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大平参考人 今回の水爆
実験に
関係いたしまして、
危険区域の
国際法上の地位につきまして話をするように命ぜられたわけでございます。
最初に
国際法の問題というものは、
国際法の妥当性と申しますか、
国際法がこうな
つておるという
一つの法規を示す、こういう
一つの問題があるとともに、そのあるところの
国際法をいかに効果あらしめるかという実効面の問題がある。さらにそういう
国際法を使
つて、またそういう
国際法があるということを知
つておりながら、いかにこれに対処するかという
政策の問題が出て来ると考えられるのであります。きようは主として
国際法の妥当性、
国際法がいかにあるかという点に中心を置きましてお話をいたしたいと考えます。
今度の水爆の
実験——水爆であるかどうかということは私よくわからないのでありますが、
実験の合法性、こういう
実験を
アメリカ側がするということの合法性に対する問題、次に通告の問題、第三に放射能物質による汚毒の問題、最後に補償の問題をお話いたしたいと思うのであります。
第一に今度の原爆は
ビキニ環礁において行われたと考えられるのでありますが、その周辺の
公海、非常に広い
範囲の
公海で天破壊的な力を持
つている
実験が行われたわけであります。この
実験の合法性を考えます場合に、エニウエトクあるいは
ビキニ環礁——マーシヤル群島の中の小さな島々であるのでありますが、これが
信託統治地域にな
つておる。
日本の旧委任統治地域が
信託統治地域にな
つているわけでございまして、これが戦略地域ということにな
つてお
つて、
アメリカがこれを軍事的に
使用する権利が認められておるわけであります。太平洋における旧
日本委任統治諸島に対する米国
信託統治協定というものができ上りまして、一九四七年四月二日国連安保
理事会が承認し、同年七月十八日に効力が発生している。この
信託統治協定によ
つてアメリカが現在施政を行
つているわけであります。そこでそういう信託地域においてそういう軍事
実験を行うことができるか、これは一応できるといわざるを得ないのであります。但しその
実験はその領土及び領水——領土
といつても信託地域でありますが、その領土及び領水の
範囲においてなされなければならないと一応言えるわけであります。但しその
範囲が
公海に及んでいるわけであります。ところが
アメリカ側におきましては
エニウエトク環礁及び
ビキニ環礁につきまして、
さきに申しました
信託統治協定第十三条によ
つて閉鎖
区域を
設定いたしまして、これを
国際連合安全保障
理事会の方に通告しておるわけであります。この閉鎖
区域というのは
信託統治地域内について行
つているわけでありますが、これは立入り禁止の
区域をつくつた、事実軍事的に非常に危険なる所であるということの通告をしているわけであります。その点につきましては、ある程度問題があるかもしれませんが、一応安全保障
理事会も通告を受けておるのでありまして、これは認められるところであるのでありますが、事が
公海に及ぶという点が非常に重大な
意味を持
つて来るのであります。
公海において演習その他におきまして危険なる行動をとるということは事実あるが、いわゆる
危険区域というものを
公海に
設定した先例があるかということが問題になるのであります。この先例は実はあまりたくさんはございませんで、第一次大戦の際にデインジヤー・ゾーン、これは主としてイギリスがやつたのでありますが、敷設水雷その他の危険物を置いたという告示をしている。一九一六年であります。その場合にはここに近寄
つて危険な目にあつた場合にはその責任を英国側で負わない、こういうふうに言
つているわけであります。なお防衛水域というようなものも、ある
意味においては危険水域というものと
関係があるような概念でありまして、日露戦争の当時防禦海面というようなものを
公海に
設定したというような例は
日本についてもございます。また戦争ではなかつたのでありますが、支那事変当時、いわゆる
航行遮断をやりました。昭和十二年の八月二十五日に初めて温州、福州というような港に敷設水雷その他の危険物を置いた。
従つて第三国の船舶もこれに近寄ることは危険である。普通の平時封鎖であるならば、第三国の船舶には効果がないわけでありますが、
日本の
航行遮断は十四年に初めて行われたのですが、それが拡大して危険物を置いたから第三国の船も近寄
つては困るではないかということを言
つているわけであります。
日本の現在各地にあるところの海上における
実弾射撃場というようなものはしばしば問題にな
つている。九十九厘浜
事件その他問題にな
つておりますが、事実行われております。これは安保条約、行政協定によ
つて認められていて、
日本の法規
関係はそこに説明されるのでありますが、
公海におけるこの危険の行動をと
つているということについては深く議論されていなかつたわけです。但し
日本人以外にはこれに近寄るのは少かつたと思うのであります。でこのビキニの
危険区域につきましては、そういうような先例を考えているかどうか知りませんが、
アメリカ側がはつきりとこの
危険区域の
設定を告示しているのであります。これは一九五三年の五月二十七日にビキニについてや
つておりますし、
エニウエトク環礁につきましては、四八年の七月一日に告示しております。この告示が
日本側にやはり通告されているわけであります。これは
国際水路
会議の決定、
会議の申合せに基きまして、
日本側にそういう危険物があるという通知がありまして、これについて海上保安庁の水路部において航路告示というものを出すのであります。航路告示の全文を私は見たのですが、きわめて簡単に書いてありまして、地域が一応限定されておりますが、しかも
航行は禁止されているというふうに
日本の航路告示には書いてあるのであります。海上保安庁は昭和二十六年の二月十日、二十七年の十一月一日、二十八年の十月十日の三回にわた
つてや
つております。これは
アメリカ側の告示を見ましてそういう水爆
実験というようなものが行われるという、危険なることを知らしたものと考えられるのでありまして別に
日本の船舶の
航行が禁止されているということを考えて、禁止を命令した——また禁止する権利も告示にはないわけでありますが、おおむ返しにそういう告示をしたのでありまして別に深く考えなかつたのであります。その点が問題になる点かもしれませんし、また事実
アメリカ側はそういう危険物をや
つておるのですから、そのや
つておることについては問題でなく、ただ一応あぶないということを
日本人に知らせるという
意味であつたかと思うのであります。しかしとも
かくこの告示というものは漁民の方には徹底しなかつたようでありまして、その方に近寄つた漁船もあつた、よく聞いてみると、そういう
危険区域というものを知らないというようなこともあつたのであります。そこでさらに徹底させるというようにいたしておるわけであります。
そこでこの
ビキニ環礁において水爆
実験を行う、それは領土権——
信託統治権、まあ領土権というような名前を使
つておりますが、その権利で一応できる。しかし
公海において
実験をやつた、その影響は非常に大きいという場合にはどうなるか、
公海をそういう
実験に
使用するということは一応認められておる、しかしながらその
実験が非常に大きな損害を他に及ぼしたという場合にどうなるか。この場合におきまして
公海の自由は、一応そういうものを
実験するようなためにも
使用するという権利は各国にあるわけであります。しかしながらそれは平等性を
他国に認めるということ、それから恒久に
他国の
使用を
制限しないという
二つの条件が考えられるのであります。たとえば
一つの船が通過すれば、その同じところを他の船は通過することができません。しかしながらその前の船が通過したあとは自由でありますから、それは通過ができる、こういうのでありまして、恒久にそれを妨害をし、あるいは同じような
使用を他の船にさせないということは、これは
航行の自由、
公海の
使用の自由に害することになると考えられるのであります。そこで私は
アメリカの
実験というものは、一応権利としてこれを認めることができる、但し権利の濫用である、こういうふうに考えるものであります。
次に
アメリカの警告でありますが、向うの
危険区域を
設定したノーテイフイケーシヨン、告示を見ますと、この地域が
航行が禁止されているということはうた
つていないのでありまして、マーシヤル群島の閉鎖
区域の方は領土及び領水について島及びその海面については、立入り禁止でありますが、
公海については立入り禁止ということはできないのであります。そこで非常な危険があるということを知らせ、但しこの
危険区域内における生命、財産に損害の及ばないように、できるだけオール・ポシブル・プロポーシヨンに予防
措置をあらかじめとるのだということを言
つておりますが、その
区域外にもし災害が及ぶようなことがあれば、必要ならば予告をするというようなことを言
つておるのであります。
従つて航行が禁止されておるというふうにかえることはできないが、しかし
アメリカ側としても、予防
措置をとるということはみずからも言
つておるわけであります。今度の
事件が起りましてからは
アメリカにいろいろな希望を出しまして、あらかじめ通知をしてもらいたいと言つたところが、向うはそれに応じないというような情勢にな
つておるかとも
新聞などで拝見いたします。しかしながらこれは
アメリカ側が予防
措置をとる、そうして
日本に通告するという義務を、
国際法上の義務として、条約上の義務として引受けるということを拒否しておるのであ
つてあらかじめこういう通告をした、通告の文章の中のそういう方針はかわ
つていないというふうに考えられると思うのであります。
そこで今度の問題の、第五
福龍丸が例の
危険区域外にあつたかどうかという問題があるわけでありますが、これは
日本側といたしまして、約十五マイル離れておつたということをいろいろ調べた結果認定いたしまして、これを
アメリカ側に通報したわけであります。それで私はこの損害賠償の請求というような問題につきまして、一応の証拠をあげてこちら側が
区域外にあつたということを言う場合には、向う側としてこれを受入れなければならないだろう。それで音か何かの
関係で簡単に、地域外にあつたのではなくて地域内にあつたのだというような
記事が出ておつたようでありますが、しかしそれも、もしそういうことを主張するならば、向う側が証拠をあげて地域内にあつたということを言わなければならないと思うのでありますが、そういう証拠を向うがあげて
日本側をくつがえすことができないとするならば、一応
日本がプリマシイ、一応
日本がこうであるという主張は向うが認めなければならないと考えるのであります。かりにその
危険区域内に
日本側の船があつたといたしましても、向うの告示がその中の財産、生命というものの危険を防止するためにあらゆる
措置をとる、こう言
つておるのでありまして、その
措置をとらなかつたという、そういう
措置の過失が考えられるわけであります。たとい地域内にありましても、
アメリカ側の責任は免れない、こう考えられるのであります。
次に海水の汚濁の問題でありまして、これは放射物質あるいは放射能の灰が非常に飛んで、どうなるか、そうして最後の補償の
関係とも関連するわけであります。
原子力あるいはその他の今度の問題は、どうも専門的な知識がないとよくわからないのであります。オツペン
ハイマーと原子学者が、原子問題については、よく知
つておる者は黙
つておる、知らない者が盛んに言うが、それが的をはずれておるということを言
つておるのでありまして、どうもこの放射能がどの程度まで危険があるかという点についての科学的な調査が、まだ十分でないように考えられるのであります。あらゆるまぐろが危険であるというように考えられる。それはもつともな話なのでありますが、この問題についてわれわれ
研究委員会をつく
つておるのでありますが、そのうちの一人の
委員の檜山義夫氏は、水産学の
立場から、まぐろというものは非常に清潔な魚で、海の表面にいないでむしろ深海の方におる。そうしてプランクトンを食わないで大きな魚を食べておる。そうすればたといプランクトンが動いてお
つても、まぐろがそう簡単に放射能物質を体内に置くということは考えられない。しかも皮膚はなめらかで粘液が出てお
つてというようなことを言いまして、どうも
日本のこの点についての考え方は少し無知なんじやないかというような気もするのであります。しかしこの点はわかりません。結局海水をほんとうに汚染しておるといたしますならば、この海水汚染に対する責任というものも
アメリカ側にあるのではないか。これは海上において油を流すというその程度の汚染ならば、これは別に問題にされていないのであります。しかしながらほんとうに放射能物質がそれだけの損害を及ぼしておるということがはつきりいたします場合には、その点についての
国際法上の責任があるのではないか、こう考えられるのであります。
最後に今度の
事件に関する補償でありますが、この点については、
危険区域というものが決して
日本側の船舶の
航行を禁止するというような性格のものではなかつたし、また禁止する権能も向うにない。
従つて日本側にたとい若干の過失があつたといたしましても、その責任を向うが免れるというわけには行かない。断然今度の
事件に対しまして、直接損害について補償を行わなければならない。間接損害につきましては、これは非常に問題があるでありましようし、先ほ
ども申しましたように、海水の汚染あるいは
日本国民に与えた心理的な恐怖というようなことまでになりますと、非常に問題がむずかしくなるのでありまして、これは外交交渉によ
つてどういうふうに解決するか、適当におまかせすべきものではないかと考えるのであります。
原子力の
実験について
日本が
協力するかしないかというようなこともありますが、これは
国際条約の点におきましては、
協力するもしないもきまらない問題でありまして、まつたく
外交政策の問題だと思います。