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竹中公述人 私は
日本薬剤師協会副
会長の
竹中でございます。このたび
医師法、
歯科医師法及び
薬事法の一部を改正する
法律の一部を改正する
法律案、すなわち本日問題になっておりますところの
法律案が
国会に提出せられまして、これに
意見を申し述べよということでございます。
ただいま伺っておりますと、
日本医師会のお
考えを御発表になったのでありますが、私はあえてここで
医薬分業の問題を再び繰り返そうとは思わない。何となれば、この問題は、すでに去る二十六年の第十
国会におきまして、
十分参衆両院の
先生方が御
研究を下さいまして、その結果、現在の
わが国の文化の
程度では、この辺までは
分業を推進しなければならぬという結論に到達して、
昭和二十三年の
医師法、
歯科医師法及び
薬事法の一部を改正せられて、現在の
法律となっておる次第であることは、もう私が申し上げなくてもよく
御存じであります。そして、この問題が去る十九回の
国会で、
医薬関係審議会設置法が
通り、二十回の
国会において御
審議になりましたが、この
施行期日が、なお準備不十分であるということで、明年の四月一日まで延期されたことも、
皆様方のよく
御存じの
通りであります。
そこで、この
法律が現在いかなる
状態にあるかと申しますれば、すでに
皆様方の御協賛によって、今年度
成立をいたしました
予算において、一千三百余万円の
予算が通過し、
厚生当局は、これを
明年度から実施をするように鋭意
研究を進め、この秋までには、その成案を皆さんにお目にかけることができるのだ、こういうふうに言っておるのであります。
そこで、さような経過をたどって参りました中に、
分業問題というものは、いろいろな
観点から論じ尽されておる。従って、今
公述なされましたことについて、一々われわれの
反対の
立場を申し上げるには及ばぬと思うのであります。ただ、ここで忘れてならぬと思うことは、
わが国の
医薬分業というものは、一体だれが作り出したのかということであります。昔の
漢方医時代とは違って、新しい医術に対しては、りっぱな独立した
薬学の
協力なくては真の
治療は行えない。そうしなければ、いろいろ人命にも危険を及ぼすようなことがあって、このまま
医師一人が医のことも薬のことも両方持っていくということはできない。私が申し上げるまでもなく、各企業がだんだんと発達をしていけば、各種の
分野に分れる。おのおのその
分業化された各
分野は、深くその
専門分野を探求されまして、その
協力によって、すべての成果を
最高度に発揮しておることは御
承知の
通りであります。
医学も
薬学も、どんどん進んでおることは
皆様がよく御
承知の
通りであります。しからば、現在
薬学というものと
医学というものを、どうしても分けなければならぬという
考え方は、国においても変りがないと思うのであります。明治初年に先覚の
医師諸君から、どうしてもこれは
医薬を分けて、そのおのおのの
責任をもって民衆のために奉仕させるようにしなければならぬということで、
分業制度ができました。できまして、それから後八十年、いろいろ
法律制度が変ることはありましたけれども、いまだかつて
国家としては、
分業の
制度を取りやめるということは一回も言われたことはない。そこで、国は、まず第一に
薬剤師が足らぬから
分業ができぬといって、
薬学校規則を作り、
薬剤師の養成をされたわけです。
薬剤師は、この
国家の要請に従って、
分業によって
国家に奉仕しようという熱意を持って、すでに五方の人をこの世に送っておるのでありますが、なお毎年約三千人の新しい
薬剤師が生まれつつある。現在八万五千の
医師に対して約五万の
薬剤師がある。しかも、この
薬剤師が本来の
仕事をするところがありませんために、ほかの
仕事につく。あるいは
薬局を開設いたしましても、一ヵ月にわずか二枚あるいは三枚
程度の
処方せんを扱うことしかできないという
現状であります。こういう点からいきましても、
国家がせっかく養成した
薬剤師を活用されなければならぬ
時代に到達しておるとも思えますし、また本日御提示になりましたこの案によりますれば、まず第一に、
医師法並びに
歯科医師法においては、
医師の
処方せんの
強制発行と申しますか、
医師が
患者を見て
薬品を投与する必要があります場合は、
処方を書かなければならぬ、現在の
法律はそうなっております。これは
処方せん発行の問題が、もちろん
医薬分業の
前提条件でございますから、何とかして
処方せんを
発行することに
協力をしていただきたい、かように
考えまして、去る大正の末期に
健康保険が立法化されましたときにも、当時の
当局者は、この
社会保険においては、
医師会の
方々によく
お願いをして、
処方をなるたけ出すようにするから、
薬剤師協会もこれに
協力するように、また
昭和十三年の
国民健康保険のときにも、そういうふうにして、また
医師会の幹部の
諸君にもお骨折りがあったことと思います。
漸次処方が出てくるかに見えましたが、それはいつの間にやら姿を消して、なお現在のようなありさまなのであります。
そこで、この第一の
処方せんの問題でありますが、先ほど申しましたように、
現行法では、この
処方せんを
発行しないでよい場合、これは
医薬関係審議会で
十分審議をして、極力しぼって、それ以外のものは
処方せんを
発行するという
建前になっておるのであります。しかるに、
本案を見ますと、
本案では、
患者から
医師に薬の
調剤をしてもらいたいという申し出があった場合には、もう
処方の
発行はしなくてもいい、こういうことになっております。しかもそのためには、その場合等を勘案するために必要な
医薬関係審議会というものを無視して、なお第二号で、
診療上特に
支障がある場合は
処方せんを
発行しないでもよろしい。その
診療上特に
支障がある場合、そういう場合も、先ほどの
医薬関係審議会でこれをすっかりしぼって、それ以外は
処方せんを出すという
建前になりましたのは、先ほど私が申し上げましたように、
処方せんの
発行が
分業の
前提条件であります。ところが、今までの
状態はどうであったか。それは、ただ
医師の主観によって、
診療上
支障ある場合はこの限りでないという言葉で、空文化されておると言っても間違いがないのじゃないかと思うのであります。なお、われわれといたしましては、現在多くの
病院等の
医療状態を拝見いたしまして、かような特に
診療上
支障があって
処方の出せないというような
ケースは、はなはだまれであると思っておりますので、このことについては、むしろ同意いたしかねる次第であります。しかしながら、これはすでに決定した
現行法、すなわち
医薬関係審議会によって、その
ケースをおきめになるということに対しましては、この
法案の
成立に先だち、
医師会、
薬剤師協会、
歯科医師会、それぞれの代表が
国会において証言をし、そうして
衆参両院がほとんど満場一致でもって通過をいたしました
法律でありますから、これに従おうといたしておる次第であります。
処方せんの
発行という問題につきましては、これはお
医者さんの
立場におられる方には、あまり感じられないかもしれませんが、実は私は、先ほど申し上げた
通り薬剤師ですが、私が
医師をたずねまして
診療を受けましたときにも、お
医者さんは、私に
診療の結果、
処方をやろうかとおっしゃることは、ほとんどありません。むしろ、私の家が
薬局であり、
調剤しておることは御
承知であるけれども、薬を上げますからそれをお上りなさい、大ていこう言われる。しかも
医師みずから
調剤しなければならないその
調剤が、だれによってやられたのかわからない、しかも
内容がいかなるものが入っておるのか、私の方から伺っても、あまりはっきりおっしゃらない。それをなお追及するだけの力を私は持っておりません。私でさえそうでありますから、多くの弱い、
自分の病で
自分の肉体をまかせ切っておるお
医者さんに対して、そのごきげんを損じてまで
処方をくれということを言うはずはなかなかないのである。
しかも、今までのお話にもありましたように、世界中どこにもないような
処方せん料という
制度が
日本にはございます。この
処方せん料の
制度によって、
処方の
発行もまたはばまれておるということも事実であります。その
処方せん料を払うことによって、二日分なり三日分なりの
調剤をしてもらって持って帰ることができる。そういう点からいきますと、これまた
処方せんが
発行されないというような
状態になっておるのであります。かようにして、長い
間調剤をするために
薬学というものがあり、
薬学終局の目的は、
調剤にあるといってわれわれは
教育されておるのであります。
薬科大学におけるところの
研究がそれが
薬科大学と名前もついておりますがゆえに、ほかのものを目標にして勉強しておるのではないのであります。すべて習っておるあらゆる
薬学は、あげて完全なる
調剤をするために
教育されておるのであります。かような
観点から申しましても、この
調剤のために長い間勉強して世の中に出た
薬剤師が、その本来の
仕事につくことのできないという現在の
状態を改善していかなければならぬと思いますときに、かような
時代逆行の条文は承服いたしかねる次第であります。
次に、
薬事法についてでありますが、先ほど
水越公述人の話にも、
医師は十分なる
薬学の素養を持っておる、
修練をいたしておるから、
調剤をする能力がある、こういうふうにお話しになっております。去る十八日の夜の
放送討論会を聞きますと、大阪の何とか言われる
医師会の
理事さんがおっしゃるのに、
調剤ということは非常に簡単なものだ、女中でも
看護婦でも、だれがやっても、ただまぜさえずればよいので、簡単だ、こういうような
発言をなさっておったのであります。まことに驚き入った次第であります。幸いにして何か事故も起きないような平凡な
調剤なら、それが簡単な混和で済んだかもしれませんが、現在の
薬学は、非常に進歩しております。同じ
調剤をいたすのにも、
一つの
薬品をいかに有効なる
方法によって調製せられるか、またいかなるものがいかなる
化学変化を起して危険を起すようなことがあるか、これらについても、そう簡単ではないのであります。
しかも
薬剤師は、先ほど御指摘もありましたが、
薬品の調製、保存、鑑定、すべて薬についての
責任を持ち、そして
調剤をし、これを交付するところの
責任があるのであります。従ってその
薬剤師のもとに保管されておりますところの
薬品に対しましては、その
薬剤師は、全
責任を負わなければならぬ。もし
医師が
処方を
発行されました場合に、誤まって、その
内容のふさわしくない
処方が参りましたといたしましても、
薬剤師はこれを
医師に照会をし訂正をして、そして
調剤するのが本務であります。
薬事法におきましては、この
医師の
処方せんの誤まり等を発見した場合に、それを修正する、それについては
医師の許可を受けてやらなければならないということをちゃんと規定しております。そしてまた、事実そういうふうにしなければならぬ。もし誤まった
処方によって
調剤をし、不幸なる嘱帰を来たしたような場合に、それの
責任はだれが取るか。これは
処方をしたところの
医師にあらずして、
薬剤師が処罰せられておることは、大審院の判例等によってお調べ下されば、よくおわかりのことと思います。
かように、薬そのものに対する長年の
教育を受け、しかもそれに対して十分な
責任を持ち、これに対する責めを果さなければならない
立場に置かれている
薬剤師に対して、現在におけるところの
医師は、
薬品に対しては何らの
責任もお持ちになっていない。この
医師が、同じ
薬事法の本則の中に
調剤権を確立するというがごときことは、文化に逆行するところの、はなはだ笑止千万な案だといわざるを得ないと私は思うのであります。
なおこの場合におきましても、
医薬関係審議会は、いろいろな
ケースを検討いたしております。これらのごく狭められた範囲において
薬品が正しく
調剤され、交付されるということは、
医療内容の向上と
国民の健康保持のために緊急なことであるといわなければなりません。
なお、
医師法、
歯科医師法並びに
薬事法に規定せられておりますところの規則違反に対する罰則、これを
本案においては、全面的にお削りになっております。いやしくも法治国の
国民が、その国の秩序を保つためには、その
法律を守らなければなりません。もしこの
法律を守らぬ人がある場合には、この社会公共のために好ましくない人たちには、残念ながら相当なる刑罰の課せられることは当然であります。もし、初めからこの刑罰の条項を削除して、そしてこの
法案を通そうというふうなお
考えを持たれることに他意がなかったならば、これはすみやかにお取りかえなさるべきものであり、もしこのまましいてお通しになろうとするならば、初めより順法精神がなくして法を乱るような
考えがあると言われても仕方がないのではないかと思うのであります。
以上、私は、今回の案は全面的に承服いたしかねる案であるということを申し上げる次第であります。