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参考人(
末高信君) 今回
発表されました新
医療費体系は、
医薬分業と不可分のものがあると言われておりますが、これは単に
医師、
薬剤師の間の問題でなく、
国民全体の問題でございます。私は
社会における
各種の経済問題を科学的に探究する一学究といたしまして、以下この問題に関する所見を述べてみたいと思います。
先ず、私はこの
新体系を極めて高く
評価するものであります。私がこれを高く
評価するゆえんの第一点は、それは
医薬分業を可能ならしむると共に、
国民の負担する総
医療費の
増加に対して
一定の枠を与えることができるのではないかという点でございます。この新
医療費体系は、従来漠然と
薬治料、又はむしろ薬代の名の下に、薬剤というものと
治療という
技術とが総合せられて支払われておりましたものが、明確に物であるところの薬の代価と、
医師としての
技術に対する
報酬とに分離したものでありまして、このことによ
つて明年一月を期して行われることにな
つておりまする
医薬分業を円滑にする
意味において大いに価値あるものであると思います。何ゆえに我々
国民が
医薬分業の
実施を望むかと申しますれば、次のごとき
理由に要約することができると思います。即ちその第一は、
治療と
調剤に対しておのおの
専門家に委せることができるという点であり、第二は、とめどなく
増加を続けるところの
国民医療費を
一定の枠の中に
処理することがこれによ
つて可能になるからでございます。
先ず第一の効果について申しますと、
診療即ち病人をみて
病源を究め、
治療方針を確立いたしまして
治療を
実施するというのは、勿論医学の
専門家であられる
医師の
任務でございますが、薬の
調剤は薬学の
専門家である
薬剤師の
任務でなければなりません。これに対し、従来
医師が
調剤を行な
つて来たが、大過がなか
つたから、これを改めて分離するの要を見ないのではないかと説く者がございますが、これは例えて申しますれば、従来から
高等学校において国語の
担任教師が
漢文をも兼担していたのが普通であ
つたといたしましても、
漢文又は
シナ文学を専攻した
文学士を
教諭として多数得ることができます今日におきましては、これを分離して別個の
教諭にまかせるのが当然でございます。
次に私
どもが
医薬分業に期待する
理由の第二は、究極においてこの
分業によ
つてのみ
国民の負担する
医療費総額を
国民経済の枠の中におさめることができると信ずるからであります。即ち、
国民の負担した総
医療費は
厚生省の
発表するところによりますと、二十六年度千百七十二億円、二十七年度千五百五十億円、二十八年度には二千九十二億円、二十九年度を今日までの実績を以て推計いたしますれば二千八百億円、又
社会保険診療報酬支払い基金の
支払つた診療報酬は、二十六年度に二百九十二億円、二十七年度に四百三十五億円、二十八年度六百八十五億円、二十九年度の推計をいたしますと九百五十億円に上るだろうと言われております。これらの数字は前年に比しおのおの大体三〇%乃至四〇%の
増加を示しております。然るに一方、この
医療費を負担するところの
国民所得は、二十六年度において四兆五千億円、二十七年度において五兆二千億円、二十八年度には五兆八千億円とな
つております。おのおの前年度に比較いたしまして一〇%あまりの
増加を示しているにすぎないのであります。勿論医学、
医療方法の
進歩と発達はそのこと自体としては人類の最大の喜びであります。それは絶対の価値であるところの生命に直結するからであります。けれ
どもその結果としての
医療費のとめどない増進と、これを負担する
国民所得とのアンバランスということになりますと、これは医学、
医療方法の発達は無条件にこれを喜んでいるわけには行かないということになります。それは一家の経済の観点に立てば、
医療費の負担のために娘を売らなければならないということに
なつたり、
国民経済の観点に立てば、
医療費のために治山治水の予算が流れたり、或いは六三制の教育制度がゆがめられたりするようなおそれなしとしないのであります、かくて。
国民医療費はこれを
国民経済のうちに均衡を得た額として
処理しなければならないわけであります。このような
医療費を
国民所得と均衡を得るという枠のうちに
処理し、而も必要にして十分なる
医療を
国民の全部に対して確保するためには、或いは
社会保険
診療において原則的に被保険者に対し一部負担をかけるところのフランスのような
方法をと
つたり、或いは
医療無料の原則に徹しまして、
医療を
国民全部国家管理とするところのイギリスの
方法を究極においてとらなければならないかもしれませんが、現在の段階におきましては一応保険
医療の適正化、即ち濃厚
診療の抑制をしなければならないと思います。そして今日断行すべき保険
医療の適正化の方策としましては、保険医の嘱任の厳正化と、定員制度の採用乃至は
診療報酬請求書の審査の強化、および保険医の監査の徹底等が
考えられるのでありますが、それらと共に、否その前提条件として過剰投薬の根幹を立ち切らなければならないと思います。それがためには薬の投与を切離してこれを
薬剤師の仕事とし、且つその処方箋の上に投薬日数を明記することにすればよいと思うのであります。その上、この処方箋そのものが監査のための重要な
資料となることを
考えますると、
分業が濃厚
診療を防止することによ
つて国民医療費のとめ度もない
増加を是正することを期待して決して誤りでないと思います。
私がこの新
医療費体系を高く
評価するゆえんの第二点は、
医薬分業を円滑に始めることができるからであります。この新
医療費体系は、右に申述べましたように、かねて我々の望んでいた
分業を可能ならしむると共に、
国民の負担する総
医療費を
国民経済との間に均衡のとれたものとして
処理することを可能ならしむるものであるが、それらの効果に加えて更に
分業への移行を全く円滑に行うことができると思われる点がその特色をなすものでございます。即ちこの新
医療費体系は、現行の
体系を基礎として、現実あるがままのものから出発し、且つ
国民総
医療費の増減を来さないように配慮せられておりますが故に、
各種医療機関即ち病院、
診療所の間に、或いは内科と外科、耳鼻科等の各科の間に不均衡の起らないように計画せられ、而も
医薬分業の
実施を目前に控えてそれに必要な事項にとどめたのでございます。
そして以上に述べたような意図は、この新
医療費体系のうちにほぼそのまま達成せられており、病気を癒すための
医療技術の
報酬と、物であるところの薬剤の代金とは分離せられて、合理的な
評価とな
つて表現せられている次第でございます。
右述べたように、この新
医療費体系は、
医療費を
医師の
技術料と薬剤の代価とに分離することに成功し、
医薬分業への途を開いたものではございますが、なお二、三不満の点なしとしないのであります。
その第一点は、先ほ
ども御指摘がありましたよう、
資料がやや古いのではなかろうかという点でございます。この新
医療費体系は
昭和二十七年三月の
医療経済調査を基礎といたしたものでありまして、すでに二年あまりの年月を経過し、現在の状態を必ずしも如実に反映しないおそれがございます。
従つてこの古い数字を以て新
医療費を算定したことは
納得しがたいと一応
考えられるのでございます。けれどこれは、このような厖大な
調査にはその後の集計、補整には相当の作業を必要とすることは常識でございまして、この
程度の時間的距離は私はやむを得なか
つたと
考えるのでございます。而も医薬の実態
調査につきましては、常に
医師会
方面の抵抗がございまして協力を得がたい
実情からいたしますれば、新
医療費体系が二十七年の数字を基礎といたしたことは満足ではないといたしましても、やむを得ないものであ
つたと言わなければなりません。而も
厚生省から
国会に
報告せられたとこによりますると、新宿
地区の保険
診療の実績をこの新
医療費体系で換算して見ましたところ、それらの
医師の収支は大体大きな狂いがないことを実証せられているようなことを聞いているわけでございます。
この
新体系の不満の第二点は、
薬治料、
注射料等についてのみ
技術と原料とを分離いたしまして、処置、手術その他の
医療行為全般に及ばなか
つた点でございます。で、
従つてこの
体系が
薬治料、
注射料を中心といたしましたために、内科、小児科についてはやや徹底的に
医療費を
技術と物とに分離することができましたが、他の部門につきましては、未解決に残されているところが多いのでございます。何と言
つても満足できない点がここにあるかと思いますけれど、この
新体系の作成が明年一月の
分業を控えての作業であ
つたことを
考えますれば、それがために最も必要な内科、小児科に重点をおき、その他の部門については後日にその研究を持ち越したことは、むしろ賢明な処置であ
つたかも知れないと思うのであります。
以上、私は新
医療費体系に関する所見を略説いたしまして、特にその後段において若干の不満を述べたのでございますが、かくのごときいわば不完全又は未完成の案ではありますが、これを
実行に移して、さていいか悪いかという結論について
申上げたいと思います。
私は、これは
実施に移すべきものであると
考えております。如何なる案でも完璧であり、何ら反対のないというものは立て得ないのであります。私をして言わしめれば、
厚生省、わけてもその主管局であるところの医務局がよく幾多の困難を克服してこの厖大な
資料と取つ組みまして、このような成果を納めた労苦に対しましては、
国民の一員としてむしろ感謝の念に堪えないものでありまして、提案の
趣旨通り明年一月より
実施に移すべきものであると
考えるのであります。
実施上遭遇するところの難点につきましては、今後の研究に待
つて改善しなければならないと思います。
最後に、
実施に当
つての希望
意見を
一つだけ申添えておきたいと思います。それはこの新
医療費体系は
社会保険としての
医療にこそ実質的な効果を持つものであることは論がないところでございますが、この
体系の
実施と表裏の
関係にある
医薬分業の
実施地区についてでございます。この
分業の
実施の
地区につきましては、従来から
審議会その他におきまして種々の
意見が出ているようでございますが、私の見るところを以ていたしますれば、
医師、
薬剤師、患者等の相互の距離なんというような面倒な
基準を設けるよりも、むしろ行政区画そのものでずばり
決定したほうがいいのではなかろうかと思います。即ち第一段階といたしましては、市部に先ず
実施をして、暫くその成果を見ました上に第二段階といたしましては町部に
実施いたしまして、村制を布いているところの
地区につきましては、相当の年月の後にこれを見送ることが過当であろうと
考える次第でございます。
以上、私の所見を申述べました。