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参考人(田中榮一君) 私のほうで調べましたところを御報告申上げます。
昭和二十九年三月三十日の日に、谷中警察署の初音町の派出所の受持巡査で安蒜安正という巡査が、これが防犯連絡の上から、たまたまこの台東区谷中三崎町二十二東大助教授の関野雄というかたのお宅に参りまして、戸締りのことであるとか、或は押売り、それから窃盗というようなことについていろいろ御注意をいたしまして帰ろうとしたところが、この巡査がたまたま玄関の狭い部屋に、大変立派な書物がたくさん、ぎつしり詰ま
つてお
つたので、丁度出て来られました妻女のかたに、大変立派な本がおありのようですと、一遍見せて頂いてよろしうございましようかと、こういうふうに言いましたところが、妻女が、どうぞ御覧なさいませと、で、今いい本は大体疎開しているんだけれ
ども、大した本でないかというようなことで、巡査が、それでは失礼でしようが
ちよつと見さして頂きますと、こういう
意味で、靴を脱ぎまして上
つて、一番とつつきのところの本を、一、二冊見ているところで妻女が又奥へ入りまして、御主人の助教授の方を呼んで来て、そこで思想
調査でないかということで詰問を受けたのであります。
かような事実がございましたので、私のほうといたしましても、誠に如何にもどうも思想
調査のようなことになりまするので、直ちに監察官をいたしまして、第六方面本部に直ちに
調査方を命令いたしまして、第六方面本部におきまして、監察的の
意味におきまして事実を、本人を呼び出しまして調べたのでございます。その結果この安蒜巡査は丁度拝命いたしましてから十五年ぐらいなるのでありまして、学業の成績は余りよくないのでありまして、常に下位にあるほうでございまして、執行のほうも余り大した執行力もない巡査でありまして、ただ本人は、本人の言うところによりますと、非常に書画とか骨董とかそういうものが好きでございまして、ときどき親しいお宅をお伺いして、いい書画なんかを拝見して喜んでお
つたというようなことも本人も言
つておりまして、要するに、立派な本がたくさん詰ま
つてお
つたので、本人の言うのも、多少私はそういう気持から来ておるのではないかと思いますが、大変立派な本があるので、
ちよつと拝見さして頂きたいという、そうした極めて単純な気持から妻女にお願いいたしまして、妻女のほうでは、ではどうぞということで、一応御了解を得て上へ上
つたというのでございます。たまたまこの突き当りにあ
つた本がマルクス、エンゲルスという、カナで書いた、ほかの本は非常にむずかしいので、片カナで書いてあ
つたので、それをいきなり取
つたというようなことを言
つておりますが、本人の今日までの成績等から見ましても、本人がそうした、本人
自身が、思想的な方面に関心を持
つておる巡査とも我々は
考えておりません。単に外勤巡査といたしまして十五年間や
つて来た巡査でありますので、特にそうした方面に本人が興味を持
つておるというようなことは全然ございません。そうしてその場におきまして夫妻から非常にお叱りを受けたので、本人が非常に恐縮して警察手帳をお見せして、帰
つて直ちに署長に報告したのであります。署長といたしましては、それは非常に疑われる行為をや
つた。とにかくそういう行為をや
つたことは、これは行過ぎであるからして直ちに行
つてこれは陳謝しようというので、署長と二人で、私のほうも若しそういうことがあ
つたとすれば、これは非常に行き過ぎであるから、一応その助教授のところへ行
つて十分に了解を得るし、又行き過ぎがあ
つた点があるならば、これは十分陳謝せねばならんから、さような措置をとれということを私も連絡をいたしまして、署長も確かに行き過ぎた点がありますからというので、安蒜巡査を連れまして妻女のところへ参りまして行き過ぎた点、又非常に誤解を受けた点は十分お詫びをいたします、こう言
つて二人で妻女に陳謝をしたそうであります。ところがたまたまその際に御主人が六区方面本部のほうへ抗議に出かけられて留守だ
つたそうであります。
従つて助教授直接にお目にかか
つてよくお話をすればよか
つたのでありますが、丁度不在中に行
つたのでありまして、助教授に御了解を得られなか
つたようでございます。
なお、この六区方面本部に関野助教授が参られたときも、六区方面本部長からよくその
事情をお話いたしまして十分御了解を得たのでございますが、ただ私のほうとしまして、今この安蒜巡査のや
つた行為が果して思想
調査だかどうかということは、私
どももこの巡査の平素の勤務振り、それから本人の素質等からいたしまして、絶対にそんなことのできる巡査ではないのでありまして、
先ほど申しましたように、要するに本人がそうしたものに非常に
一つの興味を持
つてお
つた。思想とかそういうものではなくて、要するに
一つの本であるとか、書画であるとかいうものに対して、
一つの趣味と申しますか、興味を持
つてお
つたというようなことから、何気なく気やすだてといいますか、
ちよつと見せて頂けないでしようかと言
つて上
つたのが、これが私は大変過ちを犯したと
考えております。取りあえず警視庁といたしましては、とにかく仮に本人がそういう気持でなくても、一応そういう疑いを受けたということにつきましては、これは誠に遺憾に堪えないのでありまして、署長におきましても本人の将来を戒め、又十分にこうした疑いを将来起すような行為をしないようにという
意味から、現在としましては署長において本人を訓告処分に付しまして、そうしてその受持では
ちよつとまずいと思いますので、他の受持のほうへ現在転勤を命じまして、十分に将来を戒めておるような次第でございまして、なおこの点につきましては助教授のほうから人権擁護局のほうへ提訴がありましたので、私
どもとしましては十分に
一つ人権擁護局のほうにおかれまして、公平な立場において御
調査を願うことを希望しておる次第でございます。