○山本参考人 私の
意見を申し上げたいと思います。
ただいま赤津君の申したこと、これは一部分を除いてほとんど事実に反したことを言
つておる。私はここで、
はつきり断言します。このように国会まで持ち出すような大きな事件に
なつたという
理由、これは私は非常に意外に思
つているのです。なぜかというと、こういうふうに
なつた
理由というのは、私
どものほんとうの被害を受けた者の言葉、これは全然甲信地区評議会、または県評、総評では、全然取上げておらないのです。のみか、県民抗議大会には、全然被害を受けなかつた、そういうふうに言うように
出席してもらいたい。これは県評の副議長長谷部儀助さん、その他からは鶴川
書記長を通じて、私のところへそう申して参りました。しかし、私は事実被害を受けておりますので、私がそういうところへ出て、
陳述を曲げてまでみんなに言う必要はない。だから私は
出席しない。
はつきりそう申し上げましたが、いや、おれの立場を
考えてくれないか、おれは非常に苦しい立場にあるから、ぜひ
出席してもらいたい。このようなことを県評の副議長から私のところへ言
つて参りました。
それから、その後において、輿
委員が私のところへ参りまして、私に救いを求めて参りました。それは、山本さんは、割にこの事件に関していろいろ大きなことを言
つていない、だからわか
つてもらえると思う。非常に今は苦しい立場にある。実際山本さん、私と同じ工場に働いておる輿君も、同じ工場に働いておつた渡辺さん、こういうのに対して、私は非常に申訳ないと思
つている。このようなことはもう警察で
はつきり言
つてあ
つて、今度の裁判の折にも
はつきり真相を打明けたい。真相を打明けて、早くこういう苦しい気持から脱けたい。こういうふうにしたいんたが、実は私は
——それは県評か総評かよく存じません、その点
はつきり聞き落しましたが、
長野へ呼ばれた。
長野に呼ばれたときに、おれは真実を打明けたいのだがということで、事実を話し出したところが、いやそれはいけない、あくまで五人は同じように事実を否定してまでも
闘争をして行かなければいけない、法廷
闘争をして行かなければいけない、そういうように力を合せてや
つて行け、そういうように言われた。このようなぐあいで、私
ども労働者をだしに使
つて、この事件をますます大きくこのようにしたことは、県評、総評、そういつたものに非常に責任があると私は思います。
それから、この事件の方にもどりますが、私は決して第二
組合を意図したわけではございません。赤津
組合長たちのいわゆる執行部、この当時の執行部は、私と西沢守人氏を除いては全部ひとりもので、しかも平均年齢二十四歳から二十五歳ぐらいの若い方です。その中に私と西沢氏、これは世帯を持
つておる者ですが、これが含まれてお
つて、最初から、今の赤津君の言うように、スの字だスの字だとか、
ストライキをやるべきだとか、このようなことをぼくらが
主張したというように申しておりますが、実際私は
労働運動というものを知らないのです。ですから、一応
書記長という役目を与えられたが、私にはできない、私は、こういつた非常に過激な運動といえば語弊があるかもしれませんが、こういう運動は、私にはできない。だから、
書記長をやめさしてもらいたいということを、私が
書記長に選出されたときに、
はつきり申し上げたところが、いや、みんながついて行くからやれ、そう言われて、やむを得ずといえばやむを得ずですが、私は
書記長に
なつた。そういう若い執行部の中に、私
ども、世帯主が二人ということで、私
どもの
意見、主義
主張というものが、多数決によ
つてきめられてしまう面がしばしば生じて来たのです。それで、私は非常に消極的で、
書記長ともある者がどうして強い
意見を吐かないのだ、こういうことを輿
委員に
はつきり言われました。言われたけれ
ども、私はできないということを最初から断
つてある。それを今にな
つてやれということは無理ではないかということを言つたり、それからこういうような過激なことは慎しむべきだということを、執行部に私は申したのです。しかし現在の執行部は、今も申し上げたように非常に若い人たちで、経済的にも私
ども世帯主よりも非常に楽な境遇にあり、気分的にも非常に、こうやればこうやるのだという無鉄砲なやり方をする。そういう人たちの執行部のために、現在の執行、部というのが非常に暴力的でありまた破壊的であり、非常に個人の人権とか、そういうものを無視した独走的な
組合の幹部なんです。
私はこういうことを
はつきり感じたので、六日の日に辞表を提出しましたが、二日ばかりやむを得ず私は
組合の仕事をしました。帰りましてよく
考えたところが、こういう
組合と一緒にや
つて行くということは、みずからしてみずからの職場をなくすようなはめに陥る、こういう結論に達したので、私は一人で
考えました。
考えて、これは私一人の力ではどうにもならない、
組合員全員に訴えて、何とかこの無期限ストを排除したい、こういう
考えで私はプリントを刷りまして、各人の家へ配付しました。それが、はからずもそういう私と志を同じゆうする人たちが集まりまして
——ただいま四回ほど集ま
つておると申しましたが、事実は二回集まりました。その二回というのも、別に強制したわけではありません、そういう気持の人が私のところに集ま
つてくれたのです。それで、無期限ストを避けるにはどうしたらいいか、それはとにかく仕事につくことである、もし執行部にじやまをされたら、それを排除しても作業につくようにしようじやないかということを申し合せたにすぎません。
たまたま会社の丸山係長が
——私の家に下条という係長がおりましたが、その方のところに連絡に来て
——私の家に寄
つてその
会議に参加しておるというようなことを今申しましたが、事実は別に会社から指示されてやつたことでもなく、また作戦を与えられたわけでもなく、私の一存でやつたのです。がゆえに、私が
労働運動というものを知らないので手落ちがあ
つてこのような
状態にな
つてしまつたということなのです。
それから、先ほどの
組合の暴力的なという裏づけは、中に非常にチンピラ
——チンピラといえば語弊がありますが、非常に凶暴なたちの人がおりまして、普通の作業をしているときでも、気に入らないことがあると、こんな大きな、ミシンをつくるテーブルの盤ですが、それを投げつけてよこすというようなことを平気でするような人が執行部の中におるのです。そういう人が、常に
組合員に対して、裏切者を出すんじやないぞ、卑怯者は去
つて行けというような高圧的な圧力を加えて、
組合員を何でもかんでも執行部の言うように持
つて行くようなやり方にする人がおるのです。そういつた非常に暴力的なことがあるのです。
それから破壊的というのは、非常に経営を麻痺さして、倒産のうき目にあうようなことをあえてする。実際、現在の中小企業は、金融引締めによ
つて非常に苦しい資金繰りの
状態を続けているのが、その実態ではないかと私は思うのです。そういう時代に、
ストライキをやるとか、部分ストをやるとか、そういうようなことは、すでに会社の作業を麻痺さして、われわれ作業に従事している者の収入減をあえて来さしておるような
状態です。
個人的な人権を非常に無視しておるというのは、現在会社は、すでに今までの百八十名の従業員を擁して経営して行くことは不可能だということで、企業整備を先日行いました。その折解雇通知を各人に送付しておきましたところ、執行
委員が各家庭をまわ
つて——それは全部かどうかわかりませんが、まわ
つて、解雇通知を全部一括返上するからよこせとい
つて集めて
——集めたが、その解雇通知を、実は会社をやめたいのだが、解雇通知を持
つて行かれたからやめられない、どうしたらいいかと言
つて、私
どものところへ泣きついて来た人があります。それは当然
組合長のところへ行
つて、もら
つて来るべきだということを言つたら、
組合長のところへ行つたところが、もう少し待てと言
つてよこさない。そんなことを言つた
つて、もらうときはもらえるじやないかと言うと、何でも執行部の人たちがおつかなくてもらいに行けない、こういうふうに若い娘たちは執行部というものを非常に恐れているのです。これはもう
組合の圧迫的な圧力、いわゆる暴力的なものがあ
つて、個人が個人的にそうやりたいということを無視された形にな
つている。こう私は思います。
それで、警察の問題に入りますが、警察の問題に対しては、決して私は告訴したわけじやございませんが、西沢守人さん、この人が
——私が十二日の日に事実つるし上げを受けました。それでただいま
委員長さんから読まれたように、輿君の陳情書があるといいましたが、それには、私はそういうことは言わないとありましたが、私に対しては、どてつぱらに風穴を明けてやるぞ、覚悟しているか、そんなものはたたき殺してしまえ、ちつともおつかなくねえぞ、こういうような暴言をも
つて私たちをつるし上げたのです。謝罪文のことに関しても、
組合員の中から追放してしまえ、会社から追放してしまえ、そういう
意見を出して、どうだどうだ、それでいいだろう、というようなことによ
つて、私を一応会社から追放するということに話ができたので、私も朝の八時半から夕方の五時まで、その間というものは、ほとんど百八十人のまん中に立たされて、のどがかわくので水を飲みに行きたいと思えば、どこへ逃げて行くか、逃げるのかというようなことを言われる。便所へ行きたくても行かれない。またお昼においては、わずか小さいパンを
一つ与えられたのみで、休憩時間も与えられない、こういうようなことで、朝八時半から夕方の五時まで続けられたときに、先ほ
ども輿君が警察で何が何だかわからなくな
つてしまつたと言われたように、私も実際そのときは、もう何が何だかわからなくな
つて、熱は出る、もうふらふらの
状態に
なつたときに、やめる、そう書けと言われて、私も書きました。書いたところが、それではいけない、あくまでも自主的にやめると書け、自主的にと書き込め、そういうふうに書き込まなければいけない。もうそうする以外、私は帰してもらえる方法はなかつたのです。ですから、私はそのときは、そう書くよりしかたがなくな
つてしまつたのです。その謝罪文も、一度ならともかく、二度三度、私だけでなく、
あと十一名の裏切者といわれる人たちも、一度でその謝罪文を書き終つた者は一人もおりません。全部少い人で二度、多い人は三度書き直されています。それはあくまで私たちが会社側と共謀してこういうことをしたのだというような、都合のいいように書かされたのです。私はあくまでそれを書かなかつたのが、最後にな
つてから、そう書き込まない限りは帰してやるな、これは
はつきりと赤津
組合長が言
つていました、と同時に、田中政明という議長がおりましたが、それが早くそう書いた方がいいじやないか、そうすれば帰れる、というようなことを言
つておる。結局、私の謝罪文を見ていただけばわかりますが、継ぎ足し継ぎ足し、もうまつ黒になるくらい継ぎ足されて、やつと私は帰されたようなぐあいです。これは明らかに私は強要されて書いたのです。その強要というのも、先ほど言いましたように、非常に暴力的な言葉、それ以外に、もう常日ごろからして執行部の一員には、先ほど言いましたように、チンピラ的な行動をとる者がおります。そういう者がいるために、もうすでに現在の
組合員
自体にすら、執行部がおつかなくて、執行部の言う通りにならなければおつかないから、私はこうやらなければいけないということがわか
つておるけれ
ども、できません、こういうように
はつきり言
つている人があるように、もう
組合執行部というものが、いかに圧力を加え、高圧的に出て、
組合員をや
つておるかということが
はつきりするのです。
いろいろと
あとさきが行き違
つてしま
つて、私の話がおかしくなりますが、その当日の十二日は、そういうような
状態で、私は一応書かされた。また先ほどの話にもどりますが、西沢守人さんの奥さんが、それを聞いて非常に恐怖を感じたのです。というのは、なぜかというと、十一日の夜十二時過ぎまで、輿
委員、橋詰行動隊員、まだ
あと名前は私忘れましたが、そういう人がうちのまわりをうろついて、まだ帰
つて来ないかというようなことを言
つて、うろうろしたのだそうです。それのみか、そのあくる日も、あくる日も、うちのまわりへ来て、西沢さんはいねえのか、どこへ行つた、出て来たら、そんなものはひどい目にあわしてやるぞ、覚えているがいい、こういうような言語で、常に西沢さんの奥さんに対して恐怖感を与えておつたのです。それが十五日の西沢さんのつるし上げ当日、奥さんが警察へ保護願いを申し出たという大きな原因だと思うのです。だれしも自分の夫が何をされるかわからない人たらに連れて行かれて、どこに連れて行かれるかわからないような
状態にあつたときに、その家族が不安なしにおられるということはおそらくないと思うのです。そういうことによ
つて警察に保護を願い出たということが端緒で、おそらく警察は、それから次々と出て来たことによ
つて、こうしなければいけないというようなはめに
なつたのじやないかと、私はそう判断します。
西沢さんの当日の様子も、今西沢さんがここにおりませんから
はつきりわかりませんが、私の聞いたところでは、表でまきを割
つておつた、そのときに四、五名の者がうちのまわりへ来て、西沢さん、用があるからちよつと来てくれないか、そう言
つて、先ほど言われた松本の中央公園へ連れて行つたそうです。そのときも、うしろから
あとを押すような
——つつこくるとか、押すとか、私はそういう点は
はつきり知りませんけれ
ども、何しろ中央公園まで連れて行つたそうです。中央公園で話ができるかと思つたら、白板の
闘争本部まで行
つてもらう、こういうようなことでも
つて、結局
闘争本部へ連れて行かれたのだそうです。
闘争本部に連れて行つたというのは、すでにもう執行部では、西沢氏をつるし上げをしてやるのだ、そういう計画的なもとでも
つて、連絡がとれてお
つて、白板工場、いわゆる
闘争本部でも
つて組合員を待たせてお
つてやつたのだと、私はこう思うのです。西沢さんもそのように申しておりました。暴力を受けたか受けないか、私はそういう点は知りません。しかし、十五日の問題はそれだけですが、またもとにもどりますが、十二日の私のつるし上げにあつた当日、あれはああいうような事態、いわゆる人民裁判的な行い、ああいうことが公然と行われるならば、それがたとい
労働運動の間においても、行われたならば、警察も裁判所も私はいらないと思います。先ほど赤津
組合長さんが申したように、私の言うことと非常に食い違いがあると思います。あ
つても、やはり赤津
組合長にしても私にしても、だれにしてもそうだと思いますが、自分というものがかわいくて、自分を守るということで、赤津
組合長も直実を申さなかつたかもしれません、あるいは自分の御都合主義で言つたかもしれません。私もそうかもしれません。しかし、ただいまの警察の問題は、明らかに警察が不法弾圧をしているというようなことは私は絶対あり得ないと確信します。
以上で終ります。