に反対の声がないかということを承わりたいと思います。
  63. 河野一郎

    ○河野国務大臣 地元の当局の方とは相当に連絡をとつておりまするし、また地元の方々のお話も承わつておりますので、絶対に反対ということはないと了承いたしております。ただその補償もしくは移転先等については、最善の努力を政府において払い、最も親切にこれについて考えるということをもってお話しすれば、御了解が得られるものと信じておるわけでございます。
  64. 木村文男

    ○木村(文)委員 地元の役所関係との了解はある程度ついておるというようなお話でございますか、反対があるということも大体お認めのようでございます。もし反対がありとすれば、その反対の方々を説得せられて、円満な解決をすることができるというようにお考えでありますか。
  65. 河野一郎

    ○河野国務大臣 ただいま申し上げましたように、政府におきましてもしくは工事の担当者におきまして、最も細心な注意を払いまして、親切に事に当つて努力をいたしますれば、円満に妥結するものと考えております。
  66. 木村文男

    ○木村(文)委員 もしかりに円満妥結の方途がつかないとすれば、大臣はどういうような措置をとろうとなさつておりますか。
  67. 河野一郎

    ○河野国務大臣 現在までそれぞれの方面から承わつておるところによりましては、今私が申し上げましたような精神においてお話し合いをいたしますれば、妥結をしないということはないという見通しに立っておるわけでございます。
  68. 木村文男

    ○木村(文)委員 先ほどの委員長の御報告によりましても、私案じられることは、この工事を進めるに当つて地元に反対の声がある。そうしてまた、しかもその反対が——政府の打つたところの手が非常に一方的な打ち方であつて、むしろ地元が憤激しておる、たとえば通達みたいな通知を一本出して、それでこの工事を進めようというような意図であった。こういうことが先ほどの委員長の報告の中にもあったようでありますが、私もさように聞いておるのであります。もしかりにそれが事実とすれば、これは私は非常に考えなければならない点ではなかろうかと思います。先ほど大臣のお話にありましたように、先祖伝来の田畑から離れて、しかも見ず知らずの場所に転住しなければならぬ。果してこれから実るかどうかわからないところにその開拓地を求めなければならぬ、そういうことを考えますと、私は、納得のいく政治を標榜しておる現在のわれわれの立場からするならば、これは相当考えなければならない措置であったのではなかろうかと思いますが、その点について了解を求むるところの自信がおありであるかどうかということを……。
  69. 河野一郎

    ○河野国務大臣 今までの手続におきまして多少欠くるところがあったようでございます。しかしこれはただいま私が申し上げましたように、あらゆる熱意と努力をもちまして地元の方々の御了解を得て、しかもその取扱いにつきましては、先ほど来私が申し上げましたような精神に立ってお話し願いますれば、御了解が願えるものというふうに考えておるのでございます。ただしかしこれも、一方的に了解ができるときめてしまうということも少し言い過ぎかもしれませんが、あくまでも誠心誠意御了解を願うように努力して参りたいと思う次第でございます。
  70. 木村文男

    ○木村(文)委員 それはその努力を切望することといたします。  次に今度のダムの建設に立当つて非常に考えさせられる点の一つは、愛知県の側から見ますと、これは非常に地元民としてはありがたいことでありますが、長野県側の面から見ますと、これはまた実に大きな犠牲だけの面があまりにも多いのではなかろうかという、非常に相反する対照的な面ができると思うのでありますが、もし私の調べましたいろいろの参考の資料によって得たところのことが事実とすれば、これはこの工事を行なって、果して真に食糧増産、国民を益する道になるのか。あまりにも大きな犠牲と、一方的なただ利益をはかることになりはしないか。食糧増産の対策の面からすれば、これはあるいは是なる施策であるかもしれませんが、そこに欠けるところがないかということをお尋ね申し上げたい。
  71. 河野一郎

    ○河野国務大臣 御承知通り、本計画は、木曽川水域の総合的な開発計画に基くものでございまして、その影響が、今お話の通りに、下流の愛知県地帯におきましては、これを非常に有利に展開できますけれども、水源地たる長野県におきましては、お話のような点があると考えますので、これらにつきましても、十分考慮を払つて参りたいと考えております。
  72. 木村文男

    ○木村(文)委員 それでは、次にく念を押しておきたいのでありますが、補償の面において必ず納得のいくような補償の道を講じたいという御答弁でございましたが、その具体的な道が今講ぜられておりますか。
  73. 河野一郎

    ○河野国務大臣 長野県並びに地元関係町村とは、数次これが補償対策について打ち合せをいたしました。まだ最終的な具体的な数字については、結論を得ておりませんが、今後も引き続き、なるべく早く結論を出すように努力いたしたいと考えております。
  74. 木村文男

    ○木村(文)委員 長野県の地元側と数次にわたって打ち合せたと言いますが、私の手元に届いております抗議書、長野県西筑摩郡の全町村長から多分農林当局にも出ておると思いますが、これの内容を調べてみますると、私はあまりにも一方的な措置をとつたのではないか。地元の方々に対する大臣の答弁のような、納得のいく折衝を何らしていないかのように考えさせられるのでありますが、その点はどうなっているか承わりたい。
  75. 河野一郎

    ○河野国務大臣 御承知通り、この計画にいたしましても、今回法案が通過いたしまして、いよいよ実施するということになりまして、初めて最終的な結論に入るのでございまして、事前に政府として、こういうことをやるああいうことをやるといって言い過ぎていたしますことも、また行き過ぎになるということも考えるわけでございます。地元の町村においていろいろご要望のありますことも承わつておりますが、これに対して、まだ話をするのは早いじやなかろうかというようなものもありますので、最終的には、今申し上げましたように、各方面の御了解と御納得のいくような処置はとるつもりでおるわけでございますから、今地元の郡の町村長諸君から、いろいろ勝手にやるのはけしからぬとかけしかるというようなことのありますことも、あるようでございますけれども、いよいよ実施をする際に、勝手にやるとか何とかいうようなことは全然考えておりません。
  76. 木村文男

    ○木村(文)委員 この法案が通過しないうちは、その細目の問題については、まだ計画を立てるわけにはいかぬというようなお話でございますが、私はそれには少し異論を持つのであります。というのは、これだけの事業計画の概要を立てて、役所の機構からいって、私も役人をして経験がございますが、役所には、必ずわれわれ委員会の要求に対して出すくらいの資料を作るための根本的な細目的な資料を持ってないで、この計画はないはずであります。のみならず、もしそれがそうだとするならば、かりにないとすれば、まことにわれわれ委員をずさんな計画によって、ただこれを並べて、これだけ見せて納得させようという意図に考えられても仕方ないのではないかと思いますが、私はおそらくそうではなかろうと思う。この計画を立てるまでには、現れない細目の計画、補償の道もあるいは事業遂行のための細案を持っていなければならぬはずでありますが、その点について、もしできているならば、私は、時間の関係もありますのでその説明を今要求するわけではございません。ただこの工事の遂行のほんとうに円満に、円滑にりつぱになし遂げるためにも必要でありまするとともに、地元民を大臣が必ず誠意を持って納得させますとするならば、補償の道の面が一番大事になると思います。この工事を早く行うためには、どうしてもそれが一番肝心なことになると思う。でありますから、それがあるとすれば、自信があるとすれば、私は決してそれ以上追及しようとはいたしません。
  77. 河野一郎

    ○河野国務大臣 私が先ほど来お答えを申し上げましたのは、第一は、直接に影響を受けられる諸君に対しましては、これはあくまでも理解と納得のいく解決をいたさなければならない、こういうことを申し上げたのでございます。ところが、間接に影響があるということの御要望に対しましては、これはその要望を全部そのまま受け入れることができるかできないかということは、十分調査もいたさなければならないと私は思うのであります。従いまして、地元の間接に影響のあるところのいろいろの御要望につきましては、今それを取りまとめまして、ひとりこの問題を解決するだけではないのでございまして、各地々々にいろいろ例もございますから、これらの先例、これらの関連いたしまする例等も十分参考にいたさなければならないと思うのでございまして、この地区に対して特別に厚くするわけにも参りませんし、さればといって特別に薄くする必要もない、そこは適当妥当に、前例もしくは類例等を調査いたしまして、それと同様な意味においてやつていきたい。くどいようでございますが、直接の影響を受けられる方々につきましては、あくまでも親切に丁寧に御了解を得ることにいたすことはもちろんでございます。しかし間接の影響に対する御要望に対しましては、一々これをごもっともと承わるわけには参らぬ場合もたくさんございます。それが将来、本事業と同様な事業もしくは国営事業等を各地において行なっておりまする場合の関連した前例になるのでございますから、最も慎重に取り扱わなけれぱならぬと考えますので、これらの関係した影響についての御要望を十分各方面から承わりまして、これについて関連して調査をいたしました上で、決定して参るということにいたすつもりでございます。
  78. 木村文男

    ○木村(文)委員 それではあと二点だけお尋ねいたしますが、大体政府の本心はわかりました。了承いたしましたが、最後に私は、この個人的な補償の問題は、今の御答弁によりまして、今後の善処方を要望することといたしまして、承わりますと、この犠牲になるところの部落が七部落と聞いております。そしてまた、従ってこの郡の大半のものが犠牲を受けて自治体の破壊にまで及ぶのではなかろうかというようなこと、法制の面において非常に破壊せられるのではないかというようなことまで論ぜられておるようでありますが、それに対処する政府としての方策を承わりたいのであります。
  79. 河野一郎

    ○河野国務大臣 先ほどからお答え申し上げております通りに、立ちのきをお願いする方が大体の予定で百七十七戸になりますか、これは二カ村に影響があるようでございますが、その一カ村は残存されるのが六二%、この村は今お話の通りに四十何パーセントの方が立ちのかれるのでございますから、その村の将来の運営に相当に支障があるということは私もその通りと思います。他の一カ村は影響いたすのが四%でございますから、四%の方がお立ちのきになって、あとの九六%の方が残存せられる場合に、これが村の経営上非常に影響がある——ないことはないでございましょうけれども、影響がある、それから他の郡全体の構成に影響があるというようなことは、御要望は御要望として承わりますけれども、これは先ほど申し上げました通りに、他の前例にもなりますし、他のこれと同種類の工事の関連にもなることでありますから、慎重に取り扱いたいと考えております。
  80. 木村文男

    ○木村(文)委員 大体了承いたしましたが、最後に私の老婆心と申しますか、つけ加えて希望をしておきたいのであります。  要は補償の問題がこの工事の円満な——最も益する工事になるかならないかというところが、早くできるかできないかということの分岐点であるから私は申し上げるのであります。それにかかると思いますから、大臣はこの点については特に下僚の方々を督励せられまして、紛議、紛争等のもつれが起らないように、円満にこの工事を遂行して、この法案のよって来たる方針にある通りの工事が進められて参りますように、特に配慮を希望しておきたいと思います。
  81. 河野一郎

    ○河野国務大臣 御注意の点、下僚にきつく命令いたしまして、落度のないように進めるつもりでございます。
  82. 綱島正興

  83. 伊瀬幸太郎

    ○伊瀬委員 この機会に大臣に簡単に御質問申し上げましてお答えを願いたいと思うのでございます。  今度のこの木曽川流域の発電に対して、関西方面では非常に不安を感じておるのでございます。御承知のように、関西方面の電力はほとんど木曽川流域の発電によって行われているのでございますが、この木曽川の上流における今度のダムの建設によりまして、渇水時において下流の発電計画に支障を来たさないか、これに対して関西方面が安心できるような対策を樹立されているかどうか、お答えを願いたいと思います。
  84. 河野一郎

    ○河野国務大臣 その点につきましては十分調査を進めまして、豊水期に貯蔵いたしました水を放流いたすのでございまして、渇水期もしくは平水期はそのまま放出して参るという方式をとつておりますから、これらにつきましては、技術者の粋を集めて十分に検討いたしました結果に基いて事業を遂行して参るということにいたしておりますので、この点はまた将来とも万遺憾なきを期してやるつもりでございます。
  85. 伊瀬幸太郎

    ○伊瀬委員 この計画によりますと、木曽川の上流に牧尾橋の貯水池を建設されるのでございますが、その上流におけるところの三浦貯水池の水が渇水時におきましては下流に放出されるようなことがないか、この点に関しましてわれわれ聞くところによりますと、牧尾橋のダムは五年に一回くらいは非常な渇水に遭遇する、これはもう技術的、科学的に証明されている。そうすると、五年に一回早魃が起きてきたときに、下流におけるところの水田に対して水がなくなるという場合には、この三浦貯水池の水を放水せよということになるおそれがあるのではないか、従ってそういうことになるならば、下流の農民が水稲が枯死してしまうということでこれまた不安でございます。ところが農林省では、五年に一回くらいは八月には水のなくなるときがあつても大した影響はないんだというようなお話をしていられるようでございます。私ども考えまして、八月は水稲に水がなくてはどうしても育たないのでございます。これに対して八月に水稲の水は要らないんだというようなことを考えられてこの計画をお立てになっているようでございますが、これでは下流の農民も安心して水稲を作るわけには参りません。こういう点に対して安心のできるような御答弁を大臣からいただきたいのであります。
  86. 河野一郎

    ○河野国務大臣 技術的なことですから、農地局長より答弁いたさせます。
  87. 渡部伍良

    ○渡部(伍)政府委員 お話のように、最近十年間の実績をとりますと、二十二年、二十三年に非常な渇水がありました。われわれの手元にある四十年間の記録によりますと、十年に一回は相当な渇水が来ております。それらを勘案しまして、この貯水計画を立てているのでありますが、その渇水の場合でも、いわゆる春先は水がたくさんありまして、八月の終りになりまして、今の十年間の統計で見ますと、水が不足するということになっているのであります。従いまして最も重要な田植え時期と大水の場合にはそう支障はないのじゃないか。八月の末でも水が不足でありますが、これは順番制等をやれば乗り切れる。そうかといって十年に一回なり、二回のそれも満足するような対策を立てたのでは非常に不経済的になる。従ってそういうように二日に一ぺんの順番制等をやればこれは乗り切れるという確信のもとに計画を立てたのであります。
  88. 伊瀬幸太郎

    ○伊瀬委員 今の答弁では私は満足することができませんが、大臣が出られるようでありますから、私は質問を保留して次の機会にいたすことにいたします。
  89. 川俣清音

    ○川俣委員 この際動議を提出いたします。本委員会終了後、林業の小委員会を開き、それを懇談会として開催し、北海道の風倒木に関する処理に関する法案の準備をいたしましたから、その協議をいたしたいと思いますから、さようお取り計らい相なるよう動議を提出いたします。
  90. 綱島正興

    綱島委員長 ただいま川俣委員から動議が提出されております。それは本委員会が休んでおりましたこの三日間において、林業に関する小委員会の懇談会を開かれたそうであります。そこでその林業に関する小委員会へ会の結論について本委員会で今この時間に懇談会に移していただけないかという動議でございますが、いかが取り計らいましようか。  ちょっと速記をとめて。     〔速記中止〕
  91. 綱島正興

    綱島委員長 速記を始めて。ただいまの川俣委員提出された動議でございますが、北海道の風倒木の件について懇談会を開くということに御賛成がございますれば、これから懇談会に移したいと思いますが、いかがでございましょうか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  92. 綱島正興

    綱島委員長 御異議がなければさようにいたします。      ————◇—————     〔午後四時七分懇談会に入る〕     〔午後五時三十分懇談会を終る〕      ————◇—————     〔懇談会を終つて散会〕