○吉野
参考人 私は特に自分の
関係しております
言論、出版、
報道の部面からこの
法案についての自分の見解を申し上げたいと思います。全般的の
法律上の問題につきましては、すでに
海野先生の御
発言もあつたようでありますから、その点につきましては言及いたしません。また私に特にその資格があるとも存じませんが、特に私の
関係いたしておりますところの
言論、出版、
報道の部面から見まして、
結論としまして私は
憲法に保障されておる一つの自由が、著しく脅かされる危険があるという見解をとるものでございます。この種
法律が
国民の
権利に重大な
影響を及ぼすおそれがあるということは、
政府委員御自身がその説明でも認めておるところであ
つて、この
法案の作成にあた
つて、必要最小限度の
事項を
規定するにとどめたと述べておられるのであります。かような配慮にもかかわらず提出されております
法案の
字句について見ます限りは、
政府委員の心配されたおそれというものが
多分に残
つておるということが私の
結論でございます。
そこで問題となる点を二、三申し上げますれば、すでに前に述べられました
参考人の御
発言の中にありますように、これらの
条文に
規定されております
防衛秘密の
範囲、それから
犯罪を構成するところの条件というようなものについて、非常にあいまいな、いかようにもとれる
字句が用いられておるという点が、第一に考えられなければならぬ点ではないかと思います。「公に
なつていないもの」ということは、すでに指摘されておる点でございますが、これを具体的な私たちの仕事に即して申し上げますと、元来出版なり、
報道なりというものは、公衆に知られていないことを知らせることであります。
一般の公衆が知り切
つておることをわざわざ
ラジオで知らせたり、あるいは印刷物を通じて知らせるということは、意味がないことであ
つて、公に
なつていないものが出版なり、
ラジオによ
つて公になるというところに、
報道及び出版という本来の仕事があるのであります。その点で公に
なつていないものということは、この出版及び
報道の仕事にと
つては、はなはだしく迷惑な
規定である。たいへん私たちにとりましては不自由を感ずる
規定であるということを申し上げなければなりません。何らかの意味で社会の一部には知られておるところの事実あるいは知識というものを公開するという意味で、初めて
報道なり出版なりというものが成り立つのでありまして、それで一部に知られてはおるが、公に
なつていないものというものを少しく具体的に考えてみたわけでございますが、これは
防衛の仕事に携わ
つておられるところの
人たちがその
業務上知る、これは確かに一部の
人たちに知られておることでありまして、公衆
一般に知られておらない
範囲でございます。それからある特定の国をと
つてみますと、
国際的
報道を通じて社会の一部の人が収得したところの知識というものは、これまた出版なり、
ラジオなり、
新聞なりを通じて知らされない限りにおいて、公に
なつていないものに属すると思います。それからもう少し厳密に考えまして、公式に
関係当局から発表されていないもの、これは
秘密だとして知らすことを禁ぜられておるもの、この
法案についてみますと、第二条において、
防衛秘密を取扱う国の
行政機関の長が
標記を付してというような
範囲のものである。これについて考えますと、一部のものが
業務上によ
つて知つたというようなことは、実は
防衛秘密の定義を前提とした第三条に出て来ることでありまして、それではないように思われるのであります。それから
国際的な
報道を通じて、
一般大衆に先んじて一部の人々が知
つておるということは、先ほど
新聞協会の
江尻氏から御指摘になりましたように、諸
外国では知られている、それが合法的な手続を経て国内の一部の
人たちに知られている、こういうものがあると思いますが、今日におきましても、各国の軍事上の
情報というものは、社会に公開されているものであ
つても、その当該の国においては決して正式にはまだ発表されていないというものが
多分にあるわけでありまして、こういうものを敏速に吸収することによ
つて、
日本人はむしろ正確な
国際関係について知識を持つのであります。こういうことを怠
つて、われわれは今日の社会の現実、世界の現実についての自分の見解を定めることができないのであります。最もそういう点でこつけいな
結論が出やしないかと思いますのは、鉄のカーテンの向う、言いかえますと、共産圏でも
つてすでに知られている
情報があります。こういつた
アメリカ軍の、あるいは
日本に
アメリカ政府から供与されたる
装備品、こういつたものの構造、性能というものが論じられるということがある。これが実はまだ
アメリカにおいても
日本においても公にされていないという場合もございましよう。しかしながらこの
防衛の
秘密を守るというのは、今日の情勢においては、大体において鉄のカーテンの向うに対して
秘密を守ろうというわけであります。しかしそれが逆輸入されまして、
日本の出版なり
新聞なりにおいて、東欧あるいはソ連においてはこういうことを言
つておるということが
報道されました場合に、もう
秘密が漏れている。しかもこの
条文によ
つて規定されますと、これはこの
法律にひつかかる。
防衛の
秘密を守るということにな
つておりまして、実は非常に逆な、すでに漏れている
秘密でも、しかも重要な鉄のカーテンの向うに知られているような
秘密でも、このままの
条文で
解釈されますと、われわれは責任をとらなければならぬというようなことが起りはしないかと思います。そういう点でこの公にされていないものということについては、もつと厳密な
規定をしていただかないと、
報道なり出版なりの社会的な責任を果すということが、非常に困難ではないかと思います。
それからその次の第一条3の二の
規定でございますが、「
日米相互防衛援助協定等に基き、
アメリカ合衆国政府から供与される
情報で、
装備品等に関する前
号イからハまでに提げる
事項に関するもの」ということがございますが、この場合に、
装備品は、供与される
装備品、言いかえますと、第一条3の一にありますような意味の
装備品でない、まだ
日本に供与されない
装備品について、
アメリカ合衆国政府から
日本に供与される
情報というものがあり得るのじやないか。たとえば原子爆弾であるとか、あるいは超音速のジエツト爆撃機というものは
日本に供与されませんが、それについての
情報は
アメリカから供与されるということもあり得る。あるいは来年度において供与される
装備品に対しまして、まだ供与されていないが、それについて
情報は伝えられるというようなこともあり得るのじやないかと思います。そういたしますと、
日本にまだ供与されない、
装備品、言いかえますと、
アメリカの
装備品全体につきまして、われわれは非常な警戒をも
つてでなければ
報道することもできない、論評することもできないということになりはしないかというふうに考えられるのであります。それが諸
外国のニユース、あるいは
アメリカ合衆国自身において
報道されているものによ
つて、
装備品に関するある種の知識を得て、これを
日本人に紹介するという場合に、はたしてそれが
アメリカ合衆国政府から供与される
情報の
範囲にあるかないか、これは実を申しますと、われわれのような
立場にある者には判定がつきかねるわけであります。そういうわけで、出版
報道に対しましては、この点について非常な拘束を感ぜざるを得ない次第であります。
その次に一番問題になるかと思われますのは、第三条の二の「
防衛秘密で、
通常不当な
方法によらなければ探知し、又は収集することができないようなものを
他人に漏らした者」という箇条でございますが、この「
通常不当な
方法によらなければ探知し、又は収集することができないようなもの」というのは、
防衛秘密そのものの性質上そういうものだということにな
つておるのじやないかと思います。この種の
防衛秘密は
通常不当な
方法によらなければ探知しがたいとか、または
通常不当な
方法によらなければ収集することができないというふうに判定されるだろうと思いますが、これはすでに前にお述べになりました
参考人の御
意見にありますように、非常に
解釈によ
つてどうにもなるものであります。その点で雑誌あるいは
新聞の編集責任者は、この種の
事項についての
報道に対して責任をも
つて報道する限りは、この判定を下さなければならない。しかし私たちにとりましては、このような判定ということは、非常な危険を
伴つて行いますにかかわらず、客観的に断定することが非常に困難な限界というものが生じます。この限界についての問題というものは、
戦争中及び戦前におきましては、検閲の制度があり、同時に事前検閲というものがありましたし、
従つて内閲というような手続も認められておりましたので、そういう不確定な限界については当局に相談する道もあつたわけであります。そういう検閲当局に相談しなければならないような
立場に、雑誌の編集者なりあるいは
新聞の編集者というものを置くということは、この種の
法案がどんなに基本的
権利を脅かしておるかということを明らかにしておると思うのであります。つまりこのような点につきまして、それぞれが自己の危険において行動する場合において、検閲制度のようなものがあつた方がいいという感じを持たせるということは、私は非常な危険な点じやないかと思うのであります。
憲法に保障されておりますように、検閲はこれを行わない。その意味で
言論の自由が保障されておるのでありますが、その
規定があ
つて、実際に
言論の
機関に携わ
つておる者は、むしろ検閲でもあ
つて相談できた方がいいというような気持になりかねない、そういう危険感がその点にあると思います。
それからやはり第三条の三の「
業務により知得し、」という点につきましては、
政府委員の御説明によりますと、必ずしも
防衛秘密の任務を担当しておる者だけではなく、いろいろな注文を受けて製作し、あるいは修理しておるような工業
関係の人々も含むようでありますが、この点では特に御考慮いただきたいと思いますのは、出版及び
報道の任務を
業務としておる者は、元来が
業務によ
つていろいろ知得することが任務なのでありまして、その点で偶然そういう
業務にあつたから知つたというのではなくて、元来一切の事実、一切の知識というものを社会に提供する、無拘束にこれを提供したいというのが、本来の
報道並びに出版の
立場であります。ただその場合に、
わが国の安全を害するようなことを避けたいという点においては、もちろん自己を抑制するのでありますが、
業務によ
つて知得するという場合に、やはり出版や
新聞等も含まれて来る危険がある。こういう点も御考慮いただきたいのであります。しかも知つたものを知らせるというのが任務なのでありますから、
他人に漏らすということは、知得するときの
最初からの約束にな
つておるという危険な
立場に、
報道業者は立たされることになるのであります。こういう点で、私はこの
法案全体につきまして、出版並びに
報道という
立場から考えますと、
憲法で保障されております大切な
権利が脅かされる危険を、
多分に含んでおるという見解をとるものであります。
このような
立法が必要になるという事情につきましては、MSA援助の
協定ができまして、そうして
アメリカの
装備をも
つてわが保安隊が自己の
装備をする。その際にそれだけの
関係に立ちました以上、個人的にも預けられた
秘密は
他人に漏らさないというだけの信義は、守らなければならないというような事情がありまして、私はそこまでは、今日この
法案を提出された
立場としてはやむを得ないものがあるということを認めるのでありますが、ただ問題は、元来そのような
国民の
権利を重大な危険にさらしてまでも、こういう
法律をつくらなければならないような、根本のMSAそのものについての御考慮を願いたいという点であります。その点につきまして先ほど述べられました
参考人のお
言葉の中に、絶対にそういう
秘密を漏らさないという安心感を与えなければ、MSAによるところの援助は受けにくいというふうにおつしやられておりましたが、もしもMSAが前提であ
つて、そしてそれを成立させるために、このような意味での絶対的な安心感を与えるということでありましたならば、あるいは戦時中の憲兵隊の手によ
つて取締られたような体制をとることが一番早道であります。あのような厳密な
国民の取締りが行われたならば、おそらく
アメリカは最も安心して
秘密を託せるとお考えになるだろう。しかしそれが
日本国の長い将来にとりまして、敗戦というよう
なつらい思いを経て、今や立ち直ろうとしている
日本にと
つて、どういうことであるかということは、本日この席においでになる方に対しましては私から申し上げるまでもないことであるかと思います。
結論として、
言論、出版、
報道の自由という点から、この
法案のもろもろの
規定の先ほどから指摘されましたような点は、非常な危険を含んでいるように考えます。(拍手)