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石井国務大臣 昨
年度の
予算を議せられました
議会において初めて戦後
船舶に対する
利子補給の問題が現われたのでございます。それから二十八
年度の
予算を議せられるときに
あたりまして、さらにこの
利子補給の度が強化されたのでございます。この問題と、それから
開発銀行の
融資は、昨
年度におきまして二百二十億の
財政資金をもちまして、これで
計画造船の
政府の
資金による
計画を立て、その不足の分は
市中銀行よりそれぞれ
造船割当を受けた人が
融資を受けたようなことにな
つておるのであります。来
年度の
予算には百八十五億円が
政府融資として計上されておるのでございます。これが大体のところでございますが、いろいろ
世上うわさに上
つておりまする問題は、本年の
予算に関する問題だと考えるのでございます。まず
計画造船のことでございますが、これは本
年度二十五万トンを
建造することにな
つたのでございます。
前期に約五万トン、
後期に約二十万トンの
計画造船を
決定いたしたのでございます。これは今まで一次から八次までの間にもいろいろな方法によ
つて計画造船を
決定したのでございまするが、どれもまだ物足りないのがいろいろありまして、結局昨年の春ごろに
あたりまして
造船を
決定——いわゆる九次の
前期でございますが、この九次の
前期をやります場合には、
開発銀行でもいろいろ取調べをし、それから
運輸省におきましても、はたしてどこの
造船所、どこの
船主に割当ててしかるべきかというようなことを、
航路の問題でありますとか、船の性質のわけ方等いろいろな点から配置を考えまして、そうして
運輸省としては
候補者を相当数出して
開発銀行に送
つたのでございます。そうして
開発銀行においてそれを検討いたす、
開発銀行が大部分の
融資をするのでございますから、
開発銀行がこれをいろいろ検討して、
自分たちの方の考え方を加えまして、それによ
つて私の方にあらためて
相談かありまして
決定をいたしたのでございます。
後期になりますると、
開発銀行もさることながら
市中の
銀行が一番よくその
船主になる
人たちの
事情を知
つておるのじやないか、そして
市中銀行の
首脳君
たちにもこの
船主決定に参画してもら
つた方がよりいい結果を来すのではないか、それで
開発銀行と
運輸省と
市中銀行というものの三つが集まりまして、
資料を持ち
寄つて相談したらどうであろうかということを、私の
提案として持ち出したのでございますが、
市中銀行はいろいろな
取引の
関係があ
つて、あるものに賛成し、あるものに賛成しないというようなことがわかると、
取引の上にも困るというふうなことであ
つたように
承知しておるのでありますが、
市中銀行は、いろいろ一個々々について
意見を聞かれればお答えするけれ
ども、全体的に
相談にあずかるということはかんべんしてくれということでございました。これに対しまして、
開発銀行とも
相談いたしまして、それでは
開発銀行とわれわれの
運輸省とが
寄つて相談をしようということの話合いを私と
開銀総裁とがいたしたのでございますが、おのおの
資料は両方でつくり
合つて、そうしてこれを持ち
寄つて話をしようということで、
運輸省は
運輸省、
開発銀行は
開発銀行の
建前から、各
船主についていろいろ
調査をいたしまして、これを持ち寄りまして最後に
決定をいたしたような手順にな
つておるわけでございます。
それから
利子補給の問題でございますが、これは前
年度におきましては
補正予算で組まれたのでございますが、
開発銀行の
利子を七分五厘の
程度になるように
政府で
利子を補給するということで、初めて戦後
利子補給の問題が出て来たのでございます。これは当時
議会で論議されましたから、御
承知の
通りでございますが、一昨年ごろからだんだん
海運市況が悪くな
つたような
状態を呈して参りまして、
金利の
支払い等もなかなか困難な情勢にな
つて参りましたので、とにかく
利子補給をして行く方がよろしかろうということに
議会において
決定されたわけでございます。戦争前においては、御
承知のように、
航路補助でありますとか、
利子補給等、いろいろな形で
海運の
助成策が講ぜられてお
つたのでありますが、戦後は、御
承知のように、
日本海運は
壊滅状態になり、それから立ち上るのには非常に苦しい
状態に
船主はもちろん、
日本の
国そのものが置かれたわけでございます。それは戦時の
特別補償海運に対しては打切るということになりましたために、
海運会社は船は持たなくなり、そうしてこれを再建するには何らの資産も持たないというような哀れな
状態にな
つてお
つたわけでございます。また御
承知のように、
日本に対して
戦勝国といわれる国々の中には、
日本の
海運の
回復をどうしても押えておこう、
海運を押えて行くことはすなわち
日本の
経済復興を押えるゆえんであり、これによ
つて戦勝国はその間に早く
回復をする、
戦敗国は
あとからそろそろ
回復するようにしてや
つたらよろしかろうという声がみなぎ
つておりまして、
講和会議のときにおきましても、ほかのことは
経済の自由を許すが、船の問題だけはいけないという声が
戦勝国の間にもあ
つたことは御
承知の
通りであります。幸いにいたしましてアメリカのいろいろなあつせんによりまして、
海運も無条件で
回復するという筋だけは認められたのでありますが、さて今申しましたように、ここに何ら
資金も持たない、船も持たないという
状態でありましたから、やむを得ず
日本の国としては
海運の
復興にはあらゆる助力をして、その
資金面等においての力を、
政府も貸すということにな
つたのがこの
計画造船の始まりだと
承知いたしております。そういたしましたところが、幸いと申しますか、
朝鮮動乱が非常に
海運の復活にいい刺激になりまして、数年前まではいい
状態で、だんだんと
回復をして来、
従つて政府資金その他において借りておる金も、第五次までの辺はほとんど返還ができるような
状態までな
つて来ておるときに不況が来たわけでございます。そういたしますと、
世界の
海運界に復帰して、いろいろな
航路がだんだんと昔のように
回復の緒について来たと申しながらも、まだ船の量においては非常な欠乏でございますので、これに対しまして私
どもは、二十八
年度から向う四箇
年間、毎年三十万トンを目標として、百二十万トンの
外航船舶をつく
上りげたい。こういたしますと四年後には戦前の約七〇%の船を確保することができることになりまして、これで
世界の
海運国に伍して
競争ができるようになるであろうというのが私
どもの願いで、今日まで進んで参りました。また
朝鮮事変が治まりまして、
世界が一応安定の形をとりますと同時に一
船運賃というものがだんだん下
つて参りました。昨年
あたりから
船会社においては配当はもちろんのことできないし、
銀行から借りております金の
利子の
支払いも困難だというような
状態にな
つて来たわけでございます。
世界の
先進国の様子を見ますと、
イギリスあたりにいたしましても、その他の勝ち誇
つた国におきましても、
相当船も
残つてお
つた。それに
従つて相当な
自己資金も持
つておる。かつ金を借りて船をつくるという場合においても、三分とか三分五厘という低利でありますが、
日本はさつき申しましたように、
自己資金というものはほとんどゼロにされるような形にな
つておるところへ、全部借金をする。その
金利が相当高いのでありますから、これではどうしても
世界の
競争には耐え得ない。ここに一つの悩み、峠があるわけであります。そこで一昨年の
臨時国会に初めて
利子補給の案が出て、さつき申しまするように、実際七分五厘まで払えばよい
状態まで
補助してもらいましたが、二十八
年度の
予算を組むときに
あたりまして、私
どもはできれば
政府の
資金ぐらいは三分五厘
程度まで下げてもらいたいということの念願は持
つておりましたけれ
ども、なかなかそうも行かないものであろうと思いまして、順次その次にお願いするということにして、まず
市中銀行の
金利も、それから
開発銀行の
金利も五分になるようにという案を初め考えてお
つたのでございます。ところが
海運の
重要性をいろいろ論議しまして、話を進めて行くうちに、
開発銀行を通します
政府資金を三分五厘まで下げ、
市中銀行は五分までになるようにして、これでしつかりと
日本の
海運の進出を支持して行こうではないかということになりまして、私
どもはその線によ
つて提案をいたし、皆様の御賛成を得て、そのように
決定しておるのが今日の
状態でございます。さてその次の問題までもついでに申し上げますと、来
年度の
予算におきましては
金利が平
年度の
支払いになりますので、相当大きく
予算に出て来るのでございます。昨年は八月以降ですから少くてよか
つたのでありますが、本年は全
年度ということになりますので、三十数億の金が計上されることにな
つておるのでございます。これにつきまして
政府の
資金が非常に手詰まりでございますために、どこか少しずつでもこういうものへの
政府の支出を少くして行こうじやないかということからいたしまして、
政府資金に対しまする
利子は、今は三分五厘でありますが、五分まで
政府が
利子補給をする。これで本年と同じような額になるようにする。残りの一分五厘は
開発銀行が進んで
利子を引下げるという形をとることにな
つたのでございます。また一方これは
予算の面にはあまりはつきり出ないので、御
承知ない方もあると思いますから申し上げますが、昨年
利子補給問題をきめますときに考えられたのは、この
利子補給がありますれば、
自然海運界におきましては、
銀行から借りております
利子の
支払いが大部分可能になるわけでございます。このために利するところはどこかと申しますと、
市中銀行が、
金利を払
つてもらえぬかもわからないものが、きちんと払
つてもらえるような
状態になるということであれば、この
利子補給のおちつくところはどこにあるかというと、
市中銀行そのものを大いに利するのであります。利するだけであ
つてはならぬではないか、君らの方ももし
利子補給がなか
つたならば当然滞納になるものが相当よく支払われることになるのだから、君らの方も一役買うべきではないかというので、私は昨年の秋ごろ
市中銀行の
首脳の
人たちに集ま
つてもらいまして、
海運に対する
金利の引下げについて要望をいたしたのであります。いろいろな
事情があ
つて、なかなかそう私
どもの
思つたようにや
つてはもらえなか
つたのでありますが、日歩二厘、年七厘三毛、
市中銀行の
利子を減額することになりました。これが平年にいたしますと約三億くらいの
金額になるわけでございます。これを
市中銀行の
人たちは、
海運会社は三分五厘の
政府補給ではまだまだほんとうにしつかりしたつつかえ棒にはならないから、われわれの方の出す金も
船会社の方に
補助の形でまわしてくれないか、要するに
自分たちの払う金を
船会社の方に入るようにしてくれという希望があ
つたのでありますが、われわれとしては
開発銀行の
金利三分五厘、
市中の五分ということまで援助しておるから、その金は
政府に納めるべきであるということにいたしまして、
政府に納入させることにいたしたのでございます。そういうのが大体今日までの
経過でございます。