○都築参考人 それでは御要求によりまして、先般三月一日でありましたか、南方で原子力の実験の結果発生したと思われます灰をこうむりました第五福竜丸の船員の被害状況について一言御説明を申し上げます。
その状況を漁師の方に伺つたところによりますと、朝早く三時過ぎだそうでありますが、魚をとるべく網を入れておつたところが、はるか遠方に光が見えた。それから数分たちましてから鈍い爆音を聞いたそうでありますが、それから一、二時間たちましてから、ちようどさみだれが降るようにその辺が曇
つて参りまして、そうして何か灰のようなものが落つこ
つて来た、こういう話でございます。その当時まぐろをと
つておつたわけでありますが、大部分の人は別に大して気もつかなかつたが、一部の人はひよつとしたら何か原子爆弾に
関係があるのではないだろうかということ百であつた。かつ船の油も残り少く
なつたという状況で、とつた魚だけを積み込んで母港の焼津港に帰
つて来たちようど十四日に帰り着きましたから、その百トンばかりの船に、二十三人の人間が二週間ばかり乗
つて来たわけであります。
それで帰
つて参
つてからの問題でありますが、その人たちが灰をかぶ
つて二日、三日たちますと、顔とか手とか、その当時外に出ておつたところが赤くはれまして、ひりひりむずがゆいような感じがして、続いて一部には水ぶくれみたいなものができました。これはたいへんなことだと言いながら、中には船に乗
つていた人で気持が悪くな
つてものを吐いたという人もあります。帰
つて参りますころには、赤いところがやけどというか、海水浴に
行つてやけたのの少し程度の強いような程度にな
つておりました。それで焼津に帰
つてそこの共立病院の外科のお医者さんに見てもらつたところが、どうもこれは何か原子爆弾のようなものに
関係があるから、
東京に
行つて都築医院に
行つて見てもらつたらよかろう、こういうことを言われまして、そのうち顔と手が一番ひどくやられておる二人の方が
東京に出て参りました。そうして私
どもの大学にたずねて見えまして、それから事が始まつたことにな
つております。それが月曜日のことでありましたから十五日の夕方で、今からちようど一週間前であります。私は通知を受けまして翌日の火曜日の十六日にその患者を見ました。どうもこれはやはり放射能による障害でなければならぬ、同時に船の上に降つた灰を集めまして、一グラムばかり紙に包んでその漁師の方が持
つておいでになりましたが、それを見ると非常に放射能が強いので、これは原子爆弾のようなものが爆発したときに、すなわち原子核の破壊という現象が起りました際に発生する原子核分裂生成物であるに違いない。それであればこれは容易ならぬことだというわけで調査を始めたわけであります。その調査は大体において二つの部門にわかれます。
一つは医学部が主として担当いたしまして、医学的にその放射能を調べる。それから病人の模様をいろいろ調べること、今日まだ継続しておりますが、大体今朝までに大ざつぱながらその見当がついて参りました。第二の方面は理学部、主として化学の木村教授が主任になりまして、その船に落ちました灰を分析して、その中から成分を見つけ出すことであります。両方にわかれたものでありますから灰は〇・五グラムずつくらいになりました。その〇・五グラムずつの灰を分析いたしまして、今朝の十時まで大体その真相をつかむことができました。従
つてもうどこからも知らしてもらわなくても、少くとも
日本の第五福竜丸の上に落ちて来た灰の成分、並びにそれによ
つて起る障害の模様の筋道だけはわれわれの手によ
つて、
日本医学の手によ
つて一週間の間に判明することができたということを、まず最初に申し上げておきたいと思います。
これまでたびたび私新聞にも発表いたしましたが、これが月の世界からでも降
つて来たものであれば、聞いてみる相手もないのでありますが、もし地球上にだれか知
つている人があるならば、人道上知らしてもらうと都合がいいということを主張しておりましたが、今日以後はその主張をする必要がもうなく
なつたということを、皆様のお耳に入れておきたいと思います。
順が逆になりますが、まず第一にその灰の成分、これは東大の理学部の木村教授のもとでやられました。御承知のように木村教授はこういう放射性物質の分析化学におきましては世界的の権威であります。かつ、今からもう八年前になりますが、広島、長崎でそういう方面の研究をされました。ところが学会前の非常に忙しいときでありましたので、教室員が日夜奮闘いたしまして、今日までに大体その主成分を見つけ出すことができました。それからまず申し上げておきます。
第五福竜丸に落ちました灰、これについて誤解が起るといけないと思いますので、一言あらかじめお断り申しておきますが、われわれがこれから申します成分は、第五福竜丸の上に落ちて来た灰に限り申しておるのでありまして、ほかのところに落ちた灰が、どんな成分であるかということはわれわれにはわからない。第五福竜丸に落ちました灰の主成分は、普通の化学の分析では炭酸カルシウムであります。大部分が炭酸カルシウムの化合物であります。これは想像いたしますると実験をした島がもし珊瑚礁であるとすれば、その珊瑚礁のかけらではないか、これは想像であります。この炭酸カルシウムに、さつき申しました原子核の分裂生成物が付着しておるというのであります。今までその付着しております原子核の分烈生成物で確かだとわかりましたもの、これは非常に重大問題でありますので一々申し上げますと、まず第一は放射性のジルコニウムであります。こういう放射性の原子核分烈生成物は、その放射能が時間とともに漸次減
つて参ります。それはきま
つております。この放射性のジルコニウムが放射能が半分になります、すなわち半減期と申しますが、半減期が六十五日であります。六十五日たちますとその放射能が半分になる、さらに六十五日たてば四分の一になるというようにだんだん減
つて参りますが、永久にゼロにはならないのであります。第二には放射性の二オブ、これは半減期が三十五日のものと九十時間のものと二種類発見されております。それから放射性のテルルというものがあります。このテルルの半減期が七十七時間であります。それから放射性の沃素というものがあります。この沃素が二種類ありまして、半減期が二・四時間のものと、八日のものと二種類出ております。これで六つになります。なおそのほかにストロンチウムというものが出ております。ストロンチウムには二種類出ておりまして、これはわれわれの方から言うと非常に重要なもので、ストロンチウムの八十九番というものが
一つと、ストロンチウムの九十番というものが
一つと二種類出ております。ストロンチウムの八十九番と申しますのは、半減期が五十三日であります。それからストロンチウムの九十番と申しますのは半減期が二十五年であります。この二十五年にあとから非常に
意味が出て参ります。その次にバリウムというのがあります。バリウムの半減期が十二・八日であります。それからもう
一つランタンというものがあります。それは半減期が四十時間であります。それだけのものでありますから大体十になりますが、十の放射性物質が灰から見つけ出されておるのであります。それからこういう原子核分裂生成物として、多分そういうものもあるかもしれないという
意味で調べてみましたけれ
ども、発見されなかつたものが三つございます。これは亜鉛と銀であります。それは検出されないということになります。それからコバルト、例のコバルト爆弾とか騒いでおります、放射性のコバルトは検出されていないのであります。これはないという話であります。今日まで化学的にわかりましたものはそれであります。従
つてこの成績から学問的に判断いたしますと、原子核の分裂が起つたのであろうということは、もう十分に確かに言うことができると思います。それぞれ重要でありますが、このうちで一番医学の立場から人間の被害という立場から申しまして、一番重要な問題はストロンチウムとバリウムであります。ことにストロンチウムの九十番というものは、人体の中へ入りました場合の新陳代謝が、カルシウムとまつたく同様に行われるものでありますので、好んで骨に沈着いたします。それから一旦人体の中に沈着いたしますとなかなか排出されにくいという点が、非常に特異のものであります。そのストロンチウム九十番の放射能の半減期が二十五年であるということが非常に重大な問題になります。たとい微量といえ
どもこういうものが人体の中に入りまして、骨の中に沈着した場合、その放射能が半分になるのに二十五年かかる。さらに二十五年た
つて、五十年でやつと四分の一に減るという点、何とかしてこれを早く無害な状態にして、からだの外に取り出さなければならないというのが、われわれ被害者の治療に当
つておる者に課せられた重大な問題だということになるわけであります。
ところで今申しましたような成分を持つた灰でありますが、その灰をこうむつたら一体どうなるかということであります。これはよう話がわか
つておれば、そういうものが降
つて来たら急いで逃げるか、あるいは不幸にして逃げるひまがなくて、着物についたり何かしたら、着物を脱ぎ捨てる、すぐ何べんもふろに入
つて一生懸命洗えばいい。何様百トンという小さな船にまぐろやさめ、そのほかにたくさんの魚を積んで、ほとんど人間の住むところのないような小さな木造船、それに二十三人という人が乗
つて、かつそういうものに対する知識がほとんどない。これは無理もない。それが二週間の間、航海して港に帰
つて来たというのでありますから、その間非常な害を受けて帰
つて参りました。その船を専門家が調べまして驚いたことは、その船の放射能たるやたいへんなものであります。その調べも大体の材料をここへ持
つて参りましたけれ
ども、たとえば甲板の上のボートの置いてあるところなんかは、放射能の単位で申しましてミリレントゲン・パー・アワー、一時間にレントゲンの千分の一、その単位ではかりまして百十、それから船員室が八十というのであります。これがどの程度恐しいものであるかと申しますと、今国際間に放射線の学問の方で、放射能の障害というものが非常に問題にな
つているのでありますが、その障害を受けた際に、このくらいの程度であればよろしいという許容量というものがあります。インターナシヨナル・パーミツシブル・ドウヅというものがありまして、国際的に許される量がある。それは一週間に三百レントゲンということにな
つております。従
つてもしかりにそこに住んでおるとすれば、それを一週間の時間で割ることになりますから、一時間が一・八ミリレントゲンということになります。そういう程度までは住んでもさしつかえないということになる。ところが今申し上げましたように、船員室にしてすでに八十であります。一・八というのがどうやらよろしいというのに対して八十でありますから、もう非常な強さであります。ところがこれは二週間た
つて帰
つて来ての話で、この灰を医学部の放射能科で調べましたところが、大体現在一日に一〇%程度減
つておる。ですから初めのうちはもつと早く減つたろうから、それを逆にもとして考えましても、もう初めの時期の放射能は相当に強いものであつたろうということが想像できるわけです。これは計算すれば出て来るわけですが、従
つてそういう強い放射能のある狭い船の中に二十三人もの多くの船員が住まわれて、別に風呂もあるわけでもなく顔も洗われないという状態でありますから、着物に一ぱいそれが着いておる。それが狭い船員室の中にごちやごちやに住んでおる。とつたまぐろも食べたというのだから、手も汚れますし、灰もごみとして大分吸い込まれて、からだの中に入
つているだろうという想像もつくわけです。これはたいへんなことだというので、東大に入院された方をいろいろ調査をいたしました。あまり詳しいことはあとで模様によつたら
お話申し上げますが、初め驚いたことは、例のガイガーというごく簡単にはかるものを持
つて行きますと、ガアツという音がするくらい鳴るのであります。からだの表面、頭の毛が一番強くて、それから顔、首、わきの下、それから手、陰部、足というふうな、着物を着ているところでは割合に洗いにくいところ、あかのたまりやすいところに一ぱいついておる。それで、中にも入
つておるだろうというわけで、もし中に放射能が入りますと、ことに骨に入るということでありますと、骨の中にあります骨髄といいます血液をつくりますところが障害を起しまして、貧血その他が起りますので、いろいろ赤血球と白血球とかを調べてみました。初め参りましたときは、先週の月曜日から火曜日にかけて、そうひどい赤血球の減ということは認められなかつたのでありますが、これはたいへんなことだというのでさつそく治療を開始いたしました。治療
方法としては、もう御承知のことと思いますが、こういうふうにできました放射能は、今の学問の治療では、酸をアルカリで中和するように、打消して毒を消すという
方法は全然ないのです。ただ機械的にこれを洗い去る、あるいはからだの中に入つたのであれば、小便とか大便とか汗、呼吸の排気、そういうようなもので外へ出すよりほかに
方法はない。もう
一つは、ただだんだん放射能が自然に減
つて行く時間を待
つているよりしようがない。ところが先ほど申しましたように、短いのは二・四時間というのがありますが、そいうものであれば一日、二日たてばなく
なつたように微量になりますが、六十日とか、七十日、あるいはストロンチウムの九〇のごとき二十五年で半分になるようなものは、大体五十年待
つてお
つて四分の一になるのでありますから、時間を待
つて、自然に減
つて行くのを待つというようなことは、治療
方法としては採用できないことになる。結局洗い去るか押し出すかするより
方法はないということになる。それで頭の毛やからだの毛は全部かりとり、そりとり、そして石鹸のようなもので洗いまして、からだの外についているものを極力落すということをまず始めたのであります。たとえば一例を申しますと、一人の人の頭の毛に九・〇ミリレントゲン・パー・アワーという放射能のありましたのを散髪いたしました直後は、二・〇ミリレントゲン・パー・アワーになりました、九が二に減つたわけです。大部分は髪の毛についておるわけで、髪の毛をとりましたら二・〇に単位が下りましたので、その後三、四日一生懸命にいろんなもので洗いました後にはかりますと二・〇、あまり減
つてない。つまりもう皮膚の毛穴とか汗の腺とかいうところにしみ込んでいるものは、なかなか取りにくいということがわかりました。けれ
ども総体として、からだの外についております放射能性の物質は、そういうふうに機械的に洗うということになる。また洗うにも石鹸の種類とかいろいろな薬によ
つて落ち方が違いますので、それを研究いたしまして、いろいろ洗
つております。非常に手数がかかるのでありますが、一生懸命にや
つております。それによ
つて大体少いところが四分の一、多いところが十分の一ぐらいに減
つております。たくさんあつたところは十分の一ぐらになり、少ししがなかつたごろも四分の一ぐらいに減
つております。しかしこれを全部ゼロに取り去るということはむづかしいんじやないか。皮を全部むいてしまえばとにかく、少々のあかすりぐらいでは取れないという状態にこびりついております。今から言えば非常に残念なことでありますが、そのビキニの付近で灰をかぶつた瞬間に、そこに
東京大学がありまして、そしてわれわれが一生懸命に洗
つていればこんな問題にはならなかつたのでありますが、不幸にして二週間の間
東京大学がそれを知らなかつたということは非常に残念なことであります。今後こういうことに
なつたら、すぐに
東京大学へおいでになれば、洗
つて差上げるということも言えるのであります。それは一例でありますが、今度はからだの中に入つたものをどうするかという問題でありまして、これは一方において医学部で動物実験を現在
行つております。その第五福竜丸へ落ちました灰をねずみに食わして、それから注射してみる。そうするとその放射能性の毒物がねずみのからだのどういうところに分布してどういうぐあいになるのだろうという検査であります。これは治療上非常に必要なことであります。その見当がつきますと、そのデータの上に人間の治療を進める。それを今日までわかつたことを申しますと、ねずみに食べさせますと、食べものの大部分は胃から、腸から便にな
つて素通りするようであります。それはまず一安心といえますが、その一部分が吸収されます。胃あるいは腸から吸収される。そして肝臓に入る、そして腎臓に
行つて一部分は尿に出ます。それから一部分は腸にまた参りまして大腸から便の中に出ます。ところが驚くべきことには、一部分吸収されたうちの大部分が骨の中に入る。骨に入つたものが今後一週間、二週間とどういう状態で骨の中に残
つておるかということは、まだ一週間たつたばかりですから、時間が足りなくてまだわれわれには言い得ない。今後ずつとそれを続けて行きたい。そのためには灰が足りない。もう少しその灰がどこかにあつたらくれないかという希望も起る。で、第五福竜丸をごらんに
なつた方もあるかもしれぬが、もう灰はない。船にしみ込んでいる。船を削
つてそれをねずみに食べさせるかということになるのですが、どこかに灰を持
つている人がありましたら御提供を願いたい。ところで、注射いたしますと大部分は骨に入
つてしまう、それから肝臓腎臓に入る。それから出るのは腸に出て来ます。腸の中に出て来るということは、治療の上において非常に明るい見通しの
一つでありまして、腸の中に少量ずつでも出て来れば、それを便としてからだの外へ排出することが可能であるという見通しがついて参りまして、今後極力そういう方面の治療を進めたい。
一方白血球の問題でありますが、入院された当時は六千あるいは七千くらいで、ほとんど普通の人の数でありましたのが、だんだんに減
つて参りまして、きのう、きようあたりは四千台を前後しており、半分くらいに減
つております。
〔
委員長退席、
青柳委員長代理着席〕
焼津の人のうちで一人、きのう二千九百幾らという
数字が出たそうでありますが、二千以下になりますと、生命の危険ということを考えなければならないことになります。
それから骨に入りますから、骨髄を障害するわけであります。人間で骨髄の検査がやられておりますが、それは骨に針をさして、骨髄の一部を吸い出しまして一いろいろな細胞の検査をするのですが、骨髄を正確に検査しましたのが、今日まで六例でありますが、六例とも骨髄の細胞が減
つております。骨髄の細胞と申しますのは、一立方ミリメートルの中に骨髄細胞というものは大体二十万程度あるのが普通でありますけれ
ども、その数が約半分に現在減
つておる。骨髄細胞が減
つておるということは、非常に重大な問題であります。ことに骨髄の中に巨大細胞というものがありまして、それは血小板というのをつくるんです。血液の中の血液の凝固とかいうものをつかさど
つている血小板というものをつくるとされております巨大細胞というものが非常に少くな
つておる。一方血液の検査で、血小板というものは、普通一立方ミリメートルの中に二十万くらいあるのでありますが、それが十万くらいに減
つておる人がある。これが五万くらいにまで減
つて来ると、出血症状が起
つて来るのですが、まだ出血症状が起るまでに血小板は減る時期が来ていない。今ちようど被害後三週間であります。今後もう一週間後の四週間か五週間くらいのときが、非常に重大な時期じやないかと私は考えております。こういうふうに血液に相当の変化が起
つて来ておりますので、この際治療上万全の手を打たなければならぬ、こういうことであります。
もう
一つ誤解を防ぐために申しますが、広島、長崎の場合は、原子爆弾が爆発した瞬間に出ました非常に強い熱と爆風と放射能と、三つの作用によ
つて数万、数十万という人が障害を受けた。ところがその原子爆弾が爆発してできた粉は、幸いなことには広島、長崎の町には落ちて来なかつた。非常に高いところへ吹き抜けてしま
つて、ほんの一部しか落ちてこなかつた。そのために特別な障害を受けたという人はなかつたけれ
ども、今度の場合は非常に遠方でありますから、何が爆発したのだか知りませんが、爆発した瞬間に出た強い熱と爆風というものは、第五福商丸はちつとも影響を受けていないわけです。ただどういうわけでありますか、爆弾のかけらといいますか、灰が落ちて来たということで、こういう状態に
なつたのであります。従
つてわれわれの仲間で相談いたしまして、今度の漁師たちの損害の病名は、決して原子爆弾症と言
つてはいけない、急性の放射能症と言うべきであろうというふうに、ひとまず決定いたしました。
大体のところそういうことでございますが、なおそれにつきまして、ほかにも少しデータを持
つておりますので、お尋ねになる点がございましたならば、後ほど御説明を申し上げたいと思います。