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降旗委員 占領政策として行われた
農地改革は、わが国農村における一大革命であ
つたのでありまして、
従つてこの革命の裏には幾多の犠牲者を生じたことも周知の事実であります。独立回復後においては占領政策の行き過ぎは当然是正されなければならぬのでありますが、
農地改革、
農地制度もその範疇に属するものと思うのであります。しかしながら
農地制度並びに
農地法の是正は、単に旧地主の失地回復という観念にとらわるべきものではないのでありまして、それはあくまでも食糧増産の立場から、社会正義確立の立場から論ぜられねばならぬと思うのであります。申すまでもなく食糧の増産はわが国政治の重大案件であり、今日の政治もまた社会正義の立場から強い批判を受けておることば申すまでもないところであります。
従つて私は、かかる
観点から今日の農村を見ますときに、幾多の困難を発見せざるを得ないのであります。
まず第一に申し述べたい点は、零細農が漸増するという憂うべき
傾向が顕著であり、この
傾向は農民の生活をいよいよ困窮化して行くということであります。終戦まではわが国は長子相続の制度によ
つて、父祖伝来の
農地はおおむね長子の手に維持されて来たのでありますが、今日は均分相続制に切りかえられたのであります。しかも個人主義の
傾向の強い時代におきましては、
農地は現実に細分相続されるか、または
農地を
自己においてまとめて維持しようとするには、他の均分相続さるべき
農地を換金評価して買い取らねばならぬことになるのでありまして、これは営農、耕作、金融、家計の上に重大なる困難と危険を生ずることになると思うのであります。
第二は耕作地が固定化し、生産性が阻害せられるに至
つたことであります。
農地改革後すでに十年近くを経過いたしました今日におきましては、数多い農家のうちには、家庭の労力、人口の構成に大きな変化を生じたものが少くないのであります。
従つて激減した家族人員では十分に耕し切れない田畑を
所有しておる。しかるにこれを他人に貸与すれば、再びとりもどすことができぬばかりか、場合によ
つては他人に
所有権を奪われてしまうのであります。これはか
つて小作人として地主から借りていた田畑を、自作農として自分の
所有に取得した新地主の人々にとりましては、その身に引き比べて痛切に感ずるところであるのであります。
従つて一方には過剰に耕作労力があるにもかかわらず、この労力不足の土地が閉鎖されて解放利用されないことになるのでありまして、はなはだしきに至
つては、他人に貸与するよりも、かやでも育ててこれを刈
つて売
つた方がよいという者すら出て来るのであります。以上のごとき事態が生ぜざるを得ない理由につきましては、
一つには小作権の問題、二つには小作料の問題が障害をなしておると思うのであります。申すまでもなく、地主と小作人が対立していた時代には、弱者である小作人を保護するという立場から、耕作権を特に重く見る必要があ
つたことは当然でありましよう。しかし農革以来、この小作人は自作農、すなわち地主にな
つたのでありまして今日は特に耕作権を偏重し、ことさらに
所有権を軽視すべき理由がないと思います。現在の
農地法によるきゆうくつな
規定を緩和いたしまして、土地
所有者が自作することを適当とする場合は、小作契約を容易に解約し得る道を開くことは、
農地の利用を活発にするゆえんであると思うのであります。
次に小作料の問題は、
法律の上では厳重なる規制が設けられておりますが、しかしこれは現実の農村には適しておらない。現に小作料がその
農地の公租公課と大差なきものすら存在するのでありまして、
従つて無謀なるやみの小作料を防止することはもちろん必要ではありますけれ
ども、さらにかくのごとき経済事情を無視した過少なる小作料を是正しなくては、
農地の経済的利用は、これを
期待するわけに行かない、こう思うのであります。
次に終戦以来農産物物価のやみ相場が横行いたしました当時は、小作人にとりましては、金納制度の小作料が便利であ
つたでありましようけれ
ども、やみ相場が公定価格より下まわるがごとき現象を生じております今日におきましては、地方によ
つてはかえ
つて物納の方が便利であるのでありまして、物納と金納の両建を認める。これをその地方によ
つてあるいはその場所によ
つて自由に選択する必要があるのではないかと思うのであります。すなわち以上申し述べました、諸点を改めることによ
つて農地を有能なる農民に解放し、その弾力性と生産性を回復して、増産の
目的を達せなければならぬと思うのであります。
第三に、農革によ
つて取得された
農地は、その本来の
目的は、これを
農地として利用するにあ
つたことはもちろんであります。でありますから、この
農地が他の
目的のために転用され、または宅地その他地目変換によりまして、他人に買却されるがごとき場合に対しましては、適当なる対策を講ずることが当然であると思うのであります。今日
全国農地の事情についてこれを見ますと、かくのごとき実例が決して少くないのであります。わが国は現在毎年約三万
町歩の田畑が消滅して行くのでありますが、このなくな
つて行く田畑は、主として熟田、熟畑であるのでありまして、このうちおよそ半分は天災によ
つて荒地となり、他の半分は工場敷地、宅地、道路敷地その他に転用されていわゆるつぶれ地とな
つて行くものであります。
従つてこの
農地の
所有者の中には、か
つて旧地主から小作地を引取り、新地主と
なつた人々も多いのでありまして、かくのごとき人々は、か
つて一反歩数百円で買い取
つた農地を、数年後の今日は
農地としては十数万円、宅地としては数十万円に売却しておるのであります。か
つての地主は、零落して生活にも困
つておる。しかるに
農地改革によ
つて小作人に僅少な価格で譲渡した田畑が、今や莫大な価格で転売され、その代金をふところにした新地主すなわちか
つての小作人は、農業を放棄して、他の職業に転向して行く。こうした現象は
農地改革の趣旨に反するものであり、社会の正義に適せざるものである。旧地主の断じて納得のできかねるものである。こうした事実は、毎年つぶれ地になる
農地の莫大な面積によ
つても、その
事例の少くないことを立証することができるのであります。かくのごどき矛盾と不合理をそのままに容認しておくならば、農村の純朴なる美風は、必ずや汚濁せられるであろうと思います。
従つて農地の転売または
農地以外のものに転用する件に関しましては、
農地法に
規定する十年の拘束期限は、今日の実績について見ますると、不備の点が多いのであります。これが期限をさらに延長するとともに、この期間内において
農地を処分する場合には、旧
所有者、現
所有者にもあわせて
利益を均分せしめる必要があると思うのであります。
第四には、
国家が買収した未開墾地の件であります。この未墾地を国が個人に売り渡した場合においては、売渡通知書に記載されている開墾を完了すべき時期までの中間のときにおいて、状況検査をするものとし、この場合成績が著しく不良であり、また開墾完了の見込みがないと認めたものにつきましては、国がこれを買収できるものとし、国が買収をしない場合は原
所有者は国に対しこれを買収、売りもどすことを請求することのできるようにすることが必要と思うのであります。
さらに申し述べたい点は、国がすでに買収せる未開墾地であ
つて、
農地法施行後三年を経過するもなお売渡しを完了する見込みのないものにつきましては、これを上述同様の原
所有者に返還すべきものと思うのであります。これは未開墾地を中途半端な状態に何どきまでも放任しておくことは、土地の利用を妨害する結果となると
考えるためであり、また一面においては、
買上げ当時の事情を今日是正することができると思うからであります。
以上は
農地改革以後の農村に起りつつある注目すべき現象について申し上げたのでありまして、この事態はそのままに看過すべきものでないと思うのであります。
当局におかれましては、いかなる所信があられるか、この点を承りたいと思います。